虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:男どすこい♥♡♡♡♡

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前話の誤字報告ありがとうございます。


第三十四景『転生虎(てんとら)(はか)る!』

 

 戦国時代、男女の恋愛というのは特に武士階級では全く無く、結婚を決めるのは親同士、生家同士の都合でしかないというは万人の共通認識である。

 だが、蓋を開けてみれば武家の恋愛話というのは我々が思っている以上に多く残っていた。

 その中でも有名なのは、貧農から関白太政大臣という戦国史上、いや日本史上最高の出世を遂げた豊臣秀吉と、その正妻である高台院(おね)であろう。

 

 当時としては異例の恋愛結婚で夫婦となった秀吉とおね。

 身分の差から周囲は反対するも、それを押し切って結婚を遂げた両名の間には確かな“愛”が存在したのは想像に難くない。

 しかしそんな情熱的な結婚をし、夫の出世を献身的に支え続けていたおねであるが、一度夫の“浮気”に大激怒し、主君である織田信長を巻き込んだある騒動を起こしている。

 

 近江の雄、浅井長政を虐滅した魔王信長。

 その浅井掃滅に功を成し、浅井家旧領である北近江と長浜城を与えられた秀吉は、一国一城の主となった喜悦からか城下の眼麗しい女人を片っ端から手篭めにするという大浮気を敢行した。

 来る日も来る日も取っ替え引っ替えに女漁りをする秀吉に対し堪忍袋の尾が切れたのか、おねは夫の主君である信長に直訴するという、これまた当時としては異例の大暴挙を敢行した。

 

 だが、身分の差を弁えぬおねの嫉妬めいた愚痴を、信長は咎めるどころか実に寛大で紳士的に応対した。

 後日、信長がおねに対し送った手紙に、その誠実で気配りに満ちた心が現れている。

 

 “仰せの如く、今度はこの地へはじめて越し、見参に入り、祝着に候”

(この前はわざわざこちらを訪ねて来てくれて、本当に嬉しく思う)

 

 “殊に土産色々美しさ、中々目にも余まり、筆にも尽くし難く候”

(その上、貰った土産の見事さも、とても手紙には書ききれないほどだ)

 

 “祝儀は仮に、この方よりも何やらんと思い候はば、その方より見事なる物、持たせ候間、別に心さしなくのまま、まずまずこの度はとどめ参らせ候。重ねて、参りの時、それに従うべく候”

(何かお返しにと思ったが、そなたが贈ってくれた土産があまりにも見事なので、何を返したらいいのか思いつかなかった。また今度会いにきてくれた時に渡そうと思う)

 

 “就中、それの見目ぶり、形まで、いつぞや見参らせ候折節よりは、十の物廿ほども見上げ候”

(ところで久しぶりに会って、そなたが増々美しくなっていた事に大変驚いた)

 

 “藤吉郎、連々不足の旨申のよし、言語同断、曲事候か”

(故に、秀吉がそなたの魅力を不足に思っているのには、言語道断、大変けしからん事だと思う)

 

 “何方を相尋ね候共、それさまの程のは、又二度、かの禿ねずみ、相求め難き間”

(どこを探してもそなた程の女性を、あのハゲネズミ(秀吉)が再び見つけることは難しいだろう)

 

 “これ以後は、身持ちを良う快になし、いかにもかみさまなりに重々しく悋気などに立ち入り候ては然るべからず候”

(なのでこれからは奥方らしく堂々と振る舞うと良い。そなたがやきもちなど妬く必要はどこにもない)

 

 “ただし、女の役にて候間、申すものと申さぬなりにもてなし、然るべく候”

(ただし女房として言いたいことは、なるべく言わずに心に留めておくように)

 

 “尚、文体に羽柴には意見、請い願うものなり”

(尚、この手紙は必ず秀吉にも見せること)

 

 織田家公文書の証である“天下布武”の押印がされたこの手紙は、織田信長の直筆という説もある。

 途中から筆が乗ったのか後半の行間が詰められて書かれているこの手紙は、信長の優しさ、そして人間味が感じられる暖かい文章であるのは間違いない。

 しかし、この手紙は同時に“武家の妻”としての心構えを冷静に語った、当時の厳酷な価値観が現れている文章でもあった。 

 

