虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:男どすこい♥♥♡♡♡
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※無職転生原作ではロキシー救出後に迷宮に潜った際、ルーデウス達は二回ほど補給の為ラパンに戻っていますが、このお話では展開の都合上そのまま突っ走っております。


第二十八景『異界大蛇成敗要覧(ヒュドラをチェストる)

 

 

 むーざん

 

 むーざん

 

 

 とーらのととさま ず~んずん

 

 とーらのかかさま みーっけたら

 

 

 あーかいたーすき さ~いた

 

 

 むーざん

 

 むーざん

 

 

 

 

 

 転移迷宮第六階層

 迷宮守護者前の転移魔法陣

 

「エリナリーゼさん! 大丈夫ですか!?」

「かすっただけですわ」

「そんな……肩がごっそり削られているじゃないですか!」

「あの鱗にやられましたわ。おろし金みたいですわねぇ……!」

「とにかく、治癒魔術を使います!」

 

 肩を負傷したエリナリーゼを治療する、俺の息子……ルディ。

 その後ろでは、心配そうにルディ達を見つめるロキシー。

 そして、疲れた表情で壁にもたれかかるギース、腕を組み難しい表情で赤い魔法陣を見つめるタルハンド。

 

 俺は、つい先ほどまで繰り広げていた戦いを思い出していた。

 

 

 

 俺達は転移迷宮最下層、ガーディアンの間へと到達した。

 そこにいたのは、荘厳な最下層を守護する巨大な魔物。

 ずんぐりとした巨大な胴体、エメラルドグリーンの鱗に、九本の首……多頭竜(ヒュドラ)

 赤竜(レッドドラゴン)の何倍もあろうかという巨大なヒュドラの後ろには、2メートルを超える巨大な魔力結晶。

 

 その中にいる、彼女──ゼニス。

 俺の大切な家族、大切な伴侶。

 それが、大きな結晶の中に閉じ込められていた。

 

 俺は、俺達はゼニスを助ける為にヒュドラに挑んだ。

 だが、魔術が効かねえヒュドラに後衛連中は有効な攻撃を与えられなかった。

 俺がヒュドラの首をぶった斬っても、ヒュドラは直ぐに新しい首を生やしやがった。

 俺は必死になってゼニスを救おうと戦った。だが、形勢不利と見たギースの野郎が撤退を決断する。

 

『おらパウロ! 一旦逃げんぞ!』

『馬鹿言ってんじゃねえ! ゼニスが目の前にいるんだぞ!』

『馬鹿言ってんのはお前だパウロ! 魔術が無効化されるせいで後衛の援護がマトモに出来てねえんだよ! このままじゃ全滅すんぞ! 息子を殺してえのかよ!』

 

 俺はただゼニスを助けてえだけだ。

 息子を殺してえだぁ?

 たとえルディが死んだとしても俺は……!

 

 ……いや、それは、だめか。

 

『わかった……』

 

 こうして俺達はギースが放った煙幕弾に紛れ、ガーディアンの間へと続く赤い魔法陣へと戻った。

 

 

 

「くそ!」

 

 壁に拳を打ち付ける。

 間違いねえ。さっきのヒュドラの後ろにいたのは、確かにゼニスだった。

 魔力結晶の中に閉じ込められて……ありゃ生きてんのか?

 もし死んでたら俺はどうすりゃいい! どうすりゃ……!

 

「父さん」

「ありゃゼニスだ、間違いない!」

「ちょっと落ち着いてください」

「……ああ、悪かった。今は落ち着いている」

 

 落ち着いて……落ち着いてられるか!

 ゼニスがあそこにいたんだ! お前の母さんが!

 なんでお前はそんなに落ち着いていられるんだよ!

 

「母さんは、あれで生きているんでしょうか?」

「ああっ!? 生きてるかどうかなんて関係ねえだろうが!」

「……そうですね」

 

 ルディ! なんでお前はそんなことを言うんだ!

 ようやく、ようやくゼニスに会えるっていうのに!

 

「やめろや喧嘩は!」

 

 ギースが何か言っている。

 でも、それよりルディだ。

 このガキ、本当に状況を理解しているのか!?

 

「ルディ、あそこにゼニスがいたんだぞ! お前の母さんが! なんでそんなに落ち着いていられる!?」

「もっと慌てたほうがいいんですか? 取り乱して何かが解決するんですか?」

「そうは言ってねえ!」

 

 胸ぐらを掴まれても、ルディは怯むことなく正論を吐く。

 

「とりあえず現状の整理をしましょう」

「はぁ!?」

 

 俺の手を払ったルディは、淡々とした調子で説明を続ける。

 

「あのヒュドラには魔術が効かなかった。凄まじい再生能力も持ち、触れただけでエリナリーゼさんの防御を突破するほど攻撃力も高い。そして、母さんは石の中に閉じ込められている……正直、生きているかどうかもわからない」

「んなこたぁ俺だって分かってるんだよ! 母親を見つけた時の態度がそれかって言ってんだ!」

「だからやめろっつってんだよ! 親子喧嘩はラパンに戻ってからやりやがれ!」

 

 再びルディに掴みかかる俺を、ギースが割って入って止める。

 くそ、ふざけやがって!

 なんなんだよ、このルディの落ち着きっぷりは! 気に食わねえ!

 ゼニスが、ゼニスが目の前にいたんだぞ! お前の母さんが!

 もう七年も行方知れずだった、お前の母さんがよ!

