どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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「2万字でも多いわ!ww」とツッコミが来たので8千~1万5千あたりでいきます。
お、多くて2万~2万5千あたりで。
さてこちらは、ガハ祭りで投稿した選択式物語です。
軽いあらすじめいたストーリーを先に書いて、あとは参加者が好きな選択肢を選んで~……というお題を適当に振ってみたらなんか採用されちゃって……!
皆様きっとステキなSS書くんだろうなぁあ……と思ったら、言い出しっぺなら多少はいいとこ見せなきゃ! と妙に張り切ってしまい、一つの選択肢どころか全部書いてしまったがね……。
そんなSSです。どうぞ。


命短し恋せよ乙女
選択肢0~5


00/選択肢

 

 部室に来てみれば鍵がかかっていた。

 この場で待てば雪ノ下が来るだろうとは思ったが、今日はどうしてか気が向き、職員室まで取りに行く。

 「あ、あたしも行くっ」と元気に言ったお団子さんが、隣を嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。やめて、なんかべつなものまで跳ねてるから。

 そうして鍵を手に入れ、部室に入り、定位置に座ってみたのだが。いつまで経っても雪ノ下が来ない。

 これはもう帰っていいんじゃなかろうかと思ったあたりで、そわそわしていたもう一人のケータイに着信。今日は家の事情で来られないという事実が判明。一気に微妙な空間の出来上がりである。

 雪ノ下を待つ、というこれ以上ない名目がなくなった今、ここでこうしている理由もない。

 俺は───

 

1:帰るか。帰るね。ああ帰る。まじ帰る。(帰るしかないまである)

 

2:そういやラノベの新刊が(買い物をして帰る)

 

3:依頼者を待ってみる(二人で解決or後日三人で解決)

 

4:来られないと見せかけて、廊下で待機中のゆきのん(何故!?)

 

5:依頼者を待ってみる(難癖つけてとりあえず断るorギャグ方面へ)

 

6:無難な会話を試みる(小町あたりにコミュ力上げろとか言われた)

 

7:一緒に帰る(実は付き合ってましたorこれをきっかけに進展を)

 

8:襲われる(……襲われる?)

 

9:からかってみる(笑いに走るもよし、愛に走るもよし)

 

10:急に具合が悪くなるor元から悪かった(ぽかぽかする)

 

11:真剣に話し合ってみる(全部を手に入れたい彼女のお話)

 

12:誰かが来る(知り合い等)

 

13:しっとりと、愛(18禁)

 

14:青春してみる(あなたの思い描く青春)

 

15;自由枠(むしろ最初からこれ書いておけばよかったのでは)

 

 

 

 

01/帰るか。帰るね。ああ帰る。まじ帰る。(帰るしかないまである)

 

「じゃ、帰るか」

「え、あっ……ヒ、ヒッキー! えと、一緒に帰ろ?」

「なんでだよ。べつにいいだろ一緒じゃなくても」

「……じゃあ帰る。隣歩いても、ただ普通に帰ってるだけだから」

「いやおい……」

 

 普通に帰った。由比ヶ浜が隣を嬉しそうに歩いている以外は、普通だった。

 普通だった───

 

「あらー、ヒッキーくん?」

「え? あれ? ママ?」

「へ?」

 

 ───筈だったんだが。

 こののちに由比ヶ浜マに誘われ、由比ヶ浜家で夕食をごちそうになることに。

 断ったんだが無理で、妹が待っていると言ったら由比ヶ浜が電話をして、帰ってこなくていい宣言までされた。

 食べに行くしか選択肢が残されておらず、行ったら行ったでパパヶ浜さんが……おがったとしぇ(おりましたとさ)

 

「そうそう、パパー? このコが結衣のだ~い好きなヒッキーくんよー?」

「え? やっ、ちょっ!? ママーーーッ!!?」

「ひぇ!? す、好き!? へ!?」

「や、やっ、ちがっ、違うのヒッキー! 好きってのはあのっ、えとっえぇっと……! ちがっ………………ちが、わない、けど……」

「…………由比ヶ浜?」

「───……ヒッキーくん、といったか」

「《ビビクゥ!》ひゃい!? ひ、ひっひひひ比企谷八幡イイマス!」

「……そうか。結衣からはよく聞く名前だ。いやむしろ、一年前から結衣が出す話題と言えば君の話題ばかりだ」

「パパまでなに言うの!?」

「私としては大変、大変に腹立たしいことではあるが……大事な娘の恋だ。応援してやらないなど親として失格だろう。ああもちろん、これからのキミと、今の君の気持ちも重要ではあるが」

「そうねー……ヒッキーくん? 結衣のこと、好き?」

「やめっ……やめてったら! そういうの、親が訊いて答えることじゃないでしょ!? やめてよ!」

「…………」

 

 泣きそうな顔の由比ヶ浜が目に映ると、俺も納得して、拳を握った。

 気持ちは……かなり浮ついている。

 親に毎度毎度人のことを話すくらいには、俺は想われてるってことだ。

 しかも、その上で“好きかどうか”を訊ねてくるってことは、そういう方向で由比ヶ浜は話しているってことで。

 でも……そうだな。それを親に訊かれたからって口にするのは違う。

 アピールはずうっとあったんだから、今度は俺が、こいつにこそ返してやらないとだ。

 

「……由比ヶ浜」

「はーい」

「なにかね」

「えっ……いや、そうじゃなくて」

「あらー、ママだって由比ヶ浜よー?」

「私とて由比ヶ浜だ。大黒柱だ。由比ヶ浜オブ由比ヶ浜だな」

「……その。結衣、サン?」

「ふえっ!? あ、や、やー…………えぇっ!? あ、あぅあぅあぅあぅ……!」

「はいヒッキーくん? そこで“さん”は取っちゃって?」

「いやちょっ……呼び捨てとかまだ早いんじゃ……!」

「なんだね、キミは私の娘とそんな軽い気持ちで付き合っているのかね!」

 

 付き合ってませんが!?

