虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:男どすこい♥♡♡♡♡

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第十七景『異界転移甲州超鋼(いかいてんいこうしゅうちょうこう)

 

 永禄四年(1561年)

 信濃国北部

 川中島八幡原

 

「え、越後勢じゃあ!!」

 

 日が登りきらぬ払暁時。

 白色の濃霧に紛れ、“毘”の旗印と共に黒色の軍勢が現出する。

 

 上杉弾正少弼政虎……後に“軍神”とまで謳われた越後の龍、不識院謙信によって率いられた精鋭軍団が、粛々と千曲川を渡っていた。

 対岸にて陣取る赤色の軍団、甲州武田軍は、濃霧に紛れ突如現れた上杉軍に動揺の色を隠せない。

 

 唵 吠室囉 縛拏野 莎賀(オン ベイシラ マンダヤ ソワカ)

 

 唵 吠室囉 縛拏野 莎賀(オン ベイシラ マンダヤ ソワカ)

 

 唵 吠室囉 縛拏野 莎賀(オン ベイシラ マンダヤ ソワカ)

 

 “軍神”毘沙門天の真言が、川中島一帯におどろおどろしく木霊する。

 万を越す上杉の軍勢が一心に真言を唱え、粛々と渡河を進める。馬の嘶きさえ聞こえない、その異様にして不気味な光景。

 精強無比で知られた甲州兵ですら得体の知れない恐怖を感じずにはいられず、身に付けた甲冑を震わせるしかなかった。

 

「御館様、申し訳ありませぬ。政虎めに裏をかかれ申した……」

「策士策に溺れるとは。大笑(おおわら)(のう)、勘助」

「面目次第もござりませぬ……」

「是非も無し。事に至っては、もはや正面から戦い抜くまでよ」

「ははっ!」

 

 軍扇を手にし、陣中にて備えられた床几に腰を下ろしながら黒色の軍勢を睨みつけるは甲斐の虎、武田徳栄軒信玄。

 脇に控えるは信玄無二の軍師、山本勘助晴幸。出家してからは“道鬼斎”と号していたが、主君である信玄からは出会った当初から勘助と呼ばれ続けていた。

 勘助もまた、真言を唱えながら進軍を続ける上杉軍をその隻眼にて見やる。

 自身の秘策が謙信の慧眼によって破られた事で、勘助は渋面を浮かべていた。

 

 北信濃の覇権を巡り、川中島の地にて四度目の激突と相成った甲越両軍。

 武田の智将、山本勘助が献策した上杉軍撃滅の秘策“啄木鳥戦法”は、高坂昌信、馬場信房らが率いる武田軍別働隊が妻女山に陣を敷く上杉軍を背後から奇襲し、追い立てられた上杉軍を信玄率いる武田軍本隊が挟撃、包囲殲滅せしめる必勝の策であった。

 まるで啄木鳥が樹木内に潜む獲物を捕獲するかの如き巧妙な作戦。だが、事前に別働隊の動きを察知した上杉軍が先手を打って信玄率いる本隊を強襲する事で、勘助必勝の“啄木鳥戦法”は失敗に終わる。

 上杉軍を掃滅するどころか、逆に主君を窮地に陥いれる事態となり、勘助は増々渋面を強めていた。

 

「勘助。妻女山へ向かった昌信らが戻ってくるまで、(みな)には守りを固めるように伝えよ」

「ははっ!」

 

 使い番を呼び寄せ各将へと下知を飛ばす勘助。

 武田軍本隊八千に対し、上杉軍一万三千。

 妻女山へ向かった武田軍別働隊一万二千が到着するまで、数に勝る上杉軍の猛攻を耐え凌ぐ事が出来るか。

 

 信玄は軍扇を握りしめ、再び上杉軍へと視線を向ける。

 上杉軍は真言を唱えるのを止め、獣の如き喊声を上げながら武田軍前衛へと襲い掛かった。

 武田軍本隊は別働隊との挟撃を効果的に行うため、包囲殲滅陣となり得る“鶴翼の陣”を敷いていた。それに対し、上杉軍は“車懸りの陣”にて薄く広がった武田軍前線へと波状攻撃を仕掛ける。

 たちまち戦場では甲越両軍により弓、槍、鉄砲が入り乱れ、前線では足の踏み場も無い程の混沌が生まれた。

 

