どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
雪ノ下の誕生日会も過ぎ、1月4日。
特になにかの日ということもなく、大体の場所が1月7日までは冬休みということもあり、俺達も例外なく休みを満喫していた。
「あ~……だらだら最高……。動きたくない……働きたくもない……」
わざわざ口に出すものでもないのに出すのは、現在家に誰もおらず、ソファで寝転がってだらだらしている俺を咎める者など誰も居ないからだ。
暖房の効いた部屋で、小町が居る時にやれば、嫌味と一緒に腹に軽い拳でも落ちてきそうな状況だが、今はそれをする者も居ない。
そして手を伸ばせば届く場所にある黄色と黒の至福の具現、マッカン。
小説を読みながらのんびりと、優雅に……そして力強く。
そうしたまったりの時間はしかし、いつだって他者によって破壊されることを俺は知っていた。うん八幡知ってたよ? だっていつものことだもの。
どーせここらで平塚先生からスマホにメールか電話がかかってくるのだ。
なので先手必勝、スマホの電源を落として、家の電話のモジュラージャックをブチーンと抜いておく。
そしてちと面倒で億劫だが歩き、玄関の鍵を《ぴんぽーん》…………オワタ。
玄関ってさぁ、なんで妙に半透明っぽいところとか作っちゃうかね。そういうのがあるから、居留守使いたい健全な男子高校生が悲しむハメになるんだよ? ちょっと誰よこの家設計したの、気分だけでもいいからはやくあやまっテ!
『あっ、今中で動いたっ! ヒッキー居るみたいだよゆきのんっ!』
『ええそうね、今動いたわね』
……男の子として、結婚した相手に言ってみてもらいたい言葉のいくつかを、どうしてか今聞いていまったような気がする。
あのねキミたち、そういうのは赤ちゃんを身籠って幸せな家庭の中で言ってあげて? 間違っても“比企谷八幡は静かに引きこもりたい”を実行したいこの比企谷八幡を、理屈を武器に引きずり出す時に言わないで?
『…………。あれ? 出てこないね』
『……、なるほど。大方引きこもるために鍵でもかけにきたところに、丁度私たちが来た、というところね。電話も通じないところを見ると、まさしく。でしょう? 引き籠りくん』
「………」
ちょっと……なんでそもそも冬休みだってのに人に家に来てるの?
小町が目的なら今居ないよ? だから帰って?
『あ、あのさヒッキー、実はあたしたち、小町ちゃんから連絡もらってさ。ど~せ家に引きこもってぐでぐでしてんでしょーから遊びに誘ってあげてくださいって』
小町ちゃん? ちょっと? なんで最近のキミってばそう余計なことしたがるの?
あんまり兄の安穏を崩すつもりなら、悪戯メールとか送っちゃうよ?
……たとえばほら、材木座から贈られてきた、“ケータイ小説とやらにチャレンジしてみた”がタイトルの、このおっそろしくつまらん小説を。だって設定だけで終わってんだもの。
そしてそんなもんを送った日には、妹からもひどい暴言を送られかねない。ひでぇ、俺泣き寝入りみたいに受け入れるしかないじゃないの。
「《ガチャア……》……いや、なんで居んのお前ら」
「あ、ヒッキー! やっはろー! なんでって、さっき説明したじゃん?」
「いやべつに断ること出来たでしょ。小町がそう言ったからって、用事があったーとか適当言ってこなかったとしても俺としては大歓迎であるまである」
「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
「ねぇちょっと? ねぇ? 聞いて? ていうか勝手に入らないで上がらないで?」
言ってはみるも、二人はずかずかと上がり込んでしまう。上がった上で、由比ヶ浜がケータイ片手に「小町ちゃんが上がっていいって!」と。
……小町ちゃん? お兄ちゃんたまには怒っていい? 妹にやさしいジェイムス・シスコンティだってね? たまには怒るんだよ? 誰だよジェイムス。
……。
で、結局は上がられてしまったわけだが、客のために何故俺が気を使わなければならんのか。
そう思い到ったなら開き直れよ人類。
二人が適当に動く中、べつに見られて困るものがあるわけでもなし、俺は再びリビングのソファに転がり、息を整えた。
べつに自室で寝てもいい。
しかし……しかしだ。あえてタオルケットを持ってきて、この場で眠るその行為。……不思議と穏やかに眠れたりするのだ。
咎める人が居ないってステキ。代わりに世話してくれる人もいねーけど。
そんなわけでゆっくりと意識が内側へと埋没《どすっ》おふっ!?