 いや、でももし付き合ったとしたら───……いや、そもそも俺、なんで迷ってるんだ?

 予防線を張る必要もなく親が認めるほどに、家での由比ヶ浜は解りやすいとくる。

 じゃあ俺はそれに頷けば、由比ヶ浜と付き合うことになって───いや、けどそれは───マテ。じゃあ俺は由比ヶ浜が嫌いか?

 …………。

 いろいろ言い訳は並べられる。けど、それが由比ヶ浜で嫌いって答えに結び付くかっていったら全然NOだ。

 それどころか…………あれ? むしろいいことだらけっつーか、嬉しい───あれ?

 

「………結衣」

「え───あ、うん。…………え? え、え? ヒッキー、今───」

「俺でよかったら、付き合って欲しい」

 

 どうせフラレる。

 そんな答えがあっさり浮かんだ。

 だったら、妙な期待を持ってしまう前にきっちりとフラレてしまえば───

 

「───、…………はぃっ……!」

 

 ───……。あれ?

 いきなりな告白にドン引きしてヒッキーキモいが来ると思ってたのに。

 こんな、ムードもなにもない、親の前での告白なら……夢見る乙女なんてものは絶対に怒ると思ったのに。

 それどころか涙を溜めて、胸に手を当てて、眩しい笑顔で“はい”と返された。

 

「………」

 

 “いいことだらけ”なんて理由で相手を選ぶ自分に反吐が出そうだった。

 きっと由比ヶ浜は俺を意識してくれていると、そう思ったのはいつからだったか。

 けど、そんな想いを抱いてくれた相手に対して、“いいことだらけ”なんて気持ちが浮かんだ自分が気持ち悪くて仕方がなくて。

 だからみっともなく拒絶されれば、こんな最低な気持ちも無くなると、そう思ったのに。

 

「ぐっ……! 娘が、父さんにも見せたことのない笑顔で……! これが、これが恋する娘の笑顔か……! た、耐えるんだ……! これも娘のため……!」

「はいはいパパ? 邪魔しちゃ悪いから、二人きりにしてあげましょう?」

「ふ、二人きり!? だめだまだ早すぎる!」

「ぱーぱー?」

「ひゃ……ひゃい」

 

 パパヶ浜さんが由比ヶ浜マに背中を押され、廊下の奥へと消えていった。

 そして残される俺と由比ヶ浜。

 

「あはは……変な誤解、させちゃったかな……」

「……へ? 誤解って」

「……あたし、解ってるよ? ヒッキーが本気じゃないことくらい」

「!!」

 

 ズキンと胸が痛んだ。

 本気じゃないってわかってた。……なのに、あんなに嬉しそうに。

 

「やー……ぶ、部活仲間の親にさ、ほら、あんなふうに詰め寄られたら……さ、言っちゃうよね、うん。言っちゃう言っちゃう。だ、だから……さ、だから……」

 

 気持ち悪さが喉に沸き上がってくる。

 俺は、なにをやった?

 見た目が今時の女子高生でも、中身はアホって言えるくらい素直で純真で、今時子供かってくらいの乙女な夢とか持ってそうな相手に、俺は───

 

「まっ……待て、待てっ、待ってくれ! 俺、俺はっ……」

 

 そんなつもりじゃなかった。そう言うのは簡単だ。

 けど、俺はとっくに自分勝手に踏み潰して、修学旅行のあの場所だけでは飽き足らず、こんな……相手を正面に捉えての告白まで、状況解消の材料に……!!

 

  瞳が潤んでゆく。

 

 俺のじゃない。由比ヶ浜の。

 だめだ、やめろ、泣かせたくない。

 どうすればいい、考えろ、いや、もう考えるな。

 なんで泣かせたくないんだ。後悔からか? 二度も泣かせたからか?

 それだけじゃない。それだけじゃない理由はなんだ。

 考えるな。そこにある答えを口から出せばいい。

 答えが当てはまらない考えなんて全部捨てろ。残った、捨てられないものが───

 

「俺はっ! 俺はお前が大事なんだ! 泣かせたくねぇんだよ! だから泣くな!」

 

 ───俺の、答えだろうから。

 

「………」

「………」

 

 で。

 これ、答えだとして、前後とか繋がってなくないですか?