 武田軍本陣ではその混沌とした戦場を信玄、勘助主従が険しい表情で見つめていた。

 

「せめて、“人間城(にんげんじょう)”が落成しておれば……」

「言うな勘助。あれは上洛し、武田が天下一統を成し遂げる為の切り札よ。政虎如きに使う代物では無いわ」

 

 山本勘助が拵えし武田軍の切り札、巨具足(おおぐそく)舞六剣(ぶろっけん)

 人間城とも称されたその巨大人型機動兵器は、信州諏訪の地にて諏訪神党が建造に従事していたが、完成は元亀三年(1573年)まで待たねばならなかった。

 

 川中島全体を包んでいた濃霧が晴れる。日が中天に差し掛かるにつれ、戦況は徐々に武田軍不利へと傾いていった。

 時が経つ程、信玄の元へは味方の苦戦、将帥の戦死報告が舞い込む。

 

「初鹿野源五郎様、諸角豊後守様、討ち死に!」

典厩(てんきゅう)信繁様、討ち死に!」

「太郎義信様、前線にて孤立!」

 

 次々と舞い込む使い番からの戦況報告。“風林火山”の旗印の元、信玄は瞑目しながらそれを受けていた。

 実弟武田信繁の戦死、嫡男武田義信の窮地を聞いても尚、甲斐の虎は不動の姿勢を貫く。

 さながら、不動(うご)かざること山の如し。

 

 信玄の傍らにて同様にその報告を受けていた勘助は、やがて何かを決意したかのように信玄へとその隻眼を向けた。

 

「御館様。某は一隊を率い太郎様の助太刀に参りまする」

「勘助……」

「上手く運べば、そのまま政虎めの本陣をつけるやもしれませぬ」

 

 一礼し、不具と成った片足を引きずりながら自身の馬へと跨る。馬上にて、再度その隻眼を信玄に向ける勘助。その瞳は、僅かに潤んでいた。

 

「御館……いえ、晴信様。永らく、お世話になり申した。しからば、御免」

「……」

 

 馬首を翻し、戦場へ向け駆ける勘助。その様子を信玄は黙って見送っていた。

 勘助が生きて戻るつもりが無い事を、信玄は理解していた。しかし、決死の覚悟で戦場へ向かう隻眼の軍師を止める事は、甲斐の虎には出来なかった。

 

(すまぬ……勘助……)

 

 瞑目し、軍扇を握りしめる信玄。天下統一の為の西上作戦を成功させるには、後顧の憂いを絶つべく北信濃における上杉の勢力を打ち払わねばならない。

 だが、それを成し得る為の犠牲はあまりにも大きく。

 甲越両軍の兵士達の屍が積み上げられていった戦場へ、隻眼の軍師は主君の大義を背負い馬を走らせていった。

 

 

「拡充具足を持てい!」

 

 付き従う配下の士に向け大音声を発する勘助。それを受けた従士は驚愕の眼差しを勘助へと向ける。

 

「道鬼斎様! 拡充具足はひとたび着装すれば寿命が五年縮む武具! 左様なお体で着装すればもはや二度とは……!」

「戯け! ここが勘助の死に場所と心得よ!」

 

 従士の忠告を一蹴する勘助。拡充具足は戦場に於いて強力な兵器となり得ていたが、その着装者には身体を蝕む程の過負荷を強いる事になる。

 勘助の肉体で再び拡充具足を纏う事は、即ち死を意味していた。

 

「越後の者共よ! 道鬼勘助の威容しかと拝め! 石火着装!」

 

 勘助の後方にて追従する打込式鎧櫃の砲口から具足の各部位が射出される。

 撃ち出された具足は勘助の身体へと“瞬着”し、馬上には神武の超鋼を纏った鎧武者が現出した。

 その威容は、正に鬼神の如く。

 全身を鋼で覆われた勘助の大音声が、戦場へと響き渡った。

 

「閃獄拡充具足“不動”! 皆の者! 此度の勘助の武勇、夢忘るる事なかれ!」

 

 

 超鋼を纏いし鬼武者を先頭に、上杉軍へ向け赤色の軍勢が突貫する。

 

 軍師山本勘助晴幸、最期の奉公であった。

 

