どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
……というわけで。また昔語りに戻ろうか。え? 友人? 適当に案内しましたよ?
で、と。
お婆ちゃん……パパ風に言うならママさんと、雪乃ママのママ……ママのんは乳母みたいな関係だし、陽乃さん……はるのんとも仲がいい。とくにママは妹扱いされてて、はるのんはママさん大好きっ子だ。
隼人さんは優美子さんと結婚して翆を産んで、和香ともどもここで元気に社会勉強中だ。
パパの友達である戸部さんも海老名さんと結婚、しょっちゅうここに遊びに来ては、仲良く語らって帰っていく。
友達といえば……戸塚さん……さいちゃんさんとザイモクザン先生は外せないだろう。
編集と小説家の仲で、上手いことやってるらしい。
打ち合わせとか、静かに書きたい時なんかは結構ここを利用する。
ム? わたしはわたしですが? 美鳩も美鳩である。
ただ和香が……たまに中二病っぽい行動を取って、雪乃ママに精神的ダメージを与えてたりする。
昔はどうしてダメージ受けるのかわからなかったけど、今は……まあその、なんとなく。雪乃ママにも……やんちゃな頃があったんだね……。
「おっとと、お客さんだ。始まったばっかりで忙しいっていうのは人気の証拠だね。さっすがパパの店!」
「やあ、絆ちゃん。今日もお邪魔するよ」
「いらっしゃいませお客さま。お帰りはあちらよ? 回れ右して帰りなさい」
「相変わらず雪乃ちゃんの真似が上手いね……」
やってきたのは隼人さんだった。
翆の父親で、優美子さんの旦那さん。
はるのんが立ち上げた会社の一員で、言ってしまえばこの喫茶店もその系列のひとつだ。
はるのんが率いるメンバーは、パパ、ママ、雪乃ママ、隼人さん、優美子さん、いろはママ、戸塚さんにザイモクザン先生、沙希さんに小町お姉ちゃん、戸部さんに姫菜さんだ。
高校でそのグループを結成、総武高校の近くに構えたマンションに一時期は住んでいて、そこで高校一年から大学卒業まで随分とやんちゃしたらしい。
実際、この土地と喫茶店建てるのも一括でPONと出せるくらい、余裕なお金があったそうで。
最初こそはるのんの秘書みたいなことやってたっぽいんだけどね。
そこから着手し始めたことを、はるのんに次々と任されるようになって、気づけばコーヒーの勉強が修了していて、こうして会社丸ごとな喫茶店が完成した。
え? はるのんの会社本部? ここの二階ですが?
全部屋完全防音、社員以外が適当にドアノブを回せば警報が鳴るような管理体制と、社員の服には警報用スイッチが仕込まれていて、危険が迫った時は容赦なく押してよし。
レストラム中野の店長、中井出氏が旅行の土産を親切にも運んでくれた際、誤ってドアノブに触れてしまって大変なことが起きたのも懐かしい。
え? 雪乃ママが隼人さんに“回れ右”を言い出したきっかけ?
