どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
彼が夜更かしをした理由
お題/安定のこもれびさん(こもれびさんが夜更かし上等でいろいろやっていたことを勝手にお題にして完成したSS)
人間、夜更かしが過ぎると注意力が散漫になるのはよく知られている。
しかし人の集中っていうものはどうしてか夜中にこそ働くものであり、いや統計とか知らんけどなんか特に男子とかってそんな感じじゃない? なので夜更かしは遊べる時間が限られる人間としては当然の行動である。
「比企谷。他に言うことはあるか?」
放課後のちょっとした時間。
これから部室へって時に職員室に呼び出された俺は、いつかのように平塚先生を前に汗をだらだら視線をうろちょろ。
「いや、先生ならわかってくれるでしょう? いろいろ疲れた時とか、天鱗がどうしても出なくてあと一回とか思ってしまう瞬間とか、あと一回やれば婚活も上手く───」
「ふんっ!」
拳は空ぶらなかった。
腹にドボスと衝撃が走る中、平塚先生は「最後が無ければ頷くくらいはしたものを」と呟いた。
はい、すんません。
「最近遅刻が目立っていると聞くから呼び出してみれば、ゲームかね」
「いや、実際はそうじゃないっていうか……」
「なんだ、歯切れが悪い。悩み事なら相談でもしてみるといい」
その生徒からの相談を生徒に任せる人が何言ってんすか。普段のあなたに言ってやりたい。でも言い出せないよね、現実って厳しい。
「いえべつに悩み事ってほどのものじゃないっていいますか。ほらあれですよ、思春期男子特有のアレコレとか」
「君は誤魔化すのが下手だな」
先生は婚活が下手ですね。
そう思った瞬間、いつかのように拳は顔の横を通り過ぎた。
「───次は本気で行く」
やだもうこの人! だからなんで人の考えてることがわかるの!?
「君はいちいち受身だからな。考えていることが露骨に顔に出る。そのくせ、自分はポーカーフェイスを貫けていると信じている上、誰もそれを君に指摘しない。だからわかる」
「……指摘しないっていうか、してくれる友達も居なかっただけっすけどね」
「………」
「………」
「……なんか、すまない」
「いえ、俺も……」
そうだよなぁ、思うだけで手が繋げたら誰も苦労はしないのだ。友達って自然になってるものじゃん? とかアホか。
作らなきゃ出来ないんだよ。作れなかったからぼっちやってんだよ。
「で? 結局のところ何が原因で夜更かしなんぞしているんだ。君のことだ、どうせぶつくさ言いながら、他人事でこそ悩んでいるんだろう」
「いやその……なんつーか……」
「うん?」
「あの。恋人ってどうなるものっすかね」
「………」
「そこでケンシロウのようにゴキベキ拳を鳴らすのは、教師と生徒の相談状況ですることじゃないと思うっす」
「ほう。この私に。この私にそんなことを聞いておきながらそれを言うか」
「言えって言ったから言った言葉で拳を構えられるって、理不尽の極みじゃないっすかね」
「………」
矛は収められた。気づけば顔の横を通り過ぎているような音速拳に対する盾なんて持ってない俺は、それを矛盾として受け止めることなんて出来ないから勘弁してほしい。
「なんだ、恋人が欲しくて悩んでいたのかね」
「いえその、相手自体ならっつーか、恋人なら出来たんすけど」
「───。比企谷。それの呼び方は恋人ではなく“嫁”と───」
「そういう方向じゃなくて。……いや熱もないっすから、心配顔でおデコに触るのやめませんか」
「あ、ああ、うん、そうか。……ところで───」
「それで、悩みなんすけど」
「い、いや……っ! いいっ! 言わなくていい! 君は私にどういった助言をしろと言わせる気だ!」
「デートってなにをするもんなのかと」
「ぐふっ!!」
脚を組んで椅子に腰掛けていた平塚先生が、その豊かな胸を両手で押さえるようにして、体を折って項垂れた。
「な、なるほど……だから婚活がどうのと……!」
「……その。一応俺なりに気を使ったつもりっすけど」
「……ここに、ラブラブで幸せですとか余裕を見せて、わざわざ私に当て付けで寄越してきたペアチケットがある……。なにが“静ちゃんも早くいい人見つけなよ~”だ! わ、私は! 私はー!」
「ちょ、平塚先生、一応ここ職員室……!」
「あ、ああ、すまない、取り乱した……。ああうん、これを、君にあげよう」
「え……いやでも」
「私には縁のないものだ。渡す相手もいないし、そもそも予定がぎっしりで行けるわけもない。それを知っていて渡してきたんだ、あいつは……!」
「……う、うす」
やだ……! なんかもう踏み込んだら抜け出せなくなるくらい語られそうな、そんな過去の苦悩が滲み出てる……!
