虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:男どすこい♥♥♡♡♡
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前話の誤字報告に感謝致します。


第二十九景『迷宮合戦怨剣乱舞(おんらぶ)

 

 戦場のあらゆる乱暴狼藉を記録した“大坂の陣図屏風”

 描かれた五千体以上の人物に目を凝らすと、時折不可思議な光景に出喰わす。

 

 例えば、雑兵足軽を蹴散らかす裸形の怪男児。

 更に、身の丈八尺(約2.4m)以上はあろうかという巨大な鎧武者。

 弓槍鉄砲を物ともせず、それらの異形が戦場で暴れまわる姿が描かれていた。

 

 連装斉射銃、西洋大筒、生き甲冑、拡充具足、巨具足……

 ありとあらゆる兵器が投入され、数多の将兵が命を落とした大坂の陣。

 中でも各大名家が秘蔵せし拡充具足の無双ぶりは凄まじく、大筒弾の直撃すら耐えうるその装甲(あつみ)は常の手段で攻略することは不可能であった。

 

 

 甲州武田家が秘蔵せし拡充具足“不動”

 海を隔てた遥か遠国、東勝神州傲来国(とうしょうしんしゅうごうらいこく)由来の希少鉱“神珍鉄(しんちんてつ)”で拵えしこの拡充具足は、甲州武田家が天才軍師、山本勘助が心血を注いで作り上げた狂気の逸品。

 だが、武田信玄の覇業を支えし拡充具足“不動”は、第四次川中島の合戦にて山本勘助と共にその姿を消した。

 

 数奇な運命で異世界に現出せし神州無双の超鋼。

 妖魔の血を糧とする破邪の鎧は、異世界にて()の着装者を待ち続けていた──

 

 

 

 

 

 


 

 眼の前に、父がいる。

 

 今生での、父がいる。

 

 転移事件から、七年越しに見る父の姿。

 焦がれたわけではない。だが、その顔を見つめていると、どういうわけだか説明のつかない安心感に包まれる。

 

 その父が、己の肉体に剣を──

 

 必死の形相で己に剣を突き立てる父──パウロの顔が、徐々にぼやけていく。

 視界が暗くなる。上手く声が出せない。

 ああ、このまま、己は死ぬのか。

 せめて、母の無事が確認出来ただけでも、良しとするべきなのか。

 

 未練だらけだ。

 まだ、己の異界天下無双は道半ば。

 己が生きた証……そして前世での忠弟達に報いる為、虎眼流をこの異界の地に根付かせるべく、まだまだ剣を振るわなければならないのに。

 恥辱を味合わせた、あの剣神への復讐も済んでいない。

 人心を惑わす、あの悪神の成敗もまだ……。

 

 増悪の怨念に囚われた若虎。だが、ぼやけていくパウロの顔を見つめる内に、虎の中で増悪の炎が鎮火していくのを感じる。

 後に残るのは、今世で関わった人々への未練だけだった。

 

 ノルンや、アイシャ……妹達も、もう一度だけこの眼に収めたかった。

 学校に通うノルンは、内に秘めた不安を拭いきれていなかった。

 ルーデウス邸で家事をこなすアイシャも、メイドとしての責務を気負いすぎていたようにも見えた。

 無垢な妹達は、穏やかに、健やかに成長して欲しいのだが。

 己が死んだ時、妹達はどんな顔をするのだろう。

 

 リーリャは、己が死んだと聞いて、どんな顔をするのだろうか。悲しんでくれるのだろうか。

 シルフィは、どんな顔をするのだろう。いや、己の死には構わず、あの義姉には無事に兄の……グレイラットの跡継ぎを産んでもらわねばならない。

 ナナホシ姫には碌に御奉公をする事が出来なかった。せめて、無事に日ノ本へ帰還するのを見届けたかったのだが。

 ナクルとガド……兎の忠弟達も、まだまだ鍛え足らない。才はともかく、熱意は前世の虎子達となんら遜色もなかった。

 そういえば、あの黒狼……ギレーヌは、己が死んだらどのような行動に出るのだろうか。こんなことなら、あの真っ直ぐな恋慕に応えてやれば良かったのだろうか。

 

