虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第四十一景『転生虎(てんとら)(うず)く!』

 

 あらゆる闘技で成立する“重量級有利の法則”は、剣術においても然りであり。

 同じ技量の剣士が同時に仕掛けた場合は、手脚長き方の攻撃が先に届くという身も蓋もない結論が判明する。

 また、同じ技量、同じ筋力を持つ者同士が鍔迫り合い等の拮抗した状態に陥った場合、これもまた体重の重き方が優勢を勝ち得るという面白みの無い現実がある。

 

 だが、ここは六面世界“人の世界”という奇なる物理法則に支配された異世界。

 身体の不足を補って余りある様々な不可思議(魔術・闘気)が、重量級有利の法則を根底から覆していた。

 

 重量とは、異世界の戦士にとって勝利への利点ではない。

 否、時と場合によっては、窮地に陥りかねない弱点にもなり得るのだ。

 

 更に、この異世界では万物が逃れられぬ絶対法則“重力”ですら操る大強者が存在する。

 もはや重量の多寡など問題にしない大理不尽を前に、敷島の転生剣者はいかなる手段を持って抗えばよいのであろうか。

 

 “命、鴻毛(こうもう)の如く軽くすべし

 

 理不尽な戦力に対抗するには、同じく理不尽で、狂気の思想を持って対抗するしかない。

 かつて東亜を支配した大帝国が、その終焉の際に見せた狂気の桜。

 敵対する連合国との圧倒的な戦力差に抗するべく発動された特攻作戦。

 命じられる兵士達は、ただひたすらに国家に服従し、その若い命を桜の如く散らしていった。

 

 その蛮行ともいえる狂気の根源となるのは、“武士道”という封建社会の根本を成す死狂いなる思想。

 当時対峙した連合国の兵士達は、民草に至るまでこの自殺攻撃を行う蛮勇思想を恐れ、戦後数多の心的外傷患者を出す事になる。

 世界最強の軍隊ですら逃れられぬこの重篤な病毒効果は、世界が変われど相対する者に遺憾無く発揮せしめるであろう。

 

 単なる刹那的思考を持った狂戦士とは訳が違う。

 生き永らえる為の知恵を捨て、身を捨てる兵法を駆使し、只人には理解不能な“儀”を背負う武士(もののふ)とは、生半可な覚悟で立ち合ってはならぬのだ。

 

 覚悟なき者が立ち合えば、常人にあらざる狂気が伝搬し、生涯に渡り得体の知れぬ悪寒に苛まれることになるのだから──

 

 

 

 

 ラノア魔法大学正門前にて対峙する両剣豪。

 一人は、大きな大剣を背負う黒髪の少年。

 もう一人は、大きな甲冑櫃を背負う白髪の少年。

 背丈はそう変わらない、二人の少年。

 だが、彼らの実年齢(・・・)はその外見とは大きく乖離している。

 黒髪の少年は不死魔族の混血児。あどけない外見とは裏腹に、その実年齢は四十を超えていた。

 白髪の少年は肉体年齢こそ相応のものであるが、その精神は数十年に及ぶ年輪を重ねていた。

 

「……その後ろの女の子は、君の関係者か?」

 

 黒髪の少年。否、北神三世アレクサンダーは、白髪の少年、ウィリアムの後ろにいるノルンの姿を見留める。

 怯えがちに両雄を見つめる可憐な少女は、不安を誤魔化すようにひしと兄のコートの裾を掴んでいた。

 

「だとしたら」

 

 冷然とした態度でそう言葉を返すウィリアム。

 ノルンがアレクサンダーの視界に入らぬよう、庇うように半身を前に出していた。

 アレクサンダーは訝しむようにそれを見ていたが、やがてウィリアムの瞳へその双眸を向けた。

 

「まあ、その子はどうでもいい。僕の一番の目的は、あくまで君だけだ。ああ、それと」

 

 これは返すよ、と言い、アレクサンダーは手にしていた二対の兎耳を放り投げる。

 ウィリアムは一瞬殺意を込めた視線でアレクサンダーを睨みつける。だが、直ぐに足元へ視線を向けると、懐から布地を取り出し、丁寧な手付きでそれを包んだ。

 

