どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
UPしたのは17日でしたけどね。いろいろ混ざっているので注意です。
とはいっても、大体はぬるま湯ルートですが。
お題/ガ
ガ。
それはこの世界の創造までを振り返れば、なくてはならない文字である。
青い本として名を馳せたガガガは、その文字からして完成されたものである。
そう、想像、創造、誕生。その三つが並び、ガガガ。いや関係ねぇか。まあいいとにかく誕生だ。んで、今日は6月18日。この日を忘れるとか、相手のことをよく知らなかった頃の学生の時分の俺ならまだしも、今では到底ありえないことだろう。
日付が変わった瞬間、一緒にその瞬間を迎えようと頑張って起きていたけど眠ってしまった結衣におめでとうを唱えつつ、穏やかな寝息をたてる妻の頭をやさしく撫でる。
んゆ、と小さく返すその姿に自然と頬が緩み、眠ったままの彼女の頭を胸に抱き寄せ、俺もやわらかなベッドに沈みながら息を吐く。
すぐに眠気はやってきて、俺達は互いに好きな香りに包まれながら、今日も大切な一日を笑顔で過ごすため、夢の中へと落ちていった。
……まだ、娘たちが産まれる前の、実に静かな日の出来事。
お腹に命を宿した妻と、俺と。こうしてても一応、川の字ってことになるんだろうか。いや、べつに三つ並びの“ガガガ”と掛け合わせたとかじゃねぇんだけど。
「……早く産まれてこい。こっちは、ほんと退屈しねぇぞ……。そんでな、眩しいもんがいっぱいあるんだ。腐った目で見ちまうにはもったいないもんばっかだ。……それを、俺と……あ、いや…………~……俺達と。一緒に見よう。だから───」
だから。元気に育って、笑顔を見せてくれ。
そう呟いて、俺も目を閉じた。
意識が落ちる途中、鼻をすするような音が聞こえた気がしたけど……でも、そこに不安はなかったから。
起きることもなく、ただ静かに、好きな香りと落ち着く空気に包まれながら、やがて眠りについた。
お題/ハ【ぬるま湯シリーズ既読推奨】
葉山隼人は暇なんじゃなかろうか。
時々そう思う時がある。
「お邪魔するよ」
今日も今日とて葉山が店に来た。
カプチーノとシフォンケーキのセットを頼み、一緒についてくるコパンをコリコリ噛んではにっこりしている。
「お前、ほぼ毎朝くるけど暇なの?」
「これから仕事だよ。といっても、弁護士なんて相談相手が居ないと中々ね。もちろんお抱え弁護士だから、それなりに相談役として立ててはいるんだけど」
「あー……相手が雪ノ下さんなわけか」
「はるねぇとは言わないんだな」
「あの人の前じゃなけりゃ言いたくない。あの人に喜んでほしいとかそういう意味じゃなくて、必要じゃないなら言いたくもねぇよ」
「はは、そうか。っと、すまない、カプチーノのお代わりをもらっていいか?」
「おう。おーい、美鳩ー、カプチーノとMAX頼むー!」
カウンターに呼びかけると、美鳩がサムズアップして応えてみせた。
いや、普通に返事で返しなさい。なんで妙に男らしいの。
「三浦の……こう、愛妻弁当的なものはないのか?」
「はは……彼女もなかなか、料理が苦手でね。今は修行中ってところかな。悪くないと思うのに、まだだめだって食べさせてくれないんだよ」
「俺の時は……まあ、結衣の時は、俺が無理にでも食べて感想言ったもんだけどな。お蔭で俺の味覚を基準に完成した結衣の料理だ。当然ながら美味い」
「食べた人の正直な感想は相当な糧になる、ってどっかで見たな。俺も少し倣ってみるか」
「最初はマジで怒るから気をつけろよ? 美味しいの食べてほしかったのにって泣きそうになる可能性もある」
「そ、そうか……それは、苦労しそうだ」
言う割に顔は楽しげだ。
そんな彼のもとにカプチーノが届き、俺のもとにはMAX。
味わい慣れたものを喉に通すと、なんというか落ち着きというものが来訪する。
なんかいいよな、こういうの。
「すっかり上手くなったね、美鳩ちゃん」
「淹れる相手によって心を切り替えて淹れてるらしいぞ? よかったなー葉山。前に材木座は醤油出されて吐いてたぞ」
「それは普通香りで気づかないか!?」
