どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
退院してからしばらく経った。
俺の暮らしは……まあ賑やか、かもしれない。
「っべー! いんやーヒキタニくん最初入ってきたとき、どこの転入生? って思ったわー!」
「あ、え、と……戸部、くん? だったよね? どどどどしたの、急に」
「いやいやそりゃないっしょ、せっかくの休み時間なんだしちょっと駄弁ろうってー! ほらほら勉強道具とか仕舞ってー! つかヒキタニくんめっちゃ勉強できるんー!? っべーわー!」
同じクラスの……と、戸部翔くんがとっても賑やか。
一目見て気に入られたらしく、なにかと話しかけてくる。
気に入ったのになんで名前間違えてんだろうね、この人。
「いや、そもそも俺比企谷だし……」
「え? マジで? やー、それ先に言ってほしかったわぁ~……あーでもほらアレね、俺のことも戸部とか翔でいーからー!」
「えっ……でも、嫌じゃないか? いきなり俺に苗字とか名前とか呼び捨てにされて」
「いーていーてー!」
いーてって何語だろう。え? いいって、って言いたいのか?
というか……すごいテンション。ほんとすごい。すごいしか言い表せないまである。
「《カララ……》お、おじゃましまーす」
「おっ、由比ヶ浜さんウェーーイ!! なになに? 今日もヒキタニくんに会いに来た系の用事ー!?」
「と、戸部くん、うぇーい……」
「ちょ、戸部くん結衣にヘンなこと教え込まないでくれ……!」
「ゆーてもこんくらい挨拶の一環でしょお! ほらヒキタニくんも! ウェーーーイ!」
「うぇ、うぇーい……? っていうか、俺比企谷……」
「あ、そうだよ戸部くん。名前を間違えるとか、ダメ」
「あ、あーそっかー。難しい漢字だから読み方だけで頑張って覚えてきたからつい間違っちゃって困るわぁ……ヒキガヤヒキガヤ……ん、おし、これもう完璧ばっちりでしょー! なー! ヒキタ……あれ? ヒキタ……あれ?」
「……戸部くん」
「や、ちょ、睨むのやめて由比ヶ浜さ~ん……!」
退院すれば関係なんて薄れていくんだと思っていた。
けどまだ関係は続いていて、俺も結衣も笑っていられた。
戸部くんという元気な男子によく声をかけられるようになって、彼の目的が結衣じゃないって解ってからは余計に、買ったはいいけどずうっと封印されていた、“友達との付き合い方”という名の本が役に立つ時が来たのかもしれない。
「あ、あのっ!」
「《びくぅ!》おわぁんっ!? あ~、びっくりしたわぁ~……つーかマジでヘンな声出てたわぁー……って……あれ? キミってば確か戸塚ちゃんじゃ~ん?」
急に背後から声をかけられて、本当に肩を弾かせてまで驚いた戸部くんが振り向くと、そこには……と、とつか? さんが居た。随分と綺麗な人だ。
結衣と先に会っていなければ天使認定して一目惚れしていたまであるほどに、綺麗な人だ。綺麗というか……小柄で可愛い?
「あ、の……ちゃんとか、やめてほしいな……。ぼ、僕、男の子だし……」
『ぇえええええええええええっ!? ウッソォオオオオオオオッ!!』
戸部くんと俺と結衣、そしてたまたま声を拾ったらしいクラスメイト全員が一斉に振り返り、一斉に叫んだ。
ガタガタ震え出す者や頭を抱える者、嗚咽を漏らして机に突っ伏してしまう者まで現れるという地獄絵図が、ここにある。
「え、えー……? それマジで……? ないわぁ、マジないわぁ……冗談だったりとかは───」
「……しょ、証拠……確かめて、みる……?」
言って、とつかさんはクイッとズボンに手をかけた。
当然、俺と結衣は戸部くんの肩をガッと掴んで、同時に首を横に振った。
戸部くんも何故だか紳士的で真っ直ぐな、キリっとした顔でこくりと頷く。
……そう、知らなくていいことが世の中にはいっぱいある。
これはきっと、そういった類のものなのだ───……
「え、えーとぉ……? そんでその戸塚くんはぁ、俺達になにか用があったん~……?」
さっきまでの元気も何処へやら、どこかげっそりした戸部くんが訊くと、とつかくんは「うん」と頷いて、俺達を見て言った。
「あ、あのっ! 僕も仲間に入れてほしいんだっ!」
それが───俺の生涯の友となる戸塚彩加(性別:戸塚)との、初めての出会いであった───…………!
