虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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迷宮篇
第二十ニ景『天下無双異界龍神(てんかむそうのオルステッド)


 

 やぁ。元気かな?

 

 ……いや、今まで色んな人の夢に出てきたけどノータイムで襲い掛かられたのは初めてだよ。

 

 いやだから無駄だって。これは君の夢の中なんだから、僕に対して直接危害を加えようとしても無駄だって。

 

 一旦落ち着こう、ね?

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 ……あ、やっと話を聞く気になった?

 

 ていうか前にも話したと思うけど、今君の前にいるのは僕の思念体みたいなものであって、本体は全く別の場所にいるからね?

 

 ……今度は無視かい。 まあいいや。勝手にやらせてもらうよ。ったく、これだから転生者は……

 

 とりあえず七大列強入りおめでとう。まさか死神を倒すとは思わなかったよ。

 

 君が納得していなくても、あれは疑いようもなく君の勝利だよ。ランドルフ……ああ、死神ね。ランドルフは、剣撃無効の魔道具を身に着けていたんだ。だから、君の方が間違いなく……

 

 あ、知ってたんだ。シドウフカクゴにはあたらない? まぁ、君が七代列強に成ったのはもう事実だからねぇ。

 

 ふふふ。これから大変だよぉ? カッコいい二つ名も考えないとね。

 

 まぁ、妹さん達にも会えたし、実際シャリーアへ来てよかったでしょ?

 

 頼もしい弟子達も出来たし……ほんと、君は獣人に好かれるよねぇ。酒場の一件を見ても君には獣人を惹きつける何かがあるのかもね。リニアとプルセナはアレだけど。

 

 ただ、肝心のお兄さん……ルーデウス君に会えなかったのは“残念”だったけどね。

 

 君がギレーヌとイチャイチャしてないで、一直線にシャリーアへ向かってればギリギリ間に合ったんだけどねぇ。

 

 ……いや、だから攻撃しても無駄だって。

 

 君、神様は尊ぶものだって妹さんに言ってたくせに、なんでそんなに僕に対して攻撃的なのさ。

 

 悪神? ひどい言い草だなぁ。ほんと、あの時、あの“地獄”で、僕の助言がどれだけ役に立ったのかもう忘れちゃったのかい?

 

 いや、剣の聖地の件は謝ったじゃないか。だからそろそろ機嫌直してくれよ。

 

 余計なお世話? あのねぇ、剣神にはまだ及ばないって、君自身も思ってたじゃない。

 

 もう一度言うけど、あのままやり合ってたら剣神に殺されてたよ?

 

 よしんばマグレ当たりで勝てたとしても、その後弟子達に袋叩きにされて、どのみち君はあそこで死んでるよ。

 

 死は覚悟の上? 君、大層な野望を持ってる割には随分と自分の命が惜しくないんだねぇ……。

 

 それが前世の君の価値観、ブシドーってヤツかい? 変わった死生観だよねぇ。騎士道とは似ているようで全然違うのが面白い。

 

 

 たださ。

 

 前から言おうと思ってたけど、いい加減そういうのはもうやめたほうが良いと思うよ?

 

 前世の価値観を引きずるのは、まあ少しはあるかもしれないけどさ。

 

 でも、君の場合、ちょっと異常だよ。

 

 前世の家とか、主君とか、もう関係無いじゃないか。もっと他の人と合わせて、柔らかく生きた方がいいんじゃい? 上手く言えないけどさ。

 

 ほら、『郷に入りては而ち郷に随い、俗に入りては而ち俗に随う』って言うじゃない……え? なんでそんな言葉知ってるかって? そんなのどうでもいいじゃないか。

 

 まぁ、そうやって上手に生きていけばさ、ギレーヌはもちろん、リニアやプルセナだって君のハーレムに……

 

 ごめん。ほんっとごめん。だからそのシャレにならない殺気飛ばすのやめてほんと。

 

 あのさぁ……僕を本気でビビらせるその胆力は、ほんとに何なの……君の生きてた世界の人達って皆そんな感じなの? どんだけ修羅の世界に生きてたの?

