どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

113 / 214
孤独者のSAO③

-_-/由比ヶ浜結衣

 

 ……病院を退院して、結構経った。

 あれからも、不思議な出来事は続いてる。

 SAO……だっけ。の、コマンドパネルが使える……けど、あたし以外には見えないとか。

 メッセージが届いた時に鳴る電子音もあたしにしか聞こえなかったりとか。

 それでも……親友から届くメッセージは、なんだかいっつも嬉しいことばっかりで。

 

「ん……どした? 由比ヶ浜」

 

 いつもの奉仕部。

 いつもの時間の中で、ゆきのんが平塚先生に呼ばれて出て行った今は、なんていうか静か。っていうのも、あたしが話しかけるのがゆきのんばっかな所為なんだけど。

 だ、だってほら、付き合うようになったからって、ゆきのんの前でその、えとー……いちゃいちゃするとか、ほら……や、やー……恥ずかしい、し?

 

「あ、うん。親友からメール」

「またかよ……お前ほんとメール好きな。っつか、ケータイ持ってねぇじゃん。なにお前、メールって、電波でも直接受信してるの?」

「うーん……まあ、そんなとこかも。あ、そうだヒッキー」

「お、おう? なんだ?」

 

 ヒッキーの質問を適当にやりすごして、別の話題を。

 っていってもべつに適当な話題じゃないから、こっちとしてはこれはこれで深刻ってゆーか。

 

「あたしさ、今度の文化祭、実行委員長やってみたいんだけど……手伝って、くれるかな」

「え? やだよめんどい。てかなんで実行委員長? せいぜい委員でいいだろ……」

「お願い。あたし、自分を成長させたいんだ。いっつもヒッキーとかゆきのんに頼ってばっかだし、そこに居るだけ、なんてヤなんだ。あ、も、もちろん出来るだけ自分でやるようにするよ? ただ、その、サポートっていうか」

「………」

「ヒッキー……」

「……そんな顔すんなよ。解った、サポートな。……つか、依頼ってことにしてくれりゃあ動きやすいから、そうしてくれ。じゃなきゃ雪ノ下あたりがまたつついてきそうだ」

「あー……そだね。付き合ってから、ゆきのんってヒッキーのことからかってばっかだし」

 

 入院中にヒッキーと付き合うことになった。

 告白は、あたしから。ハチくんからのいろいろなメッセージを見て、すごく不安になっちゃって、守ってあげたいって心から思ったら……もう、止まらなかった。

 ヒッキーがさがみんの罪を被るみたいなことは絶対にさせないし、ゆきのんの体調だって崩させたりしない。

 したくもない相手に告白なんてさせないし、そもそも……そんな依頼は、隼人くんのグループ内で解決しなきゃいけないことだ。

 だっておかしいじゃん。最初から答えが決まってるのに、自分から動かないのに今のままがいい、なんて言ってヒッキー任せになる依頼なんて。

 そんなのは絶対に許せない。それは、さがみんが“成長したい”って依頼してきたくせに自分はなにもやらないのと同じだ。隼人くんと姫菜がそんなことするなんてって思ったけど、意識して見るようになってから、とべっちが姫菜を見る回数……ひ、ひんど? が多いことを知って、その時にたまに見せる姫菜の顔が困ったっていうよりは……うん。あまり好きじゃない顔してるって知っちゃったから。

 

「………」

 

 だから、そんな依頼が本当に来たら……ちゃんと話し合って、グループ内だけで……ううん。そもそもそれはとべっちが姫菜にって話なんだから、二人で決着するべきだ。恋ってそういうものだと思う。

 それが出来なくて、解って貰えなくて、どうしてもこっちまで巻き込むなら……そんなのは友達でもなんでもないって思う。とべっちが遊び半分みたいな気持ちで好きだとか言うんだったら話はべつだけど、たぶん、とべっち……本気だ。

 本気なら、受け止めて、考えて、ちゃんと本気を返さなきゃ……そんなのは違うって思う。壊したくないグループに対して、そんな本音も返せないなら、いつかのあたしみたいに優美子を怒らせても仕方ないし、そんな関係をそのままで居たいっていうのは違うって思う。