ま、まあそのー……黒歴史をつついてしまった、とだけ。ラーニングと胸の話と不忍池は禁句なのですよ。
「絆ちゃん、今日は社長……陽乃さんは?」
「重陽の節句に仕事が入ってたから~って、昨日菊酒飲み過ぎて、現在ぐったり中ですよ」
「なにをやってるんだあの人は……」
「まあ既に仕事は終わらせたようですけど」
「酒に酔おうと仕事はこなす、仕事人の鑑。その在り方、実にジャスティス」
「あぁ美鳩、注文なんか通った?」
「Si、日替わり軽食とティーセット。アッサムで」
「おお紅茶。そんな彼奴らには絆が! 今ここで! 真の紅茶というものを見せつけてやらねばなるまいて! どおれひと腕振るってやるとするか~~~~~~っ!」
「まだまだ雪乃ママには叶わない。絆は未熟。ふふり」
「みっ……美鳩だってでしょー!? パパの腕にはまだまだ追いつけないくせにー!」
「ぐっ……要修行……! 美鳩はまだまだくじけない……!」
お月見や敬老の日も近い。ていうか本日お月見だから、張り切りもしよう。
行事にはいろいろうるさいぬるま湯だ、今年もいろいろやるのだろう。楽しみだ。
腕を振るいつつ紅茶を淹れるべく動くと、とっくにお湯の温度を調節している雪乃ママが居た。
「あれ? 雪乃ママ? てっきり軽食の方やってくれるかと思ってた」
「軽食ならゆーちゃんがやってくれているわ。……はぁ、けれど、こんなかたちで専業主婦めいたことを担うことになるとは思いもしなかったわ」
「雪乃ママ、それまだ言ってるの?」
雪ノ下雪乃。
子供の頃、何気ないパパの一言で専業主婦を目指すようになり、今日に到る。
子供の頃に空港でいろいろあったとかで、踏み込んで訊いてみても、雪乃ママは顔を赤らめて俯くばかりだった。
運動勉強料理に掃除、ほぼなんでもこなせる上に、漫画やラノベやアニメにも理解のある完璧超人だ。おまけに美人。最強。胸には触れるな。
ただし、言った通りちょっぴりやんちゃしちゃってた期間があったそうで、それは本気で黒歴史。
中二っぽい話題と胸の話題は控えよう! 絆との約束だ!
……ええはい、子供の頃に踏み込んで後悔したクチです。
踏み込み過ぎて、ハイライトの消えた目から涙をツーとこぼさせつつ、希望を失ったような顔をさせてしまったあの日が、今も我が心に。
ほら、あの、よくあるよね? 自分の左肩甲骨を覗くような姿勢で、自虐の笑みを浮かべつつ涙する、目から光が失せた女性と言えばいいのかどうか。
まあその、ああなったわけで。
「家から一歩も出ずに、家の仕事をやる。紅茶を淹れたり皿を洗ったり。まあ、ある意味で間違っていないわね」
「まちがってるよー……まちがってないけどある意味と方向性敵にまちがってるよぅ雪乃ママ……」
「構わないわよ。そもそも私は世界を変えるために立ち上がったのだから。そのことでゆーちゃんともはーくんともやっくんともぶつかりはしたけれど、それも綺麗に清算できた。私の世界は、もう変わったし変えられていたのよ。よかったと思うわ。だって私、今の自分が嫌いではないもの」
「専業主婦を自慢するような自分が!?」
「ええ。自宅でずっと働いているようなものだもの。それに、幼馴染も続けられて、その絆も広がるばかり。とても心地よい世界だわ」
「なんかわたしが広がってるみたいで嫌な気分です」
「その絆ではないわよ」
みんなの絆代表、比企谷絆。───そう、わたしです。
そのかたちとして産まれたわたしですが、むふふ、ええ、いろいろな人の物真似が得意デス。なぜってみんなの絆ですから。
首を90°傾げて“デス!”とか言うのも可能です。たぶん曲がってる。きっと。
首の柔軟から始めて、一時期ゴキリと鳴って絶叫したりもしましたが、まあなんとか。常になにかしらから学び、賢く強かに生きることこそ勤勉。でも怠惰も大好きなので、そこはほら、バランスバランス。
七つの大罪と言いますが、時に必要なものも混ざってるんですよね。
まあようするに行きすぎるなってことですね。
プライドラースエンヴィースロウスグリードグラトニーラスト!
