虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第四十五景『転生虎(てんとら)(やけ)る!』

 

 ああ──

 駄目だ、その構えでは──

 

 揺蕩う意識。

 その中で、ウィリアムはかつての弟子、藤木源之助が二振りの刀を構えているのを幻視する。

 そして、藤木と対峙する一人の剣士の姿も。

 

 伊良子清玄。

 藤木と同じく、かつての弟子であり、己を葬り去った盲目の龍──。

 刀身を大地に突き立て、掛川の虎龍を截断すべく必滅の奥義“無明逆流れ”の構えを取る。

 対する藤木は、二刀の構えにて盲龍と相対する。

 

 虎眼流“簾牙”

 

 右手にて虎眼流骨子の握りにて大刀を構え、左手にて腕部を防御するように脇差を構える。

 伊良子清玄の無明逆流れが、下段にて凄まじき威力を持って放たれる事を想定して練られたこの技。

 脇差にて清玄の下段を封じ、そのまま大刀にて仕留める。

 これは、藤木が兄弟子である牛股権左衛門と共に練り上げた簾牙。牛股が逆さ吊りになり、渾身の力を持って放つ下段を、藤木は簾牙にて見事に防いでおり。

 故に、無明逆流れ対策は万全。少なくとも、藤木、牛股両名はそう捉えていた。

 

 だが、ウィリアムはそれをひと目見た瞬間、その技は決して無明逆流れに勝てぬと看破する。

 

 清玄の下段は、()()()()で防げる代物ではない。

 

 老いた虎を終わらせた無明逆流れ。

 その剣速、その威力を十二分に知っていたかつてのウィリアム。

 片腕で容易く防げる程度の技ならば、そもそも自身はあの時不覚を取るはずもないのだ。

 

 そう想っていると、藤木と伊良子両名の間合いは撃尺に入っていた。

 烈火の如き勢いで伊良子に迫る藤木。

 それを迎え撃つべく下段を跳ね上げる伊良子。

 

 双龍相撃。

 藤木の簾牙は、伊良子の逆流れを防ぎ、大刀を繰り出す。

 だが、ギリギリの所で躱されたのか、盲龍に深手を与えることは能わず。

 余人には両者の攻防をそのように見えていただろう。

 

 だが、ウィリアムはその攻防の真実を視ていた。

 瞳が猫科動物の如く肥大し、刹那の攻防を余すことなく捉える。

 

 ああ、やはり

 

 達観したように、虎はそう想う。

 伊良子の下段を受けた、藤木の左腕。

 それが、脇差ごと藤木の左腕を截断していた。

 鋭利過ぎる切断面は藤木の左腕を即座に断裂することはなく、そのまま癒着せしめる。

 だが、少しでも力を込めれば、その腕部はずるりと分断されるだろう。

 微かに身を震わせる藤木を、ウィリアムは色のない瞳で見つめていた。

 

 

 茫漠とした視界が開ける。

 ウィリアムの眼前には、既に藤木と伊良子の姿は無く。

 代わりに、己の喉仏に突き刺さった虎の肋骨を乱暴に引き抜くアレクサンダーの姿があった。

 

「──ッ!」

 

 荒い呼吸を繰り返し、毅然とウィリアムを睨みつけるアレクサンダー。穿孔した喉からどろりと赤黒い血流が漏れ出ている。

 だが、アレクサンダーはその負傷を全く構うことなく虎を睨んでいた。

 

「……」

 

 睨みを受けるウィリアム。その溢れた(はらわた)が、外気に触れ湯気を立てている。

 呼吸はアレクサンダーとは違いひどく浅い。否、もはや虎の心肺機能は停止寸前まで低下していた。

 

 血風に身を晒す、異界虎眼流の若き武神。

 血界に身を置く、不治暇北神流の若き北神。

 シャリーアの地は二人の列強にとってやんぬるか(どうしようもない土壇場)の地となり果てる。

 その決着は近い。

 

