虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第三十景『無明逆流れ(むそうさかながれ)

 

 ああ……

 

 あれこそは伊良子さま必勝の構え……

 

 

 

 無明逆流れのお姿──

 

 

 

 

 

 無明という言葉がある。

 成り立ちは仏教用語であり、真理に暗く、智慧の光に照らされていないという意であるが、広義では“暗闇”を意味する。

 そして、人間の心の奥底には無明という闇が存在し、その闇を抱え人は生き続ける。

 それは現世でも異界でも同じことだろう。

 

 べガリット大陸

 転移迷宮深部

 迷宮の守護者魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)を討ち、己の母親を救いし若虎。

 愛すべき家族を守らんと、愛すべき家族の刃をその身に受けし若虎。

 その心の貝殻は、一切の光明も無い、闇に……

 

 否、宿業の闇に囚われていた。

 

 

 

「わ、若先生……!」

「動いては……!」

 

 半死半生のウィリアムが、自身の愛刀を杖にし、みしりとその身を起こす。

 付き従う双子の兄弟は、自身の師匠の(かお)を見て困惑を強める。

 その表情は、一切の生気を感じさせず

 

「ひっ!?」

「あ、ああ……!?」

 

 だが、瞳は灼熱の憎悪(ぞうお)の炎が燃えていた。

 双子はその熱気をまともに受け、小便を漏らしながら現出した剣鬼(ウィリアム)の背中を見つめ震える。

 重傷を負ったウィリアムを止めようとした双子であったが、今この若虎を止めようとすれば、双子の胴はウィリアムの手により真っ二つに切断されその(はらわた)を迷宮の床に撒き散らすだろう。

 双子は、本能でそれを理解していた。

 

 この時のウィリアムは、曖昧でも正気でもなく。

 己の行動を阻害する者を片っ端から斬り伏せる憤怒の“魔人”と化していた。

 その様は、あの岩本邸での──

 

「……ッ!」

 

 血涙を流し、憤怒の形相で甲斐の怨身具足を睨む若虎。

 虎は、自身が最大の屈辱を味わったこの怨讐の構えを取っていることに、果たして気づいているのだろうか。

 双子によって応急処置がなされた肩口の包帯は朱く染まり、その熱き血潮が怒りによって止めどなく流出し、己の生命を縮めているのに、果たして気づいているのだろうか。

 憤怒の魔人と化した魔剣豪の内心を知る術は、この場には無い。

 

「ウィ、ウィル……」

 

 若虎の父、パウロ・グレイラットが消え入りそうな声で愛息子の名を呟く。

 杖のように剣をつき、異形と化した蒼穹の魔法少女へ憎悪の念を向けるその姿は、かつて己が愛した次男の面影は欠片もなく。

 得体の知れない恐怖が、虎の父の中で渦を巻いていた。

 

「あ……」

 

 だが、パウロはウィリアムの傍らに倒れる愛妻の姿を見ると、その恐怖心が幾許か和らぐのを感じた。

 ウィリアムが纏っていた血染めの貫頭衣に包まれ、意識を落とす妻、ゼニス。

 そのゼニスを、魔人と化しても尚守らんとするウィリアムの姿。

 パウロは、僅かに残る虎の家族を想う心に触れ、その唇を固く噛み締めた。

 

「ウィル……!」

 

 再度、次男の名を呟く。

 直ぐにでもウィリアムの、そしてゼニスの元へ駆け出したい気持ちを必死で抑える。

 三大流派上級の業前を持つパウロは、剣を杖のようにつく瀕死の次男が、既に構えていることに気付いていた。

 

「ギース。今の内にルディ達を助けるぞ」

「お、おう」

 

 思いの外冷静な声を上げるパウロに、ギースは戸惑いつつも頷く。

 敷島の異形共が噛み合っている現状、倒れ伏すルーデウス達を救う好機。

 そして、その異形共へ剣を構えるウィリアムの“邪魔”をするのは、父として、そして一流の剣士として憚られることであった。

 

 愛息子に手をかけた事は、今は捨て置く。

 今はただ、家族、そして家族を救うために無償の助太刀をしてくれた仲間達を救うのみ。

 息子に、生命を懸けた贖罪は、その後。

 

 刹那の想いを込めた覚悟を、泥沼、そして剣虎の父は胸に秘めていた。

 

 

「っだコラァッ!!」

「ぐッ!?」

 