……モンハンで怒り喰らうイビルジョー装備はグリード(強欲)ですけど、なんでグラトニー(暴食)じゃなかったんでしょうね。それが不思議です。
「《ハッ!》文字数の問題かっ……!」
「いきなりなにを言い出しているの」
真顔でツッコまれてしまった。落ち着こう。
ともかく、わたしの親たちはいろいろ複雑な関係にある。
パパは異世界転移した影響で基礎能力が化け物になった所為で、一時期人を遠ざけたことがあるそうだ。
その時に“ぼっち理論”を習得してしまった。
ママもパパを刺激しすぎないようにって空気を読むことを覚えてしまい、雪乃ママも二人に頼りきりだったのでは、と孤高に生きようとしてしまって。隼人さんは何もできない自分を変えたくて悩むあまりに、ことなかれ主義に流れてしまって、それぞれがバラバラになっちゃって。
これらが捻くれたお陰で高校でいろいろあった。
もっとも、そのお陰で幼馴染とその周辺の皆さまはこうして仲良くなれたらしいのだが。
“本物”っていうものを求めて、手を伸ばして、掴み合って、繋ぎ合って。
そうやって出来た絆が、今ここにある。いえ、わたしのことじゃなくて。
「さ、紅茶が出来たわ。持っていってちょうだい」
「ラーサー! 美鳩ー、日替わりはどうー?」
「こちらも完了。仕込みが済んでいればどうということはない」
ふむ。ママの手作りあさり料理。
……べつに摘んでしまっても構わんのだろう? ……構うか。
「お客様になれば毎日ママの手料理が食べられる……お客様は幸せ者だね」
「それ、はーくんの前で言うのは絶対にやめなさい? 最悪、軽食がメニューから消えて無くなるわ」
「パパ怖い!」
「その独占欲を娘に向けてくれればいいのに……実にノンジャスティス」
「あ、ところで今日叔父様は? いっつもなら朝イチに来るのに」
「……いい加減、お金尽きた?」
「ツッキーは頑張ってるのにねー」
「ツッキーは努力賞。好きな人に会うためならバイトも真面目にする猛者。叔父様は───」
「叔父様はねー……ママに言って、家族割引とかないのか、なんて泣き落とししてきた時点でアレだもんねー……」
ツッキー。不良クンのこと。都築槻侍だからツッキー。
あだ名の由来は、パパとママの間が微妙になった時、ママがパパにつけたあだ名に由来する。
一時期、あのママがパパのことをヒッキーと呼んでいたことが判明し、わたしは大変驚きました。
そんな驚愕から、この名前は来ているのですヨ。
まあ微妙な仲になろうとも夫婦はしてたし、わたしたちもきちんと育ててくれましたから、パパとママにはアレです、マジ感謝ってやつです。むふん。
「《カランカラ~ンっ♪》むっほぉん! 八幡! 八幡はおるかーーーっ!!」
「いやうるせぇよ。静かなジャズが売りの店で絶叫名指しとかやめろ馬鹿」
「おお! 我が永遠の同胞・八幡よ! 今日も漆黒なる苦を舐めに我参上! ……あの、編集さんと打ち合わせがあるので、奥のいつもの席をお願いします」
「彩加来るのか。んじゃ、エスプレッソとティラミスだな。お前はどうする?」
「我もエスプレッソを所望する。あ、菓子はワッフルで。バスターじゃないやつ。砂糖たっぷりだけど練乳は入れない方向で」
「注文細けぇよ。もういいだろ、バスターMAXセットで」
「やめて!? 我このあいだ、それで悶絶したばっかりなのよ!?」
「それで悶絶&同情されて締め切り伸ばしてもらえたんだろが。つーか、もういいのか? 小説は出来てるのか?」
「ふむふはははは! 我をどなたと心得る! ローソンとかの放送で剣豪将軍とか言われてドッキーンとしたら、足利義輝のことでちょっぴり赤面しちゃった男! 材木座義輝なるぞ!?」
「胸張れる要素がこれっぽっちもねぇよ。ああ、そういやこの前、剣豪将軍義輝フェアとかやってたよな。いちいちお前のこと思い出して辛かったわ……」
