どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
帰る頃には雨も上がって、歩く道は賑やか。
とべっちが「つっかれたわぁ~……ようやっと仕事から解放された~」って、なんだか社会人みたいなことを言ってる。
まあ、しょうがないよね、土曜なのに急に呼び出されて、学校行事に付き合わされたんだから。
それでもまだお昼で、“終わったあとは自由にしていい”って話だったから、みんなも頷いたわけだし。
自由にっていうのは……ほら、うん。
「ぃやぁ、けどさぁ八幡? ガッコ行ってまで仕事してるって言葉が浮かぶのって、生徒会とか風紀委員とかばっかな気がしね?」
「あぁ、それは言えてるかも」
そんなことを話しながらのんびり歩く。
みんなが同じ方向なのには理由があって、制服を鞄に入れたあたしたちは、とっくに私服。自由にしていいっていうのは、学校帰りに生徒会役員が~とか……まあそういうところ。進学校だからそういうところは厳しいんじゃないか、って言いだしたのはヒッキーだけど、平塚先生はあっさりOKしてくれた。
……たまに、総武高校が進学校っていうこと忘れそうになるよ、あたし。進学校のてーぎ? っていうのはいまいちわかってない部分もあるけど。真面目じゃなきゃいけないとかそういう学校じゃないのかな? 詳しく調べたことなんてないからわかんないや。
ちょっと優美子に訊いてみたら、「レベルの高い学校に行くつもりのやつが来る学校のこととかでよくない? 詳しいこととか知んないけど」だって。うん、なんかそんな感じする。
訊かれたついでか、気になったのか、そのことについて優美子が葉山くんに訊いてみると、一応ってかたちで教えてくれた。“それまでの卒業生が、レベルの高い高校とか大学に受験してる学校”のことを言うらしい。ほんとにそうなのかは葉山くんも知らないって。
あ、えと、一緒に帰ってる理由とそれはべつに関係ないんだけど……うん。ほら、あれだ。
毎年恥ずかしいけど、今日はあたしの誕生日なのだ。
それをヒッキーが祝うって言ってくれて、そこにみんなが便乗するかたちで集まる。
ヒッキーは“仲間だから”って理由だけで呼ぶのは違うって言って、いっつもみんなを誘うことはしないんだけど……ヒッキー、あたしの誕生日が近くなるとそわそわしだして、みんなそれで気づいちゃうみたい。
うん、自分の誕生日のくせに忘れてたあたしも気づくくらいだから、大事にされてるんだなーって。
(でも……)
毎年、みんなが祝ってくれるのは嬉しいけど……悪いなって思う。
お返しにみんなの誕生日にも騒ぐんだけどね。ほんとはただ、みんなで一緒に騒ぎたいだけなのかも。あはは。
小さく笑ってから、駅から電車で移動。
目的地に着くとお店に入って、慣れた動作で思い思いの場所に座った。
「んじゃ、今年も妙に挙動不審だった八幡主催! ガハマっちゃん生誕祭をはじめまーす! ほら八幡、ばっちりゴーっしょ!」
「俺にパスするなら最初からやらせてくれよ……ん、んんっ。……結衣、誕生日おめでとう」
『おめでとーーーーーっ!!』
目的地……パセラに集まって、みんなでわいわい。
ヒッキーがオーダーメイドで誕生日用のハニトーを用意してくれて、なんかもう祝ってくれるってわかってても嬉しくて恥ずかしくて……うん、やっぱり嬉しい。顔が勝手に緩んでいく。
座る場所もヒッキーがまず座って、その隣を促してくれて。来るのは初めてじゃないから、緊張とかは……する。やっぱりする。慣れない。言っちゃうと、慣れたくない。こんな気恥ずかしさが今は嬉しい。
「じゃあロウソク、つけますね」
「18本18本……あ、いろはさん、ライター取ってもらっていいですか?」
「はい小町ちゃん」
「ロウソク18本……お、お兄さんっ、18ってなんだかいけない雰囲気がするっすね!」
「次に結衣関連でそういう妄想したら潰す」
「なにをっすか!? どこをっすか!? ていうか大事にしすぎっすよ! そのやさしさをもうちょっと俺に向けてくださいっす!」
パセラケーキに細いロウソクが立てられてく。トースト部分にはもちろん立てられないから、たっぷり乗っけられたクリームの上に。
いろはちゃんと小町ちゃんがやるっていったけど、最後までやらせてくれってヒッキーが。
な、なんか恥ずかしいね、これ。自分の年齢をじっくり数えられてるみたいだ。
(………)
ロウソクの本数が、病室で出会った時の歳と重なると、なんだか心にじぃんって……なにかがよぎる。
人に合せてばっかりの日々だった。
空気を読んでばっかりの日々だった。
ニセモノみたいな笑顔を貼り付けて、それが偽物だってバレないように努力して。
もっと別の方向に努力すればよかったのにって、今なら思うのに……たぶん、そんな頑張りをしてみせても、あの頃じゃ孤立するだけだったんだろうなーって思う。それがちょっとだけ悔しい。
もう一本、もう一本ってロウソクが増えるたび、出会えた人に感謝する。
ヒッキーも言ってたことだ。思い返せば忘れたいような自分の出来事ばっかな小学から中学の頃なのに、それがなければあたしたちは出会えなかった。
出会ってきたすべてに感謝したいなんてきっと無理だ。
どうしても好きになれなかった人だって当然居たし、人の胸見てにやにやしたり、男子だけで集まって、あたしのことなんかなんにも知らないくせに“あいつってエロいよなー”とか言うのなんて最悪だ。
だからってわけじゃない。たしかに理由のひとつとしてはあったんだろうけど、あたしは……一緒の布団にくるまっても、ただやさしく抱き締めてくれたこの人が大好きだ。