「場所を変えよう。列強同士の果し合いは、街中でやるものじゃない」

「……」

「僕の挑戦から逃げる“武神”じゃない事を祈っているよ」

 

 そう言い放つと、アレクサンダーはスタスタと郊外へ続く道を歩く。その後姿を見て、ウィリアムは傍らにいるノルンへと視線を向けた。

 

「ノルン」

「は、はい」

 

 ウィリアムは背負っていた甲冑櫃を下ろし、纏っていたコート……妹達から贈られた、大切なコートを脱いだ。

 

「ウィリアム兄さん……?」

 

 ウィリアムはそのまま包むようにノルンへコートをかける。

 そして、布地に包まれた双子の一部を手渡した。

 

「頼む」

 

 兎耳の切断面は、未だ生々しく血を滴らせていた。

 それを見たウィリアムは、双子の生命の灯が消えていないのを確信する。

 どこかで、満身創痍の身体を横たえさせているのだろう。

 

「ウィ、ウィリアム兄さんは……」

 

 言外に双子の救護を託されたノルンは、兄の姿を不安げに見つめる。

 その視線を受けたウィリアムは、ふっと笑みを浮かべて妹の瞳を見つめた。

 

「案ずるな」

「ウィリアム兄さん……」

 

 ウィリアムはノルンの頬を撫でると、甲冑櫃を背負い直した。

 

「しばし預ける。終わったら、取りに行く」

 

 そのまま、アレクサンダーを追いかけるように郊外へと足を向ける。

 列強同士の果し合い。それに、妹達から贈られた大切なコートを巻き込むわけにはいかぬ。

 予測されていた強者からの挑戦も、逃げるわけにはいかぬ。

 そのような強い意思を込めた兄の後ろ姿を、ノルンは未だ不安げな視線を送り続けていた。

 

(ウィリアム兄さん……)

 

 案ずるなと言われたノルン。撫でられた頬に手を当てながら、兄の後姿を見送る。

 だが、見つめる内に、少女の胸の内に不穏なざわめきが沸き起こっていた。

 

(ウィリアム兄さんは、強い人……あの人にも、きっと負けない。でも……)

 

 何故だかわからないが、ノルンはウィリアムの後ろ姿が陽炎の如く揺らめいているのを幻視していた。

 まるで、これが兄との別離のように。

 どこか遠い所で行ってしまうような、どうしようもない不安。

 

「……行かなきゃ」

 

 ウィリアムの後姿が見えなくなるまで見つめていたノルンだったが、やがて頭をひとつ振ると、踵を返し魔法大学の門を潜った。

 どちらにせよ、ノルン一人では双子を救護するにはもままならない。双子の救護も、ウィリアムの援護も、長兄ルーデウスの協力が必要だ。

 ノルンは布に包まれた兎耳を抱えながら、ルーデウスの元へと駆けていった。

 

 

 


 

「ところで、何故剣を持っていないんだい?」

 

 シャリーア郊外。

 残雪が残る平原では、アレクサンダーとウィリアム以外の人影は存在しない。

 互いを遮る物は何も無く、両雄にとって同条件の場所。アレクサンダーは対峙するウィリアムが無刀なのを見留めると、咎めるように言葉を放つ。

 

「……何故、弟子共を襲った」

 

 ウィリアムはアレクサンダーの言葉を無視し、双子への襲撃を詰問する。

 アレクサンダーは質問を質問で返された事にむっとした表情を浮かべるも、直ぐに言葉を返した。

 

「彼らは北王の位階を持っているにもかかわらず当主である僕に無断で流派変えした。元々奇抜派の連中は気に入らなかったんだ。北神流の名を貶める奇抜派は、いずれ粛清するつもりだった。だから、けじめをつけた。元同門の誼で命だけは奪わなかったけどね」

 

