虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第五十三景『狂犬(くるいいぬ)

 

「パウロ、もう帰ってましたのね」

 

 パウロ・グレイラットがシャリーアへ帰還してから幾日か経っていた。

 早朝、諸々の雑事を片付けるべく、ルーデウス邸の門を潜ろうとしたパウロ。

 そこへ、旅装のままのエリナリーゼが現れていた。

 

「エリナリーゼ……お前……」

「色々とお話をしたいのはわたくしも同じですわ。上がっても宜しくて?」

 

 何か言いたげなパウロを遮り、エリナリーゼは玄関口へ目配せをする。

 諸々の雑事といっても、急いで行う必要は無かったパウロは、とりあえずはエリナリーゼを家の中へ促した。

 

「どうぞ、エリナリーゼ様」

「ありがとうリーリャ。ゼニスも元気そうですわね」

「……」

 

 ルーデウス邸のリビングにエリナリーゼを通したパウロ。

 丁度ゼニスとお茶をしていたリーリャは、直ぐにパウロ達へも茶を差し出す。

 エリナリーゼの挨拶に、ゼニスはぼうとした表情を返すのみだった。

 

「……」

 

 ふと、パウロはエリナリーゼの横顔を見る。

 差し出されたティーカップへ口をつける長耳族の女は、憂いを込めた瞳を覗かせていた。

 

「わたくしの顔に何か付いていまして?」

「いや……」

 

 じっと見ていると、エリナリーゼは剣呑な顔つきでパウロを見やる。

 パウロは少しだけ頭を振り、短く応えた。

 

「……ありがとうよ。色々、気を使ってもらって」

「……いいえ。わたくしも、事前に相談もしないで勝手にしてしまって」

 

 そう言って、エリナリーゼは頭を下げる。

 パウロは、決してこの長耳族の女が独善的に行動を起こしたのではないと──大切な友人の為に、その優しさから行動を起こしたのだと、エリナリーゼの瞳を見て理解していた。

 

 人の傍らに憂いと書いて優しいと読む。

 憂いを持って接する事こそが、優しさの第一歩になるのだ。

 

「それで、ロキシーの事なのですけれど」

 

 一呼吸置いてから、エリナリーゼはパウロへ事の顛末を簡潔に伝えた。

 精神的に不安定となったロキシー。

 彼女が安寧に過ごせる場所は、ルーデウスの側以外だと、魔大陸はビエゴヤ地方にある実家──ミグルド族の村しかない。

 そこで、エリナリーゼはロキシーを連れ、一路魔大陸を目指した。

 

「ですが、わたくしも身重の身……流石に国境付近までしか付いていけませんでしたわ」

 

 既に愛する夫、クリフの子を身籠っていたエリナリーゼ。

 安定期に入っていたとはいえ、往復に二年はかかる魔大陸への旅路は、流石に豊富な出産経験を持つエリナリーゼですら躊躇う所業。

 故に、エリナリーゼは旅すがら出会えたある冒険者パーティへ、ロキシーを託していた。

 

「アマゾネスエースか。聞いたことないな」

「女性だけの冒険者パーティでしてよ。丁度、彼女達がフリーだったので、そのまま依頼をかけましたわ」

「大丈夫なのか?」

「彼女達はSランクのパーティですのよ。魔大陸まで安全にロキシーを送り届けてくれると思いますわ」

 

 既に男性に対する恐怖心まで芽生えていたロキシー。

 手練のパーティはいくつか知っている。しかし、今のロキシーに()()冒険者パーティは、アマゾネスエース以外に存在しなかった。

 アマゾネスエースが王族の外遊護衛任務を終えた時、たまたま国境付近の街で英気を養っていた所に、運良く巡り会えたのは、運命が味方したのか。

 あるいは──。

 

「本当はわたくしが送り届けたかったのですけれど……」

「いや、それは仕方ないだろ。お前はよくやってくれたよ」

 

 本来、エリナリーゼは親友ともいえるロキシーを、自らの手で故郷まで送り届けたかったのだろう。

 しかし、今のエリナリーゼは重ねて言うが身重である。愛しい聖者の少年との子を孕む長耳族の女は、愛情深いその性質上、伴侶と親友の天秤に懊悩したことは想像に難くない。

 