ヒッキーの匂いに包まれたってだけで、安心して眠っちゃうあたしもあたしなんだけど。
大事にされてるんだなぁって、やっぱり感じられるんだ、そういう時は。
「ふぅむ。しかしそうか。これで八幡が18になれば、とうとう貴様らも婚約……」
「おっ、そういやそうじゃねぇのー! なーなー八幡ー? やっぱガハマっちゃん家に挨拶しにいったりすんのー?」
「……すっ…………する。既にしてあるようなもんだけど、結衣に関することは、とにかく誠実でいたい。その他がどうでもいいってわけじゃなくて」
「ヒッキー……うん。あたしもする。ヒッキーの家に、ちゃんと行くから」
「お、おう……」
「うん……」
「………《そわそわ》」
「………《もじもじ》」
「あーもー、ほんとどこでもいちゃいちゃしますねー、このカップルは……」
「いやー、小町的にはお兄ちゃんがこんなに積極的になってくれて、大変喜ばしいことですよ。お兄ちゃん? ボロとか出さないように、普段から部屋とか掃除しとかなきゃだよ?」
「最近じゃ家事全般引き受けてるだろーが。ほっとけ」
そうなのだ。
いつからかは詳しく教えてくれないんだけど、ヒッキーは比企谷家の家事全般を引き受けるようになったんだって。
このままじゃダメだからって。
あたしが出来るようになるからって言ったら、顔真っ赤にして“最初はそれでよくても、途中で出来なくなる時も来るかもだろ”って。
最初は首傾げちゃったあたしだけど、意味がわかったらその……ほら、……うん。
小町ちゃんなんかはいくらなんでも気が早いなんて笑うんだけど、あたしは嬉しかったから。
きっと簡単なことや楽なことばっかじゃないから、慣れられるものは慣れとかないとだ。……ほ、ほら、妊娠した時……とか。
でもやっぱり、いつ頃からやってるのか~とか、具体的な時期は教えてくれない。
通り魔のことでお邪魔した時に料理を作ってくれて……もしかしたらあれからなのかな。だったら……嬉しい。
「ふ、ふーん……? そっか、婚約ね………………《ちらちら?》」
「いや……優美子? 俺たちはまだ早いと思うぞ?」
「べ、べつに今から期待してるわけじゃ……ないっていうか」
「ふふんむふむふむ! しかしそうか、高校生夫婦……うむ! ネタになるやもしれん! 男は魔眼を持つ男! 女はなにも知らない女! ある時出会い、将来を誓い合った二人は未来を夢見て婚約し、追ってくる組織の者たちを退けながら日々を過ごす男は、やがて女にその正体を知られ……!」
「うんうん、材木座くん、それから?」
「うむ! それから───……戸塚氏はしっかり我の話も聞いてくれて、真実天使であるな……あ、けぷこんけぷこん! それから、ショックを受けながらもやはり好きだからと受け入れた女と男は、それからの日々を二人力を合わせて乗り越えてゆき、いつしか平和と幸福を勝ち取って……! ……あ、なんか妄想に嫉妬してる我が居る。いっそここで敵側にHIRATSUKA女史を登場させて───」
「おいやめろ。なんか結婚出来なさそうじゃねぇか」
「大丈夫である! 問題などなぁああい! 平塚女史でだめならば、いっそ男をダメにする敵……うむ。“もっと頼ってもいいのよっ?”とか言われてダメ人間にする敵などを……!」
「いやそれ大丈夫じゃねぇだろ。ダメ人間って言っちまってるじゃねぇの」
「しかしあのロリお艦なら、なんであれ受け入れてくれそうな気がしない? ねぇしない?」
「いろんなものが厳しくて、いっそ家にずっと居られたらって、専業主夫って言葉に憧れたこともあったけど、それダメすぎるだろ……」
言ってる言葉の意味はよくわからなかったけど、ロウソクは立てられて、火はつけられた。
ヒッキーがあたしの隣に座り直して、よし、って笑ってくれる。なんでか口元を左手で覆って。隠してるみたいだけど、これ、顔が緩んでる時にヒッキーがやるクセだ。
「?」
なにがそんなにヒッキーの顔を緩ませたんだろ。訊いてみても、「いや、幸せすぎて」って。……幸せなのはあたしのほうなのに。えと……なんか嬉しいな。自分のことみたいに喜んでくれるなんて。
「じゃ、電気消しますよー!」って小町ちゃんが電気を消すと、ロウソクの火だけが眩しい暗さが完成した。
-_-/ちなみにロウソクに火をつけてた時のヒッキーくんの心の中
材木座がなんとも珍妙な例を挙げてくる。まあ、ロリお艦のことならわからなくもないけどさ。
専業主夫とか、そんなものを許してくれる人が居るとは思えない。
居たとしてもその人の隣に俺は居ない。それは絶対だろう。
むしろ今の俺は好きな人を支えたい気持ちでいっぱいだ。
もっと頼ってもいいのよ、とかロリお艦とか、もろにあの八重歯が眩しい駆逐艦さんだが、俺はむしろ結衣に頼られたい。
そ、そうだな、むしろ俺があのロリお艦の気持ちになったとして───だ。
(───俺が、結衣と結婚したとしたら……を、純粋な心で想像してみよう。……よし、開始)
まず結婚式だよな。豪華じゃなくていいから一生の思い出に残るような。彩加か雪ノ下に仲人を頼んで……いや、正式な仲人の選び方とか、せめてここくらいは忘れる。
で、どっちにするかで少しだけ軽い喧嘩をして、仲直りして。
新婚旅行はどこがいいだろうか。結衣ならきっと一緒に悩んでくれるんだろうな。いっぱい楽しんでいっぱいくっついて。奮発して夜景が綺麗に見えるホテルとか取って、そのあとは……けほんっ! に、似合わないだろうけど精一杯勇気を出して、夜景よりも結衣が……くっはだめだ恥ずかしい!