 あ、だめ。なんか顔が赤くなっていく。

 由比ヶ浜も涙を溜めたままぽかんとしてるし。

 

「え、と……ひ、ひっきぃ……? 大事、って……」

 

 でもだ。すぐに次の疑問は浮かんでくる。

 部活仲間として大事なのか、それとも、と。

 

「ぶっ───」

 

 すぐに部活仲間だ、と口が動こうとするのに、それは答えじゃないとばかりに喉は引きつる。

 それを言ったとして、どうなるかが目に見えているからだ。

 泣かせたくない。笑っていてほしい。

 そう思える理由はなんだろう。

 笑わせたいなら、俺はどうしたらいい。

 泣かせたり怒らせたり困らせたりばかりだった。

 笑ったのだって、きっと苦笑い程度。

 こんだけ一緒に居るってのに、そんな笑いしか提供できてねぇんだ。

 だから……

 

「俺は……お前のことが、好きなのか……正直わかんねぇ。わかんねぇことだらけだけど……その、よ。笑っていてほしいとは……思うんだよ。二度と泣かせたくねぇって、笑っていてほしいって。んで……ほら、あれで……」

「……うん……」

「わ、笑わせるのは、俺がしたいって……思う。……あ、あー……わり、キモいよな。自分でもそう思うわ。今言ったこと《ちゅっ》ふむぶっ!?」

 

 自分の中にある、どうやっても消えてくれない“答え”ってものを伝えてみれば、やっぱり恥ずかしい。

 すぐに言い訳を用意して話を終わらせようとしてみれば、俺は……駆けるように地面を蹴った由比ヶ浜に、口を塞がれていた。

 

「え、えっ……えばぁばばばばば……!? ばっ、ななななにやってんだ! 女がそんな、むやみにキスとか……!」

「……好きな人にしか、しないよ?」

「っ……あ、……」

 

 ワンパンだった。

 あんだけぐるぐる渦巻いていた気持ちが、たった一言で整理された。

 ああ、だめだ。俺、こいつのこと、今……

 

「あ、あのさ、ヒッキー。さっき言った部活仲間っての、取り消させ《がばぁっ!》ひゃあうっ!」

「~~…………」

 

 今、こいつのこと、どうしようもないくらい……

 

「……絶っっ対に幸せにする……! 俺と、一緒に歩いて欲しい……!」

 

 ちっぽけな自分のなにもかもを懸けてでも、幸せにしたいって思っちまった。

 

「…………」

 

 由比ヶ浜からの返事はなかった。

 ただ、抱き締めたその体がぴくんって跳ねて、小さく震えて。

 その細い腕が俺の制服の背の部分をぎううって強く握ると、

 

「……、……~~っ……ぁ……ふぁあああああぁぁん…………!」

 

 声を出して、子供のように泣き出したのだった。

 

 

 

 

02/そういやラノベの新刊が(買い物をして帰る)

 

「んじゃ帰るか」

「あ、うん。ヒッキー、えと、せっかくだしさ、一緒に帰ろ?」

「いや、俺これからアレがアレで買い物していかなきゃならんから」

「どうせ途中まで一緒じゃん? 一緒に行こうよ───あ、買い物ってなに? あ、あたしもさ、えとー……買いたいものとかあったり……」

「あーそーかい、残念だったな、俺が買うのは本だからお前とは無縁だな」

「ちょっ! あ、あたしだって本くらい買うってば!」

「ほーん? たとえば?」

「え? や、やー……ほら、……料理の本……とか?」

「んじゃなー、気を付けて帰れよー」

「わああ待った待ったほんとだってば! なんで先行っちゃうの!? 待ってってば!」

「お前よくもそんな誰も騙せそうにない嘘を……」

「嘘じゃないったら……あれから結構頑張ってるんだよ? だ、だから……さ? 本……一緒に」

「…………《コリコリ》……そうな。んじゃあその……行く、か?」

「あっ……《ぱあっ……》うんっ! えへへぇ、ほらほらっ、早く行コっ、ヒッキー!」

「なんでそんな急に元気なの……俺ちょっとそのノリにはついていけな《ぐいぃっ!》おぉあっ!? おいちょっとなんで引っ張るの別に店は逃げねぇだろ……!」

「時間は減るんですー! ほらほらヒッキー!」

「へいへい……」

 

 こののち。

 本屋だけで済むかと思っていた用事は料理勉強に発展し、何故か小町に教えを乞うことになった由比ヶ浜が比企谷家へ来訪。

 そこでなんでか俺の好みをぽしょぽしょと小町に訊ねていたことを小町から聞くことになり……翌日。

 由比ヶ浜に引っ張られ、訪れた昼のベストプレイスにて、弁当を贈られた。

 お礼がどうとか言っていたが、生命にかかわるのでは……と怯えを孕んだ俺の目を見るや怒った。そらそうだ。

 味? 味は……まずいに近かったものの、きちんと努力のあとが見られた。ならばと最初っから疑ってかかった罰として、作ってきてくれりゃあ味見する約束をした。

 流石の俺でも、きちんと努力をしている人を鼻で笑うみたいに突き放すとか無理だ。その努力が自分に向けられているなら尚更な。

 え? なんで知ってるかって? ……小町に逃げ場を無くされた上でじ~っくりと説明された。勘違いとかじゃないからきちんと受け止めないと、捻くれ以前に人としてアレだって。

 アレってなんだよ。気になるじゃないの。

 