 視界の隅に、兄、ルーデウスの姿が見える。

 九年振りに見た兄の姿は随分と変わっていた。背丈も己より少し高く見える。伸ばした襟足を結わえ、魔術師のローブを纏っていた。

 そのルーデウスが、己の姿を見て、顔を青ざめさせていた。

 

「これ……で……」

 

 力なく、パウロの手に己の右手を重ねる。

 これで、グレイラットの家族が全員揃った。

 だが、己だけは、ここで死ぬ。どうしても、それだけが申し訳なく。

 息を荒げるパウロは、謝意が込められたその手を即座に振り払おうとした。

 

「てめっ、何を──ッ!?」

 

 そして、パウロは呼吸が止まったかのように、その身を固まらせた。

 

「え──?」

 

 その右手の指は、常よりも一本多く。

 掴むその男の顔は、己によく似た、愛する息子の、次男の面影が──。

 

「頼み……ます……」

「ッ!?」

 

 その顔は、力のない笑みを浮かべていた。

 そして、己の代わりに愛しい家族を見守るよう、父に託す息子の願いが込められていた。

 

「あ……ああッ!」

 

 剣を引き抜くパウロ。虎は左肩からどくどくと血液を噴出させ、がくりとその身を崩した。

 

「なんで、なんで……!」

 

 ウィリアムを抱きとめるパウロ。その身体より噴き出る赤い鮮血がパウロの顔にもかかる。血に塗れたパウロの表情は、この世の全ての絶望を垣間見たような悲痛な表情を浮かべていた。

 

「なんでウィルがここにいるんだよッ!!!」

 

 思いもよらぬ親子再会。しかし、かつてゼニスが結わえし美しい金髪は幽鬼のような白髪に変わり果てており、自身が慈しんだ幼子の風貌もまた然り。

 だが、変わったのはそれだけだ。

 自身がよく想像した、逞しく成長したウィリアムの姿が、パウロの目の前にあった。

 

「なんで、なんで、なんで……ッ!!」

 

 ウィリアムを抱き、震える手で流出する温血を抑える。

 カチカチと歯を鳴らし、泣きだしそうな表情を浮かべ自身の手を赤く染めるパウロ。自身が仕出かした無惨な行いが、パウロの心を蝕み始めていた。

 

 

「父さんッ!」

 

 

 ルーデウスの叫び声が響く。

 直後、パウロの肉体に焼け付くような激痛が走った。

 

「ガハッ!?」

 

 突如襲った激しい衝撃。パウロはウィリアムを抱く手を離し、口や耳、そして目から流血し、その痛みに悶えた。

 

「──」

「ッ!?」

 

 衝撃の発生源に目を向けると、兎兄弟が弟、ガドがパウロへ曲剣を振り下ろそうとしていた。その後方では、パウロへ吠魔術を放った兄、ナクルの姿。

 彼らの表情は意志がまったく感じられず、傀儡(くぐつ)の如き無表情。その瞳は色を失っていた。

 

「『水流(フロードフラッシュ)』!」

 

 曲剣がパウロの首元に届く刹那、ルーデウスの水魔術が発動する。

 発生した水流がパウロを押し流し、ガドの曲剣は空振る。

 

「父さん!」

 

 押し流されたパウロに駆け寄るルーデウス。

 パウロは吠魔術のダメージで流血しその顔面は蒼白となっていたが、ふるふると身体を奮わせるその様は吠魔術の衝撃からではなかった。

 

「なんで……なんで……」

「父さん! しっかりしてください!」

 

 ルーデウスに肩を揺すられても尚、色の失った瞳で震えた声で何故を繰り返すパウロ。

 ヒュドラに挑む前の勇壮であったその姿とは全く違うパウロの姿に、ルーデウスもまた声を震わせて父の名を呼んでいた。

 

「ルーデウス!」

「ッ!?」

 

 エリナリーゼの切迫した声が響く。

 吠魔術を放ったナクルが曲剣を“担ぎ”、その撃剣をルーデウスへ叩き込まんとしていた。

 

「あ──」

 

 曲剣を担いだナクルの姿に、ルーデウスの心の奥底に埋没せし“棘”が熱を帯びる。

 幼少の頃に植え付けられし恐怖が、再びルーデウスの内に蘇りその身体を硬直せしめた。

 

「汝の求めるところに大いなる氷の加護あらん、氷河の濁流を受けろ!『氷撃(アイススマッシュ)』!」

「ッ!」

 