いや、言ってみたかっただけだ。夢くらい見たいじゃないか。
それに、友達なら───
「……《ちらり》」
「? なにかな、八幡くんっ《にこー》」
(……天使だ)
───……結衣が居る。
俺に笑いかけてくれる、数少ない人だ。
ていうか……ああ、そっか。とつかくんも戸部くんと結衣に言ったのであって、俺に言ったわけじゃ……ないよな。
勘違いすんなよ、比企谷八幡。
俺が信じていいのは結衣だけだ。
それ以外を信じたら、きっとずっと傷ついてばかりになる。
だから……二人がとつかくんと話している内に、俺は……
「《きゅっ》……っと、……結衣」
「えっと……どこ、いくのかなって」
静かに消えようとしたら、服を掴まれた。
何処って……そんなの。
「ト……トイレに」
「…………《じぃっ……》」
「う……」
視線を逸らしながらの嘘に、結衣の視線が突き刺さる。
ああ、解ってる。こんな嘘、すぐにバレるって。
そもそも結衣は俺に会いに来てくれているのに、俺がここから逃げ出せば気まずくなるのは解っているのに……わざわざ自分を追い詰めようとする自分の思考が気持ち悪くて仕方が無い。
「ちょお、ヒキタニくんそりゃないっしょー、由比ヶ浜さん、ヒキタニくんに会いにきてくれてんのに、それ放置とかキッツイわぁ~」
「戸部くん。……漏らせと?」
「あぁ……そっちのほうがキッツいわぁ……」
「あ、あの、比企谷くん。それで、えっと……僕、混ぜてもらってもいい……のかな」
「え? あ、いや……それ決めるのは戸部くんじゃないか?」
「えー? なに言ってんのヒキタニくーん、これ、ヒキタニくんと話したいから集まってる集まりじゃーん?」
「え? そうなの?」
と、ちらりと結衣を見ると、こくこくこくと頷いてくれる。やだ、可愛い。
ていうか、そんなものの決定権を委ねられたのなんて初めてだから、どうすればいいのか……。
「え、えっと……とつか、くん?」
「あ、そっか。僕、戸塚彩加っていいます」
「ア、ハイ。俺は比企谷八幡っていいます」
「俺は戸部翔。ヨロシクオナシャァ~ッス!」
「あ、えと、由比ヶ浜結衣です」
……自己紹介、済んじゃった。
この流れで断るとか出来るわけないじゃん、この美少年……もとい……性別戸塚だから、美戸塚? なにそれ美しい。
「それじゃあ、ええっと……。よ、よろしく?」
「あ……《ぱああっ……!》う、うん! よろしくねっ、比企谷くんっ!」
「おーしそんじゃあどんどん話しちゃう? 話しちゃう系の話、しちゃう? しちゃうしかないっしょー! あ、ゆーてもまずは好きなものとかそーゆー軽いとこからいっちゃう? っべー! っべーわー!」
「……ねぇ戸部くん」
「お? なになに戸塚ちゃんっ」
「べーって……それ何語?」
「べっ……!? ……な、なにご……、……? そういや考えたこともなかったわぁ~……。え? 一応日本語で喋ってんだし、日本語……? うん、やっぱ日本語っしょ!」
「それもう“造語”でいいんじゃないか……?《くいくい》おっ……と……結衣?」
「八幡くんでも知らない国語ってあるんだ……」
「いや、あれ日本国語って言ったら昔の人泣いちゃうからね? たぶん」
……ちょっと、気づいた。
結衣は俺以外の男子とは、線を引いている。
その線は細いようで……深い。
集団の中に居ても、俺を見てくれている。そんな気がした。
じゃなきゃ、中学時代に身につけた、自分を殺して存在感を無くした俺を、あっさり引き止めるなんてことが……いや、人がそこに居るんだから気づく人は気づくんだけどさ、どうでもいいやつ相手にそれは出来ない。
(……本気で、信じてもいいのかな)
たぶん結衣は、俺が引いてる線も敏感に感じている。
だから踏み込みすぎないし、俺が丁度いいって思っている距離を保ってくれている。
いや、丁度いい、っていうのとは違うか。
結局俺は、裏切られるまでとかいいながら……こうして疑ってるんだから。
もっと馬鹿みたいに……いっそ人を信じるだけの馬鹿野郎になれたら、それはどれだけ辛く、それでも……楽しいって思える世界なんだろうな。
世界は腐っている。それは仕方ない。
ずっと思っていたことだ。どうしようもない。
俺が変われば世界が変わるなんてことはないし、人ひとりがどれだけ頑張ったって世界は変わらない。
何故って、そう思う自分が居たとして、そうは思わない誰かが腐るほど居るからだ。
人一人の力で世界が変えられるなら、そんなものは全部多数決で潰される。
でも。
「…………」
「《きゅっ》あ……は、八幡くん?」
変えたい世界の規模がほんの僅かでいいなら、そんなもんは自分で変えてしまえるんじゃないか。
今でなら、そう思える。
「そ、その。あれだから。袖引っ張られると、伸びそうだし……さ」
「……と、友達なら……手、繋ぐくらい……自然だと思う……よ?」
「え、そ、そうか、な……」
「う、うん。そうだ。そうだよ、きっと」
「~~……じゃあ」
「~~……うん」
なんだかよく解らない会話をして、手を繋いだ。握手とは違う、横に並んで右手と左手で。
そんな一部始終を戸部くんととつかさんに見られていて、俺と結衣はそれはもう赤面した。
……でも、繋いでいるのが恥ずかしいから、なんて理由で離したくなかったから、離さなかった。……お互いが。
