ルーザークエスト!
木々が生い茂る子の森では生物の気配が捉えにくい。
右か。前か。左か。後ろか。上か。下か。
敵は何処からでも襲い掛かって来る可能性がある。
「贄を溶かすように絞殺せよ、
彼女の右手から毒々しい色の蔓が勢いよく四方に伸びる。
通常の植物の成長速度ではありえない伸び方をする蔓は藪に潜むウェアウルフに巻き付き、その獣骨をへし折る。
それでも取り逃がした獣人を見ると、空いている左手から蔓を伸ばして獣人の脚を叩き折った。
「せいやっ!!」
次いで、マシュの大盾を振りぬいてウェアウルフを屠る。……今の彼女を見ると、骸骨に手間取っていた頃を思い出してしみじみした気持ちになるな。
そんな二人の猛攻を受け、逃走するウェアウルフがちらほらと。
それを見た二人はアイコンタクトを交わし、
「行きます! はぁっ!!」
あろうことかハンマー投げの要領で盾をぶん投げた。
回転して木々をなぎ倒し逃げていた狼頭の一体をすり潰した。……本当に立派になって。
「まだまだァ!」
さらに彼女の蔓の鞭が盾を追いかけて伸び、捕まえた。
回転しながら飛ぶ盾は彼女の巧みな鞭さばきで方向を変えて、別のウェアウルフを巻き込みヨーヨーのように彼女の手元へ戻ってきた。
鞭を手に巻き付かせて辺りを警戒する。
しばし待っているとふっ、とピリピリした雰囲気が無くなるのを感じた。どうやら敵は居ないらしい。
「それが
「その通りだ。闘争、流血の気配を感じ取り、血を啜るために我が腕に巻きつくじゃじゃ馬だ。担い手の血すら糧にする困りものだが、性質を利用すれば良い猟犬となる」
片目を細めて質問に答える今の彼女は戦ってる時の威圧は無い。
獣に切り裂かれた顔を持つ彼女は、痛々しく恐ろしい風貌とは裏腹に丁寧な態度で接してくる、戦えば伝わる肉体言語主流なケルト勢の中でも話しやすい部類の人物。
また守護を行なったサーヴァントでもあるためか、マシュと度々話し合う姿を見かけることがある。あんな無茶苦茶な大技も事前に打ち合わせてたのだろう、見た時は驚きはしたけどそんなにひりひりした感じは無かった。
それ以上に心配な事があるから気にならなかったのかもしれない。
「――少し休憩を入れましょうか。ここら辺のウェアウルフは倒してしまったようですし、連戦はマスターの気力を使ってしまいますから。喉は乾きませんか? カルデアからお茶を送ってもらいますね先輩」
そう言ってカルデアへ連絡を飛ばすマシュ。
そのタイミングを見計らい、彼女へ耳打ちした。
――大丈夫? ←
「……まだだ。この『ケルトハル』、この程度で倒れるわけには……!」
◆
事の発端はロマンから診察を受けていた時。
「失礼する。……貴様も居たのか」
「やあケルトハル。――と、僕は邪魔だったかな?」
度重なるレイシフトで体に異常が無いかをAEDに似た機械で調べてる時、自動ドアが開いて白髪交じりの黒髪と隻眼が特徴の人物が入って来た。
ケルトハル・マク・ウテヒル。
ランサーのサーヴァントとしてカルデアに現界されたケルト神話の勇者。
赤いタイツで身を包み、首に付けた鉄のチョーカーから伸びた鎖が四肢に巻き付かせた罪人を思わせる格好はケルトの戦士たちの中で多少違和感を感じる。背の高い赤枝の女戦士は鋭い隻眼を優しく細め、ロマンに別に構わないと断った。
――何か用? ←
「……簡単な相談だ。自分を運用する上で聞いてもらいたい話だ」
「ただ事じゃないね。一体どうしたんだい?」
確かに。
戦ってる最中にもしもの事があればケルトハルは勿論、一緒に戦ってる仲間まで座に戻されるかもしれない。AEDから延ばされたコードを抜いて椅子を引いて来て座るように言った。詳しく話を聞かないと。
促されて座ったケルトハルはわずかに視線を彷徨わせて、おずおずと話し始めた。
「……召喚時から感じていたのだ。何かが足りない。まだサーヴァントに成りきれてないと。坊主やフェルグス殿、スカサハ様ほどの霊格を持っているとは思ってはいないが、十全じゃないと感じているのだ」
霊格云々関係なく、ケルトハルはしっかりしている。癖の強いサーヴァントと上手く取り持ってくれたりするし、索敵や計略などマルチに役立ってくれてる。
自信なさげな彼女にそんなことは無いと返すがあまり意味を為さなかった。
「……」
「う~ん……ランサーとして召喚されたから弱体化した、って事もありえるけど、ケルトハルはランサー以外に適正クラスは無いしね」
一緒に話を聞いていたロマンが口を開いた。
「そもそもカルデアの召喚は通常のものと違うからね。その所為で本来の霊格を取り戻してない事もある。もしかしたら今回もそれかもね」
心配ないよ、と微笑むロマンに釣られて笑う。
それだったら話は速い。他のサーヴァント達と同じように、特訓あるのみ! ……あれ、なんか考え方がケルト流?
すると、
「それだけではない。ここからが大切な話だ」
腕を掴まれてベッドに戻された。
「まだ何かあるのかい?」
「……まぁ、その……至極個人的で、戦いには直接関係ないというか大いにあると言うか……マスターには伝えるべき事で、はぁ……」
妙に歯切れが悪い。
一体なんだろう? と身構えていると、意を決したようで目線を合わせてくる。
「実は……、……なのだ」
――? ワンモア。 ←
――聞こえぬ。
「だから嫌いなのだ。――い、犬、が」
………………………………………………………………………………。
犬って犬?
