虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第四十七景『魔界大忍法合戦(まかいだいにんぽうがっせん):()

 

「やめろぉなにすんじゃい!」

 

 リカリスの町

 旧キシリカ城

 謁見の間

 

 かつて魔界大帝キシリカ・キシリスが君臨せしキシリカ城。その外観は、実に魔王が統べるに相応しき威容であり、悠久の時が流れても尚、天守の黒金の輝きは褪せることはない。

 しかし、魔界大帝が第二次人魔大戦にて封印され、人魔偃武が成った頃には、キシリカ城を治める者は誰もおらず。

 魔界大帝に代わり魔大陸を統べた魔神ラプラスも、このキシリカ城を本拠とせず、第二次人魔大戦以降キシリカ城はリカリスの観光資源として保存、活用される事となる。

 玉座の間などは一般公開されている故、入城料さえ支払えば誰でも立ち入る事が出来るが、保全の都合上、関係者以外立ち入り禁止箇所も存在する。

 

 そして、現在その謁見の間では、不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックと配下の親衛隊が揃い踏みであった。

 

「久しぶりだなぁキシリカ……!」

 

 整列する親衛隊に挟まれ、配下と同じ漆黒の黒装備に身を包み、大剣を床に突き立てながら睥睨する女魔王。

 不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックは、眼下に蠢く芋虫の如く簀巻きにされた幼女魔帝を、その美しい赤眼にて憎々しげに睨みつけていた。

 

「久しぶりもクソもあるかい! 御託は良いからはよこの縄をほどかんかーっ!」

 

 対し、簀巻大帝と成り果てながらも、アトーフェへ果敢に抗弁する幼魔──否、魔界大帝キシリカ・キシリス。

 不死魔王直々の尋問が開始されるとあってか、キシリカは全身を簀巻きにされつつも付けられていた猿轡は外されている。

 が、外された途端、キシリカはぎゃあぎゃあと悪態を喚き散らしており。

 そのザマは“これがかつて魔界を尽く統べ、人界を恐怖のどん底にまで陥れた魔界大帝なのか”と、現在の力を封じられたキシリカを初めて見る者にとって、それは残念極まりない光景となっていた。

 

「ゴタクってなんだ! オタクのいとこか!?」

「ああそうじゃった。こやつは馬鹿じゃった」

「なにっ!? オレは馬鹿じゃねえ!!」

「や、やめんかーっ! おぼっおぼぼぼぼぼっ!!」

 

 うがあとキシリカへ迫り、その身をむんずと掴みブンブンとぶん回すアトーフェ。

 魔界随一の剛力を備えるアトーフェのスイングにより、キリシカの肉体は遠心機にかけられたが如く強烈な重力加速度がかかる。

 

「このまま餅になるまで回してやろうか!」

「おぼーっ!」

 

 常人であれば眼球が飛び出し、眼孔耳孔鼻孔口腔から鮮血を撒き散らす凄惨な光景が見られたであろうが、そこは腐っても魔界大帝。魔眼をぐるぐると回し吐瀉物を撒き散らすだけに留めている。

 第二次人魔大戦により滅した肉体が復活し、はや数百年。この間、目を背けたくなるような痛ましいサバイバル生活を経たキシリカ。

 故に、キリシカの肉体は全盛期とまではいかずとも、それなりの逞しさを備えていたのだ。

 

「汚ぇッ!!」

「おぼぁッ!!」

 

 飛び散った大帝汁が腕に付着し、思わずスイングを止めるアトーフェ。

 そのまま床に打ち捨てられたキリシカは、顔面を吐瀉物に塗れさせながらのたうち回っていた。

 

「……アトーフェ様。お戯れはそろそろ宜しいかと」

 

 魔王と魔帝のプロレス。ふと、それまで黙って見つめていた一人の老魔族が、頃合いを見計らうようにアトーフェへ声をかけた。

 

「何はともあれ、まずはキシリカ様が居場所を御存知であろう現人鬼殿を……」

「ムーア! こいつはオレの酒を横取りしたんだぞ!」

 

 親衛隊長にしてアトーフェの補佐役でもある不死魔族ムーア。

 その老獪な戦手腕と巧みなる魔術は、不死魔王アトーフェの武威を魔大陸中に轟かせる一助となっていた。

 

「いや、それはまた別件でございますので、まずは本来の目的を」

「うるっせぇ!!」

 