「葉山。お前が思うよりもな、コーヒーの香りを楽しむやつって少ないんだ。それを解ってたのと、絆にブルマ教えた天罰だって言ってた」
「……まあ、それは材木座くんが悪いな」
「それでも懲りずにいろいろ言わせてるらしいからな。絆も面白がってやってるし、まったく」
「……見てて解るよ、本当に大事なんだな、娘のこと」
「当たり前だろ。俺は結婚する前から家族は大事にしてるっての。両親は微妙だが」
俺の言葉に、「そういえば比企谷の両親は結婚式以外じゃ見たことがないな」と返してくる。
いや、ほんとそれな。たまには飲みに来ればいいのに。
そしたら娘がMAXとバスターをサービスしてくれるぞ。絶対に。嫌がっても無理矢理食わせるだろう。
「はぁ……本当に、美味しい。…………なぁ比企谷」
「ん? どした、改まって」
「気が早い話でもあり、遅い話でもあるんだが……俺にも子供が出来ると思う」
「まあ、そうな」
「ああ。その時に娘か息子か、興味を持ったら……コーヒーを教えてもらえるか?」
「……? 紅茶じゃなくていいのか?」
「“Y”は忘れたよ。いいんだ、それで」
「……そか。解った、それなら娘が伝授してくれるだろうさ。今じゃ菓子作りも習ってるから、いつか大きくなったら連れてこい。潰れてなければ教えるだろうさ」
「はは、潰れるのか? ここ」
「ママのん次第だろ。割と本気で」
もう借金も返して、十分な貯蓄もあったりする。
けど満足して終わり終わりってわけにもいかない。
俺はそれでもいいんだが……むしろコーヒーは美鳩に任せてウェイターでもやってりゃいいんだろうが、こんなおっさんにも声をかけてくる客が居たりするわけで。
すると結衣の機嫌が悪くなるわけで。もちろん逆もまた然り。
「君……いや、お前は本当に、由比ヶ浜さんのことになると目が変わるな」
「好きな女性と一緒になって、どんどん好きになっていけば嫌でも解る。娘でも産まれてみろ、余計だぞ」
「……俺がお前みたいに過保護に? ははっ、冗談だろ」
「ほーん……? んじゃあ絆がちっこい頃、ロリコンっぽいおっさんがゲヘゲヘ言いながら───」
「すまん俺が悪かったあれは忘れてくれ……!」
手伝いを始めたばかりの頃の絆に、ゲヘゲヘと言い寄るハゲなおっさんが居た。
絆は涙を浮かべて後じさり、それを丁度来店した葉山が発見、おキレあそばれた。
あそこまで取り乱す葉山も珍しい。今でも記憶フォルダにはしっかりと焼き付けてある。
ともあれ、以降、あのハゲが来ることはなくなったが…………アレ? 娘たちのハゲ嫌い、あれが原因か?
「つまり、娘に近寄る男全部があのハゲとまではいかないが、近いものに見えてくるぞ。そして妻に言い寄る男をシメたくなる」
「それはいきすぎじゃないか? 心配しないでも由比ヶ浜さんは───」
「苦労して仕事を終えて、帰ってみれば家が荒らされて───」
「わかったやめてくれ、その手の話はお互いの心をえぐる結果にしかならない」
「……だな」
しみじみと溜め息。
しゅる、とMAXをすすりつつ、ぼちぼち客が増えて来た店内を見渡す。
「悪いな、そろそろ忙しくなりそうだ」
「いや、こっちこそ悪い。俺もこれを飲み終わったら行くとするよ」
「おー。また懲りずに来い。そして俺らの糧になれ」
「ひどい言い方だな、まったく。素直にまたのご来店をーとか言えないのか?」
「俺に言われたって嬉しくないだろ、お前」
「───、…………なるほど、違いない」
そうして、終始互いに軽いノリで話し、やがて別れた。
実際に葉山が忙しいか暇かで言えば、最近は案外暇らしいということだけが解った。
顧問弁護士ってのもいろいろあるらしい。
「比企谷くん。9番さんにこのブルマを運んでちょうだい」
「だからブルマ言うのやめなさい! ていうかなんでよりにもよって雪ノ下の真似でブルマ!? やめなさいほんとマジで! 雪ノ下がかつてない表情で睨んでるから!」
……もちろん、喫茶店にもいろいろあった。
どっと沸いた疲れを、「ヒ、ヒッキー、だいじょぶ?」と心配して寄ってきた奥さんをがばしと抱き締めた。
ああチャージ。疲れが癒えていく気分だ。
雪ノ下に「葉山くんが今のあなたのようにならないことを、一応祈っておくわ」と溜め息を吐かれたこと以外は、まあたぶんいつも通りの平和な日だった。
