ウィリアムの失踪騒ぎから5日後──
事はいつも通り行われているパウロとルーデウスの剣術の稽古の最中に起こった。
「なあ、ルディよ」
「はい、なんでしょう父様」
パウロの言葉にルーデウスは表情を引き締めて耳を傾ける。
以前にパウロに願ったバイトの話……シルフィエットと共に学校へ通うための資金捻出の為に行うバイトの話と思い込んでいるルーデウスは、前世も含めて初めての“仕事”に気合を入れている。
「お前……さ。シルフィと別れろって言われたら、どう思う?」
しかし、パウロの口からは放たれたのは、ルーデウスの予想だにしない言葉であった。
「は? 嫌に決まってるじゃないですか」
「だよなあ」
「なんなんですか?」
「いや、なんでもない。話をしたって、どうせ言いくるめられるだけだしな」
そうパウロが言った直後。
豹変したパウロはルーデウスに強烈な殺気を向ける。
「えっ!?」
膨大な殺気を出し、パウロが踏み込む。
ルーデウスは刹那の時に、明確に“死”をイメージした。
しかし瞬時に魔力を全開にしてパウロを迎え撃つ。
得意の魔術でパウロとの間に爆風を発生させ、自身も大きく後ろへ飛び距離を取る。
(なになに!? なんなの!? 俺がちょっとワガママ言ったから怒ってるの!? ねえパパン!?)
ルーデウスはパウロとの稽古で、日々対パウロとの立ち合いをシミュレート想定していた。
シミュレート通り、魔術で対抗する為に距離を取る。
(何にせよパウロはやる気だ……応戦しなきゃやられる。思い出せ、何度もシミュレートした対パウロ戦を)
しかし、パウロは爆風を全く気にせずにルーデウスに突っ込んで来た。
反射的にルーデウスは自身の真横に衝撃波を発生させる。
衝撃波でパウロの猛追を躱し、ようやく距離を取る事が出来た。
瞬時に最も得意とする土魔法で足元の土を操作し、更に踏み込もうとしたパウロの足を止める。
が、パウロは即座に逆足で踏み込み、またもルーデウスに肉薄する。
(両足を止めないとだめなのかよ……!?)
再び足元に“泥沼”を作り出し、パウロの足を止める。
だが、それすらも刹那のタイミングで沼の縁に足を掛け、三度ルーデウスに肉薄するパウロ。
しまった! と、ルーデウスが思った時には、既にパウロはルーデウスの眼の前に存在した。
「う、うああああ!」
慌てて剣で迎撃するルーデウス。
型も何もない無様な一撃は、“ぬるり”とした感触しか返ってこなかった。
(水神流! 受け流された!)
水神流の技で流された直後に来るカウンターの一撃。
スローモーションのように、パウロの剣がルーデウスの首筋へと伸びる。
(ああ、だめだ。……真剣じゃなくてよかった)
来るべき衝撃にルーデウスは目をつむる。
しかし、いつまでたっても己の意識を刈り取る一撃はやって来なかった。
「……?」
恐る恐る目を開けば、パウロの木剣はルーデウスの首筋の寸前で止められていた。
パウロは木剣を引き、やおら家の方を向く。
「ウィル、いいぞ」
いつからそこにいたのか、実弟ウィリアムが木剣を手にルーデウスを見つめていた。
「と、父様! 一体何なんですか! いきなり本気で……」
「ルディ。次はウィルと立ち合え」
俺の抗議の言葉を遮り、パウロはウィルとの立ち合いを指示する。
いきなりシャレにならん殺気を出して襲いかかったと思ったら、今度はウィルと立ち合えだって?
ワケも分からず混乱する俺にかまわず、ウィルは俺へと歩を進める。
一体何なんだこれは……
ウィルと俺を立ち合わせる意図は何だ?
ていうかそもそもパウロは何で俺に襲いかかって来たんだ?
ふつふつと、理不尽なこの状況に怒りが湧いてくる。
ああー……もう。
パウロ。
お前さんが何を考えてこの状況を仕組んだかはさっぱりだ。
だけど、お前さんが立ち合えっていうなら、望み通りウィルとやり合ってやるよ。
この何考えてるのかよくわからんヒ○カみたいな弟に兄の威厳を思い知らせてやる!