そそそそれらが終わったら小さくてもいいから一戸建てを買って、子供は……何人がいいだろう。元気に賑やかな家庭がいいな。ちゃんと家族で助け合って、かつ笑顔が絶えない幸せな家庭。ペットを飼うなら断然犬。俺が居ない間も結衣や娘(確定)を守ってくれる、猟犬だった誇り高き血統とか最高。
いつまでも仲の良い、新婚もそうだけど恋人気分でもいいから末永く幸せな二人でいたい。子供が産まれると人は男から父親に、女は母親になるっていうけど、どっちも両立していちゃいちゃ出来るふたりで……! そう、結婚は人生の墓場なんかじゃないんだとそう叫べる二人でいたい。いつまでも何度でも、顔を見て照れながら好きだって言える二人で。具体的には手を絡ませて腕を絡ませて歩いてる俺達が、近所のおばさまに“あらあらいつまでも仲が良いわねぇ”とか言われるくらい親密で幸せで。
あ、呼び方はいつまでヒッキーにしよう。結婚したら結衣も比企谷になるんだから、いっそハニーとかダーリンとかぐわぁだめだ歯が抜け落ちる耐えられない甘すぎる! でも実は一度やってみたかったりもして!
子供が産まれたら俺に構ってくれるのは二番目になるんだろうかなぁ。俺、嫉妬しそうで怖い。逆に俺が子供につきっきりになったら結衣はどうなるんだろう。しばらくは二人きりを満喫したいって思うけど、早いうちに子供が出来たら若奥様とか言われて照れる結衣の横顔とか眺める俺が居て。
俺はどんな父親になるかなぁ。結衣が辛い時には自分がどんなに辛くても支えることの出来る自分になりたいな。二人の大事な、大変な時をストレスで台無しにしてしまわないように自分をコントロールできるようにしよう。
結衣はきっと子供好きで、だけど叱る時は叱れるいいお母さん。子供は叱られ、俺は尻に敷かれる。親父ギャグとかじゃなくて。敷かれてもいいからやさしいふたりでありたいな。
育児に迷って二人で落ち込んで、それでも肩を寄せ合って一歩一歩学びながら歩いていく二人。今までも手探りで恋人の在り方を進んできた俺達だから、きっとこれからも大丈夫だ。その可能性を信じよう。笑顔でいられる努力と、知る努力、大事!
だから子供を知るためにも成長記録とかつけちゃって、いつか子供が出て行ったあと、また二人きりを静かに過ごしながら、そんな過去を眺めるんだ。
あの頃はこんなことがあったなぁって縁側とかでくすくす笑って。
そして手を重ね合って、微笑み合って、そんな静かだけど賑やかな日々を送りたい。
そのためにはお互いをもっともっと知って知るたびに好きになって想いを届けて届けられてどっちかが一方的に頼るんじゃなくてお互いが“お互いが居るからこそ頑張れる”みたいなそんな慎ましいけど賑やかで楽しいそして最高に幸せな結婚生活! 行動を起こせば人々に白い目で見られていたぼっちとこんな俺を理解して寄り添ってくれる美少女との国際結婚どころか銀河をも超えそうなレベルの奇跡の愛ッ! もうこれは伝承で説くなら天の川に遮られた恋にも匹敵するんじゃないかな! 時々口調がおかしくなる自分とかそのままの俺でいてとか言ってくれる恋人とか幸せすぎてムッハァーーーッ!! ハイラートギャラクシィーーーッ!!
(…………ハッ!? ~~~~っ……!! とりあえず落ち着こう……!)
顔が緩む、ていうかニヤケる。考えることに夢中になりすぎて、テンションがおかしくなったし。助けて、未来に希望を託し過ぎてる自分がキモい。そのくせ本気でそうなりたいって思えちゃうんだから、緩むなってほうが無理。あと途中、頭の中でロリお艦が、レンタルドレスを着たマグナムウェディング婚活乙女に変身した。中の人、お疲れ様、なのです。あとベガ様、あなたは帰れ。結局“ムッハー”ってなんだったんだろうね。ベガ語か。
ともかくこんな緩み顔、気づかれたら絶対に怪しまれるだろう。
落ち着け、抑えるんだ……! だ、だめだ、まだ笑うな……! こらえるんだ……! し、しかし……!
