どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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こもれびさんの誕生日に書いたぬるま湯クロスもの。
ガヴリールドロップアウトの内容を含むので注意です。


ぬるま~湯ドロップアウト

 喫茶ぬるま湯の朝は早い。

 

「モーニンだシスター」

「ん、今日も良き朝」

 

 我ら姉妹が同時に自室を出て、同時にシスターを発見、目が合えばサムズアップをして今日が始まった。

 階下に降りれば、珍しくもまだ起きてきていないらしい両親。

 どーせ寝室でいちゃこらしてんでしょうと早急にオチというか答えを決定、わたしたちの朝の仕事に取り掛かる。

 まあその前に。

 

「フェイスウォッシュに歯磨きに~」

「……誰が開発したのかはわからないけれど、化粧水を思いついた誰かに言いたい。ひどくめんどい」

「ぬっはっはー、付けた方がいいのはわかるけど、めんどいのは正論だよねー」

 

 女性の身支度とはめんどいものなのだ。

 しかし手抜きをするとよい結果にはならないので、めんどくてもしっかりさっぱり。

 

「んー…………んっ」

 

 そうしてフェイスの準備が終わればお互いの髪をさらりと梳いて、わたしは雪乃ママのごとくストレート、美鳩はサイドテールさん。

 では参ろう。まずは掃除からである!

 

「わっかめー♪」

「こんぶ」

「もずく!」

「こんぶ」

「もずく!」

 

 洗面所を出ると掃除用具を手に、早速掃除。

 途中で美鳩が準備していたお湯が沸くと、そそくさと美鳩がコーヒーを淹れてくれるので、それを飲んで意識シャッキリ。

 

「オー、ブルーマウンテン」

「おそれいります……」

 

 軽くネタを挟みつつ、掃除も中盤になると、埃がたたないタイプの掃除をしながら発声練習。

 接客業において、声というのはとてーも大事なのです。

 なので発声。

 

「ツー!」

「かー」

「いやそうじゃなくて。即座に返してくれる双子にサンクスだけどそうじゃないよ」

「……? なに?」

「うぬ、訊かれると毎度ながら困るもんだね。えーとなにかないかな。歌でも発声しやすいなにかでも」

「ん……こう、元気ななにか? 思わず続けたくなるような」

「おおそれだ! 応援歌とかなんか元気に歌いたくなる的な……いや、応援っていうか行進曲? みたいな? こう、リズミカルにザッザッザッザって感じで歩きたくなるような……ねぇ?」

「じゃあ……」

「じゃあ?」

「鏡の中の勇者?」

「おおシヴいところを……! いい歌だよね、あれ。聞かせてくれた先生には感謝感謝だ」

「と~お~い~む~かし~♪」

「愛~のた~めに~♪ って、そうじゃなくて。これもいいけど、もっとなにかないかな」

「んん……こう、ルーファウス神羅歓迎式典……的な?」

「………………なるほど! ならばアレしかあるまいて!」

「アレ?」

「ウヌ! ではっ、自分の歌声に合わせるであります! ───静粛に~!! 静粛に~!! ア~ッ~! ア~ッ~! こりゃこりゃ! さんはいっ!」

 

 喉の力を抜いてリラックス。

 舌や喉の一部が声帯を塞がぬように気道を確保。

 喉から歌うのではなく、腹式呼吸で溜めた酸素がお腹から自然と漏れるソレで声帯を鳴らすイメージで───!

 

「で~~~、でげで~~~ってけてってっー♪ でっげって~・てけて~~~ってけてって~~~っ♪ でってー・でってー・でってー♪」

「───!」

 

 口ずさむBGMで美鳩も気づいたようだ。

 なのでわたしたちは口を揃えて歌い始めた。ルーファウスではないけれど、なんかちょっぴり似てないこともないかもしれないこともない歌を。

 

「お~~おおーおおっよっしぃ~の~~~♪」

「みんな~、おーまーえーに~~~♪」

「感謝ー、しぃ~てぇ~るぅ~~~♪」

『おーおおっ! おーおおっ! おーおお~~~~~っ!!』

 

 そう、応援歌としては実に奇妙に完成された聖歌、その名もYO-SHI-NOである。

 このうららかかどうかは別とした朝の頃には、とても心地よく時に情熱的に心と喉をほぐすメロディ~だとは思いませんか?