 つまるところ、女房は夫を立て、その立ち振舞をいちいち咎めてはならぬ、ということである。

 現代ではとうに廃れたこの価値観。

 

 その価値観の相違が、時空を越えた異世界にて現れていた。

 

 

 

 

 


 

「どうも……ロキシー・ミグルディアと申します……」

 

 居間に設置してある大きめのテーブル。そこに俺、シルフィ、ウィルが並び、その対面にはパウロ、ゼニス、ノルン、そしてロキシーが座る。

 アイシャは皆のお茶を用意したりと忙しく立ち回り、リーリャはゼニスの傍で甲斐甲斐しく世話をしている。

 シルフィが手伝おうとしていたけど、「奥様は座っててください」とリーリャとアイシャにきっぱりと断られ大人しく座っていた。

 ウチの広い居間は、これだけの人数が入ってもまだまだ余裕がある。

 空間の余裕とは対照的に、俺の心の余裕はどんどん少なくなっていった。

 

「ロキシーさんって、いつもルディが自慢しているお師匠様のロキシーさん?」

「はい一応……自慢されるほどではありませんが」

「そんな、いつもルディから聞いていますよ。シルフィエットです。よろしくお願いします」

「は、はい……よろしくお願いします……」

 

 シルフィが気まずそうにしてるロキシーに挨拶をしている。

 俺も、多分同じ様に気まずい顔をしているんだろうな。

 ノルンやアイシャもロキシーに挨拶したが、その気まずそうな空気は晴れない。

 

「ところでなんでロキシーさんだけ……?」

 

 ノルンが少し目を腫らしながら、隣に座るロキシーをやや訝しげに見ていた。そりゃそうだろう。ノルンにとって、ロキシーはまだ家族じゃないのだから。

 対照的に、アイシャは大泣きした後とは思えないほど澄ました表情で皆のお茶を用意していた。とはいえ、チラチラとロキシーの顔を窺っていたが。

 

「ノルン。それは後で説明する」

「はぁ。わかりました、ルーデウス兄さん」

 

 でも、とりあえずは旅の報告と、ゼニスの状態からだ。

 俺はパウロへこれまでの事を説明してもらうよう促した。

 

「父さん」

「ああ。じゃあノルン、アイシャ、それにシルフィちゃん。順を追って説明するぞ」

「はい、パウロさん……あ、ボクのことはシルフィって呼び捨てでいいですよ。パウロさんは、ボクのお義父さんなんですし」

「そ、そうだな。なんだか変な感じもするけど……」

「ふふ。パウロさん久しぶりだから緊張してるみたいですけど、もっとリラックスしてください。ここはルディが用意してくれた、パウロさん達の家でもあるんですから」

「そ、そうか……ありがとう……」

 

 所在なさげに顎を掻くパウロ。本当は、子供の頃から可愛がっていたシルフィが息子の嫁になり、そして初孫が出来た喜びでテンションを上げたいんだろう。

 だけど、これから始まる話し合いの内容を思ってか、複雑そうな表情でシルフィに応えていた。

 ……ごめん、パウロ。子供の頃、ゼニスからも口を酸っぱくして言われたけど、似てほしくないところが思いっきり似てしまった。

 そういえばパウロには俺からも一緒に住むことを提案していた。当初は俺やシルフィに気遣って、ゼニスとリーリャと三人で別の家を借りると言っていたが、ゼニスの現状を考えたら家族全員で面倒を見た方が良い、と説得したら折れてくれた。

 我が家の部屋はまだまだ余裕があるから、パウロ達と一緒に暮らす上で不便は無い。

 

 ウィルには……好きなだけいろと伝えたけど、今後はどうするつもりなんだろう。

 俺がシャリーアを離れている間、シルフィがここにいるよう引き止めてくれたみたいだけど、それでも目を離すとふらりとどこかへ旅立ってしまいそうな雰囲気ではある。

 まぁ、ウィルにはウィルの人生があるから、そこは無理に引き止めるつもりは無いけど、しばらくは一緒に暮らしたいな。色々と話したいことも、まだまだ沢山ある。

 

