どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
-_-/由比ヶ浜結衣
慣れた手つきで卵を溶く。
結局お料理会をすることになったあたしたちは、この雨の中食材を持ってきてくれたみんなと一緒に、珍しくもない料理に挑戦している。
珍しくないから挑戦してるんだけどね。
難しい料理はもっと上達してからだ。
目標は厚焼き玉子を綺麗に作って、ヒッキーに美味しいって言わせること。
女の子が作る美味しい厚焼き玉子とかは、男子の憧れなんだっていろはちゃんが言ってた。
「ねぇいろはちゃん。それ、どこで知ったの?」
「日々男子の好みを模索するわたしに隙はありません」
「や、違くて。どこで知ったのかなって」
「さあ結衣先輩、続きですよ続きっ」
「い、いろはちゃん? いろはちゃん!?」
誤魔化された。まあ、うん、なにかに書いてあったかしたんだよね、うん。
ともあれ料理だ。
厚焼き玉子にもオムレツにも憧れる。
特に、テレビで見たような綺麗な厚焼き玉子とかオムレツってすごいって思う。
全然焦げ目のないオムレツを見た時とか興奮した。割った時なんてトロットロで、うひゃーってなった。で、憧れた。“あんなの作ってみたい!”って。
で、それがそのまんま壁とかハードルになっちゃった。
オムレツ、難しい。
「なぁなぁ八幡~、これすごくね? 俺ってばスゲくね?」
「わぁああ……! すごいメレンゲ……! 戸部くんよくここまでとがらせたね!」
「んふふー……いや、んふん、まあなに? 俺もさー、海老名さんのためにいろいろ学んでるっつーか?」
「はぽん? 見事なメレンゲだと感心するが……それを何に使うつもりであるか? べつにお菓子作りはしていなかったはずだが……なぁ八幡よ」
「ん……そだな。翔、これなにに───」
「いや…………その。前に海老名さんの友達にお菓子作りに誘われて、その時に頑張れ男の子って言われてやらされて、そんで褒められたもんだから~……その」
「……レモン汁でも入れて膨張させるか。隼人、レモン取ってもらっていいか?」
「ああ、それは聞いたことがあるな。卵白のみを空気と混ぜるように溶いて、レモンを少し入れてから卵黄と混ぜて焼くと、ふっくらと膨らむって」
「え? マジで? それってば俺怪我の功名っっぽいアレなんじゃないのー? っべーわー!」
「けど……なぁ戸部、八幡。ここまで尖ったメレンゲに卵黄入れて卵焼きって、成功すると思うか?」
「……ゴメンナサイ」
あっちこっちで笑いながら料理が進む。
やっぱり楽しい。
ヒッキーと二人きりも大好きだけど、生徒会奉仕部が集まってなにかをする時間も好きだ。
そんな、思わず笑顔を浮かべちゃってたあたしに、優美子が近づいてきて顔を寄せる。
「結衣、ちっといい?」
「優美子? どしたの?」
「いや……その服からして、あんたここ泊まったんしょ?」
「ひぅっ……!? な、なななな……」
「ぁあいーから、慌てんなし。べつにそれについてどーこー言いたいんじゃなくてさ。……その、あんたら一緒のベッドで寝てんしょ? 大丈夫なん?」
「? 大丈夫って……うん、全然」
「………」
「?」
「……前から思ってたけどさ。結衣、あんたヒキオに我慢させてない?」
「へ? が……我慢? 我慢って?」
「いや……結衣はそれでいいのかもしんないけどさ。ヒキオだって男で、毎日あんたに好き好き言ってるほどでしょ? そんなあんたと同じ布団で寝て、男がそれで平気だってほんとに思ってるん?」
「他の男の子のことは知らないよ……あたし、ヒッキーしか……」
「そーじゃなくて。ヒキオも男なんだってこと、忘れてない? 大事にしてるって姿勢によりかかって、我慢の限界で襲いました。でもそれはヒキオが悪いですじゃ、さすがにあーしはヒキオの味方する。今時アホなくらい一途で真面目じゃん。あーしと隼人のことも応援してくれるし。って、まあこれはいいんだけど。とにかく、あいつにはあーしも隼人も結構世話になってんの。だからって結衣に体差し出せって言いたいんじゃなくて、無防備なら無防備で、寄りかかるなら寄りかかるで。期待させちまう程度には構ってやれってこと」
「……期待……」
「そ」
「あの……優美子。ヒッキー、期待してくれてるのかな」
「…………は?」
「だ、だって……あたしだってさ、そりゃ……」
そうだ。
最初はあたしだってドキドキして、緊張もしてた。
どうなっちゃうのかなって思ったこともあったし、どっかで期待してた頃もあって。
でも……
「いつからかな……ヒッキーは違う、いやらしい目で見てくる男子と違うって思い始めて、警戒とか……しなくなってさ。えと、そりゃさ、好きだから、抱き締め合って、ベッドの中でごろごろしたりするよ? キスとかもして、好きって言い合って……」
「………」
「それで…………あれ? 優美子? え、あ、ちょ、なに《ディシィッ!》いたっは!? え、えっ? ゆ、優美子……?」
「はぁ……なんでもない、この幸せ者。んで? ほら、続き。さっさとしろし」
「~……?《ズキズキズキ》」
なんか急にデコピンされた。
