どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
06/無難な会話を試みる(小町あたりにコミュ力上げろとか言われた)
無難。
難しいことが無い、と書く。
平凡で特になにもないこと、という意味らしい。最高。
しかしそれを会話として出す場合、コミュ力がないと長続きはしない。
かといってこのまま黙っているのも空気的によろしくなく、そもそも由比ヶ浜がやたらとこちらをちらちら見てくるのがアレでアレなわけで。
いやなんなのお前、空気読むのが得意ならいっそほっといてくださいません?
これで俺の社会の窓が全開だったーとかなら八幡ごめんちゃいだけど、…………開いてないよな? おう開いてない。
「………」
「…………《ちらちら……かぁああ……!》」
じゃあなんだってこのお団子さんは、ケータイもいじくらんと自分の膝に手ぇ乗っけて肩を突っ張らせるみたいに“THE・緊張してます”って姿勢で俺のことチラ見してるのん?
見てくるだけならまだしも赤くなる理由が解らん。
リア充ならばここで“ハハァン? 俺と二人きりになって緊張してるんだナハハァン?”とか考えたりするんだろうが、俺に限ってそれはない。
しかしだ。
相手が由比ヶ浜で、その相手が俺だという場合、気になることはそりゃあある。
今までそれっぽいアプローチはあったのだから、いっそこれを機会に清算してみてもいいんじゃないでしょうか。
そうした方がこう……ほら、なに? ただの部活仲間ってだけの関係を確立しやすいんじゃないでしょうか。
……おう、無難な会話な。無難な会話でそのあたりの決着、つけてみましょーよ。
「あー……由比ヶ浜?」
「ひゃあっ!? な、なにっ!? みみみ見てないっ! 見てないしっ! あたしべつにヒッキーのことなんかっ!」
「………」
空気読んでください。人が無難にいこうとしたのにそんな慌てられたら、ぼっちとしてはどうしたらいいのか。
あー……んじゃああれか。ここは今までのことを逆手にとって、つついてやるのが一番なのかね。
漫画とかでもありそうなシチュだろたぶん。
「ほーん? 俺なんかか。じゃあ今日までいろいろ気にかけてくれてたんかなって思ってたの、全部俺の気の所為か」
ほれ、こんな感じだろ?
そしたら由比ヶ浜が“あ、あったりまえじゃん?”とか言って、小さな笑みが───
「ぇ、ぁ───そんなことないっ! 違うっ、違うよ!?」
予想の斜め上の返事が飛んできた。想定外で予想GUYデェス。
バンッと机を叩くようにして立ち上がった由比ヶ浜が、短い距離だってのに駆けるようにして俺の後ろに来た。いきなりだったから反応出来ず、そのままあすなろチックに抱き着かれてしまった。
「おぉわっ!? ちょ、なにを───!」
「気の所為だなんて受け止めちゃ、やだよ……! あ、あたしだって、勇気出せなくて誤魔化しちゃうことだってあったけど……! で、でも、あたしにだって譲りたくないこと、いっぱいあるから……! だから……!」
「……、……」
何かを言おうとして、言葉に詰まった。なにを言おうとしたのかも一瞬で砕けて、解らなくなってしまう。
ただ自然と、首に回された腕に軽く触れ、その制服の袖を軽く引っ張った。
……本物が欲しいと訴え、雪ノ下が部室から出て行ったあの日。
由比ヶ浜に服を掴まれ、叫ばれ、手を握られて以降、こいつとの距離は縮まった気がする。
わからないで終わらせたらだめだと、叫んでくれた。
……知っていいのだろうか。
知ろうとした途端、拒絶されて笑われるだけだろう───そんな、“どうせ”という考えが前に出る。
けどだ。
気の所為で受け止められるのは嫌だと、こんなことをしてまで否定してくれるのなら。
「………」
「あ…………ひっきー……」