……ヒソ○は言いすぎたな。ゴメン、ウィル。
せめて愛○惣右介みたいだと言っておこう。あまり変わらんか。
そんな下らない事を考えていると、ウィルが歩みを止めて木剣をゆっくりと構えた。
「……いざ参る」
ウィルは、そう言うと
「一太刀……一太刀にて、終わらせまする」
「な……!」
──パウロと俺の差はまだまだ大きい。
今さっきの戦いで、それが十分身にしみた。
でも振り返ればそこまで悪い戦いじゃなかったと思う。
結果的には惨敗したけど……
そんな俺に一太刀で終わらせるだって?
舐めすぎだろ、俺を。
転生してから、俺は毎日毎日体を鍛え、魔術を磨いてきた。
もう後悔したくない──そんな思いで、毎日努力してきた俺を舐めすぎだろ。
いいぜ、見せてやるよ。
お前の兄貴が、どれだけ強いかを見せてやる!
……とはいえ、熱くなったらダメだ。
一回深呼吸をし──よし。落ち着いた。
先程のパウロとの一戦での反省点は、十分に距離が取れなかった事だ。
相手が魔術を使ってこないなら、アウトレンジで一方的に魔術を使って戦うのが鉄則──
十分に距離を取る為、数歩、後ろへ後ずさる。
ウィルは木剣を担いだまま動こうとしない。
ていうかその構えは、剣神流や水神流にも無い構えだ。
視線の隅に見えるパウロも、ウィルの構えを眉を顰めながら見ている。
遠い。遠すぎる。これなら掠りもしない。
でも、まさか北神流みたいに剣を投げるんじゃないだろうな……
北神流は、なんていうか型という型が存在しない剣術だ。
一応北神流の中でも奇抜派、実戦派、魔王派等いくつも門派があるから一概にはそう言えない所もあるけど……。
ちなみにパウロは奇抜派を習得している。
だけど、どれだけ早く投げつけようが、この距離なら余裕で躱せる!
十分に距離を取った。
お前が一撃で終わらせるつもりなら、こっちも一撃で終わらせてやる。
多少強めに魔力を練り──狙いはウィルの頭。
致命傷には至らないように、ある程度抑える必要があるけど、狙い所さえ外さなければ一撃で意識を刈り取れる。
無詠唱魔法なら、相手の初動がいかに早かろうがおかまいなしに初撃を叩き込む事が出来るのだ。
相変わらず剣を担いだまま静かに動こうとしないウィルに向けて、必殺の一撃を見舞うべく指先を向けた。
「ストーンキャノ……」
カッ
そんな音がしたと思ったら、目の前に壁が現れた。
なんだ!? なにが起こった!
意識が混濁する。
目に映る壁が、ひどくドロドロに見えた。
……ああ、これ、俺が地面に倒れているんだ。
壁だと思っていたのは地面だ。
つまり、俺が、ウィルの一撃を食らって、倒れたんだ。
「ぐっ……ぎ!」
気合で立ち上がる。
頭がくらくら、ガンガンする。
景色がドロドロする。
でも、このままじゃ終われない。
そう思い前を向くと、
首筋に、衝撃を覚え、意識が暗い闇へと落ちていった──
ウィリアムが放った“流れ”という虎眼流の剣技がある。
虎眼流中目録以上にのみ伝授される秘伝の技で、剣を片手で背後に担ぎ、柄の鍔元から柄尻まで横滑りさせながら剣を振る事で、相手の目測を超える射程距離で斬撃を叩き込む必殺の技だ。
通常の間合いでは、この流れを躱すのは至難の業。
精密な握力の調整が出来なければ、剣はあらぬ方向に飛んで行ってしまうだろう。
──流れ一閃
ウィリアムが放った“流れ”は、ルーデウスの顎先を掠め、地を這わせた。
神速の斬撃を目の当たりにしたパウロは、全身から冷や汗が吹き出していた。
(もし──俺があの技を受けていたら──)
剣神流に“無音の太刀”という奥義がある。
上級以上の使い手が習得しているその技は、闘気を乗せ、文字通り風切り音さえ残さない速度の斬撃を見舞う。
並の使い手では躱せないその技を思い起こすパウロは、ウィリアムが放った斬撃がそれと何ら遜色もない……いや、それ以上の速度で叩き出されたウィリアムの斬撃を、果たして自分でも躱しきれるか──
水神流の受け流しも間に合わない、その最小の斬撃で放たれた“実戦的な技”に驚愕を覚えていた。
(一体いつのまにそんな事ができるようになったんだ?)