「……ルーデウスは、まだ」

「ああ。すまねえ、エリナリーゼ」

「貴方が謝る事じゃありませんわ。時間がかかるのは、ルーデウスもロキシーも同じですし」

「そうだな……」

 

 重たげな空気が場を包む。

 パウロはひとしきりこめかみを揉むと、エリナリーゼへ向け居住まいを正した。

 

「ともかく、今までありがとうエリナリーゼ。これ以上は」

「ええ。わたくしもクリフの元へ帰りますわ」

 

 そう言って、エリナリーゼは席を立つ。

 このような時に、愛すべき伴侶との幸せを、どこまで噛み締めて良いのか。

 そう、憂いを帯びた瞳を浮かべていた。

 

 それを、パウロは申し訳無さと共に見送っていた。

 

 

 

 それから、しばしの時が流れた。

 転移迷宮で得た財は、家族が数年は不自由なく暮らせる程の量であったが、パウロはこの間精力的に働いた。

 ゼニスの介護をリーリャと共に行い。

 ルーシーの世話をアイシャと共に行い。

 大学を辞め、家事を手伝うというノルンに対し、滔々と説得をして大学へ通わせ続け。

 空いた時間で、冒険者ギルドへ赴き、ギースからの便りが来ていないか確認。併せて、ソロでもこなせる討伐依頼をこなし、金子を得る。

 金はいくらあっても困らない。

 このような、家族が難事に出くわした時は、特に。

 

 ザノバやクリフ、そしてアリエルら、ルーデウスの友人達も、時折ルーデウス邸へ訪れていた。

 だが、それらの訪問にも大した反応は見せないルーデウス。

 延々と部屋に引きこもり、虚空へ視線を彷徨わせていた。

 日に日に長男の精神がすり減っているのを、パウロはただ傍らで見守る事しかできなかった。

 

 

「お父さん、ご飯できたよ」

「ああ。ありがとう、アイシャ」

 

 パウロがシャリーアへ帰還して以降、夕食は家族全員──ルーデウスを除く、家族全員が食卓を囲むようにしている。乳を飲み終えたルーシーも、食卓の傍で揺り籠に揺られていた。

 家の外は夜の帳が降りており、閑静なルーデウス邸はある種の侘しさに包まれていた。

 

「ルーシーは、今日はおとなしいですね」

 

 そう言ったのは、大学から帰宅したノルンだ。

 シルフィエットを喪ってから、ルーシーは特に泣くようになった。赤子とは本来そのようなものであるのだが、パウロ達にとって、それは母を喪った慟哭に見えてしまい、ことさら哀しみを増す事となっていた。

 ノルンは変わらず学生寮へ籍を置いていたが、この頃はルーデウス邸から大学へ通っていた。

 しかし、大好きな父親と食卓を共にしても、ノルンの表情は晴れる事はない。

 いや、ルーデウス邸に棲まう者全員が、明るい空気を取り戻す事は、未だ──。

 

「さあ、飯を食おう。今日もうまそうだ」

 

 努めて明るい声を上げるパウロ。

 無理をしているわけではないが、その空元気に、家族の表情は少しばかり緩んだ。

 

「お父さん、お祈りが先ですよ」

「ああ、わかっているよノルン」

 

 食前祈祷を促すノルンに、パウロは苦笑をひとつ浮かべる。

 今日の献立は、パンにベーコン、豆と芋のスープ、そして大きめのソーセージ。

 同じ献立が乗ったトレーが、ルーデウスの部屋の前にも置かれていた。

 

「……」

 

 ふと、パウロは何かを思い出すように表情を緩ませた。

 

「どうしたの?」

「いや……」

 

 アイシャの言葉に、曖昧な返事をするパウロ。

 近頃は、昔の事をよく思い出すようになった。そう自嘲していた。

 リーリャとの浮気がバレた折、自分にだけ空の皿を出され、ゼニスから「あなた、美味しそうでしょ?」と、冷ややかな視線を浴びせられていたのも、今となっては懐かしき思い出。