 とまあそんなわけでわたしと美鳩は掃除しながらYO-SHI-NOを歌った。

 それはもう歌った。

 結局、ウルトラ吉野なのかハイパー吉野なのかどっちなんだろう。

 

「おぉおお元気でた! さすがYO-SHI-NO!」

「ん……! さすがYO-SHI-NO……!」

「いいやまだぞ! もっと元気と気合を入れて行こう! あと発声の調子とか!」

 

 発声練習目的だったけど、目的がついでになることなんてよくあることだ。

 ほら、買い出し頼まれたら美味しそうな限定モノを見つけて、それが本命になった~とか。

 なのでわたしと美鳩は元気に燥いだ。騒いだ。楽しんだ。発声した。

 

「YO-SHI-NO! HEY! YO-SHI-NO!」

「YO-SHI-NO……! SAY、YO-SHI-NO……!」

『YO-SHI-NO! HEY(SAY)! YO-SHI-NO!』

「フェスティバァール! ヨシノフェスティバァール!!」

「ふぇすてぃばーる……!」

『YO-SHI-NO! HEY(SAY)! YO-SHI-NO!』

 

 ヒートアップしてくると止まらない。

 今、この場、この高揚の全てはYOSHINOのためにあった。

 それが全てだったのだ。

 即ちYOSHINOとは真理である。真理であり宇宙的ななにかだったのだ。

 ゲーアノートさんがナポリタンに粉チーズとタバスコをかけることで、生命と宇宙、全てに関しての答えを得た時のように、YOSHINOとはYOSHINOであり、YOSHINOでしかなかったのだ。

 けれど叫び続ける。

 叫び、答えを得るのだ。

 何度も何度も叫んでみても、YOSHINOはYOSHINOでしかないから、夢であろうと、現実だろうと、きっとYOSHINO。

 

  ……その後。やかましさに降りてきたパパにスリッパで叩かれることで、ヨシノフェスティバルは閉祭となった。

 

……。

 

 そんなわけで今日はガッコがお休みだ。

 なんかの日だった気がする。なんだっけ。忘れた。

 しかし休日であるからして、そんな日はバイトくんが来たりもする。

 つい最近入ることになった───なんていったっけ。

 なして採用したと? とツッコミたくなるような振る舞いがデフォルトのおなごなのだけれど。

 

「《からんからーん》……休んでいッスか」

 

 来た。途端に休みたい宣言である。うんダメ人間だ。

 そんな堕落した死者……じゃなくて、堕落系女子をシャッキリさせるべく、美鳩がゆく!

 男は苦手だが女はまあ割と平気なんじゃないでしょうかなコミュを発揮、我が妹はサムと手を差し伸べ、

 

Tu ne(チュウヌ) voudrais pas(ブドレパ) gabriel(ガヴリール) mon amie(モナミ)?」

「……一応言っとくけどそれ意味わからんし絶対使い方間違ってるから」

 

 意味がわからなかった。

 というわけで、そう。そうだった。

 バイトくんっていうのがあの自堕落系女子、天真=ガヴリール=ホワイトらしい。

 とにかくやる気が無い、接客態度がなってない、短気とろくな条件が揃ってない。

 なのに何故採用されたのかというと……

 

「まあほれ、アレだ。人間的にクズだろうがカスだろうがゴミだろうが、磨いてみなけりゃわからんものとかいろいろあるんだよ。ああでもとりあえず現時点でのこいつがクズなのは間違いない。断言する」

 

 と、パパ。

 本人の横で堂々と言ってみせた。

 

