虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:男どすこい♥♥♡♡♡
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第十六景『鬼島津残酷夢想絵巻(おにしまづざんこくむそうえまき)

  

「姫、静香姫!」

「う……うーん……」

 

 顔面に大きな刀傷が残る精悍な顔付きの老武士が、ナナホシの肩を揺さぶる。

 やや乱暴に揺り起こされたナナホシは朧気な表情でその老武士を見つめた。

 

「やっと起きもしたな姫!」

「え、あ、はい。ていうか姫って。あの、ここはどこですか? たしか私はルーデウスの家で……」

 

 困惑しつつ辺りを見回すナナホシ。

 ルーデウス邸にて徳川葵紋がプリントされたポーチを見たウィリアム・アダムスは、ナナホシが神君家康公ゆかりの者であると盛大に勘違いをし、平身低頭して風呂場での一件を詫びた。

 その自身を奉る過剰な反応により、精神的な負荷に耐えきれなくなったナナホシは失神し果てた。

 だが、覚醒してみれば自身が居るのはルーデウス邸ではなく純和風の座敷であった。

 

 座敷の襖は開け放たれており、そこから見える白砂の庭には(かみしも)を纏った若い侍達が控えている。若侍達と、自身の隣で豪放な気を放つ老武士が纏う裃には“丸に十文字”の紋が繕われていた。

 

(丸に十文字ってたしか島津氏の……それに、この格好は……?)

 

 不可解な現状に困惑しつつ、ふとナナホシは自身が纏う服装がいつものセーラー服とは違う事に気付く。

 見れば、ナナホシは豪華な打掛型の小袖を纏っていた。安土桃山期に武家の女がよく身につけいた“桃山小袖”と呼ばれるそれは、色鮮やかな柄で彩られており、不思議とナナホシに良く合っていた。

 

 しかしながら覚醒した直後のこの行き成りの状況に増々困惑するナナホシ。老武士はそんなナナホシにお構いなく、合戦さながらの勢いで言葉をかけた。

 

「ささ、姫! 姫が待ちに待った“ひえもんとり”がおっ始まるでごわす!」

「ひえもんとり?」

 

 聞きなれぬ、しかしどこか不穏な言葉にナナホシは眉を顰めて老武士を見やる。

 ぐふ、ぐふと不気味な笑いを浮かべる老武士の視線の先に目を向けると、白砂の庭に見知った若武者が褌一丁で鎮座していた。

 

「ウィリアム・アダムス!?」

 

 褌一丁で沈鬱な表情を浮かべながら座しているのはウィリアム・アダムス。

 何がどうしてこのような状況に至ってしまったのか、ナナホシは理解が追いつかずただただ困惑するばかりである。

 

「んでは戦心(いくさごころ)を養う薩摩の軍法“ひえもんとり”をば御覧くいやい!」

「え」

 

 困惑するナナホシに構うこと無く、老武士は“ひえもんとり”の開始を宣言する。その一声を合図に、控えていた若侍達が一斉に立ち上がると裃を脱ぎ放ち、褌一丁となって猿叫を上げながらウィリアムに殺到した。

 

「チェストオオオオオ!」

「ぬわあぁぁぁぁぁぁ!」

 

 血気勇猛な若侍達が生虜(ウィリアム)めがけて突進し、剛力のみでその生き肝を奪い合う!

 多勢に無勢か、ウィリアムはさして抵抗も出来ず薩摩の若侍達の手によりその肉体を四散せしめた。

 彼らが得物を持たぬ理由は、野郎同士が傷つけ合わないようにする為。

 “ひえもんとり”とは“生臭いもの(肝臓)を取る”という薩摩の方言であり、人体の生肝は当時妙薬として売買されていた。ひえもんとりを始めとした様々な薩摩式武練で、若者達は比類なき“武家者(ぼっけもん)”としてその武魂を育むのだ!