 

 

「はい。喧嘩はそこまで。ヒュドラの対策を練りますわよ」

 

 エリナリーゼが手を叩きながら言う。

 見ると、ロキシーが心配そうにルディに声をかけていた。

 

「ルディ、大丈夫ですか?」

「ええ……大丈夫です。ありがとうございます、ロキシー先生」

 

 ……よく見りゃ、ルディも焦った顔をしているな。

 落ち着いて見えるのは、あくまでそう取り繕っているだけってことか。

 それに気づかねえなんて、俺は焦り過ぎているのか……。

 

 ……くそ、ざまあねえな。

 落ち着け、パウロ。深呼吸をしろ。

 ルディに当たっても、何も解決にもならねえ。

 ここまで来て、失敗は出来ねえんだぞ……!

 

「え~……ごほん。あの、ゼニスさんの結晶化についてですが、なんとかなると思います」

「ほ、本当か!?」

 

 ロキシーが唐突に言った言葉に、俺は思わず食いついた。

 あの状態で、ゼニスが助かる可能性があるのか……!

 

「は、はい。たまに強力なマジックアイテムが、ああして結晶内に取り残されている場合があります。ガーディアン……ヒュドラを倒せば、結晶化が解け、中にあるものが無事に取り出せるはずです」

「そういう話はわたくしも知っていますわ。似たような状態になった人物をわたくしは一人知っていますけど、今もちゃんと生きていますわ」

「うーむ……にわかには信じられねえが、ゼニスが無事な可能性があるだけマシってことだな」

 

 そうか……あんな状態でも、ゼニスが無事な可能性があるのか……!

 よし……! よし! 少しは希望が見えてきた!

 

「問題はあのヒュドラ……わたくしも初めて見る種類ですわ」

「そうだなぁ。あんな鱗を持つヒュドラなんて聞いたこともねえ」

「しかも再生までしよった。なんなんじゃアレ……反則じゃろ……」

 

 確かに、あのヒュドラは厄介なんてもんじゃねえ。

 ヒュドラはただでさえ強え魔物なのに、再生するヒュドラなんてどうすりゃ倒せる……。

 

「あれは恐らく魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)です」

 

 ロキシーが滔々とあのヒュドラの正体について説明を始める。

 曰く、第二次人魔大戦の頃に目撃され、魔力を吸収する鱗に覆われた悪魔の竜。

 ロキシーが読んだ文献によると、(ゼロ)距離で魔術を撃ち込めば通じるらしいが、あの鱗に近づくのは困難だ。あの巨体を押し付けられただけで、身体中ズタズタにされるのは目に見えている。

 

「しかし仮に魔術が効いたとしても再生が厄介じゃ。どうしたもんか……」

 

 タルハンドがため息をつきながらそう言うと、全員が無言で同意を示す。

 しかし倒さねえことには話しにならねえ。

 かなり厳しい相手だ。だが、魔術が通用しなくても俺の斬撃は通じた。

 一本一本首をぶった斬ればいい……いいんだが、再生されちゃまた一からやり直しだ。

 どうすりゃいい……?

 

「一応、案があります」

 

 俺を含め全員が悩んでいると、ふとルディが声を上げる。

 ルディ曰く、なんでもとある英雄が再生するヒュドラと戦った時に、傷口を松明で炙れば再生はしなかったと。

 

「なるほどのう……傷口を焼く、か……」

「松明は持っていませんけど、傷口なら鱗に魔術が弾かれる心配はありませんわね」

「試してみる価値はありそうだな……うし、じゃあそれで行ってみっか」

 

 俺が悩んでいる間に、ルディがあっさりと方針を決めちまった。

 ……情けねえ。

 俺がゼニスゼニスって言ってる間に、こいつはずっと冷静にヒュドラを倒す方策を考えていたのか。

 

「おいパウロ。それでいいよな?」

「お……おう」

「気のねえ返事だな! あいつの首を斬れるのはお前しかいねえんだぞ!」

 

 ギースに言われるまでもなく、このパーティでヒュドラの首を斬れるのは俺しかいない。

 俺が首を落として、ルディが即座に傷口を焼く。

 タルハンドとエリナリーゼが俺とルディをガードする。

 負傷者が出たら、ロキシーが治療。

 場合によっちゃ、ルディに攻撃が集中して死ぬ可能性だってある。

 

 ……ふう。

 気合、入れてかねえとな。

 ゼニスが助かっても、ルディがいなくなっちゃ何も意味がねえ。

 

「エリナリーゼ、タルハンド、ギース、それにロキシー」

 

 俺は改めてパーティメンバーを見る。

 全員、しっかりとした目で俺のことを見つめ返していた。

 

「お前らには随分と世話を掛けた。フィットア領の転移事件が起きてから、もう随分と経った。魔大陸を縦断してもらったり、北方大地でルディを見つけてもらったりもした……本当に、考えられねえくらい凄え尽力をしてもらったと思ってる。でも、これでようやく一区切りだ」

 

 ゼニスが、仮に助からなくても……これで、俺の家族で、見つかっていないのは後一人。

 

「まだ一人……俺の次男坊が見つかってねえ。でも、あいつはどこかで必ず生きている……魔界大帝の魔眼とかそんなの関係なしに、俺にはそうとしか思えねえんだ」

 

 そうだよな、ルディ。

 俺が視線を向けると、ルディは深く頷いた。

 兄貴のお前なら、よく分かるよな。

 あいつ……ウィルなら、きっとどこかで生きている。

 ウィルは、ルディとはまた違った才能に溢れていた。剣術の腕前も、どこで覚えたのか俺よりとっくに凄え領域に達している。

 

 だから、ウィルはそう簡単には死なねえ。

 お前が魔大陸で必死になって生き延びたように、あいつもどこかで必死になって……いや、案外余裕なのかもしれねえな。

 それこそ、気のいい仲間でも見つけて、楽しい冒険の旅をするくらいには。

 

 ……もしそうだったら、ちょっとくらい怒ってもいいよな?