 ルーデウスとナクルの間に割って入ったエリナリーゼが水魔術を放つ。

 向かってくる氷の塊を、ナクルはしなやかに肉体を折り曲げて躱した。

 

「ッ!?」

 

 直後、俊敏な兎は地を這うように身体を折り曲げエリナリーゼへ“流れ”を放つ。

 双子は虎と出会ってから僅か一ヶ月の間に虎眼流中目録相当の剣技を会得しており、元々の王級剣士としての腕前と合わせてその剣境は以前と比べるまでもなく高みに達していた。

 ナクルの曲剣は精妙な握力操作により、正確無比にエリナリーゼの頭部へと吸い込まれる。

 

「大地の精霊よ、我が喚び声に応え彼の者に怒りを叩きつけよ! 『土落弾(アースピラー)』!」

 

 だが、既に詠唱を開始していたタルハンドの土魔術が放たれ、寸前にナクルの曲剣が岩塊に弾かれた。

 

「助かりましたわ!」

「なんの、お主こそいつの間に魔術なんぞ覚えおって」

 

 油断なく双子兎と対峙する長耳の淑女と炭鉱の偉丈夫。

 双子は相変わらず能面のような表情を浮かべ、倒れ伏す師匠とその母親を守らんと曲剣を構える。

 双子が発する殺気は悍ましい程の“冷たさ”が感じられ、対峙するエリナリーゼとタルハンドは首筋に冷えた汗を垂らしていた。

 

「先輩! 一体何がどうなってんだよ!?」

 

 慌てた様子でルーデウスとパウロに駆け寄るギース。その猿顔は困惑からかひどく滑稽に歪んでいた。

 転移魔法陣を潜り、此度こそゼニス救出を果たさんとヒュドラへ挑んだルーデウス一行。

 だが、勇んで来てみれば既にヒュドラは骸と化し、正体不明の徒党がいるのみ。

 その内の一人がゼニスを抱えている姿を見て、激高したパウロが抜刀し襲いかかる。

 そのパウロの剣を受けることも避けることもせず、何かを悟ったかのような表情で受け止めた白髪の剣士。

 直後、白髪の剣士の仲間と思わしき獣人の襲撃。

 

 突如発生したこの凄惨な修羅場。経験豊富なギースですら困惑するのも致し方なし。

 

「あ、ああ……こんな、こんなのって、ありかよ……」

「先輩! あの白髪頭は一体何者なんだよ! パウロは一体どうしちまったっていうんだよ!!」

 

 倒れ伏す白髪の剣士の姿、父が叫びし弟の名、そして双子が構えし“流れ”の型。

 全てを悟ったルーデウスは表情を青白く変化させ、呟くようにギースへ応えた。

 

「あれは、ウィル……父さんの息子で、俺の弟、ウィリアムだ……」

「なっ……! マジかよ……!」

 

 ルーデウスが言った驚愕の事実。

 ギースは僅かの間に現出せし残酷無惨な事態、そして心という器にヒビが入りしパウロの姿を見て、それ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

「そ、そんなことって……!」

「なんとしたことじゃ……!」

 

 双子と対峙するエリナリーゼらにもルーデウスの言葉が届く。

 両名も首筋に汗を垂らしつつ、やりきれないといった表情を隠せずにいた。

 

「まだ……まだ間に合う……!」

 

 心が折れたパウロを支えながら、ぐっと唇を噛み締めることで気力を復活せしめたルーデウス。

 弟を、大切な家族を救う為、倒れ伏すウィリアムへその濡れた瞳を向けていた。

 

「新入り、父さんを!」

「お、おう!」

 

 ルーデウスは虚ろな瞳を浮かべるパウロをギースに託し、後方へと退避させる。

 泥沼の魔術師は、己が今成すべき事を十分に理解していた。

 

「あの獣人達を止めて下さい!」

 

 ルーデウスが声をかけし相手。

 ヒュドラの死骸の上に佇む裸体の美丈婦……いや、美丈夫。

 惨劇を傍観せし現人鬼波裸羅へ向け、必死で声を上げていた。

 

「彼らは貴方の仲間なんでしょう!? まだ間に合います! ウィリアムを治療出来るよう、彼らを止めて下さい!」

「……ふん」

 