 

 この山本隊の突撃により前線にて孤立した武田信玄が嫡男、武田義信は窮地を脱し、逆に上杉軍本陣を強襲せしめる事となる。

 また、妻女山へ向かった高坂昌信らの別働隊が川中島へと到着した事で、それまで劣勢だった武田軍は息を吹き返し、形勢不利となった上杉軍は川中島北部に位置する善光寺へと撤退していった。

 撤退する最中、武田軍本陣へと直接切り込みをかけた謙信は信玄に手傷を負わす事に成功するも、結局は戦局を打開するまでには至らなかった。

 

 甲越両軍による壮絶な死闘となった“第四次川中島の合戦”にて、武田信玄は多くの優秀な将を失う事となる。

 特に実弟武田信繁、軍師山本勘助を失った事は、その後の信玄の西上作戦にも大きな影響を与え、上洛する為の遠征軍の編成は当初の計画より大幅に遅れる事となった。

 

 武田義信を救出し、上杉軍本陣へと逆襲を果たし、川中島の地にて討ち死にし果てた山本勘助。だが、その遺体は誰にも見つかっていない。

 一説には勘助は生き延びて武田信玄の影となり、様々な諜報活動に従事したとも伝えられている。また、元和元年(1615年)に現出した怨身忍者“霧鬼”が巨具足“舞六剣”を得る為の手助けをした、との伝説も残っている。

 

 しかし、勘助が川中島の合戦にて着装した拡充具足“不動”は、後の世になっても終ぞ発見される事は無かった。

 

 合戦の後、戦場清掃に駆り出された付近の農民達は、勘助が討ち死にしたと思われる場所に乳白色の霧(・・・・・)が立ち込めるのを目撃した。

 

 

 また、その上空には、妖しく煌めく赤い珠(・・・)が──

 

 

 

 

 


 

 甲龍歴423年

 ベガリット大陸南部

 転移の迷宮

 

「パウロ! 今回はもうだめだ! 引き返そうぜ!」

 

 撹乱用の煙幕弾を放りながら猿顔の冒険者が鬼気迫った表情を一人の剣士へと向ける。

 通路から無数に湧き出る魔物の群れを剣で薙ぎ払いながら、パウロと喚ばれた剣士が猿顔の冒険者へと応えた。

 

「クソッ! ギース! お前なんでマッドスカルがいるのに気づかなかったんだ!」

「んなこと言われてもよぉ!」

 

 剣士──元S級冒険者パーティー“黒狼の牙”のリーダーであり、ルーデウス・グレイラット、そしてウィリアム・アダムスら転生者兄弟の父パウロ・グレイラットが、悪態をつきながら目前の魔物アイアンクロウラーへと渾身の剣撃を放つ。

 

「おらぁ!」

 

 生々しい音と共にアイアンクロウラーはその重戦車のような体躯から黄土色の体液を噴出させ息絶えた。

 

「パウロ! まだまだ出てくるぜ! 気をつけろ!」

 

 ギースと呼ばれた猿顔の冒険者──魔大陸の魔族、ヌカ族最後の生き残りであるギース・ヌーカディアが、通路奥から新手のアイアンクロウラーが湧き出るのを見て警告を発する。

 アイアンクロウラーの後方では泥で覆われた人型の魔物、マッドスカルが魔物の群れを統率する様子が見て取れた。

 マッドスカルは非常に知能が高い魔物で、周囲の魔物を呼び寄せ統率するという習性を持っており、泥の怪物に率いられた無数の魔物の軍団が迷宮の深部から現出していた。

 

「パウロさん! ギースさん! 伏せてください!」

 

 パウロ達の後方から蒼髪の魔法少女、水王級魔術師ロキシー・ミグルディアが杖を振りかざし、その可憐な唇から魔術の詠唱が唱えられた。

 

「落ちる雫を散らしめし、世界は水で覆われん。『水蒸(ウォータースプラッシュ)』!」

 

 ロキシーの周囲に無数の水玉が浮かび、弾丸の如く魔物の群れへと飛散する。水弾の威力は魔物を仕留めるまでには至らなかったが、怯んだ魔物達はその足を止めた。

 

「タルハンドさん!」

 