 霞鬼が流した電流にて動きを止めていた怨霊具足“不動”の激声が響く。その声は蒼穹の魔法少女、ロキシー・ミグルディアの声。だが、その精神は甲斐の鬼軍師、山本勘助が怨霊。

 僅かの間に再起動した不動は、己を繋ぎ止める霞鬼へ重爆の如き前蹴りをカチ入れる。

 蹴り飛ばされ膝をつく霞鬼は、業と瞳を燃やしその鉄身の五体を睨んだ。

 

「小癪な真似をしおって! 蛇雷(くちなわいなび)かこのフタナリ忍者が!!」

「駿府の蛇雷よりは上物ぞ! このちんば軍師が!!」

「このガキャァッ!!」

 

 怒気を纏った不動が霞鬼に吶喊する。暴風の如き勢いでボディブローを叩き込まんと鉄腕を振るう。

 再び不動の動きを止めるべく、霞鬼はその鉄腕を瞬時に掴んだ。

 

穿(つらぬ)け! 泳ぎ盾ッ!!」

「ぬッ!?」

 

 だが、掴んだ不動の腕部が可変し、大筒弾の如き勢いで“泳ぎ盾”が射出される。

 拡充具足が備えし可変式防護盾“泳ぎ盾”

 本来は伊賀忍者が使用せし生物兵器のひとつであり、対手からの攻撃を半自動で防ぐ堅牢なる忍虫防御機構ではあるが、不動が備えし泳ぎ盾は高速で射出し、まるでパイルバンカーのように対手を撃ち抜くことを可能としていた。

 その勢い、動くこと雷霆(らいてい)の如し。

 

「田楽刺しじゃ! 無様よ(のう)! 怨身忍者!」

「ぐぬ~~~ッ!!」

 

 零距離で高速射出された泳ぎ盾に腹部をまともに貫かれ、迷宮壁面に縫い留められた霞鬼。

 龍神の必滅の剣技をも躱した霞鬼の俊敏さでも、流石に密着状態では躱せるはずもなく。

 槍状に伸びた泳ぎ盾が霞鬼を貫通し、その腹部からぐつぐつと伐斬羅が沸騰していた。

 

「おのれ……抜けぬ……溶けぬ……ッ!」

「不動が備えし武具は全て“神珍鉄”で出来ておる! 花果山の溶岩より生まれし超鋼、容易には溶けぬぞ!」

 

 血反吐を吐き、身を捩らせながら己を縫い留めし泳ぎ盾を溶かさんと伐斬羅を沸騰させる霞鬼。

 だが、超鋼“神珍鉄”で拵えし泳ぎ盾は、いかな怨身忍者の燃える血潮でも溶解不能(とけることあたわず)

 また、泳ぎ盾の鉄甲にはかの有名な“武蔵拵え”の如き“返し”が施されており、霞鬼の腹中にてしっかりとその牙を食い込ませていた。

 

「いい様よ! しばらくそこで繋がっておれ!」

「ぐぬぅぅ~~~~ッ!!」

 

 怨嗟が籠もった鬼眼で不動を睨む霞鬼。

 余裕綽々といった様子で霞鬼の睨みを流した不動は、やおら自身の後方へと巨体を翻した。

 

(うぬ)の活造りは後回しよ……!」

 

 巨体の先にいるのは、怨念籠もりし魔剣技を構える、魔人……ウィリアム・アダムス。

 

「死に損ないの雑草武芸人(ぶげいにん)にしては中々の鬼気よ喃……!」

「ちんば軍師ッ! 雑草などという草は無いッ!」

「いちいち茶々入れんじゃねッ!」

「ギャウゥッ!!」

 

 減らず口をたたく霞鬼へ二発目の泳ぎ盾射出!

 更に大きく腹腔の穴を広げられた霞鬼は、たまらず苦悶の叫び声を上げた。

 

「汝如き武芸人を千人束ねても揺るがぬのが“武将”たる才覚! ましてやこの拡充具足“不動”の前にして孤剣ひとつで何が出来るッ!」

 

 大太刀を下段に構えウィリアムを威圧する不動。

 甲斐の天才軍師の執念が籠もりし超鋼の威容を前に、ウィリアムは依然曖昧でも正気でもない形相を浮かべる。

 杖のように七丁念仏を迷宮の硬い床に突き立て、身じろぎひとつせず不動の前に対峙していた。

 

「アダムス……ッ!」

 

 昆虫標本のように迷宮壁面へ杭打ちされ、血反吐を吐く霞鬼がその鬼貌をウィリアムへ向ける。

 怨讐に囚われし若虎の姿は、動きを止めた霞鬼の眼を眩ます。

 

(アダムス……ッ! (なれ)の宿業、今この場にて晴らす時ぞ……ッ!)