 必死に叫ぶルーデウスをつまらなそうに一瞥する波裸羅。その股間の凶剣もどこかイキが悪かった。

 波裸羅はギースが支えるパウロへと美視線を移す。その蒼白の顔は、見知った虎の顔とよく似ていた。

 そのまま、波裸羅は血海に沈むウィリアムへと美視線を移す。

 

「家庭崩壊じゃ喃、アダムス」

 

 愉悦とも受け取れしこの言葉。しかし、波裸羅の声色は哀れみが籠もっており、憐憫の眼差しでウィリアムを見つめていた。

 

「なんとも残念な……さて、どう収めるか……」

 

 続けて、波裸羅は無言で曲剣を構える双子へと美視線を移す。

 双子が抜いたのか。あるいは、物言わぬ虎が抜かせたのか。

 怒りで我を忘れ、冷えた殺気を纏わせる双子に、もはや現人鬼の言葉は届かず。

 双子はおそらく死ぬまでこの場で剣を構え、虎と菩薩を守り続けるだろう。

 

 ならば、実力で双子を排すか。

 だが、普段のじゃれ合いとは違い此度の双子は死にもの狂いで波裸羅に抗するだろう。

 その先に待つのは、残酷無惨な結末でしかない。

 故に、苛烈果断であるはずの波裸羅ですら、このような状態の双子を実力で排すことに躊躇いを感じていた。

 それに、それ以上に、波裸羅が動けなかった理由がひとつある。

 

 足元の、ヒュドラの死骸に埋まりし超鋼(・・)

 この世界では決して存在せぬはずの異形の鎧。更に、その胸部に刻まれし四つの菱形紋様(・・・・・・・)が、現人鬼の身を固めさせていた。

 

 

 

「ふふ……うふふふふ……ぬはははははははッ!」

 

 

 

 唐突に、それまで黙していたロキシーが不気味な嗤い声を発する。

 

「な、なんだぁ!?」

「ロキシー!?」

「狂うたかロキシー!?」

 

 ロキシーの嗤い声を聞き、ルーデウス一行は驚愕の表情をロキシーに向ける。

 哄笑を上げしロキシーは片目(・・)を閉じており、残虐にその口角を引き攣らせていた。

 

「ロキシー先生!?」

 

 戸惑う周囲と同じく驚愕を露わにするルーデウス。ロキシーの歪んだ嗤いを見て、ルーデウスは先のロキシー救出行を思い出す。

 蒼穹の魔法少女に憑依せし日ノ本由来の怨霊。

 ここに来て、いや最悪のタイミングで、怨霊は再びロキシーの精神を乗っ取っていた。

 

「ぬわっはっはっはっはっはっはぁッッ!!」

 

 小さな身体を大きく反らし、大哄笑を上げる憑依ロキシー。その豹変ぶりに慄くルーデウス達はもちろん、現人鬼波裸羅もまた怪訝な表情を浮かべていた。

 

「ちと想定とは違うが頃合いよ! 眠っている間に異界言葉も覚えた! もはや自重するに及ばず!」

 

 普段の知的で可憐な様相が一変し、諧謔味たっぷりといった表情を浮かべヒュドラの死骸へ片目を向ける憑依ロキシー。

 異常事態が続き、ルーデウス達は混乱の極地に達していた。

 

「ルーデウス! ロキシーは一体どうしたんですの!?」

「ロ、ロキシー先生は、何かに取り憑かれています……!」

「なんじゃとぉ!?」

「なんでいきなり……っ、こんなことなら、無理してでもクリフを連れてくるべきでしたわ……!」

 

 油断無く双子を牽制しつつ、エリナリーゼとタルハンドが切羽詰まった表情を浮かべる。

 ルーデウスから語られしロキシーの異常事態。この状況を打開出来うる神撃魔術の使い手はこの場にはおらず、エリナリーゼは思わず聖者の恋人の名前を呟いていた。

 

「くそ……!」

 

 ルーデウスは先ほど復活した気力がみるみる萎えていくのを感じ、ただ言葉を震わすことしか出来なかった。

 困惑する周囲に構わず、憑依ロキシーは大音声で超鋼の名を叫ぶ。

 

「不動ッ!!」

 