いつかこいつがしてくれたように、掴んでいた服を離し、手を握った。
一人で歩けるからと振りほどいたのは俺だ。
そんな俺が、自分から他人の手を掴む。
拒絶されるならされるでいい。解り切った現状の方が、なにも期待しないで済むから。
なのに、どうしてだろうな。掴んでおいて、拒絶されるならされるで、とか思っておいて、それをされる未来が全然想像出来なかった。
掴んだ手が、きゅっと握り返された。
そうして、始まる。
まちがってばかりで、泣かせてばかりで、誤魔化してばかりだったお互いの物語。
ラブコメって言うには随分とシリアスばかりだった気もするが、まあ。冒険はただの序章にすぎないってどっかの誰かが言ってたんだ。物語は、これからなのだろう。
「…………」
人ってあったかいな。
ぽしょりと呟いた言葉が拾われ、うん、と返された。
俺の言葉を拾おうとしてくれる人に、ただ感謝を。
繋いだ手に思わず力が入り、離したくないと思ってしまって。
案外踏み込まれたらちょろいんじゃないかと自分を振り返って、笑った。
07/一緒に帰る(実は付き合ってましたorこれをきっかけに進展を)
一緒に帰る。
リア充が実に極自然に行なう、群れを成す者どもの呪文。いやべつに呪いたいわけじゃねぇよ。呪いの文と書いて呪文とか物騒すぎでしょ、もうちょっとなんとかならないのこの文字。
ちなみにこれをぼっちが唱えようものなら、瞬く間にドン引き、陰口めいたキモいが高速連続詠唱されること請け合い、時に勘違いした馬鹿が“ぼっちごときがなに言ってんの?”とニヤついた顔で近づきながら言ってくるわけだが……いや、お前こそ頭大丈夫かと気遣ってやりたくなるほど見ていて痛々しいので、お前こそ気をつけような、マジで。
……。
で。
言えと?
俺に、由比ヶ浜へ、一緒に帰ろうぜッ★ と。
これ言うくらいなら冗談でも“バンドやろうぜッ★”と、古泉君がキョン君に言うように口に出す方が楽だ。なにせ冗談で済む。
でもこれガチだろ。ガチでヤバくてキモい言葉だろ。
仲の良い相手ならいいだろう。気心知れた相手なら即答で“
だが俺が言おうものならキモいで終わる。いや、それで終わればいい方だ。まず一気に気まずい雰囲気が出来上がるだろ? それから“うっわなに言っちゃってんの身の程くらい知っとけよダボがァ”って目で見られたあと、見下した目で歩みよりながら“お~いおいぼっちごときがなに言っちゃってんの~?”と……いやほんとマジでお前のほうこそ見てて痛々しいからやめてくれなほんとマジで。すまんほんと言わなきゃよかった、痛々しいからやめて、お願い。
……ともかく、そんな事態を招いてしまうわけだ。
中学の多感なお年頃などは特にだから気をつけよう。
「………」
「…………《かた……》……え、と……どしたの、ヒッキー。さっきからこっち見て」
「ン、あ、いや……悪い」
いろいろ考えてたら、じいっと見てしまっていたらしい。反省。
べつに一緒に帰りたいとかそういうことじゃないんだ。
可能性問題として、俺がそれを言ったならばこの状況はどうなるのか……その知的好奇心をどーのこーの。
「由比ヶ浜」
「え、う、うん? なに? ヒッキー」
「一緒に帰るか」
「───」
そう、知的好奇心だった。
なにかとチラチラ見てきたり気にかけているような言動をし、且つ教室から一人で部室へ向かえば鞄で叩いてくるという、まるで置いていかれた犬が拗ねて甘く噛んでくるようなあの態度。
ならいっそ踏み込んでみたらどうなるか、知りたくなるってもんだろう。
しかしながらそんな好奇心とはよそに、俺の予想はあっさりしたものだ。
キモいとかそれに似た言葉を投げられ、きまずい空気が流れるだけ。
そういった空気にならないよう努めるのが一流のぼっちというものだが、真のぼっちはそんな空気にも順応し、会話なんぞなかったとばかりに読書を「ど、どしたのヒッキー! 具合、悪い?」……予想外にも程があった。心配されちゃったよ俺。