パウロとの稽古では全くもって基本通りの稽古しかせず、闘気の使い方を教えた事以外はとりたてて特別な事はしていない。
なのに、どこの流派にも見られない剣筋を放つウィリアム。
ルーデウスは、毎日の剣の稽古やロキシーとの魔術の修行を見ていたので成長具合がよく見えていた。
先程の戦いでは危うく一本取られるかと密かに安堵のため息をついたくらいだ。
時間にしてみれば一瞬だったが、完全な奇襲であったにも関わらず、三歩もルーデウスに使った。
特に最後の一歩を少しでも躊躇すれば、足を取られ一気にやられていただろう。
ルーデウスとパウロの戦いは、内容的には完璧にパウロの負けであった。
我が子ながら末恐ろしい。
だが、嬉しい。
パウロは、自分の息子がその才能の片鱗を見せつけた事を、素直に喜んでいた。
そんなルーデウスをただの一振りで打ち負かしたウィリアム。
自分があずかり知らぬ所で兄以上の実力を身に付けていたウィリアムは、一体何をしてそこまでに至ったのか。
パウロは、ウィリアムが隠しているポテンシャルを見る為だけに、ルーデウスとの立ち合いを画策した。
思えば最初に立ち合って『さすが俺の子』、と思わせる程戦いのセンスを見せたルーデウス。
しかし、けしかけたは良いがルーデウスに対しウィリアムがまともに戦えるのか……今更ながら立ち合いを仕向けた事を悔やんでいた。
でも、底が見えないウィリアムならそこそこいい勝負をしてくれるのでは──
そんな淡い期待を込めつつ、ハラハラと子供達の立ち合いを見守っていた。
それが、一撃で葬ると不敵に宣言するウィリアム。
その宣言通りに、見慣れぬ構えから放たれた斬撃でルーデウスは沈んだ。
(つーかあの間合いから届くなんて……ありえねえだろ!)
ひと目見ただけではその術理は解明できない。
僅かに木剣の柄を滑らせたようにも見えたが、どんな稽古をすればそれが出来るのか……
この得体の知れぬ次男坊は、パウロの想像をあらゆる意味で超えていた。
「……」
無言で兄を見下ろすウィリアム。
その瞳はただただ無色──
「ぐっ……ぎ!」
必殺の流れを受けたというのに立ち上がろうとするルーデウス。
その様子を見たウィリアムは、意外にも根性を見せる兄を僅かに驚愕の眼差しで見やる。
しかし、剣虎は、即座に止めの一撃を加えるべく木剣を振るった。
「ッ!」
鋭い一撃を首筋に叩き込むウィリアム。
今度こそ、ルーデウスの意識は完全に途絶えた。
そして虎は、更に一撃を加えんとしたのか、大上段に木剣を構えた。
「あぶねえ!」
振り下ろそうとする瞬間、即座に割って入り、ウィリアムの木剣を掴むパウロ。
そのまま木剣を奪い取ったパウロは、ウィリアムの頬を叩いた。
「加減しろ莫迦!」
パウロに頬を叩かれたウィリアムは、変わらず無表情に父を見つめる。
「兄弟だぞ!」
そんなウィリアムに構わず、ルーデウスを抱き抱くパウロ。
叩かれた頬を押さえ、しばし瞑目したウィリアムはそのまま無言で頭を下げた。
「そいつらがお前の子供か」
「ギレーヌ! もう来ていたのか」
パウロが頭を上げると、よく鍛えられた肉体、露出度の高いレザーの服、全身傷だらけで猫耳を生やした女戦士が立っていた。
片目は眼帯を装着している。
その豊満な体つきは、歴戦の剣士が持つ“凄味”と女性としての“色気”を備えていた。
ギレーヌと呼ばれた女戦士は、パウロに抱かれたルーデウスと、その隣に佇むウィリアムを交互に見やった。
「その子が例の子で……こっちは……」
ギレーヌはその隻眼の瞳で、ウィリアムの瞳を見つめる。
ウィリアムはいつも通りの色が無い瞳でギレーヌを見つめ返していた。
「パウロ・グレイラットが二子、ウィリアム・グレイラットと申します」
ウィリアムはギレーヌにぺこりとおじぎをする。