 叫び声と同時にヒュドラの死骸が蠢く。みし、みしと生々しい音を立て、徐々に鋼の姿が現出し始めた。

 

「ッ!?」

 

 そして、死肉を糧に(・・・・・)現界した甲州の超鋼が、轟然と現人鬼へ襲いかかった。

 

「ちぃッ!?」

 

 高速で旋回せし鉄腕を寸出で躱す波裸羅。

 跳躍し、ヒュドラの死骸から降り立った波裸羅は美然と憑依ロキシーへ美視線を向けた。

 

「その一眼、そしてこの武田菱! もしや貴様は甲州武田家が天才軍師、山本──」

「その名を言うてくれるな若僧。あやつは川中島でくたばり果てた。政虎に敗れたのではない、味方に足を引っ張られてな……!」

 

 口角を引き攣らせながら波裸羅へ応える憑依ロキシー……いや、甲斐の鬼軍師。

 そのまま不敵な嗤顔を波裸羅へ向けた。

 

「信玄公への忠義は尽くした! ならばもう儂は誰の為にも働かぬ!」

 

 とんがり帽子をかなぐり捨て、三つ編みを乱暴に解きながら絶唱せし鬼軍師。

 蒼髪を乱しながら、その暴威ともいえる独善を現人鬼へ向ける。

 

「胸の思うまま勝手に生きる! 不動と一緒ならこの異界の強者とて止められまい!」

「笑止! 異界の娘に憑依(とりつ)いただけのくたばり損ないが!」

「じゃかあしい! この娘の身体は(もろ)たるわ!」

 

 蒼髪の鬼軍師はヒュドラの死肉に憑着した不動を見やる。

 一体いかなる理で超鋼が起動したのか。ヒュドラに残留せし魔力が作用したのか。または、守護者を斃されし迷宮の意志が働いたのか。

 あるいは、同じ敷島の者共が持つ“怨念”に反応したのか。

 

「ちょうど良い“肉襦袢”が出来ておる! このちんちくりんの娘の肉体でも十二分に纏えるわ!」

 

 しかし、怨霊軍師にとってそのようなことはどうでもよく。

 不便な魔法少女の肉体を補う強靭なヒュドラの死肉を内包せし超鋼は、“異界自由三昧”を望む怨霊軍師にとってひどく魅力的な“肉”であった。

 

女郎(めろう)成敗ッ!」

「ヌッ!?」

 

 跳躍し、怨霊軍師へ向け足刀を放つ現人鬼波裸羅。

 異界に現出せし怨霊をロキシーごと黄泉へと返すべく、その美脚を旋風させた。

 

「ッ!? 『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

「ぬっ!?」

 

 即座に魔術で迎撃するルーデウス。憑依されたとはいえ、その身は大切な身体であるのは変わらず。むざむざ殺らせるわけにはいかない。

 寸前に身体を捻り岩砲弾を躱した波裸羅は、ちょうど双子とエリナリーゼ達の中間地点に舞い降りた。

 

「邪魔するな小僧!」

「でかしたぞ小僧!」

「なんなんだよ……ッ!」

 

 現人鬼と怨霊軍師が同時に激声を発する。

 だが、ルーデウスはそのどちらにも応えることはなく、倒れ伏す虎へと視線を向ける。

 

(ウィル……!)

 

 大量に出血せし虎の余命、残り数分。

 その救助を阻みしは、皮肉にも虎の忠弟、双子の兎。

 そして──

 

「では今より不動が捕えし竜の肉へ“怨着”する!」

 

 自由の為、他者を蹂躙するのを厭わない、怨霊軍師。

 

「あばっ!!」

「ッ!?」

 

 豪快に(ロキシー)の尻を叩き、その小柄な身体を宙空へと跳躍させる。

 同時に、ヒュドラの死骸の上で佇む不動から触手の如き“肉の蔓”が射出され、憑依ロキシーへと絡みついた。

 

「ロキシー先生!?」

 

 宙空にてミグルド族の少女と敷島の怨身具足が憑着し、眩い光が辺りを包む。

 

 

「ぬははははははははッ!!」

 

 

 光が収まり、哄笑と共に超鋼の威容が現出する。

 甲州の大鎧を身に纏いし少女の姿が、一同の目前へと現れた。

 

「下郎共! 不動の“試し”じゃ! その血肉を潔く献上せい!」

 