「いたって健康ですんませんね。いいよ、アホなこと訊いた。今言ったことは忘れてくれ」
「え、だ、だってヒッキーからなんて……! あ、待って待って、帰るし! あたしも超帰るからっ!」
超帰るってどんな帰り方? 通常の三倍の意気込みで帰るんだろうか。いや、どこぞの野菜な星の人のように普段の50倍ほどの意気込みで帰宅に臨むと……。
超帰宅人ゴッド超帰宅人とか相当キモそうだなおい。
くだらないことを考える傍ら、由比ヶ浜は「なんでそんな捻くれた返事しか出来ないかな……」なんて呟いていた。
「ほーん? んじゃ訊くが、誘ったのが三浦だったらお前はさっきみたいな返事をしたか?」
「え…………そりゃ、しないけど……」
「つまりそーゆーこった。相手がそういう態度でくるならこっちだってそういう態度で返すだろ。俺みたいなぼっちがトップカーストを誘ったところでそうなるって解り切ってんだからな」
「……じゃあ。なんで誘ってくれたの?」
「ん……いや、そりゃまあアレだよ」
「あれって?」
「………《スタスタスタ》」
「あっ、ちょっ! だからなんで先に行くし!」
再び鞄アタックされた。
「お前こそぼっちにそういうこと訊くのやめてくれません?」
「……だって。気になるじゃん? そういうの」
「そんなもんかね」
「うん。そんなもんだ」
言っといて、自分で“お前がそれ言うのかよ”と自分に対してツッコミを。
気になったのは俺が先だってのに、どの口が言うのか。
あまりこうして相手の反応を試すってのも、いい気分じゃないもんだ。
早い内のがいいだろう、タネ明かし、しちまおう。
「あー……その。悪い」
「? 悪いって、なにが?」
「お前らリア充がしてるようなこと、やってみたらどうなるか、確かめたかった」
「えっ……」
(……人の反応見てからかってみるとかな。いや、やってみても全然楽しくねぇわ)
(……えと。それってあたしと帰ってみたかったってことかな。……こと、だよね? そだよね? ……あ、あっはっ……! こ、これも充実なのかな、……だよねっ! …………やだ、困ったな、えとー…………ひゃああ……! ヒ、ヒッキー、あたしと帰ること、そんなふうに思ってくれてたんだ……。ど、どうしよ、嬉しいよぅ)
悪いことしたな……なんか顔真っ赤にして俯いてるし。
これあれだろ、間違いようもなく怒ってるパターンだろ。
こ、ここはアレか? なんでもないのを装いつつ、なにかを奢って気を紛らわしたりとか……小町とかはそれで“しょうがないなぁ”って折れてくれるし……お、おし、それでいこう。
大体にしてぼっちがトップカースト様を誘おうなんてのが間違いだったのだ。
ここは密かに施しを贈りつけて忠誠心を下げて人材登用をするくらいの卑劣さで、怒りを由比ヶ浜の中から抜き取ることこそ最良。
というわけで、リア充とかが好むもの。高すぎず手軽に挙げられるものが良し。
あー……
「由比ヶ浜」
「《びくっ》ふえっ!? な、なにっ!?」
「………」
いやちょっとこれまずいんじゃないの? 急に話しかけたわけでもないのに咄嗟に返事に困るほど怒りに夢中とか、パラガス様のブロコリコントローラーでも鎮めるの無理だろ。
「そ、そのー……クレープでも……食い行かね?」
「えっ……それって」
「ひ、ひやっ……嫌ならべちゅにいいんだけどよ……!」
噛んだ死にたいそして殺される。
なんでこんな時に噛むのちょっと! ここ噛まずにさりげなーく言うところでしょ!? なに怒りを増幅させるような行動とってんの!
などと慌てていたら、服の袖をぎゅぅっと抓まれて、上目づかいで「……行く。……行きたい」と言われた。
やべぇ顔真っ赤だよいつも元気なあの由比ヶ浜が静かに返すほど怒ってるよ……!