 

 え? カマクラブシの方がヤバかった? な、なんだかすごい世界で生きてたんだねぇ……

 

 ふぅ。まぁいいや。冗談はこれくらいにして、さっさと本題に入ろう。

 

 丁度いいタイミングで妹さんからも“お願い”された事だし、君にとって悪くない“お告げ”だと思うよ。

 

 ……

 

 もう、大人しく聞いてくれないなら勝手にやらせてもらうよ。

 

 

 

 ん、コホン。ではウィリアムよ。よーくお聞きなさい。聞いてなくても聞きなさい。

 

 ベガリット大陸へ行ったら、なるべく時間をかけて準備してから転移迷宮に挑みなさい。

 

 準備無しで迷宮に行くと、大切な人を失うハメになります。

 

 決して、無茶な行動はせず、慎重に物事を進めなさい。

 

 そうすれば、家族は全員“無事”に揃って、君達は幸せになるでしょう……

 

 でしょう……

 

 でしょう……

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……比……さ……死ね……

 

 

 

 

 

 

 


 

 魔法都市シャリーア南西

 ルーメンの森

 

 

「……」

「あ、若先生。おはようございます」

 

 鬱蒼とした森から僅かに漏れる旭日が、大樹に寄りかかる虎を浅い眠りから覚醒させた。

 ウィリアム・アダムスと双子の兎、“双剣”ナックルガードが魔法都市を出立してから一週間。兄であるルーデウスと、父パウロの元冒険者仲間エリナリーゼ・ドラゴンロードが馬で五日かけてこの森に到達した事を考えると、徒歩一週間で到達したウィリアム達はまさに異界の魔剣豪に相応しい健脚と言えた。

 当面の目的地である転移魔法陣が存在するこのルーメンの森へと到着した魔剣豪達は、到着したのが夜間というのもあり、森から少し入った開けた場所を選び夜営する運びとなった。

 

 顰めっ面を浮かべながら、ウィリアムはのそりとその身体を起こす。やや凝り固まった体をほぐしていると、僅かに香る朝露に濡れた草の匂いが虎の嗅覚をくすぐっていた。

 本来ならば爽やかな起床となるはずであろう環境。だが、生憎と虎の目覚めはずこぶる悪い。

 

 理由は二つ。

 ひとつは、悍ましいまでの“胡散臭さ”を感じさせる悪神が己の夢に出てきた事。

 もうひとつは、草の香りに混じって臓物の悪臭(・・・・・)が漂っている事だ。

 

「……幾つ斬った」

「二十は」

 

 ウィリアムの傍で片膝を立てそう応えるのは、魔物の血の香りを全身から漂わせる“双剣”ナックルガードの弟、ガド・ミルデット。その直ぐ後ろでは夜陰に紛れ襲って来たであろう魔物の死骸を片付ける兄ナクル・ミルデットの姿があった。

 緑色の猪のような魔物がニ十匹、その(はらわた)を無残に晒している。ウィリアムは魔物の死骸が全て斬殺体であることを確認すると、ガドへ低い声で声をかけた。

 

「魔術は使わなかったようだな」

「はい。剣のみで十分な相手でした」

 

 ガドは神妙な顔をしつつ、どこか得意げな声色でウィリアムに応える。

 草食動物でしかない兎が、肉食動物の如き獰猛さで夜間の魔獣退治を行っていたのは、師匠(ウィリアム)の言いつけを忠実に守ったからにすぎない。

 

 

 シャリーアにて神技の門を叩いた“双剣”ナックルガードこと、ナクル・ミルデットとガド・ミルデット。本来ならば一箇所にて腰を据え、その剣技を練磨していくのが常ではあった。だが、生憎と師匠であるウィリアムは母であるゼニス救出の旅上の身。必然、旅すがらウィリアムから虎眼流を教授されることとなった。

 

 ウィリアムはことのほか丁寧に双子へその剣技を伝授していた。

 シャリーアから当面の目的地であるルーメンの森への途中、時間を見つけては双子へ稽古をつける。最初は、剣の効果的な振り方から。

 北神流、特に奇抜派は剣術の枠に囚われない自由な剣技を体現しており、もっと言ってしまえば魔術も使用した総合戦闘術といった側面が強かった。故に、“四足の型”など奇妙奇天烈な剣技は虎眼流を学ぶ上で全て捨て去る必要があった。

 双子の場合、基礎的な剣の振り方をイチからやり直すこととなり、その習得には元北王級のプライドやウィリアムが自分達より年下である事が邪魔をして捗らないかに見えた。だが、先述の通りウィリアムが体捌き、筋肉の使い方など具体的な指導を行うのもあってか、存外に未知の剣術を学ぶ“楽しさ”を見出し、双子は熱心に稽古に打ち込むこととなった。