 

「ウゲェッ!」

 

 突如現出した凄惨な人体解体の現場に、ナナホシは花も恥じらう可憐な女子高生らしからぬ汚い吐瀉声を発しながら口を押さえる。

 血海に沈むウィリアムの残骸を見て、ナナホシはその顔をみるみる青白く変化させた。蒼白となり必死になって口を押さえていると、若侍の中から両胸に大きな傷跡が残る美麗の若者がウィリアムの生肝を握りしめながら歩み出で来た。

 

「武市千加太郎、ひえもんとりもした!」

 

 血が滴る生肝を、得意げな表情でナナホシと老武士の前に掲げる千加太郎と名乗る若者。

 その異常ともいえる光景にナナホシはまたも卒倒しかけるが、何故かナナホシの肉体は気絶を拒否していた。

 存分に返り血を浴びた千加太郎に老武士は目に涙を溜めながらその勇猛さを讃える。

 

「流石は怪力のお千加! 乳房ひっ千切って野郎の仲間入りしただけのこたぁあう!」

「え!? あの人女性なの!?」

「ひえもんとりもした!」

 

 老武士が言い放つ驚愕の事実に、ナナホシは凄惨な光景を忘れてその姿を見やる。

 言われてみれば、千加太郎はどこか女性的な腰つきをしており、褌に隠された股間は他の若侍達とは違い内槍による盛り上りは一切見受けられなかった。傷跡が残る胸元は、剛力にて己の乳房を引き千切った痕なのだろう。

 

 趣向を凝らした白砂の庭が瞬時に血の海と化した異常な光景に、ナナホシは恐れ慄くばかりであった。が、ふと白砂の庭がざわめき始めたのに気付いた。

 

「ル、ルーデウス!?」

 

 白砂の庭に唐突に現れたのは、これまた武家の裃装束を纏ったルーデウス・グレイラットであった。

 裃には三本の槍を組み合わせたミグルド族の守護紋様が繕われている。

 茶髪に西洋人の顔付きを持つルーデウスが裃を纏う姿は、どうみても日本被れのおのぼり外国人がコスプレをしている姿にしか見えず。

 ナナホシは先程からの怒涛の展開に思考が追いつかず、コスプレ姿のルーデウスをただ呆然と見つめ続ける事しか出来なかった。

 

「それがしの弟の“ひえもん”獲りたるは貴殿でござるか?」

「いかにもおいどんでごわす!」

 

 ゆるりと千加の前に歩み出たルーデウスは、裃をはだけながら殺気を込めた視線を送る。

 その視線を受けても尚、千加太郎は不敵な笑みを絶やすことはなかった。

 

「“泥沼”ルーデウス・グレイラットと申す。素手にてお手合わせ願おうか」

「いやあなたそんなキャラじゃないでしょ」

 

 冷静にツッコミを入れるナナホシを無視するかのように裃を脱ぎ捨て、褌一丁になるルーデウス。

 逞しく割れた腹筋をどこか誇らしげに見せつけるルーデウスに、千加太郎は獰猛な肉食獣の如き笑みを浮かべる。そのまま、ナナナホシの横に座る老武士に顔を向けた。

 

「殿! やってしまってもよかですか!?」

 

 殿と呼ばれた老武士が不敵な笑みを浮かべながら、ぐっと親指を立て力強い薩摩言葉を放った。

 

「チェスト関ヶ原!」

「ようごわすとも!」

「なにが!?」

 

 改めて説明するが、『チェスト関ヶ原』とは島津家の隠語で『ぶち殺せ!』という意である!

 尚余談ではあるが、後に島津家中及び薩摩における『チェスト関ヶ原』は若干の変質を遂げており、関ヶ原の戦いにおける島津義弘の無念の心中を思いながら「チェースト関ヶ原!」もしくは「チェスト行け! 関ヶ原!」と叫ぶ事で諸々の理不尽に耐える薩摩隼人の習慣となっていった。

 また現代においても関ヶ原の戦いがあった九月十四日に島津義弘が祀られた徳重神社で「チェスト関ヶ原!」と叫びながら武者姿で練り歩く“妙円寺詣り”なる催事が毎年行われており、鹿児島市内の小学校でも『チェストいけ!』と書かれた鉢巻を締めた児童達が市内から約30km離れた徳重神社へ行軍する学校行事が毎年行われている。

 

 狼狽するナナホシの横で、ふと聞き覚えのある獣人乙女達の声が聞こえた。

 

「ボスは不死魔王どんを木っ端微塵にしたっちょニャ」

「あれはバーディどんが油断しちょったなの。でもこれはチェスト関ヶ原でごわすからなの」

「だから何であんた達もいるのよ!!」

 

 何故か裃を纏ったリニア、プルセナが怪しげな薩摩言葉を使いつつルーデウス達の立ち合いを分析していた。可愛らしくデフォルメされた犬と猫の紋が入った裃を纏い、ぴこぴこと揺れる獣耳と尻尾が武家装束と併せて中々の趣きを見せている。