 だから……そんな時が来ちゃったなら、あたしは……あのグループを、抜けるつもりだ。

 残念だなって思う部分はあっても、譲れないものは誰にだってある。

 巻き込まなくてもいい人を巻き込んで、好きな人を傷つけてまで“変わらないもの”を守るそこには、昔の自分が憧れたようなやさしい世界は無いし、今は壊れなくても……いつか、関係ない人を傷つけてまで守ろうとした場所のうすっぺらさに後悔するんだ。

 だって……そんな辛さを乗り越えてそのグループに立って、もし周囲が平気でいつも通りにしてたら、あたしはもう、同じ風には笑えない。

 どうしてあんなことがあったのに笑えるのかなって、距離を感じる。絶対にだ。

 

「ね、ヒッキー」

 

 ちょっと、ううん、だいぶ寂しくなって、椅子をがたがたと移動させてヒッキーの隣に座る。

 ヒッキーはあたしのことをちらっと見たけどすぐにそっぽを向いて、赤い顔を隠しながら……やっぱりちらちらこっちを見る。

 

「お、おう? なんだ? つか、お前はなんでそう何度も“ね、ヒッキー”から始めるの。俺に話しかける物好きなんて今のところお前と材木座くらいなんだから、そのまま話しを続けてくれていいぞ」

「…………《しゅん》」

「いやすまんマジでスマン、今のは俺が悪かった。材木座と同列にしたかったわけじゃなくてだな……その、悪い。まだその、恋人って関係に慣れてなくてな……つい前のノリでこう……! ざ、材木座はなかったよな、話しかけてくれるやつの中には戸塚も居るんだし……!」

「えと……こ、恋人らしいこととかしてたら……慣れる、かな」

「ふひょっ!? こいっ……恋人らしいこと、って……?」

「あ、や、やー……ほら、えとー……手、繋いで座る……とか」

「……そ、そうな。んじゃあ…………ほれ」

「《きゅっ》あ…………うん、ヒッキー」

 

 あたしってチョロいのかな。ヒッキーに手、握られただけでさっきまであったモヤモヤとか全部飛んじゃった。

 ……これ、チョロいとかじゃないよね? どっちかっていうとほら、あれだ。……単純? ……誰が単純だ!?

 う、うー……でも、単純、なのかも。やっぱり嬉しいし。

 顔が勝手に、こう、ふにゃってなっちゃって……あぅう、絶対ヒッキーにヘンなヤツって思われてるよ……。

 あ、そだ。ハチくん情報で、手を繋いだ時にされてみたいっていうのが……。

 

「……《ごくり》」

 

 たしか、恋人繋ぎのまま腕を絡ませる、みたいな……ってこれあたしもしてみたかったやつだよ!?

 え!? いいの!? ヒッキー喜んでくれるの!?

 よ、よよよよよし、やろう! だいじょぶ、親友を信じるんだ! こう、えと~……えいっ!

 

「《ぎゅむっ!》!? ……お、ぁぁあ……!?」

 

 勇気を出して、椅子をごちんと密着させて、あたしも一歩近づいた。

 腕をぎゅってくっつけて、絡めるようにして……指と指も絡めて。

 ヒッキーの左腕を抱き締めるみたいな恰好で、その近さに胸をどっきんどっきん弾ませながら、ヒッキーを見上げた。

 怒ったりしないかなってちょっと怖がりながら、おそるおそる。

 でもそこにあったのは怒った顔じゃなくて、戸惑った顔。

 迷惑だったのかなってやっぱり胸がズキンとしたけど……それが顔に出ちゃったのかな。あたしの顔を見たヒッキーがハッてすると、あたしの頭にぽすんって右手を置いて、深呼吸をしてから言ってくれた。

 

「びっくりしただけだから、そんな泣きそうな顔すんな。その、俺もまだ距離を測りかねてるところもあるから、上手いこと受け入れてやれねぇかもしれねぇけど……その、ええと、あれな。恋人、なんだから……お前ばっかり頑張る必要とかねぇし。つか、悪い。本当なら俺のほうからやってやった方が喜ぶんだろうな、こういうこと」

