ようやく、彼女等をこれから出せそうです
普段クールな霊里でも、テンションが上がる瞬間がある。
それは強い相手と将棋を指す前と、華琳さんから重大な仕事を依頼された時だ。
「陳留は任せたわよ霊里。」
「お任せ下さい。華琳様がご帰還なさるまで、不備無く万全の状態を維持してみせます。」
今回俺達は長期遠征になるので、その間の政務の最高責任者として華琳さんから頼まれたのだ。
霊里の能力は戦向きじゃないから連れて行かない方が良いしな。
スーパースペック幼女ではあるのだが、完全に政治向け能力なのだ。
俺と姉さんと暮らしていたからか、事務処理能力はこの陣営のトップクラスで、文若さんをも凌ぐかもしれん。
白眉は伊達じゃない。
そして自分は謙遜して、人を立てるのが上手い霊里は、気難しい文若さんからもかなり気に入られ可愛いがられている。
「貴女なら大丈夫だと思うけど、……あまり一人で無茶しないようにね。」
文若さんのこんな優しい言葉、俺は聞いた事ないよ!
「ご心配ありがとうございます桂花様。……されど、皆様がご帰還なされた際に煩わしい案件が無いように努力したいと思うのです。戦で疲れて戻って来られる皆様が少しでも楽に休めるように。」
超良い子。お兄ちゃん嬉しい!
「むぅ。……駄目よ曹 孟徳、せめて後五年は待たないと。」
「華琳さん、霊里に手を出したら戦争ですよ?俺はやると言ったらやりますよ?全力で。」
そうなったら全力で反乱起こしてやる。
乱世が長引く?知った事か。
お兄ちゃんセキュリティ全開だぞ?
セコムしてますよ。
アルソックに依頼して、霊長類最強の女性に警備して貰っても良い。
呂布にだって引けを取らないぞ。……多分。
「……じ、冗談よ。」
本当だろうか?
俺の目を見て宣言して欲しい。
華琳さんが好色なのは全然構わないし、好きにしたら良いと思うけど、俺の身内には手を出さないで頂きたい。
大体、春蘭さんも秋蘭さん、文若さんだって居るじゃないか。凄い複雑な表情でこっちを見てますよ?
大方、霊里の事は気に入っているが、華琳さんに気に入られるのが複雑なんだろう。
……おかしいな?
百合の花が見える気がする。開花する季節って今でしたっけ?
まぁ出発前にそんな一悶着はあったが、俺達は青州黄巾党の討伐へと動かせる軍全てを上げて無事進軍を開始するのだった。
─────
「進軍方向にて黄巾党と思われる軍隊と、所属不明の軍隊が交戦しているのを発見しました。」
早速望遠鏡が役に立った。
偵察に出ていた張曼成がそんな報告を持って来たのだ。
……こっからは全く見えないわ。
「む。……確かに、土煙の様なものが微かに見えるな。」
秋蘭さんどんな眼してんの!?
マサイ族の方ですか?エロ!エロ!
……なんか秋蘭さんがスケベみたいだな。
「どうなさいますか華琳様?」
まぁ今だったらどっちも俺達の事気付いてないだろうし、進行方向変えてスルー出来るかもね。
青州には無傷で到着したいしなぁ。
「……そうね、行き掛けの駄賃と思いましょう。仮に官軍だとしたら恩が売れるわ。他陣営や義勇軍だとしても、青州での黄巾党討伐をする際に良い協力関係が結べるでしょうしね。」
んー、どうだろう?
功を上げる事に苦心している奴等ならそうならないんじゃね?
青州では誰が先に功を上げるかの競争になると思うんだけどなぁ。
まぁうちは既に充分功を上げてるから焦ってないけども。
だからこうして他軍を助ける余裕もあるしね。
華琳さんが黄巾党と交戦中の他軍を助ける意思を示したので、俺達は交戦場所へと軍を進めた。
近付いた事でわかったのは、交戦中の軍は義勇軍だという事だった。
逆に言えばそれしかわからなかった。
だって義勇の軍旗しかないもの。
……まぁ旗は高いから仕方ないけども。
それにしても___
「中々見事ね。義勇兵があそこまでの練度を見せるなんて。」
ホントそれ。
そこらの軍隊よりも戦えてるんじゃない?
「へぇ、誘因策だねあれ。敵の突撃に合わせて中軍を引いて、鶴翼の形になったら閉じて行くつもりみたいだね。」
姉さんは簡単にそう言うけど、それ難易度高いぞ?