 もちろん、思いっきり抱きしめて、無事を喜んだ後で。

 

「だから……だから、これが実質最後の山場だ。力を貸してくれ」

 

 真っ直ぐに、全員の目を見ながらそう言うと、エリナリーゼが微笑みながら言葉を返した。

 

「かしこまるなんてアナタらしくもありませんわ。でも、分かりましたわ。全力を尽くしましょう」

「ふっ、ここまで来て力を貸さん阿呆はおらんわい」

「へっ! パウロも随分と丸くなっちまったなぁ! ま、俺に出来ることはあんまねえが、やれることは全部やらせてもらうぜ」

「勝ちましょう……この戦いに勝てば、私達の旅も報われるというものです。その後で、一緒にウィリアム君を探しましょう」

 

 エリナリーゼに続き、タルハンド、ギース、ロキシーが応えてくれる。

 こいつら……なんでこんなにあったけえんだ……。

 決して短くねえ時間を、俺達家族の為に費やしてくれたのに、文句のひとつも言いやがらねえ。

 

 俺は皆にうなずくと、ルディの方を向く。

 改めて見ると、ルディの奴でかくなったよな……。

 いつまでも成長しねえ俺と違って、中身の方も……。

 いや、こいつも昔から優秀な奴だった。

 

「ルディ。お前は、本当に頼りになる息子だ」

「そういうお世辞は母さんを助けて、ウィルを見つけた後にしましょう」

「お世辞じゃねえ! 本当にそう思っている!」

 

 俺はお前みたいに冷静にもなれねえし、アイディアも出せねえ。我武者羅に突っ込むことしか考えてなかった馬鹿だ。

 息子のお手本にもなれねえ、ダメな親父さ。

 

 でもな……それを理解(わか)った上で言わせてもらう。

 親として言うべきことじゃないのも、理解った上で言わせてもらう。

 

「ルディ、いいか」

「はい、父さん」

 

 こいつは眼の前しか見えねえ俺より、ずっと先を見据えていた。

 もう俺なんかよりとっくに凄え奴になっているのかもしれない。

 

 でも──

 

 でも、今は俺と同じ気持ちで戦ってほしい。

 俺と同じ気持ちで。

 俺と同じ覚悟で。

 

 

「死んでも母さんを助けるぞ!」

「はい!」

 

 

 待ってろよゼニス。お前を必ず救い出してやるからな。

 そして、ゼニスを救い出した後は……

 

 ウィル

 父さんが、お前を必ず見つけ出してやるからな。

 

「おし! 行くぞぉ!!」

「「「オオオオッ!!!」」」

 

 そして、俺達は赤い転移魔法陣を踏んだ。

 

 ヒュドラが、そしてゼニスが待つ、迷宮の最深部へ──。

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「は?」

「うそ……」

「ま、マジかよぉ!?」

「ヒュ、ヒュドラが……!」

「やだ、おっきぃですわ」

 

 俺を含め、全員が魔法陣の上で固まる。

 気合十分で臨んだ俺達の目の前に現れた、信じられない光景。

 

 滅多斬りにされた、ヒュドラの死体。

 

 全ての首が無くなり、巨体を横たわらせてヒュドラが死んでいた。

 

 そのヒュドラの死体の上に佇む、血まみれの、素っ裸の女……じゃねえ、ありゃ男か?

 なんだあの、えげつねえイチモツ……

 見ると、ヒュドラの死体の傍らには、同じく血まみれの兎耳を生やした獣人達もいる。

 

「……!」

 

 そして、魔力結晶があった場所に横たわるゼニス。

 

 そのゼニスを抱きしめる、白髪の男──!

 

 

「ゼニスゥゥゥゥゥッッッ!!!」

 

 

 俺は、全力でゼニスの元へ駆けた。

 汚されようとする彼女を救う為、剣を抜きながら──

 

 

 

 

 

 

 


 

 ルーデウス一行が転移迷宮最深部にてマナタイトヒュドラと死闘を演じていたその頃。

 ウィリアム達虎眼流師弟、そして異界の現人鬼のパーティは迷宮内の魔物を殺戮しつつ、無事迷宮第五階層まで到達していた。

 

「ガド……(おれ)の顔はどうなっている……? 鼻はあるか……? 耳はあるか……?」

「兄ちゃんの顔……まるで稚児(やや)のよう……」

 

 もっとも、索敵兼追跡役の双子兎の顔面はボコボコに腫れており。互いを気遣いつつ呻き声を上げるその姿は、目を背けたくなるほどの悲惨な光景であった。

 しかし、これは迷宮内で魔物に負わされた手傷に(あら)ず。

 

 第二階層に至る際、隙きを見て波裸羅を亡き者にせんべく暗闘を繰り広げた双子達。

 だが、尋常ではない現人鬼の心技体を出し抜くには、双子の力量はあまりにも頼りなく。

 当然の事ながら波裸羅に強烈な折檻を喰らい、第二層に至った直後などは「前が見えねえ」などと前方を視認するのも困難な状況ではあった。

 

 それ故に。

 双子兎の反骨の炎は、未だ鎮火せず。

 

 第三階層に到達した頃には、双子は再び対現人鬼への闘争を開始する。

 休息の際うっかりを装って食事に致死毒性のある魔物の血液を混ぜる、魔物との乱戦の最中不慮の同士討ちを装い不意討ちを仕掛ける、道を間違えた振りをして波裸羅を誘導し魔物が群れる部屋へ置き去りにするなど、共に迷宮に挑むパーティメンバーに対する仕打ちとは思えない程直接的な反逆行動を取っていた。

 