「店長容赦なさすぎでしょちょっと……」

「初日で自身のクズっぷりを曝して、金を貰うために労働するってのに接客ナメくさってる相手に容赦が必要と。お前は本当にそう思うか?」

「思う───お、おーけーボス、眼鏡を取るのはやめよう」

「店員ひとりの接客態度で客足が遠のくことだってあるんだよ……。不快に思ったヤツがSNSで悪評の拡散をしちまえば、どっかに影響がでるってもんだろ。引き籠り志望の働きたくないでござるな人間が、それを知らないとかないだろ。ないよな? ないでしょ」

「くっそこの腐眼店長め……パワハラで訴えてやろうか」

「いや、それ説教されるの確実にお前だから。求められている最低基準も満たしてないのに騒いでどーすんだ」

「泣き落とす」

「客には常連も顔馴染も居まくるから、お前がどういう接客してるのかも知ってるし、正義感に溢れた弁護士も居るぞ? それを知った上で、天真。俺はお前を雇う時にきちんと条件を満たしてくれるならって言ったな?」

「じゃあ言ったこと無しってことで」

「……俺が言うのもなんだが、お前よくそういうこと真顔で言えるな」

 

 天真=ガヴリール=ホワイト。

 髪はぼさっとロングで、目は今にも死にそう。体から滲み出る働きたくないでござるオーラと、接客態度からあふれ出んほどに感じる堕落者ソウル。

 一目でわかった。ビリビリ来たね。こいつ、某青い髪の駄女神さまより駄目だと。ていうかそれを本人が認めてるっていうのもどうなんだろう。

 しかしぬるま湯は挫けない。

 使えないなら使える人になるまで教えればいいのだと。

 なのでこうして、休日やガッコが終わってから等にシフトに入ってもらっているわけで。

 

「あー……楽して稼ぎたい」

「おー、それは俺も考えたもんだ。専業主夫とか最高でしょとかな。小学レベルの家事スキルで奥さん満足させるつもりだったぞ。そのくせヒモになるつもりはないとか鼻で笑われるレベルのことを言っていた」

「うわー引くわー、それ私でも引くわー……」

「楽して、って時点でお前の頭の中とそう変わらねぇよ……想像出来る自分と比べてみろ、そんで口にしてみろ」

「宝くじでも当てて一人で暮らしたい。あと文句言わない家政婦とか欲しい」

「うわー引くわー、それ俺でも引くわー……」

 

 どっちもどっちだった。

 まあわたしはそんなパパを養いたいと思える、尽くす女である。しかも近距離パワー型。いっつも元気です。ぬふん。

 しかしまあ、ふと気づくと寄り添って、ラヴラヴいちゃこらしている両親も好きなので、尽くし方にもやり方とか奥義ってもんがあるのだ。ていうか既にイチャイチャしてる。客もとっくに慣れたもんだから困ったもんだ。

 ちなみにバイトくんはまだまだ慣れてないから、目のやり場に困ってる。

 パパー? さすがにバイトくんの近くでそれはマズ───あ、客来た。即座に離れてキリッと引き締まる両親は、なんとも見事。

 

「っと、客来たな。ほれ挨拶」

「っしゃーせー、お帰りはそちらです」

「接客態度に難あり。時給減らすな」

「これでクビにしないとかやさしいのか外道なのか……いや外道だな外道だろ低賃金で逃がすつもりがないとか」

「お前は人に文句言う前に自分の態度とか振り返ろうなマジで……言ってて自傷めいてるからほんとやめて? 呆れるくらいに真面目になれとか言わないから最低基準満たしてくれ」

 

 棒立ちのまま“っしゃーせー”とか、この絆や美鳩でもやりません。

 むしろ笑顔で迎えて回れ右を促します。

 しかしいつまでも客を待たせたとあっちゃあ、ぬるま湯の名が廃る!