 

 前世での因縁を断ち切りし時、若虎は真にこの世界に根を下ろす。

 その様を見届けるのは、同じ敷島の怨念を纏う、現人鬼波裸羅。

 

「アダムスッ! 敷島の超鋼を断ちし時、汝の真の“異界天下無双”の開幕ッ! この波裸羅の眼が眩むほど鮮やかに燃えてみせいッ!!」

「……ッ!」

 

 霞の怨声が迷宮最深部に響く。

 その声を受けた若虎の眼の炎は、不退転の“火”に変わる。

 その火は、限られた生命の、最期の輝き──

 

 

 そして、ウィリアムは七丁念仏を己の足の甲に突き刺した。

 

 

「ぬぅッ!?」

 

 ウィリアムの鬼気迫る構えを見て、不動はうめき声をひとつ上げる。

 みしり、と虎の肉体、そして足甲が軋む音が響き、虎の全身から血風が吹き荒れる。

 突き立てた足甲から血流が溢れ、貫通した刀刃は迷宮の硬い床にも突き刺さる。

 己の五体を使用した渾身の溜めは、奥義“流れ星”をも超える、あの盲目の龍の──!

 

 否!

 ひとつだけ違う!

 

 虎が掴む七丁念仏の柄、その右手。

 その右手の握りは、虎眼流骨子の掴み、まるで猫科動物の──!

 

「馬鹿な……! 何故(なにゆえ)御館様が……!」

 

 不動の内部に囚われしロキシーの、更に奥に潜む軍師勘助。

 勘助は虎の姿を見て“甲斐の虎”と称されたあの名将の姿を幻視する。

 

(雑草武芸人ごときが将たる資質を備えるとでもいうのか……!)

 

 勘助の中で、在りし日の主従の語らいが想起される。

 

 人は城

 人は石垣

 人は堀

 情けは味方

 (あだ)は敵なり

 

 武田の家訓、勘助は家臣民草の絆こそ(いくさ)(かなめ)と解した。

 だが、かつての主君、武田徳栄軒信玄はこう返す。

 

 荒野(あれの)に我一人なりとも、難攻不落の砦と成りて天下一統為遂(しと)げる也

 情け無用、仇は糧、化けるやいざ、人間城(にんげんじょう)──!

 

「ぬは……ぬははははははははッ!!」

 

 不動は大哄笑を上げると大太刀を大上段に構え直す。

 若虎の姿に甲斐の虎、大信玄公の威容を幻視した怨念軍師は、自身もまた前世からの宿業に囚われていることを自覚していた。

 

御旗(みはた)楯無(たてなし)が無ければ自由を得られる! そう思っていたが間違いであったわ!」

 

 ぎしりと超鋼が軋む。

 不動の鉄骨を総動員した渾身の溜めは、若虎が構えし無明の魔剣技と伍する程の威。

 両者の間に、時空の歪みが発生したかの如く渦が巻き起こる。

 

「汝の“異界天下無双”、儂の“異界自由三昧”で制してこそ真の自由が得られよう!」

 

 そして、超鋼は装甲弾となってウィリアムへ襲いかかった。

 

「勘助の下剋上、いざ開幕ッッ!!!」

 

 急 落 真 刃 斬 !

 

 大上段からの不動の袈裟斬り!

 ウィリアムの頭部へ大太刀が振り下ろされる。

 

「ウィルッ!?」

 

 ルーデウス達を介抱するパウロが悲鳴を上げる。

 時間が止まったかのように、ゆるりと大太刀がウィリアムの頭部へ吸い込まれる。

 刹那の瞬間、パウロは愛息子の肉体が真っ二つに裂ける姿を幻視した。

 

 だが──

 

 

 

『清玄──』

 

 

 

 虎が、日ノ本言葉を呟いた

 怨念は籠もっていない、清流のような声色で

 

 虎の中で、前世の記憶が想起される

 

 あれは、いつだっただろうか

 美麗の剣士……伊良子清玄が、虎眼流の門を叩いたのは

 