「え……ど、どうしてそう思うの?」

「あー……小町情報」

「妹に恋愛授業とか受けちゃだめだよ!? さすがにそれはキモいよ!」

「ぐっ……しゃーないだろ、そういう方面で失敗したくねぇんだよ。言っとくけどお前アレだぞ? 俺だけの行動でお前を気遣ってたら、とっくの昔にキモいキモい言われまくってフラれているまであるぞ?」

「んん……それは、やだ。困る」

「キモい言うことは否定しないのかよ……」

「だってヒッキー、キモい時って本気でキモいし……せめてさ、ほら……俺、かっこいい、って思ってる部分、捨てたほうがいいよ?」

「《ズァグシュァア!!》っ……ゲッファ!!」

 

 あ。なんかヒッキーが胸押さえて息を吐き出した。

 え? なに? どしたの?

 

「かっ……かっこ……悪い、デスカ……? 俺、男として……かっこわるい……?」

「うん。すっごく。見栄張ってる時なんかすっごい馬鹿みたい」

「《トチュッ》……!!」

 

 訊かれたから答えたら、また胸を押さえて、じわりと涙を浮かばせた。

 え? え!? なんで!? ハチくんが教えてくれたことなのに! 一度真正面から言ってやらなきゃ届かないとか言われてたから言ったのに!

 あ……で、でもえっと、次に言わなきゃいけないことがあって───

 

「でもね? 見栄張ってない素直なヒッキーが、あたしは好きだよ?」

「───…………」

 

 あ……今度はぽかんとしてる。

 で、えと、次は……

 

「ね、ヒッキー。見栄とか自分は格好いいとかそんなの全部無くしてさ、トラウマなんて忘れたヒッキー、見てみたいな。ヒッキーが過去を否定しないのは解るよ? けどさ、だったら純粋な心だって否定しちゃだめだよ。あたしはもっと……そんな“俺格好いい”って、作ったヒッキーよりもさ、なんてーのかな……こう、ニヒルに笑ってるつもりのヒッキーよりも、自然に笑ったヒッキーが、好きだから」

「…………由比ヶ浜」

 

 ちゃんと目を見て、本音で話す。

 ハチくんの助言はもちろんあったけど、作った言葉は届けたくないし、そんな言葉を言おうとすればあたしは絶対失敗するから。

 だから、ハチくんからのメッセージを思い出して、届けたい言葉を届ける。

 

「無理して作ってるヒッキーはね、うん……ごめん、キモい。でもね? たとえばさ、さいちゃんとかと夢中になって話してる時、たまに出てくるやさしい笑顔がさ……あたし、すっごく好きなんだ」

「……俺は」

「そんな笑顔を向けられてるさいちゃんが羨ましい。向けられない理由はキモいキモい言っちゃってたからかなって思うようになって、でも……好きな人が自分以外の誰かのことを嬉しそうに喋ったり、ニヤニヤしてるのがなんか悲しくて……さ」

「お前…………───そか。だからか。言われてみりゃ、キモい言われるのって……なるほど。すまん、アホだな俺。好意をぶつけてきてくれてるヤツの前で他のやつのことを嬉しそうにベラベラ。俺だったら絶対に許さないノートに名前を書いて、ネチネチと陰湿な嫌がらせを───」

「嫉妬の仕方がすごくセコいよ!?」

「冗談だ。けど、元気は出たか?」

「あっ…………~~……」

 

 ずるい。

 言いたいこととかいっぱいあったのに、全部消えちゃった。

 そんなことしたってどうせ上手くは言えないから、結局はあたしは感情任せでしゃべるしかないんだけど……いいんだよね、きっと、それで。

 

