どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

121 / 214
笑顔のあとの変化の定義

 散々歌って、ハニトーも食べ終わると、時間までのんびり喋った。

 主に恋バナとかだったけど。

 

「そーいや結衣さー、その。ヒキオを好きになるために、なんかやったりとかってした?」

「え? えとー……知る努力、かな。あたしとヒッキーの場合、ほとんどが一目惚れっていうか、助けられて、手を握って、話し合って……知ることが増えるたび、こう……なんてのかな、知りたいことが増えていったっていうか。だから知る努力が楽しくて……気づいたら、もうすっごい好きになってた……かな」

 

 座る位置も変わってて、女子同士と男子同士で並んで、わいわいやってる。

 隣は優美子と小町ちゃんで埋まってて、二人とも遠慮なしにぐいぐい訊いてくるからちょっと困る。

 でもヒッキーのことを知ってほしいなーって願望もあって……うー。

 

「おお……うちの兄はそんなふうに思われてるんですか。いえ、確かに家ではいい兄なんですけどね。結衣さんと付き合うようになってからは特に」

 

 兄、と言われて、自然な感じでヒッキーを見ちゃう。

 ヒッキーは他のみんなに促されるまま、マイクを手に歌ってる。

 

「……ヒキオって、なんつーの? 言葉に心込めるの、上手いよね」

「あー……兄は人との付き合い等で、小さい頃からいろいろ見てきましたから。人の感情の流れに敏感なんですよ。だから、どういったところに力っていうんでしょうか、それを込めれば人に届くかとか、なんか知ってるっぽいんですよね。……あんまり言いたくないですけど、どっちかっていうと人から遠ざかるために覚えたものっぽいので、あんまりそのことで話題とか振らないであげてください。言葉に詰まると思うので」

「……そ」

「………」

 

 ヒッキーがマイクを握る中で、あたしは心を込めて歌われるそれを耳にする。

 いろいろな想いが込められてるそれだけど、ある一部までくると、ヒッキーがあたしを見た。

 あたしはその歌詞に対して首を横に振るって、ヒッキーも“だよな”って感じで笑った。

 壊すだけ壊して傷ついても。どれだけ悲しみに試されても。お互いの涙は知っていたいって思ったから。見て見ぬフリとかは無理だ。じゃあ気づけなかったら? ……逆に泣いちゃうと思う。

 だから、知っていたいって思う。

 相手の涙まで知っていたいって、おかしいかな。

 知らないところで泣かれちゃってた、なんて……あたしだったら嫌だな。

 

「てゆーか散々歌ったのにまだ歌えるって、先輩なに吹き込まれたんですかね」

「大方、戸部あたりに結衣への気持ちを~とか言われたんしょ?」

「戸部先輩、場を盛り上げるのは得意ですけど、空気読めないところとかありますよね……」

「そこを結衣がカバーしてるからバランス取れてるってことなんじゃないの? ……ま、居心地いいのはよくわかるし」

「三浦さんの場合、あのイケメン先輩が居るから~って理由なんじゃないですか~?」

「比企谷妹、るっさい」

「三浦さん、顔赤いですよ?」

「るっさいっての!」

 

 やっぱり恋バナばっかり。

 あたしは……ほら。少し離れて座るゆきのんに目をやって、優美子がいろはちゃんと小町ちゃんにつつかれてる隙に、座ってる位置から抜け出して。

 で、ゆきのんの隣にすとんって座ると、早速話題を振った。

 や、うん。抜け出したかったのは確かだけど、訊きたかったこともあったよ? うんあった。

 小町ちゃんといろはちゃんって妙なところで似てるってゆーか、挟まれると困るところもあって……優美子ごめん。

 そうして抜け出してみると、男子達が全員で肩を組んで歌い始める。

 聴いたことのないイントロ……でもなんだかのんびりした出だしだった。

 男子全員は肩を組みながら、代わる代わるマイクを渡しては歌う。

 歌までのんびりしてて、しんみりするんだけど……悲しいんじゃなくてあったかいっていうか。

 

「小町ちゃん、これ知ってる?」

「え? はい一応。これはなんというか、知ってたら混ざって肩組んで歌いたくなるっていうか……いえ、まあその、心は千葉ですよ? 千葉なんですけどね?」

「? どっかの地域の歌なの?」

「まあ、なんといいますか。溝の口よ永遠なれって感じの歌です。……あれ? 知りませんでしたっけ? さっと一品知ってますよね? ……あ、まだ一期だけなのか、なるほどなるほど」

 

 見てるとおかしくなってきて笑っちゃった。

 小町ちゃんもいろはちゃんも優美子も笑ってる。

 こういうところにみんなで出掛けるたびに、近づいてるなって思える。

 ゆきのんは……顔逸らしてぷるぷる震えてる。

 