 だが、これらの必死な双子の攻撃を波裸羅は尽く封殺していた。

 強力な魔物を相手にしながら、決して弱くはない双子の襲撃を封じ続ける波裸羅の実力は推して知るべしであろう。

 実力差があまりにもありすぎるせいか、波裸羅は苛つきこそすれ双子の暗殺行為を小動物がじゃれついてくる程度にしか感じていなかった。

 故に、双子の命を取らずに多少の折檻で済ませていたのだろう。常人ならば即死する程の折檻に耐えうる双子の耐久力も、また推して知るべし。

 

「……」

 

 そんな双子を見て、ウィリアムはやや眉を顰める。

 一刻も早く最深部にいるであろうゼニスを救い出さねばならぬ身。

 双子と現人鬼の漫才に費やしている時間は無い。

 

 しかし、第四階層までは双子と現人鬼の闘争が迷宮攻略に支障を来す事は無く、ウィリアムもまた波裸羅の自儘振りに辟易していたのもあり、双子の反逆行為を咎めることはせず半ば黙認していた。

 それに、それらとは関係無く第五階層に至ってから、一行の歩みは四階層までの順調な足取りとは打って変わり鈍いものとなっていた。

 

「……出たぞ」

「ッ! ガドッ!」

「当方に迎撃の用意あり!」

 

 ウィリアムの一声に即座に迎撃準備を整える双子。

 見れば、長い手足と鋭い爪、そして男性器を想起させる醜悪な頭部を持つ迷宮深部に潜む魔物……イートデビルの群れが、ウィリアム一行の前に現れた。

 シュー、シューと不気味な鳴き声を漏らし、その口器から粘度の高い涎を垂らす。通路の壁面、天井を這い、ジリジリと一行との距離を詰めていた。

 

「「──────ッッッ!!!」」

 

 肉薄するイートデビルへ、兎兄弟の吠魔術が轟然と放たれる。

 直後、イートデビルの群れは体内が焼け破れた様な激痛に苛まれ、その動きを止める。

 屋内での吠魔術の行使は野外より格段に効果が高く、兎の咆哮は十全に迷宮の魔物へと浸透していた。

 

「シッ!」

 

 すかさず七丁念仏を“担いだ”ウィリアムが動きを止めたイートデビルへとその撃剣を放つ。

 

 一振七斬──!

 

 脳髄へ刃を入れられたイートデビル達は、その死を認識する間も無く絶命し果てた。

 

「波裸羅の分も残しておけよ!」

 

 一瞬で仲間を殺され、怯む残りのイートデビルへと躍りかかる波裸羅。

 距離を詰めた波裸羅は一頭のイートデビルの胴体へその美掌を圧し当てる。

 

「前略!」

 

 生々しい音と共に、イートデビルの臓物がその口器から勢いよく射出される。

 悪臭を放つ臓物が迷宮壁面へと飛散し、残り数頭となったイートデビルは種の本能から目の前の虐殺パーティから遁走を開始した。

 

「逃すか──!」

「現人鬼殿、深追い無用」

 

 即座に追撃戦を始めようとした波裸羅へ待ったをかけるウィリアム。波裸羅はつまらなそうに鼻息を一つつき、戦闘態勢を解除した。

 既に五階層へ至ってから、何度も何度も繰り返された光景である。

 

 双子兎が吠魔術で動きを止め、虎の爪と鬼の牙が動きを止めた魔物を鏖殺せしめる。

 ウィリアム一行では自然とこのような必勝型が生まれており、いかな魔物ですらその死からは逃れられなかった。

 

「数が多い……」

 

 しかし第五階層のイートデビルの出現数は尋常では無く。

 虐殺された仲間の死骸を踏み越えて襲いかかる個体も多く、度重なる魔物の襲撃を受けウィリアム達に相応の疲労が溜まる。一行で元気一杯なのは波裸羅のみ。

 

「……ッ」

 

 また、ウィリアムはここに来てひどく胸の痛みが増すのも感じていた。

 龍神にへし折られた胸骨は完治しておらず。

 過酷な砂漠の旅を終えて間もなく迷宮に潜り、数多の魔物を屠り続けるとあっては、いかな強靭な肉体を持つ虎でも胸の負傷が回復するはずも無く。

 ウィリアムは双子や現人鬼に傷んだ胸を気取られぬ様、喉からせり上がる血液をぐっと飲み込んでいた。

 野生の虎は、得てして己の不利を他者に悟らせぬものである。ましてや、七大列強たる大強者ならば尚更。

 

「うーん……若先生の御家族は、どうやら特殊な香を使って魔物を避けていたみたいです」

 

 床に手をつき、鼻をひくひくとさせたガドが魔物が大量出現する原因を分析する。

 イートデビルは食用として売られているタルフロの木の根の匂いを非常に嫌う習性かあった。タルフロを香として焚くと、天井から地面に降り、そのまま煙から逃れようとするのだ。

 ルーデウス一行のシーフ、ギースが事前にこの香を多量に準備していた為、ルーデウス達は特に苦労もせず第五階層を突破している。対して、着の身着のまま迷宮へ挑んだウィリアム一行がこの階層で苦戦するのは必然であろう。

 

「うう……匂いが混ざってるから追跡がうまくいかない……ガド、そっちはどうだ?」

「こっちもあんまし……つーか現人鬼が臓物ぶちまげすぎなんだよ

 

 ここに来て問題がもうひとつ。

 双子によるルーデウス一行追跡が、魔物との戦闘で著しく困難に陥ってしまったことだ。

 これまではルーデウス達の痕跡を眼、耳、鼻で的確に捉え、その足取りを容易に辿ることができた。

 だが、第五階層ではギースが使用したタルフロの香効が薄れていたのか、数多のイートデビルがウィリアム達に襲いかかり、その歩みを鈍くする。

 波裸羅が必要以上に魔物を爆死せしめていた為、散らばった死骸が僅かに残るルーデウス達の痕跡を一切消し去っていたのが主な原因ではあったが。

 