「ね、ヒッキー。デートしよう!」

「い、いや俺今日アレがアレでアレすぎるまであるほどアレだから」

「~~~……」

「《ぎゅうう……》いやおい頼むからその今にも泣きそうな顔やめてくれ……! わわ解ったからデートくらい気の済むまでするから……!」

「だ、だって……言い訳並べて拒絶するくらい、デートが嫌なのかなって……」

「うぐっ……そ、そか、そう受け取られることもあるのか……。すまん、悪気はほんとねぇんだよ……ただ断るための条件反射っつーか……いや待て、ほんと嫌なわけじゃないんだ、本音を言えば家から出たくねぇってのもあるが、あ、あーその……一緒に居たいって気持ちは、そりゃ、あるから……ぁだぁぁあだだだからその、えっとだな、つまり…………デート、嬉しいです」

「~~……ひっきぃい……!!《ぱああ……っ!》」

「……いつも悪い。なんっつーか俺、引っ張ってもらってばっかだな。小町にも踏み込んできてくれてんだから、せめてちゃんと受け止めろって言われてるんだ」

 

 うぅっ……小町ちゃん、応援してくれるのは嬉しいけど、たまに小町ちゃんの入れ知恵の所為で恥ずかしいことあるから、もうちょっとでいいから抑えてほしいなって思うことがある。

 

「……安易な変化を成長なんて呼びたいとか思わねぇけど……覚悟決めて変わるなら、それはちゃんとした成長だよな。……よし。由比ヶ浜」

「え、う、うん。なに?」

 

 改まって呼ばれると、ちょっとドキってなる。

 目は腐ってるけど、真剣だって伝わってくるから、余計だ。

 

「あ、あぁ、えっと、だな……あー……な」

「な?」

「名前で……呼んでも、いいか? ぁぃゃっ、キモかったらそれはべつにいつも通りだし俺はっ……!」

「……うんっ、呼んでほしいっ」

「あきらめ…………お、おう」

 

 嬉しいことを言われて、勝手に緩む顔をそのままで返したら、ヒッキーはどんどんと声を小さくして真っ赤になってった。

 でもちゃんと、結衣って呼んでくれたから、あたしはもう、なんていうか……もう、もうもう。

 

「あ、あの、ヒッキー、あたしっ───」

 

 気持ちが溢れるままに、どうしようもないくらいにうるさい鼓動を届けるみたいに気持ちをぶつけようとした。

 そんな時、こんこんってノックの音。

 溢れた気持ちの分だけ“うひゃー!”って変な声出しちゃって、あたしは椅子ごとヒッキーから離れてしまった。

 ……で、その音を確認してから入ってきたのは……ゆきのん。

 

「……あなたたち。いちゃつくなとは言わないけれど、せめて時間と場所を弁えてちょうだい……。部室はそういうことをする場所ではないのよ……?」

「う、ぁう、あぅう……!」

 

 違うんだよゆきのん! とか言い訳が出そうになるけど、それを否定するのはヒッキーへの想いを否定することだから、絶対にしないししてあげない。

 そんな我慢をなんでかヒッキーがじーーーって見てきて、なんでか小さく……ふわって表情を緩めて、慌ててキリって顔になった。

 ……わ……初めてだ。ヒッキーがさいちゃん以外であの顔を見せてくれた。

 わ、わ、どうしよ、やばいよこれ、すっごく嬉しい。

 

「あの……由比ヶ浜さん? 注意されてそんな顔をされるのは、とても、その、気色が悪いのだけれど」

「言い淀んでたのに言葉はちっとも選ばれてないよ!? ゆ、ゆきのんひどい! もうちょっとビブラートに包んでよ!」

「ごめんなさい由比ヶ浜さん、それは不可能よ」

「不可能なんだ!? え、えー……? ゆきのん、あたしのこと嫌いなの……?」

「い、いえ、そういうことを言いたいわけではなくて……由比ヶ浜さん? ビブラートというのは……」

「え? なに? それって俺が横から歌でサポートすりゃいいの?」

「……由比ヶ浜さん。声、というのは振動なの。私の声に比企谷くんの怨念溢れる振動を混ぜるようなことをすれば、私の言葉が呪われてしまうじゃない。言霊というか悪霊レベルで」

「おいちょっと? なに親が子に教えるみたいに丁寧に人の声帯を呪物扱いしてんの? ならねぇからそんなことには」

「……えと。ビ、ビブラート、じゃなかったっけ。包むの」

「オブラートな」

「!!《ボッ!》」

 

 やらかしちゃった! 知ったかぶって言ってみればこのしまつってやつ!