『イェエエエーーーーーィッ!!』

 

 みんなして大声で叫ぶ姿に、どうしてか安心を感じた。

 たぶんだけど、あたしもどっかで緊張とか感じてたのかもしれない。

 最初はあたしとヒッキーと小町ちゃんで、そこにとべっちとさいちゃんが加わって、ゆきのんを巻き込んで……そんな感じでどんどん増えてって、今じゃいろはちゃんも優美子も葉山くんも。

 そこに今年から川崎くんも混ざって、人が増えれば増えるだけ、いままでの 何かが薄くなっちゃうんじゃないかって……どっかで思ってた。

 でもさ、こんなふうにして肩組んで、顔をにっこにこの笑顔にしながら歌われちゃさ。

 

(……悩んでるのなんて、ばからしくなっちゃうよね)

 

 んっ、曲調覚えた! 歌詞はケータイで検索!

 あとは行き当たりばったり! 楽しいことは楽しまなきゃ損だ! なんだったらもっかいみんなで歌う!

 

「ヒッキー!」

「! ……おうっ! 隣、来いっ!」

「うんっ!」

 

 ケータイ片手に張り切ってみれば、簡単に願ってたことを察してくれて、手招きしてくれる。

 テーブル回り込んで隣までいくと肩を組んで、ケータイ片手に笑いながら歌った。なんだろ、なんでかすっごい楽しい。

 どうしようもなく顔が緩んじゃって、笑いながら歌った。

 音を外したってそれがおかしくて、そんなことしてたらすぐに隣に小町ちゃんが参戦。

 いろはちゃんも巻き込んで歌う中で、優美子とゆきのんはそっぽ向いて混ざろうとしない。

 まあ、仕方ないよね。混ざるかどうかはその人次第で───

 

「おやおや~? せっかくの“親友”の誕生日なのに、親友が歌ってくれないなんて、結衣さん可哀相だな~」

『!!《シュバッ!!》』

「ひゃあっ!?」

 

 親友、って言った途端、ゆきのんも優美子も目の色を変えて立ち上がった。

 そうしてあたしの隣を奪い合うみたいに取り合って、じゃあって葉山くんが優美子を手招きして、結局はテーブルを囲むみたいに肩を組んで、溝の口foreverを歌った。

 

「あー、この歌ってなんかいーよなー、なー、はちま~んっ?」

「千葉にもこういう歌があればいいんだけどな……」

「あははっ、八幡、千葉のこと好きすぎだよ~」

 

 ひとしきり楽しんだあとに、もう一度、今度は全員でヒッキーが歌ってた歌を歌う。

 それで終わり。

 笑顔いっぱいのまま、誕生日会は終わりを迎えた。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 とっぷりと暗くなった空の下。

 パセラを出てからもあっちこっちで騒いだあたしたちは、今は解散して帰り道を歩いてる。

 隣にはヒッキーと小町ちゃん。

 散々「小町お邪魔じゃないですか?」なんて言われたけど、言われる度にそんなことないって返した。

 

「なんというか、不思議ですよね。あの兄に恋人が出来たことに、未だに慣れません。いえもちろんですよ? いい兄ではありましたけど、男としてはどーかなーとか思ってた部分もありまして」

「おいちょっと? 小町ちゃん? 兄の前で兄のことdisるのやめません? いやむしろ結衣の前でとかやめて?」

「そりゃ小町にはいいお兄ちゃんでしたけど、妙なところで鬱陶しいところもありましたし、めんどいこともたっぷりだなーって思うわけですよ。結衣さん、訊いてみたかったんですけど、兄のどこらへんがそんなにまで好きでいられるんですか?」

「小町? それ、恋人の家族に訊かれて地味に別れるきっかけになる魔法の言葉ランキング上位だからマジやめて?」

 

 あぁ……うん、それわかるなー……。

 急に“どこが好き?”なんて言われたって答えるのって難しいし、たぶん……自分はこんなところが好きだって言ったって、家族として育った人にはわからないと思うんだ。

 ヒッキーだから好きって言いたいけど、ヒッキーなら全部許せるかっていったらそうじゃないだろうし。

 じゃあどこが好き? ……ほら、言えない。だってこんなの惚気大会みたいなことになる。

 そしてみんなみたいに“また始まったー”みたいになるんだ。

 あの空気はあんまり好きじゃない。

 だから……うん、そだね。

 

「あたし以外に言っても、たぶんわかってもらえないような“好き”だから、これは小町ちゃん相手にも言えない……かな」

「……おお、そう来ますか。小町にはまだそういうのはわかりませんけど、なるほど。小町にしかわからないお兄ちゃんを語れって言われたら、説明したってきっとわかってもらえませんよね」