「~~…………………………よしっ」
なんとか一時的に峠は越え「ヒッキー? どうかしたの?」ヘアァッ!?
いやちょっ、結衣さん……!? 俺今ようやく峠を越えたところで……! なのにあなたが声をかけてくるって……!
「?」
「~~~……」
目の前の人が幸せに笑う未来を想像していた。
そんな世界を見る自分はとても幸せそうで、それって本当に俺なのかよってくらいの顔で、妻と娘(と断定する)の隣で笑っていた。
「───」
なんとか、「いや、幸せすぎて」って返した。
もう耐えられない。
緩み切った顔を見せないよう、結衣とは逆のところにある鞄を探るフリをして、そのニヤケを誤魔化した。
「…………~♪《ニヤニヤ》」
「!?」
でも対面の席に座る小町には見つかった。
死にたい。死なないけど。
(………しかし、あれだな)
某ロリお艦な駆逐艦にマグナムウェディングされた提督のみなさんは、将来の夢は専業主夫……っていうかむしろヒモだったりするのだろうか。
だってあのお艦、主夫の仕事とかも“私がやるから提督は休んでてっ!”とか言ってやりそうだし。
看護イベントは鉄板ね。
ともあれ、そんなの結衣に押し付けるなんて───
「………」
押し付けるなんて……
(……どうしよう)
むしろ喜んでやる姿が頭に浮かんだ。
俺も結衣のためになるなら喜んでやるけどさ。
たぶんどれだけ頑張っても、献身度じゃ結衣には勝てない気がした。
「んじゃ、今年も……ハッピーバースデー、うぬ~♪」
「あ、翔、今回それ無しって話、忘れてないよな?」
「ぉぅゎそうだった! んじゃあ……っつーかさ、先に誕生日おめでとう言っちゃったら逆に締まんなくね?」
「戸部……言わせたのはキミだろう」
「あ、それもそうだったわ……」
隼人からのツッコミに、あっちゃあって顔で苦笑する翔。
やっぱり締まらないものの、ハッピーバースデートゥーユーは届けた。
心を込めて、今までの分も祝うつもりで。
-_-/由比ヶ浜結衣
ハッピーバースデー・トゥー・ユー。
みんなが笑顔で歌ってくれる。
暗い中、ロウソクの灯りだけがゆらゆら揺れて、そんなともし火に息を吹きかけて消すと、拍手。
いろはちゃんに言われて川崎くんが電気をつけると、じゃあ早速って勢いでプレゼントが渡された。
「おおっ、お兄ちゃん手ぇ早い!」
「おいやめろ、まるで俺が誰彼構わずちょっかい出してるみたいだろが」
「お兄ちゃんの場合、ある意味で間違ってない気がするんだけどなぁ。あーほら、なんてーのかなぁ。波長みたいなのが合えば、お兄ちゃんほど一緒に居て楽な相手って居ないと思うんだよね」
「妹だから言える言葉だな。むしろそれって波長が合わなけりゃ妹相手でもギスギスしてるだろ」
「まーたしかに? お兄ちゃんの場合はみんなに嫌われたから小町にやさしくしてたって部分はあったよね」
「……お願いだから祝いの場で人の過去掘り起こすとかやめて……」
一番最初に渡したかったって、そっぽ向きたがってる目を頑張ってあたしに向けて、プレゼントをくれる。
頑張らなくてもいいのにって言っても、「頑張りたいんだよ、頑張らせてくれ」って言われちゃったらなにも言えない。
開けていい? って訊いたら、みんなと別れてからにしてくれって。
う、うー……気になる……! 中身、すっごく気になる……!
小町ちゃん知ってるかなって、チラって見てみた。小町ちゃんは気づいてくれたけど、バレないようにそっと首を横に振った。知らないみたいだ。
さいちゃんとかも知らないみたい。ってことは………………えと《かぁあ……!》。
そっか……そっか。ヒッキーが自分だけで選んでくれたんだ。
そっか……………………えへー……♪
「いや~……同じ高校だと、兄の見たこともない挙動が見られて新鮮ですねぇ」
「んぉ? こまっちゃんそれどんなん? 八幡って毎度こんな感じじゃね?」
「いえいえぇ、最近の兄ときたら……あ、いえ、結衣さんと出会ってからの兄ときたら、それはもう変わりましたよ? 変わったっていうか、昔に戻ったっていうか。お調子者って感じは昔っからありましたけど、家族想いでやさしくて賑やかで───」
「ちょ、ちょちょちょ小町? 小町ちゃん? そういうこと言わなくていいから……! お兄ちゃん恥ずかしいでしょちょっと……!」
「一時期は小町相手にすら距離を置こうとしたりした有様でして、いえそれはまあとある小町の家庭事情によって、兄が迎えに来てくれることでいろいろ解決したわけですが」
「いやべつにあれそういうのじゃねぇから」
「……何処の家にも、そういった事情はあるんだな」
「そりゃそうだべー。そういう隼人くん家はどうなん? 円満だったりしないん?」
「俺の家は……そうだな、簡単じゃないな。あ、いや、べつに夫婦仲が悪いとかそういうのじゃないんだ。……そう思いたいだけなのかもしれないけど」
「そっかー……なんか複雑そうなー……。俺ん家は普通だな」
「俺の家も普通っす! 姉ちゃんがたまに怖いけど!」
「あー……川崎さんって時々睨む目とかハンパなく怖いよなー……あ、戸塚ちゃん家はどう? 夫婦仲円満? なんかそんな感じするわ、めっちゃしまくりんぐだわ」
「あはは、そんなことないよ、僕も普通だよ。材木座くんは?」
「たまに我へ向ける目がきっついでござる……」
『………』
なんかいきなり空気が重くなった! え、な、なに!? なんなの!?