 

(はい)と胸の筋を意識して使うべし』

『肺腑から全ての息を吐き出し、丹田に闘気を充実すべし』

『柄は柔らかく握り、闘気を剣先にまで込め、無駄なく振るべし』

『剣先にネバり(・・・)を込め、必要最低限の斬撃を最速の剣速で打ち込むべし』

 

 ウィリアムがこの異世界に転移してから培った“異界虎眼流”ともいえる剣法の基礎を、この一週間で双子へ叩き込んだウィリアム。

 寝食を忘れ熱心に稽古に打ち込む双子を見て、ウィリアムは前世における忠弟達の姿を思い浮かべていた。

 

 伊吹半心軒、根尾谷六郎兵衛、金岡雲竜斎、牛股権左衛門……そして、藤木源之助。

 前世における虎眼流皆伝者達が、その剣技を一心に習得しようとする情熱を、ウィリアムは双子にも見出していた。

 

 そうしている内にルーメンの森へと到達した魔剣豪達。夜営の準備を整えたウィリアムは、双子へ夜番を申し付ける。

 自身も事態の急変に備え七丁念仏を抱えながら身体を休めていたが、双子の底知れぬ体力は自身の師匠の安眠を妨害する魔物を全て斬り伏せており、いつしか虎は微睡みの中へと落ちていった。

 双子の努力に関わらず、虎の目覚めが最悪であったことは不幸でしかなかったが。

 

 

「……」

「あっ」

 

 ウィリアムはガドが腰に差す直剣に目を向けると、素早くそれを引き抜いた。

 やや戸惑うガドに構わず、ウィリアムは手にしたガドの剣を鋭い眼で見つめる。

 

「剣先がめくれて(・・・・)おらぬな」

「は、はい。存外に(やわ)い魔物でしたので……」

 

 双子が使う得物はこの世界では珍しくもない両手持ちの両刃剣で、その刃は湾曲しており、ウィリアムの前世世界におけるエチオピア帝国皇帝親衛隊が主に使用していた“ショーテル”に酷似していた。その拵えは名匠ユリアン・ハリスコが49本の魔剣には及ばないものの、王級剣士に相応しい業物であった。

 とはいえ、片刃である日本刀の術理である虎眼流を、このような“奇抜な”両刃剣で習得するには勝手が違いすぎる為、ウィリアムは当面基本的な術理以外は教えるつもりはなかった。

 

 代わりに、双子の得意とする北神流奇抜派剣法の内、剣を使用しない“魔術”に関してはむしろ積極的に使わせる方針を立てていた。

 

 ウィリアムは魔術を特別忌避しているというわけではない。

 魔術のような異世界の“兵法”を使えるならばいくらでも使い、対手に対し勝利を手繰り寄せるのは至極当然の発想。魔術はこの異界の立派な“兵法”の一つである以上、ただ己が魔術の素養が無いだけで忌避する理由にはならなかった。

 

 それだけに、魔術師に対し己がどれだけ優位に立ち回れるか。

 転移事件の後、虎眼流を異世界流に練り上げていくウィリアムの中で、それは一つの命題となっていた。

 

(無詠唱……)

 

 ガドに剣を返しつつ、ウィリアムはルーデウス邸に滞在していた僅かの間に義姉シルフィエットが無詠唱魔術を使用したことを思い出す。一切の詠唱もせずに、自身と従兄弟ルーク・ノトス・グレイラットの傷を治癒した義姉の手際。ウィリアムはそれが己に向けられた攻撃魔術である事を想像すると、苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべた。

 魔術師と剣士の立ち合いでは、魔術師が詠唱中に必殺の剣撃を浴びせるのが常道。しかし、対手が無詠唱魔術の使い手ならばどうか。技の“起こり”が全く見えぬ状況で、果たして剣士が魔術師に対し勝利を得る事が出来るのだろうか。

 幼き時分、兄ルーデウスと木剣にて立ち合った際は、ルーデウスが未熟ゆえに難なく勝利を掴み取る事が出来た。だが、今のルーデウスならばどうだろうか……。

 

(鎧が欲しい……魔術の速射に耐えうる、ウィリアムの外骨格(ほね)が!)