「………」
「………」
驚いて……お互いが驚いて、顔を見合わせて、やがて……笑った。
きっと離すとしたら相手からだ、なんてお互いに思ったんだろう。だから意外で、だから……嬉しかった。
「いんや~、べ~わぁ~……《ニコニコ》……や~っぱヒキタニくんも由比ヶ浜さんも~、お互い好き好き同士なんじゃないの~? 友達同士でこれだったら、もし恋人になったらっべーってもんじゃねぇでしょお! いんやー、べーわぁマジべーわぁ」
「こ、恋人っ!?《ボッ!》」
「と、戸部くんっ……そういうのやめてくれってば……! 迂闊にそういう話題とか出すと、女子にキモがられて嫌われるじゃないか……!」
「んえ? ゆーても……えー? ヒキタニく~ん、もしかして気づいてなかったりするんー……?」
「気づいてないって……なにが?」
「やぁ、ヒキタニくん、クラスじゃ結構女子に人気あるべ? べ?」
「え? なに言ってんの、そんなわけないでしょ」
「わ、真顔で即答した……! あ、の、比企谷くん? 戸部くんの言ってること、本当だよ……?」
「いやいや、小学中学と歩くキモ谷くんとか呼ばれてた俺が、そんなわけないでしょ。もし奇跡的にそうだとしても、俺基本的に女子は信用しないから」
「《ぎゅっ》……!」
言いながら、結衣の手をぎゅっと握った。
そうだ、信用する人は少数でいい。これが最後だっていい。
馬鹿みたいに信じて、その先で裏切られても、大笑いして受け入れる。
「あ~……たまに心無い女子とか居るし、そーゆーんも仕方ないっちゃ仕方ないべ……そんならもう俺達で、親友目指してまっしぐらしちゃう系の青春送りゃあいいべ! いけるいける!」
「う、うん! 僕、なんでか前から友達が出来なくて……よかったらそんな関係になりたいなって」
「んおー! おっけおっけ! 俺ならバッチこいだしょー!」
だしょーって何語だろう。造語か。うん、戸部くんは造語マスターなのかもしれない。
「んじゃ手始めに、全員名前で呼ぶところから始めてみる? みるみる?」
「───!」
「……、いや、それは」
「ヒキタニくんから俺って感じでぐるぐる呼んじゃってみましょお! ほい、ヒキタニくん!」
「………《ぎゅぅううっ……》~~……」
手が、強く強く握られる。解ってる、伝わってくるのは恐怖と不安だ。それと、ちょっぴりの期待。
でもその期待ってのは戸部くんやとつかくんに向けられたものじゃなくて、俺に向けられている。
ここで俺にしてほしいことってのはなんだ? なにを期待する。
俺はどうしてこんなにイラついている。なにがそんなに気に食わない。
信じようって思って、結衣ではないけど相手側から友達にって求めてきてくれて、いつか期待していたなにかが満たされた感覚はある。
なのに、ちっとも嬉しくない上に“どうしてそうなる”って意識が強い。
それは───……名前で呼び合う、なんて言葉が出てきてからだ。
ええと? なんだろう。俺はなにがそんなに嫌なんだろう。
理想じゃないかな? 友達同士、名前で呼び合うなんてリア充っぽくていいじゃない。
たぶん、これ以上なんて俺には滅多に下りてこない。
なのになにが嫌なの?
「…………。戸部くん、ちょっといいか?」
「んお? なになにどしたんー? 秘密の相談事ー?」
「あ、いや、秘密とかじゃなくて。友達だからなんでも、っていうのはちょっと難しいと思う。だからさ、その人に呼ばれたい呼び方を選んでもらうってかたちでいいんじゃないかな」
「おっ……それだわぁ~……! ヒキタニくん冴えてるわぁ~……!」
戸部くん、パンと手を叩いてから人を指差してくるの巻。
たまにやる人居るけど、これなんなの?
けど、思ったよりも安堵の息は深かった。それはどうしてだろう。
結衣が名前で呼ばれずに済んだから? それとも……彼女の安堵とは別に、“俺が”結衣が名前で呼ばれずに済んだから?
いや、この気持ちの正体になんてとっくに気づいている。
入院中に、とっくにだ。ただ、友情ってものを大事にしたいと思えばこそ、どうすることも出来ない。
「したら俺、戸部とかとべっちとか呼ばれたいわー! あ、もちろん全員に! 名前よりも苗字の方が俺って感じするって、なんでか昔っから言われてんのよねー俺」
「あ、じゃあ僕は……呼びやすい方で。苗字でも名前でも。あだ名があったら嬉しいかも」
「あたしは……えと、じゃあ、戸部……っち、と戸塚く……彩加くん……えと、さい、ちゃん、でいいかな? には、苗字で呼んでもらいたいな……。それで……《ちらちら》……は、八幡くんには、結衣で……《ぽぽぽ……》」
「あ、ああ……じゃあ俺は……戸部くんには苗字でも名前でも。ただし苗字ならヒキタニじゃなくて比企谷ね。戸塚には八幡で」
「えっ……?《ズキッ……》」
「いいのっ!? あ、じゃあ……僕もえっと、彩加……って、呼んでほしい、な……」
「あ、ああ、じゃあ……彩加」
「う、うん……八幡……《かぁあ……!》」
「………」
「ちょ、そりゃないっしょー! じゃあじゃあヒキタニくん、俺も翔でオナシャッスわぁー!」
「いや……なんか戸部くんてTHE・戸部って感じがするし、戸部くんで」
「したらせめて呼び捨てにしてほしいわぁー……なんか俺だけ超他人行儀? みたいな感じありまくりんぐでしょー……」
