どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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そうして、今日もどこかで青春する①

 それから……十数日の日々が流れた。

 

「はっぽぉおーーーん! 今日も筆がノる! 書ける……書けるぞぉお!!」

「んぉ? よっちゃん俺のこと呼んだー?」

「るふぅ!? いやっ……そ、その翔ではなくてといふか……!」

 

 それから、ってのはアレな。日曜の雨の日に全員が集まって、友人ほったらかしで俺と結衣でイチャイチャしていたあの日から、ってことだ。

 その十数日の中でやったことは……まあ、いろいろだ。

 義輝の小説の添削を手伝ったりとか、ジョギングに三浦さんや隼人を誘ってみたりとか、やってるバイトに隼人を誘ったりとか、いろいろだ。

 

「はっ……はっ……! あんたらほんとっ……! よくこんなん毎日っ……!」

「俺はサッカー部で鍛えたから全然余裕だけど……大丈夫か? 優美子」

「あの太い中二に負けてるってのがやたら腹立つ……! そりゃあーしだって、そういう方向の努力はしてるけど、これは走りすぎっしょ……! っ……はぁっ……テニス、続けときゃよかったかも……!」

「優美子っ、走ってる時に怒ったりしちゃだめ。余計に呼吸、乱れるよ?」

「~……結衣、あんた胸そんなに揺らして、平気なん……!?」

「むっ、胸は関係ないでしょ!? なに言い出すの優美子!」

 

 あの日、部屋に行く前に翔に声をかけておいたことが幸いし、なかなか戻ってこない俺と結衣に気を利かせ、翔はみんなを促して帰っていてくれたらしい。……ええ、スマホにメール来てたよ。そして小町に怒られたし呆れられた。“友達ほっといてなにやってんのー!”って。正直に“結衣とちょっと喧嘩しそうになって、それ関連でいろいろあったんだ”と言ったら、むしろ“おっけーお兄ちゃん小町がまちがってたよ!”と元気に言われたよ。

 

「いらっしゃいませー」

「なぁ……八幡。生徒会がバイトとか、いいんだろうか……」

「隼人……それを気にするのはさすがにいきすぎだろ……。平塚先生の許可は得てるし、問題ないって。っつーかロウソンってほんと、艦これのコラボ多いよなー……」

「由比ヶ浜さんのために、何かお金が必要なのか?」

「……俺、そんなにわかりやすい?」

「こと、由比ヶ浜さん関連じゃな。けど、良い顔してる」

「……そか」

 

 小町にとっては、俺が喧嘩なんぞで結衣と別れることの方が一大事に繋がるらしい。いや……俺本当に、ちゃんと友達のことも大事よ? 生奉部メンバーには悪いことしたなって本気で思ってたし。ただ状況が状況だっただけで……はい、あとで面と向かって謝り通しました。みんなあっさり許してくれた。むしろ「いつものこと」ってフレーズで笑われたまである。全員に。

 

「あーもー! こんなことなら小町ももっと早くにお兄ちゃんと運動しとくんだったー!」

「お兄さんどんだけねばるんすか!? いやねばるってより持久力が……! あ、結局ねばってるんすか」

「いくぞ彩加!《パコォン!》」

「負けないよ八幡!《パコォン!》」

「おー、はっちまーん! 次俺とダブルス組むべー!」

「悪いー! 隼人に先に誘われてるんだー!《ぱこぉん!》」

「結衣、次あーしと組んで、ヒキオと隼人、ボコるよ」

「ぇええっ!? ど、どしたの? なにかあった?」

「さっきすれ違った男に、どっちが男女仲がいいのかとかくっだらない目で測られた。むかつくからちょっち付き合えし」

「べつに自分の中の物差しでいいんじゃないのそれ!?」

「ちょっ……はぁっ!《ぱこんっ》待っ……!《ポコッ》ゆ、雪乃ちゃっ……強っ……!《ぽこんっ》」

「あら《ズパァン!!》誰がいつ《バコォン!》名前を呼ぶことを《ドコォン!》許可したのかしら《パッコォン!!》」

「……ああはなるまい」

「ゆきのーん!? これから葉山くんとダブルスやるから、手加減! 手加減ー!」

「その呼び方、やめてもらえるかしら」

「まだだめなの!?」

 

 一歩がどうのを踏み出す前に、メールでも飛ばしておけばよかったのかもだが、メールで“今日は帰っててくれ”とか言うのって誠意がまずないだろ? せっかく雨の日に来てくれたのに、メールで帰れとかあんまりだ。