 だが、もはやそのような“戯れ”すら、今は望むべくもなかった。

 

「……」

 

 ぼんやりとした表情で、ゆるりとスプーンを運ぶゼニスを見て、パウロは自身の胸が締め付けれられるのを感じていた。

 

 

「……あれ、お客さん?」

 

 食事をしていると、唐突にルーデウス邸のドアノッカーが鳴らされた。

 

「こんな時間に誰だろ?」

 

 アイシャが気付き、応対すべく席を立つ。

 少しばかり荒々しい音を立てる玄関へ、少女は手早く身だしなみを整えながら向かっていく。

 

「アイシャ、俺も行くよ」

 

 何かある、というわけではないが、パウロも娘の後に続いた。

 治安の良いシャリーアでも、押し込み強盗の類はそれなりに発生している。

 アイシャは如才無い娘であるので、招かれざる客には即座に対応可能ではあったが、それでも現状のグレイラット家最大戦力である自分がいたほうが、安全はより保証されるというものである。

 もっとも、実質的な門番であるトゥレントのビートが、特に警戒シグナルを送って来ないので、この来客者には敵意が無いのは明白であった。

 

「はい、どちら様ですか?」

 

 そう言いながらドアを開けるアイシャ。

 ドアが開かれ、家の明かりが漏れると、宵闇に溶け込んだ二名の来訪者の姿を映し出した。

 見知らぬ大人が二人。それも女性。

 訝しげな表情を浮かべるアイシャであったが、後ろに控えるパウロは、女性の一人を見留めると、驚きが籠もった声でその名を呼んだ。

 

「ギレーヌ!?」

 

 黒毛皮の外套に、褐色の美しい筋肉を隠す、獣族の女性。

 そして、剣術三大流派は剣神流において、王級の伝位を授かり、“黒狼”の二つ名を持つ剣術者。

 

「ああ、久しぶりだな、パウロ」

 

 剣王ギレーヌ・デドルディアは、旧知の男へ、そう素っ気のない挨拶を返していた。

 

 そして、もう一人──

 

「ど、どうも……は、はじめまして」

 

 ギレーヌの隣に立つ、真紅の乙女。

 アイシャの赤髪とはまた違う、力強い赤髪を揺らしながら、たどたどしくそう挨拶を述べた。

 黒を基調としたインナーは、鍛え抜かれた肉体と豊満な胸を隠しきれず。

 しかし、剣神流の高位者だけが纏うことを許された伝統的な外套は、乙女の武者姿をより勇壮なものとしていた。

 

 愛した男と情熱的な情交を交わし、そして愛する男と共に並び立たんと、狂気的な修練に身を投じた乙女。

 流門の長から直々に教えを受け、その虐待稽古に耐え抜き、姉弟子と同じ伝位を授かると同時に皆伝を言い渡された乙女の気質は、幼少期に増して狂犬めいた──否、野獣の如き様相となっている。

 餞別に授かった魔剣、そして数年来の愛剣を腰に差す乙女の威容は、“狂剣王”の称号に恥じぬ獅子の如き風格を備えていた。

 

 そして、真紅の鬣を揺らす雌獅子は、愛する男の父親へ、借りてきた猫のような緊張した面持ちで自らの名を名乗った。

 

 

 

「エリス・グレイラットです」

 

 

 


 

「エリスは今頃“想い人”の所へ辿り着いたのでしょうか」

 

 峻険な赤龍山脈。

 その峰の隙間を縫うようにして開かれた、赤龍山脈で数少ない常人の生存を許された道──赤龍の上顎。

 北方大地と中央大陸西部を繋ぐ唯一の安全路であるこの場所に、アスラ王国への途上であろう二名の剣術者がいた。

 

「そうさねえ……」

 

 二名の剣術者──齢二十前後であろう乙女と、六十は過ぎたであろう老婆。

 老婆が乗る馬を引きながら、剣の同輩とまでなった真紅の乙女を想う水王イゾルデ・クルーエルへ、馬上の身である水神レイダ・リィアは、どこか気のない返事を返していた。

 