 双子は恨みがましい視線で波裸羅を睨むも、現人鬼はお構いなしに自儘振りを発揮する。

 

「つっっかえぬ兎共じゃ(のう)。もそっと気張らんかい」

「あれ? もしかして喧嘩売られてる?」

「買う? 買っちゃう兄ちゃん?」

「あ?」

誠心誠意真心謝罪(まじですいませんでした)!」

「ナマ言ってまじでさーせん!」

 

 これも、もう幾度となく繰り返された光景である。

 

 

「しかし、このままじゃ埒が明かぬのも事実じゃ喃……“迷う宮”とはよく言ったものよ」

 

 波裸羅は双子に腹パンをぶち込みつつそう呟く。

 第五階層はそれまでの階層と同じく入り組んだ作りになっており、優秀なシーフがいないウィリアムパーティでは第六階層に至る道順を見つけ出すことは困難であった。

 

「というわけで兎共」

「ぐぐぐ……な、なんスか?」

「痛くねえ。ものすげぇ痛くねえ」

 

 苦しげに腹を擦りつつ波裸羅に応える双子兎。

 そんな双子を、波裸羅は蠱惑的な笑みを浮かべて見やる。

 

「気付いているか? この迷宮、魔法陣を(くぐ)る度に地下深くへと(もぐ)っているのを」

「そら、迷宮ですし……」

「直下に潜り続けてるわけじゃないんでしょうけど、まあ基本は……」

 

 この世界に点在する迷宮。

 かつて古代魔族が楽園を築く為、人為的に作られた魔物の一種とされており、迷宮を構成する領域もまた様々な形態が存在する。

 単純に地下に領域を広げ続けるのもあれば、領域内で城塞めいた形態を取る迷宮もある。

 ラパンの転移迷宮は階層を越える毎に転移魔法陣を踏まなければならないが、波裸羅は微妙な気圧の変化を感じ取り、この迷宮の最深部が地中深くに埋まっていると当たりをつけていた。

 

「そしてぼちぼち最深部に近づいておる……」

 

 周囲へ美視線を向ける波裸羅。

 第四階層からはそれまでと違い石造りの壁面、床で構成された通路になっており、また出現する魔物の質も相応に手強くなっている。

 現人鬼の第六感が、虎の母親が囚われし最深部が近いことを明確に感じ取っていた。

 

「故にこの床を掘れば最深部に到達出来るというわけじゃ! 波裸羅の勘がこの真下に最深部があると告げておる!」

「「いや、そのりくつはおかしい」」

 

 思わず否定の声を上げる双子。

 自信たっぷりに、愉悦の表情で足元を見る波裸羅に、「やっぱやべえわコイツ……」といった表情を向けていた。

 

「あの、さっきガドが直下に潜っているわけじゃないって言ってましたよね?」

「迷宮はそんな単純な作りじゃないんですがそれは。そうですよね、若先生?」

 

 整然と波裸羅へ説明しつつ、ガドがウィリアムへと救いを求めるような眼を向ける。

 それを受けたウィリアムは、静かに瞑目する。

 しばらく瞑目していたウィリアムだったが、やがて何かを決意したかのように両の眼を開いた。

 

「……いや、ここは現人鬼殿の勘を信じよう」

 

 双子は師匠から発せられた言葉を受け愕然とした表情を浮かべる。

 多少刹那的な所があるウィリアムだったが、まさかここまで脳みそが筋肉になっているとは信じ難く。

 ウィリアムの考えを是正すべく、大慌てで兎口を動かした。

 

「いやいやいや! 下手に床を掘れば迷宮が崩落する可能性がありますよ!」

「実際そういう例はいくつもありますよ! ここは正規のルートを見つける方が!」

 

 双子の必死な説得にもかかわらず、ウィリアムはゆっくりと首を振る。

 

「正規の道順を見つけるのは難し。道中罠にかかる恐れあり。ならば、知恵を捨て現人鬼に先を託すべし」

 

 師匠の有無を言わさぬ言葉に、双子は即座に口をつぐんだ。

 もっとも、双子の覚悟は完了していなかったが。

 チェストとは、知恵捨てと心得たり。

 

「波裸羅がそのようなヘマをするか! まあ見ておれ! 現人鬼の(スコップ)の冴えを!」

 

 轟然と身を翻し、血管が浮き出るほど拳を握りしめた波裸羅。

 そのまま、床に拳を撃ち付けるべく身構えた。

 

「かうんとだうんじゃ……! 五!」

「いやいやいやいやいやいやいやいや」

「やめてまじにやめて頭おかしい事やめて本当やめて」

 

 双子の必死な呼びかけに構わず、波裸羅は思い切り拳を振り上げた。

 

「零!」

「「こらァッ!!」」

 

 面倒臭くなった波裸羅の秒読み短縮!