これはもう誘っといて奢りじゃないとかが許される状況じゃない。
そりゃ金はあるけど。お年玉とか未だに残ってるから問題ないけど。
(けどこのまま無視して帰っても気まずくなるだけだし……どこだ、どこで選択を間違えた……!)
(うわ、わ、わー! わー! これ、これってえと、デートだよね? デート……! しかもヒッキーから誘ってくれるなんて…………《ほにゃキリッ!》うわひゃあ顔が緩む! だ、だめ、落ち着かなきゃ! え、えとー、深呼吸深呼きゅ……あ、ひ、ヒッキーにバレないようにー……)
……。
やばい。なにがやばいって、隣を歩く由比ヶ浜が急に静かだけど深い呼吸し始めた。
あれ絶対、あふれ出る怒りを呼吸で鎮めようとしてる類の呼吸法だよ……。
たとえるなら、教室で堂々と居眠りしてる金髪の三橋くんが、リコちん以外に起こされるとフーハフーハッハって謎の呼吸で相手を威嚇するみたいな反応。
ク、クレープでは足りぬというのか……!
……。
その後、思いつく限り女子が喜びそうなことをして、楽しませる努力とともに由比ヶ浜の反応を観察。相手を知る努力も始めるところから、彼女の気を鎮める行動は始まったといえる。
俺とていくらぼっちとはいえ、むやみやたらと相手を不快にしたいわけではないのだ。
相手がご機嫌ならべつに構ってくれるなって在り方こそぼっち。自分の所為で気を悪くするっていうのは、ぼっちの本意とは違うのだ。気分がいいのになんだって俺に構うんだってのが正直なところ。
なので由比ヶ浜にもそういった方向の気持ちを思い出してもらいたく、次の沈静時間も請け負う約束をして別れた。当然、家まできっちりと送ってから。
「んじゃ、気をつけてな」
「もうマンション前なのに?」
「……マンション前だからって完全に安全ってわけじゃねーだろ。強盗が入ってたりとか」
「あ…………心配、してくれてるんだ」
「いや……そりゃ、まあ……」
「……うん。わかった。じゃあケータイヒッキーの番号出しながら入るね。なにかあったら、その……電話、するから」
「おう。すぐに駆け付けるわ」
「…………《ぱぁあっ……!》」
花が咲くような微笑みだった。
……あれ? グッドコミュニケーション?
(ふう……とりあえず機嫌はよくなったっぽいな)
(嬉しいなぁ……嬉しいなー……。ヒッキーから誘ってくれて、またデートしてくれるって…………えへー……♪ しかも電話したらすぐに駆け付けてくれるって……)
とりあえずは手を軽くあげて、その場を離れた。
時折心配になって振り返っては、まだこっちを見たまま入ろうとしない由比ヶ浜に軽く手を振って。
それを何度か繰り返し、曲がり角を曲がったあたりで一息。
よし、とりあえず怒りを増やすようなことは避けていけた筈だ。
思えば俺、由比ヶ浜に対してろくなことしてないからな……こんな時くらい、小町にするご機嫌伺いめいたことくらいならしてやらねぇと。
……何様だろうなぁ俺。
……。
さて、それからのことだが。
ガッコで俺と由比ヶ浜が二人で帰りつつ、クレープ食べたり遊んだりをしているところを戸部に見られたらしく、噂はあっと言う間に広まった。
由比ヶ浜は怒ってはいなかったが困った様子で、三浦から投げられる質問に答えていたのだが。
……。なんかそれ、違うだろって、どうしてもツッコミたい。
由比ヶ浜の行動にお前や戸部の意見とか関係ねぇしどーでもいーだろ。
つか、戸部。なんで言い触らした。
こうなりゃアレか、またなにかをエサにして話題の方向を変えてやって───
「───! あ……ゃ……だ、だめ、だめヒッキー……」
溜め息ひとつ、面倒臭そうに濁り切った目で立ち上がる俺を見て、嫌な予感でもしたのか。
由比ヶ浜は小さくなにかをこぼしたが、それは誰にも届かない。
「やめ……やめてよぅ……! もう、あんなのやだよぅ……!」