「あ、あー……優美子は、どうだ?」
「へ? あ、あーし? あーしは……普通。べつになんの問題もなくやってる」
「あっ、わたしもですよー葉山せんぱ~いっ♪ 刺激はないけど仲良くやってるっていいますかーっ♪」
「ちょっとあんた、人の彼氏に猫なで声みたいなので声かけんのやめてくれる?」
「べつにいーじゃないですかー。彼女になりたいとかそういう意味なんて全然これっぽっちも含んでませんし、仲良くしたいなーってだけなんですからー。それに当分、恋なんて無理ですよ。ていうかむしろ本気の恋自体、したことないかもです」
「あ? 隼人のことは」
「ですからー。ただ人気者に憧れてたってだけだと思うんですよ。フラれたってそこまで引きずるほどダメージもありませんでしたし。だから恋なんてまだまだです。いつか本気の恋を見つけたら、それに向かって思いっきり突っ走りますよっ!」
「……あ、そ」
「てゆーかですよ? わたしも指摘されて愕然としたんですけどー……三浦先輩のそれって、ちゃんと恋ですか?」
「なっ《ボッ!》」
「うわ真っ赤! ……あ、あー……ごめんなさい、確認するまでもありませんでしたね……」
「……ちょっとそこまでツラ貸しな」
「《がっし》うわわわわごめんなさいほんとごめんなさい軽く確かめてみたかっただけなんですよ悪気はちょっぴりはあったんでしょうけど悪意の塊では断じてなかったんです許してくださいごめんなさい!」
あっちこっちから賑やかな声が聞こえる。
なのに、騒ぎながらでもきちんと祝ってくれるところとか、なんていうか……さすがだなーって。
あの、みんな? 祝ってくれるのはすっごくありがとうだけど、もっと自分たちで楽しんでもいいんだよ?
……むしろ思う存分楽しんでるから気にするなとか言われちゃった。
「……よし、っと。じゃあこれ、結衣」
「うん、ありがと、ヒッキー」
じゃああたしも楽しまなきゃだ、って。
ハニトー切り分けてくれたヒッキーにありがとうを返して、早速食べてみる。
……美味しい。ほっぺたの奥のほうがじわ~~ってなって、なんだかじっとしてらんない美味しさだ。
そんな気持ちをすぐ隣の人にも味わってほしくて、せっせと他の人の分のハニトーを切り分けてるヒッキーに、フォークで刺した一口を。
「へ? あ…………お、おう」
戸惑ってからあたしを見て、フォークの先を見て、顔を赤くして……それでも食べてくれる。
こういうことをし始めた時は、差し出した箸とかフォークごと受け取ろうとしてたなぁって思い出す。あ、あと摘んだ料理だけ受け取ろうとしたり。
そんなの“あ~ん”じゃないからダメって小町ちゃんに怒られたんだっけ。……ていうか、いつの間にか居て、影から覗くのとかやめてほしい。堂々と見てるならいいとかそういうわけじゃないんだけどさ。
ハニトーの甘さにヒッキーの顔が緩むと、あたしも一緒になって緩んで、“おいしいね”って……言葉にしないで笑い合った。
それからはあたしも切り分けるのを手伝って、早速歌い始めるとべっちにみんなが“たはは……”って笑って、ヒッキーが葉山くんにそっと促して、歌いたそうにしてる優美子に「次歌って聞かせてくれないか」って言ってみたり。
ほんとヒッキーって人のことよく見てるなーって思う。
あたしの場合、こう、なんてのかな。空気は読めても、次にその人がどうしたいかーとかまではちょっとダメだ。
どうしても後出しになってばっかで、言っちゃいけないことを誰かが言っちゃってからフォローに回る~みたいなことしか出来ない。
それか止めるかくらいかな。ほら、嫌な予感とか、することってやっぱりある。
今この人が喋るのはとってもまずいな~って時に止めるくらいしか、予測できることってそんなにない。
……そういう場合って、大体その人は止めても喋っちゃうんだけどね、うん……上手くいかないよね、ほんと。
「そ、そう? そっか。んじゃ次あーしね。ほら戸部、さっさと歌い終われ」
「うっわひっでーっ! この曲こっからがいいのに! ひっでー!」
言いながらもとべっちも笑ってる。笑って、自分のマイクを葉山くんに渡して、別のマイクを優美子に。
え、って驚く葉山くんに歯を見せながらパチンってウィンクして、優美子にもほらほらーって促して。
歌の途中からだけど、急にデュエットになったことで優美子は真っ赤。葉山くんは照れ笑いしながらも優美子を引っ張るように歌いだして、みんなして手拍子したりして盛り上がる。
「……うむ。戸部氏は空気の読める良い男であるな……。たまに我、恥ずかしい」
「あれが“いい男”のアシストってやつなんすね……見習うっす!」
「あれ? でもこっちにもウィンクしてきたよ?」
「あぁ……あれ、“海老名さんの時ヨロシク”って顔だな」
「ヒッキーわかるの!?」
「や、結衣さん? あれは小町にもわかりましたよ」
「たまにいいことをすると調子に乗る……なんていうか、戸部先輩ですよねー……」
「期待を裏切らない、という意味ではひどくわかりやすい存在ではあるのだけれど」
“存在”言われちゃった! 打算とかあっただろうけどたしかにいいことしたのに、存在とか言われちゃった!