 間髪入れず横に立つ炭鉱族(ドワーフ)の男へと合図する。

 炭鉱族、元“黒狼の牙”のメンバー、厳しき大峰のタルハンドが杖を振りながら、その厳つい声を張り上げた。

 

「大地の精霊よ! 我が呼び声に応え堅甲なる壁となれ!『土壁(アースウォール)』!」

 

 パウロ達の目前に魔術により形成された土の壁が現出する。

 通路内から湧き出る無数の魔物はこの土壁に阻まれ、パウロ一行の追撃を困難にせしめた。

 

「今の内じゃ! とっとと退くぞ!」

 

 タルハンドの号令により、一行は即座に撤退を開始する。

 パウロは暫し土壁を睨みつけていたが、やがて踵を返して迷宮上層へ続く道を駆けていった。

 

(クソッ! また失敗か……! ゼニス……!)

 

 苦杯をなめるかのように唇を噛み締めながら迷宮内を駆けるパウロ。忸怩たる思いを抱えながら、またも迷宮攻略に失敗し、愛する伴侶を救い出せなかった事がパウロの心を蝕んでいた。

 

 迷宮深部にて囚われた伴侶、ゼニス・グレイラットを救い出すべく、転生者兄弟の父親は1年以上この転移迷宮に挑み続けていた。

 が、ベガリット大陸でも屈指の難易度であるこの“転移の迷宮”は、迷宮攻略で名を馳せた“黒狼の牙”元メンバーが3名揃っても尚、その深部へと到達する事は叶わず。

 水王級魔術師であるロキシーの助力を得ても、迷宮攻略を成し得るまでには至らなかった。

 

「クソオォォォォッッ!!!」

 

 咆哮と共に、無念の表情を浮かべ、転生者兄弟の父親は迷宮を脱出せんと駆け抜けていく。

 愛する伴侶と、家族と再び再会するまで、転生者兄弟の父親はその脚を止める事は無かった。

 

 

 

 

「やれやれ……これで何度目の失敗かのう」

 

 迷宮都市ラパン

 

 “転移の迷宮”から脱出し、迷宮攻略の拠点である迷宮都市へと帰還した一行は、根城にしている宿屋へと辿り着くと、装具をそのままに各々休息を取り始めた。

 どっかりと宿屋食堂に設けられた椅子に腰を降ろすタルハンド。ロキシーもまた疲れた表情を浮かべながら腰を下ろした。

 

「予想以上に迷宮の魔物が強力ですね……そもそも転移魔法陣があれだけあると、どの魔法陣が深部につながっているかわかりません……」

「ギースのマッピングも芳しく無いしのう……困ったことじゃ」

 

 転移の迷宮は迷宮内部に無数の転移魔法陣が設置されており、その魔法陣を潜らねば迷宮深部へと到達する事は叶わず。

 また、迷宮内部の魔物はこの転移魔法陣を熟知しているのか、転移魔法陣の先には魔物が群れを成している事も多々あった。

 巧妙に偽装された転移魔法陣も存在し、罠にかかった冒険者達は魔物の群れに囲まれ、その贄となる。

 嘗て高名な冒険者、アニマス・マケドニアスがこの転移迷宮に挑んだ際も、迷宮深部まで到達する事なく転移魔法陣の罠にかかり、仲間を失った事で攻略を断念した事はあまりにも有名な逸話であった。

 

「旦那様、ご無事で……」

「リーリャ……。すまない、また失敗した」

「いえ、旦那様がこうして無事に戻ってきた事がなによりです。きっと、奥様も無事に救い出せると思います」

「ああ……そうだな……」

 

 パウロ・グレイラットの第二夫人、グレイラット家のメイド、リーリャ・グレイラットが、同じく憔悴したパウロを気遣いながら言葉をかける。

 転移事件の後、実子アイシャ・グレイラットと共にシーローン王国へと転移したリーリャ。シーローン王国第七王子パックス・シーローンの策略により軟禁生活を強いられていたが、フィットア領へ帰還途中のルーデウス・グレイラットにより救出され、そのままパウロが待つミリス王国王都ミシリオンへと向かう事となる。

 実子アイシャ、ゼニスの子ノルンを世話をしつつ夫であるパウロに献身し続けたリーリャであったが、ギースがベガリット大陸の迷宮にてゼニスが囚われているとの情報を得た事でパウロ一行はゼニス救出の為の行動を起こすこととなる。