「じゃあ始めるぞ。まず、俺達はラパンでルディ達と合流して、母さんが囚われている転移迷宮へ向かった」

 

 そう思っていると、パウロの報告が始まった。

 俺とエリナリーゼがシャリーアから出発し、無事パウロ達と合流した事。

 そこから、転移迷宮へ挑んだ事。

 ゼニスが囚われている最深部に到達するも、ガーディアンのヒュドラに苦戦し一度は引き返した事。

 

 そして、再びヒュドラに挑むべく、魔法陣を潜った俺たちが、目にした光景。

 

「そこで……俺達は、ウィルに出会ったんだ……」

 

 そこまで言って言葉を詰まらせるパウロ。あの時、ウィルを誤って斬ってしまった(誤チェスト)事を思い出しているのだろうか。

 あの場にいた、ウィルと、双子の兎。そして、あの……現人鬼。

 そういえばウィルや双子の兎はともかく、波裸羅様のことはなんて説明すればいいのだろうかと、俺もパウロと同じ様に悶々とした表情を浮かべた。

 いや、ウィルもウィルでいつの間にか七大列強なんてとんでもない存在になっているけど、そこはおいおい聞いていけばいい。問題は波裸羅様だ。

 

 迷宮で出会ってから、シャリーアへ帰る僅かな間だけしか一緒にいなかったけど、あの人……いや、あの鬼は、どう考えてもナナホシと同じ転移者だ。

 それもあの山本勘助と同じ、過去からの……いや、一種のパラレルワールドの日本から来た存在なのだろうか。彼らの何もかもが、俺が知る過去の日本の者ではない。

 この辺りの考察は、今度ナナホシと会った時に詰めようか。なにせ、ウィルの“前世”にも関わることでもあるのだから。

 とにかく、それだけでも説明し辛い存在なのに、波裸羅様からはバーディ陛下やルイジェルドには無い、妙な凄味が感じられた。

 どちらかというと、俺のトラウマでもあるあの龍神オルステッドと同じ感じか。いや、それもちょっと違うな。

 

 波裸羅様の戦いぶりは少ししか見ていないけど、予見眼を駆使したらその動きはオルステッドとは違い、ちゃんと視えた。

 視えたんだが、仮に波裸羅様が俺に攻撃をしかけてきたとして、予見眼でその攻撃を避けられるかと言われると、無理だ。

 なぜだかわからないけど、波裸羅様の攻撃を避けられる自信は全く起こらない。何をどうしても、必ず内蔵をひっくり返される光景しか浮かばない。

 そんなよくわからない存在を、どう説明すればいいのか。

 

 そこまで考えていると、パウロの震えた声が聞こえてきた。

 

「それから……お、俺は……ウィルを……」

「お父さん……?」

 

 手の震えをごまかすように、拳をきつく握りしめるパウロ。

 その様子を、ノルンが心配そうに見つめていた。

 ああ……やはり、あのことはパウロのトラウマになってしまっていたか。

 罪に苛まれるように、パウロは唇をきつく噛み締めて、拳を握りしめている。

 こんな時はどう助け舟を出せばいいかと悩んでいると。

 

「父上」

 

 ふと、それまで一言も喋らなかったウィルが、短い声を発した。

 

「あれは、夢です」

「ウィ、ウィル……」

 

 パウロを慮ってか、ウィルがあの時の事を無かったかのように語った。

 不思議そうに首をかしげるアイシャやノルンに構わず、ウィルはそこまで言ったあと再び眼を閉じて沈黙を保つ。

 シルフィだけが何かを感じ取ったのか、少しだけ悲しそうに俯いていた。

 くしゃりと顔を歪めていたパウロは、鼻をひとつすすると、気を取り直して話を続ける。

 

「……それで、ウィルがヒュドラを倒しちまってたんだ」

「ウィル君が……」

「流石ウィリアム兄さんです!」

「ウィル兄、マジ半端()ない!」

 