 い、いいじゃん! 名前似てるんだし! 似たような名前がいっぱいあるのがいけないんじゃん! 日本語は難しいしややこしいってみんな言って……え? 日本語じゃない? し、知ってるし! 知ってるもん!

 

「う、うー……じゃあヒッキー、オブラートってなに……?」

「デンプンを急速に乾燥させて糊みたいにしたもののことだな。菓子用に作ったものから、薬を包むものまで用途はまあまあある」

「……それでどうやって言葉を包むの? オブラートに包むって、出来ないじゃん……」

「いいか結衣。薬を包むって言ったよな? で、鎮痛剤の代名詞であるバファリンの成分が何で出来ているか、覚えてるか?」

「あ……やさしさ!」

「そうだ。よく覚えてたな。つまり薬を包み、痛みを和らげるって意味で、オブラートはその役目をだな」

「? でもバファリンにオブラートなんてついてないよ?」

「……そこは覚えとらんでよろしい」

「? ……? ……あっ! ヒッキー騙そうとした!?」

「いや待て、今のはお前のアホさ加減を図るために───まてまてっ! 今のはつい口に出たっつーか! 本心じゃない! アホだと思ったことはあるが、今はもうそれを含めて好きっつーか! …………ぐっは!」

「え、や、ややや……!《かぁああ……!!》」

 

 ずるい、ほんとずるい。

 アホって言われて喜ぶ人なんているわけないのに、なんで好きなんて言葉を混ぜるんだろうこの人は。

 ただ“好き”って言ってくれたら、嬉しいだけで済んだのに。それだけでよかったのに。ほんとヒッキーってアレだ。すっごくアレ。アレなのに……はぁ。仕方ないなぁ。どうして好きになっちゃったんだろうね。や、うん。こんなことを思ってるくせに、好きで好きでしょうがないんだけどさ。

 

「由比ヶ浜さん、単純にそこの朽ちたモノに認めさせる方法ならいくらでもあるわ。あなたはきちんとここを受験して受かったのだから、地頭力はいい筈なの。ただその、おそらくだけれど……新しい環境に夢中になりすぎたために、集中力というものを置き去りにしてしまっただけなのよ」

「うう……ゆきの~ん……」

「きちんと目標を決めて、向かい合ってみなさい。変わりたいと願うなら、まずは全てを擲ってでもそれを目指す覚悟を持ちなさい」

「すべてをなげうってでも……?」

「そう。人が成長するというのは、多少の変化を指すことではないのだから。今自分が持っている安寧を捨ててでも手に入れたいと思うなら、“どうしよう”は必要ではないわ」

「……そっか。うん……そだね」

 

 人の怖さを経験した。

 あんな世界は二度と行きたくないって思ってみても、考えてみれば……今立っているここだって、人の汚さも生き死にもあるんだ。

 あの世界で得たものを引っ張るかたちで戻ってきたあたしは、あの頃よりも記憶力はよくなってる。

 ハチくんとレベル上げしたお蔭だね。ほんと、ハチくんには感謝ばっかだ。

 ……ん、頑張んなきゃだよね。命懸けとまではいかなくても、失敗が続けばいつかはそれに似たような世界を歩くことになるかもしれない。

 それは嫌だし、嫌だって思うなら……必死にならなきゃだ。

 全部ハチくん任せになっちゃったあの頃とは違う。

 武具を鍛えてメンテしたりしたあたしだ、次は自分くらい鍛えられなきゃ。うんっ、女の子は自分が武器っ! で、あたしは鍛冶屋! マスタースミス!