 轟音と共に迷宮の床が破砕され、双子の抗議の声と共に一行は転移迷宮を“潜陸(せんりく)”せしめた。

 

 

 

「あいたたた……って!?」

「ま、まじで最下層に……なんだあのバケモン!?」

 

 瓦礫に混ざりに尻もちをつく双子。

 粉塵が舞う中、双子は床を抜けた先が凄まじく広い空間だと気付く。

 荘厳にして広大な宮殿の如き広間。広間の隅には何本もの太い柱が立っており、天井は見上げる程高い。

 床は整然とタイルが敷き詰められており、一つ一つが複雑なレリーフが刻まれていた。

 

「グルルルル……ッ!」

 

 そして、鎌首をもたげる、巨大な魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)

 既に何者かと戦闘をした後なのか、その巨体は臨戦態勢を整えていた。

 

八岐大蛇(ヤマタオロチ)……!?」

 

 ウィリアムもまた即座に戦闘態勢を取り、迷宮の守護者を見上げる。

 かつて高天原(たかまがはら)を追放された須佐之男命(すさのおのみこと)が討伐せし伝説の怪物。

 八つの頭を持ち、八本の尾を持つ八岐大蛇に酷似したその威容。

 八岐大蛇より頭がひとつ多い、巨大な竜が、ウィリアム達の前で低い唸り声を上げていた。

 

「──ッ!?」

 

 そして、虎は視る。

 

 竜の後ろに存在する、巨大な魔力結晶に囚われし菩薩の姿を。

 

「母上ッ!」

 

 ウィリアムは即座に抜刀し、結晶へと駆ける。

 当然、ヒュドラはそれを阻止すべく巨体を震わせた。

 

「珍しき(かな)! 異界のオロチ! 貴様の相手はこの波裸羅じゃ!」

 

 そこに躍り出る現人鬼波裸羅。

 巨大な“獲物”を前にし、その凶剣(まがつるぎ)は大いに滾っていた。

 

「まずは小手調べじゃ! 簡単に死んでくれるなよオロチ! 死んだら殺すぞ!」

 

 嬉々としてヒュドラに飛びかかる波裸羅。絶技“旋風美脚”を叩き込むべくヒュドラの前に跳躍した。

 

(ふん)ッ!」

 

 虚空にて四連撃──!

 鱗と肉がぶつかり合う音が広場へと響く。

 強敵を前にした波裸羅の技は、龍神と対峙した時と変わらぬ程の冴えを見せていた。

 

 しかし

 

「シャアアァァァァ!」

「ぬぅッ!?」

 

 ヒュドラは無傷。

 そのまま、纏わりつく波裸羅を振り払うべくバラ鞭の様に多首をしならせる。

 それを華麗に躱す波裸羅。だが、波裸羅の脛は肉が抉れ、おびただしい程の血を滴らせていた。

 

「まるでおろし金! 瓜にはならぬか!」

 

 流血など意に介さずヒュドラを見上げる波裸羅。

 予想以上に硬いヒュドラの外皮に、驚愕と驚喜が混じった嗤いを浮かべていた。

 

「わ、若先生!」

 

 双子の兄、ナクルが悲鳴を上げる。

 ヒュドラは魔力結晶へと駆けるウィリアムへ猛然と巨体を迫らせた。

 

「邪魔だ!」

 

 七丁念仏を担ぎ、撃剣をヒュドラへ叩き込むウィリアム。

 闘気を乗せし一閃は、血しぶきと共にいとも容易くヒュドラの首を斬断した。

 

「バケモンの首なで斬り!」

「一本()いもした!」

 

 喝采を上げる双子。

 しかし、これしきで音を上げるヒュドラでは非ず。

 

「シャアアアァァァッ!」

「くっ!?」

 

 切断された首に構わず、残りの首をしならせヒュドラはウィリアムへ攻撃を開始する。

 一本の首がウィリアムへまともにぶつかり、その猛烈な勢いに虎の肉体は吹き飛ばされた。

 ウィリアムは咄嗟に“片手念仏鎬受け”の構えにてその攻撃を防いでいたが、かろうじて急所を防御しただけに過ぎない。

 双子の元へ転がり込んだ虎の肉体は、全身から真紅の液体を吹き出す。

 

「若先生!」

「ご無事で!?」

 

 慌ててウィリアムへ駆け寄る双子。

 全身から血を噴き出す虎の瞳は、依然闘志の炎が燃えていた。

 

「大事ない……!」

 

 片膝をつくウィリアムは、その瞳に業火を宿しヒュドラの方向を睨む。

 その瞳は、ヒュドラの後ろ──母、ゼニスの姿を捉えていた。

 

(母上……!)

 

 結晶内で身に何も纏わず、その蜂蜜色を晒している母、ゼニス。

 結晶内でうずくまるように身を屈め、生きているのかどうかさえ分からないゼニス。

 

 何故あのような姿で。

 何故このような場所で。

 ヒュドラに対する敵愾心、そして母の無惨な姿を見て、虎の瞳は潤む。

 潤んだ瞳で母を見つめるうちに、虎の中である想いが湧き上がっていた。

 

 この時、ウィリアムは知った。

 囚われし母の、無惨な姿を見て知った。

 

 己が、この世界に存在せし情由。

 この世界に二人といない、大切な母親の存在。

 己の為に挑んだ迷宮は、決して己の為だけに挑んだ訳ではなかった。

 

 約束した。

 可憐な妹達、そして慈愛の女中に。

 自身と、そして家族達にとって陽だまりである、ゼニスを必ず連れて帰ると。

 

 無惨に散りゆく母親などあってはならぬ

 ならば、討たねばならぬ

 己の剣名の為ではない

 この現し世(・・・)の、家族の為に

 

 ウィリアム、ヒュドラを討つ!