「………」

「ほらほらおにーちゃん? なんか気の利いた言葉とかないの?」

「女同士の会話に男が混ざって、いいことがあった試しなんてのは歴史上存在してないんだよ。あとあんまり言いたくないけど、どこが好きとかそういうの訊くの、ほんとやめてくれ。本人同士が知ってるだけでいいことを誰かに言わされるの、ひどく抵抗があるんだよ」

「……そんなもん?」

「そんなもん。好きな趣味が出来たとして、それについてをあまり知らない親父とかにさ、“それ好きか? パパも気になってるんだ。小町それハマッてるな~”とか言われるのを想像してみろって」

「うわぁ……」

 

 ……すっごい心がこもった“うわぁ”だった。

 あたしはどうかなって想像してみて、パパにそういうことされるのは嫌だなって素直におもえたから……うん、“うわぁ……”だった。

 

「お前はどんな相手と付き合うのかね」

「そだねー。ちょっとくらい手間がかかる相手がいいかな。逆に“お前はなにもしないでもいい”とか言い出す男とか正直ないなーって」

「まあ、どんな男だろうと親父がいろいろ黙ってないんだろうけど」

「あー、それは簡単に想像できるなー。……んふふー♪ もし小町に恋人が出来たら、お兄ちゃん嫉妬しちゃうんじゃない?」

「相手がくそったれな性格じゃなけりゃ、よっぽどのことがない限りは祝福するよ」

「おお、さすがお兄ちゃん。……で、その時が来たら泣いちゃったりするんだよね」

「……否定はできないな」

「や、そこはしようよヒッキー……」

 

 溜め息を吐きながら、ぎゅーって手を握ってくる。

 あたしもぎゅーってしながら、腕も組んで、にっこにこ。

 黙って小町ちゃんとヒッキーの言葉に耳を傾けてた。

 ヒッキーの腕に抱き着いたまま。

 急ぐわけでもなく歩く帰路は静かだ。

 暑くなったら海とかどーしよーかー、なんて話をしながら、残りの道を歩いてく。

 

「………」

「結衣?」

「んーん……なんでもない」

 

 腕に抱き着いたまま、ぎゅって力を込めたからか、気にしてくれるヒッキーの声に首を振ってまた歩く。

 思ったことは小さなこと。

 この先、自分たちはどう変わっていくのかなー、って。ただそれだけ。

 

(変化…………うん)

 

 “安易な変化を成長とは呼ばない”って、いつかヒッキーが言ったことがある。

 昔最低だった自分が居たから今のあたしたちとして出会えて、こうして笑っていられる。

 それはそうだねってさいちゃんも笑って、そらそーだってとべっちも笑った。

 あたしは……それじゃあ、ってにっこり。

 そのままの自分でいいって過去を認めた上で、無邪気に駆けまわっていた頃のヒッキーだってヒッキーだって言った。

 恥ずかしい過去に頭を抱えて、布団の中で叫ぶのだって立派な自分だ。

 そのままの自分でいいなら叫ぶのは違うし、恥ずかしいから思い出しくないって言うのも違うんだ。

 今の自分はまちがっているって認められる理由はたくさんあって、でもそれを、“世界の常識が『そうじゃない』って否定してるからまちがってるって言えるだけだ”って言ったらキリがない。

 

  なりたい自分になれるなら、こんな自分になってない。

 

 そんな言葉の意味もわかるんだ。

 こんな自分になったから出会えた今があっても、“じゃあなりたい自分ってどんなだった?”って訊かれたって、きっとあたしたちは自分の“辿り着きたかった未来”を語れない。

 ……あたしたちは子供だ。

 肩書きに終始したいわけじゃないけど、誰かに教えてもらわなきゃ、自分がどんな人間なのかなんて見出せない。

 背中を押してもらわなきゃ出せない勇気があって、誰かを泣かせなきゃ気づけない自分の過ちだっていっぱいあるんだ。

 過ちに気づいたって、ごめんなさいを心から伝えるのはとっても難しい。

 自分はまちがってないって思いたいから。泣かせた誰かの涙は“自分の所為じゃない、相手がまちがってるんだ”って思いたいから、いつだって言い出せないまま関係を崩しちゃう。

 そんなことが続くと、いつからか“もういいや”って見切りをつけるようになって……それで……それで、いつか、そんな自分を後悔する。

 

  誰だって、最初っから正解を引けたら苦労なんてしない。

 