 斬、と肉が断ち切られる。

 アトーフェの怒りの咆哮と共に、老魔族ムーアの首がごろりと床へ転がった。

 戦闘に於いては剛力に頼りがちな大雑把な戦法を駆使するアトーフェであるが、本身の実力は亡夫カールマンより伝授された不治瑕北神流の妙技である。

 石火の抜き打ちは、老練なムーアをしても躱しきれる代物ではなかった。

 

「……わかりました。ではキシリカ様、アトーフェ様に申し開きがあればどうぞ」

 

 しかし、同じ不死魔族であるが故、斬首程度は物ともせず。

 何事もなく己の首を拾い、胴体との接着面からぶすぶすと煙を燻ぶらせながら、ムーアは転がるキシリカへ声をかけていた。

 

「うぐぐ……わ、妾はあの酒がアトーフェのものだとは知らなんだ。あと現人鬼が飲んで良いって言ってたし」

 

 かろうじて会話可能なまで回復したキリシカ。吐瀉塗れになりつつも健気に言い訳をかましている。

 

「だそうですアトーフェ様」

「現人鬼は関係ないだろ! 現人鬼は!」

「めっちゃ関係あるわ! つーか相変わらず話が通じんのな!」

 

 あくまで己の理に従うアトーフェ。余人には理不尽極まりないその有様に、キリシカはもちろんムーア達親衛隊ですら密かに頭を抱える始末である。

 そして、アトーフェがここまでキリシカへ向け憎悪を滾らせる理由。

 それは、アトーフェに向け届けられた進物──上質な酒が、届けられる途中で現人鬼とキリシカに強奪された事にある。

 現人鬼御一行が丁度ガスロー地方を通過した際、荷馬車に積まれた酒樽を発見したのが運の尽きであり。そして、御者が事の次第をアトーフェへ報告した際、美味そうに飲むキリシカの姿を詳細に伝えた事で、此度の騒ぎとなった次第であった。

 

「……アトーフェ様」

 

 尚もイキるアトーフェに、ムーアは然りとした口調で言葉をかける。

 

「キリシカ様への制裁は後ほど行うとして、件の現人鬼殿の身柄確保が先決。ここは抑えるよう……」

「むっ……うむ」

 

 断首されても尚このような諫言を行うムーア。

 ゲロまみれになったキリシカを見て多少は溜飲が下がったのか、珍しくムーアの言葉に頷いていた。

 

「わかった。こいつの仕置きは後回しにしよう。で、現人鬼の居場所はどこだ!?」

「や、やめんか! そこは妾のデリケートゾーン(アンドロメダ)じゃぞ!」

 

 仕置きを後回しにすると言いつつ、アトーフェはキリシカの下腹部辺りをゲシゲシと踏みつける。

 身悶えするキシリカを見て、親衛隊は若干の憐憫の眼差しを向けていた。

 

「ところでなんで現人鬼殿を守護らねばならぬのかな? あの御仁、そこらの魔王様方に負けるとも思えないのだが……放っておけば良いではないか」

 

 ふと、その光景を見ていた親衛隊四天王が一人、カリーナがそのような疑問を浮かべる。

 もっともな疑問を受け、他の親衛隊も同様の思いでキリシカを見つめる。

 確かにアトーフェは現人鬼の軍門に下り、その支配下にあるといっても過言ではない。

 しかし、あの決闘以来、特にアトーフェに干渉していなかった現人鬼波裸羅。アトーフェも現人鬼個人に対しその傘下に入っている立場なので、他の魔王が叛逆を企もうが放っておけば良い、というスタンスでも誰も文句を言わないのだ。

 

「うーむ……ムーア隊長は何か御存知であると思うのだが……」

「噂によると、どうも現人鬼殿は病を患っているとか。それ故、魔王様方が鬼退治を始めたという話らしいぞ」

 

 そう応える四天王ベネベネとアルカントス。

 それを聞き、なるほどとカリーナは一つ頷く。アトーフェがこの叛逆に加わらなかった理由も察せられた。

 

「おらっ! さっさとゲロじゃなくて居場所を吐け!」

 

 気炎を上げつつキリシカを責めるアトーフェ。

 アトーフェも実の所、他の魔王よろしく現人鬼に再戦を誓う者であり。しかし、それは正々堂々たる戦いをもってして果たさねばならぬと、実に魔王らしい論理に従っていた。

 魔王に挑む勇者は、仲間達と共に多勢をもってして戦うのは道理。しかし、魔王が勇者を多勢で袋叩きにするのは、アトーフェの矜持が許さないのだ。

 それは、亡き父の背を見て育ったアトーフェの誇りであり、(まこと)

