虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第四十景『転生虎(てんとら)(ため)す!』

 

 さあさ皆々様、聞きたい(うた)はございませんか?

 魅了の瞳を持つ魔術師と魔族の乙女の切ない恋歌?

 それともとあるギルドの人妻受付嬢、見守る冒険少年との一夜の過ち?

 あるいは魔大陸で繰り広げられし異形異類が真剣勝負、荒ぶる凶剣懲罰戦争、叛逆せしは打倒怨鬼で血盟魔王連合軍、果たして勝つのは鬼か魔か、仰天大忍法合戦いざ開幕──

 

 ……おや、皆様は北神英雄譚がお望みで。

 ん。では、流れの吟遊詩人が奏でる北神英雄譚、王竜王国の章をお聞かせしましょう……

 

 険しき霊峰“王竜山”

 麓にあるのは人の里

 生まれて間もない王竜王国

 

 王国東は大街道

 王国西は死の荒野

 全てを殺す、死の荒野

 

 そこを旅するひとりの青年

 ザンバラ刈りの黒髪の

 背には大剣、胸に夢

 抱きし夢は英雄譚

 荒唐無稽な英雄譚

 

 大胆不敵な竜退治──

 

 

 

 


 

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 重装甲を纏い特攻せしウィリアムの姿。己の肉体へ一直線に襲いかかるその装甲弾を、予見眼にて事前に視ていた(・・・・・・・)ルーデウスは、即座に先制の魔弾を放つ。

 

(やっぱりスピードは今朝と変わらない!)

 

 登校時に見た妹の転倒を防止した弟の疾さ。それを間近で見て、事前にその疾さに慣れていたのも、先制弾を放つ上で功を奏したのだろう。

 ルーデウスの岩砲弾は、虎の出足を挫くかのようにその顔面へ放たれる。

 

「ッ!?」

 

 が、ルーデウスが放った岩砲弾は、甲高い音と共に不動の装甲に吸い込まれた。

 

「やばッ!?」

 

 直後。

 吸い込まれた岩砲弾は、そのままルーデウスへ向け“応報”された。

 

 だが。

 

「ファッ!?」

「プルセナー!?」

 

 応報された岩石弾はルーデウスに直撃することなく、僅かに頬をかすめた後、後方の結界魔法陣を貫通し、観戦していたプルセナのおでこに直撃(ゴツン)

 

「アチャ〜……もろニャ……」

「ファック……な……の……」

 

 昏倒せし犬乙女。猫乙女は合掌す。

 

「む、流石は師匠の魔術。結界を容易く貫通するとは……ジュリ、危ないから余の後ろに」

「はい、マスタ」

「ちょっと注意しておかないと危ないですわね。ゾボボボボボッッ!!」

「大丈夫だよリーゼ。リーゼが怪我したら僕がすぐに治してあげるよ。耳たぶ吸うのやめて」

「すごい……不動……アダムス様の無双の体枷……是が非でも……」

「アリエル様。涎が出ております」

「おお、本当に魔術を弾くとは。それにしてもやはり上級結界魔法陣では強度不足ですね。結界担当の者と早急に対策を取ることにします」

「あちしが言えた口じゃニャいけどおめーらもうちょっとプルセナを心配してくれてもいいんじゃニャいかニャ?」

 

 観戦せし一同、口々に不動の性能、そしてルーデウスの卓越した魔力(まりき)に感嘆を新たにする。

 ちなみに倒れ伏すプルセナを介抱するリニアは、気絶した犬乙女が大した怪我でないのを見留めると「安泰ニャ」とそのまま放置し、模擬戦の観戦を継続した。

 

「あの、シルフィ姉さん。どうしてウィリアム兄さんのお超鋼(はがね)はルーデウス兄さんの魔術を弾いたんですか?」

「へ? え、えっと、それはアレだよ、うん。ボクが思うに、アレがアレして……どうして弾くのロキシー?」

「……恐らくマタナイトヒュドラの特性を受け継いだのでしょう。何故特性を受け継いだのかは分かりかねますが……というか、ヒュドラの鱗は魔術を吸収して無効化するだけでした。何故反射の特性まで……?」