 ……と、まあ。

 これが我が家の、というか……俺専属のシェフが誕生したきっかけだったりする。

 あ? 今現在? ……いろいろあって同棲しております。

 高校三年のある日に家を追い出され、アパート暮らしだ。そのためのお金もお互いの両親が出すからと言って譲らず、事実上結婚が決まっている。うん、婚約、済ませたしね? 俺の誕生日が来たら婚姻届けを役所に出すのだ。

 いやべつに嫌だとかそういうんじゃなくて。

 ただ。まあその。

 男って、胃袋を掴まれるのはもちろん、その過程でもあっさり落ちるんだなぁと。

 自分のために料理を頑張る可愛くて空気が読めてスタイルのいい女子に好かれて、落ちないやつなんて居るのかね。

 自分の好みだとかそんなものはどうでもよくなった。

 どうしてもって言うなら答えよう。結衣がタイプです。

 

 

 

 

03/依頼者を待ってみる(二人で解決or後日三人で解決)

 

 せっかくなので依頼者を待ってみた。

 

「…………《ペラリ》」

「…………《カタカタカタ》」

 

 ……が、ものの見事に誰も来やしない。各自、小説を読んだりケータイいじったりと、いつも通りの時間を過ごす。

 まあ……そうな。普段から誰も来ないのに、今日に限ってとかあるわけがない。

 待つことを選んでおいてなんだが、もういっそ帰ってしまおうか。

 そう思った時、きやがりました、ノックの音。

 

「!」

 

 由比ヶ浜が耳を弾かせる犬や猫のように反応して、バッと引き戸を見つめ、次いで俺を見る。

 …………なんかもう居留守でいんじゃね? 今小説がいいところだし。

 そんな意志を目に込めて送ると、頬を膨らませて目で怒ってきた。地味に伝わったらしい。

 

「あ、ど、どうぞー!」

 

 そんなわけで由比ヶ浜がどうぞと言ってしまったために、本日の依頼者、来訪。

 

「はろはろー♪」

「あれ? 姫菜?」

「………」

 

 あまり会いたくない人物のご登場。

 いやそもそも俺って会いたい人物って戸塚以外に居るの? この学校って俺に対して苦手な人ばっかなんですけど。なんとかなりません? ……自業自得なところは受け入れるが。

 そんな海老名さんは何故か正面には座らず、椅子を動かして由比ヶ浜の近くに座った。

 

「え? ど、どしたの? あたしになんか用? それとも……」

「うん、依頼。ちょっと困ってることがあってさ」

「そ、そなんだ。えと……なにかな。今ゆきのん居ないけど、聞くだけならあたしたちでも出来ると思うし」

「それなんだけどね。実は───」

「実は?」

「……たまたま、なんだけどね。知っちゃったことがあって。利己的なものだーって自覚もあるし、ちょっとこれはないかなとも思ったんだけど。こういうやり方しか出来ないのかもって……ちょっと諦めつつあっても、後悔はやってからしようかなーって」

「? えと……なんなのかな。ごめん、なに言ってんのかわかんないや……」

「……修学旅行《ぽしょり》」

「!!」

「?」

 

 海老名さんが由比ヶ浜にだけ口を寄せ、ぽしょりとなにかを言った。

 ……由比ヶ浜は随分と驚いてるようだったが。

 

「結衣が泣きながらヒキタニくんになんか言ってるところ、見た人が居てさ。たまたまそれが耳に届いて。あ、広まらないようにってちゃんと止めたから、それは大丈夫」

「……え、と、……やー……うん……。そ、それで、なんで姫菜が……?」

「結衣、ヒキタニくんのこと、好きだよね?」

「───!」

「……ん。確認してからでごめん。あの日のことは、本当にごめん。ごめんなさい。あの日のとべっちと私の依頼は……さ」

「……ちょっと待って」

 

 ……お? 由比ヶ浜が立ち上がって、なんでか俺のところに……え? なにこれ。ケータイ? イヤホン俺に差し出して……あ、あー……音楽でも聞いてろってことですか?

 

「いや、べつに大事な話があるなら外に」

「……ここに居て」

「え、ぁ……お、おう」

 

 言われるままにイヤホンをつけ、由比ヶ浜が普段聞いている音楽を大音量で聞く。音量は由比ヶ浜がグイーと適当に決めていった。うるさい。あとうるさい。

 元の位置に戻る由比ヶ浜を見送りつつ、仕方もなしに途中だった小説を読むのだが……集中できん。

 どうしたもんかー……ってあらやだなにこれ、いい曲じゃねぇのこれ。

 タイトルはー───などと別の方向に夢中になりだすと、目を閉じて大音量に集中する。

 慣れれば案外いけるなこれ。……すごいネ、人体!

 そうしてしばらく目を閉じていると、肘をついていた長机が急にがたたっと揺れる。

 な、なに? 何事?