 そんな獣人乙女達に思わずツッコミを入れたナナホシであったが、白砂の庭では既にルーデウスと千加太郎の立ち合いが始まっていた。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 猛然と千加太郎に向け突進するルーデウス。魔術師らしからぬ肉体言語を駆使するルーデウスに、千加太郎はウィリアムの肝を自身の褌に収納しながら迎撃体勢を整えた。

 血に濡れた両手を広げる千加太郎にルーデウスの拳が襲いかかる。千加太郎はその拳に合わせ鋭い貫手をルーデウスに見舞った。

 

「チィェストオオオオ!」

「ぎゃあああああああ!」

 

 否、これは貫手にあらず。単純な暴力なり。

 千加太郎の強烈な突きを受けたルーデウスは、盛大に肉片を飛び散らせ(はらわた)を破られながら生き肝を奪い取られた。

 ちなみにルーデウスの渾身の拳は千加太郎の顔面を掠める事なく、豪快に空を切っていた。

 

「ひえもんとりもした!」

 

 右手にウィリアムの肝、左手にルーデウスの肝を掴みながら誇らしげにグレイラット兄弟の肝を掲げる千加太郎。

 アヘ顔ダブルピースならぬドヤ顔ダブルレバーである。

 そんな怪電波を受信する程、ナナホシの脳髄は混乱の極地に達していた。

 

()っちくれたごつな千加(ちっかー)!」

 

 はらはらと感激の涙を流しながら千加太郎を褒め讃える老武士。

 褒められたのが嬉しいのか、増々獰猛な笑みを深めながらナナホシへ近づく千加太郎。

 全身を返り血で真っ赤に染めながら近寄る千加太郎に、ナナホシは恐怖の表情を浮かべながら後ずさった。

 

「ひえもんとりもした!」

「い、いやぁ! 近寄らないで!!」

 

 生肝を掴みながらナナホシへにじり寄る千加太郎。その後ろではいつの間にか白砂の庭に降り立ったのか、リニアとプルセナがルーデウスの破られた腹腔内にせっせと生米を詰め込んでいた。

 

「ごったましかチェストニャ!」

「今宵は“泥ころめし”で飲み明かすなの!」

「チェストぐれいらっと!」

「ひえもんとりもした!」

「リニアーナ・デドルディア、炊き上がるまで目瞬(まばた)きせぬニャ!」

「ざまたれなの!」

「よか燃え頃にごつ!」

「琉球ぬ獅子(シーサー)腹空かせと〜ん」

「ひえもんとりもした!」

 

 両手に生肝を掴みながらにじり寄る千加太郎、涙を流しながらサムズアップする老武士、喜々として米を詰め込まれたルーデウスを燃え盛る炎に放り込む獣人乙女達。

 

 (けだもの)の如き薩摩者(さつまもん)が織り成すエキセントリックなこの状況に、ナナホシの自我はついに崩壊の時を迎えた。

 

 

「も、もういやあああああああああああ!!!」

 

 

 絹を切り裂くような叫び声と共に、平成日本乙女の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!」

 

 絶叫と共にがばりと起き上がるナナホシ。

 ぜぇぜぇと荒い息を吐き、全身に汗をかきながらしっとりと濡れた髪をかき上げ、恐る恐る辺りを見回す。

 ナナホシが居る場所はあの血塗れた白砂の薩人現場、もとい殺人現場ではなく、見知ったルーデウス邸の客間であった。

 

『ゆ、夢……?』

 

 深い安堵の溜息を吐きながらナナホシは日本語をぽつりと漏らした。自身が横になっていたソファに体重を預けつつ、客間室に差し込む日の光を目を細めて見つめる。

 見ると、既に日は中天に差し掛かっており、随分と長く意識を失っていたのだと気づいた。

 それにつけても、あの夢は無い。ナナホシはこの異界の地にて、それなりには修羅場を経験して来たつもりではあった。

 絶対強者の龍神の庇護の元ではあったが、異界の地を旅する過程で少なくない血を見てきたつもりである。

 

 だが、素手にて人体を解体し、あまつさえ人間の腹腔内に米を詰めて食そうとする凄惨な光景は、夢とはいえ流石のナナホシもどん引きする内容であった。

 