 

 膨大な魔力量、そして無詠唱魔術を駆使する魔術師が、己の射程外から一方的に攻撃性の高い魔術を繰り出す。いかに闘気で身体を防御しようと、いずれは競り負ける事態が容易に想像出来た。ならば、それに耐えうる“鎧”を纏うのは、異界天下無双を目指す若虎がたどり着いた一つの答えであった。

 

 甲冑が防ぎたるは雑兵の刀刃のみ。だが、この異界の地ならばその理は通じない。遥けき異世界の英雄譚では、神武の超鋼を纏い強者と渡り合った者もいる。

 己もそれに倣い、数多の魔術師を征する最強の盾を手に入れることが出来れば……

 ウィリアムはしばし瞑目しつつ、異界天下無双に至るまで対峙するであろうあらゆる使い手との立ち回りを、黙々と思考し続けていた。

 

 

「朝餉のご用意はこちらに」

 

 瞑目するウィリアムに、ガドが声をかける。丁寧な手付きで、布に包まれたウィリアム分の朝食を差し出した。

 干し肉と、硬いチーズ、日持ちがするよう固く焼き絞められた黒パン、そして皮袋に入った果実水。ウィリアムは思考を中断し、それらに手を合わせるとモソモソと頬張り始めた。ルーデウス邸で実妹アイシャが丹精込めて拵えた朝飯には比べ物にならない程の簡素な食事であったが、その日の食事も事欠く場合もある旅人にとってこれらは充分に贅沢な朝食であった。

 

(いずれにせよ、己が大望は何も変わらぬ)

 

 ナイフでチーズを削り取り、それを黒パンに乗せ噛み締める。固形物を咀嚼しながら、虎はそう思考した。

 怨敵を尽く誅戮した後、無双虎眼流をこの異界の地に根付かせる。虎眼流を三大流派ですら霞む“天下の御留流”に引き上げ、己の名を千年の後……いや、万年の後まで謳われる武名にするのだ。

 魔神殺しの三英雄、黄金騎士アルデバラン、勇者アルス……この異世界の英傑達すら凌ぐ、真の“武神”として、ウィリアム・アダムス(・・・・)の名を異界の地に轟かせるのだ。

 

 そこには、家族の情など一切無用。

 孤高の憤怒、飽くなき功名に燃える虎は、その野心をふつふつと煮えたぎらせる。

 

 だが、今まさにその家族を救うべく砂漠の大陸へ向かう虎に、一切の情が無いと言えるのだろうか。

 

 修羅の如き義弟を、その温かい手で包んだ白髪の乙女の優しさ。

 家族を想い日々涙を流す朱色の少女の痛ましさ。

 自身の非力にやり切れない思いを抱き、それでも虎に懇願する金髪の少女のいじらしさ。

 

 それらが虎の心に全く残っていないと、果たして言えるのだろうか。

 

『今の家族を、大切になさりませ』

 

 夢に見た、前世の娘三重の言葉。虎はそれを無視するかのように、黙々と朝餉を咀嚼していた。

 

 

「祠へ向かう前に、ひとつ稽古をつける」

「はい!」

「宜しくお願い致します!」

 

 朝食を摂り終えたウィリアム達は、転移魔法陣が存在する祠へ向かう前にこの一週間で習慣となっている朝の稽古を始める。

 一睡もしておらぬだろう双子の体力は存外に余っており、むしろこれから始まる師匠との朝稽古に増々気力を漲らせていた。

 

「二人掛かりで良い。掛かって参れ」

「はっ!」

「いざ参ります!」

 

 木剣を手にした虎と双子が対峙すると、辺りはピンと張り詰めた空気が漂う。

 じりじりと虎を囲む双子は、その獰猛な野性を剥き出しに虎に襲いかかった。

 

「シッ!」

 

 兄ナクルの高速の袈裟斬りがウィリアムへと浴びせられる。僅かに体を開き、それを躱したウィリアムは即座にその胴へ横薙ぎを見舞った。

 

「ッ!」

 

 ナクルの胴体へ寸止めされる木剣。真剣ならばその胴は真っ二つに断ち切れていただろう。瞬間、弟ガドの斬撃がウィリアムの後方から浴びせられる。

 

「ッ!?」

 

 が、虎は後頭部にも眼があるかの如く、その剣が振り下ろされる寸前にガドの喉元へ木剣を突きつけた。

 

「お、お美事……!」

「もう一本お願いします!」

 

 双子の気合に、ウィリアムもまた己の身体から気力が充実するのを感じる。木剣を構え直したウィリアムは、再び双子の人とも獣ともつかぬ苛烈な攻めを受けていく。森の中は魔剣豪同士による木剣の軋む音が響き渡っていった。

 

 

「これまで」

「は、はい!」

「ありがとうございましたばっ!