 自分以外の要因を探せば二人しか居ない。

 パッと見てみれば…………どう見ても、由比ヶ浜が海老名さんを叩いたって状況だった。

 …………。え? なにこれ。

 思わずイヤホンを取ると、当たり前だが声が聞こえた。

 

「どうして……! どうして! 答えが決まってたのに、どうして人を巻き込んだの!?」

「……、あのままのグループが」

「だから! グループなんかじゃない! それは姫菜ととべっちの問題でしょ!? ……たしかにそうだよ……? 姫菜が告白されて断れば、グループにだって妙な空気とか出てたかもしんないよ……。でも、じゃあ、姫菜はそんなことがある度にそうやって、どうして欲しいかも言わずに相手にやり方を投げっぱなしにして、自分だけ笑ってるの!? それでいいの!?」

「結衣、私はさ、結衣を泣かせるつもりなんかじゃ───」

「言わなかったじゃん!! ヒッキーに任せて! ヒッキーが嘘の告白して! ~~……あたしにでもゆきのんにでもっ……言ってくれてあったら……! あんな苦しい想い、しなかったよぉっ!」

「…………ごめん、結衣。ごめんね……」

 

 ……。俺もごめんしか届けられない。

 言わなかったのは俺も同じなんだ。

 気づいたことを相談しようと思えば出来た筈なのに、方法もなんもかも、出来れば知られたくないなんて理由で、俺は結局また泣かせてしまったのだから。

 ああいや……違うな。一度は飲み込もうとしてくれたんだ。辛くても、これっきりならと、涙さえのみ込もうとしてくれた。

 なのに俺は効率云々を口にして、あいつの我慢の壁をぶち壊しちまったんだ。

 本当に。

 恋心ってものも。

 辛さを耐えようとする心ってものも。

 全然、これっぽっちも考えてやれてなかった。

 

  ───人の気持ち、もっと考えてよ

 

 ほんと、その通り過ぎて呆れちまう。

 効率だけを前に置くなら、きちんと相談した方がよかったに決まっているのに。

 なぜって。

 “みんな”の気持ちなど、“ぼっち”には解らないからだ。

 だから“みんな”の依頼は“みんな”で考えなきゃいけない筈だった。

 それを、俺はまちがえてしまったのだから。

 

「由比ヶ浜」

「っ! ひ、……っきぃ……」

 

 声を掛けると、由比ヶ浜は肩を弾かせて振り向いた。

 叩くよりも叫ぶよりも、俺に声を掛けられた瞬間、自分を取り戻したって様相だった。

 挙げてしまった自分の手に残る、人を叩いた感触を思い出してか、手を見下ろして震えている。

 なんでイヤホンを取ったのか、なんて言ってはこなかった。そりゃそうだ、目の前でやれば、イヤホンつけてたって嫌でも気づくってもんだ。……目、閉じてたから肘とか机についてなけりゃ気づかんかったかもだが。

 

「あー……それで結局、なにをしたくてここに来たんだ? 謝りたくて、とは違うだろ」

「……うん。謝りたくて、は違うかな。謝るには今さらすぎるしね。だから、いっそ叩いてもらいたかったっていうのが本音かな。結衣には本当にひどいことしちゃったから」

「そうか? 俺には今の状況の方が、よっぽどひどいことしてるように見えるけどな」

「……そう、だね」

 

 由比ヶ浜は泣いていた。

 叩いてしまった手を左手で押さえ、胸に抱くようにして。

 叩かれて許されたいとか、相手にスカっとしてほしいとか、そんなのは思い込みの一種だろう。

 どんな理由があろうと人を叩きたくないヤツだって居る。

 空気を読むことに長けて、人のことばっか見てたこいつが、人を叩いてスッキリするなんてことは……決めつけかもしれないが、あるわけがない。

 海老名さんもそれに気づけないほどに罪悪感を感じていたってことだろうが、さすがに泣かされるのは見ていて辛い。

 

「ヒキタニくん。依頼、お願いしていいかな」

「……さすがにもう、独断で受けることはしねぇよ。話、ちゃんと聞いてからだ」

「うん。結衣とじっくり話し合ってくれていいから。むしろそうしてほしい」

「……?」

 

 ちょっとした違和感。

 話し合ってくれていいと言うわりに、海老名さんは椅子から立ち上がり、俺の傍まできた。

 そして、俺の耳元まで顔を近づけると、「……結衣の想い、叶えてあげてほしいんだ」と言った。

 

「自惚れなんかするまでもないよね? 人の行動に敏感なヒキタニくんが気づいてないわけないもん」

「……なんだ、それ。自分の罪悪感消すために、人の感情を利用しようってのか。だとしたら前の依頼よりも性質が悪い。由比ヶ浜と絶縁しにきたのか?」

「見てみぬフリをしてた私の自業自得だから。結衣に元気がないこと知ってて、いろんなことへの自覚も見てみぬフリして。……泣かせるつもりなんて、本当になかったんだよ。だから、どうせ嫌われるなら、それがひとつくらい喜びに繋がってほしいって」

「───」

「だから、私はここでいらないことを付け足すことにする。……ヒキタニくん。これはね、“自己犠牲じゃない”よ。私が勝手にすることだから」

 

 ……。吐き気がした。

 ようするに、俺がしてきたことってのは他人から見れば“こんなもの”なのだ。

 悪意や害意は自分が受け取り、周囲はハッピー。

 そんなことを平気でやって、自分の近くに歩み寄ろうとしている誰かの気持ちなんて、これっぽっちも考えない。

 だとすれば、変わらない自分なんてものを貫こうとすれば、俺はまた、今の海老名さんのように由比ヶ浜を泣かせることに───

 

「依頼は以上。よく話し合って、よく振り返って、最後にとびっきりのハッピーエンドにしてくれたら嬉しいかな。私ももうちょっと、グループの方で頑張ってみるから。自分で蒔いた種だし、それでおかしくなっちゃうなら……仕方ないよね」