『御目覚めでござりましょうや』

「ひゃああぁぁぁぁぁ!?」

 

 傍らに、太刀を抱えたウィリアム・アダムスがへつらいの笑みを浮かべながら日ノ本言葉にてナナホシに声をかける。

 不意をつかれたナナホシは素っ頓狂な声を上げるも、ウィリアムは泰然としてそれを受け流していた。

 

『痛ましや……さぞやこの異界の地にて御心労が絶えなかったのでござりましょう』

 

 へつらいの笑みを一変させ、今度はひどく沈鬱な表情を浮かべるウィリアム。

 若干芝居がかった様子ではあったが、困惑するナナホシにそれを見抜くことは出来なかった。

 

『お拾いしておきました』

『あ、ありがとうございます……』

 

 ウィリアムは懐から丁重に葵紋がプリントされたポーチを取り出す。

 丁寧な手つきで差し出すそれを、ナナホシは憔悴しつつ受け取った。

 

(いや、それハンズで500円で買ったものなんですけど……)

 

 などと口が裂けても言えない。

 ナナホシは卒倒前に目にしたウィリアムの葵紋に対する過大な反応から、その前世は同じ日本人であると改めて確信していた。

 ただし、どのような不可思議な現象が働いたのか検討もつかなかったが、恐らく……いや、間違いなくウィリアムは自身とは異なる時代に生きた日本人、少なくとも徳川家の威光が通じる江戸時代辺りに生きていた日本人である事は疑いようもなかった。

 故に、ナナホシはウィリアムのこの強烈な勘違いを是正するべきか否か、起き抜けにして頭を抱える羽目になった。

 

 不逞の獣人共を圧倒的な暴力で叩きのめし、あの死神と壮絶な秘剣の応酬を演じたウィリアム・アダムス。そんな鬼神の如き相手に“自分は徳川家とは一切関係無いただの一庶民です”などと宣うものなら、ナナホシの首と胴体は瞬時に別れる事となるだろう。

 この平成日本女子高生は、本能でそれを感じ取っていた。

 

 頭を悩ますナナホシに、ウィリアムは深々と平伏しながら言葉を述べる。

 

『畏くも東照大権現様に連なる御方とは露知らず……湯殿での御無礼、本来ならば腹を斬って詫びねばならぬ所業でござります』

『え、いや、それは』

 

 沈鬱な表情で頭を垂れるウィリアムに、ナナホシは狼狽える。

 (さむらい)の本能が見せる徳川葵への畏れ抱く様子に、平成日本のごく平凡な乙女は慄くばかりであった。だが、目の前で割腹自殺をされるのは流石にやめてほしかった。というより人間の(はらわた)をこれ以上目にしたくなかった。

 ナナホシはウィリアムの割腹を止めようと懸命に言葉を絞り出そうとした。

 

『えっと、その』

『しかしながら』

 

 しかしナナホシの言葉を遮るように、虎の鋭い声が響いた。

 

『腹を切る前に、仕置きつかまつりまする』

『え?』

 

 ぞっとする程冷えた声色に、ナナホシは思わず身を竦める。

 

『御方をかかる異界の蛮地へと至らしめた元凶めを、仕置きつかまつりまする』

 

 色のない瞳でそうナナホシに宣言するウィリアム。刀を抱えたままナナホシを異界転移せしめた元凶を成敗せんが為、静かな殺気を纏っていた。

 

 ナナホシはその怜悧な殺気を受け息を呑むが──

 

 

(ていうかお風呂の事誤魔化そうとしてるだけじゃないの)

 

 

 その通りであった。

 怜悧な殺気を受けてかえって冷静になったナナホシはまじまじとウィリアムを見つめる。ウィリアムの頬は僅かにひくついており、まるで悪事を働いた子供が親に叱られないよう懸命に話題を逸している印象が見て取れた。

 ナナホシは深い溜息をつくと、ウィリアムに努めて言葉を選びながら口を開いた。

 

『あの、とりあえずお風呂の事は水に流します……』

 

 ぴくりとウィリアムの眉が動く。発していた殺気が霧散し、みるみる安堵の空気が虎の全身から発せられた。

 ナナホシの言葉を受け、ウィリアムは再び平身低頭してへつらいの笑みを浮かべた。

 

『へへぇ』

 

 深々とへつらいの笑みを浮かべながら平伏するウィリアム。

 グレイラットの家族には決してみせぬこの表情は、ウィリアムが前世にて培ってきた上役への処世術であった。

 