 雄弁と語る少年を、虎は怒気を孕んだ、そしてある種の共感を込めた眼差しで見つめる。

 前世武家社会では城士等ある程度の身分を持つ者であれば無断の流派変えは不問とされている風潮があったが、身分低き下士身分、かつ内弟子の分際で流派の長に無断で他流へ鞍替えするのは確かに咎められる不義理。それは流派に対する裏切りにも等しい。

 かつての内弟子、興津三十郎の裏切りを聞き、同様の疑惑を持つ牛股権左衛門と藤木源之助を容赦なく打擲し、両師範に命懸けの弁明を強いた前世の虎。

 だからなのか、ある程度はアレクサンダーの暴挙に納得をしていた。

 

 だが、双子は直接の師匠ではないが、北神流の大所であるあの人物には義理立てをしている。

 その事を思い出したウィリアムは、アレクサンダーへ射抜くような視線を向けた。

 

「弟子共は北神二世殿へ筋を通している」

「何だって? 父さんが?」

 

 ウィリアムの言葉に、やや驚きが籠もった言葉を返すアレクサンダー。

 簡潔ではあるが、ウィリアムは弟子達の名誉を守る為、シャリーアでの顛末をアレクサンダーへ語った。

 

「そんな……父さんが……」

 

 ウィリアムの言葉を聞いたアレクサンダーは、驚きを隠せないように身体を強張らせる。

 とうに死別したと思っていた父、そして目指すべき英雄の名を耳にしたアレクサンダー。

 僅かに身体を震わせ、俯きながらぶつぶつと独り言を呟く姿は、ともすれば見た目相応の少年の姿である。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 やがて、アレクサンダーは不気味な嗤い声を上げる。

 その瞳は、常の状態とは言い難い、ある種の狂気を孕んでいた。

 

「実子の僕を蔑ろにして、よりにもよってランドルフとね……」

 

 顔を上げたアレクサンダーの瞳からは狂気は消えていたが、その表情は諧謔味を孕んだ不敵な笑みを浮かべていた。

 

「まあいい。君を倒して、改めて父さんに問い正すとするよ」

「……何故、身共を狙う?」

 

 ウィリアムはアレクサンダーが己を狙う理由を問う。共に列強に叙されるほどの実力者。だが、この世界で新興流派とも言える虎眼流と、既に全世界に門下生を抱える北神流では、比べるまでもなく格が違う。

 その格上の流派の長が己を狙う理由が今ひとつ理解出来ぬ虎は、尚も不遜な笑みを浮かべるアレクサンダーを油断無く見つめていた。

 

「そんなもの」

 

 そして、アレクサンダーは背負う大剣を構えた。

 

「決まっている」

 

 大剣をウィリアムへ向け構えるアレクサンダーからは、轟然と戦意が噴出していた。

 

「君が“悪”だからだ」

「何……?」

 

 唐突なアレクサンダーのこの決めつけに、ウィリアムは訝しげな表情を向ける。

 それに構わず、驕慢な北神の口上は続く。

 

「三十四名」

「?」

「君が中央大陸で打ち倒した北神流の人数だ」

 

 ウィリアムは剣の聖地に至る前、中央大陸各地で道場破りや果し合いを行っていた。だが、それは武門の作法を遵守した尋常な他流試合である。

 だが、北神曰く、その試合によって二度と剣を持てなくなった者も多く。ある道場主の北聖などは、門人が他流に流れ、生活が成り立たなくなり家族共々悲惨な末路を辿ったという。

 故に、凶刃漢ともいえるウィリアムの存在は北神流当主として見過ごせない。そして、列強ならば尚の事。

 かつて人族相手に大規模な戦乱を起こした列強四位、魔神ラプラスですら、魔族に一定の地位を与えた魔族史上最高の偉人と崇められている。

 つまり、ラプラスですらある意味では列強に相応しき英雄。英雄とは、決して道義に反した行動を取ってはならぬと。

 

「英雄は、悪を倒すもの。悪の列強を倒した正義の列強は、未来永劫語り継がれるんだ」

 

 ウィリアムはアレクサンダーのその口上に、怒気を孕んだ言葉を返す。

 