踏み込んだらいけない、本能がそう言ってる。
なので……
>そっとしておこう
チケットを受け取って、にっこり比企谷スマイル。
当然、対人で笑むことなんぞ不得意な俺は、盛大に引き攣った笑みに対してひどい作り笑いだとツッコまれた。ほっといて!? これでも頑張ってんだから!
「ただし、一応価値あるものだ。是非有効に使ってくれたまえ。ヘタレてデートに誘えない、などということがないようにな」
「ぐっ……」
途端、平塚先生のニヤニヤした顔と視線が俺を射抜く。
そう、問題はそれなのだ。
デートで悩むのもそれはいいだろう。けど結局のところ、どうやって誘うのかが問題なのだ。
小町なんかは“ありのままでぶつかっていけばいーんだよ!”と言ってくれたが……普段の俺、ありのままの俺ってしょっちゅうあいつにキモいとか言われてるんですが?
「ほう、相手は由比ヶ浜か」
「心を読まんでください」
そう、相手は由比ヶ浜だ。
ただし本当に恋人であるかといえば、その一歩手前。
些細なことから言い合いになって、語り合ってぶつけ合って、気づけば気持ちを暴露してくれたあいつを前に、俺がヘタレて時間をくれって言っちゃったあたりで……ああもうほんと、平塚先生の言う通りじゃねぇの。どうすんのこれ。
誘う前からヘタレてるんじゃ、反論も出来ないんですが。
「比企谷……何を悩む必要がある。誘う、という行動を決めている時点で、君は以前より前に進めているんだ。そうする行動のために悩み、まあ遅刻は感心しないが、きちんと踏み込もうとしている。そこで永遠に踏み込めないのなら意味はないが、きっかけなら君の手の中にもうあるだろう?」
「……うす」
「ならばあとは進むだけだ。呼び出してでも、自分から行くのでもいい。ただし、きっかけを与えた私は君がこれから“どうでもいい”に埋没することは許さないぞ? さあ、君はどうしたい、どうする」
自分は仕事を理由に埋没したのに、ものすげぇ掌返しを見た気分だ。誰かこの人なんとかして。むしろなんとかしてあげて。
けど……まあその、なに?
……理由、貰っちゃったからな。
ほら、あれだろ? 使わなきゃもったいないし、あいつもこういうの好きだろうし、いつか無駄にしちゃった時に後々言ったりしたら“なんで誘ってくんなかったの!? もったいないじゃん!”とか言いそうだし。
「じゃあ、その」
「おっと、メールで誘うは無しだ。君が、彼女の前できちんと誘うこと。……無言でチケットをつき返すのはやめなさい」
「先生、何年俺のこと見てきたんすか」
「5年以上、などと言ってみたいところだがそこはお口にチャックだ。年月の問題ではないよ、比企谷。不順異性交遊がどうとかを唱えるつもりはない。出会いは大事なものだし、これもまた青春だ。だからこそ、簡単に済ませられるもので解決しようとする癖は直したまえ。心を知るんだよ、比企谷。“楽”に流される今を変えるんだ」
「平塚先生……」
「だからチケットを押し付けるな! 本当に仕事で出られないだけなんだ! わ、私だって仕事がなければ! 仕事が無ければなー!!」
おおう……女教師を泣かせてしまった……!