「………」
突如として、腹へ衝撃。
見てみれば、腹の上に乗っかったカマクラさん。
……まあ、いい。
猫はこたつで丸くなるとはいうが、今現在こたつなんざ出してないからな。タオルケットに守られた人間の体温だろうと恋しくなるのだろう。
おお、寝ろ寝ろ、寝てしまえ。
「………」
…………。
「………」
「…………《じーーーー》」
……やだ。なんか明らかに視線がきてる。
気配なんて感じなかったのに、これ絶対見られてる。
薄目を開けて周囲を見てみれば、いつから居たのか髪の長い女性霊が───!!
いや嘘だが。雪ノ下だ。
微動だにせず、タオルケットの越しの俺の腹の上で丸くなるカマクラをじーーーっと見ているようだ。
ていうかスマホ出して写真取り出した。
やめて!? それ俺も写っちゃってるから!
お前それを友達に見せたりした時にどう説明───…………ああうん、友達居なかったよな。
「………」
「…………《じーーーー》」
そして眠れない。
やーだー、ちょっと男子ー? いや男子関係ねぇけど、やだちょっとほんとやめて? 自分に危害がない分、ヘタに何も言い出せないし、枕元に立つ幽霊さんとかよりある意味よっぽど性質悪いじゃないですかー。
「………」
仕方ないので、起き上がりながらタオルケットでカマクラをやさしく包むように持ち上げ、きょとんとする雪ノ下に向けてホレと差し出す。
「え、あ」と思わず手を差し出した雪ノ下の手にカマクラは納まり、俺は俺でタオルケットを片手に自室を目指した。
リビングは犠牲になったのだ……雪ノ下の猫への愛情……その大きすぎる感情の犠牲にな……。
「………」
で、自室に来たんだが。
「………」
「………」
俺の布団がお犬様に奪われていた。
例えに上げれば可愛らしいものだが、現実では由比ヶ浜が寝ていた。
ちょっと待ってなにこれなにがどうなってこうなった? なんでこのガハマさん人のベッドで寝ちゃってるの?
「………」
……なんだか段々腹が立ってきた。
俺はただこの冬休みを怠惰ですごすと決めていたのに、何故こうも妹や部活仲間に邪魔されなければならんのだ。
溜め息ひとつ、ごろりと由比ヶ浜が寝返りを打ったのを見計らい、自分もベッドに潜り込む。
そう、これは俺のベッドなのだ。いわば聖域。普通ならば誰にも邪魔されることなく休める約束の地。
だというのに何故他人に遠慮をする必要があるのか。ここでは由比ヶ浜こそが客人であり、遠慮するべき存在なのだ。ならば堂々と眠ってくれようホトトギス。ホトトギス関係なかったわ。
(……、)
いや待て? もし急に具合が悪くなったとかでここで眠ることになった、とかだったらどうする?
さすがに小町の部屋を勝手に開けるのはとかって話になって、ならば不本意だろうけれど比企谷くんのベッドで、なんて雪ノ下が言い出して、事後承諾となったがそれを俺に訊くために雪ノ下は下に来た、とか。
やだ、妙に辻褄合っちゃった……!