端から見れば礼儀正しく挨拶する子供。
先程まで容赦なく兄を打擲しようとしていた空気は、いずこかへと消えていた。
「ほう、パウロの息子にしては礼儀正しいんだな。あたしはギレーヌだ」
ギレーヌはウィリアムをまじまじと見て声をかける。
この見慣れぬ剣術を使う子供に、剣王級まで上り詰めた獣人剣士は関心を高めていた。
「先程から見ていたが……随分変わった剣を使うんだな。パウロ、お前はいつから三大流を止めて無手勝流になったんだ?」
「いや……ウィルのは……」
ギレーヌはこの見たこともない太刀筋をパウロが仕込んだ物と思い込んでいた。
パウロはギレーヌの問いかけに言い淀む。
自身が全く教えていないウィリアムの剣筋は、一体いつ覚えたのか。
むしろパウロの方が聞きたいくらいであった。
「まあいい。例の件がなかったら、あたしはこの子に剣術を教え……いや、立ち合ってみたかったがな」
「ギレーヌ……」
剣王級剣士としての性か、僅か5歳の童子にまで闘争本能を滲ませるギレーヌにパウロは何とも言えない表情を浮かべる。
当のウィリアムは己の虎眼流を“無手勝流”などと言われ、むっと表情を膨らませかけたが……初めて見る獣人族の容貌に、怒りより興味が勝っていた。
マジマジと、ギレーヌの猫のように揺れる尻尾を見て、(猫又?)と、場違いな疑問さえ覚えていた。
「久しぶりねギレーヌ」
「ゼニスか」
ゼニスがリーリャを伴って家から出て来る。
ゼニスは、以前自身が所属していた冒険者パーティ“黒狼の牙”元メンバーであるギレーヌと、久方ぶりの再会に言葉を弾ませていた。
「ウィル」
そして、ゼニスはウィリアムの目の高さまで屈んでその瞳を見つめる。
かける言葉は、先程のルーデウスを打擲せんとしていたのを、責める様子は一切感じられず……ただ優しかった。
「ウィルは、
「な……母さん!」
パウロはゼニスの言葉を理解できなかった。
気絶させたまでは良いとしよう。
たが、その後更に追撃を加えんと大上段に木剣を振るおうとしていたのを見ていなかったのか。
その事を言おうとしたら、ギレーヌが追従するかのように言葉を添えた。
「ああ、それはあたしから見ても感じたな。この子は、まだ
「なん……」
パウロは女達から次々発せられる言葉に、ただ驚愕するばかりだ。
事実、ウィリアムはルーデウスに手心を加えていた。
前世での弟子達に対しても
今回の事も、“兄と立ち合え”“ただし怪我はお互い無いように”という父の言いつけを忠実に守っただけにすぎない。
ルーデウスを昏倒させた二撃目の打ち込みも、本気であったらルーデウスの首と胴体は綺麗に離れていただろう。
木剣で畳表を切断する技量を持つ虎眼流剣士は、真剣でなくても──否、例え素手であっても容易に人命を奪える殺傷能力を備えているのだ。
最後の大上段に木剣を構えた事についても、単純にルーデウスが再び起き上がって来た時に備えていただけに過ぎない。
それを叱責され、頬を叩かれた事については……ウィリアムはさもありなん、と甘んじて受け止めていた。
どのような言いがかりであれ、父親に歯向かう事はウィリアムの前世での価値観が許さなかった。
ルーデウスが以前、同様にパウロの“誤解”から叱責され、理路整然と父の誤りを正したのとは正逆の事である。
ここでも平成と戦国末期の価値観の相違が表れていた。
「ウィルは、ちゃんと手加減して打っていたよね。お父さんは心配性だから、許してあげてね?」
そう言いながら、ゼニスはそっと叩かれたウィリアムの頬を撫でる。
ウィリアムは、あくまで父の面目を保つため、沈黙を続けた。
「しかしそんな事まで見抜けないとは……パウロ。冒険者を引退してから随分と鈍ってしまっているようだな」
「……剣王サマにそう言われちゃあ、なーんも言い返せねーよ」