 

 不動が備えし吸魔、そして反魔の性質は、水王級魔術師であり魔術に精通するロキシーですら不可解極まる代物。実際にその出鱈目の被害に遭ったロキシーは、うんうんと考え込むように顎に手をあて、その不可思議を見つめていた。

 

「……!」

 

 当のウィリアムは、不動の反魔を体感し、何かを確かめるようにぐっと木剣を握り締める。確信めいた表情を面頬の下に浮かべ、杖を構えし兄の姿を見やった。

 

「兄上」

「な、なんだよ」

 

 抑揚の無い声をかけられたルーデウス。聖級治癒魔法陣が作動し、頬の傷は即座に癒えたが、実弟の装甲から発せられる悍ましい怨気に気圧され、応える声にやや震えが混じっていた。

 

「ぜひ、もそっと」

「ッ!?」

 

 だらりと木剣を落とし下段に構え、そう嘯くウィリアム。

 不敵な弟のその言葉に、ルーデウスはアクア・ハーティアを握る力を強め気合を入れ直す。

 

(言われなくてもッ!)

 

 瞬間。

 ウィリアムの目前が、轟音と共に爆砕!

 泥沼の魔術師が放つ無詠唱(ノーモーション)の『爆発(エクスプロージョン)』だ!

 

「ッ!」

 

 だが、爆発に怯まず吶喊するウィリアム。

 爆炎を斬り裂きながら一直線に己へと迫るウィリアムに、ルーデウスは額に汗を浮かべながらも、ニヤリ(・・・)と口角を引き攣らせた。

 

「『泥沼』!」

 

 丁度ウィリアムとルーデウスが立つ魔法陣の間。魔法陣の効果が及ばないその隙間に、ルーデウスの代名詞ともいえる水魔術と土魔術が混合魔術『泥沼』が発動する。

 

「ッ!?」

 

 土、木、石などあらゆる地形を無視し、即座に泥濘地帯を現出させるこの魔術。これにより、重装甲を纏う虎の肉体は一瞬にして胸元まで浸かってしまう。

 三十四貫の重りは、どろりと虎を深い泥の沼へと引きずり込んでいた。

 

(よし! やっぱり直接魔術を当てなければ弾かれない!)

 

 先程放った『爆発』はウィリアムを直接狙った魔術にあらず。十センチ程の至近距離、宙空にて爆発を発生させたに過ぎない。

 不動の装甲に直接触れさえしなければ、魔術は吸収反射せず効果は常在し続ける。泥沼は、あくまで不動ではなく修練場の床を対象に発動したもの。

 すなわち、床面を泥に変えた『泥沼』は不動の認識外(・・・)である為、吸収反射されずにその重量を捕え続けていたのだ。

 

 爆発を“晦し”にした、ルーデウスのこの狡猾な罠。

 まさか修練場の床まで泥沼に変えられるとは思わなかった虎は、まんまと兄の罠に嵌っていた。

 

(このまま雪隠詰めだ!)

 

 虎が泥に嵌っている間、ルーデウスは次の妙手を繰り出すべく杖に魔力を込める。

 魔術を直接当てても片っ端から無効化、あまつさえ反射してくるという理不尽。

 常の者なら匙を投げる状況であるが、ルーデウスは僅かの間にある勝ち筋を立てていた。

 

 泥沼にて虎を捕らえた後、土魔術『土砦(アースフォートレス)』を発動しその土の檻にて囚える。

 互いに“参った”を言わせるしかないこの模擬戦。

 ルーデウスはウィリアムを泥と土の監獄にて封印兵糧攻めにし、降参を引き出す魂胆であった。

 

「アース──」

 

 しかし。

 土砦が発動する直前、ルーデウスの目の前に泥の間欠泉(・・・)が発生する。

 

「マジかッ!?」

 