代わりに俺が届けよう。そしていつものように解消してやればいい。
戸部、三浦、それはみんな誤解であり、俺が───
「───~~……優美子っ!」
「《びくっ!》っ……ちょ……な、なにちょっと結衣、声デカ……」
「あたしっ……ヒッキーのことが好き!」
「───…………す…………、ぎ…………? ───へ? ちょ、結衣? は!?」
「好きな人とクレープ食べて、遊んで、またするデートの約束して……それってそんな悪いこと!? なんもかんも優美子とかとべっちに許可とらないとしちゃいけないの!? 好きなことしただけでこんなふうに言い触らされて、なんで周りの目とか気にしろとか言われなきゃいけないの!? そんなの違う! まちがってるよ!」
「ぇ、や……ちょ、ちょ……結衣? とりあえず落ち着けし───」
「落ち着いて考えなかったのは優美子とかとべっちの方じゃん! 話題欲しさに人のこと話したり、楽しかった出来事に水差すみたいなことして! あっ、あたしっ……あたしはっ…………本当に、嬉しかったんだよ……!?」
「あ…………」
……。あれ? デート…………あれ?
なんか俺とあっちの空気、明らかに違いません?
つーかデート? デー…………わあ、デートだ。あれデートだよ思いっきりデートじゃねぇかぁあ……!!
しまったつい小町とするのと同じような行動を……!
いやでも小町がああしてやることがご機嫌取りには最適って教えてくれて……! ちょ、小町!? 小町ちゃーん!? あれデートらしいですけど!? 俺いつデートプランとか教えてって頼みましたっけー!?
「ご、ごめんなー結衣……。俺、ちょっち珍しいもん見たーってだけだったんだわぁ……。こんな大事になるなんてさぁ……」
「……結衣、ごめん。悪かった。でも……本気? ヒキオのこと。おかしいってんじゃないし、好きになるのは自由だけど」
「ん……本気」
「結衣ならもっといい男とか───」
「……優美子はさ。顔が良くてやさしかったら誰でもいい?」
「───…………そ。“ちゃんと見て好きになった”ってこと? ならしゃーない、か。……頑張れ、結衣。あぁそれと安心しな、戸部にも隼人にも、もう名前呼び捨てとかやめろって言っとくから」
「え……優美子?」
「ダチ同士ならまだしも、恋人が出来たのに他の男に呼び捨てにされるとかキモいっしょ。むしろ、あーしも叶ったら真っ先に戸部とか黙らせるし」
「…………あー……うん。確かに、やだね。そっか、えへへ……そっか。ヒッキーの恋人に……」
ちら見されて、とてもやわらかい微笑みを贈られた。
途端、俺、沸騰。
中学以降、真っ黒な歴史を築き上げようとしなかったこの心が、久しぶりに震えた。……なお、戸塚は除く。
エートつまり、状況を整理するなら……エート。
俺、由比ヶ浜に告白された。
俺、中学以来のトキメキ。
イコール?
……することは簡単だった。
中学の頃、青春に飲まれるままにやってしまった自殺行為を、もう一度……いや、きちんと、向き合ってしてみればいい。
心を込めて、恋に恋するのではなく、俺だけに向けられたあの笑顔をもう一度見たいと思った、この心を解き放つように。
「ゆい───」
「《ギロリ》」
(ヒィ!?)
由比ヶ浜、と言おうとした途端に女王に睨まれた。
お蔭でゆい、で止まってしまい、まるで名前を呼び捨てにしてしまったような状況に。
そんな状況を前に、女王ったらよーしよしとばかりに目を閉じて頷いてらっしゃるんですが!? なんかそれこそ偉そうに腕とか組んで!
「え……ヒッキー? 今……結衣って……」
ええい小町よっ! じゃなくてままよっ!
(*ちなみに“ままよ”とはママ、母親のことではなく、あるがまま、などの“まま”の意である。“ええいパパよ!”とか言ってはいけない。なるようになれ、的な意味でGO)
(いやマテ)
俺のかつての告白は告白としてそもそも機能していたのか?