「アイシャ」と、変な言葉を使うアイシャを嗜めるリーリャ。ぷーっと口を膨らませるアイシャは、久々にリーリャのお小言が聞けてちょっと嬉しそうだ。

 ノルンも嬉しそうに表情を綻ばせていた。そういえばさっきシルフィから聞いたけど、ウィルがラパンへ来てくれたのはノルンのお願いがあったからだったな。

 ほんと、妹想いに育ってくれてお兄ちゃんはうれしいよ。一緒に来た面子はアレだけど。

 

「あれは現人鬼殿の合力があってこその勝利。我らだけでは勝ち得ぬ相手」

 

 でも、シルフィ達の称賛に即座に冷水をかけるかのように否定するウィル。現人鬼、という聞き慣れぬワードが出てきたことで、シルフィ達は再び戸惑うような表情を浮かべた。

 

「あらひとおに?」

「人ならざる異形異類。故あって、共に旅をしました」

「そ、そうなんだ……」

 

 そこまで語り、再度沈黙するウィル。シルフィはウィルの説明に戸惑っていたけど、それ以上疑問を返すことは無かった。

 なんだか説明し辛い時、こういう有無を言わさずなウィルの言葉がちょっとありがたいな。

 

「で、母さんを救い出したんだが……」

「お母さん、一体どうしちゃったんですか?」

 

 ノルンがそう言うと不安げにゼニスの方を見つめる。

 再会してから一言も喋らず、ぼんやりと虚空を見つめるゼニスの様子に、ノルンは薄々何があったのか察していたのかもしれない。

 パウロは悲しそうにノルンの方を向き、ゆっくりと説明を始めた。

 

「ノルン。母さんはな、ちょっと難しい病気にかかっちゃったんだ」

「病気?」

「そうだ。治るかどうかわからない……いや、必ず父さんが治してみせるけど、いつ治るかわからないんだ」

「そう……なんですか……」

 

 記憶喪失、心神喪失、精神崩壊。

 どの症状が正しいのかわからないけれど、ゼニスはもう健常な人間とは言い難い状態だ。

 リーリャの献身的な介護のおかげで、食事をしたり用を足したりなんかはある程度一人で出来るようにはなっている。

 だが、これからも介護は必要だし、なによりゼニスとの意思疎通は困難というか、不可能だ。何を考えているのかわからないし、何も考えていないのかもしれない。

 近い内に医者に診せるつもりだが、正直快復するかどうかもわからない。

 

「……」

 

 ふと、ウィルがゼニスを見て、少しだけ首をかしげた。

 

「どうした、ウィル?」

「……いえ」

 

 ウィルも何か思う所があったのか、ゼニスをじっと見つめたあと再び眼を閉じていた。

 何か、治す手段でも考えているのだろうか。

 ゼニスは、ぼんやりと虚空を見つめていた。

 

「母さんについてはそんなところだ。問題は、母さんを助けた後でよ……」

 

 パウロはゼニスについて一通り語った後、ちらりとロキシー、そして居間の片隅に置いてある俺たちの荷物を見る。

 雑嚢の中に、ひときわ大きな木箱……いや、甲冑櫃を見たパウロに、アイシャが目ざとく反応した。

 

「あ、お父さん、それウィル兄の荷物だよね。ものすごく重いから持てなかったんだけど、何が入っているの?」

「鎧だよ、アイシャ」

「鎧? ウィル兄、鎧なんて持ってたっけ?」

「迷宮で手に入れたんだが……それがなぁ……」

 

 そこから、困ったような表情で説明を続けるパウロ。

 突然ヒュドラの死体から現れた、巨大な武者甲冑。

 それに憑いていた、驕慢な怨霊軍師。

 ロキシーが取り憑かれ、甲冑に取り込まれ、それをウィルが斬って助け出したこと。

 パウロがそれらを滔々と語っている間、ロキシーは沈鬱な表情で俯いていた。

 

「そうだったんだ……ロキシーさん、大変だったんですね」

「え、ええ……本当に大変だったのは、むしろその後ですけど……」

 

 ロキシーが消え入りそうな声で呟き、俺を見つめた。

 そう。大変なのはここから。

 ゼニスの現状を聞き、悲しそうに俯くノルン。

 何かを敏感に感じ取り、複雑な表情を浮かべるアイシャ。

 そして、大きくなったお腹を抱え、心配そうにロキシーを気遣うシルフィ。

 