 ずどんッ! という爆音と共に、ウィリアムはその驚異的な脚力で泥の沼から射出(脱出)

 

「くっ!」

 

 宙空に飛翔する虎。ルーデウスは冷静に予見眼を駆使し、虎の軌道を捉える。

 格闘において跳躍は避けるべき行為であり、その軌道は重力に支配される故、繰り出される攻撃は例え予見眼が無くとも容易に予測可能なのだ。

 

「ッ!?」

 

 だが、予見眼越しに視るウィリアムの姿がブレる。

 ルーデウスは三方向(・・・)からの斬撃を予見し、有効な迎撃手段を取れない。

 

「ッ! 『真空突風(ソニックブラスト)』!」

 

 ウィリアムが肉薄するその間際、ルーデウスの苦肉の風魔術が放たれる。

 当然、その真空波は不動により吸収、反射される。

 

「ぐッ!?」

「ッ!?」

 

 だが、この反射はルーデウスの計算通り。

 至近で弾き返された真空波は、ルーデウス自身を衝撃で弾き飛ばした。

 

「ぐぅ!」

 

 全身を強打しながら、ルーデウスは目論み通りウィリアムと距離を取ることに成功する。

 辛うじて受け身を取り、虎の更なる追撃に備えようと杖を構えた。

 

「──!?」

 

 だが、虎の追撃は無い。

 訝しむように視線を上げると、やや半身を崩しながら佇むウィリアムの姿があった。

 

「……ッ!」

 

 宙空から着地したウィリアムは、装甲の隙間から玉の様な汗を滴らせ、その呼吸は常の状態よりも大いに乱れていた。

 泥濘からの強引な跳躍、闘気の過剰放出による宙空動態制御、更に三十四貫を背負う宙空身体操作によって、ウィリアムの肉体は瞬時に一万キロカロリーを消費。

 過酷なる運動飛行である。

 

「……」

「……」

 

 グレイラット兄弟は互いに体勢を立て直すと、じっと睨み合うように対峙する。

 瞬く間に繰り広げられた両雄の攻防。

 見つめる観衆は、兄弟が発する熱闘に当てられ、手に汗を握り興奮気味に観戦する。

 

「流石ルーデウスですわね! 七大列強相手に一歩も引きませんわねぇ!」

「そうだねって駄目だよリーゼ、流石にズボンの中は、んぅ!? 」

「ッ!?」

「色々と滾ってきますわねぇ! 思わず声が出ちゃいますわねぇ!」

「あ゛っ、はう゛、だめっ、リーゼ、だめぇ、はぅぅ!」

「ッッ!?」

「出ちゃいましたねぇッッ!!」

「あぅ……リ、リーゼぇ……」

「ッッッ!?」

 

 興奮の極みに達した長耳淑女、小人族クオーター少年の小人を直揉み(シコリ)

 切なげな声を漏らす少年、粥の如きものを漏らす(トロリ)

 グレイラットの少女、血眼(ギロリ)してそれをガン見(ジロリ)! ついでに喉も鳴らす(ゴクリ)

 

 手に汗握り、(ぎょく)握り

 愛しの君の、手にモロり

 

 果つる少年、敏感青春

 仕果たす淑女、快感凄春

 食い入る少女、多感思春

 

 満悦淑女(レディ)に悶絶少年(ボーイ)

 淫魔の乱舞に少女(ガール)出歯亀──

 

「何やってんのおばあちゃん!?」

「加減知らないんですかアナタは!? ノルンさんに何てもの見せるんですか!!」

「てへぺろですわ!」

 

 尚、グレイラットの嫁達は普通にキレた。

 

 

「ノルン……色を知る年齢(とし)か……」

「いやツッコむ所そこじゃないしそもそもそんなしみじみする事じゃないからな!?」

 

 妹ノルンの成長(性徴)に、面頬から僅かに覗く両眼を細める次兄ウィリアム。それをいちいち咎める長兄ルーデウス。

 義祖母(ドスケベ妖怪)に加え、実弟の倫理観まで中々の迷子となっているこの状況に、ルーデウスは肉体的な疲れ以上に精神的な疲労を感じていた。

 ちなみに、義祖母の良人であり敬愛する先輩少年は以後天国でアッハーン(絶頂昏睡)

 

「──ッ!」

 

 クリフ昇天直後。

 ウィリアムは木剣を指で弾き(・・・・)、ルーデウスへ向け射出!