でも続きっていうから、続き。
「えと、そんでさ? たまに暴れるみたいにぎゅーって抱き締めてくれる時があって、その時はキスもすっごい……えと、情熱的っていうのかな。激しくて……そういう時は、いっぱい好きでいてくれてるんだなーって感じて、あたしも……なんだけど《ディシィッ!》いたい!? な、なにするの、優美子~……!」
「デコピン。そしてあんたが悪い。……結衣、それ確実にヒキオを我慢させてる」
「え? …………え? そうなの?」
「男なんてみんな狼だって話、聞いたことあんでしょ。てーか逆にヒキオが凄い。結衣相手によく耐えてるって思う」
「ヒッキーに……我慢……? あたしが…………させてる、の……?」
「その暴れるみたいに抱き締めるのって、結衣を傷つけないためにって相当我慢してるだけなんじゃないん? あんた傷つけないために。もしくは最低な初めてにしないために」
「……ヒッキー……」
言われて、つい視線で彼を探してしまう。
探すどころか位置なんて把握していて、いつでも視界の隅に彼が居る。
ハッキリ見ちゃうと顔が緩むから、端に。でも今は、そんな視線も悲しみに覆われてしまっている。
顔も緩んでくれない。
あたしが我慢させてるかもしれない。大好きな人に。
あたしだけが穏やかでいいなーとか思っていたかもしれない。大好きな人に我慢させといて。
そんなのは嫌だ。
あたしはあの人を幸せにしたい。
幸せになるならヒッキーにしてもらいたくて、彼が幸せになるなら、あたしがさせたい。
二人で誓い合ったことだ。大切な約束だ。
それなのに……
「優美子……あたし、どうすればいいのかな」
「え゙っ……い、や……あーしも、んーなのしたことねーし……ていうかまだ隼人とは手を繋ぐくらいしか……! そんな、肉体関係とかレベル高くて……!《ぐるぐるぐるぐる》」
……相談してみた友人が、顔を真っ赤にして目をぐるぐる状にして混乱してた。
「とほっ……とりあえずあれ……ほら……! ベッドの中で相手に触れてみるとか……!」
「……? 抱き締めてるけど……」
「キスッ……は、してるんだっけ……!?」
「うん……えと、えへへぇ……いっぱい……《てれてれ》」
「じゃ、じゃあもういっそ、首を舐めちゃうとか……!」
「うん、いっつもやってて、今日はかぷかぷしちゃった……」
「かぷっ……!? ……ん、んじゃあもういっそ、その延長でキスマークとかつけたりつけられたりしっ……しちゃえ、ば……!」
「~~……《そっ》」
「───」
キスマークって言われて、顔に熱が集まるのを感じた。
恥ずかしくてつい首の絆創膏に手を当てちゃうけど、これがだめだった。
優美子はきょとんって首を傾げたあとに一気に沸騰。
あたしから一気に距離を取って、なんでかいろはちゃんに抱き着いてわんわん泣き出した……ってなんで!?
「え? えぇええ!? ちょ、三浦先輩どうしたんですか!? ていうか……結衣先輩いったいなにを!? なにをどうすればあの三浦先輩が泣くんですか!? ───あ」
で、そのままこっちを見たいろはちゃんが、首に手を当てっぱなしのあたしに気づいて顔をぽむんって赤くして、
「あ~~~ぁぁぁやややややや……ベベヴェヴェヴェトゥに言わなくてモいぃですハイわたしがまちがってましたこれ聞くのヨクナイ、耳に届いちゃいけない言葉なんです。とっ……トドクヨクナイ! ノートドク! ノー!!」
優美子に泣きつかれたまま、いろはちゃんは無表情で頭を抱えて言った。
どっかで聞いた言葉の真似だった。いろはちゃんも平塚先生に薦められたのかなぁ、あのラノベ。
「えっと……あたし、泣かれるようなこと……したかな」
「いいえ、そうではないわ由比ヶ浜さん。彼女の場合、友人が自分よりも進み過ぎていたことにショックを受けているだけよ」
「ゆきのん…………え? ショック? 進み過ぎ?」
「……その。あなたが比企谷くんに引かれていったあと、聞いてしまったのよ。一色さんと……その、三浦さんが話しているのを」
「? なんて?」
「くだらない話よ。高校三年にもなってヴァージンというのが恥ずかしいという───」
「わー! うわー! うぅわあああっ!! ちょ、ゆきのん! ゆきのん!? だめ! そーゆーこといっちゃだめ! 怒るよ!? 怒ってるよ!?」
「べつにそんなものはそれぞれの価値観の問題でしょう? そして、問題自体も価値観の問題でしかないわね。高校三年で恥ずかしい? 相思相愛で将来も決めてあり、両親が認めているのならまだしも。なんの地盤も固まらず、親の脛を齧っている身で無責任な行為をすることのほうが恥ずかしいでしょう」
「ゆきのんいいこと言った! だよね! 恥ずかしくなんかないよね!」
「だからヴァージ」
「うわわわーわわぁあああっ!! だだだだからだめだってばもー!!」
「………」
「…………《ふー、ふー……!》」
「ヴァ」
「わー!」
「バーモント」
「わっ……えっ!? カレー!?」
「ヴァー……ジニア州」
「わー! ……、……どこ!?」
「……、ぷっ……くっ……ふふ……!!」
なんかどっかの外国っぽい名前を言って、ゆきのんが顔を背けて笑い出した!