だとするならまずい、事情があるのなら悪は俺になる。いや猫に夢中で説明しなかった雪ノ下も相当アレだが。やだもうどんだけ猫好きなのそういうの八幡困る。
「………」
でも、だからって今すぐ出て行くのもべつにいいんじゃないでしょうか。きっぱり言うなら眠気がすごい。
これを手放すのは人類というか、八幡的に大いなる損失です。
ちょっと、ちょっとだけだから。この心地よい香りに包まれながら眠るだけだから。ていうか布団入って布団が既にあったかいってどれくらいぶりの感覚でしょうか。
昔は布団乾燥機~みたいな感じであらかじめ布団を暖めてたよな~。
あー、なつかし………………───
-_-/由比ヶ浜結衣
…………どーーーん、って。頭の中でものすんごい音が鳴った。
「~~、~~……! ……!!」
目を開けたら、目の前にヒッキーの寝顔。
呼吸止まったし、わあ、なんて叫びそうになるのを止めるのにすごく苦労した。
えっと、えとー…………うん。なにこれ。
えと、遊びに来たのはいいけどヒッキーがすぐにソファで寝転がっちゃって、部屋に行けば嫌でも起きてくるでしょうってゆきのんに提案されて、電話越しに小町ちゃんにも許可をもらって、行ってみて、途中でゆきのんがカマクラちゃんを発見して、よたよたふらふらと追いかけてって……あたしはヒッキーの部屋に来て、あれこれしてたら躓いて、ベッドに倒れて……えと、えとー…………そのまま気づけばこんな状況で。
あ、うん、これ夢……だよね? だだだだってヒッキーがほらっ! そんなっ、あたしと一緒に眠ってるとか…………うん。
「…………」
いつの間にか毛布も掛け布団も被ってたらしいあたしは、自分の分だけじゃない暖かさに包まれながら、ドキドキがうるさいくせに心が穏やかになっていくのを感じたまま、目を閉じ───る前に。
(ど、どうせほら、夢……なんだから、ね?)
ケータイを取り出して、眠っているヒッキーと並んで……自撮りしてみる。それとはべつに、ヒッキーの寝顔もぱしゃり。
顔が緩むのを感じながら、夢じゃなければいいのにな、なんて溜め息を吐いて、今度こそあたしは……あ。
「え、と。そう、夢、夢なんだから……」
こくりと喉を鳴らして、それからゆっくりと近づいて。
ちゅっ、と。
穏やかに眠る好きな人のほっぺたに、おやすみのキスを。
や、やーほら、口だとさ、やっぱり…………ファーストキスを相手が知らないのとか、ヤだし。
「ん、えへへ……おやすみ、ヒッキー」
緩む頬はやっぱりそのまま。
あたしはもう一度寝転がると、瞼を閉じた。
-_-/ヒッキー
……のちに。
なんか結局自分ひとりで寝ていたらしい俺は、隣に由比ヶ浜が居ない状況にハテ、夢だったのかしらと部屋を出て階下へ。
そこには誰もおらず、陽も傾きすっかりうす暗い見慣れた風景しかなかった。
「………」
人恋しいんかね。あんな夢を見るとか。
溜め息ひとつ、どおれ二度寝と洒落込みますかねと水を飲んだのち、部屋へと戻ったのでした。
× × ×
……さらにそののち。
学校が始まってからしばらく、雪ノ下と由比ヶ浜がスマホやケータイを眺めては、頬を緩めるといった日が続いた。
訊いてみたって「なんでもないわ」とか「うひゃわぁあなんでもないよ!? ななななんでも!」とか言われちゃうし。
なんなんだろうね。やっぱり女子ってよくわからん。
よくわからんのだが……なんだか最近、外堀が埋められてきている気がする。
何故だか知らんのだけど小町が「お兄ちゃんってばやるね~♪」とか言い出したり、偶然会った由比ヶ浜マにも結衣をよろしくね~とか言われて。
(え? なに? なんなの?)
よくわからないままに日々は過ぎて、とあることがきっかけで由比ヶ浜のケータイを見てしまうに至り、喧嘩したり言い合いしたりののちに、俺に恋人が出来ていました。
いや、だってね、人の寝顔を待ち受けにされてさ、顔真っ赤にしてわたわた慌てる女子とかさ、あれでしょ。
寝顔を撮って馬鹿にするつもりだったのかね、なんて最初は思ってたのに、出るわ出るわの“自分がどれだけ好きなのか”の大告白。
なしてこげんとこで言いおっとやー的な返事で返してしまい、喧嘩もしたが……結局告白は告白だったわけで。
つまりそのー……はい。
ただいま、幸せです。