 

「さあさ、接客だドブニィル! 気を取り直していきましょう!」

「ガヴリールだよお前わざとだろなぁわざとだろ」

「わざとだ!《どーーーん!》じゃ、満足したところで行こう!《スタスタ》」

「えっ……いや、えっ? …………えっ!?」

 

 正面からわざとと言われるとは思わなかったのか、困惑するドブニィルの手を引いて客のもとへ。

 席に案内してからは、ご注文がお決まりになりましたらーの定番な言葉。

 しかしすぐに注文はされて、それを書きとめるようにとドブニィルに合図を送ると、

 

「え? なに?」

 

 ぬぼーっと窓の外を見ておったわこやつめ!

 おぉおおおここまで“接客態度に難あり♪”を全速力で突き進むおなごがおろうとは!

 

「注文、ほらここ、書いて」

「へ? あー……カフェオレだったっけ」

「ホットココア! ホットケーキセット!」

「えー……? なんで喫茶店来てコーヒー飲まないんだよ。ほら、もう……な? いいだろ、カフェオレで」

「なんで接客業してて接客しないのキミは!」

 

 聞き分けのない子に、穏やかな笑みとともに言って聞かせるような感じで肩を叩かれた。おのれドブニィル。

 ……まあ、その、ともかく、こんな性格なので少々困っておるわけでして。

 けれども注文を通せばあとはそれが来るのを待つだけ。

 美鳩がココアを淹れて、ママがホットケーキを作って、それをドブニィルに───

 

「先輩手本見せてください」

「キミ、そうやって人に全部やらせて自分はやらないスタイル、ちったぁ隠そうねこの野郎」

 

 ───こほん。

 ガヴリールに渡して、GOサイン。

 するとガヴリ-ルは目に涙を溜めて、上目遣いで言ってくる。

 

「あのっ……私、箸より重いもの持ったことなくてっ……!《うるっ……!》」

「大丈夫だから。それ言う馬鹿者は大体左手に茶碗持ってるから」

「いや、基本主食はカップ麺なんでそれはないっす《どーーーん!》」

「ぶりっ子するなら最後まで貫くとかそういう気概はないのかこのダメ人間! だいたいカップ麺な時点で箸より重いでしょーが!」

 

 ぶちぶち言いながらも運んでくれた。や、くれたっていうかそれが普通だから。

 そうして戻ってきたガヴリールを迎えると、

 

「今ので腕の筋肉が死にました。休憩してていいっすか」

「まっ……真顔でなんてことを!」

 

 仕方ないので下がってもらった。

 ……雪乃ママのところに。

 大丈夫、さ、接客を続けましょう。

 

……。

 

 そんな調子で、バイトくんのぬるま湯な日々は続いた。

 翌日からダメ人間矯正プログラムが雪乃ママによって組まれたけど、ガヴさんはそりゃあもう自由だった。

 自由だったんだけど───

 

「え? いや、ちょ」

 

 腐った性根というレベルでは、学生時代からパパで慣れていたらしいぬるま湯メンバーにしてみれば───

 

「わ、わかった、これはやる、やるから」

 

 ガヴさんの捻くれ度など大したものでもないらしく───

 

「あ、あー……えぇと。これはこうして───」

 

 ……。

 

……。

 

 それから、一ヶ月の時が経った。

 

「いらっしゃいませイカ野郎!」

 

 彼女はそれはもう元気になった。や、イカ野郎言ったのはわたしだけど。

 

「絆先輩、そんな接客じゃだめですよ?」

「通例みたいなもんだから。それ言ったらガヴさんだって最初と全然違うじゃないのさ」

「ん、然り」

「恥ずかしいです。あの頃の私は少し、いえ大分、いえ究極に……その……」

 

 ……ガヴリール=ホワイトは、気づけば駄目人間からドロップアウトしていた。

 矯正プログラムはそれはもう非道の限りを尽くしたものだったらしいけど、なにが彼女をああまで決定的に変えたのか。

 雪乃ママははるのんにちょっとお願いした、とか言っていたけど。

 あんな働きたくないでござるさんが、なにをどうすればこんな、ホワイティンな性格に……!