も、もー! あたし真剣なのに!
「雪ノ下、あんまりからかわないでやってくれ……俺がオロオロする。ていうかそもそもなんの話題だったんだ? こっち、翔と義輝がうるさすぎて他の声がほぼ聞こえない」
「それでわざわざここに来てまで? ご苦労ね、過保護谷くん」
「うっせ、大事な人を大事にしてなにが悪い」
「それは大切なことだろうけれど、あなたの場合は行き過ぎて───」
「対象が猫だったら?」
「大事ね、ごめんなさい」
「ゆきのん!?」
あっさり認めた! う、うー……なんかすっきりしない……!
でも、えと……ヒッキーに知られると気まずいし……うー……!
「結衣?」
「うっ……えとっ……な、なんでもないっ」
「いや、けどさっき」
「なんでもないからっ!」
「………」
「あ……ひっきー、あの、ほんと違くて……」
「いや、悪い。話したくなったら言ってくれ。話したくないならそれでいい。雪ノ下、悪い。俺、戻るな。結衣のこと、頼む」
「ええ。……ごめんなさい。騒がなければこうはならなかったのに」
「いいって。たまにはあるだろ、こういうことも」
「あ、あ……」
苦笑をこぼして、ヒッキーは男子が騒ぐ位置まで離れていった。
そこで戸部くんたちとお菓子作りを再開するんだけど、その笑顔に陰りが見えた。
途端に湧いてくる罪悪感。
やだ……なんで……なんでこんな……ヒッキーは悪くないのに……。
「おー……八幡なんか手馴れてる感じだわー……俺達よりも一歩先にいってるって感じっつーか。こまっちゃんとお菓子作りとかしてたりすんの?」
「おう、たまぁに。ほい義輝~、ここで卵黄、頼む~」
「うむ! 我に任せるがよい! ……闇の深淵にて重苦に藻掻き蠢く雷よ……! 彼の者に驟雨の如く打ち付けよ! グラビティブレス!」
「おいやめろ。なんか落ちてくるあれが卵型っぽいからってそれはやめろ」
「お? お? なんかの真似だったりしたん? よっちゃんのことだから素で言ってんのかと思ったわー」
「ククク……! …………なんか理解ある人が一気に増えて、我今青春真っ盛り……!」
「えーとー……八幡、驟雨ってたしか、にわか雨のことだったよね?」
「おう。彩加、バニラエッセンス頼む」
「うんっ」
「闇の深淵だとかががなにを指しているのかはわからないが、言葉の雰囲気からして危なそうだな。にわか雨はにわか雨でも、やさしいものじゃなさそうだ」
「隼人正解。あるゲームで一定の人にトラウマ与えた、奇妙な竜が好んで使った大魔法の詠唱だよ」
「うむ! “砕けろォオ! 燃え尽きるがいい! イグニート・ジャベリン!”の流れが我的には一番好きであった……!」
「それはいいから卵黄…………ああもう、翔、彩加、頼んでいいか?」
「おっけおっけ! おまけに尖った卵白とかいらね?」
「あー……お前の努力の結晶だから、お前が上手に使ってくれ。つまりいらない」
「きっついわー八幡……マジどうすっかなぁこれ。いろはすー、お菓子とか作っちゃう系の用事とかあったりしない?」
「なんでですかありませんよそんなの」
「ひっで!? あーもー八幡ー? 失敗してもいいから、さっき言ってたふっくら玉子作ってみたりしない? しちゃったりしない?」
「はい八幡。1個でいい? 卵黄だけでいいんだよね?」
「おう、サンキュな、彩加」
「じゃあ戸部くん、はい」
「いや……戸塚ちゃん? 俺に卵白渡されても……」
離れた位置で調理を再開するヒッキーの顔は、すぐにいつも通りのものに戻ってった。
その姿があんまりにもいつも通りすぎたから、一瞬……あたしの悩みってそんなものなのかな、なんて思っちゃう。
自分でなんでもないって言ったくせに、もっと構ってほしい、みたいな独占欲が出てくる。
……やだな……こんなの。
「………」
難しく考えないで、全部……委ねちゃったほうが楽なのかな。
-_-/平塚静
ピキュリリリィイイイイン!!
「ハッ!?」
今……誰かがとても、懐かしくも古い言葉に似たことを言ったような……!
「………」
どうでもいいか。
よし、今日は昨日古本屋で纏め買いした、めぞ〇一刻でも読破するとしよう。
はっはっは、でてゆくでてゆくとか、懐かしいなぁ。
…………。
いや、私はまだ20代だからな?
友人の歳の離れた姉に薦められてたまたま買ってみただけであって、連載時代に青春を駆け抜けていたとかそんなことはないからな?