 ……あ。なんか怖さとか無くなってきたかも。

 

「ゆきのんっ! あたし頑張るね!」

「ええ。あなたなら出来るわ。そこに目の腐った教師も居ることだし」

「だから……いちいち俺を話に出すたびに罵倒すんのやめろ」

 

 「え? つか、俺が教師なの?」って遅れて言ったヒッキーの傍まで行って、「とーぜんっ!」て言う。

 ヒッキーは少し嬉しそうな顔を覗かせるけど、すぐにそっぽを向いて「やだよめんど───」って言って、すぐにハッとしてあたしの目を見てくる。

 

「あ、いや、悪い、違う。い、嫌なわけじゃ、ない。つい癖がっつーか……あ、あー……けどあれな。ほら、お前にはほら、最近よく言ってる親友とか居るし、そいつに教えてもらえば───」

 

 ……ああ、無理してる顔だ。

 自分でもやめろやめろって思ってるのに、経験がそうさせちゃう、あの嫌な気持ちにしかならない……あたしが周りに合わせてばっかの時に、いっつも感じてた息苦しい空気。

 言い終わってから、やっぱりヒッキーも辛そうな顔になった。

 すぐに取り繕おうとするのに、言っちゃったからなかなか取り消せなくて。

 そうなっちゃうと、相手にゆだねるしかなくて。

 だから、あたしは───

 

「《きゅっ》っ! ……あ……」

「……ヒッキーは……さ。それで、いいの……?」

 

 もう一度、ヒッキーに訊ねた。制服の端を抓んで、引っ張って。

 確かにハチくんは物知りだ。

 目の前のヒッキーよりも、先のことまで経験してる。

 でも……そうじゃないよね。あたしが傍に居てほしいのは目の前のヒッキーなんだ。

 それに、相談に乗ってくれるからとか、ヒッキーよりものを知ってるからとか、そんな理由で別の人を好きになったりしない。

 もし他に誰かを好きになるなら、きっとそれは……あたしがもう望めないくらい大失恋をして、挫けちゃったそのあとだ。

 だから……挫けない限り、欲しいものは欲しいって思いたい。

 

「お、俺は……いや、それはお前が決めることで───」

「……“ヒッキーは”。それで、いいの?」

「…………」

「……ひっきぃ」

「…………《いらいらいら》」

 

 はうっ!? なんかゆきのんがすっごいいらいらしてる!

 なんかすっごくヒッキーのこと睨んでるし……や、やー……確かに煮え切らなくて、もやもやしちゃうけど……待って、もうちょっと待って。

 今ヒッキー、きっとすっごく考えてるから。

 前の自分と今の自分のことで、きっと……あたしの時みたいにすっごく悩んでると思うから。

 そんなことを思ってたら、制服を抓んでたあたしの手にヒッキーの手がおそるおそる重なって、あたしの反応を窺がうような目が一度だけ向けられて……すぐにそれも消えた。

 

「……一度だけ」

「……ヒッキー?」

「一度だけ……馬鹿みたいに信じてみて、いいか? 思い返せば恥ずかしくて死にそうになるくらい、受け入れてみて……いいか?」

「一度だけなんて言わないで、何度もだよ。喧嘩だっていっぱいしよ? その度にお互いが悪いとことかちゃんと納得してさ、それで……また恋人に戻るの。あ、でも……」

「でも?」

「“あたしなら絶対に許すから”とか、“こいつなら解ってくれる”なんて考えての行動とかは、絶対ダメ。まずは相談してくんなきゃ許さないから。えと、その。効率がいいからーとかで、他の人に嘘でも告白とか、絶対やだ。泣くから。許さないから」

「お、おう……? 心配しなくても、恋人居るのに他のやつにとかしねぇぞ俺。俺はこう見えて超一途だから。誰かを好きになったら自分の全部をそこに置く。今時古風な女性でもこうはいかねぇだろってくらい相手に尽くすね」

「……専業主夫で?」

「ぐっ……い、いや、なんつーかその。それってお前、その……俺と結婚すること前提で言ってる?」

「え? …………ふええっ!?《ボッ!》な、なな、なっ……………………はい《ふしゅううう……!!》」

「ぐおっ…………!? あ、えぁあ……!? ぅ…………そ、っか……」

 

 二人して真っ赤っか。

 でも、そうなれたらなって思う。

 自分で言うのもなんだけど、あたしも随分と一途だと思うし、ヒッキーもそうなら……いつかはきっと。

 