 大きく腕を広げ周囲を威圧する怨身拡充具足“不動”。その巨体はゆうに3メートルは越えており、日ノ本での姿から大きく変質を遂げていた。

 面頬の隙間から見えるその顔は、無数のミミズが群れを成しているかの如く肉がグロテスクに蠢いていた。

 地獄の底から発せられたかのような怨声で処刑宣告を言い放つ不動に、ルーデウス一行はただただ困惑しその身を硬直させる。

 

「俄然濡れてきたぞ勘助! ならば拙者も本身(マジ)で相手をしてくれる!!」

 

 ただ一人、その宣告に真っ向から挑むのは志摩の凶剣、現人鬼波裸羅。股間の凶剣は大いにイキり勃っており、強敵を前にその血潮を煮沸させる。

 波裸羅は大きく両腕を広げると全身から怨気を放出させ、その肉体を鋼へと変質させた。

 

「え──」

 

 そして、ルーデウスは聞く。

 

 怨嗟に満ちた、日ノ本言葉を。

 

 

 穿ってやる

 怨霊武士の眼──!

 

 砕いてやる

 怨身具足の鋼──!

 

『我が名は──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『怨身忍者“霞鬼(げき)”!!』

 

 

 軍 鬼 剛 臨

 

 

「なっ!?」

「なんだありゃ!?」

「姿が変わりおった!」

「んんぅっ!!」

 

 霞鬼の威を受け一同心胆震わせ恐慌す!

 霞鬼の威を受け一名身体震わせ絶頂す!

 

「あ、現人鬼殿……」

「こ、これは……」

「やっと戻ってきたかクソ兎共。はよアダムスを手当せんか」

「「ッッ!!」」

 

 現出した霞鬼の睨み一閃にて我に返る双子兎。慌てて戦闘態勢を解除し、倒れ伏すウィリアムに駆け寄り傷口の応急手当を始めた。

 

「ウィ、ウィル……!」

 

 霞鬼の威圧は放心状態であったパウロすら覚醒せしめる。

 双子が必死に手当をする愛息子へ、その濡れた瞳を向けていた。

 

「妖魔絶滅刀“轟雁奏怒(ゴーガンソード)”用意!」

 

 霞鬼の威圧を受けた怨身具足は、それに応えるかのように腕部を変形させ大太刀を現出させる。

 面頬の下で不敵に嗤い、具足は大太刀を大上段に構えた。

 

「ここで日ノ本由来の妖魔に出会うとは思わなかったぞ! 怨身忍者とやら!」

「その台詞! そっくりそのまま返してくれるわ!」

 

 霞鬼は轟然と床を踏み砕き具足へと突撃する。

 

「らしゃいッ!」

「ッ!?」

 

 瞬間、超鋼へ肉薄する霞鬼に向け凄まじい剣圧が迫る。

 その巨体からは考えられぬ程の疾さで振り下ろされし大太刀を、霞鬼は寸前に躱しながら手刀を放った。

 鬼と鋼が交差し、鈍い音が響いた直後には両者は再び間合いを取り対峙する。

 

「勘助! なかなか良い拵えの刀じゃ喃!」

 

 見れば、霞鬼の手の甲がべろり(・・・)とめくれており、皮膚の切断面からは伐斬羅(ばざら)の血が沸騰していた。

 対して、不動の装甲は現人鬼の手刀を受けても傷一つ付かず。

 

「血が沸き立つか怨身忍者! その怨身体(からだ)、興味が湧いた! 不動の“活人剣(かつにんけん)”にてゆっくりと活造りにしてくれるわ!」

「手足をつめて首と胴を生かすのが“活人剣”と抜かすか! 見上げた“殺人剣”よ喃!」

 

 霞鬼の摩訶不思議な肉体を目にしギラリと面頬の奥を光らせる不動に、霞鬼は残虐な笑みを浮かべ応える。

 六面世界の住人を蚊帳の外に置いた敷島の異形共の戦闘熱は、早くも煮沸寸前に沸き立っていた。

 

「い、一体どっちに味方すればいいんですの!?」

「エリナリーゼ! あの鎧の中身はロキシーじゃぞ!」

「そんな事理解(わか)っていますわ! だからですのよ!」

 