お題/マ
モッチャモッチャ……
「小童めが……」
「いきなりなにを言い出すんだお前は」
とある日の午後。
丁度客も少ない時間帯に、旅行に行ったらしいご近所さんからお土産をもらった。
ままどおるである。
これ、食べるともっちゃもっちゃするよな。美味しいけど。
「で、もっちゃもっちゃと言えば柳生十兵衛だと思うんだよ絆的には!」
「どこの柳生さんだよそれは」
SNKあたりだろうけど。
「というわけでお題! ままどおる! じゃなかったデザート! 前から思ってたんだけど、この店にはもっと小さなおやつっぽいのを用意するべきだよパパ!」
「ほーん? アイデアは?」
「ズバリ“ぱぱどおる”!!」
「結衣ー、昼食どうするー?」
「あ、うんー! 今作ってるよー!」
「パパひどいです無視とかひどいです絆泣いちゃいますよごめんなさい!」
「おー泣け泣け。そして強くなれ。あと混乱しててワケの解らん一色言語になってるから落ち着け」
「むやみやたらと妙な試練を課さないでくださいパパ……それよりミニデザートの話だけどねパパ」
絆が言うには、こう……一口で食べられて、お値段も安めななにかがあったら嬉しいんじゃないか、とのこと。
小さなデザートねぇ……。
「麦チョコでも配るか」
「一口すぎるよ! もっとこう、そんなちんまいのじゃなくて、ほどよく大きくて人の温かみがわかるやつっていうか……!」
「人の耳の形をしたお菓子とかか……まじかお前」
「別の意味で人の温度を感じたいわけじゃないってば! もうパパ! 真面目に!」
「へいへい……」
絆的にはままどおるっぽい何かが出来れば、とのこと。
結構気に入ったらしい。
俺の分もやるぞと言ったらわっほほい喜んでた。
「で、ですよパパ《もっちゃもっちゃ》」
「食い終わってから喋れ」
「うん《もぐもぐもぐ……ごくんっ》それでねパパッ!」
「注文きたから行ってくるわ」
「あれぇ!?」
お客さんから注文を取り、ほれと紅茶の注文を突き付ける。
さすがに仕事ならばやらざるをえない。これがコーヒーの注文だったら、俺か美鳩だったんだが。
ちなみに雪ノ下はぬるま号に乗って買い出し中。
「ね、ねーパパ? 茶葉が開くまでお話しよ? 続きなんだけど……ほら、ままどおるに対抗して、斬新な、まったく新しい名前のお菓子を用意するとかどう?」
「ままどおるに続く銘菓、“おきしどおる”か。傷口に染みそうな名前だな」
「そういうダジャレが聞きたいんじゃなくてー!!」
本日も実に平和。
しかし新作の細かなデザートか……一色にでも相談してみるかね。
お題/さ(親指が結ぶ物アフターっぽいなにか)
サブレ、という名前を聞いて思い出すのはなんだろう。
有名な菓子? それともミニチュアダックスフンド?
俺は名前が八幡なだけに、鳩ネタでからかわれたことがある。
なので素直に思い出したいと意識するのは犬のほうになる。
さて。
本日も結衣を迎えに由比ヶ浜家に来ているわけだが、出来るだけ同じ時間に来られるように時間も調整して、いざチャイムを鳴らせば迎えてくれるは恋人さん。
人の顔を見る前から笑顔で無防備にやっはろー言ってくる。
新聞の集金でーすとからだったらどうするのほんと。
と思っていたら、なんでももう既にやらかし済みらしい。
“集金に来てあんな笑顔で迎えられたのは初めてよ”と、集金のおばさまが喜んでいたそうだ。
『ひゃんひゃんひゃんひゃんひゃんっ! ひゃんっ!』
迎えられるままに家へ上がれば、その足元をぐるぐると回り、足にしがみついてくるお犬様一匹。
よほどに興奮しているのか、『ひゃぅうう~~~~んっ!』高い声を上げながら、穢れ無き瞳で俺を見上げている。
ならばと濁った眼で見下ろしていると、余計にブンブカ振り回される尻尾。実に元気だ。
犬は恩を忘れない、三日飼えば3年間恩を忘れないとか言われているが……命を助けた場合は一生忘れないものなのだろうか。
迷信だーとか言うのは簡単だが、この懐きようを見ると、あながち間違いじゃなさそうだ。
「結衣、指の具合はどうだ?」
「あはは、もー……それ昨日も訊いたよ? ん、だいじょぶ。もう全然動かせるし、痛みもないよ」
「……そか。よかった」
「ヒッキー……」