「そ、そっか。じゃあ……戸部」
わあわあと男と戸塚(性別)で騒ぐ中、結衣だけがどこか呆然とした顔で俺を見ていた。
……あ、っと。そういえば結衣に呼ばれたい名前を言っておくの、忘れてた。
「で、結衣にはさ、ヒッキーでお願いしたい」
「───!? え……は、八幡くん……?」
言ってみると、結衣は随分と戸惑った顔をして驚いていた。
いやいや、べつにほんと、蔑称とか思ってないから。むしろ初めて自然につけてもらえたあだ名だって、今なら思えるから。
「中学までなら絶対に蔑称としか受け取れなかったけどさ、結衣が相手ならそんなこと気にしないでいられそうだからさ。あ、いや、もちろん嫌なら───」
「う、ううんっ、いいっ、いいよっ!? これがいいっ! ひ、ひっ…………ヒッキー……~~……えへへ、ヒッキー……!」
……その上こんな、大切なものを扱うみたいに言ってくれるんだもの。これで嬉しくなかったら友達失格でしょ。
「……うん。じゃあえっと……その、なに? こ……これからよろしく、ってことで…………いいの、かな? ごめん、正直友達とか結衣以外に出来たことなかったから、不安しかない……」
「おー! いいっしょいいっしょー! つーかヒキタニくんほったらかしにするとか、小中のヒキタニくんの周囲のやつらが信じらんないっつぅかぁ!」
「いや、だから……戸部、俺比企谷だから」
「あぁごめんごめん、悪かったわぁ比企谷くん……。そんじゃ仲良し記念っつーことでぇ、これからカラオケとか行っちゃわなーい!?」
「あ、ごめん。俺パス。アニソンしか歌えないって心底馬鹿にされてから、二度と独り以外ではカラオケなんぞには近づかないって誓った」
「あ、あたしは行ったことあるけど、あんまり自信ないかな……」
「カラオケ……ぼ、僕行ったことないんだ……。大丈夫かな……なんか会員証とか必要だったりするの……?」
「そんなん心配ないっしょ、スタンプ溜めるといいことがある~って程度だし、無くても全然問題ないべ! つーわけでとりあえずは行ってみるって方向でー!」
「いや行かないから」
「はちっ……ヒ、ヒッキーが行かないなら、あたしもいいや……」
「僕もなんかちょっと怖いし、いいかな……」
「ちょぉヒキタニく~ん……そりゃないっしょー……ていうかみんなヒキタニくんのこと好きすぎでしょぉ~……」
いや、残念そうな顔して言われても俺ヒキタニくんじゃないからね? なんの意味があったのさっきの会話。
「まあじゃあ、これからどうするか考えないとっしょ。ヒキタニく……比企谷くん、なんか案とかあったりするー?」
「勉強しよう」
「あ、賛成!」
「あ、僕も賛成」
「ちょー! そりゃないでしょぉ~! 友達で集まって勉強とか…………あんれ? 意外と楽しそう……?」
「八……ヒッキーとの勉強、慣れてくると楽しいんだよ? 解らないところとか丁寧に教えてくれるし」
「結衣の教え方は直球すぎて逆に解らないんだけどな……」
「そ、そんなことないよぅ……」
「ほら、戸部くんも。一緒に勉強、してみようよ」
「……なんか俺、今日から全く別の趣味になりそうな気配しまくりんぐだわー……」
それでも勉強に決定した。
そうして、共に勉強するに到り───得意分野が分かれていることが解って、互いに教えながらの勉強会をすることが増えていった。
……。
時間は足早に過ぎてゆく。まだ一学期だっていうのに急速に過ぎて行くのは、それだけ今の時間が充実しているからなんだろうか。
そんな中で少しずつ俺達の関係は変わっていって、気づけば互いに引っぱられるように、趣味の幅が増えていた。
「いんやーヒキタニくーん! アレの新刊、やばすぎでしょー! 見てたら俺、もう興奮しまくりんぐで次まだですかって呟いちゃったわー!」
「発売当日にそれは作者泣かせじゃないか……?」
「でも楽しかったし、続き気になるよ。早く出ないかなぁ」
「彩加も戸部も、もうちょっとじっくり読んであげろよ……」
「次かぁ……あたしは女の子がどうするかが気になるなぁ」
「あの流れで告白は明らかにフラグだよな……」
「ちょ、ないわぁ、最終局面でヒロインバッドエンドとか戦闘士気にもめちゃ関わってくるアレだべ……」
「でも、勇気がなきゃ出来ないよね。後悔したくなかったんじゃないかな」
「だよね、さいちゃんっ、だよねっ」
「……戸部。彩加が女の子より女の子思考だ……」
「やばいでしょぉそれ……やぁ、ゆーても戸塚ちゃんなら合いすぎってくらい合ってるから困るわぁ……」
「ほんとそれな……」
戸部も彩加も、もちろん結衣もラノベの話題が好きになってくれた。みんなまずは絵から入っていったけど、ひと作品でも気に入ってくれたら、そこからは早かった。
「はっはっふっふ……ふふっ、なんかもう八幡もすっかり走るのに慣れたよね~」
「彩加~、幅が広すぎるからペースダウンだ~っ。足痛めるぞ~っ」
「あ、うんっ」
「朝から集まってジョギングとか、俺達青春しまくりんぐでしょー! あの夕陽に向かって走れ~とか言ってくれる先生とか居たら、俺一度でもいいから走ってみたいわー!」
「朝からって言ってるんだから夕陽じゃないだろ……結衣、大丈夫か?」
「うん、へーきっ。ただちょっと……えと《むにゅり》」
(やめて!? 無言で自分の胸抱きかかえないで!?)