 それらが、これから言うことを躊躇わせる。

 でも、俺には、責任がある。ロキシーも、いずれはシルフィみたいになるのだ。

 仮にここでシルフィに拒否をされたら、ロキシーは一人で子供を産み育てることになる。

 そうなったら、俺は……いや、そんなことにはさせない。

 

 胃にずしりと重量を感じる。でも、逃げちゃだめだ。

 恐れ知らずの波裸羅様を見習って、勇気を出すんだ。

 

「俺は……ここにいるロキシーを、二番目の妻として迎えようと思っている」

「えっ?」

 

 戸惑いの声を上げたのはシルフィではなく、ノルンだった。

 キョトンとした表情のシルフィに構わず、ノルンは立ち上がると俺とロキシーの顔を交互に見る。

 

「ど、どういうことですか!? ルーデウス兄さんには、シルフィ姉さんがいるじゃないですか!?」

「ノルン。まずはルディの話を聞いてやってくれないか」

 

 パウロがノルンを宥めつつ、俺を見る。

 パウロはこの件に関しては賛成よりの中立、といった立場だ。リーリャも同じ気持ちなのか、黙って俺を見つめている。

 二人とも言い方はアレだが、ゼニスに対して不義を働いたという事実がある。だから、下手に発言せず、こうしてそれとなくフォローするに留めていた。

 

「俺は、憑依されたロキシーと、関係を持ったんだ」

「ッ!?」

 

 逆レイプされた、というのはオブラートに包み、俺はロキシーと何があったかを説明した。

 悪霊に身体を乗っ取られ、望まない関係を築いてしまった事。

 その後、ロキシーが妊娠してしまったのかもしれないということと、そして男としての責任を取る為、ロキシーを妻になってもらいたいということ。

 なにより、俺自身がロキシーを尊敬し、愛しているということ。

 

「シルフィを裏切るつもりはなかったけど、結果として約束を破ってしまった。すまない」

 

 そう言って、俺は床に這いつくばりシルフィに向かって土下座をした。

 

「え、ちょっ、ルディ!?」

「シルフィのことは変わらず愛している。でも、俺はロキシーを妊娠させたかもしれない。責任を、取らなきゃならない」

 

 言葉を重ねれば重ねる程、俺の言葉は安っぽい懺悔であるように聞こえる。

 でも、ロキシーへの気持ちは本心だ。困った顔をしているシルフィは、唐突な事実に困惑しているだろう。

 もし、シルフィと俺の立場が逆だったら、俺は泣き喚きながら糾弾するだろう。

 

「シルフィ、許してほしい」

 

 だけど、こればかりは、無理をしてでも言わなければならない。

 それが、俺の責任だから。

 

「許せるわけないでしょ!」

 

 そう叫んだのは、ノルンだった。

 バンッ! とテーブルを叩き、彼女は俺とロキシーを交互に指差しながら糾弾を続けた。

 

「最低です! 二人とも!」

 

 普段のおとなしいノルンからは考えられないくらい、彼女は激情を露わにしていた。

 

「シルフィ姉さんがどんな気持ちでルーデウス兄さんを待っていたか知っているんですか!? 毎日毎日ルディは大丈夫かな、ルディに会いたいね、ルディも今頃ご飯食べているのかなって、寂しそうに言ってたんですよ! ロキシーさんは、しょうがないのかもしれないけど、ルーデウス兄さんだって抵抗できたはずでしょう! シルフィ姉さんのことを想っていたら、抵抗できたでしょう! それなのに、それなのに!!」

 

 大きな声でまくしたてるノルン。俺は、それを黙って受け止める。

 あの時は抵抗しようとしても出来なかったんだけど、それはただの言いわけでしかない。

 

「かわいそうだとは思わなかったんですか!? シルフィ姉さんの気持ち、本当に考えているんですか!? そもそも二人も妻を娶るなんて、ミリス様はお許しになりません! 大体なんでこんな小さい子なんですか! 私とそんなに変わらないじゃないですか!」

「ノ、ノルン。ルディとロキシーはミリス教徒じゃないし、それにロキシーはミグルド族で、これでも立派な成人で……」

「お父さんは黙っててください!」

 