 

「もははははは! 撃ってセニョーレ! かっきぃーーーんっ!!《ぼすんっ》はぽっ!?」

「なはははは! よっちゃんはーずれー!」

「バッティングセンター来るのなんて初めてだよ俺……」

「あ、あたしも……えと、ヒッキー? 飛んできた弾を打てばいいんだよね?」

「究極的にはつまりそういうことだよな……っと、彩加が打つみたいだ」

「さいちゃーんっ、がんばれー!」

「すーはー……大丈夫……! テニスでボールは見慣れてるし……ここっ!《カィンッ!》あっ……やったぁ! やったよ八幡! 僕打てた!」

「さすがっす戸塚先輩! っし、俺も比企谷さんに格好いいとこ見せて……! いくっす! せぇりゃ《ガィンどぼぉっ!》ほごぉっ!?」

「てぃっ……T氏ーーーーーっ!!」

「T氏がやられた! 衛生兵ーーーっ!!」

「しっかりしろT氏! 傷は浅いぞ!」

「たっ……大志っす……!」

「男子ってこういうノリの時、歳の差なんて気にせず騒ぎますよねー……」

「あー、わかりますよ一色先輩……戸部先輩と中二先輩ってほんとそれですから。戸塚先輩がエンジェルすぎますほんと」

 

 じゃあきちんと帰るって言う時間まで付き合って帰ってもらえばよかったのか、といえば、それじゃあ結衣に申し訳ない。心に不安を抱いた状態の結衣をあのまま待たせたらまずいって、さすがの俺でもわかる。だから……まあその、そうなったわけでして。

 

「っし! 依頼完了! ぃんやぁ今回の依頼は楽なもんでよかったわー!」

「うむ! こうなるとなにかしら、達成した時の合言葉でも欲しくなるものだな!」

「お? それってばどんな? どんな系?」

「うむ……こう、全員がフードを被るかイメージカラーを身に纏い、メカクシ完───」

『おいやめろ』

「あ、じゃあひとりひとりイメージできる動物で、とかはどうですかー? ほら、雪ノ下先輩なら猫、って感じでー」

「そうね。あなたはイタチかしら」

「……即答でどうしてそれが出てくるんでしょうね……」

 

 ともかくだ。あれから、学校で顔を合わす度に真っ赤になる俺と結衣は、奉仕部のみんなに首を傾げられたものの、どんなことをしていたかとかはバレないままでいる。普段からいちゃいちゃしてたから、どうせその延長で時間とか忘れてただけだろうって思われたようだ。三浦さんだけは顔を真っ赤にしてたけど……うん、いろいろ気づいてたっぽい。

 

「散々体動かしてからの方が、頭が回るっつーけどさー……っかー、やっぱ難しいわー……。あ、でも勉強の時は海老名さんも一緒だから、俺的には嬉しいっつぅかぁ!」

「うー……お兄ちゃん、ここ、わからないんだけど」

「お前はもうちょい、人に訊くより頭を動かしてみることを覚えような……」

「お兄さん、頭動かしてみてもわかんないっす……」

「おし、考えることを放棄すると、脳がまず働かないからそれでいい。考える時間はきちんと持つこと。いいな? んで、わかんないのはどこだ?」

「お兄ちゃんが大志くんにやさしい!?」

「あほ、俺ゃちゃんと努力するヤツにはやさしいっての」

「せんぱぁ~ぁいぃ~、わたしもぉ、ちょおっとここがわからないんですけどぉ~」

「ヨカッタナ」

「なんでそこで棒読みなんですかー!! かっ……可愛い後輩がお願いしてるんですよなんですかその態度ちょっと信じられないですありえないです!」

 

 そんな日々からしばらく。勉強して生徒会して時々奉仕部して、時間が来れば帰って……金曜のその帰宅に結衣がついてくるようになって、家に着けば俺の部屋に入って鍵を閉めて、じゃれ合うような抱擁から。

 

「ふぁあ~~……はふ。最近、仕事増えたよねー……」

「眠いか? ならまた今度でも───」

「……やだ」

「……そか」

「我慢はなし……だよ? あの、ね? 女の子だって……好きな人と、そういうことしたいって……思うんだから」

「……男もだよ。ただ、疲れてるのに無理矢理、っていうのは嫌だからな」

「……ん。ありがと。えへへ……心配してくれるの、うれしい。いっつもいっつもありがとね、ヒッキー」

「……おう」

 