 そんなことが出来るなら、夢見ることもなく、自分にとって最適な道を選び続けて、最後は“なんの刺激もない人生だったなー”って、振り返るんだと思う。

 あたしは……夢を見ていたい。

 今時子供かって笑われちゃうようなものだったとしても、世界の常識がそうだって決めちゃってるようなちっぽけな夢でも、あたしは、そんな自分でいたい。

 それを否定しちゃ、“安易な変化は成長じゃない。そのままでいい”って考えちゃうこと自体が違うんだろうから。だってそれって、夢見ることで変わってく自分まで否定するってことだ。それじゃ、夢は見られないから。

 

  だから、あたしは“それならさ”って口を開く。

 

 なりたい自分になれるなら、って……そう夢見た自分はどうなっちゃうのかな。

 現実知っちゃって、諦めるのはすっごく楽だ。

 なりたいけど無理だから仕方ないって、全部全部、み~んなみんな、世界の常識の所為にしちゃえばいい。

 でもさ、やっぱり違うよね。

 その時点で、なりたいって思ってた自分とは違って、そのままなんかじゃなくなっちゃってるんだから。

 誰かと関わって、変わらないなんて無理だ。

 そのままの自分でいようとしたって、そこに少しの罪悪感でもなんでも、感情が混ざったら……そのままでなんていられない。

 でもさ、ヒッキー。あたしはそれでよかったって思ってるんだ。

 成長じゃないって否定してくれたっていいんだ。

 ただ、自分は変わることが出来て、自分ってものを出せるようにはなれたから。

 他の人の前じゃ出せないなら、確かに成長なんかじゃないんだろうけどさ。

 じゃあ、それを成長に出来るように頑張るのって、今は成長じゃなくても……“成長していくこと”だよね?

 あたし、そんな自分になりたいんだ。ヒッキーの隣で。

 

(……安易な変化かぁ……)

 

 あの日、ものの見方が変わるくらいの大きな衝撃を受けた。

 家族が危ないって思っても動けなかったあたしと、動いてくれた誰かさん。

 命を救われて、感謝して、会いに行って。

 最初は不安で、怖くて、自分の奥底を知ってるような目に、驚いちゃったのも本当のこと。

 でも、そこから始まったんだ。

 知るきっかけがあって、“自分”を話す機会があって、知ることが出来て、知ってもらえて。

 小さな“似ているところ”を探しては、自分が知った世界を教え合って、方向は違っても、わかってもらえることが嬉しくて。

 きっと前向きな知る努力じゃなかったかもだけど、知れてよかった。

 今じゃこんなにも楽しくて、あったかくて。

 

「うーん……小町もいつか、結衣さんみたいに腕組んでにっこにこ~とかするのかな」

「ふえっ!? あ、んと……どうだろ。小町ちゃんなら彼氏なんてすぐだと思うけど」

「いえいえ、小町も出来ることならドラマみたいな出会いとかしてみたいです。そんな“お前かわいいから俺のものになれ”みたいな人と恋人関係とか無理ですって」

「やー……“すぐ”っていうのはそういう意味じゃなかったんだけどな……」

「自分の妹が男とかめっちゃ手玉に取りまくりそうで怖い……」

「うーわー、失敬だなぁこの兄。ちゃんとドラマみたいな出会いがしたいって言ったでしょ? いい出会いとかいい恋愛とか、やっぱり乙女としては憧れるわけですよ小町的には」

「乙女としてなのに小町的って、どんな乙女なんだよ……高望みしすぎると後悔するぞ? いや、たしかに可愛いけど。お前可愛いけど」

「うわ、なんかこの兄“でも世界では二番目だ”とか言い出しそう。お兄ちゃんちょっとキモいよ?」

「勝手に想像してキモいとか言うのやめろ。まあ二番目三番目とか言いたくはあるけど」

「それって雪乃さんとかも数えてだよね? はぁ……兄の目がどんどん肥えていく……」

「そういう言い方やめてくれ。そもそも順番なんてつけようとするからそうなるんだろ? 確かに俺にとっての一番は決まってるけど、そういうことを男に訊くのはやめなさい」

 

 言って、ヒッキーのほうから腕を引き寄せるみたいに密着してくる。

 いっつもしたいように抱き着かせてくれてるから、たまにあるこういう不意打ちはすっごく困る。や、嬉しいよ? 嬉しいんだけど…………~~……困る……!《かぁああ……》

 

「まあそれはそれとして。ねぇお兄ちゃん? 次あるー……えっと、行事っぽいもの? ってなんだったっけ。ほら、学校とかじゃなくて、日本的なえーっと……祭り、とは違くて。ほら、夏祭り~とかそっち側の」

「ああ、んー……七夕、とかか?」

「おお7月7日」

 