 公園で草むしりとかして、子供たちと遊ぶ姿を見た時はなにごとかと思った。

 髪もぼっさりストレートからさらっさらストレートになったし、目も濁りそうだったものから普通のものになってるし。

 

  本人曰く、課金ネトゲの虚しさを知ったのだとか。

 

 とあるブラゲに事前登録、正式に運営が始まってからもどっぷりハマっていた課金ゲーがあっさり終了、つぎ込んでいたものがパーになり、心の底から虚しさを感じ、ハッと気づけば自分にはブラゲに費やした金の量と時間以外、なにも残っていないことに気づいたらしい。

 そのブラゲの運営に“雪ノ下”が絡んでいることは、きっと語っちゃならない。

 さらには運営していたのはあくまで限られた場所でだけであり、攻略ページも情報も全部“雪ノ下”が手回しして作ったものだったとか、そういうのも内緒。

 現在のガヴさんは“手に残るもの”を集めるため、日夜努力する者となった。

 「仕送りが今さらになって急増したんです」、なんて困った顔で言うガヴさんは、特に使い道もないのでと、臨時収入みたいなお金を募金に使った。

 ……そんな現場をたまたま見て、なにかあったに違いないと降臨したのが───

 

「ひっく……うっく……うえぇええ……!」

「ちょっと先輩! この子なんとかしてくださいよー!」

 

 現在、泣きながらいろはママに手を引かれてやってきた、胡桃沢=サタニキア=マクドウェル。

 ちょっぴり? いやかなり中二っぽいお方で、ザイモクザン先生の作品の大ファンだったりする。

 ガヴさんを追う形でバイトに入ったんだけど、いやー……最初のガヴさんとは違った方向で厄介さんだった。

 なにかにつけてガヴさんに絡むし、悪いこと、と称してどーでもいい、しょうもないことで営業の妨害をしたりする。

 今回も一色工房でなにかしでかしたらしく───聞けばなんでも、焼き上げておいたデコ前のケーキの下地に勝手にデコレーションしてしまい、用事から戻ってきたいろはママが発見した時には───!

 

「……で、これが……」

「ぐすっ……そ、そうよ! これこそが悪魔の王、いずれ世の支配者となる我が渾身のデコケーキ! スペシャルサタニキアブラックスペシャルよ!《どーーーん!》」

「いやなにそのネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を彷彿とさせる、名前が被ってる部分があるケーキ」

 

 持ってこられたケーキは黒塗りの、上部分に五芒星が描かれ、中心にトナカイの砂糖菓子が乗っけられたケーキであった。

 ……スペシャルが二つついているわりに、案外普通である。

 

「じゃ、これはサターニャちゃんに買い取ってもらいましょう」

「ナァーーーッ!?」

「店の商品をいきなりダメにされたんだから当たり前でしょー? しかも丸ごと。普通なら切り分けて売るのに、丸ごとやられたんじゃたまったもんじゃないです。ね? 先輩?」

「まあ、そうな。で、弁償出来る代金は?」

「ふ、ふふっ……? ふふふふふふふ……! なーーーっはっはっはっはー!! そんなもの、この悪魔の王たるサターニャ様が払うとでも───」

「《ピピポッ》もしもし警察ですか? 実は泥棒が」

「ごめんなさい払います払わせてくださいだから警察だけは勘弁してくださいぃいいい……!!」

 

 5秒とかからずいろはママの腰にすがりつく悪魔の王候補がいた。

 いろはママ、ちらりと見えたスマホ、通話モードじゃなかったけど、あんまからかうのは可哀相だよ?