「……誰に言い訳をしているんだ私は。はぁ」
昼、どうしようかな……この雨では外にも行けないし。
こういう時、料理上手な恋人でも居れば……こう、台所で手伝いをしながらキャッキャウフフ……!
仕事さえなければなー! 仕事さえなければ私だってなー!
-_-/比企谷八幡
……誰かの慟哭がこの悲しい世界に響いた気がした。
しかし心当たりがあるわけでもないので、そのまま料理を続ける。
(……料理作るのって、いいよな。こう……結婚してからも、結衣と一緒にキッチンに立って、仲良く料理を…………結婚、ケッコン?)
………………あ。
「? お兄ちゃん? どしたの? 手ぇ止まってるよ?」
「い、いや、なんでもない」
気の所為気の所為。そういうことを無理矢理関連付けるのって、人の悪いクセだ。
平塚先生はいい人だ。先生としても女性としても。
相手が出来ないのが不思議なくらいだ。ほんと、周囲の男は見る目がない。
もし結衣と出会ってなかったら、俺が……こうして、家で料理を作ったりして………………あれ? 想像してみたのに、相手が結衣の姿でしか浮かんでこない。
……ごめんなさい平塚先生、俺、心の底から結衣にぞっこんみたいです。
(……けど、さっきは驚いた。結衣が怒鳴るみたいに“なんでもない”って……)
まあ、女子同士の会話に男子が無理に混ざろうとすればああなるよね。八幡ったらうっかりさんっ★ 急に男が割り込めば“ちょっと男子ー?”とか言われることなんて、茶飯事だったろうに。
親しくなったからって、中学で学んだことを一時だろうと忘れるとは情けない。
相手が恋人だろうと、その一線を越えてはいけません。
越えていいのは恋人に求められた時だけ……ただその時だけだ。
たとえばしつこく訊かれたくない話題を振られまくった際、恋人が彼氏を見て救難信号を出した時……その時こそ会話に割って入ることが許されるのだ。
だというのにいけしゃあしゃあと話題に混ざる……! 恥を知れっ……恥を……!
(というわけで反省中。結衣には悪いことしたなぁ……あとできっちり謝ろう)
許してくれるだろうか。
それともかつての女子のように“なにあの勘違い野郎キモッ”とか……あ、だめ、ヘコム。
……い、いやいや、こういう時こそ美味しい料理を作って、結衣に笑顔を……!
俺の所為でなんか元気なさそうだし……うん。
(料理は愛情……いい料理を作ろう)
頭の中でどこぞの天使のような御仁が一番いいのを頼むとか言ったけど気にしない。
元気になってくれるといいなぁ。
……余談だが、翔と一緒に作ったらんぱく膨張ふっくら玉子は、見事に失敗した。
───……。
……。
作った料理は好評だった。
男子のより女子のが。
いや……だってさ、あっちには小町居るし、一色も料理上手くて、なにより最終兵器ゆきのんが強敵すぎた。
こっちも美味しくはあったんだ。あったんだけど……華やかさとか考えないTHE・男の料理すぎてダメでした。
なので結衣の機嫌がよくなりますよーにと密かに作っておいたデザートは、とても喜ばれた。まあ、負けたものは負けたんだが。料理って難しい。
(でも……)
なんでか肝心の結衣が、デザートを食べてくれない。
やばい、立腹が過ぎて相手にさえしてもらえないとか?
いや、もしかするといい加減俺って生物を理解したのかもしれない。
遅すぎたくらいなんだ、長すぎたくらいなんだ。
俺を知れば、大抵の女子なんてキモいだけしか言わなくなる。
そんな常識がやさしさに包まれたおかげで麻痺していたんだ。
そうか、夢は覚めたのだ。
「…………」
ちょっと待て、と思考に待ったをかけたいのに、一度思い始めたら止まらない。
ぼっちであった頃の弊害というのか、いい加減捨てたい考え方も、そう簡単には消えてくれないもんだ。
だから、勝手に結論を出そうとする自分の頭に、結論が出ようが抵抗をする。
いい夢だった。そう締めくくるのは簡単だけど、結衣に言われるまでは曲げない。
信じ続けて、ダメだったらすっぱり諦めよう。
未練を残すな。最後だって決めてたんだから、相手がきっちり切り替えて次を目指せるよう、胸を張っていよう。
「比企谷くん、ここの蔵書、読んでも構わないかしら」
「へ? あ、ああ、いいぞ」
「ありがとう」
雪ノ下はそう言って、リビングの端の蔵書に手を伸ばした。
適当なものを見繕うと、近くのソファに座って熱心に読み始める。
一色は小町に呼ばれて小町の部屋に。
三浦さんは隼人と料理の改善点についてを話し合い、彩加と義輝は翔と一緒にラノベの話で盛り上がっていた。
結衣は……さっき俺が作ったデザートを手に、とたとたとリビングを出ていった。
ハテ? 何処に……って、俺の部屋か小町の部屋くらいしかないよな。
とりあえず翔に一声かけて、結衣を追うことにした。
俺の部屋に行ったなら、なにか話があるのかもしれない。
なくても、女子ト-クに割って入ったことは謝らなければだ。
こういうのは経験上、後に回すのは大変よろしくない。何故って、妙なプライド……じゃないな、意地でもない、腐った男の虚勢が邪魔をして、面倒だからうやむやにしてしまおうとかいう下衆な考えが染み込んでくるからだ。
だから、謝れる時に謝る。男はそうじゃなきゃいけない。
(はぁ……こんな気分になるのも久しぶりだな……。中学以来?)