 七夕かぁ……やっぱり恋とかそういうの考えてると、織姫と彦星のことはどうしても頭に浮かぶ。

 一年に一回しか会えない恋人同士って、どんな気分なのかな。

 ……あたしも、もし親の都合とかでヒッキーと離れなきゃいけなくなったら、どうするんだろう。

 一年に一回しか会えないってことになったら───

 

「織姫と彦星も大分難儀な人生送ってるけど、お兄ちゃんだったらどうする? もし結衣さんと離れ離れに~ってことになったら。いっそ残ってもらって同棲しちゃうとか?」

「───……小町」

「へ? な、なにお兄ちゃん、マジトーンで」

「……まだまだガキな俺達じゃ、それはちょっと現実的じゃないだろ。そうしたいって気持ちはあっても、結衣だって家族といたいだろうし、進んで苦労を背負いたいだなんて思わない筈だ」

「お兄ちゃん……」

「あと、そういう“もう一方の相手側の気持ちもどうせなら聞こう”、みたいな質問はやめろっつっとろーが」

「《ディシィッ!》あたっ!? ちょ、お兄ちゃーん!? なにもデコピンすることないでしょー!?」

 

 小さなやりとりで小さな笑顔が生まれる。

 答えは生まないまま、濁すみたいに。

 あたしたちはまだ子供だ。

 出来ないことなんていっぱいあるし、助けてもらわなきゃ笑顔でさえいられないこともいっぱい。

 それでも答えを、って言うなら……どれだけ考えて考えて口にしても、たぶんそれは理想論ってものでしかなくて。

 進んでいった先でいっぱい泣いて、あの時ああしておけばって失敗ばっかり口にして、最初から得ることのできなかった成功を夢見ては泣くんだろうなって。

 

「………《ぎゅっ》」

「………ん《ぎゅっ》」

 

 それでも、掴んだ手は離したくない。

 後悔と失敗を口にして泣いても、その道を選んだから得られたものをいっぱいいっぱい抱え込んで、いつかは失敗も後悔も笑い飛ばしてやりたい。

 そう思えるから、繋いだ手に力を込めた。

 腕にまで力を込めて、引き寄せられるままに。

 

(……これってさ、ヒッキー。安易って呼べるような変化かな)

 

 小さく呟いて、あたたかく沸き出した幸福に笑みが浮かんだ。

 そんな時に感じる。

 自分は、ちゃんと変わって、変わってないものも一緒くたにした上で、成長してるんだって。

 

  ───……人が変わる瞬間っていうのを知っている。

 

 きっかけがあったり、きっかけに気づけなかったからこそ急に変わったって思ったり。

 ただ、そのきっかけ自体が特殊な所為で、変わったわけでもないのに変わったって思っちゃったり。

 あたしが知るこの人は、最初の頃は自分とよく似ていたんだと思う。

 詳しくとか深くとか、考え始めちゃったら似てない部分なんていっぱいだ。

 でも、その人に対して“あ……そっか、そうなんだ”って思うことを口にすれば、頷けることなんて多くて。

 ただその、あたしたちがお互いに“似てるな”って思うところは、あたしたちが思う以上に別のところにあったんだ。

 

  きっかけなんてそれだけ。

 

 人が変わっていくきっかけなんて、人と、その身近なもの以外じゃなかなか考えられない。

 あたしたちは、もう安易なんかじゃない変化を体験してるんだから。

 たとえそれが成長って呼べる変化じゃないんだとしても、そんな捻くれた理屈もなにもかも受け止めて。

 ……一緒に成長していこ?

 安易じゃない変化が一生無かったとしても、それはきっと楽しいよ?

 それで、たくさん変わらない時間を過ごしたあと、振り返ってみるんだ。

 そしたらきっと、その振り返る時間の数だけ、笑いたくなるくらいの成長を見つけられるから。

 劇的な成長なんて誰にも望まれてなんかないんだ。

 急に変わっちゃったら、それこそ成長じゃなくて変化でしかないんだから。

 

「………」

「………」

 

 見下ろされて、見上げて。

 目が合って、ふわって笑って。

 一緒にそんなお互いを見守っていこうねって口にしてみて、赤くなって、それでも……嬉しくて、楽しくて。

 

「あのー……お二人さん? やっぱり小町、邪魔じゃないですかね」

「……邪魔だと思うヤツは、このタイミングで声をかけたりしねぇよ」

「……うん。小町ちゃん、あたしもそう思う」

「だったら見せつけられる小町の気持ちも考えてほしかったなー……。いやぁ、役得だよ? 役得だけど。でもそれなら最初からそう言ってくれたら、それこそ小町だけ先に帰って~とか出来たわけで……って、あーもー結衣さん!? やっぱりするんじゃないですかー!」

 