 股を濡らしつつ、エリナリーゼは狼狽しながら鬼と鋼を見比べる。

 双子兎との戦闘直後、今度は何者かに取り憑かれたロキシーが、これまた正体不明の大鎧を身に着け一同へ向け宣戦布告。そして、その鎧に対抗するは怨念を纏いし異形異類。

 経験豊富なエリナリーゼですら狼狽するのも致し方なし。

 

「そんなの決まっています!」

 

 困惑するエリナリーゼ達に構わず、ルーデウスは己の愛杖“傲慢なる水竜王(アクアハーティア)”に魔力を込める。

 

「凍らせます! フロストノヴァッ!!」

 

 怜悧な凍気が敷島の異形共へ向け放たれる。

 狙いは両者の腰から下。下半身を凍結させ、その動きを封じる魂胆であった。

 その隙に、ウィリアムの治療。そして、その後にロキシーの救出。

 僅かの間にこの方針を打ち立てたルーデウスの冴えは、転生してからの数々の修羅場を潜った経験が生きた証であろう。

 ルーデウス若干16歳にしてこの決断。だが、精神年齢はアラウンドフォーティー。

 

「ヌッ!?」

「ぬぅッ!?」

 

 放たれた凍気により瞬く間に霞鬼の下半身は凍りつく。

 

「なっ!?」

 

 だが、不動へ放った凍気は鋼を凍結させること無く、その超鋼に吸い込まれた(・・・・・・)

 

「応報ッ!」

「ッ!?」

「ぬおッ!?」

「きゃあッ!?」

 

 直後、不動は吸い込んだ凍気を“応報”する。

 ルーデウス達の身体は強烈な冷気に晒され、その身を床に這わせた。

 

「な、なんだよありゃ……! まるでヒュドラの鱗じゃねえか!」

 

 後方にてパウロを支えるギースの驚声が響く。ルーデウスの魔術を跳ね返した不動の様は、まさに先ほど手を焼かせたマナタイトヒュドラの特性そのものであった。

 

「甘いぞ小僧! (うぬ)が生み出せし凍気! 凍てつかせるは汝と知れ!」

「ぐ……!」

「が……あ……!」

「うぅ……!」

 

 以前傲然と仁王立ちする不動。

 身体の節々を氷結させたルーデウス、タルハンド、エリナリーゼ。倒れる彼らはまるで芋虫のようにその身体を悶えさせていた

 

「き、奇跡の天使よ、命の鼓動に天なる息吹を──」

「させんわ!」

「がぁッ!?」

 

 這いつくばりながら治癒魔術の詠唱を始めたルーデウスに、不動は即座に鉄脚を叩き込む。

 サッカーボールのようにルーデウスの身体は跳ね、迷宮の壁に叩きつけられると同時にその意識を手放した。

 

「ルディッ!?」

「よ、よせパウロッ! あいつら(なん)かヤベえッ!!」

 

 蹴り飛ばされたルーデウスを見て、パウロは即座に駆け寄ろうと身を捩る。それを、ギースは必死になって止めていた。

 

「このような氷! 伐斬羅で内より溶かし尽くしてやる!」

 

 不動がルーデウス達に気を取られる隙に、霞鬼が轟々と伐斬羅を沸騰させる。

 瞬く間に氷結していた下半身が解凍されると、霞鬼は稲妻の如き疾さで不動の後ろへと回り込んだ。

 

(しゃあ)ッ!」

「グゥッ!?」

 

 不動の背面に回り込んだ霞鬼は鬼の剛力にて不動の腰部を締め上げる。

 みし、みしりと鋼の軋む音が響いた。

 

「拡充具足の弱点は“万力”で締め上げること! やがて鎧は歪み中の者は潰れるのじゃ!」

「ぐぬううッ! 小癪なぁッ!!」

 

 背後に回る霞鬼に対し、不動は即座に振り払うべく鉄腕を回す。だが、霞鬼は締め上げる力を更に強め、そのまま身体を反らし不動の巨体を勢い良く持ち上げた。

 

怨身固め(星義スープレックス)!!」

「ヌワッハ!?」

 

 がっちりと手をクラッチさせ、一流レスラーの如き美しいフォームでジャーマンスープレックスホールドをぶち込む!