 とはいえ、ウィリアムがこの異界の女子高生にここまでへりくだるのは単に徳川葵の権威にひれ伏しただけではなく。

 

 この異界の地に自身の魂が転移せしめ、また兄のルーデウスまでもが同じ日ノ本の民の魂を宿している事、さらにいえば前世の愛刀七丁念仏までもが転移した事実から、日ノ本の民が“そのままの姿で転移”しうる事はあり得ぬ話ではない。

 ナナホシもまたそのような異界転移に巻き込まれたのだろうと、ウィリアムは当たりをつけていた。

 

 だが、その転移人(てんいびと)がまさか“三つ葉葵”の印紋を持ちうるとは予想だにせず。

 葵紋を目にした瞬間、本能的に頭を垂れたウィリアムであったが、直後には冷静にその頭脳を働かせていた。

 

 貴人の、それも絶大な権威を誇る徳川家の子女に対してのあのような無礼な振る舞い。

 当然ながらウィリアムはもとより、ナナホシが無事日ノ本へと帰還を果たした場合、前世での御家、岩本家になんらかの処罰が下る事は疑いようもなく。

 

 この異界の地では徳川家の威光は全くと言っていい程通用しない事はウィリアムも十分承知していた。故に、一時はナナホシを人知れず葬り去って事無きを得ようかとも考えた。

 しかし、卒倒し、うなされながら眠るナナホシの寝顔を見つめていく内に、この異界に女子がたったひとりで生き抜いて来れたのには何れかの強者の後ろ盾があるのではと思い至る。

 それに加え、仮にナナホシの口を封じたとしても万が一己の所業が“あちら”へと伝わってしまったのなら意味がない。

 それどころか貴人を弑逆せしめん事が更に罪を深くするのは想像に難くない。

 ならば、転生前と同じく徳川家へと忠義を尽くし忠功を立てる事で己の所業を帳消しにし、ひいては御家を守る手は他に無いのではなかろうかと。

 

 あわよくば前世では成し遂げれなかった“徳川家直臣”の地位を得て、岩本家を大盤石の重きに導く事が出来れば……。

 ウィリアムはナナホシの寝顔を見つめながらそこまで思い至り、抜きかけた七丁念仏を鞘に納め乙女の覚醒を座して待ち続けた。

 

 前世にて岩本家の行く末を見守る事が叶わなかったウィリアムは、転生しても尚、御家を守らんとする(さむらい)の本能から逃れる事は出来なかったのだ。

 

 

 だが、ウィリアムは知らない。

 

 岩本家が、一人娘の三重が子を成す前に自害し果て、その家名を断絶させていた事を。

 虎眼流も相伝した藤木源之助が“駿河藩槍術指南役”笹原修三郎と御前試合後に様々な因縁の元で立ち合い、その秘奥を他者に伝える事なく絶命し果てた事を。

 免許皆伝者で唯一生き残った金岡雲竜斉が立ち上げた江戸虎眼流も、ナナホシが生きる現代ではその秘奥は失伝して久しかった。

 諸行無常とはまさにこの事であるが、ウィリアムは岩本家や虎眼流の何もかもが途絶えた事実を知る事は叶わなかった。

 

 だからであろうか。

 ウィリアムが此度の人生でこそ虎眼流を天下無双の剣術に押し上げるべく“異界天下無双”を目指していたのは、日ノ本で失われた虎眼流を異界の地へと根付かせ、断絶した岩本家の無念を晴らす為なのだと本能的に察していたからなのではなかろうか。

 

 深々と頭を垂れる若虎は、前世での宿業と悲願を滲ませながら懸命にへつらいの笑みを浮かべていたのだ。

 

 

 頭を垂れ続けるウィリアムを見て、ナナホシは再度深い溜息をつきながら思い悩む。

 この勘違いを如何にして穏便に(・・・)是正するには、一体どのような話術を持ってあたれば良いのだろうかと。

 

(うん、ルーデウスがいないと無理ね)

 

 しばらく悩み抜いた平成日本女子高生は、結局は己一人ではこの強烈な“勘違い”を是正する事は不可能だと結論付けた。

 少なくとも事情を知り得るであろうルーデウスと一緒ならば、穏便に自身が徳川家ゆかりの者でないと説明が付くのではと。よしんばウィリアムが事を荒立てようとしても、ルーデウスがいるならなんとかなるのではと。