 顔を赤くして騒ぐ小町ちゃんの前で、抱き締め合ってキスをした。

 深いものじゃない、お互いのこれからを誓い合うみたいなキス。

 うん、がんばっていこう。

 重荷にならない歩き方で、お互いを支え合いながら。

 あ、内緒の重い話とかは無しで。

 問題が出来たらすぐに相談しようね、って。

 そうお互いが言い合って、お互いがポカンとして、お互いが笑った。

 

「はぁ。ほんと、やっぱりお兄ちゃん、変わったよ」

「んん……そうか?」

「いやいや小町的にはこんな兄の成長も大変嬉しいものですよ? なによりほら、笑顔が増えたし」

「いや、だからな、小町。安易な変化は───」

「変わったきっかけが結衣さんなら、お兄ちゃんのは間違いなく安易な変化じゃないでしょーが。犬助けて車に撥ねられて、友人作って恋人出来て、部活もやってるし先生とも仲がいいし。小町に帰るのが遅くなるーとかメール飛ばすようになって、毎日笑顔で。ほら。これのどーこが成長じゃないっての。安易な変化だっての。言ってみなさいお兄ちゃん」

「あ……いや、それは……」

「お金も溜めるようになったし、無駄遣いも無くなったし、家のことも勉強も運動もして。眼鏡つければ腐った目もなくなるなんて、もはやパーフェクトお兄ちゃんじゃん」

「目の腐りはほっといてもよかったよね? ねぇちょっと? 小町ちゃん? ほっといてよかったよね? ねぇ」

「あー、うっさいうっさい。とにかく変わったの。成長してるの。それをま~よくも隣を歩いてくれてる人の前で安易がどーとか変化かどーとか。お兄ちゃん? 自分の信条とかを大事にするなとは言わないけど、子供みたいな頑固もいーかげんにしなさい。お兄ちゃんのそれって、ただ変わっていく人の中で“俺って変わってねーぞ、すげーだろー”って胸張ってる子供の理屈でしょうが」

「うわー……そゆこと言っちゃう? 恋人の前で、そゆこと言っちゃう?」

「変化だとか成長なんてのは成長した後に振り返ってみて、初めて気づけるもんだーって平塚先生も言ってたんだから。そのありがた~い言葉を今伝えるならこれ。“青二才が成長云々を語るなんて十年早い”。それまでの自分をまちがってないって言うのは全然いいけど、成長してまちがいに気づけても、“まちがってない”って言い続けるのはただの子供の理屈なの。お兄ちゃんのはそれ。だってお兄ちゃん、安易じゃない変化って、成長って呼べる変化ってなに? って訊かれたら、屁理屈こねて誤魔化すでしょ」

「……すんませんその通りです」

「お兄ちゃんの成長は、そういう誤魔化しとか捻くれを直した先にあるんじゃない? 顔も悪くないし家のこともやってくれて、無駄遣いもしないで自分より恋人優先。気も使えるし友達も大事にする。ほら、それさえ直せばパーフェクトー♪」

「お前さ、俺をどういう方向に歩かせたいのよ……」

「もちろん、結衣さんが好きなままでいてくれる方向」

「………………《かぁあああ……》」

 

 言われたヒッキーは、口を波線みたいになるくらいにぎゅーって閉じて、真っ赤な顔でそっぽ向いた。

 あたしも顔が熱くなったけど、逸らさないで腕をぎゅーって抱き締めた。

 途端、ヒッキーが真っ赤な顔のままバッとあたしを見て、あたしは今こそ顔を逸らしたい気持ちに襲われながらも逸らさずに、見つめ合った。

 今言う言葉はそれじゃない。

 そうだってわかってるのに、我慢できずに心に動かされるまま、伝え合った。

 

「……好きです。あたしと付き合ってください」

「っ……あ、っ……ありが、とう。うれっ……嬉しい。俺も、その、だだだっだだだ大、好きだ……! 俺のほうこそ、付き合って、ほしい……!」

 

 好きだって感じたら何回でも想いを伝える。

 どっちから始めたのかわからないくらい伝えているこの想いも、もう何回かたちを変えたんだろう。

 好きになって、また好きになって、知ることが増えれば好きになって、同じところをまた好きになって。

 それを言葉にして、また好きになって、真っ直ぐな気持ちをぶつけられては顔を赤くして、緊張でどもってしまう。

 真っ赤な顔で真っ直ぐに届けられる言葉が嬉しくて、あたしも顔を熱くして、また“好き”を届けて。

 

「あーのー、二人ともー? 邪魔とかしたくないけど、小町も居ること忘れないでよー? 結衣さんも、こんなところでいちゃこらするくらいなら、もういっそ家に帰ってからにしてくださいよもう《ピピッ》」