 曖昧な記憶の中、はっきりと覚える清玄の芳香

 深く、そして眩しすぎた、あの黒い瞳

 

 伊達に帰される事なく、清玄はみるみる虎眼流を己の物としていった

 清玄が虎眼流を会得する度に、弟子達の心も黒い瞳に眩惑されていった

 

 清玄が、愛妾いく(・・)との不貞を働いた時

 虎の仕置を受け、盲目となった剣士は、不屈の闘志で己の技を磨いた

 

 当道者と手を組み、虎眼流剣士達に復讐を始めた盲龍

 次々に斃れる無双の剣士達

 

 そして、岩本邸にて、清玄と対峙したあの時

 盲目の龍が内包せし過剰な欲望、そして階級社会への過剰な反骨が、老いた虎を終わらせた

 

 

 死に際に見た、愛娘、三重の白無垢姿

 

 もう、愛娘の顔はよく思い出せない

 

 そして、清玄の顔も──

 

 

 

 めりっ

 

 

 

 それは、若虎の足が裂ける音

 

 

 

 みしっ

 

 

 

 それは、妖刀が風を斬り、光を斬る音

 

 

 

 ぎりっ

 

 

 

 それは、神武の超鋼が、構えし大太刀ごと割れし音

 

 

 

 ひとつひとつの音が鳴る度に、若虎の(とが)が浄化される

 

 若虎を囚えし、前世での宿業が、今──

 

 

 

 

 

 異 界 虎 眼 流

 

 無 双 逆 流 れ

 

 

 

 

 

美事(みごと)……」

 

 全てが止まったかのように、迷宮深部は静寂に包まれる。

 ただ、霞の呟きだけが、その場に響いた。

 

「まだやるか、勘助」

「……」

 

 七丁念仏を振り抜いたウィリアム。

 そして、大太刀をウィリアムの髪先へと当て、その動きを止めた不動。

 声をかけし霞鬼へ、不動……勘助は、短く応えた。

 

「儂の、敗けよ」

 

 刹那、不動の超鋼がその大太刀と共に縦に割れる。

 ガラガラと鋼と刃が崩れ落ち、その鉄身から裸身のロキシーがこぼれ落ちた。

 

 同時に、ウィリアムの身体もまた、超鋼と共に崩れ落ちた。

 

「ウィルッ!」

「あ、おいパウロ! っ、先輩! エリナリーゼ! タルハンド! 早く起きてくれよ!」

「……」

「うぅ……」

「ぬぐ……」

 

 ルーデウス達を介抱していたパウロがウィリアムの元へ駆け出す。

 未だ意識を落とすルーデウス、自力で立ち上がれぬエリナリーゼ、タルハンドに、ギースは懸命に呼びかけを続けた。

 

「ウィルッ! ウィルッ!!」

 

 くしゃくしゃに顔を歪め、倒れ伏すウィリアムを抱くパウロ。

 ウィリアムは全身を朱に染め、その表情は完全に生気が失せていた。

 

「わ、若先生ぇ……」

「う、うう、ううぅぅ~……」

 

 師匠の凄絶な剣技を目の当たりにした双子の兎は、パウロと同じ様にウィリアムの元へ寄る。

 だが、百戦錬磨の北王は、血海に沈むウィリアム姿を見て既に“手遅れ”だと気付く。

 双眸からただ涙を流し、嗚咽を漏らすことしか出来なかった。

 

「ギースッ!! ルディのスクロールを出せッ!!」

 

 だが、パウロは諦めない。鬼気迫った表情でギースへ声をかける。

 ルーデウスが事前にロキシーから譲り受けた中級治癒魔術スクロール。

 魔術の素養が無い者でも、内包せし魔力を注げばその効能は現れる治癒の守り札。

 

 一縷の望みをかけたパウロの叫び。

 だが。

 

「だ、だめだパウロ……破れちまってる……多分、さっきの鎧に蹴られた時に……」

「クソッッ!!」

 

 ギースの無慈悲な一声。

 ルーデウスの懐から取り出した治癒スクロールは、使用不可能なほど破れていた。

 まるで、鋭利な刃物(・・・・・)で断ち切られたかのように。

 

「じゃあロキシーの分は!?」

「ちょ、ちょっと待ってろ!」

 