 

 それだけ言うと、海老名さんは最後に由比ヶ浜に頭を下げて、出て行った。

 

「………」

「………」

 

 沈黙。

 こんなんどうしろっての、と悪態をつきたいところだが……そだな。

 泣いている今だから丁度いいのかもしれない。

 泣かせた自分が謝ることさえ出来なかったいつかの巻き戻し。

 そう思えば、泣いている今だからこそ。

 

「由比ヶ浜。依頼のことだけどな───」

 

 解決方法はすぐそこにある。

 依頼解決はひどく簡単なものだ。ようするに俺の心の覚悟の量の問題っつーか。

 歩み寄ってくれていた分、俺も一歩でも二歩でも踏み込んで、泣かせた分を笑顔にしてやろう。

 断られたって何度でもぶつかる。人を想って泣けるなら、いっそ想われても泣いてくれ。

 

  そうして、俺は一歩を踏み出した。

 

 何を言われたか解らないって顔の由比ヶ浜に、言葉に詰まりながらも何度だって伝えて。

 弱っている心に温かい言葉は届きやすいなんて言うが、それはちょっと違うんだと思う。

 弱ってるからこそどん底に落ちたいって人も居る。罪悪感がひどい人なんか特にそれな。

 加えて、由比ヶ浜はどうしてか雪ノ下がどうのと言い出した。が、一刀両断。

 

「あほ。他人のあれこれがどうこう以前に、お前はもっと自分のために動け。お前の感情に、お前がしたいことに、雪ノ下を巻き込むな。お前はお前でいいだろが。俺に捻くれがどうとか言うなら、お前ももっと自分の気持ちを前に出してやれ」

「でも…………」

 

 つーか、伝えればすぐに頷いてくれるとかどこかで期待してました。照れるし恥ずかしいし逃げ出したいからお願いします気持ちを受け取ってください。

 ダメならダメで拒絶してくれていいから、なんかもういっそ殺してください。

 のようなことを伝えると、

 

「拒絶なんてしない! ……ぁっ…………」

 

 叫ぶように即答して、直後に沸騰。

 顔を真っ赤にして俯き、けれどもう一度俺を見ると、「……いいのかな」とぽしょり。

 雪ノ下にどんな遠慮があってそういうこと言うのかは知らんが……あれ、ほんと愛だ恋だじゃないからね? 甘えることを知らなかった子供が、たまたま自分が出来ないことを出来る人を見つけて、少し意識を傾けた、とか……そういうのでしかないから。

 

「で、でも」

「なんなら雪ノ下に言ってみろ。間違いじゃなけりゃ、顔真っ赤にして言い訳乱舞になるから」

「………」

 

 言ってみると、素直に電話をかける由比ヶ浜=サン。あら素直。

 しばらくして繋がったらしく、俺が言った通りの言葉を口にすると、予想通りといえばいいのか、多少離れていても聞こえるくらいの上ずった声で始まる言い訳乱舞。

 由比ヶ浜は俺を見てぽかーんとした表情。ケータイからは未だに言い訳乱舞。

 少ししておかしくなったのか、由比ヶ浜は笑った。

 苦笑いなんてものじゃなく、こう、なんつーのか。さっきまでの苦悩も悲しみも全部とっぱらった……ああほれ、あれだ。屈託ってもののない笑顔? っつーのかね。そんな笑顔を見せたのだ。

 ……あらやばい、自分の動きが止まるくらい可愛かった。

 雪ノ下には見せても俺には見せない、そんな笑顔が俺に向けられた。

 そこにはきっと安堵も混ざっていて、こいつのことだから……もし、とか考えたらキリがなかったんだろう。

 いや、雪ノ下が俺をとか、まずないっての。行けて精々友達だろ。……いや、部活仲間? ……だな。だって“ありえない”とまで言われちゃってるし。お前さ、俺が言うのもなんだけどもうちょっと未来の可能性とか信じようよ。

 俺と友達だなんて有り得ないとか、いざそんな関係でもいっかーとか思ったらウソつきになっちゃうんだゾ? いや“だゾ”じゃねぇよ。

 

「で……あー……その。すまん。ダメならダメで、早くトドメを刺してほしいんだが……」

「───……」

 

 目の前の賑やかさ(主に雪ノ下)にあてられたってわけでもないんだが、さすがに恥ずかしくなって呟くと、由比ヶ浜は俺の目を真っ直ぐに見つめた上で、ふわりと頬を朱に染めながら笑い、今度こそ想いを真っ直ぐに伝えてくれた。誰に遠慮するでもなく、なにを気遣うこともなく、誰のために空気を読むでもなく。

 そうして、ようやく自分のために行動をした彼女を幸せにするために、俺の自分改革も始まったのだった。

 とりあえずアレな。捻くれ禁止。そういった方向での依頼解決も一切禁止。

 まずは目の前の、心を完全に持ってかれちまった笑顔をいつだって見られるよう、その機会を増やす努力から始めよう。

 きっかけがなんであれ、もう“こいつのためなら”とか思っちまったし。

 他人のために動き続けてたんなら、これからは俺が。

 それに対して遠慮をするってんなら、まずお前が他人のためをやめてみろ。……おし、完璧な最終兵器が用意出来た。

 んじゃあ始めよう。

 まず手っ取り早く笑顔にするための冴えたやり方。

 

