虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第二景『目覚(めざ)め』

 

(ウィリアム坊ちゃまは不気味だ──)

 

 岩本虎眼がウィリアム・グレイラットとして生を受け早4年の歳月が経った。

 

 兄のルーデウスと同じく殆ど泣きもせずに手がかからない子として育って来たウィリアム。

 ウィリアムの育児に携わって来たグレイラット家のメイド、リーリャはパウロとゼニスの子供は何か常人には測れない不可解な事があるのでは? と、人知れず不気味さを覚えていた。

 

 しかし兄のルーデウスについては成長するにつれて顕在化して来た知性と、類稀なる魔術の才能……そして何より、パウロと不貞を働いた自分を助けてくれた恩がある。

 

 自分を本当の意味で家族として迎え入れるように、ゼニスを説得してくれた。

 

 ルーデウスに感じていた生理的な不快感と、子供らしくない行動による不気味さはその一件以来、すっかり鳴りを潜め、ルーデウスには感謝と深い尊敬の念を抱くようになったのだ。

 

 

 でもウィリアムは──

 

 

 ルーデウス以上に物静か、言い方を良くすれば大人しい子供。

 また、抱きかかえた時もルーデウスが見せていた厭らしく下卑た表情は無く。

 右手の指が一本多い事以外は、見かけは、大人しい“良い子供”だった。

 

 しかしその“眼”に見つめられると──

 

 どうしようもなく不安に駆られるのだ。

 

 ウィリアムの容姿は母親似であるルーデウスとは違い、父であるパウロに似ていた。

 幼くともどことなく精悍な顔つきを見せ、静かな微笑みを浮かべるウィリアムに、パウロは将来はルーデウスや自分以上の女誑しになるかも──と無邪気にはしゃいでいる。

 

 しかし、リーリャに向ける眼差しは情愛等は一切無い、冷たい視線。

 

 いや、冷たいというより全く省みていないと言える。

 

 ウィリアムの視線を感じる度、リーリャは以前勤めていたアスラ王国後宮付き近衛侍女時代を思い起こす。

 王族や貴族から向けられていた視線とウィリアムのそれは、同じ物であった。

 

 あの時はそれが当然ではあった為、リーリャ自身もさして気にはしていなかった。

 しかしグレイラット家に奉公するようになってから、家族の一員として扱われるようになり、以前感じていた厳格な身分制度を忘れるには十分な扱いをされた。

 特にパウロの子を宿した時からは、ゼニスも以前より親しく接してくれるようになった。

 

 しかしウィリアムだけは、それ以降も変わらず“家に仕える奉公人”という一線を厳格に引いているように感じた。

 

 グレイラット家の侍女として家政を卒なくこなしているリーリャを、まるで一切の手抜かりは許さぬとばかりに自分を見つめる。

 それでいて、身分が上の者が下の者に見せる親愛の眼差しというものは一切無い。

 せいぜいそれまでの“奉公人”から“当主のお手つきの下女”という変化しか感じられなかった。

 

 ある意味ではそれが普通なのだが──

 

 実際、ウィリアムがリーリャに対して使う言葉や態度は、兄ルーデウスと変わらず丁寧な物だ。

 それ故に、パウロやゼニスはウィリアムに対して何ら違和感を覚えず、ルーデウスと同じようにその愛情を注いでいた。

 

 でもリーリャは、パウロやゼニスのような愛情は持てなかった。

 

 ルーデウスも何かを感じているのか、初めて出来た弟であるウィリアムに対して、どこか余所余所しい。

 

 一応は兄として弟の面倒を見ているのだろうが──

 一緒に遊ぶ事もままあるが、ウィリアムのどことなく冷めた態度にルーデウスもどう接していいのか分からなくなっていた。

 

 ロキシー・ミグルディアがルーデウスの魔術の家庭教師として招かれ、師事していた期間は、ウィリアムから逃げるように魔術の授業とパウロとの剣術の稽古に打ち込むようになった。

 

 もっともルーデウスが弟に対して距離を置いている理由は、前世の家族関係もあったが……もちろんリーリャはその様な理由を知る術は無い。

 

 当のウィリアムはというと、一流の魔術師でもあるロキシーが見せる魔術に最初は興味を持っていたようだが、自身が魔術を全く使えない(・・・・・・・・・・・・)事が判明すると、魔術を行使する事について途端に興味を失った様子である。

 しかし魔術自体に興味を失ったわけではなさそうで、時折ロキシーに対して他にどのような魔術があるのか──人を簡単に殺めるような魔術は他にあるのかと、聞いてる様子が見られた。

 

 またパウロの稽古も、兄ルーデウスと共に受けるようにはなったが、これも兄とは違い熱心に受けている様子には見えない。

 パウロが会得している剣術三大流派上級の業前を見ても、最初こそは興味深そうに見ていたが、しばらくすると冷めた目で稽古を受けるようになった。

 