 

 かつて繰り広げられし一度目の人魔の大戦。

 その終局、五大魔王不死のネクロスラクロスが勇者アルスに討ち取られた様を、アトーフェは生涯忘れる事はなく。

 その時、アトーフェは誓ったのだ。父であり、偉大なる魔王であるネクロスラクロスのような魔王になるのだと。

 魔王らしく圧倒的に強大な存在になろうと。そして、人族の天敵たらしめ、時々姫を攫って勇者と戦うのだと。

 

 とはいえ、かの現人鬼は到底勇者とは言えないメンタルの持ち主であり、アトーフェの暴力性は生まれ持っての性質ではあったのだが。

 

「吐け! 吐けコラッ!」

「があああああッ!!」

「アトーフェ様。それ以上いけない」

 

 尚もぐりぐりとキリシカのアンドロメダを踏みつけるアトーフェに、ムーアはたまらず制止の声を上げる。

 というよりいい加減話を進めるべく、やや強引に話に割って入っていた。

 

「キリシカ様。現人鬼殿はどちらにいらっしゃるのです? それと、病を得たという噂は真なのですか?」

 

 そう言ったムーアに、キシリカはぜいぜいと喘ぎながら言葉を返した。

 

「うぐっ……あ、現人鬼はリカリスの町外れに身を潜めておる……あと、病を得たのは本当じゃ。アレで弱ってるとは思えんけど」

 

 キリシカの弁を受け、謁見の間は僅かにざわめく。

 現人鬼弱体の報。

 にわかに場は反現人鬼の気運が高まる。

 

「なにっ!? 病気なら治すぞ! オレは万全の現人鬼と戦うんだ! 何の病気だ! 吐け!」

「言うから踏んづけるのをやめんかバカタレーっ!」

「オレは馬鹿じゃねえッ!!!」

「があぁーーッ!!」

 

 もっとも、主であるアトーフェが当面は現人鬼側に付くのを表明した為、その気運はみるみる窄んでいった。

 踏まれ続ける(電気按摩)キリシカへ、ムーアは淡々とした声を上げた。

 

「してキリシカ様。現人鬼殿の病とは?」

「あががっ……ド、ドライン病じゃ……」

 

 ぴくぴくと震えつつも、懸命に言葉を返すキリシカ。

 ほぼ自業自得とはいえ、その姿は見る者全ての哀愁を誘う姿であった。

 そのような無惨なキリシカを俄然無視し、ムーアは顎に手を当て思考する。

 

「ふむ……なるほど、それでリカリスへ。確かに、安全にソーカス草を入手できるのはここ以外ありませんからな。しかしドライン病とは……」

 

 何やら得心がいったムーアに、親衛隊もまた深く頷く。

 ドライン病。魔力を持たぬ者が必ず患う不治の病。

 かつて人族が現在より魔力を持たぬ頃に猛威を振るったこの病は、大気中に漂う魔力が体外から侵入し、抗体となる魔力を備えぬ者の肉体をじわじわと蝕む病変であり。

 現在では魔力を持たぬ者など、それこそ()()()()()()()者以外は皆無である。故に、現人鬼が敷島から直接来訪したが故に、この病を患ったという次第であった。

 

 そして、このドライン病は完治する事は能わずとも、対処療法としての治療法は確立されている。

 それが、魔大陸にて栽培されるソーカス草だ。

 この草を煎じた茶を飲むことにより、体内に溜まった魔毒は便となり排出され、罹患者の肉体は復調する。

 しかし、当然ソーカス草の服用を止めた時点で、病毒は再び罹患者を蝕む。

 つまるところ、このソーカス草は現人鬼のアキレス腱ともいえた。

 

 かつては入手困難な地域に自生するソーカス草であったが、煎じて飲む茶は非常に美味であり、その味を好んだキリシカにより、魔大陸各地で栽培される事となる。

 しかし、叛逆者である魔王の元では安全確実にソーカス草を入手し難く。故に、叛逆魔王の支配が及ばぬこのリカリスへ、現人鬼はソーカス草を求めに来たのだ。

 

「ムーア、つまらん事考えるんじゃないぞ」

 