自身の上級剣士としての目利きは、剣王級には及ぶべくもなく。
ましてや母親の目にすら劣っていた事に、パウロはまた“間違えた”事を深く反省した。
「すまん、ウィル。お前は、ちゃんと俺の言いつけ通りにルディを怪我させないように気をつけていたんだな」
「……」
パウロの謝罪に、ウィリアムは再び頭を下げる。
間違っていようがいまいが、父親には従うのが武家……それも次男坊としてはあるべき姿であった。
もっともパウロはそのような仕来りに反発し、“ノトス”という家名を捨ててまで庶民的な家庭を築いたのだが──
「パウロ、そろそろいいか」
父子の様子を黙って見ていたギレーヌが、痺れを切らすかのようにパウロに声をかける。
「ああ、すまん。ギレーヌ」
「しかし、弟に比べて剣術に難があるな」
「まぁな……でも、今回の件はそれも含めて丁度いいんだ」
パウロはシルフィエットの父、ロールズから以前から相談されていた事を語る。
初めて出来た友達のルーデウス。
最初は仲睦まじく、健やかに過ごしていたが……
徐々に、シルフィエットのルーデウスに対しての依存度が高まっていった。
それにつれ、親の言うことも聞かなくなり始めている。
またルーデウス自身も、シルフィエットに依存し始めていた。
このままでは互いの成長に宜しくない……
そのような事から、パウロは縁戚のボアレス家に5年間、ルーデウスを預け
強制的にシルフィエットと離そうとしたのだ。
もっともルーデウス自身もそこを自覚し、だからこそ学校に通うための資金捻出、及びその為のバイトを申し出ていたのだが……
肝心のシルフィエットと一緒では意味がない。
だからこその、今回の強制送致。
丁度、ルーデウスに合った仕事がボアレス家に用意されている。
5年間、手紙や帰宅を禁じ、まったく新しい環境で様々な事を学び、飛躍する事を祈って。
シルフィエットの事を考えれば、痛ましい事ではあるが、息子の成長を思えばこその行動だった。
「ああ……ルディ!」
一段落し、ゼニスはパウロに抱えられたルーデウスに抱きつく。
気絶しているルーデウスの顔に、名残惜しそうに口づけをした。
「まだまだ軽いよなぁ……」
パウロはルーデウスの成長ぶりに頼もしさを覚えると同時に、まだまだ成長途中の我が子の軽さに表情を崩した。
「それじゃあギレーヌ。宜しく頼む」
「ああ。任された」
ギレーヌが乗っていた馬車にルーデウスを押し込んだパウロは、認めた手紙と共にルーデウスをギレーヌに託した。
挨拶をそこそこに、ギレーヌは馬車を走らせるよう御者に指示を出す。
遠ざかる馬車を、残された家族は様々な思いを込めて見送っていた。
「あぁ、私の可愛いルディが行ってしまう」
「奥様。これも試練でございます」
「わかっているわ、リーリャ。ああ、ルーデウス! 旅立つ息子! そして二人息子の一人を奪われて可哀想なわたし!」
「奥様。もう二人じゃありません」
「そうだったわね。妹が
「二人……! お、奥様!」
「いいのよリーリャ。私はあなたの子供でも愛して見せるわ! だって、私は、あなたを、愛しているのだもの!」
「ああ! 奥様! わたくしもです!」
ゼニスとリーリャはやたらと芝居がかった口調で馬車を見送っている。
もっとも、ルーデウスは他人から見ても優秀な子供なので、この二人もそこまで心配しているわけでは無いが。
(それにしてもこの二人、仲がいいなー)
もはや馬車をそっちのけで熱い抱擁を交わすゼニスとリーリャ。
そんな二人を見て、パウロは呆れながら馬車を見送る。
下の子供達が物心付いた時にはルーデウスはいない。
その時、このウィリアムが果たしてきちんと“兄”として振る舞えるのか。
(ま、どちらにせよ可愛い娘からの愛情は、父親で独占することになりそうだけどな!)