 慌てて倒れ伏すロキシーへと駆け寄るギース。

 だが、ロキシーが身につけていた何もかもが不動の内部にて溶け出しており、治癒スクロールの切れ端すら見当たらない状態であった。

 

「こっちもだめだ、溶けちまってる……ロキシーは無事だが、意識が……」

「クッソォォッッ!!」

 

 迷宮の床へ拳を叩きつける。

 スクロールが使えず、治癒魔術が使えるルーデウス、ロキシーの意識も覚醒せず。

 若虎の余命、残り僅か。

 

「ウィルッ! ウィルッ!! ちくしょう、ちくしょう……ッ!!」

 

 血まみれの虎を、涙と鼻水を垂らしながら必死で抱き抱くパウロ。

 愛する息子を死に追いやろうとする罪業が、パウロを苛む。

 

「うああああああああああッッッ!!!」

 

 パウロの慟哭が、迷宮深部に響く。

 やっと見つけた、愛妻。

 やっと出会えた、愛息子。

 やっと揃った、家族。

 

 それが、このような残酷無惨な結末を迎えるとは。

 

 誰か、誰か助けてくれ。

 俺達を、ウィルを、助けてくれ。

 

 慟哭と共に、パウロの切なる想いが木霊する。

 ルーデウスも、ロキシーも、ギースも、双子の兎も、エリナリーゼも、タルハンドも。

 

 もう、誰も、その想いに応えることは……

 

 

 

「うう……ぐぬぅぅぅぅ……ッ!」

 

 

 

 いや、一人! 否、一体だけいる!

 

「ぐぬううううぅぅぅぅッ!!」

 

 第四の怨身忍者、霞鬼!

 杭打ちされた泳ぎ盾を、更に自身の腹に埋める!

 霞の肉が、生々しい音を立て千切れる!

 否! これは自虐行為ではない!

 

「ぐがあああああああああああッッ!!!」

 

 脱出しているのだ!!

 

「た……!」

 

 人間(ひと)よりも気高く尊く咲いて散る魂、現人鬼!

 その究極の肉体は、やはり──!

 

 

「他愛もないッ!!」

 

 

 正しいから死なないッッッ!!!

 

 

 

「退け、虎の親父」

「な、なんだよお前はッ!」

 

 怨身体を解除し、その腹腔に大穴を開けた波裸羅が、若虎父子の元へと歩む。

 一歩歩くごとに伐斬羅が滴り、腹腔内から(はらわた)がまろび出る。

 その異様な光景に、パウロは思わずウィリアムを抱え後ずさる。

 

「二度言わせるな」

「……ッ!」

 

 だが、その凶剣は依然大健在、いや、大屹立。

 波裸羅の猛威を受けても尚、パウロは息子を守るべく身構えていた。

 

「……お主は、細君の面倒でも見ておれ」

「ッ!?」

 

 身構えるパウロへ、凄絶な姿の波裸羅は努めて優しげに語りかける。

 その雄大なる慈悲の言葉に触れたパウロは、まるで川が海に行き着くかの如く、自然と波裸羅の存在を受け入れていた。

 

「助けて、くれるのか……?」

「ふん……」

 

 ゆっくりとウィリアムを横たわらせ、パウロは波裸羅の美瞳(ひとみ)を見る。

 少しだけ口角を上げ、波裸羅は片目を瞑った。

 それを受け、パウロはゼニスの元へと向かう。

 

「まだ聞こえるかアダムス」

「……」

 

 物言わぬウィリアムへ美声をかける波裸羅。

 ゼニスを抱えたパウロ、ルーデウスらを介抱するギース、そして涙と鼻水に塗れた双子兎は、その様子を固唾を呑んで見守っていた。

 

「聞け、アダムス」

 

 もはや返事も叶わぬウィリアムへ、波裸羅は美声をかけ続ける。

 ウィリアムの瞳は、前世の宿業から解放されたのか、ただ澄んだ色を浮かべていた。

 

「このまま苦しみのない常世国にて、此度こそ菩薩の慈愛に包まれるか」

 

 波裸羅は自身の手首を撫でる。

 すると、その手首が裂け、内から煮えた伐斬羅が噴き出した。

 

「あるいは」

 

 ゆるりと、虎の肉体へ手をかざす。

 

「我が伐斬羅をその身に宿し、再びこの異界にて修羅の剣を振るうか」

 