どうせ相手が居ないからーとかじゃなく、気になっていた相手は居るのかしら……!
いたたまれなくなったので、一言届けてから職員室を出ると、ひとつ溜め息。
「…………誘うったって」
どうしよう。
ここはやっぱりあれかしら、校舎裏に呼び出して……いや、そんなもん、誰かに見られた時点であいつが噂の中心に立つことになる。
じゃあそのー……
「……さっさと部室に行くか」
放課後のちょっとした時間に呼び出されただけなのだ、あいつも今頃、部室で雪ノ下とゆるゆりしてるんじゃ───っと、ここで呼び止められ、忘れ物だとばかりに鍵を投げられる。
「………」
……え?
× × ×
悲報:雪ノ下がお休みだった。
ちょっ……どうすんのこの空気!
部室に行ってみれば、入り口前で由比ヶ浜が途方に暮れていて、やってきた俺を見るやぱあっと笑顔を咲かせてって……え!? やだちょっと、これから二人きり!? 俺にどうしろと!?
「あ、ヒッキー! 部室開いてないんだけど、ゆきのんまだなのかな」
「………」
おぉおお落ち着け、落ち着くんだヒッキー! これ以上気を高めるんじゃない! まずは深呼吸をしてだな、テンパるとろくなことにならないんだから、まずは状況説明と、それからすることをだな……!
「ひ、ひやっ……あにょ……げふんっ! い、今な、平塚先生に呼び出されて、な」
「え? うん……?」
「そのっ……」
雪ノ下、今日休みだから鍵を受け取ってきた。
これでいい。ナイス定型文。
あとはこれを届ければ───
「───今度の日曜、俺とデートしないか」
───。
……。
miss、あ、みうs、ミス。出す定型文間違えた。
これ俺がここ連日、夜更かししながら考えてたストレートな誘い文句だったわ。
すいません、まだ現実のキーボード(コミュ)になれてないもんで。
…………。
……。
グワーーーッ!!
「あ、いやっ! すまんっ、今の」
「うんっ! 行こうっ! 行く! 絶対行くから!」
「───」
状況がハイスピードで解決していく様を見た。
ちょっと待ってと言おうにも、ズズイと近づいてきてこんな嬉しそうに頷かれたらさ……。
しかしだ、やっぱりぼっちってあれね、ヘタレ。
だからこそ、今さらで申し訳ないが。
「由比ヶ浜。その……肝心なところでヘタレて悪い。誘ってる時点でもうアレだと思うけど、俺とデートしてほしい」
「ふわっ……あ、えと。……うん。なんだろ、さっきのより、今言ってくれたほうのが、心に来た……」
「……そりゃ、定型文じゃないからな」
「? ヒッキー」
「ひ、ひやっ……なんでもっ……」
ぽしょりと呟いた言葉が、危うく拾われそうになった。
も、もういいだろ、頑張ったよ俺。
相手が頷いてからじゃないと、自分の本当の言葉も届けられないヘタれでも、今だけはって思ったんだ。
だからきちんと今の気持ちで届けて、やらかな笑顔で頷いてくれたから。
「……好きです。俺と付き合ってください」
俺から視線を外してうきうきしていた彼女に、ついぽろりと本音が漏れた。
もちろん嘘偽りのない言葉で、心も純粋なまでにたっぷりと詰まっていたから、彼女はうきうき笑顔のままにぼふんと真っ赤になって───
「普通そういうの、デートの最中とか終わりの頃に言わない!?」
───って言葉を、真っ赤なまま、照れたまま、緩む顔を抑えられないままに言って、俺に抱きついてきたのだった。