みんな物凄い微妙な顔をして濁していたわけだが、どうしていっそバッサリいかなかったのか。
……やっぱり微妙すぎたからなのではないだろうか。
つまりここは、女性がされて嬉しい言葉で───!
……女性? 女性が喜ぶ言葉───女性、女性…………平塚先生?
「───俺と! 結婚を前提に付き合ってくれ!」
……。
「………………」
………………。
うん、死にたい。
なんでよりにもよってこの土壇場で平塚先生思い出すかなぁ俺ぇえええ!!
なんで───な、なん……、……───俺、女の知り合い、超絶的に少ねぇ!!
ソ、ソッカー、ジャアショウガナイヨネー。これぼっちだった俺が悪いヤー。
OK全てを受け入れよう、きっと俺はこれからプロボッチャーではなく、教室プロポーザーHIKIGAYAという名の十字架を背負って生きていくことになるのだ。
で、雪ノ下に死ぬほどからかわれるのだろう。
ああ、俺の人生って───!
いや、いい、せめて、せめて自分が納得できるだけ足掻いて足掻いて足掻きまくろう!
そして、せめて自分だけでも───!
「ぐすっ…………ひっきぃ………ずっと、ずっと傍に居てくれる……?」
「幸せにする! 絶対にだ!《どーーーん!》」
「……~~~……《ぽろぽろぽろ……!》」
……うん。あれ? なんか由比ヶ浜がぽろぽろ涙してらっしゃるのだが。
自分を幸せにする宣言がそんなにキモかったのだろうか。
とか思ってたら胸に抱き着いてきて、思わず見下ろした刹那、俺の唇にやわらかな感触が。
……ドワッと教室中が沸いた。
うおおと叫ぶ者やひゅーひゅー言う者、泣き叫ぶ者、様々だ。
(…………アレ?)
キモくて固まってたんじゃなかと?
つーか、いいの? 結婚……え?
「………」
決めた。
俺、これから“そう”と感じた時、迷わずこいつに気持ちを伝えるようにする。
誰かの前だからとか、そんな遠慮は一切しない。
気持ちがあふれ出て仕方ない。
好きだ。
「好きだ」
「ひっきぃい……! うんっ……あたしっ……あたしもっ……!」
“好きだ”が浮かべば素直に伝える。
なんだ、こんなにも簡単なことじゃないか。
───そうして、俺と彼女は付き合うことになった。
いつでもどこでも気持ちを伝える男として俺は有名になり、しかし結衣はとても嬉しそうだった。
やがて結婚して、子供が産まれてもそんな調子なので、たまに遊びに来る三浦とかは「相変わらずここ来ると胸やけとかすごい」とか笑っていた。
終いには子供たちにまでからかわれる始末。
しかし反省はしない。悪いことをしているわけではないのだから。
「ね、あなた。ずっと傍に居てくれる?」
「幸せにする。絶対にだ」
「えへへぇ~……もー、答えになってないよー」
「言われるまでもないとか、いろいろ言葉は浮かぶんだけどな。ちょっと違うだろ、それ。だから、幸せにする。ずっと傍に居るのがお前の幸せに繋がるなら、ほら、その。……そういうこったろ───あぁいや違う…………居る、ずっと、死ぬまで一緒だ」
「……うん。いっつも、気持ち……ぶつけてくれてありがとね」
「話さなきゃ解らないこと、いっぱいあるって自覚しちまったからな」
不覚にも、とは言わない。
お蔭でこうして、自分を好いてくれた人を泣かせることなく歩めたのだから。
……ああ、幸せの涙は別な。そっちの意味ではいっぱい泣かせました。
08/襲われる(……襲われる?)