 とはいえ稽古自体はきちんと続けている。

 

 パウロはルーデウスが魔術の道を志しているのを知って、代わりにウィリアムを本格的に鍛えようとしている。

 ウィリアムの年齢を考え、まだ本腰を入れてはいないが、元々男子が生まれたら剣士として育てる事をゼニスと約束していた。

 それ故、ウィリアムにルーデウス以上の熱意を持って指導していたのだ。

 

 しかし、リーリャから見ればウィリアムが剣術の稽古を受けている様子は、どうみても義務的に受けている様にしか見えなかった。

 

 

 それ以外にも、リーリャが感じていたウィリアムの違和感がある。

 時折、幼児とは思えない程の憤怒の形相を見せる瞬間があったのだ。

 

 リーリャは最初は何事かと慌て、どこか怪我をした際の痛みに耐えているかと思い、ウィリアムの元へと駆け寄ったが──

 

 駆け寄ったリーリャが見たのは、どこも怪我をしていないウィリアムがまだ生え揃ってもいない歯を軋ませ、何かを増悪するかのように怒りの表情であった。

 

 リーリャが駆け寄った直後にはその表情は消え失せ、いつもの薄い笑みを浮かべた表情に戻っていたが……

 

 元々あまり感情表現が豊かでない子供が、時折見せるこの異様な様相が、リーリャの疑心に拍車をかける結果となっていた。

 

 さすがにこの事についてはゼニスに相談したが、いざゼニスがその事をウィリアムに問い詰めても穏やかな笑みを浮かべて、『なんでもない』という答えしか返してこなかった。

 

 

 リーリャは生まれてくる我が子をルーデウスに仕えさせる事で、受けた恩を返そうとしていた。

 グレイラット家には多大な恩がある。

 

 特にルーデウスに対しては。

 

 ただウィリアムに対しては、恩義も忠節も無く、使用人としての分別を超えるような接し方をする気にはなれなかった。

 

 

 そこまで考えて、リーリャはウィリアムがなぜここまでルーデウスと違うのだろうかと考える。

 

 あの家族に育てられ、接していればもう少し自分に対しても心を開いてくれるのだろうと思うのだが。

 ルーデウスとは違った意味で、老成したウィリアムの胸中を察する事は、リーリャにとって砂漠で胡麻を見つけるくらい難しかった。

 

(普通の使用人を雇うような家ではウィリアム坊ちゃまが“普通”なのだけど──)

 

 リーリャはいつもの様に、そう結論付けて家事の続きを始める。

 ウィリアムの事をこれ以上考えないように、リーリャは普段と同じように、黙々と家事を続けるのであった。

 

 

 

 

 


 

 リーリャにとってウィリアムは目に見えない隔たりを感じる存在ではあったが、当のウィリアムはそこまでリーリャに対して無下に扱うといった意識は無かった。

 

 晩年の虎眼を知る者、特に曖昧な状態を発するようになってからの虎眼しか知らぬ者には考えられない事だが、掛川藩兵法指南役として禄を食むようになり、屋敷を構えた時から忠節を尽くしてくれている奉公人には存外な優しさを見せる時もあった。

 女中のさね(・・)や中間の茂助等には、その忠節に対して時折労る事もあったのだ。

 

 もっとも心の平衡を失ってからは、虎眼が相対する人間全てが等しくその狂気を当てられ、恐々としていたが。

 

 リーリャがウィリアムに感じた一切の感情は、未知の世界のあらゆる理に、困惑と驚愕を感じた事で、リーリャに対して関心を持つ余裕が無かっただけに過ぎない。

 

 それがリーリャが無言のプレッシャーのように感じていたのは、ウィリアムにとって心外な事ではあった。

 が、使用人が自分をどう思っていようが今のウィリアムにとって全く問題ではなかった。

 

 

 ウィリアム……虎眼は、当初は南蛮のどこかの国に転生したと思っていた。

 しかし、母や兄が使う“魔術”なる摩訶不思議な現象を目の当たりにし、ここは以前とは理が全く異なる──異世界に転生した事を否応なしに認識させられた。

 

 そして年甲斐もなく──いや、年相応に興奮したのだ。

 

 かつて京にいた陰陽師が使う眉唾物の呪いではなく、確かに存在する奇跡の御業の数々──

 負った傷をあっさり治し、何もない所で火や水、風を起こす奇跡に感動した。

 

 それらを自分も思うがままに使ってみたい、と思うのは虎眼だけでなく、魔術が無い異世界からの転生者は皆同じ事を考える物なのだろう。

 

 しかし、虎眼に魔術の才が一切無い事が判明すると、急に魔術を使う事に関しての興味は一切無くなった。

 それからは、魔術師に対してどのように戦っていくか(・・・・・・・・・・・)を考えるようになった。

 

 虎眼は転生してからしばらくの間、己が転生した意義をただひたすら考えていた時期がある。

 