 

 虎眼流“飛燕弾き貫き”

 

 前世の虎が廻国修行中にて江戸へ立ち寄った際、罪人の処刑現場で偶然目にした“丹波流試刀術”の極み。

 公儀御様御用(こうぎおためしごよう)である谷衛友(これとも)が見せた神業を貪欲に盗んだ虎は、独自の改良を加え丹波流“弾き貫き”を虎眼流秘技の一つに加えていた。

 種子島より疾い木剣弾の射撃。

 相手から見れば“点”でしかないこの突きを、泥沼の魔術師はいかにして躱すか。

 

(それも視た!)

 

 だが、ルーデウスはその秘技すら事前に予見する。

 魔界大帝より与えられし魔眼は、ルーデウスの戦闘力を驚異的に向上せしめていた。

 即座に風魔術を発動し、木剣を弾く。

 

「ッ!?」

 

 だが、直後に予見眼に映るのは、木剣を“晦し”にし、自身の四肢を捕捉するべく突進する虎の姿であった。

 

「『泥沼』!!」

 

 即応の『泥沼』が発動。

 再び泥の沼に嵌ったウィリアムの身体は、深く泥沼に沈む。

 

(こうなりゃ根比べだ!)

 

 刹那の間に立てたルーデウスの次なる勝ち筋。

 『泥沼』はウィリアムの驚異的な身体能力には無効。

 しかし、三十四貫を背負いつつの泥沼からの脱出には相当の体力を消耗する。

 ならば、ウィリアムの体力が尽きるまで同じ事を繰り返せば良い。

 

 つまるところ、“泥沼”ルーデウス・グレイラットは、得意の“泥仕合”へと持ち込もうとしていた。

 自身の膨大な魔力が尽きるが先か。それとも弟の反則なまでの体力が尽きるが先か。

 先程のウィリアムの消耗ぶりを見て、ルーデウスはこの悪戦法に確かな勝機を見出していた。

 

「え──」

 

 しかし。

 ルーデウスは、ウィリアムの死狂うた戦法を目の当たりにし、その身体を硬直させる。

 

 瞬 脱 装 甲

 

 虎は、不動の着装を解除(・・・・・)し、身一つで泥沼から脱出していた。

 

「ッ!」

 

 瞬時に着脱した不動を捨て置き、陰部を隠す下帯のみとなったウィリアム。

 その疵だらけの肉体を露出しながら、虎はルーデウスの脹脛を蹴り上げる。

 

「ぐあっ!?」

 

 やや呆気にとられていたルーデウスは予見眼を発動するのを忘れ、その下段蹴りをまともに受けてしまう。

 虎の下段重爆の衝撃は、ルーデウスの脳までも震盪させた。

 

「かは──ッ!?」

 

 身体が浮き、回転するルーデウスを全身を使い捕獲するウィリアム。

 艶めかしく汗を滴らせた肉体を躍動させ、しかとルーデウスの背後から頸部へ腕を、そして下半身に脚を絡ませる。

 いわゆる現代格闘術におけるグラウンドチョークスリーパーの体勢となり、酸素供給が困難となったルーデウスはもがくようにウィリアムの腕を掻いていた。

 

「む、流石は師匠の弟御。勝利の為なら己を守る鎧さえも捨てるとは……しかし師匠はこれから!」

「グランドマスタ! がんばって!」

「嫌ですわねぇ、男同士でもつれちゃって。ねぇ、クリフ?」

「──」

「すごい……アダムス様の無双のお美肉体(からだ)……是が非でも……」

「アリエル様。涎が出ております」

「いやあ、素晴らしい戦いですね。しかしこの状態からルーデウスさんはどうやって逆転するんでしょうか」

「あちしはこのままボスが絞め落とされて終わりだと思うニャ。プルセナはどう思うニャ……し、しんでる」

 