寝不足がたたっていた。
細かい休み時間に眠ろうとしたんだが、そういう時に限って誰かが接触してきたりするもんだ。
主に平塚先生とか。
戸塚はむしろ大歓迎だったんだが……いや、正直目が覚めました。その時だけ。
少し話がしたかったとかで、今日に限って休み時間になるたびにやってきて、昼休みには平塚先生。
お蔭で眠ることも出来なかった。
まあ学校で寝る、って行為自体がそもそもおかしいんだろうが、眠いものは眠い。人として当然のことなんだもの、許されたっていいじゃない。
……結局は眠れなかったわけだが。
というわけでうとうとしていた。
人として、眠い時に眠ることがどれだけ素晴らしいことかは、ぼっちとリア充の壁があろうときっと皆さまには理解していただけると思う。
この尊さにぼっちとリア充の壁はないものだと思う。
「……、……」
「……ヒッキー?」
うとうとしていると、意識の端から由比ヶ浜の声が聞こえた気がした。
が、こいつなら空気を読んでそっとしといてくれるだろうと勝手に思うことにして、俺はそのまま夢の世界へと旅立った。
× × ×
かちゃかちゃかちゃ、となにかが鳴っていた。
ふと目を開けると、奉仕部部室。
……そういや寝てたんだっけ、と妙に重い頭で考えると、突っ伏していた机から起き上がるついでに、ぐうっと伸びをする。
そうしてから息を吐いて脱力すると───……じゅうう、とホットプレートでなにかを焼いている由比ヶ浜を発見した。
おいちょっと? なにこの状況。なんで部室にホットプレート持ってきてんの? いやそれ言ったら雪ノ下なんて紅茶のポットとか持ってきちゃってるけどさ。
よく“飲食”、って言って、飲むのと食べるのと一緒くたにされるけどさ、学校においては飲むと食べるじゃ結構な差があるだろ。
ポットとホットプレート。
持ち込んでも許される範疇ってどこらへんにあるのかしら。
でも八幡なんとなくわかるよ? ポットはかろうじて許されても、ホットプレートは許されないと思います。
「お、おい? 由比ヶ浜?」
「あ、ヒッキー起きた? 今お好み焼き作ってるんだ、食べる?」
「………」
料理だった。いや、そりゃあホットプレートでじゅううと焼いてるんだから、大体はそうなんだろうが。
つか、なんでお好み焼き? 他の選択肢とかなかったの? むしろ材料どっから出した。
「え? 平塚先生が常備してるのを貸してくれたよ?」
共犯が居たらしい。
ちょっと? あの先生学校になにしに来てるの? 俺が言えた義理じゃないけど、ほんとなにしに来てるの?
「えへへぇ~……♪ お好み焼きってさ? 好きな具、入れていいんだよね? 桃入れて~、ハチミツ入れて~、クリーム混ぜて~♪」
「!?」
おいやめろ馬鹿。あのお好み焼きは早くも終了ですね。
「で、芯に火が通るまで焼いて~……強火の方が火は通るよね?」
言いながら、由比ヶ浜がホットプレートのメモリをぐんぐん上げてゆく。
……うん、さよならお好み焼き。君の食べ物としての命運は今尽きた。
「ヒッキー、出来るまでもうちょっと待っててね?」
「!?」
そして俺に衝撃到来。
いや…………いや。なんで? 俺べつに食べるなんて言ってないんですけど? ちょ、やめて? そして止めてあげて? “お好み焼き?”がぶすぶすいってるから、止めたげて!?
「えとー……焼き物ってちょっぴり焦げ目があるくらいのほうが美味しいんだよね? 男の子はそっちのが好みだ~ってのも、えへへぇ、ちょっと調べたんだ、あたし」
お前今すぐちょっぴりの意味を調べてきなさい、いや調べるよりまず火力を弱めましょう!?
それ食材に対しても食べる人に対しても拷問であり失礼だから!
この世の全ての食材に感謝どころか下剋上レベルだから!
「出来たよヒッキー! ほらほら、食べて? あ~~~んっ♪」
「いやちょっ……! ……ッハ!? なんだこれ体が動か───……」
「ちょっぴり焦げちゃったけど……えと。た、食べてくれたら、さ? あたしが……口直し、してあげるから……さ」
そう言って、由比ヶ浜は自分の人差し指と中指あたりで唇を撫でた。え? それって……え?