 

「はぁ。じゃあ先輩、払えないそうなので、誰かのバースデーケーキにしてあげてください。こう、ゲリラ的に」

「来客とっつかまえて“今日誕生日ですか”って訊くのかよ……。ていうか普通誕生日に喫茶店とかなかなかねぇだろ」

「え? ありますよ? 予約入れてケーキ作ってもらったり~とか」

「え? あるの? ……マジで?」

 

 パパ、本気で驚いてた。

 ていうか……

 

「ね、ねぇパパ? ママの誕生日をパセラとかで祝ったこととかあるんだよね?」

「いや、パセラはパセラだろ。喫茶店じゃねぇよ。誕生日用のハニトーを注文で作ってくれるから、たまたまそういう機会があったってだけだろ」

「店長……」

「ヒッキー……」

「おいやめろ、同情の視線とかマジやめろ」

「ていうかヒッキー、誕生日祝いだ~って、いろんなお店とか行ったよね? みんなとお祝いしたあとに、その……二人きりで。その中に喫茶店もあったんだけど───」

「ママ、ママ。それは違う。パパはママを喜ばせるためなら、たとえ誰が場違いだって言っても、どんな場所でもハッピーバースデーを言える……《なでくりなででででで》んゆゆゆゆゆ……!!」

 

 言おうと思った言葉を美鳩に盗られ、しかも次の瞬間にはその美鳩が、パパに後ろからネックロックのように抱き寄せられ、さらに撫で繰り回され……!

 

「い、異議を申し立てる! それはこの絆も言おうとしてたことだから、是非わたしにもなでなでが欲しい!」

「絆先輩、そこで声を大にするの、ちょっとわざとらしいです」

「それだけ必死なだけなのだよガヴリールくん! 抱き寄せられてなでなでしてもらえる権利を目の前に、何故黙っている必要があるだろう!」

「あの。私が言うのもなんですけど、仕事しましょうよ」

 

 かつてはドブニィルと呼ばれた少女が、パパァアアと天使の笑顔でそう言った。呆れも含めたエンジェルスマイル、0円。

 

「じゃああれですねー。このケーキはお客様の笑顔や、仕事に疲れようとも懸命に働く人たちに慰労と感謝を込めて、ということで。えっと……結衣先輩、そういう場合ってどんな文句がいいですかね」

「え? えっと……癒し、とかって意味も込めて、落ち着ける場所~とか穏やかだな~って思える印象で、えと……こ、木漏れ日……とか?」

「わかりましたっ、じゃあこうしてこうして~……」

「あぁああっ!? 私のスペシャルアドバンスサタニキアツイストがー!!」

「おい。さっきと名前違ってるぞ」

 

 くるみんやパパのツッコミも右から左。

 いろはママはケーキの上のプレートにちょちょいと細工をほどこして、真っ黒だったケーキ全体にもちょちょいと細工。

 瞬く間に真っ黒だったそれが木漏れ日を連想させるような、光と影を上手く表現したものになって……

 

「はいっと。かんせーですっ」

 

 むんと胸を張ったいろはママの前には、こもれびさんお誕生日おめでとう、のプレートが乗った綺麗なケーキがあった。

 おおお……! あの黒くて五芒星なちょっぴり残念ケーキがこうも……!

 

「ちょっとあんた! よくも私のスペシャ───」

「……《ピピポ》」

「ごめんなさい警察はやめてくださいおめでとうこもれびさんおめでとう!!」

 

 勢いよく食って掛かったくるみんが、次の瞬間にはいろはママの腰に抱き着いてわあわあ泣いてた。

 腰とか足に縋りつくって、なんでか女神アクアを連想させる。不思議。

 

「つか、一色の技量なら漢字で木漏れ日くらい書けるだろ。なんでひらがななんだ?」

「わかってませんねー先輩、こういうのはわかりやすいかどうかが問題なんですよ? 下手に漢字で書いて、贈った相手にわからなかったらお祝いの気持ちも嬉しさも半減しちゃうじゃないですか」

「……はぁ。いつまで騒いでいるの? 新規のお客様が来ているのだから、内輪で騒ぎ続けるのにも加減を知ってちょうだい」

「先輩の所為で怒られちゃったじゃないですかー!」

「俺の所為かよこれ」

「あはは、ほらほら、みんなもお仕事お仕事っ! いらっしゃいませっ! 喫茶ぬるま湯へようこそっ!」

「よし、早速ケーキの出番だな。ほれ絆、美鳩、バイト連れて、あのいかにもステーキハウスでサーロイン300g食ったあとに一服したいから寄りましたよって家族に、ゲリラアタックかましてやれ。ちなみに代金はいらん」