「エリス、ちゃんとお風呂に入ったのかしら。臭いままで再会して嫌われないと良いのですけれど」

「そうさねえ……」

「まあ、臭いのがお好きな殿方らしいですし、大丈夫だとは思いますが。にしても、度し難い変態ですね」

「そうさねえ……」

 

 弟子にして孫娘であるイゾルデのとりとめのない言葉を、とりとめのない返事で応える師匠にして祖母であるレイダ。

 剣の聖地にて出会った真紅の乙女と、剣神の娘と友誼を交わし、共に切磋琢磨した水神の乙女。

 それ故、別れた後もこうして気にかけていた。

 

 剣神ガル・ファリオンが、北帝オーベール・コルベットの次に呼んだエリスの指導者。

 レイダは、剣神の招聘に応じると共に、愛弟子であるイゾルデの稽古もつけるよう申し出ていた。

 剣神流のイキの良い若者と剣を交えれば、イゾルデのやや天狗になった鼻っ柱を折り──伸びしろを更に伸ばせると踏んだ、老骨の強かにして愛が籠もった提案。

 それを受諾した剣神は、エリス、そして娘であるニナを、イゾルデの稽古相手として充てがっていた。

 

 剣の実力においては、奇妙な三すくみとなった彼女達──水王イゾルデ・クルーエルと、剣聖ニナ・ファリオン。そして、狂剣王エリス・グレイラット。

 結局、エリスはイゾルデに一本を取れなかった。だが、いずれ再び相まみえた時、彼女の剣境はどこまで伸びているのか──。

 

 己もうかうかしていられない。そう想うイゾルデ。

 同時に、イゾルデはエリスが“家族”の元へ帰るのをニナと共に見送った後。

 そのまま自分達もアスラ王国へと旅立つ事となり、別れた後でエリスの事が少々心配になっていた。

 

 エリスは、家族──愛した人、想い人と、ちゃんと再会できるのかしら?

 

 そのようなお節介を焼ける程、乙女達の間には確かな友情が育まれていたのだ。

 

「まあ大丈夫だろうよ。アレは素直で強かだ。収まる所に収まるだろうさ」

「そういうものですかね」

 

 おざなりな結論を述べるレイダに、イゾルデは少し怪訝な顔で応える。

 しかし、師匠の言葉は絶対。同時に、その洞察は、自分から見ても正しいもの。

 ふむと頷くイゾルデに、レイダは眼を細めていた。

 

「そういうものさ。それより、イゾルデ」

 

 ふと、レイダはイゾルデにやや硬い声を上げる。

 

「なんでしょう?」

「いや、なに。少し稽古でもしようかと思ってね」

「ここで稽古ですか? 私は構いませんが……」

 

 このような場所で、唐突な稽古を申し出たレイダ。

 どっこらしょと馬を降り、腰を伸ばす師匠の意図が読めず、乙女は今度こそ怪訝な表情を浮かべていた。

 

「あんたは剣神流の娘らと随分泥臭い稽古をしてたね」

「はあ。泥臭いと言われれば、そうですが」

「だからね、それを忘れてほしくないので──」

 

 そう言って、レイダは前方へと指を差し向けた。

 

「ちょいと走ってもらおうか」

「え?」

 

 唐突すぎる稽古、というより、シゴキに近いレイダの物言い。

 イゾルデはあっけに取られたような返事をひとつ。

 

「走るって、走るんですか? ここで?」

「そうだよ。体力をつけるのも、立派な修行さね」

「はあ……」

「そうだねえ、一刻ばかり、そのまま全力で走ってごらん。あたしは後から馬でゆっくりと後を追わせてもらうよ」

「は、はい……では」

 

 訝しみつつも、師匠の言葉は絶対であるが故に、素直に応じるイゾルデ。

 厚手の外套は疾走するのに不向きな出で立ちであるが、これも稽古の内だろう。それに、整備されているとはいえ、通常の街道よりは悪路である赤龍の上顎。

 ここを走るのも、良い鍛錬になるのだろう。

 

 そう思うことにしたイゾルデ。

 友人の汗臭さを気にかけていたが、まさか自分も汗に塗れることとなろうとは、とも思っていた。

 