「オオオォォォッッ!!」

 

 喉から血液を噴出させながら、アレクサンダーは怒唄歌のような気合を発する。

 悲鳴にも似たその叫び。否、事実アレクサンダーは恐怖していた。

 

 幾度致命傷を与えれば、この虎は斃れるのだろう。

 幾度北人流の奥義を繰り出せば、この武神を屠れるのだろう。

 もはや何者かが大小を投げ込んだことは、アレクサンダーにとってどうでもよく。

 ただ、ウィリアムの“不死性”に恐怖していた。

 

 なぜまだ死なない。

 お前は、ただの人族のはずだ。

 

 そのような得体のしれぬ恐慌が、アレクサンダーの心にじわりと広がる。

 ウィリアムが己と同じある程度の不死性があるならば、この異様な耐久力は納得は出来る。

 だが、目の前のウィリアム・アダムスはただの人族のはずだ。

 尋常ならざる鎧を纏っているとはいえ、その耐久力は常を逸している。

 なぜ腸を溢れさせながら、虎はまだ死んでいないのだ。

 

 士魂だ。

 常人には、六面世界の住人には理解出来ぬ敷島の死狂うた士魂。

 それが、瀕死の虎を可動せしめているのだ。

 

 侍の本懐とは、ナメられたら殺す。

 己の名誉の為ならば、死ぬ覚悟で相手を殺すのだ。

 そこに、慈しみなど無い。

 

 古の鎌倉武士の気概を色濃く感じさせるその執念は、若き北神にとって恐怖そのものでしかなかったのだ。

 

「──ッ!」

 

 恐怖心を克己するかのように、アレクサンダーは下げた王竜剣を斜め後ろに構える。

 

 北神流“順法・下段構え”

 

 これは“重力破断”のような奥義とは違い、ともすれば中級程度の等級で伝授される、不治暇北神流の極めてありふれた型である。自身よりも大型の魔物へ下段から斬り込む想定で練られしこの技。

 それは、この局面で繰り出すような技法ではない。

 

 だが、アレクサンダーは最後にこの技を選んだ。

 偉大なる父が、英雄たらしめる契機となった王竜王討伐。

 寝物語に聞かされたこの英雄譚で、父はこの技を用い王竜王カジャクトへ致命を与えていた。

 

 故に、縋ったのだ。

 北神三世は、北神二世の伝説に。

 そうすれば、この身体は再び勇気を取り戻すことが出来るのだから。

 

「──」

 

 そのようなアレクサンダーを、変わらず色のない瞳で見やるウィリアム。

 上半身の防御を一切無視した隙だらけの構えを取るその姿に、僅かに目を細めていた。

 父の幻影に縋るように下段の構えを取るアレクサンダーであったが、それは己の特性を十全に発揮した勝算のある構えである。

 

 アレクサンダーの真骨頂は、重力魔術や王竜剣を用いた絶技ではない。

 祖母譲りの不死魔族の特性──己の不死性を活かした、相打ち覚悟の捨て身の剣法である。

 がら空きの面や胴に打ち込めば、即座に北神流の返し技が繰り出されるのは必定。

 相打ったと思って斃れた対手が見る最期の光景は、刃をその身に受けながらも両の脚で立つアレクサンダーの姿なのだ。

 

「──る」

 

 アレクサンダーが渾身の闘気を込めて待ち構える刃圏に、ウィリアムは重傷を感じさせないほどの足取りで間合いを詰める。

 だが、簾牙の構えは藤木が用いた型から微妙な変化を見せている。

 左に構える小刀をより下段へ下げ、それに並行させるように大刀を握る。

 

 虎眼流“本家・簾牙”

 

 藤木が小刀のみで逆流れを受けようとしたその術理は、虎の眼から見て不完全なもの。

 小刀だけではなく、大刀も添え、両腕の力を用いなければ逆流れは防げぬ。

 防いだ後、がら空きとなった対手を存分に仕果たせば良いのだ。

 このような術理を、ウィリアムは曖昧な思考で導き出していた。

 