 轟音と共に迷宮の床が破砕し、不動はその巨体を頭から床に突き刺し固定された。

 

「このまま絞め殺してくれ──!?」

 

 ブリッジしながら中にいるロキシーごと不動を圧壊せんと力を込める霞鬼。

 だが、霞鬼はその力を込めることが出来なかった。

 

 不動の背、いや、その中にいるロキシーの身体。

 そこから光り輝く天龍(・・・・・・)を幻視した霞鬼は、驚愕と共に締め上げる力を緩めた。

 

「エイシャァッ!!」

「ッ!?」

 

 霞鬼の拘束が緩んだ瞬間、不動は気合と共に身体を独楽のように回転させる。

 遠心力で振りほどかれた霞鬼と体勢を立て直した不動は再び間合いを取り、互いの双眸を睨んだ。

 

「詰めが甘いぞ怨身忍者!」

「チッ……」

 

 不動を忌々しげに睨む霞鬼。

 先程視えた天龍──衛府の龍神。

 その存在が、不動の内にいるロキシーから視えた意味。

 

(この娘が悪神打倒に必要とでもいうのか……!)

 

 物言わぬ衛府の龍神の意志を正確に汲み取った霞鬼は、それまでの苛烈な攻めを控えジロリと超鋼を睨む。

 霞の鬼眼は超鋼をひと睨みしただけで、その内部に宿る怨念の根源を見透かした。

 

「成る程喃、具足が本身か」

「左様! だが鋼我一体を成し遂げた儂をこの娘から剥がすことは不能(あたわぬ)ぞ!」

 

 甲斐の鬼軍師の怨念が宿りし拡充具足“不動”。

 その怨念の受肉先はミグルド族の魔法少女、ロキシー・ミグルディア。

 つまり、この鎧を破壊(・・)せねばロキシーが己を取り戻すことは不可能であった。

 

「ぐふふふふ……! 深く深く肉蔓(にくづる)が娘の肉に絡みついておるぞ! 疲れもせぬし痛くもない! イキっぱなしとはこのことよ!」

「変態か貴様は!」

「さっきまでモロ出しだった汝が言うかッ!!」

 

 憤怒が籠もった大太刀の横薙ぎが霞鬼へ放たれる。瞬間、ドズゥと鈍い音が響く。見れば、霞鬼は己の肘にて(・・・・・)不動の大太刀を受け止めていた。

 

「怨ッ!」

「ヌォッ!?」

 

 上腕まで深々と刃で抉られし霞鬼の肉体に紫電が宿る。肉と刃で結ばれた伝導から迅雷が迸ると、不動の巨体を感電せしめた。

 

「アダムスッ!!」

 

 電流を流し不動の動きを止めた霞鬼は、倒れ伏したウィリアムへ向け美声を発する。

 この場にいる百戦錬磨のつわもの達。だが、取り憑かれしロキシーを傷つけず、神州不滅の超鋼を斬鉄せしめる神技を放つことが出来るのは、唯一人。

 

「……ッ!」

 

 倒れ伏した虎は、鬼の一声にてその意識を覚醒せしめた。

 

「わ、若先生!?」

「動いちゃだめです!」

 

 必死で虎の手当をしていた双子の悲鳴めいた叫びが響く。意識を取り戻したウィリアムは傍らにいるナクルの肩を掴み、その背を起こす。

 肩口から肺にかけて深々と斬り裂かれた肉体から、びゅうびゅうと噴水の如き血潮が噴き出る。

 だが、瀕死であるはずの虎の瞳は、まるで灼熱の太陽のような“火”が爛々と燃え盛っていた。

 

「アダムスッ! 肺腑を抉る程の斬撃、常の者なら十分に死したる一撃よ!」

 

 覚醒した虎へさらなる撃声を放つ霞鬼。

 

「だがッ!」

 

 その美声は、まさに“不退転”

 

超一流(われら)にはその先がある!!」

 

 その言霊は、まさに“肉弾幸”

 

 

「立てい! アダムスッ!! 汝の家族を救う為、再びその妖剣を振るうべし!!」

 

 

 限られた“火”を燃やし、敷島の怨念を打ち払うべく虎は立つ

 

 宿業の妖刀を携え、愛しい家族を守るために

 

 

 そして、虎は構える

 

 

 かつて己を葬り去った、無明の魔剣技(・・・・・・)を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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