 ふと、アトーフェが低い声を上げる。

 普段は頓痴気な思考を持つアトーフェではあるが、極々稀にその頭脳が冴える瞬間があった。

 

「いえ、我らはアトーフェ様の御心に従うまで」

 

 慇懃に頭を下げるムーア。

 ソーカス草を用い現人鬼を逆支配せんと企むムーアを、アトーフェは暗に窘めていた。

 

「んじゃ、妾は草を届けねばならぬので、これにて──」

「ソーカス草はオレが届ける。お前はオレの酒を飲んだ償いをしろ」

「ご、ご無体な……!」

 

 芋虫の如く這いながら、さりげなくその場から退出しようとするキリシカ。

 不死魔王は無慈悲の待ったをかけていた。

 

 

「アトーフェ様! ご注進!」

 

 ふと、配下の親衛隊の一人が謁見の間へと入る。

 慌てたその様子に、一同は注目す。

 

「リカリス郊外に各魔王様の軍勢あり! 加えて、現人鬼殿がそれに対峙しておりまする!」

 

 ざわりと、謁見の場はざわめく。

 所在不明だった現人鬼登場の報。

 そして、現在の現人鬼では、まさしく多勢に無勢となる状況。

 

 不死魔王の決断は早かった。

 

 

「そうか! じゃあ見物と洒落込むか!」

 

 

 えぇ……と全員が呆気に取られる中、アトーフェはキリシカの足を掴み、ずるずると引きずりながら城外へと歩を進めていった。

 

 

 

 


 

 リカリスの町外れにある荒野。

 荒れ野は魔物が跋扈する魔境であり、魔大陸を旅慣れた者ですら命を落としかねない危険地帯。

 現在その荒野では、万を超える魔の軍勢の姿があり、百鬼夜行さながらの光景が現出していた。

 ひしめく異形の軍団の目的はひとつ。

 (異形)退治である。

 

 そして、魔の軍勢を率いるは、叛逆の物語を始めんとする五人の魔王。

 

「ほ、ほんとうにやるのか」

 

 勇んで出陣したものの、この後に及んで怖気づく魔王の一人。

 醜悪な豚面を備える、略奪魔王バグラーハグラーだ。

 

「こ、ここに来てビビってんじゃないヨ!」

 

 バグラーに応えるは妖艶魔王パトルセトル。

 半透明の肉体を薄衣でローブで隠す妖魔は、ことさら肉体を透過させつつ勇気を振り絞っていた。

 

「グブブ……臭うぞ、鮮血と酒の匂い……現人鬼の匂い……!」

 

 その隣では、汚物の如き悪臭を漂わせる球体状の魔族。

 不快魔王ケブラーカブラーは、身体中の穴という穴から悪臭を漂わせ、鬼退治への気合を入れていた。

 

『現人鬼、我の蔵書を持ち去った。返して欲しい』

 

 ケブラーの隣では巨大なスライムが蠢いており。発声器官を持たぬ粘族の頭領の名は、巨大なる図書迷宮を支配する圖書魔王ベートベトベータ。

 無数に生やした触手のひとつが紙片を持ち、その物言わぬ意志を表明していた。

 

「ふん。現人鬼め、此度こそ我が鉄毛にて絡め取ってくれる!」

 

 そして、五名の魔王の中で一際戦意を昂ぶらせるは、鋼鉄魔王ケーセラパセーラ。

 かつて斬鉄の勇者アトモスに敗れし魔王は、全く関係ない現人鬼へその復讐心をぶつけていた。

 ちなみに、ケーセラは直接現人鬼と相まみえた魔王ではなく。

 ケーセラの領地は魔大陸の僻地にある為、現人鬼の支配が及ばない唯一の魔王であり。

 そして、裏から手を回し、魔大陸を“解放”せんと各魔王へ激を飛ばしたのも、このケーセラであった。

 他の魔族と同じく、割とノリで生きる魔王である。

 

「うう……バーディがこの場にいてくれたら、もう少し勝ち筋が見えるのだが……」

 

 ふと、バグラーが悲観めいた表情を浮かべながらそう呟く。

 旧知である不死魔王バーディガーディの絶大な戦闘力は、対現人鬼への切り札にもなりえる。

 しかし、自由闊達なバーディの行方は知れず。

 魔眼封じの秘薬を服用している為、千里眼や万里眼の魔眼を持つ者ですら捜索不可能であった。

 

「バグラー! いい加減やる気出さぬか!」

 