「……あ、ああえっとその、だな。由比ヶ浜」

「う、うん……なに? ヒッキー……」

「……名前で呼んでいいか?」

「…………ぁ───」

 

 結論。泣かれた。悪い意味じゃなくて。

 こうすればこうなるとか、自分の勝手な思い込みって役に立ちませんね。

 なので、もっと知る努力を続けようと思いました。まる。

 

『…………はぁ。二人とも? まだ繋がっているのだけれど……』

『!!《びくぅっ!!》』

 

 ……恥ずかしさにも慣れていこうな。

 たぶん、俺とこいつとじゃあ相当必要になりそうだし。

 

 

 

 

04/来られないと見せかけて、廊下で待機中のゆきのん(何故!?)

 

 ……。

 

「……《ゴゴゴゴゴゴゴ……!》」

 

 特別棟、奉仕部部室前。

 そこに、携帯電話の着信音をゼロにしつつ、どこかジョジョチックなシヴい顔で溜め息を吐くおなごがおった。

 名を、雪ノ下雪乃。通称をゆきのんという。

 

「……。危ないところだったわ……気づくのが遅れていたら、すぐにバレてしまうところだった……」

 

 さて。

 何故この奉仕部部長様が部室に入らず、こんなところに居るのかといえば。

 

「由比ヶ浜さんは普段から比企谷くんを気にしている……それは解り切っていることね。ええ、傍から見ていてもやもやしてしまうくらい……こう、じれったい、というのかしら」

 

 確かめたいことがあったのだろう。

 あえて二人きりにさせてみて、どうなるのかを見てみたかった。

 そもそも由比ヶ浜結衣は、比企谷八幡のことに関して、どうしてか雪ノ下雪乃に遠慮をしているようである。

 ならばそこに自分が居なければどうなるのか。それを見てみたいと、純粋な好奇心が沸き出した。

 普段ならばこのようなことをする彼女ではない。

 昨日たまたま入手したねこねこ大集合ブルーレイBOXを夢中で見るあまり、たまたま徹夜をしてしまったことが原因でたまたま遅れてしまい、たまたまこんな場面に出くわしたわけでは断じてない。ないったらない。ほんとうにないんだからねっ!? ……というわけで、この物語はネタ寄りでご提供いたします。

 

(……とはいえ)

 

 廊下で座りながら聞き耳を立てるって、部長としてどうなのだろう。

 小さくそんなことを考えて、溜め息を吐いた。

 しかしそんな悪戯めいたことをする自分に、少しわくわくしているところもあり、溜め息のあとには小さく笑みを浮かべていた。

 特別棟は案外静かだ。聞き耳を立ててみれば、中の声は案外聞こえる。

 それに、由比ヶ浜結衣の声は耳に届きやすい。どこぞのけだるそうに喋る誰かさんとは大違いだ。

 

『ね、ねぇヒッキー』

「!」

 

 会話が始まると、意識が鋭くなる。それこそ猫が物音を聞いてピンと耳を弾かせるが如く。

 どうしてかT-SUWARIから正座に変えて、目を閉じて意識を会話へ集中させた。

 

『えっとさ? えとー……』

『干支?』

『や、そうじゃなくて……えっとさ。今度ほら……あれじゃん?』

『ああそうな、アレな』

『………』

『………』

『あれってなにって訊いてよぉ! 会話終わっちゃったじゃん!』

『そりゃそうだろ。ぼっちたる者、会話の全ては終わらせるためだけにある。常にどうすれば会話が落着に辿り着くのか、そればっかりを考えて、常にそれを実行するまである』

『……えっとね? あれってのはさ』

『わー、無視して話し始めちゃったよこの人。いや、俺もそれはねーだろとは思ったけどよ』

『ほ、ほら、父の日ってあるじゃん? 今年は19日で、そんでさ……』

『あぁ、もうそんな時期なのな。んじゃあなに、前日はお前暇?』

『ふえぇっ!? ななななんで!?』

『あ? だってお前、誕生日───……うぐぉぁ』

『ヒッキー…………お、覚えてて……くれたんだ……』

『い、や……そりゃ、あんなことがありゃ、覚えてるだろ……』

『……だって、さ? なんか毎日、すっごくどうでもいいって感じだったし、そんなもんなのかなーって……』

『なにお前、催促してまで祝われたいの?』

『祝われたいよ! ……だって……ヒッキーだもん……』

『………』

『………』

 

 物凄い速さで話が進んでいる気がする。

 こういうものは普通、ラブコメ的展開で言えばあーだこーだと話が長引いて、邪魔が入って、もやもやするものじゃああるまいか。

 廊下で正座、目を閉じている雪ノ下雪乃はそう思わずにいられなかった。

 しかし彼女は知らない。気づかない。

 既に顔見知りの何人かが奉仕部の前を訪れたが、目を閉じ正座して、声をかけても反応がない彼女に首を傾げつつ戻っていったことを。

 邪魔者来訪フラグはあったが、全て折られていたのだ。

 