「なにが!? なにが辛かったの!? 我べつになにもしてないであろう!? してないよね!? ねぇ!?」
ザイモクザン先生は今日も全力で暑苦しそうである。
ともあれ席へと案内して、注文通りのものを届けると、あとはさいちゃん編集さんを待つばかり。
「くふぅ……! この待つ時間というものは、何故こうにも人間を締め付けるのであろうか……! 岸辺露伴の言葉ももっともであるな……! 遅く来てもダメであり、早く来てもダメ……! むしろ途中で合流出来たなら、我は……我はぁあ……!」
「ここに来るまでの道のりで泡拭いて倒れそうですよ?」
「《ぐさっ!》ぶひぃっ!? き、絆嬢……! まさしくその通りすぎるから、やめて……!」
「ふふり。悩み事ならばこの美鳩にお任せ。悩める子羊…………子羊?」
「我、そこは疑問に思うところと違う気がする! 我だって……我だって痩せようとしたのに! 社長殿が! 社長殿がーーーっ!」
「あー……はるのん、ザイモクザン先生は太ってないとねー、って言ってましたねー……」
「でも健康太りで実にベネ。さいちゃん編集と並ぶと、実にバランスが取れていてジャスティス」
「あ、それはわかるかもです。よくあるあのー……聖書とか配りに来る人? 不思議と二人組で、太ってる人と痩せてる人、背が高い人と低い人、若い人と年老いた人、ってコンビで訪れるんですよねー」
「あ……なんか我、その例えすごくわかるかも……!」
「おっと、入り口付近が騒がしいですね。さいちゃん編集さん来たかもです」
「ぶひぃっ!? わわわ我は居ないって言って!?」
「いやなんでですか。そもそも打ち合わせに来たんでしょーに」
「わわわわかっているのだが、ついクセというものが……!」
カタカタ震え出し、汗を掻き始める先生を置いて、わたしたちも仕事に戻る。
一番奥の席からカウンター側へ戻ってみれば、来ていたのはやっぱりさいちゃんさんだった。
「あ、絆ちゃん、美鳩ちゃん、おはよう」
「おはようございます、さいちゃんさん」
「Buon giorno、さいちゃんさん」
「あはは、ciaoでいいってば、美鳩ちゃん」
「No、さいちゃんさんは偉い人なので、それは抵抗がある……」
「そんなことないのに……編集っていったって、社長のところで働かせてもらってるーってだけだよ?」
戸塚さいちゃんさん。もとい、戸塚彩加さん。
美人。以上、説明不要。え? ダメですか?
えーと……美人さんでさえ言葉を忘れる美人さんです。
別名、胸のない秋津洲。秋津洲については艦隊これくしょんをどうぞ。
いえまあ、ほんと、髪伸ばしてる所為で女の人にしか見えません。あ、秋津洲と違って髪はストレートで腰まで長いです。どんな原理なのか、髪が横へとふわりと広がってる感じです。魔術かなんかですか? かわいいからいいんですが。
スーツも女の子っぽいのですし、はるのん、これ絶対狙って選んでますよね……? この腰回りとか絶対に女の子ですって! なんですかこのくびれとか!
スカートじゃないってだけで、なんかいわゆる仕事のデキる女! みたいな着衣ですし! やっぱり狙ってますって!
そして、つい最近まで本気で女の人だと思って〝さいねーちゃん”と呼んでおりました。呼ぶとぷんぷん怒って“僕は男だよっ!”というところなんて、ザイモクザン先生悶絶の可愛さです。
「えっと、それじゃあ材木座くんは……あ、いつもの席だね? 八幡、八幡のことだからもう作ってあるんだよね? 受け取るから、出してもらっていい?」
「いや、これも仕事であってだな」
「自分で持ってくる、くらいのことをした方が、材木座くんも落ち着いてくれるんだよ。だから、お願い」
「っ、お、おう」
……だから! ああもうだから! 反則だって言ってるじゃないですかー!