「正悪はともかく……武芸者同士の尋常な果し合いで遺恨を残すとは……この戯けが……!」

「ッ!」

 

 ウィリアムは怒気を孕んだ殺気をアレクサンダーにぶつける。一瞬、その圧に怯むアレクサンダーであったが、即座に腹に力を込め、その威圧を受け流していた。

 

「……それに加え、僕は君が本当にあのランドルフを倒したのか、いささか疑問視している。僕は運の良さも不意打ちによる勝利も否定するつもりはない。だけど、君が本当に死神を倒したのか」

「……」

「人には全盛期というものがある。近年のランドルフは、明らかに全盛期よりも衰えていた。その衰えたランドルフを倒して悦に浸るのは、君が悪人じゃなくても見過ごせない」

「……」

「だから、君を試す。そして、北神の名を列強七位から五位にした英雄となるのさ」

 

 それが本音か、北神三世。

 しかし、それを表立って批判することは出来ず。

 己もまた数多の強者を打ち倒し、“異界天下無双”を目指す身上。功名の為ならば、相手の“人生”など知ったことではない。

 もはやこれは正悪を超えた、頂きを目指す流門の宗家同士の果し合いなのだ。

 

 そこまで思ったウィリアムは、己が目指すべき異界天下無双が、決して家族という陽だまりの中に居ては成し得ぬ事だと再認識した。

 パウロ、ゼニス、リーリャ、ノルン、アイシャ……ルーデウスやシルフィエット、ロキシー……そして、ルーシー。

 彼らとの生活は、暖かい綿(ワタ)に包まれた至福の時。

 だが、己が目指すべき頂きには、その綿は纏えぬ。

 纏うのは、己の流派の意地と、刃向かう敵を一太刀で十万億土へ送り込む気概のみ──。

 それが、兵法者としての宿命なのだ。

 

 ウィリアムは少しだけ寂しげな笑みを浮かべると、滾る北神へ向けゆっくりと口を開いた。

 

「勝利と敗北。それを決めるのは、技量の差と、人の運、天の運。そして──」

 

 時の運

 

 ウィリアムはそこまで言い切ると、これ以上の問答は不要とばかりに甲冑櫃を下ろした。

 

「……その四つが勝敗を決めるのは同感だ。ランドルフは運が無かった。悦に浸ると言ったのは訂正しよう」

 

 アレクサンダーが存外に素直なのを受け、ウィリアムは僅かに口角を引き攣らせた。

 

「じゃあ、始めようか……と言いたい所だけど、もう一度聞くよ。何故剣を持っていない?」

 

 再度ウィリアムの無刀を咎めるアレクサンダー。

 ウィリアムは列強という強者を前に無刀である己の迂闊さを後悔するも、これもまた“運”であると甘受していた。

 アレクサンダーの問いかけに、虎は更に口角を引き攣らせ、不敵な“嗤い”を浮かべる。

 

「剣は無くとも、武器は至る所にある。棒きれ、石ころ……それもなければ──」

 

 

「己の五体が武器──!」

 

 

 そして、ウィリアムは“不動”を纏うべく、甲冑櫃に拳を突き立てた。

 

 

 石 火

 憑 着

 

 

「ッ!」

 

 見よ、北神!

 武神が纏う、神武の超鋼を!

 敷島の武魂が込められし、装甲の輝きを!

 

 己は確かに無刀

 しかし、己には虎眼流

 そして、鉄身の五体がある!