注意すれば助けられたことで、女性に傷をつけてしまった罪悪感はまだ消えない。
今じゃ罪悪感だけで迎えに来ているわけではないとはいえ、仕方のないことだろう。
「あらヒッキーくん、いらっしゃーい。朝ごはん、もうちょっとかかるから、そこで結衣と待っててねー?」
「あ、はいママさん」
由比ヶ浜マの呼び方は、いつの間にやらママさんで定着している。
ママでいいのよ? とは言われているものの、まだ早いっていうか……いや、既に親公認っつーか、婚約めいたものはしているわけだが……。
……赤くなる顔を誤魔化すようにサブレを抱き上げて、腕の中で寝かせながら歩く……と、服をクンッと掴まれる。
振り向いてみれば、結衣が俺をじーっと見てるわけで。ああいや俺だけじゃなくてサブレも。
…………。…………? …………~……? …………あ。
「……ちょっとごめんなー?」
『ひゃふっ?』
一度抱き上げたサブレをすとんと下ろして、「え? あ、え?」とちょっと戸惑い気味の結衣へと近づき、まずは抱き締める。
「あ……ひっきー……」
どこか安心した声───を、華麗にスルーして、力が抜けた瞬間を狙って一気に横抱きにした。
「え、わっ、ひゃああっ!?」
俗に言うお姫様抱っこである。
状況が理解出来ていない結衣は慌てるばかりだが、それでも構わず抱いたまま、ソファまでを歩いた。
「結衣? どうしたのヘンな声───あらっ! あらあらあら~♪」
「わ、ちょっ、みみ見ないでママッ、見ないでー!」
そうして歩いているところをママさんに見られた結衣は、さすがに恥ずかしがった……のだが。
見られてしまったならと、顔を真っ赤にしたまま俺の首に腕を回し、口を波線のようにひずませながら俺を睨んだ。あ、少し涙目。
でも離そうとはしなかったから、ソファにはそのままの体勢で座って、開いた足の間に結衣のお尻を着地させると、そのままちゅっ、とキスをした。
「ふわっ……」小さな声が漏れて、潤んでいた目は余計に潤んで、顔がほんとに真っ赤っか。
ただし睨むような目は夢見る乙女的なものに変わって、俺の首に回していた腕には、もう離したくないとでもいうかのように力が込められた。
『ひゃんっ!』
「《ぽすっ》うひゃあっ!?」
そんな幸せいっぱい夢いっぱいの結衣の腹に、ぽすんと駆け上るサブレさん。
くすぐったかったのか、うひゃあと叫んでしまった結衣、さらに真っ赤。その……ドンマイ?
「うー……もう、サブレー? 今あたしがヒッキーと……」
『ヴ~~~……!』
「なんで唸るのー!?」
溜め息を吐きつつ、結衣の膝裏に通していた腕を離すと、サブレの頭を撫でてやる。
……尻尾の振りが勢いを増した。
対して、結衣の甘え度が加速。
上体を起こして俺を抱き寄せるようにして、首に顔をうずめると、首をぺろぺろと舐めてくる。
いやちょっ……くすぐったいくすぐったい! でもなんか嬉しい自分がアレだ……!
すると負けじとサブレが俺の胸に手をついて、俯いた俺の顔を舐めてこようとする。
それを見るや、結衣が俺を引き寄せて頬にキスをしたり舐めてきたりってオワーーーッ!?
「だだだだめだかんね!? ヒッキーはあたしのだから!」
『ひゃんっ! ひゃんひゃんっ!』
「吠えたってだめ!」
ここに、わんこ対ワンコの凄絶なる戦いの火蓋が切って落とされた───!
「はいはい、朝ごはんできたわよー? そんなに騒がないの、ヒッキーくんにみっともないって思われちゃうわよー?」
「あぅ……だってサブレがー……」
『ひゃふぅう~~……』
イ、イエ奥さん? こんな俺を犬相手とはいえ取り合ってくれて、おかしな話ですがワテクシ大変嬉しいといいますかなんといいますか。
「ヒッキーくんは人気者ねー? はい、今日もいっぱい食べてね?」
「あ、どもです」
「です、なんていいわよー。もっと、本当のママと思って接してくれれば。ほら、結衣も膝から降りなさい?」
「う、うん……」
「……それともー……ヒッキーくんの膝の上で、食べさせてもらう?」
「!!《ボッ!》い、いいっ! 降りるったらっ! もう! ママのばかっ!」
ああ……この反応、実は期待してたのか。
ま、まあその……アレな? なんだったら弁当食う時、ベストプレイスで……な?