 

 

「グルアアアァァァァァッ!!」

 

 虎が健在なのを受け、ヒュドラは怒気を込めた咆哮を上げる。

 そして、切断された首から勢い良く新しい首を再生せしめた。

 

「き、切り株から新しい首が生えやがった……!」

「若先生の斬撃(チェスト)でもバケモンはくだばらないのか……!」

 

 ヒュドラの異常な再生能力に、双子は慄きが籠もった声を上げる。

 ヒュドラはジリジリとウィリアム達と魔力結晶の間に陣取り、囚えたゼニスを逃さんべく一行の前に立ちはだかった。

 

「ふっふっふっ……見えたぞ、異界オロチの攻略法!」

 

 膝をつくウィリアムの後ろで、両脛からどくどくと血を流しつつも美然と屹立する現人鬼。

 頼もしき哉、不敵に嘯くその美姿。

 

「ま、まじっスか!?」

「一体どんな!?」

 

 双子は食い気味に波裸羅へ眼を向ける。

 その双子の視線を受け、波裸羅は口角を美麗に引き攣らせた。

 

「再生せしめる(いとま)与えず尽くオロチの首を()ぐべし!」

「ただのゴリ押しじゃねーか!」

「脳筋もいい加減にしろよテメー!」

 

 清々しい程単純明快な策を打ち立てる波裸羅に、何度目か分からぬ抗議を上げる双子。

 だが、物理一辺倒(アタッカーオンリー)のこの面子ではそれしか攻略法が無いのも事実。

 

「兎共! 指咥えてよう見ておけ! この波裸羅の鬼技(おにわざ)を!」

 

 美笑を浮かべ、波裸羅はヒュドラの前に跳躍する。

 そのまま、その人差し指を美麗に突きつけた。

 

「聞けぃ! 異界のオロチ!」

 

 波裸羅の異様な迫力に、ヒュドラは思わず後ずさる。

 ヒュドラにとって矮小な存在であるはずの現人鬼。であるはずなのに、ヒュドラは本能的な畏れを波裸羅に抱いてしまっていた。

 

母子(おやこ)再会、邪魔立て致すその大無粋!!」

 

 波裸羅は轟然と怨気を放出させる。

 広場は瞬く間に(かすみ)の怨念が篭り始めた。

 

「ど許せぬ!!!」

 

 そして、波裸羅は勢い良く天井を指し示した。

 

「見や~~~ッ!!」

 

 轟々と怨気が渦を巻く。

 天井に集約された怨気は黒雲へと形を変え、紫電を纏わせながら波裸羅の頭上に広がっていた。

 

「あれは……!」

 

 ウィリアムは先の龍神との戦いを想起する。

 あの(わざ)は、現人鬼が装甲軍鬼となった際、己に(いかづち)を落とし自身の身体能力を向上せしめる怨身忍法。

 だが、今の波裸羅は怨身体ではなく生身。

 いかな超人波裸羅とはいえ、あの雷をまともに浴びれば死は免れない。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、凄まじい豪雷が波裸羅に直撃する。

 轟音と共に(いなづま)の余波が、ウィリアム達の身体を包んだ。

 

「じ、自分に雷撃!?」

「現人鬼自爆か!?」

 

 凄まじい電撃が波裸羅がへ落ちるのを見て、双子は慄きつつも期待を込めた叫びを上げる。

 双子の前には黒焦げとなった波裸羅の死体が出来上がっているのは必定。

 

 唐突な現人鬼のこの自爆行為。

 鬼は、この異界の地にてその驍暴な生涯を終わらせてしまったのか。

 雷は、鬼の五体をこの人の世界から焼失せしめてしまったのか。

 

 (いな)

 

 断じて否!!

 

 

電着(でんちゃく)!!」

 

 

 やはり正しいから死なない!!!

 

 

「これで拙者はサンダー波裸羅!!」

 

 紫電を纏わせた波裸羅は大美得を切り、敢然とヒュドラへ向け吶喊した。

 

「合わせろやアダムスッ!」

「ッ! 応ッ!」

 

 波裸羅に呼応し、ウィリアムもまた身体を奮い立たせ、ヒュドラへ吶喊する。

 虎と鬼が、ヒュドラの両側から果敢に突撃を開始した。

 

「しゃあッ!」

 

 波裸羅の重爆蹴がヒュドラの首へ炸裂する。

 その疾さ、そしてその重さは、先ほどの旋風美脚とは比べるまでもなく。

 

「ッ!」

 

 すかさず怯んだヒュドラの首を目掛け、ウィリアムの“流れ”が放たれる。

 ずずんと鈍い音を立て、ヒュドラの首が落ちた。

 

「まずひとつ!」

 

 続けざまに両手掌底を叩き込む波裸羅。

 ヒュドラの首に電撃が走り、その直後に首が爆散せしめた。

 

「ふたつ!」

 

 返り血を浴びながら勇躍する波裸羅。

 しかし、ヒュドラもただ黙って殺られている訳では無かった。

 

「後ろッ!」

「ぬぅッ!?」

 

 ヒュドラの頭部が波裸羅へ肉薄する。

 その硬い外皮に包まれた頭部で波裸羅の肉体を破砕せんと猛然と突進した。

 刹那の瞬間、波裸羅はヒュドラの頭部と接触する。

 

 だが

 

「忍法“抱え首”!」

 

 そこには大きなヒュドラの頭部を抱えた波裸羅の姿。

 そして頭部無き首を波裸羅が抱えた己の頭部に突き立てる(・・・・・・・・・・)ヒュドラの姿。

 

「遅いぞオロチ!」

 

 そのままバックブリーカーの要領でヒュドラの頭部を圧壊する波裸羅。

 飛散したヒュドラの肉片を纏い、残虐な嗤いを浮かべた波裸羅の動きは、まさに眼にも止まらぬ疾業であった。

 

「ッ!?」

 

 だが、それでも怯まぬ迷宮の守護者、マナタイトヒュドラ。

 未だ健在な首を縦横にしならせ、波裸羅を捕食せんと大口を開ける。

 数本の首に翻弄され、一瞬動きを止めた波裸羅は、一口でその肉体を丸呑みにされた。

 

「食われた!」

「現人鬼殿!」

 

 思いがけず声を上げる双子兎。

 いかな強靭な現人鬼とはいえ、ヒュドラの大口に呑まれたとあってはその生存は絶望的。

 

 だが!