「いやでも、結衣を仕事に行かせて専業主夫……? くそったれな上司に騙されて弱みとか握られて、脅されたりとか……」

「比企谷くん。仕事はあなたがやりなさい」

「ゆきのん!? てかヒッキーもひどい! あたしそんな馬鹿じゃないし! 嫌なこととか要求されたら、そりゃ、それが仕事なら頑張るけど、肉体関係とかだったらそんな仕事絶対やめるし!」

「生活が危険な状態だったら?」

「ヒッキーと二人三脚で頑張るよっ。えへへ、貧乏でもさ、あったかい家庭、作っていこ?」

「………………雪ノ下。俺、なんかもう絶対こいつ幸せにする」

「私が会社を設立して雇うという方法も……いえ、けれど今のままでは家を頼ることに……ブツブツ」

「? ヒッキー? ゆきのん?」

「由比ヶ浜さん。とりあえず基礎としての力をつけましょう。まずは将来なにになりたいかを明確に───」

「? ヒッキーのお嫁さん?」

「《ツキューーン!》ハウッ……!」

「い、いえ、そういうことではなくて……! 由比ヶ浜さん、落ち着きなさい、どういう仕事につきたいかの話を……!」

「えへへ、内職でもいいから、ヒッキーと居られる時間が長いのがいいなぁ」

「《トチューーーン!》ハグゥッ……!」

「だ、だからそういうことでは……ああもう……!」

「?」

 

 ヒッキーとゆきのんが、なんだかとっても楽しそうだ。

 さっきから胸を押さえてくねくね動いてるヒッキーは……なんかの真似なのかな。顔真っ赤だけど。

 ゆきのんも顔を赤くしながら、あたしの将来の夢を聞いてくれる。

 その顔はほんとにあたしのことを思ってくれてるって解るくらい必死で、なんだかとっても嬉しくて。

 

「はぁ……解ったわ、由比ヶ浜さん。……比企谷くん、やはりあなたがしっかりと働いて…………比企谷くん?」

「………………《ぽーーー……》」

「…………あぁ、もう……。ええそうね、幸せにしてあげなさい。それはあなたにしか出来ないことよ」

「俺にしか…………ゆ、結衣っ!」

「《がしっ!》ひゃあっ!? は、はいっ!?」

 

 いきなり呼ばれて、いきなり両手を掴まれた。

 持ち上げられた手がヒッキーの両手で包まれていて、なんか……こう、ふわああ……! 顔熱い……! これ、これあれだよね? プロポーズとかのシーンでよく見る、あれだよね!?

 じゃあ、じゃあ───!

 

「俺、必死に働くから! 絶対に苦労かけないから! 毎日俺の味噌汁をっ───…………み、みそ……《ソッ》」

「なんでそこで目ぇ逸らすの!? …………~~~ひっきぃいいっ!!」

 

 なんかいろいろ台無しだ! 確かにあたし、料理はあれだけど! なにもこんな時にまで戸惑うことないじゃん!

 大体あたし、SAOで料理とかマスターしちゃってるから言っとくけどゆきのんにだって負けないんだからね!?

 ……あれ? 現実でSAOみたいに素材を切ったら勝手に料理になる、なんてこと、あるのかな。

 ……ないよね!? うわぁあんやっぱり全部やり直しだ! で、でも頑張るし! ヒッキーのためだもん!

 

「いやすまんでも料理とか考えたらいろいろとっ……!」

「あ、あたしだって頑張るよ! 全力でヒッキーのこと支えるもん! 料理だってヒッキーが喜んでくれるなら、どんな味付けにだってするから! だから…………狭くてもいいからさ。一緒の台所で、笑いながら、お味噌汁とか……作ろうよ」

「───、…………」

「……ヒッキー?」

「……由比ヶ浜結衣さん。毎日、俺のために料理を作って、ずっと傍で支えてください。俺も……俺も、支えるから。一緒に歩くから。だから」

「ヒッキー……」

「……どうしてこの子たちはこう、段飛ばしなのかしら……はぁ」

 