 パウロに一喝するノルン。

 まるで、あの時のゼニスのように。だからなのか、パウロはそのまま押し黙ってしまった。

 ノルンはそのままロキシーの方を向き、糾弾を続けた。

 

「じゃあロキシーさんに聞きますけど、成人なら図々しいとは思わないですか!? ずかずかと入り込んできて、悪いとは思わないですか!?」

「ノルン、言い過ぎだ。ロキシーを妻に迎えると決めたのは俺だ。ロキシーは、そもそも自分の意思で俺と関係を持ったわけじゃ──」

「ルーデウス兄さんも黙っててください!」

 

 強い口調で反論するも、ノルンは止まらない。

 ロキシーも、ずっと俯いてノルンの責めを受け止めていた。

 

「自分の意思じゃないのなら、どうしてそのまま身を引こうとしなかったんですか! 結局、ルーデウス兄さんの言葉に甘えただけでしょう!」

 

 思わず、ノルンを叩こうかと腰を浮かせた。

 でも、ここでノルンを叩く資格は俺にはない。

 叩いたら、本当に最低な男になる気がした。

 

「そもそも、憑依してたとか、本当は嘘なんじゃ──」

 

 

 そう、ノルンが言いかけた時。

 

 

「ノルン」

 

 

 黙っていたウィルが、言葉を発した。

 

 

「少し黙れ」

「っ!?」

 

 全身に、刀剣を突きつけられたかのような悪寒が走る。

 睾丸が、みるみる窄んでいくのがわかる。

 暖炉で暖められた居間の温度が、急速に冷えていくのを感じる。

 

「ウィ、ウィリアム兄さん……」

 

 ウィルは不機嫌そうな表情を隠そうともせず、ノルンを睨みつけていた。

 まるで、獰猛な虎が、獲物を前にして唸り声を上げるかのように。

 ノルンは恐怖からかカタカタと震え、涙目でウィルを見つめていた。

 

「……」

「お、奥様?」

 

 すると、ふらりとゼニスが立ち上がる。

 そのまま覚束ない足取りで、ウィルの前に立った。

 

「母上……?」

「……」

 

 ゼニスはゆっくりと、ウィルの顔へ手をかける。

 

「む……?」

 

 そのまま、ゼニスはウィルの頬をつねった(・・・・)

 いや、つねるというより、つまむと言ったほうがいいかもしれない。

 そんな、頼りなく、柔らかい仕草。

 ゼニスは相変わらず無表情だったけど、その目はまっすぐウィルの瞳を見つめていた。

 ウィルは、少しだけ驚いたようにゼニスを見つめ返していた。

 

「ウィルくん、なんていうか、もうちょっとこう、手加減してくれないかな。その、お腹の赤ちゃんにも悪いし……」

「……失礼致しました」

「う、うん。ゼニスさんも、ありがとう」

「……」

 

 冷や汗を浮かべながら、ウィルを嗜めるシルフィ。まるで、ゼニスの気持ちを代弁するかのように。ゼニスは、無表情のままだけど、ほんの少しだけシルフィの大きなお腹を気にしているようにも見えた。

 そんなシルフィに頭を下げ、ウィルはゆっくりと立ち上がると、恭しくゼニスの手を取り、リーリャの方へ向かった。

 

「リーリャ。母上はお疲れのご様子。別室でお休みになっていただくように……」

「は、はい。かしこまりました」

 

 ゼニスをリーリャに託すと、ウィルは再び着席する。

 先程の冷えた空気が嘘だったかのように、部屋は再び暖かさを取り戻していた。

 

「ノルン」

 

 ウィルからの強烈な怒気は無くなったが、厳しい声色はそのままだ。

 ノルンは変わらず青ざめた表情を浮かべながら、ウィルの言葉を黙って聞いていた。

 

「許す許さないはお主が決めることではない。分を弁えよ」

「……」

 

 ポロポロと涙を流しながら俯くノルン。

 正直、ちょっと加減しろ莫迦と言いたくなったが、ぐっと堪える。

 少しだけ違和感を感じるけど、ウィルは堂々と俺の味方をしてくれた。その想いを無碍にするわけにはいかない。

 そう、思っていると。

 