「ううぬ……! ここまで無遠慮に部員をこき落とす部長(生徒会長)というものを目にしてみると、真実戦慄を覚えるというものだな八幡よ……!」
「だから、なんでもかんでも俺に振るのやめて?」
「材木座くんってなによりもまず八幡に振るよね。あはは、気持ちはなんとなくわかるんだけど。でも、雪ノ下さんが言ってるのはべつに、こき落としとかそういうのじゃないと思うよ?」
「むう。ならば戸塚氏、ついでに八幡よ。お主らにとって部長の印象とはどういうものか!」
「雪ノ下の印象? あー……」
「えぇっと、そうだなぁ……僕が感じてるのは───真面目で綺麗で、気の利く人……かな。もうちょっと周りを頼ってくれたらなって思う時があるくらいで」
「俺的には……そうだな。たまに指摘するための言葉がキッツいこともあるけど、まあ、なんつーの? 猫みたいなやつ?」
「……《ぽっ》」
「なに言われても平然としてた雪乃さんが猫に反応した!?」
そんなふうにして、みんなが思い思いに楽しんでくれる。
話しながらもあたしにばっかり構ってくれるヒッキーは、なんていうか……あぅう、くすぐったい。や、うん、とっても嬉しくて、でも、ほら、えとー……ど、独占ってこんな感じなのかなーって。嬉しくてなんかやばい。
「~……」
恥ずかしいのを押し殺してでも少しずつ近づく。
座ってる椅子はカラオケボックスとかのと一緒でソファみたいな感じだから、近づこうと思えばどれだけでもくっつける。
自然と繋がれた手があったかい。
近くに居られるのが嬉しくて、嬉しいから頬が緩んで、緩むから微笑むことが出来て。
二人して微笑んだら、そこに幸せが生まれる。
なんだか嬉しいんだ、こんなのが。
文字にして書ける“有り難い”が、こんな早くに掴むことが出来てよかったって……本当にそう思う。
「───?」
「~~、~……? ───!? ……!」
次第に周囲の声が遠く感じてくると、お互いのことばっかりに集中してくる。集中してるから遠くなるのか。うん、そだね。
こうなるといっつもみんなに“じーーっ”て見られるから、ちょっと意識して集中から逃げてみる。
案の定みんなはこっちを見てたけど、それをゆきのんが手を叩いて自分へ向くようにしてくれる。
ゆきのんの口が動く。「誕生日なのだから」って。
「まあ、そうっちゃそうなー。俺達が無理に混ざらなきゃ、二人っきりで自分たちのペースで楽しんでたわけだし、これ以上はえーとあれっしょ、ぶ、ぶー……無粋?」
「うむ。リア充爆発しろとはよく言う言葉だが、言う口を持っているからといって、常に祝福しないわけではない。……というか、勝手に絡んでおいて爆発しろはあんまりだよね、うん。義輝わかってた」
「それはえっと、中二先輩の問題でしかないですよ。そりゃ、一足先に幸せな恋人関係に~っていうのは羨ましいとは思いますけどねー。勝手に同行しておいて、本来なら二人っきりだったものを邪魔するのはいくらなんでもあんまりですし」
「かといってずっと声とかかけないのもアレじゃないっすか?」
「わかってないなぁ大志くん。あの二人はね、あれだからいーの。一応ハメを外し過ぎないように~って釘を刺すために言ったけど、小町はお兄ちゃんが幸せなのが一番なんだから。“誰かのために”を怖がり始めたお兄ちゃんが、ようやく会えた人だもん。アホなことしない限り、小町はお兄ちゃんの味方です」
「うぅ……お兄さん羨ましいっす……」
「うん? 小町ちゃん、アホなことってなんだい?」
「あぁほら隼人、あれじゃん? 喜び以外で結衣泣かすとか、誰にも相談せずに思い上がりやくっだらない考え方で選んだ行為で彼女傷つけるとか、そーゆーの」
『うっ……!』
男子全員の肩がびくって跳ねた。
ヒッキーの肩も跳ねて、ぎゅって……繋いだ手に力を込めてくる。
……ん、大丈夫だよヒッキー……あたし、そんな弱くないから。
そりゃ……えと。なんでも相談とかしてくれたら嬉しいなって思うけど。
あ、でもそれについてならだいじょぶだ。あたしたち、結構細かいことで相談とかしてるから。
「ヒキオ、なんか結衣に対して黙ってるものとかあるん? あるなら言えし。正直男のそーいうの、黙ってるとろくなことにならねーから」
「えっ……黙ってること、か……。パッと思い浮かぶことで、後ろめたいこととかはべつにないつもりなんだけどな───……あ」
「え? ヒ、ヒッキー?」
「なに? やっぱなんかある? なら言えし」
優美子の言葉に、一気に不安が溢れてくる。
信じてたのにとかそんな言葉からくる不安じゃなくて、言えない悩みに気づけなかった無力さの所為だ。