「ではお師匠さま。後ほど」

 

 そう言い残し、イゾルデは少しだけ息を整えると、全力で赤龍の上顎を駆けていった。

 ちなみに、乙女は師匠を一人残すのを躊躇せず。

 自分より遥かに強いレイダの心配をするほど、乙女は惚けていなかった。

 

「……チョロすぎるねえ。ちょっと心配さね」

 

 しばらくして、イゾルデの姿が見えなくなった頃。

 レイダはため息を吐きながらそう言った。

 そして、所在なさげに佇む馬の尻を、ぽんぽんと叩く。

 

「あんたも行きな」

 

 優しげに声をかけられた馬は、プルルと嘶くも、その場を動こうとはしなかった。

 賢い馬なのだろう。

 老婆の意図を、乙女より正確に感じ取っていた。

 

「ほら、行きな」

 

 それでも急かすように尻を叩くレイダに、観念したかのように馬は蹄を走らせる。

 先を走るイゾルデを追いかけるように、尾を靡かせながら駆け抜けていった。

 

「ふぅ」

 

 レイダは短く、息を一つ吐いた。

 そのまま手頃な岩に腰をかけ、自身の剣を杖のように立てる。

 そして、眼を瞑った。

 その様子は、縁側に腰をかけ、日向ぼっこをしているご隠居といった体であり、峻険な赤龍山脈には似合わない、どこか長閑な空気を発していた。

 時折聞こえていたはぐれ竜の嘶きすらも途絶え、辺りは不自然な程、緩い静寂に包まれていた。

 

 更に時が経つ。

 イゾルデが駆けていったのと反対側、つまりレイダ達が歩んで来た後方。

 そこから、複数の人影が現出した。

 

「……」

 

 人影は三つ。

 一つは、眼鏡をかけ、冒険者装束を纏った痩身の男性。腰に剣を一振り。

 一つは、見慣れぬ引眉を描いた、これもまた旅装束の女性。得物は無い。

 最後の一つは、顔や身体に生々しい傷痕を残す、小柄な少女。こちらも肩に荷を担ぐも、非武装である。

 

「……」

 

 レイダは薄目を開け、三名の旅人の姿を見留めた。

 自身の前へ近付くのを、じっと待つ。

 

「……」

 

 レイダの座り姿は、三名からも視認できた。

 しかし、そのまま歩む速度を変えず、長閑な空気を発し続けるレイダの前へと至る。

 通り過ぎる際、痩身の男と引眉の女性が、レイダへ会釈をしていた。

 疵だらけの少女は、じっとレイダを見つめるも、しばらくしてそのまま二人の後を追う。

 

「お前さん達……“人間”じゃあないね」

 

 そして、レイダの声が響いた。

 レイダの言葉を聞くと、三人はピタリと動きを止めた。

 

 否。

 動きを止めたのではない。

 

 止められたのだ。

 

 

 グルルルルル……ッ!

 

 

 三人──三頭の異形。

 地獄の底から響いくような、悍ましい唸り声を上げる。

 旅装束が、炎に包まれる。

 異界の怨念を纏わせた三頭の異形──鬼。

 

 静謐なる水神の前に、その兇悪な本性を現した。

 

 

 霓鬼

 

 

 雹鬼

 

 

 虹鬼

 

 

「おやおや、とんだ怪物が現れたもんだ。夢のお告げはこういうことかい」

 

 異形を前にしても、どこまでも自然(じねん)のままであるレイダ。

 しかし、いつの間に抜いたのか。

 その手には剣が握られていた。

 

 そして、抜いた時には。

 既に三頭の鬼は、水神の秘奥に嵌っていた。

 

「悪いが」

 

 怨身を果たした鬼三頭。

 だが、身動きが取れず、忌々しげにレイダを睨むのみ。

 

「このまま退治させてもらうよ──!」

 

 レイダの言葉。

 発せられた瞬間、水神流の秘奥は発動せしめた。

 

 

 “剥奪剣界”

 

 

 異世界の理合を極めた、至極の術理。

 

 

 水神流の、けだし神技かな──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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