「えっ……こ、小町ちゃ───」

「《ブツッ》あーどうもー! 結衣さんのお母さんですかー? はい、はい、そうです小町ですー! いえ実はま~た二人が道端で好きだ好きだ大会を始めてしまいまして……はい、ええ、誕生日ってこともあってそっちでもなにかあるんじゃーって思って……え? ない? 今日はこっちに泊まらせるつもりだったと! さっすがお義母さん話が早いです! ええ、生徒会の仕事をしてる時から雨を見つめては、なにかを期待しているような……え~~ぇぇえもちろんですとも小町ですから! 土曜日で朝から雨とくれば、こちらの準備も整ってますとも! ええ、はい、では今日はお泊りということで! はい、ではー!」

「…………あの。小町ちゃん? 今の……」

「じゃあ今日は結衣さんお泊りなので、さっさと帰りましょう。ちゃんと結衣さんのお母さんにも許可は取りましたから。ていうか結衣さん……んふふふ~?」

「ふえっ!? やっ! べべべべつに期待してたわけじゃっ……あ、や、期待は……してたけど……でも……雨あがっちゃったし、えと……」

「だぁ~いじょうぶですってぇ! 小町は空気が読める子です! たまに読めても読まない時ありますけど。なので存分に泊まっていってください! ……《ぽしょり》既に宅には結衣さん用お泊りセットもあることですし」

「!? ~~~~っ……もぉおっ!! 小町ちゃんっ!?」

「人目も気にせずいちゃいちゃした罰です。たまには思い切りからかわれてくださいね。ほらほらお兄ちゃん、そうと決まったらさっさと帰るよ? あ、晩御飯どうする? 結局寄り道ばっかりしてたから、なんだかんだでそろそろお腹空きそうだけど」

「えと……あたしはいいかな。主役だから~って優美子にいっぱい食べさせられたから」

「俺もそんなにだから無しで大丈夫そうだ。買い物して帰るなら付き合うけど、どうする?」

「んー……いいや、小町も今日は家帰ってのんびりする。動かなきゃそんなにお腹も減らないだろうし」

「そか」

 

 じゃあ、って。

 三人並んで比企谷家を目指して歩く。

 でも歩く方向は一切変わらず、まるで最初から泊まることが決定してたみたいに…………あれ? ヒ、ヒッキー? …………え?

 

「……? どした───……って、あ、あー……そうだな、これは言っておかないと誤解するよな。えぇっと、その。向かう方向が一緒なのは、小町を家に戻してから、結衣を送るつもりだっただけだからな? 最初から泊めるつもりだったわけじゃないから、その……こう言うのもなんだけど、安心してくれ」

「あ、ううん? 不安とかがあったわけじゃなくて。……ただ、朝から雨だったから……その、えと……ヒッキーも期待しててくれたのかな……って」

「あ…………それは……その……」

「にしししし……結衣さぁん、それが聞いてくださいよぉ、お兄ちゃんってば土曜で雨だ~ってだけで朝からテンションが」

「だっ!? ちょ、こまっ! わざわざ言……っ……!」

「…………ヒッキー……」

 

 小町ちゃんの言葉にヒッキーが慌てれば慌てるだけ、心に温かさが広がってゆく。

 嬉しくて、自分だけじゃなかったんだって思えて、顔が緩んで、見られたくなくて、ぐりぐりーってヒッキーの腕に顔を埋めてこすりつける。

 う、うー、うぁー……! やだ、もう、顔あつい……!

 嬉しい、恥ずかしい、顔が勝手にニヤケちゃって……うー、うー……!

 

「~~……好きぃい……!」

「《ぎゅー……!》うきゅっ……!? おっ……おぉおお俺も……俺、俺も……好き、です……!」

 

 想いが募ったら口にする。

 でも急に溢れすぎた所為で、お互いヘンテコな告白になった。

 腕に顔をうずめながらの告白と、“俺も”を何度もどもっての告白。

 やっぱりお互い真っ赤っかで、それでも恥ずかしさや照れなんかで誤魔化して離れるのは嫌で、お互いがお互いの腕をぎゅーって絡めて離さない。

 

「……はぁ。なんかもうここまでくると小町、二人がどこまで初々しさを保ってられるのかが楽しみになってきた……。絵に描いたようなカップルって、たぶん二人のことを言うんだと思うな……」

「………」

「………」

 

 諦めたみたいな声で言う小町ちゃんに、苦笑するでもなく顔を緩ませた笑みで応えて、やっぱりぎゅーって抱き寄せ合う。

 カップルらしいって言われて喜ぶみたいに、“恋人だ”って他の誰かに言ってもらえて喜ぶみたいに、確認するまでもないのに嬉しくて。

 