「ふん、義勇軍にそれが出来るとは思えないわね。その策を使う時は、核になる中央が敵の突撃をこれ以上進ませない為に頑丈に支えないと行けないじゃない。」
文若さんの言う通りなんだよなぁ。
そんな事が出来る程の強く有能な将が居るなら話は変わるけど。
うちでもそれが出来るのは俺と秋蘭さんと地理くらいじゃない?あっ、波才も出来そう。
春蘭さんと季衣、三羽烏ではちょっと難しそうだ。
これは策のタイミングをちゃんとわかってないといけないからなぁ。
……特に春蘭さんがなぁ。
と、思っていたら居た。しかも二人。
一人は季衣くらいの少女で、もう一人は長く美しい黒髪の美人だった。
この二人、化け物の様に強い。
春蘭さんレベル___いや、黒髪に至っては春蘭さんを凌駕するかもしれん。
黒髪は将としても異常だ。
持っている偃月刀を敵に振るいながら部隊に指示を出して、その勇ましい姿を示す事で全軍の士気を上げている。
なんだあの糞チート。
美人の皮を被った化け物じゃないか。
……華琳さんは獲物を見る目で舌舐めずりをしてるけど。
才能ある人好き過ぎるでしょ。
また春蘭さん達がジト目してるよ。
「……えーっと、それで、どうやって助けますか?横から行こうにもあちらさんの邪魔になりません?……背後に回って鼠が噛んで来ても困りますし。」
ここで包囲して追い詰めて、窮鼠になられたら嫌過ぎる。
「ふむ。……桂花、撈、何か良い考えはあるかしら?」
正直俺はこのまま観戦でも良い気がしてる。
何もしなくても義勇軍が勝ちそうだもの。
……それに、もしかしたらあの黒髪は___
「堂々と援軍が来た事を示して、敵の士気を低下させるのがよろしいかと。特に我々が何かをする必要があるとは思いません。……強いて言うなら秋蘭の部隊に弓の援護をさせるくらいでしょうか。」
「うん、そうだね。……後は蒼夜の勇名を利用しようか。目立つ様に将旗を掲げて、護衛隊を引き連れながらゆっくりと裏に回る動きを見せたら良いよ。相手は勝手に圧力を感じて逃げるだろうから。」
……何で俺の名前で圧力が掛かるんですかね?
勇名具合なら春蘭さんの方が上でしょうに。
「ではその様に行動しましょうか。」
「了解。……曼成、波才、行くぞ。」
「「はっ!」」
俺は二人を引き連れて、姉さんの指示通り旗を掲げながら歩いて行軍した。
「あ、あれは!?蒼色の廖旗!?」
「見ろっ!あそこに大軍が現れたぞ!……曹、夏候、許、王!……そっ、曹操だぁー!!!」
「じゃああれはっ!?守護鬼か!?」
「逃げろっ!逃げろー!!!」
大混乱。いや、阿鼻叫喚。
ゆっくり歩いているだけなのに、戦闘に勝利してしまった。
逃げ出した黄巾党には秋蘭さんが弓を放ち、弓の援護が終わる頃に部隊を建て直したのだろう黒髪が追撃しに突撃して行った。
ついでに春蘭さんも突撃してた。
そして俺の部隊とすれ違う時に、黒髪とは一瞬目が合った。
……そして悟った。
俺はあの黒髪とは初対面だし、全く知らない相手だが、わかってしまった。
間違いない、関羽だ。
それらしい情報は確かにある。
偃月刀を使う事、武力が高い事、部隊指揮能力が高い事、今現在義勇軍である事。
多分あの綺麗な黒髪も、史実で言う所の見事な髭がああなったのだろうと思う。
けどそうじゃない。
理性ではなく本能が関羽だと言っている。
俺は一瞬、あの後ろ姿を追い掛ける自分を幻視してしまった。
「……。」
……多分、全てを捨てて盲目にあの背中を追い掛けるのは楽しいのかもしれない。
俺は今ある大切なものを全て思い出す。
そして頭を横に振って、華琳さんの居る本隊へと帰還する。
「あわわ!朱里ちゃ~ん!元倹さんっ、元倹さんが援軍として来ちゃったよぉ~!黄巾党の人達が予想よりも速く逃げ始めちゃった!」
「お、落ち着いて雛里ちゃん!えっと、元倹さんって事は曹 孟徳さんも居る筈だから、……うん。愛紗さんに伝令!追撃の準備をお願いして下さい!」
朱里と雛里も久しぶりの登場です