「いんやぁ、ガハマっちゃん胸とかマジおーきぃから走ると辛いでしょー? べーわぁ~!」
「!?《ボッ!》」
「戸部! セクハラ! つかどこ見てんだ!《ギラァッ!》」
「ヒィッ!? ごごごめん悪かったわぁ! だから眼鏡外して睨むのやめてほしいわぁ!」
彩加がテニス好きということが解って、付き合っている内に体力作りにハマったり。
「そうそう、そんでそこを流して~……おー! やっぱヒキタニくん素材良すぎでしょー! もうマジキマっちゃってるわぁー! あとは髪にこれつけてー……完璧っしょ!」
「んん……自分じゃよく解らないな……」
「そーゆー時はー……ガハマっちゃん見て決めればいいっしょ! はいどーーん!」
「え、ふえっ……!? あ…………《ぽー……》」
「わっ、由比ヶ浜さん顔真っ赤……!」
「おいどうするんだよ戸部、結衣めっちゃ怒ってるじゃないか」
「ええーーーっ!? ちょ、ヒキタニくーん!? あれ見てどうすりゃ怒ってるって答え出んのー!?」
「は、はちまぁん……それはさすがに間違いようがないと思うよ……?」
「え? じゃあなに?」
「八幡、あれは八幡が格好いいから、照れたり見惚れたりしてるんだよ」
「いやそれはない《きっぱり》」
「なんでそんなところばっかり自信満々なの!? は、はちまぁん……たまにはこういう方向で信じてよ……」
「ヒキタニくん、どんだけ荒んだ小中時代送ってきたのー……さすがに呆れるわー……あン、いや、ヒキタニくんのメイトだったやつらをね? そいつらないわぁ、マジないわぁ」
「……《ぽしょっ……》……由比ヶ浜さん。もっとちゃんと、真っ直ぐ伝えないと絶対届かないよ……?」
「……《ぽしょっ……》そうそうー、これ、敵は周囲の女子っつーかぁ、ヒキタニくん自身になってる系の問題だわぁ……」
「ふえっ!? やっ、なななに言ってるの二人ともっ! あ、あたしはっ……」
「……《ぽしょっ》友達、は却下だよ、由比ヶ浜さん」
「……《ぽしょっ》マジそれだわぁ。てゆーかマジこんだけ近くで見てりゃ、誰でも気づくってもんでしょお」
「あぅうう……~~……《しゅうう……!》」
「?」
戸部が時代を先取りするならやっぱファッションでしょーぉ! とか言い出すから少しずつそっちも齧ってみたり。
「結衣、とりあえずアレはない。クッキー作って木炭ってのは錬金術レベルの秘術だと俺は思う」
「真正面からひどいよ!?」
「いんやー……ゆーてもあれはないわぁ……さすがの俺もどん引きだわぁ……」
「由比ヶ浜さん……木炭はね、食べ物じゃ……ないんだよ……?」
「とべっちにさいちゃんまで!?」
「とにかく結衣。まずはなんにでも桃を入れようとする心を殺そう。あと、レシピ通りに動くことを覚えてみてくれ」
「そうそう、上手くいったらヒキタニくんがご褒美くれるらしいからー!」
「え? おいちょっとなにそれ、八幡聞いてない」
「ごほーび……」
「あれ? やだなにこれ、あっさり釣れちゃった」
「ほらほら八幡、ちゃんと教えてあげなきゃ」
「そうそうー、いっそ後ろから手を掴みながら動かして教えるとかー」
「後ろから……あぅう……《かぁああ……!》」
「戸部、彩加、ちょっと口開けてみようか」
「ちょお! つつきすぎて悪かったから眼鏡取って笑うのやめない!? 俺とか超びびりまくりだわー!」
「は、八幡! やめて! ごめんっ! 木炭は食べ物じゃないんだよぅ!」
「う、うん……ヒッキーがもしよかったら……あ、あたし、それでいい……よ?」
『───え?』
結衣が料理が苦手だっていうから、それを手伝う内に料理の楽しさを知って。
そうしてお互いを高めつつ……俺と、結衣の関係も、少しずつ。
<……ネェ、アイツサイキンチョウシンノッテナイ?
<……アア、ユイガハマトカイッタッケ
……ああちなみに。
イジメみたいな空気もあったけどなんの問題もありません。そういうものには超絶敏感のベテランボッチャーである八幡さんが、そんなものを見過ごすわけがないじゃないですか。
戸部と彩加と平塚先生に相談して、初日で証拠を掴んで逆に潰してやりました。
俺達のクラスに毎度現れては、男子と親しげに話す……っていうのは、どうにも状況的に睨まれやすい位置にあったらしい。俺からしてみりゃなんでだって話なんだが。
あとなんか、イジメに走ろうとした女子が厳重注意とお説教をくらったこともあって、なにやら企んでいたらしい結衣のクラスの相模さんとやらが、距離を取って近づいてこなくなったとか。小心者だったのね、相模さんとやら。踏み出せないならやろうだなんて思うもんじゃない。ああいや、独りじゃ出来ないから集団って強みを利用して踏み出そうとしたのかな?