「えっ……あの、店長っ? あの人たちの中に誕生日の人が居るのかもわからないのに───」

「いえっさーパパ!!」

「絆先輩!?」

「Si、ケーキを腐らせるのはもったいない。今こそ特攻」

「美鳩先輩まで……」

「嫌よ。まったく、なんでこのサターニャ様がそんな───」

「行かなきゃ売る用に出して、売れなきゃ胡桃沢、お前がケーキ代払えな」

「行くわよガヴリール!! 絶対、なんとしても受け取ってもらうのよ!! なんなら一口どうぞって言って口の中捻じり込んで、飲み込んだらもう返品は効かないとか言い出せば───……あ、これかなり悪じゃない? にゅははははは! テンション上がってきたぁあーっ!!」

 

 こうしてわたしたちは、来店したほんわか家族に突撃アタックを果たした。

 来店した家族には大層驚かれ、たまたま、なんの奇跡か誕生日だったらしいパパさんには照れ笑いとともにケーキを受け取ってもらえて、こもれびさんおめでとう、の文字になにやら感じるものがあったのか、ギクリと肩を弾けさせ……そのプレートの後ろに書かれた“スペシャルサタニキアブラックスペシャル”の文字に「なにこれ!?」と大変驚いておった。

 

「絆、絆……! ここはやはり歌も添えるべき……!」

「む。バースデーソングサービスであるか。やはりここは“ハッピーバースデーお前”で?」

「よくわかりませんが、嫌な予感がするので却下です」

「ガヴちゃんノリ悪い……」

「こういう私を望んだ絆先輩が悪いんです」

「あはははは! 祝ってあげるわよ人間! この大悪魔、胡桃沢=サタニキア=ブラックに感謝しながらまた一つ歳を重ねるといいわ!」

「胡桃沢、減給。あと自分の名前間違えるな。マクドウェルだろ」

「しっかり祝ったのになんで!?」

 

 たまにはこんな変則的な日があってもいい。

 実に本日も、ぬるま湯はぬるま湯であった。

 ……あ、でもそこな娘さんや? 面白そうだって理由で、パパさんにバスターチャンレンジ奨めるのはやめたげなさい?

 パパさんも、祝われて気分高揚なのはとても良いことだと思うけど、そこで死地に飛び込むのは───……あ、やっちゃうでありますか。

 是非も無し!! それがうぬの男気であるならば、この比企谷絆、引き留めることなぞせぬ!

 

「パパー! バスターセットいっちょー!」

「あわわ絆先輩待って! 待ってください! 初めての来店だから知らないだけで、なにもこんなお祝いの席でそれを受け取らなくてもっ!」

「大丈夫だよガヴりん……娘を前にしたパパっていうのはいつでも最強なのさ」

「ん。祈っておく。完食の無事を」

「あの……お客さん? 食べるのはいいから、まずはそのケーキを完食してくれると、大悪魔とかもう大感謝で……その……」

「マジ声で下手に出るなよサターニャ……」

「ガヴりん、声」

「はっ!? ……ご、ごめんなさい。たまにツッコミが出ると声が……」

 

 果たして、こもれびさん一行(ママ命名)の前に、パパさんが食べるバスターセットと、奥さんや娘さんが食べるケーキセットが届いた。

 たまに天使を自称するガヴりんと、大悪魔を名乗る中二病さんのくるみんが必死に応援する中、こもれびさんがどうなったのかは───うん。一口目で悶絶しているパパさんへエールを贈ることに専念したとだけ。

 大丈夫、娘を持つパパは強いのさ!

 無事を祈るガヴりんの体が光って、なんか天使の羽とか生えてた気がするけど気の所為だ。


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