 

 小一時間程経った後、ウィリアムは朝稽古の終了を告げる。何故かガドは全身に鉄球を撃ち込まれたかのごとく血反吐を吐いていたが、常人ならば八度死ぬ程の苦痛を味わっているというわけでは無い。

 全身に疲労を滲ませる双子と打って変わって、ウィリアムは額に僅かに汗を浮かべる程度であった。

 

「稽古の質が良ければ短期間でも上達するもの。良く良く己の気魂(けだましい)を練り上げよ」

「はい!」

「精進致します!」

 

 ウィリアムは双子の様子を見て満足げに頷く。双子は前世における虎子達と同様に師匠の教えに必死に食らいつき、その剣境を高めるべく健気に師事していた。

 ならば、もっと教えねばなるまい。

 ウィリアムは一生懸命な双子に応える為、先程の稽古で気になる点を指摘しようと声をかけた。

 

「ガド」

「は、はい!」

 

 ウィリアムに呼ばれ顔を上げるガド。肩で息をするガドに、ウィリアムはその腹に手を伸ばした。

 

「お主はまだ丹田に闘気が充実しておらぬ。息をもっと吐いて──」

 

 そして、おもむろにガドの腹に手を当てた途端。

 

「は、ぬっふぅッ!!」

「……」

 

 いきなり恍惚とした表情で気持ち悪い声を出すガド。ウィリアムは『こやつ正気か?』といった目でガドを訝しげに見やった。

 

「妙な声を出すでない。気色(キショ)いわ」

「は、はい。申し訳ありません……」

 

 萎縮し、赤面するガドに、兄であるナクルもまたウィリアムと同じように気色悪い物を見るような目つきで弟を見やる。

 

「ガド……」

「い、いや違うよナクル兄ちゃん!? 僕はそっちの趣味はないからね!?」

 

 慌てて弁明するガドであったが、ナクルは何かを察したかのように生温い視線を送った。

 

「いいんだガド……。ずっと一緒にいたのに、全然気付かなかった俺が悪いんだ……」

「だから違うってば! 若先生に触られると、こう、なんていうか、芯にくるっていうか」

 

 尚もわけの分からぬ弁明を続けるガド。ウィリアムは溜息を一つ吐くと、兄であるナクルにも同様の指摘をしようと思い、その腹へ手を伸ばした。

 

「ナクル。お主の場合も同様に──」

「ぬっふぅうッッ!!!」

「……」

 

 

 この日からしばらくの間、ウィリアムは双子から一定の距離を取るようになった。

 

 

 

 

 

 


 

「なあガド。若先生って、どうやってあれ程の使い手になったんだろうな」

 

 休息を終え、再び目当ての転移魔法陣が存在する祠へと向かう異界虎眼流師弟。ナナホシに渡されたメモを見ながらずんずんと獣道を歩むウィリアムの後ろで、ナクルはガドへと何気ない疑問を投げていた。

 

「うーん……確かに、とても十四歳とは思えないよね。まるで、何十年も修行した達人みたいだ」

 

 双子の前を歩く若虎は、自分達より一回りは年下の十四歳。

 いかに才気あふれる若者が死に物狂いで修練を科していたとしても、その剣境は十四歳にしては余りにも達し過ぎている。

 これが長寿命の亜人や魔族であったのなら、ウィリアムの神域まで練り上げられた剣技に説明が付くのであるが、どうみてもウィリアムは人族でしか無く。

 謎めいた年若の師匠の後ろ姿を、双子は訝しみながらも確りと追従し続けていた。

 

 

「……」

「若先せ……」

「如何なされま……」

 

 獣道を歩く魔剣豪達の前方から、一人の男が歩いてくる。

 

 旅人同士がすれ違う様な場所では無い。明らかに、その男はウィリアム達が目指す転移魔法陣の祠から歩いて来るのが見て取れた。

 男が近づくにつれその風貌がはっきりしていく。銀髪、金色の瞳、無骨な白いコート……。

 動きを止めたウィリアムは、その風貌をじっと見つめていたが、後ろに控える双子の様子が明らかにおかしい事に気付いた。

 