 みしりと、不動の牙が虎の肉体へ食い込む。噛みつかれた箇所から、ぬるりと粘ついた血液が流れ出る。

 死に体となった虎へのあまりにもなこの仕打ち。だが、これは不動の虎に対する慈しみの発露である。

 

 その意味は──

 

「ガアアアアアッッ!!」

「──ッ」

 

 撃尺の間合いに入った両雄。

 咆哮と共に、アレクサンダーの下段が跳ね上げられる。

 簾が牙を剥き、王竜の牙を迎え撃つ。

 ウィリアムの大小が、王竜剣に触れる。

 

 決闘の場が、鋼が交わる閃光に包まれる。

 

 そして──

 

「カハッ」

 

 アレクサンダーの手刀が、ウィリアムの破れた腹腔を深々と抉っていた。

 その手はウィリアムの心臓にまで達しており、虎の心臓を鷲掴みにしたアレクサンダーはぎしりと締め上げる。

 

「おわりだッ!」

 

 血反吐を吐きながらそう唱牙するアレクサンダー。

 その首には、二振りの妖刀が斬り入れられている。だが、切断までには至らず。

 不死の肉体は、アレクサンダーの断首を後一歩のところで踏みとどまらせていた。

 

 刹那の攻防。

 簾牙にて下段を封じたウィリアム。

 王竜剣の上を滑るように、並行した妖刀二振りをアレクサンダーの首へと振る。

 だが、妖刀が首へ入った瞬間、ウィリアムの肉体は停止した。

 

 王竜剣を捨てたアレクサンダーの貫手。

 無手で列強との戦いに挑んだウィリアムへ返礼するかのように、拠り所であった王竜の剣を捨てていた。

 恐怖を克服した、英雄の死狂うた奥の手である。

 

「死──ッ!?」

 

 しかし。

 止めを刺すべくウィリアムの心臓を握り潰そうとしたアレクサンダーの肉体に、めくるめく悪寒が(はし)った。

 

「あ、ああ……?」

 

 ずるりと生々しい音を立てながら、アレクサンダーは手刀を引き抜き、両膝を地につけた。

 見ると、その不死の肉体は瞬く間に糜爛が進行していった。

 

「な……?」

 

 みるみる爛れるアレクサンダーの肉体。毒物など効かぬはずの肉体が、なぜこのような病変に苛まれるのか。

 答えを求めるように、アレクサンダーはウィリアムへ視線を向ける。

 停止したウィリアムは、腹腔を抉られながらも未だ両の脚で立っていた。

 

「なぜ……?」

 

 幾度も対手に見せてきた光景を、今度はアレクサンダーが見る。

 爛れる肉体を這いつくばらせながら、アレクサンダーは突如発生した肉体の変化に慄き、その原因となったであろう虎へも慄く。

 

「何を……した……?」

 

 全身を激痛に苛まれたアレクサンダーへ、虎の応えは無かった。

 

 

『るきへるの毒が回ったのです』

「ッ!?」

 

 突如、アレクサンダーの後方から日ノ本言葉が響く。

 

『その者は人でありながら(るきへる)の血が交わっています』

「何を、言っている……!?」

 

 突如現れし異形。

 頭部から大きな翼を生やし、全身が鋼の如き鱗に覆われた、一体の女型の鬼──雹鬼。

 雹鬼はアレクサンダーを無視するように立ち尽くすウィリアムへ近づく。

 

『血を分け与えた鬼が、血に毒を仕込んだのでしょう。この者を守護(まも)る為に──』

 

 戦い抜いた虎を慈しむように、その胸に抱く雹鬼。

 抱き抱かれた虎は脱力し、雹鬼の胸にもたれかかるように身体を預ける。

 そして、その呼吸は既に停止していた。

 