けど先駆者があっさりとお縄についてお説教されたっていうんだから、後続は出鼻を挫かれたようなものだよなぁ。
でも、今思えば、それはきっかけみたいなものだったのかもしれない。
───……。
……。
あとから聞いた話になるが───とある、人生を大きく変える出来事があった日。
人がトイレに行っていた際に、こんな会話があったらしい。
「……由比ヶ浜さん、このままじゃだめだよ」
「え?」
「それだわー、俺もマジ思ってたわぁ……。このままじゃガハマっちゃん、クラスに敵作るだけだわー……」
「……うん……それは、なんとなく解る……」
「ガハマっちゃんがヒキタニくんと付き合って、それを周囲に教えちゃえば、もう愚痴こぼすヤツとか綺麗さっぱり消える流れでしょおこれ。男子はガハマっちゃんがマジ気になるし、女子はヒキタニくんとか戸塚ちゃんがマジ気になるしぃ」
「戸部くん、女子の視線、戸部くんにも結構向いてるんだよ?」
「え? マジでー? あー、ゆーても俺、気になってる子が居るからー……」
「そうなの? あ……そろそろ八幡、トイレから戻ってくるかも」
「そんじゃあガハマっちゃん───いや、ガハマっさん! これもうマジ勇気勇気っしょ! てゆーかもうヒキタニくんくらいしかマジ気づいてない人居ないくらいなんだから、マジもう決めちゃってくださいっ! オナシャッス!」
「えっ……!? ふええっ!? そ、そうなの!?」
「だって由比ヶ浜さん、八幡が居る時は八幡しか見てないし……」
「ガハマっちゃんマジ身持ち硬いってめっちゃ有名なのに、こんだけこのクラスに通ってて気づかないわけないでしょお」
「え、えー……? じゃあどうしてヘンな噂とか……」
「うーん……えっと」
「そりゃ、見てても解るのにくっつかないからでしょお。保留にして遊んでる、みたいに思われてるかもしれないわぁ」
「うん……聞こえる話だと、僕たち三人からじっくり選んでるーとか……」
「そんなことしないよ!? あ、あたし、ヒッキーが入院してる頃からヒッキーのことしか見てないし!」
俺が聞いたのはそのあたりから。
トイレから戻ってきてみれば、大きな声が……聞き間違えのない綺麗な声が、耳に届いた。
途端、湧き上がる感情は……喜びと、安堵。
「…………わー……!《ぱああ……!》」
「そうそうこれだわぁ、マジこれ聞きたかったんだわぁ……なー、ヒキタニくんっ」
「えっ……!?」
「あ、わ、悪いっ、盗み聞きとかするつもりはなかったんだ……。ただ……戻ってみたら丁度聞こえたっていうか……その」
「ひっき……え、や、ふやっ!? やぁああああああああんっ!?《ダッ!》」
「え? あ、ちょっ……結衣っ!?」
「ほら八幡っ! おっかけなきゃっ!《キラキラ……!》」
あれ!? 彩加!? 彩加さん!? なんでそんなキラッキラ笑顔で言ってるのん!?
「おぉおお! っべー! 今俺らマジ超青春してねー!? めっちゃ盛り上がるわぁテンションアゲアゲMAXだわぁ! ほらヒキタニくん! いや比企谷くん! むしろ“八幡”! ここで追わなきゃ男じゃないでしょお!!」
戸部! きみはちょっとは後先考えて行動しようね!?
「散々煽ったお前たちが言うな!! ───追跡と連絡頼む!」
「任せてっ」
「っべー! っべーわぁ! あ、とりあえずケータイケータイ……おーし見つけたらすぐ連絡するわー!」
───……青春とは嘘であり、悪である。
いつか世界に絶望したら、そんな言葉を書き綴ろうと思っていたことがある。
結衣と出会って、信用するって決めて、裏切られたら、って。
けど……変わらずの関係はここにあって、俺達はたぶん……そんな関係に満足したつもりになっていた。
求めていたものはその先にある、なんて、決して声には出さないまま。
友達ってのは眩しいものだと思っている。
ぼっちが信じる友情ってのは、相手にしてみりゃ相当重いし、そんなものは絶対に作れないって解っていても……それでも理想を求めては、裏切られ、涙する。
結局俺が結衣に求めたものは、結衣が俺に求めてくれたものはなんだったのかと、友達が増えてから考えるようになった。
「《prrrブッ》居たかっ!?」
『おー! 発見したわぁ、俺今日めちゃ冴えてるわぁ! ガハマっちゃんが特別棟の方に走ってったのが見えたわぁ!』
「解った! 彩加にも連絡するから切る!」
『いいからヒキタニくんはガハマっちゃんのことだけ考えときゃ万事解決でしょー! 余所見とかするからガハマっちゃんが悩むんでしょおこの幸せ者っ!』
「アホッ! 病院で手ぇ繋いで以降結衣以外に目移りなんて一度だってしてねぇよ!」
『あ、今の録音させてもらったわ~……べーわぁ、マジべーわぁ』
「戸部ぇええええええええええっ!!」
電話はあっさり切れた。
が、止まることなく走る。そうだ、余所見はしない。答えを得た問答で迷うのは馬鹿のすることで、けど……そんな馬鹿だからこそ進める世界もある。
世界を変えるのはひと握りの変態だとか聞いたことがあるが、それだってその変態の行動に賛同するものが居なければ変わりようがない。
俺は変わりたいのだろうか。
変わって、どうしたいのだろうか。
そう思ってみても、もうとっくに変わっている自分を思えば、苦笑だって漏れるし覚悟も決まる。
ああほんと、いい友人に恵まれた。
(体力作っててよかったよ、まだまだ全然走れる)
走って走って、特別棟の中を駆けて、見慣れた姿を探す。
一階二階三階とざっと見渡して、やがて四階へと辿り着くと……とある教室の前で、ケータイを片手に固まっている結衣を発見した。
「結衣っ」
弾む息のまま声をかけると、ぴくんと肩が跳ねる。
驚いたのだろう、すぐに逃げようとするけど、直線状で逃げ道なんてない。
そんな彼女が取った行動は、すぐ目の前にある教室に入る、というものだった。
俺もすぐにあとを追ってその教室に入ったんだけど───
「え、あ…………い、いらっ……しゃい? よよ、ようこそ、奉仕部……へ」