 

 ルーデウスが居を構えるシャリーアへ護衛であるジンジャー・ヨーク、ルイジェルド・スペルディアと共にアイシャとノルンを送り出し、夫を支えるべく救出行に同行したリーリャであったが、ゼニス救出に失敗し続けるこの1年はパウロと同様にリーリャもまた相応に疲れ果てていた。

 

 転移事件が発生してから6年。リーリャにとって主であり、親友と言っても差し支えないゼニスは、生存が確認されているとはいえ未だ迷宮深部に囚われたままであった。

 

「旦那様。奥様を救い出した後は、ウィリアム坊ちゃまも見つけなければなりません。気をしっかり持ってください」

「ああ、そうだな……ウィルも、見つけなきゃだな……」

 

 リーリャの言葉に力なく応えるパウロ。伴侶を救い出した後、愛する次男も見つけねばならない。

 だが、居場所が判明しているゼニスはともかく、ウィリアムの居場所は転移してから6年経った今でも不明のままであった。

 ゼニス救出に失敗し続けるパウロにとって、ウィリアムの捜索は後回しにせざるを得ない。その事が、パウロの心を蝕む一因にもなっていた。

 

「ウィル……ウィルかぁ。あいつは今、どこで何しているんだろうな」

「旦那様……」

「きっと、俺に似て、イイ男になっているんだろうなぁ」

「……そうですね。きっと、旦那様に似て素敵な殿方になっていますよ」

 

 薄く笑みを浮かべながら優しげに応えるリーリャ。リーリャの笑顔を見て、パウロは僅かながらに気力を復活せしめた。

 パウロは幼少の時分に見せたウィリアムの精強さを思い浮かべる。

 兄、ルーデウスを一撃で打ち負かしたあの斬撃。また、常軌を逸した鍛錬を課していた武の権化ともいえる次男坊が、生半可な事では絶命しない事は想像に難くない。ロキシーがもたらした“魔界大帝”の情報でも、その生存が確認されている。

 この世界のどこかにいるであろう次男坊の成長した姿を想像する事が、迷宮攻略に失敗し続け憔悴したパウロの数少ない慰みにもなっていた。

 

 

「ところで、ギースの奴めはどこへ行ったんじゃ?」

 

 パウロ達の様子を見やりつつ、タルハンドは食堂にギースの姿が無い事に気づき怪訝な声を上げる。パウロの傍らに寄り添っていたリーリャが、その疑問に応えた。

 

「ギース様は『軍資金の調達に向かう』と仰っていましたが……」

「なんじゃ、もう賭場に行ったのかあやつは。元気が良いのう」

 

 ギースは不足しがちな資金を調達する為、迷宮で得た魔物の素材や迷宮内部の情報をラパンにて売却していた。しかし、それらよりも手っ取り早く稼げる賭博での資金調達を行う事が多く、黒狼の牙時代からのギースの資金調達法であった。

 もっとも苦しい時は確実に資金を増やしていたが、平時におけるギースの博打の勝率は暗澹たる有様であった。

 

「物資を購入するにも、攻略メンバーを雇う為にも、お金は必要ですからね」

 

 続けてロキシーが言葉を発する。迷宮攻略は数日、長い時は数週間は迷宮に潜り続けなければならず、必然的に食料等の物資を抱えて迷宮攻略に挑む必要があった。

 それらの消耗品に加え、パウロ一行は現地にて冒険者を雇い入れて迷宮攻略を行っていた。

 だが、転移の迷宮は難易度の高い迷宮で知られ、命を惜しんだ現地の冒険者達は中々パウロ達の攻略メンバーに参加する事は無く。

 中には命知らずな冒険者達が参加する事もあったが、そもそも一攫千金を狙うそれら冒険者達にとって、人命救助目的で迷宮攻略に挑むパウロ達と目的が一致しないというのもあり、参加しても直ぐにメンバーから外れる事が多々あった。

 パウロ達にとって、攻略メンバー集めは当初からの難題であったのだ。

 