「そも、側妻を迎えるのは兄上の自由なり。義姉上もまた許す許さないは言うに及ばず」

「え?」

 

 ウィルが、唐突に持論を語り始めた。

 

「側妻を迎えても、兄上は義姉上を一番に立てる。義姉上もまた兄上を一番に立てる。それのどこが不満か」

 

 それは、古めかしい価値観だった。

 この世界では、それは珍しくもないかもしれない。

 でも、ウィルはあくまで自身の価値観で物事を言っているように見えた。

 ノルンに怒ったのは、俺やシルフィやロキシーを憚ってではなく、自分の価値観にそぐわないから。

 でも、それは俺の本意じゃない。

 

「ウィ、ウィル、それは──」

「ウィル君」

 

 思わず否定しようとする俺の言葉を、シルフィが遮った。

 

「そういうの、価値観の押し付けじゃないかな」

「……」

 

 毅然とした表情で、シルフィはウィルをまっすぐ見つめていた。

 

「たしかに、これはボクがどうこう言える話じゃないかもしれないけど……でもそれは、ルディの気持ちじゃないよ」

「……差し出がましい真似をしました」

 

 ウィルは、僅かに視線を落とすと、そのままシルフィに頭を下げた。

 シルフィはふうとため息を一つつくと、今度はノルンの方を向いた。

 

「ノルンちゃんも、さっきから言葉が過ぎるよ。そもそも、ボクは最初から嫌だとは思っていないよ」

「え……」

 

 シルフィに泣きはらした目を向けるノルン。

 ロキシーもまた、驚いた様子でシルフィを見ていた。

 

「ボクはロキシーさんを歓迎するよ」

 

 そこから、シルフィは滔々と自分の想いを語った。

 俺から聞いていたロキシーは、到底自分では敵わないくらい凄い人だと思っていたこと。

 でも、実際に会ったら自分と同じで、ただ俺に恋する乙女だったと気づいたこと。

 自分と同じだと気づいたら、そんな嫉妬めいた感情が無くなったこと。

 俺の懺悔を聞いて、すぐにロキシーと一緒に俺のことを支えようと決心したこと。

 

「一緒にルディを支えていこう。よろしくね、ロキシー」

「ありがとう……ございます……シルフィ……」

 

 ロキシーの手を取りながら、シルフィは優しくそう言った。

 ロキシーは涙を浮かべながら、しっかりとシルフィの手を握り返していた。

 そんな彼女達の様子を見て、俺はほっと息を吐いた。

 良かった、大丈夫そうだ。そう思っての、安堵のため息だった。

 

「まーあたしはノルン姉の気持ちも少しわかるけどね。ウィル兄が来るまで毎日お父さん達が無事に戻ってくるよう、教会でお祈りしてたし」

 

 ふと、一連の流れを黙って見ていたアイシャが、少しくだけた調子でそう言った。

 

「……アイシャ、なんでそれ知ってるの?」

 

 ノルンが鼻をすすりながら、アイシャへ複雑そうな表情を浮かべていた。

 なんだ、ノルンもノルンで、俺達を真摯に想っていてくれたんだな。妹の真心に、胸が暖かくなる。

 

「クリフさんから聞き出したリニアさんとプルセナさんから聞いた」

「……」

 

 直後、あの獣人娘達の残念な表情が頭によぎり、その想いは霧散したが。

 というか、クリフ先輩もノルンの面倒を見てくれていたんだな。今度会った時にきちんとお礼をしよう。

 

「ていうか、あたしはルーデウスお兄ちゃんが新しい女の人連れてくるの時間の問題だと思ってたしねー。連れてくるのはリニアさんかプルセナさんかナ……の、どっちかだと、思ってたけど」

 

 アイシャは妙な言い回しをしつつ目を泳がせながらそう言った。

 一瞬、ウィルの方を見た後、何か特大の地雷を回避したかのような、そんな達成感をにじませながら。

 ウィルは、じっと瞑目したままだった。

 