 極めが浅いのか、ルーデウスは呻きながら虎の肉体を掻く。その様子を固唾を呑んで見守る一同。

 ちなみにプルセナが白目を剥き気絶し果てているのを忘れていたリニアは、慌ててプルセナの片乳をむんずと掴んで脈を確かめるも、犬乙女の脈動が元気よく波打っているのを確認し「安泰ニャ」とそのまま放置し、模擬戦の観戦を継続した。

 

「ルーデウス兄さん! ウィリアム兄さん! 二人ともがんばってください! ……兄さん達、ちょっとえっちです

「ルディ! まだまだ逆転できるよ! 諦めないで! ノルンちゃんは後でボクとお話しようね?」

「瞬脱した? やはりあの鎧は意思を……? というか、鎧のテストはいいのでしょうか……? あ、ル、ルディ! 頑張ってください!」

 

 グレイラット家族もまた激闘する両者を見守る。

 唯一ロキシーだけが不動の不可思議を観察し続け、その根源にある鎧の意思めいたものを感じ、愛する夫の応援を忘れかけるほど考察に耽っていた。

 

「ぐ、ううッ!」

「……ッ」

 

 みしりと、徐々にルーデウスを絞める力を強めるウィリアム。

 瞬時に強烈な絞めを行った場合、相手は“必死の力”を発揮し逃れようとする。

 故に、虎は緩やかに、まるで母の手の如く穏やかな裸締(チョーク)を実行していた。

 

(なんか……優しいな……)

 

 徐々にもがく力を失うルーデウス・グレイラット。

 朧気になりつつある意識、そして目や鼻、口や陰部、肛門から体液が滲み始める。

 

 安息せよ──兄上──

 

 このような締めを行い続ければ脳へ供給する血液が遮断され、意識喪失と痙攣の後、脳細胞が死滅するのだが、当然ウィリアムは意識喪失段階で絞めを解除する予定であった。

 

 だが、泥沼の泥足掻きはこれから──!

 

(たたか)うとは、一生分の力、一瞬で燃やす!』

 

 かつて現人の鬼が魅せた、知恵を捨てた本能の煌めき。

 べガリットで共に旅をした僅かの間ではあったが、その全身全霊の生き様、そしてその美しい武魂は、確かにルーデウスの魂へ伝播していた。

 

 そして、敬愛する伴侶、ロキシー・M・グレイラットより伝授された新たなる魔術。

 霞の雷撃に引けを取らないその雷光を、ルーデウスは己独自の電撃として身に付けていた。

 それを、今使う時。

 

 たかが身内の模擬戦。

 されど、兄として、列強の弟に意地と覚悟を見せる。

 

 知恵を捨て、身を捨てる時──!

 培った技を、一瞬で燃やす──!

 

「ッッ!!??」

 

 

 チェスト電撃(エレクトリック)!!!

 

 

 刹那の瞬間、ウィリアムの肉体に稲妻の如き電流が迸る!

 

 水魔術『電撃(エレクトリック)

 水王級魔術『雷光(ライトニング)』のデチューン版ともいえるこの魔術は、『雷光』発動条件である前提魔術『豪雷積層雲(キュムロニンパス)』を必要とせず、闘気を貫通する電撃を直接発生せしめるルーデウス独自の魔術。

 浴びせる電量は調節が可能であり、一時的な麻痺から感電死に至るまで威力調節が可能であった。

 今のウィリアムに、不動という対魔の装甲は無い。

 生身ならば、十二分に通じる。

 

「ガッ──!」

 