人と自分を比べて、多少だろうと優れている部分を探すのが人間だ。中学の頃に……いや。言ってしまえば、小学の頃にとっくにそれを知っていた。
周りがそうだったから、“じゃあ自分の中でどれかが誰かより優れていれば”と得意なものだけに躍起になったこともある。
なまじ本気になれば出来ることが多かったから、それで勘違いをして失敗した。
いっそ“努力をしなければ”と危機感を覚えるくらいに駄目な自分だったらよかったのに、出来てしまったから“頑張れば出来るもの”と勘違いした。
そういう失敗って、結構あるよね。
ええとその、なにが言いたいかというとだ。
俺が比べられる相手なんて、もう過去の自分くらいしか居ないわけだ。
で、過去に失敗したなら、そのままでいいと思える自分も合わせて考える。
どう謝るべきか。
……いや、謝罪に小細工とか浅知恵を混ぜるのがそもそもアウトだ。
謝罪は真っ直ぐに、気持ちを込めてだ。
うん、大丈夫。
結衣ならきっと───……っとと待った待った待て待てっ、誰々ならきっととか、自分の理想を押し付けるのはアウトだ。
あいつなら許してくれるを前提に置いたら謝罪の意味がないだろう。
(真っ直ぐ行ってごめんなさい。よし!)
考えている内に階段を登り切り、いざ自分の部屋の前。
開けっ放しだったそこを通ると───…………
「………」
「っ!? あっ……ひ、っきぃ……!?」
……何故か、俺のベッドの上にデザートぶちまけた結衣さんが。
……え? なにこれ。
食べたくなくて、食べなくて、俺の部屋に持ってきて、それで、それで……
いやがらせ
すぐにその文字が頭に浮かぶ。
自分の知る、雪ノ下のよく知る、俺達のもっとも嫌う行為だ。
雪ノ下自身のことは、ある程度親しくなってから雪ノ下に教えてもらったことだけど……これは、なかなか……。
「……、」
ぐぐっ、と気持ちの悪いものが喉まで競り上がってくる。
なんでよりにもよってお前が、と叫びたくなる衝動を飲んで、冷静に……冷静になれるようにと拳に力を込めて落ち着かせる。
冷静にだ、落ち着け、焦るな、理由が……理由があるはずだから、考えるんだ、まず。
怒鳴っちゃだめだ、話を……話を……。
「……。デザート、そんなに気に入らなかったか?」
「っ……」
一言目、自分の声なのか疑えるくらい、低い声が出た。
結衣が息を飲むのが見えて、もっともっとと落ち着かせようとする。
「会話に混ざったの、そんなに嫌だったか?」
「ち、ちがっ……」
近づきながら、勝手に低くなる声で質問を続ける。
結衣は怯えた顔で首を横に振る。
……。それを見て、まずは深呼吸。怯える彼女に手を伸ばし、
「《ディシィッ!!》きゃうっ!?」
「悪いことしたらまずはごめんなさいだ、馬鹿」
デコピンをした。
……うし、飲み込んだ。
複雑な人間ドラマとかラノベとかギャルゲーじゃあるまいし、こんなことでいちいちこじれてたまるかダァホ。
「あー……状況確認だけど。ここに来れば俺も来るって思った。で、デザートは俺と一緒に食べようとした。でも躓くかなんかしてデザートをこぼした。OK?」
「……! ……!!《こくこくこく!!》」
「……そか。けど、なんだって一緒になんだ? べつに下で食べてもよかっただろ」
「だって…………謝って、仲直りしてから……食べたくて」
「? へ? 仲直りって?」
「え、と……さっきの、ほら……怒鳴っちゃったの……」
「……んん? だってあれ、俺が結衣と三浦さんの女子トークに割り込んだから怒ったんだろ? 中学の時の女子とかの反応に似てたし、女子の話に割り込んでんじゃねぇよマジキモい死ね、とかそういう意味じゃ」
「!? あっ……あたしっ! ヒッキーのこと、絶対にそんなふうに言ったりしないよ!?」
「《びくぅっ!?》おぉわっ!?」
怒鳴られた。
え、あの……なんかさっき怒鳴られた時より怖いんですけど……?
「あの……あのね? あの時は、ちょっと恥ずかしいこと、話してたから……! ヒ、ヒッキーに聞かれるの、怖くて……だから……!」
「おう、つまり俺が悪かったってことだろ? タイミングとかそっちの方向で」
「そうだけどそうじゃなくて! タイミングのことは、ほんと、ごめんだけど、違うのっ、ヒッキーはちっとも悪くない! あたしが、なんにも考えなかった所為で……ヒッキーを我慢させちゃってたから……!」
「…………」
我慢。
違うの。
悪くない。
ん、んん……?