 

「……不治瑕北神流、アレクサンダー・カールマン・ライバック。見せてもらうよ、五体の武器を!」

「虎眼流、ウィリアム・アダムス──」

 

 改めて名乗り合い対峙する北神と武神。

 王竜の魔力が籠められし破邪の大剣と、敷島の怨念が籠められし無双の体枷。

 それぞれの得物が放つ武威により、両者の間はグニャリと空気が歪む。

 

「仕る──!」

 

 空間の歪みを切り裂くように、“拡充具足不動”纏った虎が、“王竜剣カジャクト”を構える北神へと吶喊した。

 

 

 

 


 

「ルーデウス兄さん!」

 

 息を切らせた様子で、我が愛妹ノルンが走って来る。

 

「ノルンちゃん、どうしたのかな。あんなに慌てて」

「何か良くない事でも起きたのでしょうか……」

 

 そんなノルンを見て、心配そうに呟く我が愛妻、シルフィとロキシー。

 医務室で思わずエロエロな一戦をしてしまった俺達だけど、ノルンのただならぬ様子を受け表情を引き締める。

 

「ノルン、どうした?」

 

 ぜいぜいと息を切らせるノルンを見て、嫌な予感が走る。

 ノルンは、血が滲んだ布を持っていた。

 

「ル、ルーデウス兄さん……」

 

 顔を上げたノルンは、泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 普段からおっちょこちょいで、頼りないノルン。

 でも、この子がここまで焦るのは、普通じゃない。

 

「ウィリアム兄さんが──」

 

 そして、ノルンは事の顛末を語った。

 

 北神三世の来襲。

 双子兎の重傷。

 それらを大急ぎで語り終えたノルンは、震えを誤魔化すように兎耳が包まれた布を胸に抱いていた。

 

「分かりました。ノルンさん、わたしと一緒にナクルさんとガドさんを探しましょう。そう、遠くにはいないと思います」

「ロキシー、ボクはナナホシの所へ行くよ」

「お願いしますシルフィ。急いでください」

 

 俺がノルンの話を咀嚼している間に、シルフィとロキシーは迅速に行動を開始していた。

 シルフィはロキシーに頷くと、ナナホシがいる研究棟へ走って行った。

 それを、俺は黙って見送る。

 

「あの、ロキシー。ウィルの事だし、大丈夫なんじゃないか? それこそ、北神なんか返り討ちに──」

「ルディ! ウィリアムさんは武器を持っていないんですよ! あの北神を相手に、いくら不動があるとはいえ危険すぎます!」

 

 ロキシーの剣幕を受け、俺は頭にガツンとした衝撃を感じた。

 

「あ……」

 

 ウィルは、武器を持っていない。

 不動を纏ったウィルは強かった。

 でも、それはウィルの万全じゃない。

 

 ウィルの愛刀“七丁念仏“は、今はナナホシが持っている。

 その事実に今更気付き、唇を噛む。

 

 ……くそ、情けない。

 いくらウィルに絞められたとはいえ、脳みそへの血の巡りが悪すぎた。

 平和ボケ、しすぎだ。

 

「ロキシー、ごめんなさい。俺は、ウィルの所へ行きます」

「いえ、ルディも気をつけて。わたし達も後から行きます」

 

 列強同士の果し合い。

 それに乱入するのは、下手をするとウィルから軽蔑されるような行為かもしれない。

 でも、大切な弟の危機を、黙って見過ごす程俺は薄情じゃない。

 

「ルーデウス兄さん……」

 

 不安そうに顔を上げるノルン。

 俺も、列強同士の戦いに介入できる程の強さを持っているとは思っていない。

 でも、援護くらいなら出来る。治癒魔術で回復する事だって出来るし、隙きあらば魔術で攻撃する事も出来る。

 不死身のバーディ陛下にも通用した土魔術なら、北神にだって通用するはずだ。

 

「ノルン。ウィルは大丈夫。お兄ちゃんが、助けるからな」

「……はい」

 

 コクリと頷いたノルン。

 すると、いつの間にかロキシーが通勤で使っている騎乗魔獣、アルマジロのジローを連れてきた。

 ジローも俺達の切迫した様子を受け、普段の倍以上の機敏さを見せていた。

 

「ルディ、わたし達は先に行きます。決して無茶はしないで」

「分かってます。危なくなったら、ウィルを連れて逃げます。最悪、魔法大学に逃げ込めば北神だって無茶はしないでしょうし」

 

 ノルンをジローに跨らせ、ロキシーもノルンを抱えるようにしてジローに跨る。

 騎乗する時、ロキシーのスカートの裾からパンツがちょっと見えた。俺は、その純白にして神聖な光景を見て、身体の芯から勇気が湧いてくるのを感じていた。

 