 ただし、密着状態であった為、その電撃はルーデウス自身にも襲いかかる。

 威力を抑えていたとはいえ、失神寸前の電圧で放たれた電撃の余波は、既に脳への血流が滞っていたルーデウスを酩酊状態まで陥らせた。

 とはいえ、この捨て身の戦法により虎の拘束は解かれるはず──

 

「──ッ!」

「う──!?」

 

 (いな)

 それでも堕とせぬ虎の牙城。

 一瞬絞める力は緩むも、即座に体を入れ替えて再びルーデウスの絞首刑を継続する。

 

「ガアッ!?」

 

 膝立ちになったルーデウスを、前面から覆いかぶさるように頸部へと腕を這わせ、勢いよく立ち上がるウィリアム。

 いわゆる現代格闘術におけるフロントチョークの体勢となった両者。

 ウィリアムは電撃のダメージにより眼、鼻、口、耳、尿道、肛門から血潮を噴き出しつつも、野性の本能で兄を絞首せしめていた。

 

(つかまつ)る──」

 

 そして、みしりと腕の力を強めた。

 

 

「止め!」

 

 

 兄弟の死闘。その終了の鐘は、凛とした気品のある声によって鳴らされた。

 

「アダムス様。もういいでしょう」

「……」

 

 アリエル・アネモイ・アスラの貴声を受け、ウィリアムは兄ルーデウスを解放した。

 へたりと尻もちをつく兄へ、弟は慇懃に一礼する。

 闘いを終えた二人の男を、聖級治癒魔法陣が癒やしていた。

 

「虎のおやびん。こいで許せニャ」

 

 ふと、リニアが神妙な顔つきで相変わらず白目を剥いているプルセナをズルリと引きずり、ウィリアムの前へ差し出す。

 獣人乙女達がボスと慕うルーデウスのピンチ。乙女達は、己の身を捧げルーデウスの助命を嘆願していた。

 乙女達の心はただひとつ。

 己が純血を生贄とし、虎の獣性を鎮めるなり。

 もっともリニアはプルセナが気絶してるのを良い事に自分が生贄になる事を回避していたが。

 

「兄上。良い“試し”でござった」

「は……はは……」

 

 そんな獣人乙女達を俄然(ガン)無視し、ウィリアムは兄ルーデウスへ不敵な笑みを浮かべる。

 ルーデウスは弟の表情を見て、魔法陣の上でばたりと仰向けに寝転んだ。

 

「ウィル、()え……」

 

 負傷は癒えるも、身体の芯から泥濘のような疲れがルーデウスを包む。

 半目となり、下帯姿の弟を見つめ、その強さに憧れめいた想いを抱いていた。

 

(……結局、模擬戦じゃなくて“試し”か)

 

 虎はあくまで実戦形式での耐久テストを望んでいただけであり。そもそも、不動の性能試験は最初の岩砲弾を受けた際にほぼ完了している。

 岩砲弾を受けてからのウィリアムは、不動を纏った上でどれだけ己の肉体が動けるか“試して”いただけに過ぎなかった。

 

 ルーデウスは限られた状況であれ、己の全力をぶつけていた。だが、その全力は、無双の装甲を纏う虎には全く届かず。

 否、例え鎧を纏っていなくとも、現時点でのルーデウスでは本気のウィリアムと勝負にならない。

 本気なら、最初の一撃で神速の斬撃が撃ち出され、意識を刈り取られていたはずだ。

 虎眼流の神技は、例え予見眼であっても捉えられぬ神武の剣速なのだ。

 

(俺も、鎧とかこさえた方が良いかな……ザノバあたりに協力してもらって……)

 

 疲れからかぼんやりとした意識で、ウィリアムが纏う拡充具足“不動”を見つめるルーデウス。

 その性能をまざまざと見せつけられたルーデウスは、己を身を守る装甲の有用性に気付く。盟友ザノバ・シーローンとならば、きっと不動にも負けない魔導の鎧を作れる事だろう。魔術師だって、鎧を纏っても良いじゃないか。

 とはいえ、それは一朝一夕で出来るものではなく、あくまでぼんやりとした展望ではあったが。

 