思わずロマンと目を見合わせる。
……犬?
「えぇぇぇ――――――っ!? 冗談でしょっ!? 何で犬嫌い!? よりによって犬!? だって君は――」
――魔犬殺しです。ありがとうございます。 ←
「い、犬嫌いというか、苦手というか……鳴き声を聞いて不安になり、見たら呼吸がし辛くなり、触ろうものなら体の節々が狂ったように震える程度だ」
「重度な
あまりにもあんまりな発言にロマンが叫びたくなる気持ちが理解できる。これは本当に酷い。
というかすでにもう『犬』と呼ぶこと自体避けようとしてるような節があるんだけど……。
「……何とか克服しようとしたさ。犬も飼った時もあったが上手くいかず、野生化して近隣に迷惑をかけた事もあった。サーヴァントに成ってからは顕著に出てきてな、ふふっ生前より酷い」
ケルトハルからにじみ出る自嘲した空気に何とも言えなくなった。
思えば玉藻やキャット、アンリとパーティを組んでた時、妙に動きが悪かったような気がしたけど、そういう事なのか。問うと何も言わず頷いた。
「………………何となく察しているのだろう、刺青のアヴェンジャーが宝具を展開して尻を撫でて来たり狐娘二人もニヤケながら寄って来る。果てに年を取った方の坊主が『狐だったり猫だったり泥だったり大変だな。あ、俺クランの番犬だったわwww』と言ってくる始末……!」
「やめよう! もうやめようよ。聞いてられないよ……!」
後でアンリを狂の修練場単独ツアーへ送るとして、これは深刻だと思う。
味方に犬っぽいのが居るだけで鈍くなるなら、ウェアウルフを相手にする時はどうなるんだろう。……言いたくないけど、人理を修復する使命を帯びてるカルデアは今後様々な苦難が待ち受けてる。魔術王の妨害なんて百も承知。だからこそ細心の注意を払って、ありとあらゆる障害を除いて挑んでいる。そうなると、ケルトハルには悪いけど座に戻ってもらわないといけなくなる……。
「案ずるな。嫌いな事とスレイヤーである事はまた別。討伐となれば殺意を持って殺す。そこの所はわきまえているつもりだ。だから気にすることは無い。貴様にその顔は似合わぬ」
と、ケルトハルはそう言ってくれた。
ケルトハルは女性だけどハスキーで背も高いし、それに顔の傷の事もあって自分が女性という意識が低いんだよね。言動も男に寄ってるし、宝塚の王子役とか騎士役とか似合いそうで時たまドキッとする瞬間とかある。だから欲望に忠実なケルト組とは空気が違うと言うか、生まれてくる時代を間違えたんじゃないだろうかって思う。
「……出来ることなら、2,3匹程度の戦場が良いな、とは思っている。それ以上はつらい」
こら。不安なことを言うなっ。
「それとだ。不仕付けではあるが、この事はあまり知られたくない。言いふらさないでもらいたい」
ケルトハルの鋭い隻眼が見つめてくる。
「知られてる分には、もう仕方ないと観念しているが、キリエライトには特に感づかれたくない」
「マシュ? ……ああ、よく手合わせとかしてるもんね君たち」
確かにマシュとケルトハルは二人で一緒に修練場で特訓する光景を見かける。きっかけは他のサーヴァントの流れ弾を助けてくれたことだと聞いてるけど、なるほど。サーヴァントの先達として情けない姿を見せたくないのか。
それはそうと、ケルトハルの悩みは一先ず後回しにしておこうか。これは根が深そうだし、解決には時間がかかるだろう。
第一の悩みに目を向けてみよう。
これは何かしらの原因がある。これまであったように、特異点で何かしらのきっかけをつかんで見せるかもしれない。原因の調査はロマンに任せて、自分たちは鍛練や特異点の問題を解決して力を付けることに尽力するのが効果的だろう。
と、
「先輩、失礼します。――ケルトハルさんもいらっしゃったんですか。丁度良かった」
再びマイルームの自動ドアが開いて、後輩が部屋に入ってきた。
「やぁマシュ。今さっき診察が終わったけど体に異常は無かったよ。健康そのものだ」
「そうですか良かったです。あの、今から先輩をレイシフトに連れて行っても大丈夫でしょうか?」
? マシュにしては急な話だ。一体どうしたんだろう?
「実は第2特異点から戻ったクーさん達から伺ったのですが、ブリタニアで魔獣が異常発生していて近隣の村や町を襲っているので討伐クエストが受注されていたとの事です。先輩の経験値獲得クエストになると思って」
武者修行で単独レイシフトしてるケルト組だけど、ローマでそんな事が起こってるとは。異常な特異点程大事な事じゃないけど、そのしわ寄せは治めてるネロに降りかかってくるだろうし、個人的に手伝っておきたい。
「ほう。故に我が居て丁度良かったと」
「はい。ケルトハルさんは『魔獣殺し』のスキルを持っていると言っていましたので連れていきたいなと思ったんです」
「けど、若い方のクー・フーリンも持ってたはずだよ? そのスキル」
「クーさんが言うには『今回はケルトハルの姉御に譲ってやんよ』だそうです」
珍しい事もあるもんだ。あのクー・フーリンを始め戦闘民族ケルト組が戦いを譲るなんて。
「わかった。我も同行しよう。所で、その魔獣とは何だ? 魔猪か? 怪鳥か?」
ケルトハルの問いに、マシュは満面の笑みで返す。
「ウェアウルフです!」
その時、ケルトハルの表情から感情が消えていたと、後にロマンと一緒に語り合った。