 伊良子との死闘の際、奥義『流れ星』をも上まる剣速を見せた伊良子の斬撃──

 

 あの瞬間を鮮明に思い出す度に、かつて自分を殺した相手に対して増悪の念に駆られた。

 憤怒の表情を浮かべる幼子は、運が良いのかリーリャ以外には見られていない。

 

 そして、その内伊良子の“逆流れ”に対し、どのような技であれば対抗できるかを考えるようになった。

 

 この世界に伊良子はいない。

 しかし伊良子に負けた事実からくる怨念は、虎眼の中で年々大きくなっている。

 復讐を遂げる相手がいない苛立ちが、虎眼の今生の生きる意味を段々と形作っていく。

 

(つまりは、己の“虎眼流”を前世より練り上げる事――)

 

 己を葬った怨敵に対する感情からこのような発想に至ったのは、ルーデウスが5歳の誕生日を祝われた時であった。

 虎眼にとってルーデウスの5歳の記念日は、己の新しい人生の目標が定まった日でもあったのだ。

 

(で、あればこの世界の兵法を学ばねばならぬ)

 

 この世界のあらゆる兵法──以前の世界には無かった魔術について学び、虎眼流の技に組み込もうと考えた。

 

 だが、自身がまったく魔術が行使できない事が分かると、今度は魔術に対して虎眼流がどのようにして抗していくのかをひたすら考えるようになった。

 

 ロキシー・ミグルディアがルーデウスの魔術教師としてグレイラット家に滞在していた事は虎眼にとって都合が良く、ロキシーが手すきの折りに魔術には他にどのような“技”があるのかを熱心に聞いた。

 

 最初ロキシーは、兄に対抗心を燃やした可愛げのある子供と思って、それこそ教本に書いてあるような差し障りない内容しか話をしていなかったが……

 子供が尋ねるにはあまりにも殺伐とした内容になっていくにつれ、その狂気的な執念ともいえる内容に恐怖と戦慄を覚えていった。

 

 今や愛弟子といっても差し支えないルーデウスの事も考えて、答えていいのだろうかと思い悩んだ。

 

 が、結局は虎眼の執念に根負けする形になり、自身が知りうるあらゆる魔術を教え、実践できる魔術に関しては実演して見せる事もあった。

 

 ウィリアムとして、自身が兄になんら異心を持っておらず、単純に自分は魔術を使えないから魔術に相対する心構えを教えて欲しいと言われた事も、ロキシーが魔術の知識を伝授した理由でもあった。

 

 こうしてロキシーによるルーデウスの魔術の修行が終わりに近づいていた短い期間ではあったが、虎眼が魔術師に対抗する為の知識を身に付けていった。

 後の人生で虎眼が魔術師との立会いに対して有利に運べたのは、このロキシーの“授業”が利いていた事は確かであろう。

 

 

 肝心の剣法については、父パウロから剣術の稽古を受けるようになった時に異世界の剣法を取り入れ、虎眼流を更なる高みに練り上げようと考えていた。

 しかしパウロの三大流派上級の腕前では、濃尾無双とまで謳われた剣豪をうならせる事は無かった。

 

 剣神流の剣速は、いくらパウロが上級止まりの腕前とはいえ、かつての虎眼流高弟達とは比べ物に無く。

 水神流の受け技は学ぶ所もあったが、“刀剣は容易く折れる”、“最小の斬撃を最速で打ち込む”という虎眼流の信条に反していた為に結局はそれ程鍛錬に費やす事は無かった。

 北神流に関しては、パウロ自身がそれ程好んで使う事は無かった為、技自体にあまり触れる事は無かった。

 

 もっともパウロが三大流派をそれぞれ上級まで習得するのは並大抵の才気では成し得ない事ではあるが、そのような事は虎眼にとってはどうでもよく。

 

 虎眼がパウロとの稽古で一番興味を持ったのは“闘気”と言われる魔術とは対をなす不思議な力の事であった。

 

 今生の虎眼──ウィリアムは何故か魔術を使えなかったが、内包する魔力は兄ルーデウスと遜色の無いレベルだった。

 とある理由でルーデウス兄弟は内包魔力を常人を遥かに超えるレベルで保有している。

 闘気とは、魔力を魔術で放出する代わりに体内に循環させ、身体能力を強化する術であった。

 ルーデウスは闘気を纏えない代わりに、魔術の行使に関して稀有の才能を持っていたが、相対するかのようにウィリアムは自身の魔力を闘気として発揮する才能を持っていた。

 

 故に、パウロの指南によって闘気を発現してからのウィリアムの鍛錬は、徐々に常軌を逸する様相を見せ始めたのは、正気にては大道を成せない剣豪の宿業なのかもしれない。

 

 それはウィリアムが5歳の誕生日を迎え、ルーデウスがボレアス家に強制送致される1週間前の出来事であった──

 


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