 

 ならばしばらくはこの勘違いを利用すれば、気になっていたあれこれを聞き出すには都合が良いのではないかと、この平成日本女子校生は強かにその頭脳を働かせていた。

 もっともルーデウスはウィリアムの前世を知っているわけではなく、またその実力がウィリアムより上であるという保障はどこにも無いが。

 目の前で七代列強“死神”を相討ち同然とはいえ仕果たした若虎の実力を、この平成日本女子はすっかり忘れていた。強烈な“夢”から醒めた衝撃がまだ抜けていなかった為、仕方のない事なのかもしれないが。

 

(そうとなれば、まずはその正体を聞き出さなきゃね……)

 

 居住まいを正し、ウィリアムに頭を上げるよう促したナナホシはぐっと腹に力を込めて日ノ本言葉を発する。

 腹をくくった女子高生に、虎は神妙な顔付きでその顔を上げた。

 

『貴方の……前世でのお名前を、聞いても宜しいでしょうか?』

 

 努めて丁寧な言葉で話しかけるナナホシ。腹をくくったとはいえ、あの恐ろしい立ち合いを見た後ではあからさまに尊大な態度を取る事は、平凡な女子高生でしかなかったナナホシには到底出来る事では無かった。

 ナナホシの丁寧な問いかけに、虎もまた丹田に力を込めて日ノ本言葉を返した。

 

『掛川藩兵法指南役、岩本虎眼』

 

 虎は今生で初めてその前世での正体を余人に明かす。

 それを受けたナナホシは、その偏った日本史知識を総動員してウィリアムの前世での境遇を察知せんとした。

 

(掛川藩って事は少なくとも幕藩体制が始まったって事だから……)

 

 ナナホシの知識は戦国時代から江戸初期、そして幕末から明治初期に偏ってはいたが、“掛川藩”という名称を聞いた事でウィリアムがやはり江戸時代の人間であった事は判明した。

 更に情報の確度を上げるべく、ナナホシは質問を重ねる。

 

『藩主はどなたでしょうか?』

『安藤帯刀先生(たちはきせんじょう)(直次)様であらせますれば』

 

(ええと、安藤って安藤直次でいいのよね。直次が掛川藩主だった時代は江戸初期だから……岩本虎眼?)

 

 ふと、ナナホシは“岩本虎眼”という名に引っかかりを覚える。

 日本で某刀剣擬人化ゲームに嵌っていたナナホシは、影のある美麗の若者に擬人化していた刀剣の由来を思い出し、やや興奮気味にウィリアムへと言葉をかけた。

 

『もしかして、その刀って“虎殺し七丁念仏”ですか!?』

『左様で……』

 

 ウィリアムは丁寧な声色でナナホシに言葉を返したが、直後に呻くような日ノ本言葉を発した。

 

『“虎殺し”と申されましたか』

『ひっ!』

 

 再びウィリアムから怜悧な殺気が発せられる。

 ナナホシは瞬時に己が“失言”した事を理解し、その身を再び竦ませた。

 

(馬鹿! 私の馬鹿! そうよ! 岩本虎眼が亡くなったから“虎殺し”の名前が付いたんじゃない!)

 

 貴人に対し質問を返す事は無礼極まりなく、本来ならばこのような返しは到底許されるものではなかったが、ウィリアムは自身が持つ“七丁念仏”に“虎殺し”なる異名が付いた覚えは無かった。

 鋭い視線で訝しげにナナホシを見やるウィリアムに、乙女は全身に冷たい汗を流しながら必死で言葉を紡ごうとした。

 

『えっと、それは、ええっと』

『……』

 

 虎の射抜くような視線に、乙女はしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。

 もし、この事から自身が徳川家ゆかりの者ではないとバレたら。

 先程想像した己の残酷な未来を思い浮かべたナナホシは、増々その舌をもつれさせていた。

 

 

「アダムス様。サイレント様の意識は戻りましたか?」

 

 訝しげな視線を送るウィリアムに怯えるナナホシであったが、ふとノック音と共に扉越しから響く貴人の声を聞いた。

 

「目覚めましてござりまする」

「それは結構。では、入ってもよろしいですね?」

 

 扉が開かれ、気品な佇まいで客間に入ってきたのはナナホシも良く知るラノア大学生徒会長、アリエル・アネモイ・アスラであった。

 