 小町には勉強をしていると言ってあるが、実際勉強もしている。そりゃもう全力で。これが原因で成績落とすなんてあっちゃならないから、俺も結衣も本気だ。本気だから、お互いを知る勉強も一歩一歩。進み過ぎて、タガを外さないように。

 

「稲妻式ドーナツ、っべー! 美味くて甘くてサクフワやっべぇえーーーっ!!」

「あはははは! うん! なんか嬉しくて、顔が笑っちゃうね! 八幡っ、これ美味しいよっ!」

「けぷこんけぷこん! うむぅ……! 甘々と稲妻……実に奥深い……!」

「驚いたな……いろははお菓子作りも上手かったのか」

「趣味の域ですけどねー。どっかの誰かは人のチョコ食べてくれませんでしたしー?」

「は、はは……なんか、すまない」

「大志、お前のねーちゃんにも幾つか持ってけ」

「えっ!? いいんすかお兄さん!」

「さすがに作りすぎだろこれ……あ、彩加も良かったら親御さんに」

「いいの? ありがとう八幡、きっと喜ぶよ!」

「おう」

「あ、じゃあ……妹の分もいいっすか? きっと喜ぶと思うんで」

「持ってけ持ってけ。他に欲しい奴いないか? 普通に渡すのもいいし、厄介者を黙らせるためにも使えるかもしれないぞ」

「……、あの姉が、ドーナツを持っていた時にだけ都合よく現れるとは思えないけれど」

「姉? 雪ノ下に姉……ああ、そういえば平塚先生が言ってたような。……持ってくか? 今の言い様じゃ、あまり仲が良さそうには聞こえないけど……あ、まあそれじゃあほら、厄除けとしてだな。出てきたらマグネタイトを施すノリで」

「……現れなかったら私が食べるのでしょう?」

「他の誰かにやってもいいって。あー、その、ご近所さんとか?」

「………」

「……俺が言うのもなんだけど、ご近所付き合いとかしといた方がいいんじゃないか……?」

「突然挨拶されてドーナツを渡される方が異常ではないかしら」

「………」

「………」

 

 正直まだ、抱き合ってキスしてごろごろして、だけでも満たされるくらいの幸福感はある。けどそれだけじゃ進めないからと、やっぱりスローペースで少しずつ、お互いの関係を進めていった。

 

「クレープってほんとに家で出来るんだな……!」

「おぉおお……! 小町、なんだか感動です……!」

「このために材料買ってきた甲斐があったってやつだしょおこれってばさぁ! あ、俺ナッツとチョコとバナナと……!」

「あ、ちょ、割り込まないでくださいよー戸部先輩ー!」

「クレープって不思議と先に先にって気持ちにさせるよね……あ、はいヒッキー、あたしすぺしゃる!」

「おう、ありがとな。じゃあこっちは俺スペシャルで」

「……どっちもめちゃくちゃ甘そうであるな……! 我、見ているだけで胸やけが……!」

「んーなの普通っしょ? ほれ結衣ー、あーしのも見ろし」

「ちょっ、優美子!? いくらなんでも盛りすぎだよ!?」

「あの、比企谷さん? ちょっといいかな」

「お? なに大志くん。小町、今トッピング盛るのに大忙しなんだけど」

「あの、さ。なんていうか、生徒会なのに運動して食べてばっかりな気が……大丈夫なのかなこの部活。俺、この部活に入ってから肉も筋肉もついたって、姉ちゃんに驚かれてるんだけど。生徒会って言ったら“あぁ……”って遠い目で納得されたし」

「そりゃ、あんだけ走ってこんだけ食べればねー。おお、さすが小町スペシャル! おいしー!」

「……なのに戸塚先輩、筋肉がついてるように見えないよね……。あの華奢さのどこにあれだけの瞬発力が……」

「大志くん。戸塚さんのことに疑問を抱いちゃだめ。戸塚さんはいろいろなものを超越した存在だって思えば大丈夫だから」

 

 当然、泊まる日以外の結衣の帰宅は俺が付き添って送る。

 マンション前で別れる際に、キスをしているところをママさんに目撃されて、大変驚く、なんてハプニングもあったが……順調に歩めていると思う。

 

……。

 

 さて、そんなことを続けつつ、迎えるいつかは七夕。

 学校が終わるや、奉仕部全員が俺の家に集まって、軽い七夕パーティー。

 雪ノ下が少々遅れてきて、姉さんの誕生日だったから軽く顔を出して来た、と。

 いやあの、軽くでいいの? 俺とかアレだよ? 妹の誕生日って盛大に祝ったりするけど?