『全ては龍神(どらご)の意志……この“いんへるの“を“ぱらいそ”へと変える、龍神の意志なのです……』

 

 慈しむように、呼吸が止まったウィリアムを包む雹鬼。

 血に汚れたその頭を、優しく撫でる鬼。

 ささくれた虎の髪を梳くように、鬼は虎を撫でていた。

 

『だから、この者はまだ死んではいけない。龍神が、死なせない』

 

 つうと、雹鬼の指先が血に染まる。

 じゅうと音が鳴ると、漏れ出た怨血がウィリアムの顔を伝い、その顔面は焼き爛れていた。

 

『私が、死なせない』

「……っ」

 

 雹鬼はそのまま怨血に染まった指を、ゆっくりとウィリアムの腹腔内へと入れる。

 僅かに呻く虎。その呼吸は、浅いが確かに復活していた。

 

 

「ぐ……ぐぅぅぅッ!!」

 

 アレクサンダーは渾身の力を込めて立ち上がる。

 糜爛が進行した肉体をよろめかせながら、己の首を這う妖刀を引き抜いた。

 

「怪物め……ッ!」

 

 大量の血を流しつつも、王竜剣を拾うアレクサンダー。

 だが、構える力は残されておらず、剣を杖のようにして身体を支えていた。

 

「僕は、僕はまだ──ッ!」

 

 負けていない。

 そのような意志が、若き北神の瞳に宿る。

 だが、一度は打ち払った恐怖心が、糜爛の進行に比例するかのようにアレクサンダーの全身へと広がっていった。

 

『……貴方は、争いのないぱらいそへ行きなさい』

 

 鬼の貌の下に、僅かに憐憫の表情を浮かべる雹鬼。

 片手でウィリアムを抱きながら、残った片手をアレクサンダーへ向けた。

 その指先は、煮えた鉛の如く沸騰している。

 

神様(でうす)よ、お赦しください──』

 

 満身創痍となった北神へ、雹鬼の爪弾が放たれようとしていた。

 

 死──

 

 敷島の怨念が、六面世界の北神を包む。

 生涯初めて味わう死の気配に、アレクサンダーの睾丸は縮み上がり、股下は漏れた水により濡れている。

 

「あ……あ……」

 

 奮い立たせた戦意が萎え、アレクサンダーの腰は砕ける。

 英雄に焦がれた北神三世の命運は、今まさに尽きようと──

 

 そう、なるはずであった。

 

 

「させぬ」

 

 

 アレクサンダーへ向けられた雹鬼の腕が、怨血を撒き散らせながら宙を舞う。

 

『ッ!?』

 

 片腕を切断された雹鬼は、現出した新手の乱入者へと視線を向ける。

 その視線の先には、荘厳な気風を漂わせる、一人の龍族がいた。

 

「あ、貴方は……?」

 

 へたり込むアレクサンダーは、己にとって救世主であるその姿を、涙まじりの瞳で見つめる。

 輝く銀髪。

 金色の三白眼。

 貴人にしか許されぬ、壮麗な白い衣装。

 

「アルマンフィを屠ったのは貴様か?」

『……』

 

 決闘の場に現出した甲龍王ペルギウス・ドーラ。

 その金色の三白眼で、同じく現出した雹鬼を睨む。

 変わらずウィリアムを抱きながら、雹鬼もまたペルギウスを睨み返していた。

 

「ふん、黙して語らぬか……まあ良い。しかし、おかしな事になったものだな。カールマンの孫よ」

「ペ、ペルギウス様……」

 

 油断なく雹鬼と対峙していたペルギウスは、ふと倒れるアレクサンダーへ目を向ける。

 

親友(とも)の孫が得体のしれぬ異形に滅ぼされるのも忍びなし……余が助けてやろう」

「ペルギウス様……!」

 

 助命を確約するペルギウスを涙を流しながら見つめるアレクサンダー。

 絶望の縁に立たされた者が救済に現れた者を盲信するのは、往々にしてありふれた光景である。

 