 うじうじと煮え切らないバグラーに気勢を上げるケーセラ。

 魔大陸を鬼の支配から解放せんとする義憤に燃えているのか、その声色は鋼鉄の如く堅い。

 

「あのアトーフェが敗れた相手ぞ! 討ち取れば我らが魔名は魔大陸、いや満天下に轟くというものよ!」

 

 その実、ケーセラは己の武名を上げる事しか頭になかった。

 アトーフェが魔族一の武闘派としてぶいぶい言わせているのを、忸怩たる思いで見つめていたケーセラ。

 己が勇者アトモスに敗れてさえいなければ、その勇名は未だに己のものだったのだろうにと。

 だからといってアトーフェに挑戦する勇気もないケーセラは、実際小物の気質を備えていた。

 

「いやお主は現人鬼の実力を知らんから……」

「思い出すだけで身体が透けるワ……」

「グブブ……臭うぞ、負け犬の臭い……!」

『我、本返してほしい』

「ええい、ごちゃごちゃ抜かすな! 腹をくくれ腹を!」

 

 いまいち統率が取れてない反現人鬼連合軍は、烏合の衆よろしくモタモタとリカリスの町を包囲せしめる。

 しかし、現人鬼との決戦は近いのを受け、各魔王も渋々ではあるがふんどしを締め直していた。

 

「ま、魔王様! あれを!」

 

 そして、配下の魔族が荒野の一方を指差す。

 

「ようやっと見つかったか──」

 

 気合十分のケーセラがそれに応え、指差す方向へ視線を向ける。

 

 その、瞬間。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 魔王達に伸し掛かる得体の知れぬ怨気。

 怖気にも似たその重圧に、ケーセラの戦意は一瞬にして霧散する。

 

 視線の先に佇む、異形異類の姿。

 男でもあり。

 女でもあり。

 過剰でありながら、無謬なる肉体。

 猥褻にして、純潔なる存在。

 

 現人鬼波裸羅。

 叛逆魔王の前に現出す。

 

「あ、あらひとおに……!!」

 

 魔王、そして配下の魔軍が凍りつく中、震えた声を上げるバグラー。

 その声を受け、ゆるりと歩を進める現人鬼波裸羅の美姿。

 遠目ではその身、病に冒されてるとは到底思えず。

 雄大な魔の大地を確りと踏みしめ、叛逆魔王共へと間合いを詰めていた。

 

「ぬ、ぬぅぅ……!」

 

 現人鬼の歩みを止める者、誰一人としておらず。

 遠巻きに囲むことしか出来ぬ配下の軍勢に、ケーセラは冷や汗と共に顰めっ面を浮かべていた。

 

「くふふふ……」

 

 不気味な嗤いを上げる現人鬼。

 気付けば、魔王達が陣取る陣所の前へと歩みを進めていた。

 

「何とも眼福。人非ざる異形異類、魔族の王が揃い踏み──」

 

 そう嘯く現人鬼。

 固まる魔王達を前に、その美声を発し続ける。

 

「いや魔王は言い過ぎた。愚王かな」

「い、今何と申した、現人鬼!」

 

 かろうじて言葉を返すケーセラ。

 矜持を傷付けられた魔王に、現人鬼は一言。

 

「畜生と申した」

 

 いかな魔族の長であろうとも、現人鬼にとっては畜生同然。

 そう暗に──否、直接言い放った現人鬼に、ケーセラは萎えた戦意を怒りで震わせていた。

 

「抜かしたな! 現人鬼ぃッ!!」

 

 ケーセラの激声を受け、囲む魔族の軍勢、一斉に襲いかかる。

 喚声を上げながら突貫せし魔族の群れが、現人鬼へ剣を、斧を浴びせた。

 

 舞う血しぶき。

 飛び散る肉片。

 

 そして、血煙の中、悠然と佇む現人鬼。

 

「は?」

 

 数百にも及ぶ魔族が、一瞬にして()()()()()と成り果てたのを、ケーセラ以下魔王達は呆然とした表情で見つめていた。

 

「覚えておけ、畜生」

 

 雄弁と口上を述べる現人鬼。

 その美口上、何人たりとも止めること不可能(あたわず)

 

「畜生如きでは、この波裸羅に触れること──」

 

 

「誰にも不可能(できぬ)!」

 

 

 魔界大忍法合戦、いざ開幕──!

 

 

 

 

 

 


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