「いや……口調のこと。自然なままでいてくれたほうがいいって言ってくれて、ありがとうって」
『───……』
「え? な、なんだ? 俺なんかヘンなこと言ったか?」
口調のこと、気にしてくれてたんだ。
あたしも、自分の好みばっか押し付けるのってよくないなって思ってたのに……なんかあたし、そういうのやってもらってばっかだな。うん、もっと頑張んないとだ。
そのことを隠さず、真っ直ぐにヒッキーに話したら、恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに笑ってくれた。
「いやっ……その。俺としては、結衣が恋人で……眼鏡とかで違う世界を教えてくれただけでも、本当にありがとうなんだけど……」
真っ赤な顔で、緩む顔をそのまんまで言ってくれる。
隠さない態度が嬉しくて、あたしもありがとうをたくさん届ける。
「……本当に、どんな些細なところからでも感謝とか拾って、イチャイチャし始めるっすね……」
「それだけ幸せってことなのでしょうけれど。一年の頃から毎日同じ部室でこれを見せつけられる人の気持ち、少しは理解できたかしら」
「雪ノ下さん、マジお疲れ。俺からジュース奢らして。っつーか俺のとこのハニトーに乗ってたフルーツあげるわ」
「いらないわ」
「うわバッサリ……ぃ、ぃんやー、けどこうしてカップルとか居ると、俺も海老名さんとか呼びたかったわー」
隣が寂しいわー、って言う戸部くんの言葉に、ヒッキーが「いや」ってこぼした。
「それは海老名さんが居づらくないか? 生徒会奉仕部に海老名さんを混ぜるって感じになるだろ」
「いや、そこは隼人くんも三浦さんもおんなじグループなんだしさー。ちょっと安心を得てもらったところでほらー、俺がバッチシサポートしてー。なー?」
「やめておけ戸部。言ってはなんだけど、鬱陶しがられると思う」
「ちょ、隼人くん!? ひどくね!?」
「うむ! 十中八九鬱陶しがられるであろうな」
「よっちゃんまで!?」
「最初はありがとうって言ってくれるかもしれないけど、戸部くんって時間が経つほどすごいから……」
「と、戸塚っちゃ~ん……」
「戸部先輩、俺漫画とかで読んだっすけど、そもそも心細くなるような場所に恋人連れてくるような男って、女子にめっちゃくちゃ嫌われるらしいっす!」
「マジで!? や、けど八幡とかガハマっちゃんはさー、ほら」
「正気に戻ってください戸部先輩。結衣先輩たちのはこの二人だから出来るんです。試しにそういう状況になって、二人とも遠く離れた席に座ってとか指示した場面を想像してみてくださいよ」
「…………あぁ、うん。さんきゅ、いろはす。ものすげー説得力だわ」
あたしも想像してみた。でもだめだった。
だってそういうところに連れてこられて、一緒に居ちゃいけないとかってあんまりだ。そりゃさ、空気読んで話し合わせて~とかは出来るかもだけど、それをしたくなくて立った自分が居るんだ。じゃあ空気を読まないのが正解なのか~って言ったらたぶん違くて。えと。……うん。
一緒になったことで弱くなったところもあるんだうな。
そういうところを支え合っていけるのが恋人なんだろうけど、じゃあどうしても離れちゃう時はどうするんだって言ったら、きっとあたしは散々迷うんだ。
物語の主人公みたいにきっぱり決めることなんて出来ない。
それでも譲れないものはあるから、きっとそれを前提にして歩いていけたらそれでいい。
「まあ、祝いの席で難しい話とかいいだろ」
「たまには外からの刺激に頭を働かせないと、あなたたちの場合、警戒心からしてゆるくなりすぎて不安なのよ」
「……自覚があるだけに説得力すごいな……。確かに幸せばっかに目を向けてたらだめだよな。いや、幸せなのにそれを噛みしめないのもあれなんだけど」
「引き締めるところは引き締めなさいと言っているのよ。けれど、そうね。なにも祝いの席でまで堅苦しくなることはないと、私も思うわ。ごめんなさい、時と場所を弁えるべきだったわね」
「いや、言ってくれなきゃわからないことだらけだ。正直助かる。特に乙女心とか未だに謎だらけだ」
「それについては、私も助言してあげられるものはないわね。出来るとしたら、とっくに友達くらい出来ていたと思うもの」
「作る気はあったのか?」
「…………なかったわね」
「だめだろそれ」
言いながら、ヒッキーとゆきのんが笑った。
思えば強引に友達になったなーって。
けど、ゆきのんの話を聞いてるとそれでよかったんだって頷ける。当時はほんと迷惑だったかもだけど。
「そうね。当時は本当に迷惑だったけれど、慣れてみれば……悪くないものなのかもしれないわね」
言われた!?