困った。女性の言葉で“信じるな、信じれば後悔するぞベスト”の言葉が耳に届く。
とりあえず言い訳をする女性の“違うの”ほど当てにならんものはないと聞いた。何処とは言わない。でも聞いた。
悪くないとか、誰が悪かを決めたがる女性にも注意しろというものもある。どことは言わない。ただ悪がどうとかは俺が言い出したからそれはいい。むしろ俺の馬鹿。
で……うん。そのー……うん。とりあえず落ち着いたほうがいいんじゃないだろうかね、俺も、結衣も。あと染み込み過ぎる前に、掛け布団をなんとかさせてください。
頬をコリリとひと掻き、布団の上のデザートの処理にかかると、クンと服を抓まれる。いやあの、話があるのはわかるんだけどね? 俺今日もここで寝るわけでして。
「ひっきぃ……お願い、話……聞いて……? やだよ……こんなかたちで喧嘩なんて……あたし、やだ……」
「………」
「《こつんっ》んゆっ……! ひ、ひっきぃ……?」
軽く拳骨。強くとか無理。
「ゆ~い。悪いことしたら?」
「ぁっ…………ごめっ……ごめんな、さい……」
「よし、許す。それから……俺もごめん。結衣の言う我慢っていうの、俺にはどういう意味だかわからない」
「えっ……? あ、あの……それは……ほら……えと………………ひっきぃい……」
「《ぎうー……!》いやあの……やめて? 涙目で上目遣いとか、服、両手で掴むとか」
やだ可愛い。首だけといわず、体全体で向き直って抱き締めまくっていいですか?
「あの、あの、あのっ……! べっ……ベッド、ベッドの……上で、さ……?」
「お、おう……?」
「抱き合って……キスしたり、してさ…………でも、その先とか……全然、なくて……」
「その先って……」
…………え?
もしかして、望まれてた、とか?
あれだけ無防備だったのはつまり、彼女からの精一杯の……?
でも俺はこの穏やかさが~とか思ってなにもせず、それが彼女の女性としてのプライドとかズタズタに……って待て待て、じゃあ我慢とかってどういう意味だ?
冷静になれ、冷静に。よし、とりあえずデザートの残骸、処理完了。
あとはべっとりついてしまったこのクリームなどを、ヴァンプ将軍から授かった知識を武器にきっちりと処理して……。
と、処理を優先していたら、結衣がぎゅううううと背中に抱き着いてきた。背中っていうか、俺が腰を折って処理をしていたため、ほぼ腰に抱き着くみたいに。
だだだだだ大丈夫だから! ないがしろにしてたとかそういうのじゃないんだ本当に! ただこういう汚れって本当に性質が悪いから!
あとごめん! こういう腰を折っての作業とかしてると、無駄に重い息とか吐くから、それが溜め息に聞こえたりするよね! 経験あるからほんとごめん!
なので処理を終えた掛け布団を抱えて、結衣に一言言って手を離してもらうと、すぐにそれを脱衣所まで持っていって、すぐにまた戻る。
それからきっちりとドアを閉めて鍵を閉めて、結衣をベッドに座るように促すと、俺も座ってきっちりと聞く姿勢。
誤解は解くべきである。
誤解だって解だ、とか言っている場合じゃない。
「よし、話し合おう。まず俺は怒ってないし、むしろ俺が結衣を怒らせたんだって本気で思ってた」
「お、怒ってないよ!? ほんとにっ! だだだってあたしが自分勝手に怒鳴っちゃって、だから……!」
「……そっか。それは、よかっ……~~っ……はぁああ……!! よかったぁああ……!!」
うわ、すげぇ、自分で自覚出来てなかったくらい安心してる。
心がすごく沈んでたっていうのがわかるくらい、一気に重たいなにかが消えた気分だ。
「……いやもう、ほんと、中学の時のアレが再来したのかと思った……よかった……ああ、よかった……!」
「ヒッキー……~……ごめんね、ごめんねヒッキー……」
「ん、許した。で……なんだけどな。我慢ってなんのことだ? たぶん、ここでわかったつもりで頷くのは簡単なんだろうけど、言わなきゃわからないことだよな、これ。わかったつもりになって後で後悔、はもうしたくないからさ。よかったら話してくれないか? ……あぁその、これがデリカシーのない言葉だったら、ほんとごめん」
「…………」
訊いてみると、結衣は首を横に振った。
てっきり話したくないって意味かと思えば違うようで、顔を真っ赤にしながらも……聞かせてくれた。
「ゆっ……優美子がさ、教えてくれて……。おとっ……男の子は、みんな狼だ、って……。それなのに、あたしはヒッキーに抱き着いたりキスしたりして、一緒に寝てるのにそれじゃ、ヒッキーを我慢させてるだけだ、って……」
「………」
「ひっきぃ……正直に答えて……? 我慢、してた……?」
「………」
……YES。これは、正直に答えなきゃまずい。
けど、自我がヤバくなれば、その衝動を抱き締めて可愛がりまくる方向に向けてきたし、正直苦しいってところまでは行きはしなかった。これからはどうなるか、とかはわからないけど。ほら、我慢って限界に弱いし。むしろ限界を理由に我慢をぶち破るのが人間ってやつだと思うのですが。
というか好きな人にこういうこと訊かれるのって、気まずいってレベルじゃない。サザウェさんもびっくりなほどに裸足で駆けてでも逃げ出したい。
「~……してたんだ、我慢……。ううん、させちゃってたんだ……」
「あぁいやいやちょっと待て、べつに俺はそれで嫌な思いをしてたとか、そんなことはないぞ?」
「……やだ。信じない」
「え゙っ……えぇえっ……!?」
本心を言ったつもりが却下された。