「……よし」

 

 駆け出すジローの後ろ姿を見つつ、気合を入れ直す。

 七代列強第七位、北神三世。

 噂でしか聞いたことがないけど、きっととんでもない強さを持っているんだろう。

 俺もルイジェルドやバーディ陛下、そしてあの龍神オルステッドと戦った。

 だから、列強の恐ろしさも十分に理解できる。

 

 ウィルも、強い。

 でも、それは万全の状態だったらの話だ。

 あの模擬戦だって、ウィルも相当に消耗しているはずだ。

 

「ウィル、死ぬなよ……!」

 

 魔法大学の門を潜り、郊外へ向けて走る。

 もしかしたら、俺も死ぬかもしれない。

 そう考えたら、シルフィやロキシー、そしてルーシーの姿が思い浮かぶ。

 

「……」

 

 それでも、俺は走るのを止めない。

 ここでウィルを見捨てたら、俺は一生後悔する。

 俺が行かなかったせいでウィルが死んでしまったら。

 アイシャやパウロ、ゼニスやリーリャだって悲しむ。

 

 そんなのは、見たくない。

 せっかく幸せに暮らしている今の(・・)家族を、不幸にしたくない。

 だから、俺は行く。

 

 弟を助けない兄貴なんて、どこの世界に存在するっていうんだ?

 

「ッ!?」

 

 そう、思った時。

 

 

 シャリーアの郊外から、火山が噴火したような、大きな爆発音が聞こえた──

 

 

 

 


 

 夕陽が沈みつつあるシャリーア郊外。

 そこに、天変地異に匹敵する“ぶつかり”が発生し、大地を波打たせていた。

 周囲一帯は地中貫通爆弾を投下したかの如きクレーターが現出し、衝撃波で周囲の植物は全てなぎ倒され、荒れ野へと変わる。

 

「ガッ──!?」

 

 クレーターの中心では、王竜剣カジャクトをウィリアムへ圧し当てるアレクサンダーの姿。両腕に装着された手甲で、アレクサンダーの剣圧を必死に耐えるウィリアムの姿。

 闘気を十全に込めたウィリアムのガチタックル。カルバリン砲の水平射撃に等しいその威力は、アレクサンダーへと届かず。

 

「これが、王竜剣の威力だッ!」

「ッッ!!」

 

 ぎしり、と、鋼が軋む音が鳴る。

 猛烈な高重力がウィリアムを襲い、至近で爆弾の衝撃波を受けた者同様、ウィリアムの眼球はやや飛び出し、全身の穴という穴から血が噴き出ていた。

 まるで、黄泉平坂の巨岩(おおいわ)を支えるが如き有様。

 

 “王竜剣カジャクト”

 

 魔族の名匠ユリアン・ハリスコが心血を注いで拵えし珠玉の逸品。

 中央大陸で猛威を奮った魔物、王竜王カジャクトの素材で作られたこの剣は、王竜の固有魔術“重力魔術”の性能を付与した北神流最強の魔剣。

 単純な剣の性能も凄まじいが、王竜剣の真の威力はその重力魔術を駆使した攻撃力、そして防御力にある。

 重力力学を無視したその剣威は、相対するあらゆる者を容易に攻略せしめた。

 

「グウゥッ!!」

 

 ウィリアムのアタックは、寸前にてこの高重力により阻止されていた。

 まともにぶつかればアレクサンダーを肉塊へと変えるその威力が、王竜剣から放たれし重力と共にウィリアム自身へ跳ね返る。

 

何故(なにゆえ)──!?)