「ルディ、大丈夫?」

「傷は……大丈夫そうですね」

 

 愛する妻達、シルフィとロキシーが、ルーデウスの元へ駆け寄る。

 心配そうに顔を覗き込む妻達に、ルーデウスは力の無い笑みを浮かべて応えていた。

 

「ああ、大丈夫。ちょっと、疲れたけど」

「すごい激闘だったからね。ほら、肩貸すよ」

「惜しかったですねルディ……でも、カッコよかったですよ」

 

 シルフィとロキシーの肩を借り、ヨロヨロと立ち上がるルーデウス。

 力強く両の脚で立つ、弟の姿を見つめながら。

 

(いつか……俺も……)

 

 ルーデウスの独白は、かつて植え付けられた心の棘を、熱い憧憬へと変えていた。

 

 

 

 

「今日の兄さん達、すごくカッコよかったです!」

 

 模擬戦から数刻後。

 グレイラット家が長女ノルン、そして次男ウィリアムは、連れ立って魔法大学の正門の前にいた。

 既に日は傾き、辺りは朱色の光が包んでいる。

 学生達は学内の寮、もしくは近隣の住処に帰宅したのか正門周辺には人気はなく、夕陽は兄妹を静かに包んでいた。

 

「ルーデウス兄さんの泥沼から抜け出したのもすごかったですし、ウィリアム兄さんと風魔術で間合いを取ったのもすごかったです!」

「……」

 

 目を輝かせながら激闘について語るノルンに、不動の甲冑櫃を背負うウィリアムはやや苦笑を浮かべていた。

 事実、兄が見せた意外ともいえる根性は、ウィリアム自身にも少なくない衝撃を与えていた。

 

(兄上も中々の武辺者。伊達に死線は潜ってはおらぬか……)

 

 特に終盤に見せた『電撃』による特攻。

 その死中に活を求める姿は、まさに前世における武士の如く──。

 遠い未来の日ノ本においても“士魂”が受け継がれている事に、ウィリアムは深い感慨をもって兄の姿を思い浮かべていた。

 

「そういえば、ルーデウス兄さん達はまだ残っているんでしょうか?」

 

 ふと、ノルンがこの場にいないルーデウス達に意識を向ける。

 

「そうさな……」

 

 やや気のない返事をするウィリアムは、その後の一同の動向を思い出していた。

 

 模擬戦の後、ウィリアムはそのままマンツーマンでの剣術稽古をノルンと行うべく修練場を離れた。

 当初は模擬戦にて荒れた修練場の修繕を手伝おうとウィリアムも残ろうとしたのだが、興奮冷めやらぬノルンに急かされ、またアリエルの粘ついた秋波から逃れるべく修練場を後にしている。

 

 消耗したルーデウスは大事を取りシルフィとロキシーを伴って医務室へ。

 ザノバとジュリはルーデウスの代わりに修練場の修繕を買って出て居残り、それをジーナス教頭が補佐していた。

 ドスケベ妖怪とその毒牙にかかった哀れな少年は、人気のない空き教室へ第二ラウンドへと赴いており。

 アリエルはウィリアムに袖にされると、ルーデウスを労った後、これ以上は用は無いとばかりにルークを伴い早々に撤収している。

 リニアは尚も意識を戻さないプルセナの両足を両脇に抱え「重てーニャ! 肉食い過ぎニャ!」と、ずるずると乱暴に引きずりながら女子寮へと帰宅していった。

 

 ちなみにルーデウスはとっくに帰宅可能なほど体力を回復させていたのだが、丁度医務室担当の治癒魔術教師が不在なのを良いことに、一度やってみたかった“保健室プレイ”なるものを両妻に懇願し己の性癖を満たしていた。当然、シルフィはボーイッシュ幼馴染同級生、ロキシーはロリっ子保健医という設定でのイメージプレイである。

 夫への愛ゆえか、シルフィとロキシーはやや困惑しつつも健気にロールプレイを実践していた。ルーデウスはノリノリである。

 