「あたし……高二の頃から、さ……高二にもなってその、えと……処……女、とか……恥ずかしい、って周りが言ってるの、気になってて。でも……そんなの、あたしたちのペースでいいんだって思ってた」
「お、おう。俺も───」
「でもね、それは……好きな人に我慢させてまで、そうありたいってわけじゃなくて……。あっ……ほんとね? その想いに、周りの人とか関係ないんだ。ただあたしとヒッキーの問題で……あたしだってそういうことに興味はあったし、ヒッキーがそうしたいならって……求めてくれるなら、それはとっても嬉しいなって」
「………」
「そういうことって、自然にそうなっていくものなんだって……そう思って。そういう時が来たら、委ねていこうって思って……。でも……だめだね。あたし、ヒッキーに寄りかかりすぎてた。だって、いっつも楽しくて幸せで、怖くもなくて、不安もなくて……。一緒に寝る時にさ、そういう緊張とか不安とか、あまり出てこなくなったら……その“自然”っていうのがいつくるものなのかとか、考えること……なくなっちゃってた」
「………………うん」
「だから……ヒッキー。一歩ずつ……いいかな。……あたしたち……進んでも、いいかな」
「……もちろん。ていうか、そういうのって男がもっとシャッキリしておくべきだよな。ごめん」
「ここでごめんはなしだよ、ヒッキー。あたしだって、無理に踏み出して傷つけたり嫌われたりとか、したくないもん……。不安になる気持ち、わかっちゃったから……」
「結衣……」
きしり、と。
結衣が空いていた距離を詰めてくる。
俺も、まだ空いていた距離を詰めて、手を伸ばし……抱き締めた。
「……いいか? 一歩」
「うん……一緒に、だよ。ヒッキー」
「ああ、一緒に」
傷つけないように嫌われないように、壊れ物を扱う気持ちで大事にしてきた。
けど、ここからは違う。
大事な一歩を一緒に踏み出して、知らない知識を互いに埋めるようにして学んでいく。
……のは、いいんだが。
「……結衣」
「うん、ヒッキー」
「……なにからも学ばずに、俺達だけでお互いに探っていくっていうの……やってみていいか?」
「……? それって?」
「い、や……その、な。中学の時とか、そりゃ年頃の男だから、そういうのを調べもした俺だけどさ。正直、深いところはまでは知らない。結衣と知り合ってからは、嫌われたくなくてそういうものには手を出さなくなったし、知識も……止まったままだ。正直、なにをしたらいいのかとか、知らない」
「《かぁああ……!》う、うん……そっか、ひっきぃもなんだ……。あたしも、友達とかがそういうの話してると、わざと聞こえないふりして離れて……さ。雑誌とかあっても見ないで……なんかヒッキーに悪い気がして」
「そ、そか」
「うん……」
「………」
「………」
「だから……うん。むしろ……ちょっと憧れる、かも。あたしたちだけで、あたしたちの愛し方……って」
「……うん。けど、その……な。どこらへんから一歩踏み出せばいいのかとか、正直わからない。とんでもないこと要求して結衣に嫌われるのも嫌だし、そうじゃなくても傷つけるのも嫌だ」
「……ねぇ、ヒッキー。傷つけない、なんて……無理だよ? 絶対になんて、どうやったって無理なんだ。だってあたしたち、まだまだ知らないこと、いっぱいあるもん。言いたくて言ったことじゃない言葉も、きっといっぱいある。知らずに傷つけちゃうことだってきっとあるよ。だから……さ。そんなに、怯えないで……? 傷ついても、仲直りできるあたしたちで居ようよ……」
「結衣……」
抱き締めたままの結衣が、俺の腕の中でもぞりと動いて、俺の背中に回した手でぎゅううと服を握り締めてくる。
まるで、そんなに弱くないからと伝えるように。……俺に、勇気をくれるように。
「……結衣」
「うん」
「ごめんな。今から、お前を傷つけるかもしれないけど」
「……うん。大丈夫、ちゃんと……受け止めるから」
「結衣……」
「ひっきぃ……」
そんな勇気に手を引かれるように、やがて一歩を踏み出した。
結ばれるための行動ではなく、近づくための一歩。
未だ知らないお互いを知るために、少しずつ少しずつ、俺達は……
───……。
……。
…………。
気づけば雨は上がっていた。
時刻は午後6時あたり。
俺と結衣は興奮の消えない上気した顔のままにキスを繰り返し、やがて離れた。
「……ひっきぃ……」
「結衣……」
進んだ歩みは一歩。
今まで触れたこともなかった場所に触れ、けれど深い行為にまで及ぶことはなく、触れながら抱き締め合い、布団の中でもみくちゃになるみたいにごろごろと体勢を変えながらキスをしてお互いを求めた。
何度も言うが、一歩だ。最後までは至っていない。
服の上からでも大きいと実感できたアレや、胡坐の上に寄りかかられた時にも感じたソレに触れるに至り、興奮で頭がどうにかなりそうだったが、自分の結衣を大事にするという意志は、自分が思っている以上に強いらしい。
理性さんがギャアアアムと叫ぶ中でも頑なに慈しみ、襲うなんてことは意地でもしなかった。
……まあその、胸もお尻も随分と触ってしまったわけですが。
ともかく、一歩を進んだ関係で愛し合う途中、決めたことが幾つか。
一つ。歩みはじっくりと。まずはいつも通り、じゃれ合うみたいに抱き締め合ったりキスしたりから始める。
一つ。がっつき厳禁。欲望に負けたらダメ。負けたヒッキーじゃなくて、勝ったヒッキーと一緒に居たい。……って言われちゃ頑張るしかない。というか、それはこっちも同じ気持ちだったから構わない。
一つ。自分で慰めるの禁止。そういうのは一緒に。……だな。一緒に。……エ? 一緒って……エ?