 僅かに、ウィリアムの瞳が揺れる。

 それを見た波裸羅は、美麗に口角を吊り上げた。

 

「汝はこのまま人の身で無双を目指せ……鬼にはせぬ」

 

 そして、煮えた伐斬羅がウィリアムの肉体へ滴る。

 雫が落ちる度に、虎の肉体からジュウジュウと肉の焼ける音、そして匂いが立ち込めた。

 

「お、おい! 何してんだよッ!」

「黙って見ておれ」

 

 怨血を注がれしウィリアムの肉体。

 肉の焼ける音が響くと、パウロは思わず波裸羅へ食って掛かる。

 だが、よく見ると、伐斬羅が注がれた箇所の傷口が蠢き、みるみるその肉体を再生せしめていた。

 

「……ッ!」

「ウィルッ!?」

 

 僅かにうめき声を上げるウィリアム。

 死に体の虎が、霞の怨血にて復活を遂げていた。

 

「ウィル、ウィル……ッ!」

 

 ゼニスを抱えながら、ウィリアムも抱きしめるパウロ。

 それは、幼少の虎が、ブエナ村郊外で死狂うた修練を己に施し、兄によって連れて帰られた、あの時の……。

 ゼニスは、夫の腕の中で柔らかな呼吸を繰り返している。

 ウィリアムも、父の腕の中でか細いが火のような熱い息を吐いていた。

 

 パウロは、妻と息子をぎゅうと抱きしめ、嗚咽を噛み殺しながら涙を流し続けていた。

 

 

「ナクル、ガド」

「「は、はい」」

 

 床に座り込み、やや疲れた様子を見せる波裸羅。事の成り行きを見守っていた双子兎の名を喚ぶ。

 そして、双子の兎へ、その美拳を差し出した。

 数瞬戸惑ったナクルとガドであったが、やがて頷くと現人鬼の美拳へ自身の兎拳を当てる。

 三匹の人外は拳を突き合わせ、互いの眼を見ると、やがて誰ともなく爽快な笑顔を浮かべていた。

 

「狂ほしく……!」

 

 

 

「愉快じゃッ!!」

 

 

 

 

 砂の魔窟

 ラパン転移迷宮

 

 菩薩を救うべく招かれし泥沼一行、そして虎と兎、鬼の一行。

 迷宮の様々な苦難。

 多頭の竜、さらに現出した異界の怨念。

 それらを尽くを討ち払い、一行は見事菩薩の救出を果たす。

 

 後に残りしは、前世の宿業を払い、無明の闇から明けた虎。

 

 

 

 そして、後に虎の無双の体枷となる、神武の超鋼──

 

 

 

 

 


 

「う……」

 

 べガリット大陸

 迷宮都市ラパン

 

 時刻は深夜。

 一筋の月明かりが、窓から差し込む。

 その光に照らされ、泥沼の魔術師……ルーデウス・グレイラットは目覚めた。

 

「ここ……は……?」

 

 霞がかったルーデウスの意識が、徐々に覚醒する。

 鉛のように重たい身体が、その身を起こすのを拒否している。

 唯一動かせる首をまわし、ルーデウスは自分がパウロ達が拠点とする宿の一室にいることを認識した。

 

「助かったのか……」

 

 ぼふん、と枕に頭を埋め、ルーデウスは安堵のため息をひとつつく。

 己がここにいるということは、迷宮での戦いは全て終わったということ。

 

 倒れ伏す母親の姿。

 敷島の怨念に取り込まれた恩師の姿。

 そして、父の剣を受け、血海に沈む弟の姿。

 

「そうだ、母さん、ロキシー……それに、ウィルは……!?」

 

 ぐっと力を込め、全身の筋肉を叱咤させ身を起こすルーデウス。

 時刻は深夜だが、迷宮での顛末を直ぐにでも知るべく、なんとかベッドの縁に腰をかける。

 傍らに置いてあった愛杖(アクア・ハーティア)を手にし、文字通り杖にして全体重を預けていた。

 

 

「まだ寝ておれ、小僧」

「ッ!?」

 

 不意に聞こえる、ロキシーの声。

 だが、その言霊は、ロキシーのものに非ず。

 

「お、お前ッ!?」

「だから寝ておれって」

 