 

「さっさーのーはーさ~らさら~♪ …………あれ? 次なんだっけ」

「おっ、ガハマっちゃんその歌、なっつかしくねー!? 正式名称とか知らんけど、七夕の歌でよかったっけ? …………ん、んお? ……なあなぁ八幡? さ~らさら~の次ってなんだっけか?」

「軒端に揺れる、よ、戸部くん」

「おー! …………おー…………雪ノ下さん? のきば、ってなに? 退路? 退く場所?」

「あーほら戸部先輩? 軒、ってあるじゃないですか。のきした~、とかそういうの。軒端っていうのはその軒の下です。文字通りで言うならその端っこっていいますか」

「おぉお、すぐ答えられるとかいろはすすっげぇわ……!? あ、んじゃあ“すなご”ってなに? 砂の子どもとか? え? 金銀なん? ……色とりどりの」

「砂時計並みの細かい砂、ってことでいいんじゃないか? 二番の出だしは“五色の短冊”だったな。色とりどりって呼べる数かどうかはわからないけど」

「いろはす五人分の短冊……」

「戸部先輩? ヘンなこと考えてるなら竹で殴りますよ?」

「こわっ!? いろはすこっわ!? い、いんやぁ俺もちょっと調子乗っちゃったっつーかぁ……めんご?」

「あなたたちは……。少しくらい静かに風情を楽しむつもりはないの……?」

「いいじゃないですか雪乃さんっ、せっかくのこういうイベントなんですからっ! で、短冊といえば願いごとですけど……雪乃さんはなんて?」

「教えないわ」

「……世界平和、くらいじゃなきゃ、普通は誰も教えませんよね」

 

 辺りはとっくに暗く、そんな中で集まった面々は思い思いに短冊を飾る。

 俺の願いは……いや、専業主夫とか書かないからね? ほんとに。

 やりたいことは自分で達成する。だから、神頼みとか誰かに頼らなきゃ無理ってものを書くのが習わしだと思ってる。

 なので、生徒会奉仕部の無病息災。もちろん平塚先生込みで。

 ……短冊に結婚したいとか書いてないといいけどなぁ。

 あ、それと“腐った目つきが治りますように”だ。神様は叶えてくれなかったから。

 

「や、やー、でもさぁゆきのん? 七夕の夜って、特別~って感じ、するよね。なんてのかな、静か~とか綺麗~とか、なんかそんな感じの」

「歌いだしておいて、歌いきれなかったのが恥ずかしいのね」

「やめてよぉ! そこはスルーでいいじゃん!」

 

 今日も結衣が可愛いです。

 ほんと、中学の頃からは考えられないくらい、顔が緩みっぱなしの日々を送っている自覚がある。

 恋愛ってほんとすごいね。

 結衣と出会ってなかったら、俺ってどんな高校生だったんだろうなーって、もう何度考えたことか。

 とりあえずアレね。口調も尖って捻くれたものが定着していただろうし、コミュ障は重度のものになって、友達も恋人も出来なかったんだろう。

 高校デビューで頑張ってみようと張り切れば張り切るほど引かれて、それが尾を引いて二年でも三年でもぼっち。

 当然帰宅部で誰との接点もないままに、やがて卒業…………あれ、なんか泣けてきた。

 そうだよなー……翔も結衣にもらった伊達眼鏡のお蔭で話しかけてきてくれたし、彩加もそんな翔に便乗するような形で、だったんだ。

 となると……可能性があるのは義輝くらい? あの日、恥ずかしさのあまり逃げ出した結衣を追う真似をしなけりゃ、奉仕部に行くことだってなかったんだ、雪ノ下とも会えたかどうか。

 そうなれば奉仕部の依頼を通して知り合った連中全てアウト。

 ……あれ? 俺相当に悲しい高校生活送ることにならない? うわっ、俺の交友関係狭すぎっ……! ……解り切った結末でした。本当にありがとうございます。

 

(………)

 

 結衣が居なかったらか。今が幸せすぎる所為で、それを無くさないためにも本能的に考えていることでもあるのかもしれない。

 今の俺でもこうなんだから、あの病室で手を取り合わなかったら……いや、もし結衣が病室に来なかったら、どうなっていたんだろう。

 奉仕部員にはなったんだろうか。

 翔とは友達になれたんだろうか。

 彩加はテニス部に入部するのかな。

 義輝は……たぶん変わらない。

 隼人はみんなの隼人を貫いたりして、三浦さんを泣かせたりしたのかな。

 そして…………そして。

 俺と結衣は、どうなっていたんだろう。

 関係は……犬を助けた側と、助けられた側。

 病室に来なかったってことは、そこからの関係もなにもない。

 多少の罪悪感はあっても、やがて俺のことなんて忘れていたのかもしれない。

 