あ、でも悪くないって…………そっか、よかった。
「じゃあもう、ゆきのんって呼ぶことを認めて───」
「ごめんなさいそれは無理」
無理だった! 喋り途中だったのにキッパリ言われちゃった!
「雪ノ下……もう散々呼ばれてるんだから、べつにいーだろ……。ていうか最近じゃ呼ばれても特に反論しなかっただろ、お前」
「何度訂正を願っても直らないものを何度も言うのは疲れるのよ。それと自分で認めるのとでは違うでしょう?」
「……まあ、それは、違うよな」
「ヒッキー!?《がーーーん!》」
「いや結衣、考えてもみてくれ。もし結衣が義輝にゆいゆいって呼ばれて、嫌だって言っても無視して言われて、いい加減訂正するのが面倒で───」
「いや待て八幡! 待つのだぁああ!!」
「おいちょっと? 例え話くらいスムーズにさせてくれない? 頼むよほんと」
「それはすまんがしかし待つのだ待たれよ八幡ンンンッ!! ……そもそも我が女子をあだ名で呼ぶとか無理です」
「というわけでだ結衣。もし義輝にゆいゆいとか呼ばれて、嫌だって言っても言われ続けたらどうだ?」
「確かにやだね……ごめんねゆきのん、あたしがまちがってたよ」
「《ゾブシャア!》ぐわぁはぁああああっ!! ひどくあっさり納得された! わかってたけど我悲しい! でも……っ!《ビクンビクンッ》」
中二がなんか震えてる。
声かけようと思ったけどヒッキーが「そっとしといてやれ」って首を横に振った。
「……ん。……あ、あとさ、ヒッキー。ほんとゆいゆいはやめてね。ヒッキーだったら……どうしてもっていうならいいかもだけどさ」
「そこまでなのか……」
「だって……じゃあさ、ほら。あたし以外にヒッキーって呼ばれて、ヒッキーはどう?」
「嫌だな」
「うん。あたしもやだ」
頷き合って、納得。
例えとして中二(ヒッキーがそれでいいって)が言ったってことじゃなければ、むしろヒッキーが呼び続けてくれたって話なら、まだ受け入れられたかもだけど、もうだめだ。
あたしだって、ヒッキーをヒッキーって呼ぶのはあたしだけがいい。
だって、一年の時に、みんなで決めた呼び方だ。
あの時はまだヒッキーとあたしととべっちとさいちゃんだけだった。
でも、ちゃんと決めて嬉しかった瞬間を否定したくないから。
あの頃から比べたら、あたしたちも変わったなーって思う。
「っつーかあんたらちゃんと聴いてる? 人がせっかく……」
「おー聴いてる聴いてる隼人任せた」
「投げるの早いな!」
歌い終わった優美子が、溜め息と一緒にちらちら葉山くんを見ながら言う。
一番に褒めてほしい人っているよね、わかるなー、なんて、ちょっと共感。口には出さないけど。
次にさいちゃんが歌った時はみんな大盛り上がり。綺麗な声で、やっぱり何回聴いても驚く。
優美子がちょっぴり不機嫌になっちゃったけど、そこは葉山くんがフォローしたりして。
中二が歌い始めると、川崎くんが「あ、これ俺も知ってるっす! 一緒いいっすか!?」って言いだして、戸惑う中二が、でも「ついてこれるか……?」なんて言い出したりして。
そんな調子で、誕生日は毎年騒がしい。
ゆきのんとデュエットしたり小町ちゃんとデュエットしたり、いろはちゃんと……ってあたし歌ってばっかだよ!? なんでみんなあたしと「あなたの誕生日だからよ」ゆきのん!? なんかそうかもって思ったけどなんかやっぱりちょっと違うって思うのは気の所為かなぁ!
「ところでさーよっちゃん?
「ほむん? そんな情報をどこで?」
「あー、なんか海老名さんの知り合いにカップリング云々でさー」
「……早すぎた方面からの情報であったか……」
? 早すぎた?
「ねぇヒッキー、早すぎたってなに?」
「腐ってやがるって言いたいんだろ」
あー……そ、そっか。
うん。あたしもみんなと一緒にラノベとか読み始めたから、そういう方向はわかってるつもりだけど……そっか。
愛に生きるっていうのも大変だよね。とべっち、がんばっ!
/予告っていえるようなものじゃない次回予告
「……ヒキオって、なんつーの? 言葉に心込めるの、上手いよね」
「まあ、なんといいますか。溝の口よ永遠なれって感じの歌です」
「あははっ、八幡、千葉のこと好きすぎだよ~」
「うーわー、失敬だなぁこの兄」
「……邪魔だと思うヤツは、このタイミングで声をかけたりしねぇよ」
「あーもうほらほら帰りますよ結衣さーん?」
次回、お互いが好きすぎる男女のお話/第三話:『笑顔のあとの変化の定義』
既にお話が出来ている場合、次回予告で遊べたりします。
でも、言葉だけを拾ってわくわくしていた方が、お話というものは楽しかったりしますよね。
故に。
この凍傷に期待なぞ寄せちゃあならないッッ!!
蛇足で失敗するのはほんと、いつものことなので。