 ルーデウスが声の発生源に眼を向けると、そこにはベッドの上であぐらをかく、ロキシーの姿。

 先程まで寝ていたからだろうか、普段の三つ編みではなく、ややボサボサとした蒼髪をなびかせ、薄手のローブを身に着けている。

 その片目は瞑ったままであり、諧謔味のある笑みを浮かべていた。

 

「傷は癒えておるが身体は疲れておる。そういう時は寝るに限るものよ」

「く……!」

 

 アクア・ハーティアを構えようとうするルーデウスであったが、存外に消耗した身体は言うことを聞かず。

 憔悴しつつも警戒を強めるルーデウスを見て、ロキシー……いや、勘助は寂寥感が籠もったため息をひとつ吐いた。

 

「安心せい。もう儂は程なく消え失せる」

「え……?」

 

 唐突に言い放った勘助の言葉に、ルーデウスは呆けた声を上げる。

 勘助からは敵意は感じられず、戦に敗れた武将の哀愁が漂っていた。

 

「今の儂の意識は、いわば残滓のようなもの。最早一刻も持たぬであろうよ」

「……」

 

 ルーデウスは勘助の言葉に懐疑的な表情を浮かべていたが、どちらにせよ今この状況ではこれ以上何かを出来るわけでもなく。

 そのようなルーデウスを見て、勘助は静かに言葉を続けた。

 

「誰も、死んでおらぬよ」

「ッ!」

 

 誰も、死んでいない。

 ゼニスも、パウロも、ウィリアムも。

 誰一人として、死んでいない。

 

 勘助の言葉の真偽は不明だが、どういうわけだかルーデウスは勘助が嘘をついているようには思えなかった。

 

「詳しくは小僧の仲間にでも聞くのだな。さて、小僧。儂が消える前に、少し付き合え」

 

 勘助はゆるりと立ち上がると、そのままルーデウスの隣へ腰掛ける。

 ルーデウスは尚も警戒心を露わにし身を固めるが、蒼い髪の少女の芳香を嗅ぐと、不思議とルーデウスの中で得も言われぬ安心感が沸き起こる。

 怪訝な表情を浮かべていたが、ルーデウスは静かに勘助へ言葉を返した。

 

「……あんたは、あの山本勘助でいいのか?」

「然り。そして、小僧はそもそも儂がなぜこの異界に、そして“不動”がなぜこの異界に現出したか、興味津々(しりたくてたまらぬ)じゃろう?」

「それは……!」

 

 ルーデウスへにやりと笑みを向ける勘助。

 何故、この日ノ本の怨霊がこの世界に現出したのか。

 何故、あのような、自身が知り得ぬ武者鎧が存在したのか。

 

 そして、ウィリアムと共にいた、あの“怨身忍者”とやらの正体は。

 

「全ては衛府の龍神の仕業よ」

「衛府の、龍神……?」

 

 龍神、という単語を聞いたルーデウスは、直ぐに自身のトラウマでもあるオルステッドの姿を想起する。

 しかし、あのオルステッドと、目の前の敷島の異形共との関係性は全く想像出来ず、直ぐにオルステッドとは無関係の存在であると認識した。

 少女の芳香を嗅ぎ、いくらか会話のする気力を復活せしめたルーデウスは勘助へと言葉を返す。

 

「……衛府って、何なんだよ? それと、あの“怨身忍者”って一体何者なんだ?」

「衛府とはまつろわぬ民の棲まう幻の都。そして怨身忍者は奴らの尖兵」

「……じゃあ、その龍神様とやらは一体なんであんたや怨身忍者をこの世界に転移させているんだ?」

「ふむ。一言で言うならば、“後始末”じゃな」

「後始末?」

 

 勘助の口から語られし異界の龍神の存在。

 その内容を咀嚼しきれず、困惑しながらも言葉を返していたルーデウスであったが、何かとてつもない大きく、超越した存在を感じ取り、それ以上言葉を返すことは出来なかった。

 一瞬、ルーデウスはあの夢に出てくる神……ヒトガミの存在を思い出す。

 衛府の龍神とは、あの人神と何かしらの関係があるのかと──

 

「いずれ分かる。あの龍神がなぜ敷島の強者、そして武具をこの異界に送り込んでいるのか……」

「はぁ……」

「ま、儂も今際の際で知り得た事じゃがな。これ以上詳しくは知らん」

「何だよ、それ……」

 

 気の抜けた勘助の言葉に、ルーデウスはふぅと疲れを吐き出すように息をする。

 同時に、勘助もまたベッドに深く腰を落とし、眼を細めて天井を見つめた。

 