そうアイコンタクトしてみると、結衣の顔がぱああと綻んだ。
もちろんそれを見逃すママさんではないわけで。
頬に手を当ててあらあら、なんて言っていた。母は強し。
『いただきます』
そうして今日も、由比ヶ浜家で朝食をいただいた。
もうすっかり慣れた状況に、なんとなーく頬が緩む。
しかも本日はもはや渡さんとばかりにサブレが膝の上に飛びあがってきて、動こうとしない。
……結衣、それを見てぐぬぬ状態。
それでも嫉妬されて嬉しいとか、ほんと男ってやつはこれだから……。
「ゆ~い」
「あ……う、うん、ひっきー…………お昼、だかんね……?」
「おう」
約束は守る。
雨とか降らん限りは普通に出来るだろ。
そう安心と期待を膨らませていたら、昼近くになると生憎の豪雨。
うるうると俺を見上げてくる結衣には勝てず、仕方なく奉仕部を使うことになったんだが。
「……あの。由比ヶ浜さん? ゾンビ? ここはいちゃつく場ではないのだけれど……」
「おいちょっと待て、今お前ストレートにゾンビだけ言った? なにそのゾンビでしかないゾンビ……ゾンビじゃねぇか。俺そこまで腐り要素とかねぇよ」
先客が居た。当然雪ノ下。
昼のたびに鍵借りるのって面倒じゃねぇのかね。
まあそれはそれとして、膝の上に結衣を座らせて、食べさせたり食べさせられたりする俺達。実にバカップル。
しかし客観的に気づかない限り、こんな行為が幸せすぎるってんだから、人間って不思議。
「サブレ、最近ヒッキーにすっごいべったりだよね……」
「犬は恩を忘れない、とか言うしな」
「それは───~~……あたしだって、忘れないけどさ」
ありがと、とばかりにちゅっとキスをされる。
玉子焼きの味がした。お返しにお姫様抱っこ状態でキスをすると、とろんととろけて脱力。
ひっきぃひっきぃと甘えた声を出して、犬のように懐いてきた。
そんな結衣を抱き締め、撫でながら、心の中ではサブレまじグッジョブとか拳を握っていたりした。
たまには嫉妬されたいとか、ほんと男ってめんどい。
そんなお話。
お題/ん
ん。
しりとりを代表する文字だと思う。
依頼者も無く、暇だからたまには、という理由で由比ヶ浜が提案してきたしりとりだが───
「おわん───あっ! うわー……“ん”、ついちゃった……」
「あー……じゃ、“ンドゥバ”」
「へっ!? ん、んどぅ……?」
「暇潰しなんだからいいだろ。ちなみにゲームのキャラな」
「へー……“ん”から始まるものなんてあるんだね……あ、じゃあゆきのん、“ば”」
「……そうね、暇潰しというのなら、堅苦しいルールなんて取り払ってもいいわね。……むしろ小説を読みたいのだけれど。…………バランサー」
「“あ”、だよね? それとも“サー”?」
「好きでいいだろ」
「え? あ、うん……あたし、ヒッキーが好き《ぽろり》」
「へ?」
「!?」
「え?」
……空気が凍った。
今…………なんと?
「え、あ───《カァアアアアア!?》ひゃわぁああっ!? ななななしなしっ! いまのなしっ! ただよく考えてなくてヒッキー今日もかっこいいなーとかえっとそのいろいろ考えてたらつい本音がってあわわそうじゃなくてえーとえーと!」
(───《ギラリ!》……比企谷くん、女性に恥をかかせるものではないわ)
(───《びくぅっ!?》うさ美ちゃん目、こわっ!)
なんかいきなり雪ノ下に睨まれた。
え……なにか言えと? なにか───っつーかこんな慌てながら本音だだ漏れ状態の相手に俺になにを言えと!?
……え? 本音? …………ああ、そっか、本音なのか。
「………」
やばい、嬉しい。
こんなふうに真っ直ぐに想ってくれて、しかもそれだけ慌ててくれるなんて。
「由比ヶ浜───」
ぽろりとこぼれるくらい、普段から想っていてくれただろう想いに応えるためにも、俺もまた踏み込む。
俺達のお話は、こんな暇潰しめいたしりとりから始まった。
ちなみにこの頃から、俺の中で風来のシレンのンドゥバは神のように祀る対象となった。