 こうして、あたしたちはお互いの将来を重ねることを心に決めました。

 とんでもなく早いかもだけど、他の人とか考えられないから、燻ってしまわない内に。

 今後どうなってしまうかなんて解らないし、なにかがきっかけで壊れたりしちゃうのかもしれないけど……壊れても直せるなら、お互いに寄り添って、強く固く直せるように。

 

(……ハチくん。こっちもなんだかんだで、上手くやっていけるかもです。あたしはこれからヒッキーのこと全力で幸せにするから、ハチくんも全力でそっちのあたしのこと、幸せにしてあげてください)

 

 メッセージを飛ばして、緩む頬をそのままにヒッキーに抱き着いた。

 ヘンな声が出てたけど、それでも背中に腕を回して抱き締めてくれたのが嬉しくて、もっともっとって抱き締めた。

 うん、すぐにゆきのんに怒られたけど。

 えーと。

 それからの日々を語ると、もう周囲の言葉一つで決着がついちゃうから、語ることはしない。

 だってみんな口々にバカップルって言うんだ。

 好きな人とやっと一緒になれたんだから、甘えるくらいいいと思うんだけどな。

 ヒッキーも中学まで散々だったからってあたしのこと大切にしてくれて、あたしもヒッキーのこと大切にして。

 想って、想われて。

 SAOの影響なんだろうけど、勉強も苦じゃないくらいするすると頭の中に入っていって、今ではヒッキーと同じ大学も全然夢じゃない。

 あたしはきちんと自分磨きが出来たみたいだ。

 だから……えーと。

 怖くはあったけど、あんな世界にも……一応、ありがとうを。

 親友に会えた。

 恋人も出来た。

 他に出会う人なんて、あたしのことなんか鍛冶職人としか見てなかったんだろうけど、おかげで今こうしてるんだし、それでいいんだと思う。

 不思議な体験は不思議な体験のまま、それで終わらせるのが一番だ。

 今はただこうして、大好きな人と大切な親友が同じっていう奇妙な世界を、楽しみながら生きていこう。

 あ、でも、研ぎ師の職に入るのもいいかも。

 ヒッキーが、包丁研ぐ姿が真剣すぎて逆に綺麗だ、って褒めてくれたし。えへへ。

 

「《ピピンッ》わっ……ハチくん?」

 

 頬を緩ませた、休日の自分の部屋。

 ヒッキーに電話かけようかなって時に来たメッセージには、なんかいろいろあって災害対策の人に勧誘された~ってことが書いてあった。

 ……うん。ハチくんならどんな災害が来ても押し返せると思う。

 バレちゃったのかな。バレちゃったんだろうなぁ。

 くすくすと笑いながら、“けど安定収入だ”って文字に、ほんと仕方ないなぁって思ってしまう。

 さ、これからあたしも頑張ろう。

 一応、普通の人よりは身体能力とかすごいし、料理スキルも高いままだったお蔭か、この材料でなにが出来るかとかパッと浮かぶようになったし、調理ミスもちっともなくなった。どんな工夫をすれば美味しくなるかも完璧で、毎日ヒッキーが美味しい美味しいって言ってくれる。えへへ。

 うん、こうやって強い奥さんになって、もっとずっと、しっかりとヒッキーを支えていくんだ。

 あ、でもやっぱり研ぎ師とかはやりたいかも。

 うん、頑張っていこう。

 現実もゲームも変わらない、死んじゃえば終わっちゃうような、こんな世界の下で。




 皆様、クリスマスはいかがお過ごしでしたか? 僕は仕事でした。
 クリスマスのガハマさん的なお話とか書かないの? とか言われました。が、仕事でした。
 余裕ないって悲しい……! ぼぼぼ僕だって書きたかったさ! でも出来ることっていったら選択肢のアレを少し更新するくらいだったんだもの!
 それも23:57分投稿とかめっちゃくちゃギリギリっていうかもうクリスマス終わってるんじゃない? くらいな時間で感慨もなにもあったもんじゃあござんせん!

 そういうことなので、時間がなくて投稿できなかった分、連続投稿でした。

 *今回の話を投稿するにあたり、“一部クロス”タグを追加いたしました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。