「異界自由三昧……短い夢であったわ……」

 

 乱世の中、強烈な階級社会でその辣腕を振るった軍師、山本勘助。

 忠義を誓った武田信玄の覇業を支えるべくその智謀を振り絞り、数多の敵を屠って来た。

 だが、その心の奥底には、何人にも遮られることのない、自由な人生への羨望があった。

 ルーデウスはそんな勘助へ咎めるような視線を向ける。

 

「勝手すぎるだろ……」

「ぬふふ、そうさな。だが、誰しも一度は勝手気ままに生きてみたいと思うじゃろう?」

「……」

 

 理解は、出来る。

 それは、平成日本人の価値観を持った、ルーデウスにしか持ち得ぬ同情めいた感情。

 恩師の精神を乗っ取り、家族や仲間に手をかけようとした甲斐の軍師を、ルーデウスは憎み切ることは出来なかった。

 

「さて。敗軍の将は全てを奪われるものだが、生憎儂に差し出せるものはもう何も残っておらぬ。不動も最後は儂の言うことを聞かなんだ。新たな主(・・・・)の存在でも感じたのかな」

「不動って、あの甲冑か?」

上物(じょうもん)だぜ」

「いや、上物っていうか、あんな大きさの甲冑は……」

 

 ルーデウスの前世日本で、拡充具足のような甲冑は存在せず。

 ましてや、怨身忍者などという非常識も。

 今更ながら、ルーデウスは自身が知る山本勘助と、目の前の少女に憑依した山本勘助が果たして同一の存在(・・・・・)なのか懐疑の念を強める。

 

「というわけで……」

「……?」

 

 だが、そのようなルーデウスに構わず、勘助はギシリとベッドを軋ませるとルーデウスにその体重を預けた。

 

「代わりと言っては何じゃが、この小娘……ろきしぃの想いを、少しばかり手助けしてやろうかの」

「は?」

 

 ゆっくりとだが、蒼い髪の少女は押し倒すようにルーデウスへ身体を預ける。

 消耗したルーデウスはたまらずベッドの上に仰向けになって倒れた。

 

「ちょ、ロキシーの想いって何だよ!?」

「なんじゃ、鈍感な小僧じゃ喃。ろきしぃは小僧に惚れておるぞ」

「なぁっ!?」

「五十路を過ぎても尚生娘じゃぞろきしぃは。不憫じゃからカキタレにしてやれ」

「ちょっ!?」

 

 ベッドに倒れるルーデウスに跨がり、少女は素早い動きで身につけた衣服を脱ぎ散らかす。

 馬乗りとなったロキシーの肉体が月明かりに照らされ、その純潔の柔肌が露わになる。

 あどけない少女の桜色の蕾。そして、純潔にして神聖なその白い布。

 己が神聖視している少女の純白の下着が視界に入ると、ルーデウスは顔に火がついたかのようにその頬を朱く染めた。

 

「ちょ、ちょっとま──!」

「お、結構鍛えておるな小僧。ろきしぃがそそられるわけよ!」

「だからまてって──!?」

 

 獰猛な肉食獣の如き嗤いを浮かべながら次々とルーデウスの服を剥く中年(おっさん)少女。

 その逞しく鍛えられた胸筋を、か細い指で撫でる。

 少女の暴力的なまでの愛撫に、ルーデウスはろくな抵抗が出来ずされるがままであった。

 

「心配無用! 優しく犯したる!」

「そういう問題じゃない!」

 

 僅かに身を捩らせ、抵抗するルーデウスを安心させようと可憐な口を歪める少女。

 それを見て、ルーデウスは先程少女の芳香を嗅ぎ安心した感情がみるみる霧散していくのを感じていた。

 

 そして、最後の一枚(ぱんつ)を剥ぎ取られ、生まれたままの姿になったルーデウス。

 少女もまた、自身の下着(神器)を乱暴に破り捨てた。

 

 

「では参るぞ……異界性交三昧、いざ開幕ッ!」

「や、やめ──!!」

 

 

「やめろおおおおおぉぉぉッ!」

 

 

 ずしん!

 

 ばずずずずずずず!

 

 ぐあーーっ!

 

 

 

 蒼穹の魔法少女、泥沼の魔術師を強姦す──!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.避妊具は?
A.ないんだな、それが

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