どうして男なんですかねこの人! お願い、とかあんな笑顔で言われたら、いくらママラブなパパでも動揺しますよ! そしてわたしの笑顔では微塵も動揺しないパパ。おのれ。
ともあれ、丁度出来上がったセットを渡すパパと、受け取るさいちゃんさん。
そして、笑顔で鼻歌なんぞを歌いつつ奥の席まで行くと、それを卓に置いて髪を耳に掬いあげるように引っ掛けながら席に着いて、「おまたせっ」、とにっこり。
……あ、ザイモクザン先生が「がはぁっ!」とか言ってテーブルに突っ伏しました。
「パパ……あれ、自覚ないんですよね……?」
「ああ、全然まったく、これっぽっちもない。天然ってマジ怖い」
「《ごくり》……さいちゃんさん……! おそろしい人……!」
あ、でもおろおろして心配して声をかけられたら、一発で復活しました。
ザイモクザン先生も大概です。
「あのー、す、すんませーん!」
「おや」
美鳩がごくりと喉を鳴らしていると、とある場所で手を挙げて誰ぞを呼ぶ者。
声でわかりましたけどね。ツッキーだ。
一息吐いて、向かおうとすると、肩をグッと掴まれた。
振り向けば、何故か凛々しい顔をした美鳩。
「姉者、ここはこの美鳩が」
誰だアンタ。
や、まあたまにテンションがおかしくなるのがわたしたちだけど。
「美鳩が~───来た!《ビシィンッ☆》」
「え゙っ……いや、俺は姉の方を───」
「個人を指名なぞ、この店の品を楽しみに来たのではないと断定する。YESジャッジメント?」
「ノ、ノージャッジ! 話がしたいんだっての! 弁護人を要求する!」
「喜べ少年。この美鳩が弁護する。主に絆を」
「意味ねぇだろそれ! え!? 俺それどうすりゃいいの!?」
「……フム。コーヒーもケーキも終わっている……」
「コーヒーおかわりおねがいしますっ! いいんだろこれで! そもそもそれが要求で、ついでに話せればってだけだっての!」
「……《コンコンッ》」
「カムイン」
話を聞いていたこの絆にぬかりなし。
しっかりとコーヒーのおかわりを用意してテーブルの傍まで来ると、そのテーブルをノック。
美鳩のカムインの声を聞いてから行動して、
「コーヒーを………………お持ちしました」
カラのカップにおかわりを注ぐ。
さあ、それを見てのツッキーの行動や如何に!?
(なっ……なんかめっちゃ見られてる……! え!? これ、なんかしなくちゃなんねぇのか!? 間違ったら……あれか! 男として恥ずかしいって感じのやつか! よ、よぉしやったろうじゃねぇか! コーヒー飲むのに作法なんかあったのかなんか知らねぇけど、そういや紅茶にはあった気がするし、多分コーヒーにもあるに違いねぇ!)
ツッキーがカップを手に取る!
そしてしゅるっ……とすすって───!
「……ありがとうお嬢さん、とても美味しいよ」
なんかダンディな声でそんなことをぬかした。
対するわたしと美鳩、トホホイと溜め息。
「きみには失望したよ……」
「ツッキーには難しすぎた……残念」
「うぉおおい!? 俺が悪いのかよ! ってかこれに正解なんてあるのか!? 二人して俺をからかいたいだけじゃ───」
「そう言うと思ってこちらに熟知した先生をお呼びしました。先生、よろしくお願いします」
「もはははは! 甘いわ小僧! コーヒー! ブルーマウンテンといったら! ……あ、嬢、我に一杯」
「オッケィ先生!《コポポ……》……コーヒーを……………お持ちしました」
現れたザイモクザン先生に、持ちっぱなしだったブルーマウンテンを注いだカップを渡す。
先生、それを上目遣いのまましゅるっ……とすすると、驚いた顔で一言。
「……オー、ブルーマウンテン」
「恐れ入ります」
そしてわたしと美鳩はハイタッチを決めたのであった。
「わけわかんねぇよ!? え!? それだけでよかったのか!?」
「てゆーか先生、もういいの? 打ち合わせは?」
「あふんっ!? い、いやそのな? なにやら思った以上にあっさりOKが出たので、我自身とても驚いていて浮ついていてな? つい大したコミュ力もないのに人と触れ合いたくなったといえばいいのか……!」