「あーもうほらほら帰りますよ結衣さーん? お兄ちゃんも。ふたりがいちゃつきだしたら、いつまで経っても帰れないんだから」

 

 小町ちゃんに促されて、のろのろ歩いてた足をしっかりと踏み出す。

 お邪魔する場所に“帰る”って表現はちょっと違うんだろうけど、小町ちゃんにハッキリと“帰りますよ”って言われてドキっとした。

 “かっ……帰っていいの!?”なんて言いそうになる口をギューって閉じて、電車を使わない道のりをゆっくりと歩いた。

 




 /やっぱりあてになどなりもしない次回予告


「結衣さん? どうせあと二ヶ月程度の話なんですから、もうほら、ね?」

「そんなゴドムとソドラが重箱の隅をつつくような疑問はいいからさ、早く」

「雨に濡れたってのに熱そうだねぇ」

「……すげぇなそれ。ハードル高いっつーか理想高すぎじゃね?」

「ゃ……あの、ね? ヒッキー……あたし……つけてほしいな、って……」

「ぬわーーーっ!」

「毎日俺のために味噌汁を作ってくれって言う人の気持ち、解るなぁ……」

「へ? 否定…………ぶっは!? い、いやっ、夫婦ってのはっ……!」

「小町もういろんな意味でお腹いっぱいなのに……」



次回、お互いが好きすぎる男女のお話/第四話:『きっと、比企谷小町に糖分は要らない』

「はっぽぉおーーーん! フリースペースであーる!」
「おー、よっちゃん元気なー。ってゆーか、俺達なんで呼ばれたん?」
「うむ、今日も悩める生徒の相談がメールで届いている。口頭で返すだけで済むものは我らにと、割り振られたらしい」
「へー……で、どんな相談なん?」
「うむ! ……飢狼伝説ってなに? だそうだ」
「あー、飢狼伝説なー。海老名さんの紹介で知った格闘ゲームで、飢饉に苦しむ村の人達を救うために立ち上がったヒガン・ジョーとその仲間たちの戦いを描いたゲームなんよぉ」
「その通り。ザンギュラのウリアッ上やインド人を右になど、様々な誤植があるゲーム雑誌もあるが、それに限らず誤植というものは様々なゲームの情報誌でも出ている。FF4で言えば白魔道士ローザが百魔道士ガーサになっていたり、竜騎士カインが竜騎士カノンになっていたりする」
「おー! 百魔道士ってなんか強そうじゃね!?」
「まあ誤植なのだがな。ちなみに餓狼伝説の情報でももちろん誤植は多々あったのだ。ヒガン・ジョーもそのひとつであるぅ。ジョー東のことを書きたかったのだろうが、何故全てカタカナで書こうとしたのかは不明である。え? ダイの大冒険の鬼岩城をかけたギャグなの? あ、ちなみにさっき言った飢狼伝説のストーリーは捏造なので、信じる必要は皆無なり!」
「ちなみにさー、海老名さんに訊いてもボスのこととか教えてくんねーんだけどさー。ボスってどんなんなん?」
「うむ! これが初登場にしてなんだか子供っぽさの抜けぬ男なのだ! 戦いを遊びと呼んで、思い通りにいかねば“んんんんんー、許るさーん! 私の遊びの邪魔をしおって!”と怒る」
「へ? ゆるるさん? なにそれ」
「作品自体からして誤植が多かったのだ。1からプレイしてみた者にしてみれば、その代表としてアンディ・ボガードにあると言っていい。うむ」
「それって?」
「技の名前が変わっていたのだ。そもそも誤植だったらしいのだが、今では対空攻撃が昇竜弾、長距離飛翔攻撃が空破弾なのだが、1の頃は逆だったのだ」
「それってば昇竜弾を出すと空破弾って言うみたいな?」
「然り! まあ初期のボイスなど、よく聞かねば昇竜弾とも聞こえないのだが。残影拳なんてヘーアーとか聞こえてたものだぞ? 敵の勝利ボイスがほぼ“フォッホッホッホッホ”というおっさんの笑い声で終始しておったしな」
「へー……けど面白かったん?」
「うむ、まあ当時は。今やってみれば理不尽なラインバトルと被ダメージの量に目を見開くと思われる。キャラセレのBGMとライデンのBGM、お馴染みのギースのBGMは好きだったが。キャラセレ聴いてると龍虎の拳のジョン・クローリーのステージBGMをたまに思い出すの」
「そ、そっか。よくわかんねーけどおっけおっけ!」
「うむ! つまりネタとして楽しめればいい思い出ということだな! では諸君! よいゲームライフを!」
「したらなー!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。