「それに、ノルン姉はお父さんとあたしのお母さんにも同じこと言うの?」

「それは……ごめん、アイシャ」

「いいよ。ノルン姉、よく考えずに物事を言ってるの知ってるし」

「そんな言い方──!」

「まあウィル兄がきついお灸すえてくれたから、あたしはこれ以上なにか言うつもりはないけどさ。ていうか、あたしも似たようなことされたし」

「……」

 

 そこまで言ったアイシャは、ウィルへ茶目っ気たっぷりといった感じでぺろりと舌を出した。ウィルはそれを見て、僅かに口をへの字に曲げていた。

 俺がいない間に何をしたんだ、ウィル……。

 

「ま、まあ何にせよ、これで一件落着だな! はい、この話は終わり!」

 

 途中から全く存在感を感じさせなかったパウロが雑に締めた。

 父親らしいところを見せようとしたんだろうけど、ちょっとその言い草は残念すぎるぞパウロ……。

 ともあれ、ノルンもしぶしぶ、といった感じで頷いていた。

 まだロキシーがこの家族に溶け込めるのは時間がかかるのかもしれないけれど、パウロの言う通りひとまず一件落着といったところか。

 

 ……結局、俺はシルフィの度量に助けられただけだったな。

 

「では……」

 

 話が終わると、ウィルがすっと立ち上がる。

 見ると、窓の外はもう真っ暗だ。ウィルも疲れが溜まっていたのか、用意された客間へ向かおうとする。

 

「あ、あの、ウィリアム兄さん……」

 

 そんなウィルを、ノルンが引き止めた。

 何かを決心したかのように、ぽつりと呟いていた。

 

「私……強くなりたいです。ウィリアム兄さんみたいに。だから……」

 

 そして、ノルンはまっすぐにウィルを見据えた。

 

「私に、剣術を教えてくれませんか?」

 

 ノルンは、この話し合いで堂々と己の意見を言い放ったウィルに何かを感じたのだろうか。

 それとも、パウロの報告を聞いている内に、ウィルの凄まじい強さに憧れを感じたのだろうか。

 そんなノルンに、ウィルは複雑そうに眉をひそめた。

 

「お主では無理だ」

「そう……ですよね……」

 

 短くそう言い放つウィル。

 これは正直俺もそう思う。

 なにせ、ウィルの剣術はこの世界の剣術とは一線を画す。

 そもそも、この世界の剣術ではないし、その稽古は俺が見た中で一番狂った鍛錬だ。

 そんな死狂いな稽古を、果たしてノルンがついていけるのだろうか。

 王級剣士だったあの双子ですら、ヒーヒー言いながらこなしているレベルだ。

 よほどの覚悟があっても、ノルンの身体じゃついていけない。

 

 ウィルの残酷な言葉に気落ちしたのか、ノルンは悲しそうに俯いた。

 だが、ウィルは短く言葉を続けた。

 

「……基礎なら教える。明日から励め」

「!? は、はい!」

 

 そう言ったウィルはさっさと居間から出ていった。

 なんとなく照れくさそうにしているのを見て、少しだけ安心した。

 この様子なら、無茶な稽古はつけないだろう。多分。

 

「ノ、ノルン。剣術なら俺が教えるぞ」

「私、ウィリアム兄さんみたいに強くなりたいんです」

「ノ、ノルン~……」

 

 速攻で振られるパウロ。

 なんだか、ゼニスと同じようなやり取りをしているのが、容易に想像ができるな。

 

「お父さんさ、今すっごく情けないよ?」

 

 ごもっとも。パウロはアイシャに言い返すわけでもなく、しょんぼりと肩を落としていた。

 

 でも……

 

 なんかブエナ村を思い出して、懐かしい気持ちになった。

 

 ツンとしてパウロからそっぽを向くノルン。

 ニヤニヤしてパウロをイジるアイシャ。

 そしてそんな娘達に、情けない顔をしつつ笑顔を浮かべるパウロ。

 

 そして、それを見て、笑顔を浮かべるシルフィと、ロキシー。

 

 今、やっと

 

 

 家族が揃ったと、実感した。

 

 

 

 

「お兄ちゃんもね」

 

 アッハイ。

 返す言葉もございません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




尾張!平定!

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