「……貴様か」

 

 瞬間。

 場の空気が、更に淀む。

 濃厚な敷島の怨念が、辺りを悍ましく包んでいた。

 新たな怨念の発生源に、甲龍の王は三白眼をギロリと向けていた。

 

『公儀刀剣御試役、谷衛成』

 

 一体いつの間に現出したのか。

 新たな鬼が、甲龍王の前に現れていた。

 

「その言葉……そして、そこの女型が抱える虎の小僧……なるほど、読めたぞ」

 

 前後を雹鬼と霓鬼に挟まれながらも、ペルギウスは威厳のある態度を崩さない。

 そして、日ノ本言葉、雹鬼に抱えられるウィリアムを見て、何やら得心がいった表情を浮かべていた。

 

『我らが大義、邪魔立てさせぬ』

 

 ずずっと、霓鬼は大刀を引き抜く。

 同時に、雹鬼は切断された己の腕を拾い、鬼の血にて癒着せしめる。

 不敵な笑みすら浮かべるペルギウスへ、じりじりと間合いを詰めていた。

 

「ふん。何を企んでいるのか知れぬが──」

 

 間合いを詰める鬼二匹。

 弾吹雪を装填する雹鬼、そして剣風刃を射出せんべく大刀を上段に構える霓鬼。

 対するペルギウス。その右手が、膨大な魔力により白い輝きを放つ。

 

 白光に包まれる決闘の場。

 怨鬼と龍王の勝負は、一瞬だった。

 

「トロフィモス」

『ッ!?』

 

 強烈な波動が二匹の鬼へ放たれる。

 完全に意識外からの攻撃。霓鬼はもちろん、咄嗟にウィリアムを庇うように身を晒した雹鬼は、その攻撃を躱すことは出来ず。

 見ると、ペルギウスの使い魔の一人──“波動のトロフィモス”が、両腕を鬼共へ向けていた。

 

 己の前方へと弾き飛ばされた鬼共へ、ペルギウスは右手を上げた。

 

「小僧。もし生きて再び出会う事があれば──」

 

 そして。

 

「その時は、ゆるりと酒でも酌み交わしたいものよ」

 

 甲龍王は輝く手刀を振りかざした。

 

 

「甲龍手刀“一断”」

 

 

 溜められた光がまっすぐと疾る。

 鬼と虎へ、容赦の無い奔流が巻き起こる。

 

 轟音。

 閃光。

 

 直後、鬼と虎の姿は、決闘の場から消え失せていた。

 

「シルヴァリル」

「はい」

 

 “一断”により大きく抉られた大地。

 積もった雪がすべて吹き飛び、むき出しとなった大地に、トロフィモスと共にペルギウスの脇へ跪くのは、同じくペルギウスの使い魔“空虚のシルヴァリル”。

 主の言葉をじっと待つシルヴァリルへ、ペルギウスはつまらなそうに言葉を発した。

 

「そこのカールマンの孫を手当してやれ。不死魔族の血を引くとはいえ、このまま放置すると死にかねん」

「はい」

 

 ペルギウスの言葉を受け、シルヴァリルは後方にて気絶し果てるアレクサンダーへ向かう。

 介抱する様をちらりと見たペルギウスは、やがて鬼と虎が吹き飛ばされた方向へと視線を向けた。

 

「……異物共め」

 

 そう呟く、甲龍王ペルギウス・ドーラ。

 その表情は、余人には計り知れない、深い懊悩が滲み出ていた。

 

 しばらくして、アレクサンダーと共に姿を消す甲龍王一行。

 クレータのように陥没した大地、そして隕石が衝突したかのように抉られた大地。

 終りを迎えた人外共の饗宴。

 残されたのは、変わり果てたシャリーア郊外の地。

 

 そして、六面世界の大地に取り残された、二振りの妖刀のみであった。

 