 

「忍法“生襦袢(いきじゅばん)”!」

 

 当然の事ながら生還!

 波裸羅を飲み込んだヒュドラの頭部が爆散し、肉片と共に全裸の波裸羅が現出する。

 その股間、完全怒張。

 

()()れだぜ! 現人鬼殿の忍法(アドリブ)!」

「共喰い期待してさーせんっした!」

 

 波裸羅の圧倒的な雄姿を見て、双子はそれまでの因縁を忘れ大喝采を上げる。

 この戦い、勝機は我らにあり!

 

断超鋼(だんちょう)!!」

 

 ついでとばかりに接近していたヒュドラの首に大手刀を落とす波裸羅。

 大美得を切ってから僅かの間に、ヒュドラは六本の首を失っていた。

 

「残り三本じゃ! 纏めてぶった斬れぃアダムスッ!!」

 

 波裸羅が大暴れしている間、ウィリアムはひたすらに闘気を練り妖刀を構えていた。

 七丁念仏の切っ先を左手に挟み、その握りは猫科の動物が爪を立てるがごとく。

 

(つかまつ)る──!」

 

 失うことから全てを始め

 異界天下無双を目指し孤高の憤怒に身を委ねし若虎

 だが、今この時は、ただ母を救う為に剣を振るいし若者

 

 

 みしり

 

 

 死の流星が、極限の溜めと共にヒュドラへ向け放たれた。

 

 

 一 振 斬 殺 

 

 

「虎眼流──“流れ星”」

 

 

 残心。

 そして納刀。

 

 鍔が鳴る音と共に、ヒュドラの全ての首が大きな音を立て落ちる。

 死の流星はヒュドラの首を落とすだけではなく、その斬撃の余波で胴体をズタズタに寸断せしめた。

 

「すっげ……」

「こんな……」

 

 ヒュドラの返り血を全身に浴びつつ、虎の流星を眼にした双子は呆然とその剣技に見惚れる。

 双子が修行せし異界虎眼流の秘奥。

 その一端を垣間見た双子は、感動に打ち震えそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

「迷宮最後の刃、異界のオロチ黄泉に帰す!」

 

 ひらりとヒュドラの死体の上に舞い降りた現人鬼、波裸羅。

 そして、再び天に向け自身の指を突き立てた。

 

 

救母成就(ざまたれが)!!」

 

 

 異界虎眼流、マナタイトヒュドラを滅す──!

 

 

 

 

「母上!」

 

 ヒュドラが死亡すると同時に、ゼニスを囚えし魔力結晶が決壊する。

 床に転がったゼニスの元へ、ウィリアムは即座に駆け寄った。

 

「母上……!」

 

 意識無きゼニスの首元に手を当て、脈を確かめる。

 頼りないが、トクン、トクンと脈動を感じ、ウィリアムは深く安堵の溜息を吐いた。

 

「……」

 

 そっと、ウィリアムはゼニスを抱き抱く。

 その柔らかい髪に顔を埋め、静かに眼を瞑った。

 慟哭はしない。

 だが、その無事を喜ばぬ程、虎の貝殻は冷めていなかった。

 

 記憶に残る、母の暖かく、芳しい香り。

 虎は、母の無事を静かに喜び、在りし日の安らぎを思い出し瞑目し続けた。

 

 

 

「ゼニスゥゥゥゥゥッッッ!!!」

 

 突然、男の絶叫が響く。

 顔を上げたウィリアムは、男が剣を振り上げながら駆け出す姿を見留めるとゼニスを床へ横たわらせ、即座に妖刀の柄へと手をかける。

 母を守らんと、慮外者を斬り殺さんと殺気を噴出させた。

 

「ッ!?」

 

 だが、虎は気づく。

 その男の顔が、この世に二人といない大切な存在であるのを。

 

「父……上……」

 

 抜刀し、己に迫るその男は、紛れもなく父、パウロだった。

 

「てめええええぇぇぇぇッッ!! ゼニスから離れろォォォォッッ!!!」

「待て……! 」

 

 極度の興奮状態に陥っているのか、パウロの眼はウィリアムをゼニスを犯す不届き者としか映しておらず。

 ウィリアムの声も、パウロの耳には届いていなかった。

 

 稲妻の如き疾さで迫るパウロを、双子兎も、現人鬼も止めることは出来ず。

 いや、止めることが出来たであろう現人鬼は、この時パウロのことなど見ていなかった。

 鬼は、足元に存在するヒュドラの死体の、ある一点(・・・・)を凝視し、その身を固まらせていた。

 

(父上……!)

 

 パウロの剣が、ウィリアムへ向け振り下ろされる。

 受けるか。

 しかし受けた際に刃が折れ、その刀刃がゼニスの柔肌に落ちる可能性がある。

 

 ならば躱すか。

 否。

 躱せば、それこそパウロの剣はゼニスに振り下ろされ、凄惨な結末が生まれることは明白。

 

 

 ならば、受け止める

 

 この身を持って、父の剣を

 

 母を守る為

 

 妹達の笑顔を守る為

 

 女中の愛に応える為

 

 そして、グレイラットの、自身の家族が、再び暖かい時を過ごす為

 

 

 そこに、己の姿は──

 

 

 

 斬

 

 

 

 虎の肩口から肺腑にかけ、熱い鮮血が飛散した。

 

 

 

 

 

 

 いーかいおーろち こ~ろころ

 

 

 とーらがかかさま すーけたら

 

 

 

 あーかいたーすき さ~いた

 

 

 

 むーざん

 

 

 

 むーざん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤チェストにごわす


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