「あ、アリエル王女!?」

「ご機嫌ようサイレント様。こうして会うのはルーデウス様の披露宴以来ですね」

 

 微笑を浮かべつつナナホシを見やるアリエル。思いもかけない人物の登場に、ナナホシは違う意味で再び狼狽していた。

 アリエルに続き、シルフィエット、アイシャ、ノルンも客室に入る。最後に入ってきたのは何故か大きく腫らした顔を押さえるアリエルの従者、ルーク・ノトス・グレイラットであった。

 何故ここにアリエルがいるのか、また何故ルークは痛そうに顔を腫らしているのか。

 再び現出した不可解な現実に、ナナホシの思考は停止寸前であった。

 

「ナナホシ、その、ひどい事してごめんなさい……」

「え?」

 

 シルフィエットが沈鬱な面持ちでナナホシに言葉をかける。困惑するナナホシに、恐らくこの状況に至った理由を知るウィリアムに目を向けるも、虎は澄まし顔でその様子を見るばかりであった。

 

「それにしても、まさかサイレント様が神の血筋(・・・・)を引く御方だとは思いませんでした。知らなかったとはいえ、今までの非礼をお許しくださいませ」

「は?」

 

 突然アリエルが放った爆弾に、ナナホシは再び固まる。

 虎はどこか誇らしげであった。

 

「あたしも知らなかったよ。ナナホシさんがそんな凄い血筋の人だったなんて」

「セブンスター先輩もお姫様だったんですね」

「ナナホシ、ほんとにごめんなさい……」

 

 アイシャとノルンもナナホシへ向けどこか敬いの念がこもった瞳で見つめている。

 その隣で鬱々とした表情を浮かべるシルフィエットも、自身がしでかした事を反省しっぱなしという面持ちであった。

 

(ウィリアム・アダムス!!!)

 

 きっとウィリアムを睨みつけるナナホシ。この若虎は、自らの勘違いを余人にまで広げていたのだ。

 乙女の責めるような視線を受けても尚、虎は泰然としていた。

 

「しかし神の血筋とは一体どの神の事なのでしょう? 詳しく知りたいところですね」

 

 追い打ちをかけるようにアリエルがナナホシへと言葉を向ける。残酷な夢から覚め、その直後に虎と危険な綱渡りを演じていた乙女の精神は、もはや限界であった。

 

「今はまだ、覚めてから御心が覚束ない御様子。暫し時を置かれるよう……」

「それもそうですね。セブンスター様、いずれまた詳しくお話をお聞きしたいと思います。ではアダムス様、お話の続きを」

「承知つかまつりました」

 

 しかし限界を迎えた乙女を気遣うようにウィリアムがアリエルへ言葉を返す。

 それを受けたアリエル達は、挨拶もそこそこにルーデウス邸のリビングへ向かうべく客間を離れる。

 立ち上がったウィリアムは呆然とソファに座るナナホシに一礼し、アリエル王女達に続いた。

 

 一人残されたナナホシは、魂が抜け落ちたような白い顔で日本語を呟いた。

 

 

『ルーデウス、はやくもどってきて』

 

 

 この瞬間、グレイラット家の誰よりもルーデウスの帰還を待ち望んでいたのは、虎の強烈な勘違いを受けたナナホシ・シズカのみであった。

 

 

 

「あの、ウィルくん……。ナナホシとウィルくん、それにルディって結局どういう関係なの……?」

「“秘”です」

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・えのころめし
薩摩地方で江戸時代ごろに食されていたとされる料理。内臓を抜いた仔犬の腹に米を詰め炊き上げたもの。
薩摩では身分の貴賎を問わず食されていたイメージがあるが、実際は上流階級しか食せなかった高級料理である。薩摩の地が稲作に不向きなシラス台地なので米が貴重品であるのが理由の一つだが、それ以前に薩摩では乱獲によって野犬がほぼ絶滅していた。徳川綱吉が『生類憐れみの令』を発布してからも薩摩では野犬の生息数が増える事はなかった。
『犬の仔→えのころ』というように訛ったのが名称由来の定説で『犬を殺ろす』が訛ったというのは実のところ誤りである。

参考
とみ新蔵『薩南示現流』
津本陽『夢のまた夢』
大田南畝『一話一言 (日本随筆大成) 』
知り合いの鹿児島県民


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