「どうした?」

「わ、若先生……!」

「こやつは……!」

 

 剣の柄に手をかけ、闘気を猛然と噴出させ臨戦態勢を取る双子。男が一歩近づくにつれ、カチカチと歯を鳴らし、ふるふると柄を握る手が震える様は、まるで天敵に出会った被捕食動物の如き有様であった。

 

「双剣ナックルガード……。何故お前達がここにいる? 今の時期はアスラ王国か王竜王国にいるはずだ」

 

 男はウィリアム達の前に立つと、双子の兎を訝しげに見やる。ピンと張り詰めた空気を纏わせた男は、その怜悧な三白眼をウィリアムにも向けた。

 

「で、お前は誰だ? この先に何があるのか知っているのか?」

「……名を訪ねるなら、まずはそちらから名乗るのが筋で御座ろう」

 

 ウィリアムはその怜悧な視線を泰然と受け流す。だが、後ろに控える双子の怯えようは尋常では無く。

 双子がこの男と何かしらの因縁があると予想したウィリアムは、双子を庇うように一歩前に出た。また、ナナホシが秘匿する転移魔法陣の在処を知っている節があるこの男を油断ならぬ眼で見る。いつでも妖刀を抜けるよう、やや半身で男と対峙していた。

 

 男はウィリアムの姿をまじまじと見つめていたが、やがて不愉快そうにその口を開いた。

 

「オルステッドだ。で、お前の名は?」

「……ウィリアム・アダムス」

「聞いたことが無いな。双剣と共にいるということは、お前は北神流か?」

「否」

 

 素っ気なく言葉を返すウィリアムに、オルステッドと名乗る男は増々訝しげな視線をウィリアムに向ける。敵愾心こそ相応に出すウィリアムであったが、双子の様に得体の知れない怖気を感じているわけではない。平静を保つウィリアムの様子に、オルステッドもまた警戒心を露わにしていた。

 

「お前は、俺が怖くないのか?」

「何をいきなり……」

 

 ウィリアムはやや嘲りを込めた笑みを向ける。確かにオルステッドの風貌はこの世界では珍しい銀髪で、纏う空気は常人のそれと一線を画していたが、だからといって恐怖心を感じる程では無く。

 緊張感が漂う森の中で、双子はオルステッドと対峙するウィリアムを震えながら見ているしかなかった。

 オルステッドはウィリアムが自身に恐怖心を抱いていないのを見て不思議そうに首をかしげたが、再び鋭い視線をウィリアムへ向けた。

 

「まあいい。だが、お前達はこの先に何があるのか知っているようだな。どこでここを知った?」

「……“秘”です」

 

 ひくりとオルステッドの眉が歪む。ウィリアムはナナホシが申し付けた転移魔法陣の秘匿を忠実に実行していた。

 だが、オルステッドは秘匿を貫く若虎の態度を見て、自身が掃滅を誓う悪神の使徒である可能性を見出してしまった。

 もし、ナナホシが自身の庇護者である“龍神”の存在をウィリアムに教えていたら、また違った状況が生まれていたのかもしれない。だが、ラノア魔法大学で繰り広げられた虎と兎の戦闘を目の当たりにし、その血腥さに慄いてしまった女子高生は、動揺からか肝心な情報をウィリアムに伝え忘れてしまっていた。

 

「ッ!」

 

 尋常ならざる殺気がオルステッドから噴き出る。

 ウィリアムは即座に七丁念仏の柄に手をかけ、いつでも妖刀を射出せんべく闘気を纏わせた。

 オルステッドは対峙するウィリアムの装束を見て、ギラリとその三白眼を光らせる。

 

「その紋様……そうか。お前が新しい七大列強なのだな」

「……」

 

 ウィリアムが纏う羽織に刻まれた“剣五つ桜に六菱”の家紋。それは、七大列強の石碑に刻まれた新たな七大列強の紋様と全く同じ意匠であった。

 オルステッドは臨戦態勢を取るウィリアムを見て、最後通牒と言わんばかりにその龍声を響かせた。

 

 

「お前は、“人神(ヒトガミ)”という名に聞き覚えはあるか?」

 

 

 刹那──

 

 

 ウィリアムの神速の抜き打ちが、七大列強第二位“龍神”オルステッドへ向け放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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