 

 ウィリアムはこの理不尽な現象を、即座に魔術によるものと確信する。

 だが、反魔の性質を持つ“不動”を纏いし己が、何故このような理不尽に晒されているのか。

 

「このまま、潰すッ!」

「グゥッ!?」

 

 全身から圧力を発し、アレクサンダーが王竜剣に力を込める。

 ウィリアムは膝立ちになりながら、必死でその圧力に耐えていた。

 

「ッ!?」

 

 ふと、ウィリアムは己の体液とは違う、真紅の滴りを見る。

 それは、アレクサンダーの鼻孔から流れ落ちていた。

 

「アアアアアアアッッ!!」

 

 北神の咆哮。

 眼から、鼻から、口から鮮血を迸らせる。

 

 不動の反魔は、確かに発動していた。

 だが、それをねじ伏せた(・・・・・)アレクサンダーの気魂。

 反発する重力を、更に高圧力を持った重力で圧倒する。

 

 刹那の瞬間で発せられた北神の荒業。

 不死魔族の血が混じった冠絶たる肉体、そして北神流の極意を悉く身につけた武才。

 それらを十全に発揮した無垢なる侵略剣は、敷島の理不尽を力技で封じていたのだ。

 

(強い……!)

 

 ウィリアムは思わずこの驕る北神の戦力を再評価していた。

 思い上がった列強づれなどと侮るなかれ。北神が持つ大戦力は、増長した独りよがりな正義を押し通すには十分なり。

 対する当方の、迎撃準備やや不足。

 不動の性能は申し分なきもの。しかし、その性能を十全に発揮出来ておらず。

 否、ウィリアムが万全の状態であれば、この鎧はその潜在能力を完璧に発揮し、この高圧力を跳ね除ける事が出来たのかもしれない。

 

(ッ!?)

 

 ウィリアムは高重力に晒された中で、己の肉体、そして不動の変調に気付く。

 

(噛み付いて──!?)

 

 不動が、ウィリアムの肉体に噛み付いている。

 着装された各部位が、微細の刃を食い込ませる。

 

 突然の不動の造反ともいえるこの現象。

 ウィリアムは一瞬困惑するも、即座にその意図に気付く。

 否、気付かされた。

 

(引けというのか……!)

 

 撤退せよ、転生虎。

 北神の重剣に対し、盾あれど矛なき虎では勝機なし。

 捲土重来、期すべし。

 

 そのような強い意志を感じ取ったウィリアム。

 不動は新たなる主に対し、その生存を優先するべく苛烈な忠義を示していたのだ。

 物言わぬ超鋼(はがね)の忠義に、虎は──

 

 

(いな)ッ!!)

 

 

 見くびるな、不動。

 我は無双の流派、虎眼流の長。

 これしきの不利、物の数ではない。

 

 それに──

 

「ッ!!」

「ッ!?」

 

 剣を圧し当てるアレクサンダーの身体が僅かに浮く。

 ウィリアムが放つ得体の知れぬ圧力に、北神の重力は徐々に押し返される。

 

「甘いッ!!」

「グゥッ!?」

 

 だが、再度魔力と闘気を込めた北神の重圧。

 みしりと肉が軋み、虎の肉体は再び苛烈な圧力に晒される。

 互いの肉体から血潮が噴き出し、両雄の周りは赤い霧が滞留していた。

 

「ッ!?」

 

 だが、それまでの状況とはひとつだけ違う事がある。

 両腕を交差させ王竜剣を防いでいたウィリアム。だが、今の虎は左腕で(・・・)重剣を防いでいた。

 アレクサンダーは自由となったウィリアムの右腕が、己の腹に押し当てられたのを目撃する。

 

(現人鬼──)

 

 刹那の瞬間、ウィリアムはあの過剰にして無謬、猥褻にして純潔なる現人の鬼を想う。

 想い出せ。

 砂の大地で眼にした、あの美しく、残酷な指先を。

 悍ましい殺害忍法の、あの凄まじき威力を。

 

 

 その霞の超絶美技を、今こそ盗む時──!

 

 

 この身既に不退転

 

 

 我に霞の魂あり

 

 

 (たたか)うとは

 

 

 一生分の力

 

 

 一瞬で燃やす

 

 

 驕れる北神よ

 

 

 臓腑ぶちまけて

 

 

 死ねい

 

 

 

「渦貝──」

 

 

 

 北方大地の空に、北神の臓物が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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