「おお……! ザイモクザン先生、おめでとう……!」
「
「おめでとう……! OKおめでとう……!」
「ふふふははははは! ま、まあ!? わわ我が本気を出せばこれくらい当然であぁるぅ!」
腰に手を当て高らかに笑う先生だったけど、その後ろから音もなく静かに、姿勢よく近寄る美女ひとり。もとい美戸塚ひとり。
言うまでもなくさいちゃんさんだ。
「あ、それで次のお話なんだけどね? 材木座くん」
「はぽんっ!? つつつ次でございますですか!? あの……あのほんと、お手柔らかに企画してくださると……」
「大丈夫。材木座くんは本気を出せばこれくらい出来て当然なんだからっ!《ぱああっ……!》」
「…………死に戻りでいいから3分でも前に戻って、前言撤回したいでござる」
その時、先生の顔は一気に3kgは痩せたってくらいげっそりしてました。南無。
「ざっ……ザイモクザン先生!? え……マジで!? 俺大ファンなんだけど!?」
「おおツッキー、大きなファンなら一色工房の換気扇とか紹介しちゃうぞう?」
「その“ファン”じゃねぇよ! てか意味わかんねぇから!」
その後、ツッキーはげっそり状態の先生に、震える手でサインをもらってはしゃいでた。
サイン、めっちゃ歪んでるけど「これも味だよなー!」と大喜びである。
そんなツッキーだったけど、店内の時計を見るとハッとする。時計? おお、そろそろ時間か。
「っとと、そろそろガッコの時間だ……えっと、比企谷ー、お前らはどうなんだー?」
「まあ、そろそろだけど。不良のクセにガッコの時間が気になるとか、真面目クンだねぇツッキー」
「うっせ、俺ゃこれから真面目に生きるって決めたんだよ。迷惑かけた上の兄とか姉にも頭下げた。今猛勉強中だ。ぜってぇいい男になってみせっからよ、そのー……ええっと、なんだ……」
「じゃあパパー、ガッコだから先に上がるねー!」
「忍法速着替え……! 美鳩、いっきまーす!《バサァッ!》」
美鳩がエプロンドレスに手を掛け、バサァと引っ張ると、なんとその下には総武高校の制服が!
「……暑かった……!」
速着替えっていうか、着込んでいただけらしかった。
「ところでいっきまーすってなんだっけ?」
「……KOFの麻宮=サン?」
「おおアレか。投げた制服が消えるのって、それだけでマジックだよね」
「クラウザーさんの鎧の行き先も気になる美鳩であった」
「その人、さんつけると別の人に聞こえるからやめようね、美鳩」
「登場の度に鎧を破壊するクラウザーさんはいったいなにをしたいのか……不思議ジャスティス」
「まあほら、パワーウェーブで額に十字キズが出来る不思議超人だし、いまさらいまさら」
「別に不思議じゃない。きっと地面を殴って発動させる技、という概念を超越して、額を殴ってのパワーウェーブを発動させた」
「な、なるほど! 絆納得!」
迂闊であった! たしかに地面を殴らなきゃパワーウェーブは完成しない……そんな固定された考えに支配されていた……!
ようはKIを溜めた拳で殴ればいいんだから、そこが額だろうが顔面だろうがどこでもいいんだ!!
「パパ! 絆はまたひとつ賢くなりました! この清々しい気持ちを胸に、今日も元気に行ってきます!」
「着替えてけ、馬鹿者」
「はうあ!?」
まだエプロンドレスのままでした。再び迂闊。
慌てて引っ込み、制服に着替えて、店を出た。
「いってきま~~~すっ!」
「いってきます……!」
「おー、車に気をつけろよー」
「らじゃっ!」
「ラジャス……! 超鬼神zenki、来迎聖臨……!」
「せんでいい」
来迎聖臨した美鳩がパパにツッコまれつつ、今日も元気にガッコである。
朝は手伝わなくていいって言われてるんだけどね、やらないと気力が沸かんのだよワタクシたちは。
「……あの。俺、泣いていいスカ?」
「泣かんでいいからガッコ行け」
ツッキーとパパがなんか話してたけど、聞こえなかった。