 

 


 

「……すっげえなおい」

 

 生物の気配が無くなった決闘の場。

 それを遠方から遠眼鏡のような魔道具にて見つめる一人の男の姿があった。

 蹲りながら林立する木立に身を隠し、外套のフードを目深く被る男の表情は見えず、その正体は不明。

 だが、少なくとも男はウィリアムとアレクサンダーの戦いを始めから見ていたのは確かであった。

 

「しかし、やっぱ半端ねえなあいつ……ハンデあっても列強下位クラスじゃ仕留め切れねえとかよ……」

 

 魔力を込めれば魔眼を用いずとも数里先まで望遠出来る魔道具を懐に仕舞いつつ、男は呆れたような口調でそう述べる。

 パンパンと膝についた雪を払い、億劫そうに立ち上がった。

 

「しかも新手の鬼が追加とかよ……こりゃアイツも後手に回っている感じだよなぁ……」

 

 ぶつぶつと文句を言いつつ、凝り固まった背筋を伸ばす男。

 そして、改めて決闘の場へ目を向けた。

 

「ペルギウスも出張ってくるとか、こりゃ相当慎重に動かねえと……下手すりゃ北神まで敵に回す事になるな」

 

 せっかく苦労して騙くらかしたしな、と、飄々とした体で男は呟く。

 そのまま決闘の場へと足を向けた。

 

「ま、あれしきで死ぬとは思えないし、こりゃいよいよもって長期戦だな。せめて妖刀を回収出来るだけでも今回は良しとするか……」

 

 男は残された二振りの妖刀を回収するべく歩き始める。

 男の任務は、その巧みな弁舌で若き北神を虎へぶつける事であった。

 だが、その企みは奇々怪々な乱入者達により木っ端微塵に崩壊していた。

 謀略に長けたこの男でも、まさか()()()()()()()()()とは予想だに出来ず。

 ただ、残された結末を甘受するしかなかった。

 

 だが、男が忠義ともいえぬ捻くれた恩を感じているあの悪神が、最大に警戒する妖刀が残されたのは僥倖。

 それを回収し、破壊ないし封印できれば、ある意味では目的を達成したともいえる。

 気だるそうに歩みを進める男は、そう思っていた。

 

「うん?」

 

 つらつらと考えつつ、十歩ほど歩みを進める。

 そして、決闘の最中、ずっと息をひそめていた森林部から、ちょうど出ようとした時。

 ふと、決闘の場に蠢く影を見留めた。

 

「げっ!? まだいるのかよ!」

 

 慌てて木立へと身を隠す男。

 懐から遠眼鏡を取り出し、その影を探る。

 

気色(キショ)いなあの鬼……あ、ありゃ双子か?」

 

 見ると、昏倒する双子の兎……ナクルとガドを背負った、一匹の鬼の姿あり。

 虹鬼。

 四足獣の如き有様で、荒れた大地を這い回っていた。

 

「何して……オイオイオイ」

 

 その様子をじっと身を潜めて見つめる男。

 すると、虹鬼が何かを掴む。

 鬼の手の内にある二振りの刀。

 それは、男の目的である妖刀七丁念仏、そして千子村正であった。

 

『ゴアアアアアアアアッッ!!』

 

 虹鬼は身の毛がよだつような咆哮を上げると、その場から立ち去っていった。

 

「……あーあ。妖刀取られちまった。ま、しゃーねえか。元々ダメ元な作戦だったし」

 

 ため息をつきながら、再度遠眼鏡を仕舞う男。

 諦観の念を浮かべながら、夜の闇に閉ざされようとする厚ぼったい空を見上げた。

 

「さて、こっからどうするよ」

 

 白い息と共に吐き出された問いかけ。

 一筋の風が吹き、男のフードがめくれる。

 

 

「ヒトガミ様よ」

 

 

 寒気にさらされた猿顔が、皮肉げな笑みを浮かべて歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 


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