『なぁ、由比ヶ浜。自惚れていいなら一度踏み込んで失敗してみてぇって思う。……お前、俺のこと好きか?』

『うひゃあっ!? ななななに言ってんのヒッキー! キモッ! キんモい! いきなり人の気持ち口にするとか、マジありえない!』

『……あー……まあ、そうな。そりゃそうだ。おう、これで疑問も誤解も全部解けたわ。由比ヶ浜結衣は俺にそういった感情は抱いてない。それが解れば、俺も割り切って───』

『え? ち、ちがっ、違うよそうじゃなくて!』

『あ? 違うって、なにが。キモい言っといてそれは違うって、わけが───』

『わかんなくない! ……人の気持ち、勝手に言うからキモいって言ったの! ……もうちょっと、ムードとか考えてよ……』

『………………へ?』

 

 盛り上がって参りました。

 正座した膝の上に乗せた手が、自然とギュッと固まる。

 いきなさい、迷うことはない、あと一歩だ。

 

『ほんっとヒッキーってあれなんだから……。う、うー……! もっと胸にくる状況とか、夢だったのに……! ……ヒッキー!』

『お、おう? なんだよ……なんでそんな怒って』

『あ、あたし、ヒッキーが好き! ヒッキーのことが男の子として大好き! あ、あの、えっと、あれだからね!? べつに罰ゲームとかそういうのじゃないから!』

『……い……や…………、待て、待て待て、それは気の迷いってやつだろ。出会ったきっかけがアレだったから、ちょっと意識してるってだけで』

 

 おのれこのヘタレ。

 彼女が別の男に声をかけられればいい顔をしないくせに、いざこんな状況になれば答えを濁す。

 構わないわ由比ヶ浜さん、そのヘタレ谷くんに実力を行使してでも想いを伝えるのよ。言ったって解らないなら───

 

『じゃあ……これでも信じらんない?』

『へ? あ、おいっ! 待───』

 

 ……。

 音が、消えた。

 声もない。

 ただ静かな時間が流れ、やがて───

 

……。

 

 ……。

 

「…………のん? ゆきのーん?」

「《びくっ》んっ……!? あ…………由比ヶ浜さん?」

 

 ふと目覚めると部室。

 長机に突っ伏すようにして眠っていた。

 

(…………夢?)

 

 だとすれば自分はなんという恥ずかしい夢を見ていたのか。

 よりにもよって友人の告白を盗み聞きしてしまうなんて。

 ちらりと見れば、目の腐った彼も口をへの字にしながら私を見ていた。

 

「お前が居眠りなんて珍しいんじゃねーの? 材木座の小説の時以来か?」

「……、ええそうね。不覚だわ。人の前で眠ってしまうなんて」

「ぐっすりだったよー? あ、でももう完全下校時刻だからさ、帰ろ? ゆきのん」

「ええ……、ん……わかったわ」

 

 立ち上がりながら返して、鞄を手に取る。

 はぁ、まったく、おかしな夢。

 そもそもいくら自分が夜更かしをしたからといって、廊下で正座するなんて。

 廊下に出て、鍵をかけ、歩く。

 少し頭を冷やそう。

 鍵を返して、それから───

 

「………」

「………」

 

 そんなことを考えていたからか、寝起きだったからなのか、彼女は気づかなかった。

 一人、鍵を返しにいくその違和感。いつもならついてくる彼女が隣ではなく、彼の隣に立ち、その手を繋いでいることに。

 

「ああ……そういえば由比ヶ浜さん」

「《シュパァン!》うひゃあなに!? ななななにっ!? ゆきのんっ!」

 

 振り向く彼女に、由比ヶ浜結衣は物凄い速さで手を振りほどいた。その顔は真っ赤である。

 

「人を椅子に座らせてまで夢ということにしたいのなら、まずはその潤んでやまない恋する乙女のような目をなんとかしなさい。浮かれすぎていて、逆に心配だわ」

「え───ひゃああ!? あ、あたしそんな顔してる!? あ、で、でもヒッキーが受け止めてくれたから……あぅ、ふゎ……ぁ……え、えへぇぇ……♪《ほにゃあ》」

「いやおまっ……解りやすすぎだろ……! あ、あー……その、なんだ。そういうことっつーか。説明するまでもなく丸解りだろうけど」

「ええ、精々泣かせないように努めなさい。嬉し涙以外を流させたら……潰すわ」

「どこを!? あ、いや、社会的地位を、とかそういう意味か!? そうだよな!? どこを、じゃなくてなにをでいいんだよな!?」

「ふふっ……」

「そこで笑うなよ怖いだろ!?」

 

 立てていた予想を口にすれば、簡単に全てを説明してくれる自分の親友を、本当に可愛く思う。

 そんな笑みに心が温かくなるのを感じながら、雪ノ下雪乃はのんびりと廊下を歩いた。

 

  ───この物語は地の文と登場人物の心が必ずしも一致するとは限らない作風でお送りいたしました。

 

 

 

 

05/依頼者を待ってみる(難癖つけてとりあえず断るorギャグ方面へ)

 

 がらぁっ!

 

「っべー! いんやーヒキタニくーん、これやばいわー、マジやばいわー!」

「そうか帰れ」

 

 ガラピシャアァンッ!

 ……悪は去った。

 




pixivにて他の参加者様の作品をネタに使ったものは、さすがにこちらでは使えないので、新しく書いたりしています。

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