そんな下らない事を考えつつ、横に並ぶウィリアムの頭をポンポン、と撫でる。
「ルディの……兄ちゃんの代わりに、お前も妹達の面倒を見るんだぞ」
「……父上のご希望とならば」
「そうじゃない」
パウロは、先程のゼニスと同じようにウィリアムの目線の高さまで屈んだ。
「お前が、お前が心から、ちゃんとルーデウスの分まで妹達を“愛して”あげるんだ」
「愛する……」
「俺達は“家族”なんだ。正直、俺はお前が何考えているか分からない。こんな事でしか、お前を計る機会もなかった。でもな、ウィリアム」
パウロはウィリアムを抱きしめながら言葉を続ける。
「お前が何者であれ……俺の大事な息子には変わりないんだ。俺達の、愛する家族なんだ。だから、ウィル。お前も俺達を愛してくれよな」
「……」
ウィリアムは、前世ではなかった感情が湧き上がってくるのを感じていた。
真っ直ぐな家族愛を向けられるのは、前の人生では無かった。
ふと、目を閉じると、前世の一人娘……“三重”の姿が浮かび上がっていた。
その表情は──
「ついでに仲良くオレをイジメるのをやめてくれると嬉しいって、母さんとリーリャにお前からも言ってくれないかなー……」
そんなパウロのつぶやきに、ウィリアムは──笑顔を覗かせた。
「フフッ……」
前世では“嗤う”ばかりであったウィリアムだが、今、初めて味わうその感覚は、虎の心に爽やかな風を吹かせていた。
「か、母さん! リーリャ! ウィルが笑ってくれた! 笑ってくれたぞ!」
「まぁ! ウィル! そんな天使のような笑顔を見せてくれるなんて!」
「ウィリアム坊ちゃま……やっと、そんな表情を見せてくれるようになったんですね……」
(……かの家族は、日ノ本の“武家”とは違うようだ)
過剰なまでの家族の反応に、ウィリアムは、再びその表情を崩した。
──────────────
ルーデウス……こんなやり方は、オレだって好きじゃない。
けど、お前は言っても聞かないだろうし、オレも言って聞かせられる自信はない。
かといって、何もせずに見ているのも親として失格だ。
力不足で他力本願だが、こういう事をさせてもらった。
強引かもしれないが、賢いお前ならわかってくれるだろう……。
いや、わかってくれなくてもいい。
お前の行く先で起こる出来事は、きっとこの村では味わえないものだ。
わからずとも、目の前の物事に対処していけば、きっとお前の力になる。
だから恨め。
オレを恨み、オレに逆らえなかった自分の無力さを呪え。
オレだって父親に押さえつけられて育ってきたんだ。
それを跳ねのけられなくて、飛び出した。
その事には後悔もある、反省もある。
お前に同じ思いはさせたくない。
けどな
オレは飛び出したことで力を手に入れたぞ。
父親に勝てる力かどうかはわからないが
欲しい女を手に入れて、守りたいものを守って、
幼い息子を押さえつけられるぐらいの力はな。
反発したけりゃするといい。
そして力を付けて戻ってこい。
せめて父親の横暴に負けない程度の力をな。
そして、ウィリアムも……
お前に負けないくらい強くなって、
生涯切磋琢磨できる関係になってくれれば、
俺は嬉しい。
ウィリアムを抱えくるくる回るゼニス、それをハンカチで目元を拭いながら見つめるリーリャ。
その傍らで、パウロはルーデウスの乗った馬車が見えなくなるまで、息子の事を想っていた。
時に甲龍歴414年
ルーデウス7歳、ウィリアム5歳
運命の事件より、3年前の出来事──