一つ。大好き。キスは何回でもしてくんなきゃやだ。……いや、それ俺もだし。
一つ。い、今は服越しだけど、その、えと、少しずつ……ね? ……お、おう…………おう。
などなど。
そんなわけで、胸やお尻だけでなく、腕や腰、首周りなどを撫でたり舐めたりする合間、口が空けばキスをする、なんてことを繰り返し、俺達はやがて離れた。
結衣はとろんとした目と、力を抜ききった、自分を預け切った状態で俺の腕にすっぽりと納まっていて、もぞもぞ動いて少し位置をズラすと、また俺の首をかぷかぷしだす。
気に入ったんだろうか。……いや、俺も気に入ってるんだけど。
甘やかすつもりで抱き締めて、後頭部と腰に手を回してゆっくりと撫でると、きゅう、と小さな声が聞こえて、ぎゅうううときつく抱き締め返された。可愛い、やだ可愛い。
「……なんか……このあとにみんなと会うの、すっごく……恥ずかしいね」
「うぐっ……」
それな、マジそれ。
「結衣、行けそうか? 行けそうっていうのはその、顔をあからさまに赤くしないで、きょどらずにって意味で」
「~~~……無理ぃい……!!」
ばふっ、と布団に潜ってしまった。
掛け布団は脱衣所なので、布団っていうか毛布だが。
「あー……うん。じゃあ俺がなんとか言いくるめるから。なんかすぐいろいろバレそうだけど、頑張ってみるから。結衣はここに居てくれ。な?」
「…………《きゅん》」
「結衣?」
「う、ううんっ? なんでも……。ありがと、ヒッキー。あと、ごめんね」
「いいよ、気にしないで」
くれ、と続きそうになるのを無理矢理止める。
……前の自分の口調って難しいなと思いつつ。
すっかりぶっきらぼう口調の方に慣れてしまっているあたり、少しショックだった。
ともあれ立つ。立って、まずは翔や雪ノ下たちにする言い訳を考える。出来るだけ難しく。
じゃないとご神体様がグワッハッハッハーなので、部屋から出ることが出来ない。
しょーがないでしょ最愛の人とあんなことしてたんだから!
くそう自分の体が男として正常すぎて泣けてくる。よく今まで我慢出来てたなって今さらながら、“今までの自分スゲェ”とか思うくらい。
溜め息一つ、自分の中で最も面白くも楽しくもないことをわざわざ考えつつ、ご神体様が俯いてくださるのを待った。
……ちなみにこんなになっても処理は禁止だから、ある意味地獄の始まりである。
イ、イエべつに? ワテクシそったらことシテマセンシ? いや、これは本気で。
ただ愛しさ故に、穢しちゃいけないと耐えてきたものから触れて欲しいと許可が出てしまったあたり、宇宙の法則というか八幡の法則が乱れまくりである。
俺……これからどうなるんだろう……。
傷つけないようにってのは大前提な。うん。……頷いた途端、ご神体様が俯いた。
……おい。結衣のこと全身全霊で大事に思いすぎでしょ、俺……。
/次回予告……みたいなもの
「いろはす五人分の短冊……」
「やめてよぉ! そこはスルーでいいじゃん!」
「……ヒッキー? 悩みがあるなら相談して?」
「このっ! どうやって仲良くなったんだあんな良い娘と! このっ! ニクイねこのっ! こっ……憎い! 男として憎い!」
「…………《ゴゴゴゴゴゴゴゴ》」
「…………《ドドドドドドドド》」
「《コッパァン!!》はぶぅぃゆ!?」
『ハッピーバースデーだ! あんた!!』
「やめてゆきのん!? それ言われてみるとわかるけど、全然笑えないよっ!?」
次回、お互いが好きすぎる男女のお話/第八話あたり:『そうして、今日もどこかで青春する①』
ひたすらいちゃいちゃするだけの話であった……。
いえまあほんとはゴリゴリ書くだけ書いて、UPするかは悩んでいたものでしたし、いいのですが。
10万文字あたりの小説UPしないとかアホですかとか言われるやもですが、読む方にしてみれば楽しいかどうかですしね。
正直本気で蛇足でしかないかなぁと思っていたものなので。
したらな!