……。えらい美人がそこに居た。いや、べつにどこぞにS○S団とか書いてあるわけでも、そこが文芸部ってわけでもなかったんだろうけど。
黒髪ロングの、手に小説を持った女子が、俺と結衣を見て固まっていた。
「あの……出来れば入る時はノックを……」
「へゃっ!? あ、あのっ、ごめんなさいぃっ……《かぁあ……!》」
ぽしょりとした声で注意された結衣、赤くなって謝罪。
俺も倣って謝るわけだが…………奉仕部? 引き戸にもどこにもそんな名前なんてなかったんだけどな。
秘密で立ち上げた部活かなんかなんだろうか。部員も他に居ないみたいだ。
「ええと……」
その女子は椅子を持ってきてくれて、その姿が大変そうだったから、結衣と頷き合って手伝い、自分が座る椅子を用意して……どうぞと言われて座った。うん、締まらない。黒髪ロングさんもそうだったんだろう、顔を赤くして居づらそうにしている。
「こほん。それで、どういったご用件かしら《キ、キリッ!?》」
……ああ、ええっと。どうすればいいんだろうか。
この人たぶん、対人に慣れてない系の人だ。俺のぼっちセンサーがゆんゆんと蠢いている。
自分で“こほん”とか言っちゃってるし、これから頑張って対人慣れしようとしていた系の人だ。
いや、対人っていうよりは……誰に対しても“普通”で居られる自分を作ろうとしていた、みたいな。
俺も結衣と会わずに病室でぼっちを鍛えて、学校でも一年間ぼっち続けていればぼっち界のエリートになってただろうし、たぶんこの人もそういった、経験値を積み途中の人なのでは、と思う。ほら、あのー……なに? 同属センサーっていうか。
まあ俺とはぼっちの過程が違うんだろうけど。
「えーと。奉仕部って聞いたけど……他の部員は」
「部員は私一人よ《キリッ》」
「ほーしぶ……あのっ、キノコとか作ってるんですかっ!?」
「いえあの……胞子ではなくて……ほ、奉仕部。奉仕部よ。私はこの部の部長、雪ノ下雪乃で───」
“持つ者が持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える”
主な活動はボランティアっぽいものらしい。
自己紹介から始まった説明は、未だちょっと状況に戸惑っている俺と結衣の頭に、こんがらがりながら入ってきた。
ようするに困っている人に救いの手を差し伸べる部活なんだそうな。
すごいな、同じ高校生に救いの手を堂々と求めるヤツなんて居るのか? ……あ、俺、真っ直ぐにそういうの求めたことなかったから解らんかった。
……まあその、前までなら。今じゃ友達居るから、救いの手を求めたい気持ち、少しは解るんだよな。
自分だけじゃ救えない友達が居る時、他の友達を頼ってでも救いたいって思うようになってしまった。
ぼっちとしては失格でも……そんな自分の変化が嬉しかったりもした。
ともあれ、ようこそ奉仕部へと言った黒髪ロングさん……雪ノ下さんは、言い終えると達成感を顔に浮かばせて、ムフーンと小さくドヤ顔をしていた。
あらやだ、この子ちょっと子供っぽい上に解りやすい。
「それでええと……あなたたちは? 平塚先生にこの場所のことを教えてもらった、とかでは……?」
「あ、ううんっ? えっと……あたしが迷い込んじゃっただけで……」
「俺は結衣を追ってきてたらたどり着いただけで」
「追って追われて……ま、まさかストーカー被害の相談……!?《スチャッ》」
「あの、雪ノ下さん? なんでそこでケータイ構えるかな? 俺なんもやってないし、人畜無害には定評のある八幡さんと近所でも有名ですよ? 友達少ないけど」
「…………《ちらり》」
「ふえっ!? あ、うん、はい……あたしがちょっと恥ずかしいことがあって、逃げちゃっただけで……ヒッキーはストーカーとかじゃなくて」
「…………《…………~~……ほぉおお……!》」
おい。この人今ものすごーく、心底と書いて心の底から安堵しましたよ?
え? 俺そんな風に見えるの? いや、見えようが見えなかろうが、ストーカーは怖いよね、だからだよね? ね?
「そ、そう……だったらべつに、ここに用があるというわけでは……ないのね《しょぼん》」
(あ、ちょっと残念そう……)
(あぅ……なんだか残念そう……)
なんだこれ、どうすればいいんだ?
いやそもそも俺達が彼女の読書タイムを邪魔してしまったのがいけなかったんだが、ここはそのー……アレか? なにか罪滅ぼし的に、軽い依頼でもしてみればいいのか?
でも今困ってることなんて───…………あった。大絶賛あるよ。
「あ、いや、実はお願いはあるんだ」
「!《ぱあっ……》そ、そう。なにかしら」
「あ、いや……その。ずっと気になってる人が居てさ。その───」
「ごめんなさいそれは無理」
『即答だっ!?《がーーーん!》』
相談途中で断られてしまった!
え!? なに!? なんなの!? いや恋愛事の相談ほど面倒で意味のないことなどないってことくらい知ってるよ!? でもちょっとの後押しが欲しかっただけで、決意自体はもう俺の中にあるわけでですね!?
ていうか何気に結衣と言葉が重なってしまった。嬉しくて、恥ずかしい。
「そう、そういうことだったのね。最初の依頼主がまさか、そういう人だったなんて」
そんな嬉し恥ずかしも、目の前の雪ノ下さんの冷たい視線でヒヤアと凍らされてしまう。
え? そんなに嫌だったの? ごめんなさい、ほんとごめんなさい。想像してみたら俺も恋愛相談とか冗談じゃなかった。
だから───
「まさか依頼と見せかけた、手の込んだ私への告白だったなんて」
───……だから。ちょっと落ち着こうか、そこのロングさん。
ほら見なさい、結衣も驚きのあまり固まって…………あれ? あの、え? なんで俺の方見て静かに首を横に振りながら、絶望顔で涙目になってらっしゃるんで?
なにその最愛の人に裏切られた映画のヒロイン的な反応。え? あれ? なんかおかしくない!? ちょっと待て、これおかしいよ!?