───あ、夢だなこれ夢だ! 由比ヶ浜が俺にあ~んとかするわけねぇし体が動かないとか! だよな!? そうだと言って!? お願いします!
つかなんで箸でそんなデカいお好み焼きまるごと摘んでんのこのお団子さんは! 指筋がどうとか以上に形を保ってられるお好み焼きがすげぇよ! もうほぼ炭だけど! ああっ、だからか! 八幡納得!
じゃなくてそれよりも目の前に迫った炭をなんとかするのが鮮血じゃなくて先決で……やめて!? そんな大きいの入らないから! あーんするならもっと小さく分けよう!? むしろ炭を食べさせようとか《がぼり》ウボァーーーッ!!
× × ×
ビクゥッ!
「ハッ!?」
「ひゃうぅっ……!?」
……、…………お、っ…………~~……恐ろしい夢を見て、目が覚めた。体がビクゥと跳ねるほど。
……しっかりと夢を見るほどに熟睡していたらしい。それも、真っ白に燃え尽きたジョースタイルで。
げっ……現実……だよな? ああ、現実だ。奉仕部だし、ホットプレートもない。あーよかったー、夢だったかー。
「……はー……」
すごかった。まさか俺が由比ヶ浜に襲われるなんて。
「………」
待て。待て、なんか口にヘンな感触が残って……つーか、なんか椅子のすぐ傍で顔を真っ赤にして口を両手で隠してる由比ヶ浜が居るんだが。
……え? あの……え?
「お、おまっ、おまっ……! キス……!」
「ふえぇっ!? ヒッキー起きてたの!?」
夢が夢だった所為で───いやべつに口直しを期待していたわけじゃなくてですね? でもなんかついストレートにキスなんて言ってしまいまして。
で、それがビンゴでした本当にありがとうございます───じゃねぇよ!
え? いや、え? ちょ……口内にまで感触があるんですが? どこまでやったのアータ! ちょっとアータ!
「お前……初めてでディープとか……」
「ひやぅっ!?《ぐぼんっ!》……だ、だって、だって……! ヒッキー、口開けながら寝てたから……。さ、最初は、ほら、ちゅって……軽くするだけのつもりだったんだよ……? あ、あたしも初めてだったし……。でも、でも……初めてだからすぐに離れたくなくて……。くっつけてたら我慢できなく……なって……《かぁあ……!》」
「う、おぉあぁ……!《かぁあ……!!》」
キスをしたのか云々ではなく、ディープの理由を説かれてしまった。俺にどうしてほしいのちょっと。
あ、いや、でもキスまで、いやディープまでされて、挨拶ですとかなわけないし……しかもファーストキスって……。
「……由比ヶ浜」
「あ、やっ、ご、ごめんねっ!? ヒッキー、こういうのやだったよね! わ、忘れちゃっていいからっ! なっ……無かった……ことに……《じわ……》」
あ、無理。俺もうこいつ泣かせたくない。
そう思ったら由比ヶ浜の腕を掴み、引っ張って、その口に自分からキスをした。
至近距離に、見開いた由比ヶ浜の目。
驚いたのか逃げる体を無理矢理抱き締め、噛まれたって構うもんかと舌を入れた。
やはり驚いて暴れそうになるが、すぐに動きを止め、おそるおそる、俺の舌を舌でつついてきた。
それからは遠慮もない。
二人で抱き合って、好きなだけキスをした。
「んゅっ……ぷぁぅっ……はぁっ…………んん……ヒッキー……嫌じゃ……なかった……?」
「困ったことに全然嫌じゃなかったからな……その。つまり、まだ自覚が追いついてねぇけど、俺はお前のことが《んちゅっ》んぷっ!?」
「はむっ……ん、んちゅっ……ひっふぃぃ……はふっ……ひっきいぃい……!」
喋れませんでした。キスをされ、舌を舐められ、舐め返そうと伸ばせば吸われ、銜えられ離すものかとばかりにハムハムされた。