「そうじゃな。今のままでは迷宮攻略の戦力が足りん。せめて、ロキシー並みの魔術師と、それなりに腕の立つ前衛がそれぞれもう一人欲しいとこじゃのう」

「もう私達に協力してくれる冒険者はラパンにはいませんからね……」

「悩ましいのう。暫くは攻略を控えたほうがいいかもしれん」

 

 深々と溜息を吐くタルハンド。ロキシーは俯きながらもそれに頷こうとしたが、少しばかり逡巡した後、自身の胸の内を明かした。

 

「いえ、近いうちにもう一度迷宮へ向かいましょう」

 

 ロキシーの言にタルハンドは目を丸くしてその可憐な瞳を覗く。

 離れたテーブルでその言葉を聞いたパウロもまた、蒼穹の魔法少女の瞳を胡乱げに見つめた。

 

「何じゃ。何ぞ気になる事でもあったか?」

「はい。実は、迷宮内部に白いモヤ(・・・・)が出ているのを見かけました」

「白いモヤ? パウロ、モヤなど迷宮内に出てたかのう?」

「俺はそんなのは見てないな」

 

 訝しげにパウロに尋ねるタルハンド。攻略パーティー前衛として常に最前線に居続けたパウロであったが、迷宮内部にてそのような不審な現象は目撃していなかった。

 

「三層の転移魔法陣の近くで発生していました。丁度、皆さんが休憩を終えて出発する時です。すぐに消えてしまったので、私もしっかり確認したわけじゃないのですが……」

「ふーむ……。じゃが、今までそのような現象は発生しておらんかったからのう。何か、重要な物があるのかもしれぬな」

「迷宮攻略の糸口になるかもしれません。それに、時間が経つと迷宮内部の構造も変化してしまうかもしれません」

「というわけじゃ。どうするパウロ?」

 

 タルハンドの言葉を受け、パウロはしばらく考え込むように瞑目していたが、やがてしっかりとした口調で方針を述べた。

 

「わかった。一応ギースの意見も聞きたい所だが、4、5日くらい休息を取ったら迷宮に行くとしよう。どのみち行くとしてもまた準備しなきゃならねえし」

「そうじゃな。ロキシーもそれでいいか?」

「はい。それでいいかと思います」

 

 パウロの方針に頷くロキシーとタルハンド。

 攻略失敗し続ける一行であったが、その闘志に陰りが差す事は無かった。

 

(ルディが来るまでにゼニスさんを救い出さないといけませんしね……来るかどうかはわかりませんけど)

 

 ロキシーは愛弟子であるルーデウスを思い浮かべる。

 シャリーアに居を構えるルーデウスへ向け、ギースが勝手に救援要請を出した事はパウロを始め迷宮攻略メンバーにとって既知の事実ではあった。

 だが、ルーデウスがその救援要請に応え向かってくるかどうかは不明であり、よしんば向かったとしてもシャリーアからここベガリット大陸まで1年以上はかかる。

 

 されど、長く攻略に失敗し続ける一行にとって、1年という時間は決して長いものではなく。

 ルーデウスが到着するまでには、ゼニス救出は成し遂げなければならなかった。

 

(ルディはどんな風に成長しているんでしょうかねえ……)

 

 ルーデウスが5歳の時に別れてからそれきりであったが、成長した愛弟子の姿を想像した蒼穹の魔法少女は、その表情を僅かに緩める。

 別れてから11年。人族の成長は早い。きっと、凄腕の魔術師になっている事だろう。

 

(それに、ウィリアム君も……)

 

 ロキシーはルーデウスの姿と共に、寡黙な幼子の姿も思い浮かべる。

 成長した虎子の姿は、一体どのような……

 

 そのような事を思いながら、ロキシーはぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

(ゼニスさんも、ウィリアム君も、きっと無事に見つかります……きっと……)

 

 

 ロキシーは、幾度となく繰り返されたグレイラット家族の無事を静かに祈る。

 祈りながら、迷宮に囚われしゼニスの救出を固く誓うのであった。

 

 

 蒼穹の魔法少女を待ち受けるは迷宮の無数の怪物

 

 深部には魔力結晶から生まれし異界の大蛇が鎌首をもたげる

 

 囚われし菩薩は、救い手を導く事は叶わず

 

 

 そして、甲斐の鬼軍師の武魂が封入されし鎧もまた、迷宮にて異界における着装者を待ち続けていた……

 

 

 

 




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