 熱戦で滾った血潮は、乙女達の柔肌でしか慰められぬもの。もしくは、ルーデウスの性に対する貪欲さが時と場所を選ばずに発現したか。

 どちらにせよ、ルーデウス夫妻はいつまで経っても正門に現れる事はなく。エリナリーゼの乱痴気ぶりを批判していたのは何だったのかという体たらくではある。

 ウィリアムはこの後双子兎へ稽古をつけねばならず、元々ルーデウス達と帰宅を共にする事はなかったので問題は無かったのではあるが。

 

「……双子さん達、遅いですね」

「うむ……」

 

 本日のノルンは実家ではなく女子寮の自室へ泊まる予定であり、双子を待つウィリアムに付き合う為、こうして正門へと共にいる。

 だが、待てど暮らせど双子が現れる気配はない。

 

「あやつら、どこをほっつき歩いておる……」

「え、えっと、もしかしたら道に迷ってたり……」

「あり得ぬ」

「そ、そうですか……えっと、じゃあ捨てられた子犬を拾ってたりとか」

「捨て置け」

「そ、そうですか……えっと、じゃあ……」

 

 段々と不機嫌を露わにするウィリアム。ノルンは先程までの無邪気な熱狂はどこへやら、戦々恐々と兄の顔色を窺っていた。

 

 

「……」

 

 どれほど時が経ったか。

 夕日が傾きつつある中、魔法大学の正門へ向かう一人の少年の姿があり。

 その姿を見留めたウィリアムは、訝しげに表情を歪める。

 

「ッ!?」

 

 そして、虎は目撃する。

 

 少年の手の内にある、二対の兎耳(・・・・・)を。

 

 

「ランドルフを倒したのは、君か」

 

 

 その透き通る声は、少年とも少女とも思えた。

 

 

「……僕達の(たたか)いは、剣士同士の試合じゃない」

 

 

 フードを目深く被り、その表情は見えない。

 

 

「列強同士の果し合いだ──!」

 

 

 ただその背に背負う大剣が、少年の傲慢なまでの正義を主張していた。

 

 

「名は」

 

 ウィリアムは心の奥底から湧き上がる憤怒を抑え、努めて平静に少年の名を尋ねる。

 少年はゆっくりとフードをめくり、その黒髪を赤い夕陽の元に晒した。

 

 

「北神三世……アレクサンダー・カールマン・ライバック!」

 

 

 我は北神

 

 

 無双の流派の長にして

 

 

 綺羅の如く輝く英雄剣豪

 

 

 衆生惑わす魔剣豪よ

 

 

 正義の重剣受くるべし──!

 

 

 

 

 

 


 

 さあさ皆々様、もう一曲聞きたい詩はございませんか?

 下界に焦がれる小国第三王女、おてんば姫の大冒険?

 それともとあるギルドの人妻受付嬢、見守る冒険少年の汗と獣欲に溺れた背徳の昼下がり?

 あるいは魔大陸で繰り広げられし異形異類が真剣勝負、怨鬼が懲教魔の軍団、対魔忍鬼に完堕ち間際のその瞬間、剛臨するは龍の王、出たな龍王! 討つぞ怨身忍者! 甲龍神秘が鬼退治! 黒薔薇開腸血風録いざ大開幕──!

 

 ……おやおや、皆様は北神英雄譚の続きがお望みで。

 ん。ではでは、流れの吟遊詩人が奏でる北神英雄譚、北方大地の章をお聞かせしましょう……

 

 凍てつく大地“北方大地”

 棲まう民は魔法の達者

 寄り添い栄える魔法三大国

 

 三国一の魔導国

 三国一の大学府

 不思議を伝える、大学府

 

 そこを訪ねるひとりの少年

 ザンギリ頭の黒髪の

 背には大剣、胸に夢

 抱きし夢は英雄譚

 荒唐無稽な英雄譚

 

 

 残酷無残な虎退治──

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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