「お、おい、ちょっと待て。俺は───」
「いえ、いいのよ。よくあったことだもの。私、可愛いから」
わあい、殴りたい、そのドヤ顔。
いや、本気で殴るつもりはないけど思うくらいなら自由だよね? 人の言葉に被せてまで可愛いアピールされたら、思うくらい許されてもいいよね? ね!?
「……《ピッprrrブツッ》……ああ戸部? さっきの許すからさ。うん、うん。結衣にさ、それ添付してメールで送って。なんか今もうややこしいことになってるから、証拠をそのまま突き出す。うん。話聞いてくれないし遮られるしで俺もう泣きそう」
「? なにを言っているのかしら」
「勘違いだから」
「勘違い?」
「告白の依頼って部分は正解。でも相手は雪ノ下さんじゃない」
遮られるなら簡潔に。余計な言い回しはせず、勘違いという部分をしっかり聞かせる。
相手が興味を持てば後半の言葉も拾ってもらえるだろうし、なにより───
「? とべっち?」
戸部から結衣へ、メールが届いた。俺が言ったブツだろう。
結衣はなんの疑問も特には持たず、添付ファイルを再生する。
それでいい。
そうしてようやく、彼女が持っていたケータイから声が漏れ、静かな特別棟に響く。
『アホッ! 病院で手ぇ繋いで以降結衣以外に目移りなんて一度だってしてねぇよ!』
ギャアアアアアアアアアア戸部ぇえええええええっ!!
それでもやっぱり恥ずかしい。たった今、ここで、確かに必要なものだったけど、正確に録音されていた事実が恥ずかしくて辛い。
「………《ぽかーん……》」
「………《…………かぁあ……!》」
沈黙と、赤面。
雪ノ下さんは硬直して、結衣は真っ赤なままに目を潤ませ、ふるふると震えながらゆっくりと俺を見る。
「あー……そんなわけで。今日初対面の雪ノ下さんに会うよりも先に、俺が見る人ってのは決まってるんだ。言った通り、目移りなんて絶対にしない」
「…………ひっきぃ……」
ああでも恥ずかしい。恥ずかしすぎて死ぬ。
なんで俺初対面の人にアイラブ結衣を説かなきゃならん状況に立っておりますのん?
さすがに頭を抱えて蹲るレベルだ。むしろ頭抱えた。ほんとに抱えて悶え苦しんだ。
そして、そんな俺へと……ゆっくりと近づいてくる足音。
真っ赤になっているであろう顔をなんとか持ち上げてみれば、目の端に涙を滲ませて、顔が笑顔になるのを必死に耐えている……結衣の姿が。
「ヒッキー……これ、ほんと……?」
「う、うぐぐ……いや、その……」
「……あの……あ、あたし、あたしね? ……あたしが言ったことは……ほんと、だよ? 病院で話すようになって、勉強とか教えてもらうようになって、少しずつ、少しずつ……ヒッキーのこと、好きになってた」
「~~……お、俺も……。病院で話してて……一緒に居ると楽だな、って思えてきて……。でも……言ったら友情ってものが壊れる気がして……」
「う……うん……あたしも……。なんだ……あたしたち、同じこと考えてたんだね……」
「しょうがないだろ……それは。だってさ、俺達にとっては……友情っていうのは大切なものだったし……さ」
「うん……」
お互い、友情を信じたからこそなんでも言い合えた。
自分の内側を思うさまぶちまけて、互いに知って、笑い合えて。
こんなことが現実で起こるんだなっていうくらい、そんな出会いに感謝した。
でも……今じゃ、理想の友達じゃあ我慢出来なくなってしまっている。
「なんか……ちょっと悔しいんだよな。俺は一生恋人なんて出来ないんだって決め付けてて、だから最終的には友情ってものが最高の感情になるんだって思ってた」
「あたしは…………それでも、恋がしたかった……かな。ううん、出来てよかった。知らない感情が残ってるのに、それを見ない振りして最高を決めたくないから……」
「結衣……」
「ヒ、ヒッキー……あたし、ヒッキーが好き。友情は大切だけど、でも、今、今ね? あたし……友情に負けたくない。このあったかい気持ちは、きっと友情より眩しいものなんだって……思いたいから」
「………」
「だ、だから……だからね? ヒッキー……あたしと、友達以上に……なってください」
「───」
ドクンって。聞いたこともない音が聞こえた。
“友達以上”は親友だって思ってた。
相手が男ならきっとそれでよかった。
でも相手は女で、俺は男。
どうしてもそうなってしまうものなんだろうか、と考えて……必ずしもそうじゃないとは思える。
けれど実際そうなって、その先へ進みたいって思ったなら……ここで答えないのは男じゃない。
友達に背中押されて辿り着いた青春だ。せいぜい、思い切り踏み込んで、まちがえても笑っていられるような道を選んでみよう。
「俺も……あ、いや……───告白に便乗して、じゃなくて、ちゃんと言うな。……はぁ、……んっ。由比ヶ浜結衣さん。ずっと好きでした。俺と付き合ってください」
「───……はい。比企谷八幡くん。あなたが好きです。あたしを、あなたの恋人にしてください」
「……は、はいっ」
「……~~《かぁあっ……》」
「…………《かぁああっ……》」
「……~~~っ! ~~~~っ……!!《かぁああああ……!!》」
俺達は赤面した。赤面して、俯いた。
一名、別の意味で赤面していたロングさんが居たが、きっと今ツッコんだら泣いてしまうと思ったからツッコまなかった。