(……それと)

 

 翔は、海老名さんと付き合えたんだろうか。

 お調子者だけど、本当にいいヤツだから。

 男が男に願うのもアレかもだけど、幸せになってほしいって思うから。

 

(………)

 

 欲張りだけどもう一枚。

 ここに居るみんなが、多少の困難はあっても幸せになれますように。

 

「はっちま~ん! なーなー、なんて書いた? なんて書いた~? 俺はさ~、海老名さんともっと仲良くって書こうと思ったんだけど、それってやっぱ俺自身が頑張ることだべ? だからそれは俺が全力出すとしちゃってぇ~………………あー」

「翔?」

「…………八幡、やっぱ俺、お前とダチでよかったわ。今時こんなこと書いてくれるの、マジお前くらいだと思う」

 

 言って、俺の短冊を横から覗き見た翔は、俺の胸に自分の短冊を押し付けてくる。

 困惑しながら受け取って見てみれば、“俺のダチたちの願いが叶いますように”って。

 

「俺、こんな性格だからマジなダチとかあんま居なくてさ。お調子者っつーの? ただ雰囲気でツルんでるやつばっかっつーか……うん。ダチでよかった思える初めてが、八幡でよかったわ」

「翔……」

「はっ、あっはははは、っべー! なぁんかちっとマジムード出しちゃった系のアレじゃね俺達! 青春してるわー! 超してるわー! っべー!」

 

 照れ隠しなのか、べーべー言いながら離れていった翔は、願い事ではなく俳句を真顔で書き滑らせている義輝に絡み始めた。

 

「よっちゃんどんな願いごと書いてるんー!?」

「もははははは! 我の願いは川すら渡れんカップルなぞに叶えられぬわぁぁっ! 我は今! グレートハイカー中である! ……我が力、覚醒せりて、世を憂う」

「それって俳句なのかな……」

 

 彩加のツッコミ、というか素直な感想も納得の五七五だった。

 そんな彩加が「あっ」と声をあげて、俺を見上げてくる。

 

「短冊っていえばさ、短冊に書いたお願いごとって誰が叶えてくれるのかな。ねぇ八幡、知ってる?」

「ああ、それなら結衣が調べてたぞ? いや、俺も知ってるけど。結衣ー?」

「《ぴくっ》」

 

 呼んでみると、雪ノ下とわいわいやっていた結衣がぴうと駆け寄ってくる。

 そして“なに? なにっ!?”と尻尾を振るお犬さまのように、目をきらっきらさせて俺を見つめてくるわけで。

 ……どうしよう、七夕の願い事を誰が叶えるのか~とか、そんなことを訊くだけに呼んだなんて言いづらい。言うけど。

 

「ほら、そのー……あれだ。短冊に書いた願い事は、誰が叶えるのか~って話が出てな? ほら、結衣、張り切って調べてただろ? 知ってたら教えてくれないか?」

 

 お願いをしてみると、結衣はきゃらんと余計に目を輝かせて、ふふーんと胸を張った。

 そして説明してくれる。話してくれたことは確かに正解で、とてもわかりやすい説明だった。

 でも七夕の歌の歌詞は調べなかったっていうんだから、なんというか……可愛い。いやいやなんでもかんでも可愛いで済ますのはアレだろ。いや可愛いけど。

 

「まじっすか!? 初めて知ったっす!」

 

 あ、ちなみにこの七夕には川なんとかさん(弟)も来ている。

 あの豪雨の日にも来ようとしていたそうだが、姉に止められたんだそうな。

 で、願い事を叶える存在の話だが、実はこれ、叶える存在なんて居やしない。

 それもそのはず、本来が願い事を叶えてもらうために書くのではなく、願掛けっていえばいいのか……自分に言い聞かせるためのものって言ったほうがいいか。

 “叶いますように”、ではなく、“叶う!”と自分に発破をかけるために書くものなんだそうだ。

 だから短冊を書く時は“目の腐りが治りますように”ではなくて、“この目は治る! 腐りがなんぼんもんじゃい!”くらいの勢いで書くのが正解らしい。

 

「だよね、ゆきのんっ」

「ええそうね。よく知っているわね、由比ヶ浜さん」

「ふふーんっ、今日のために調べたからっ!」

「ふーん? んで結衣ー? 誰からも質問されたなかったらどうするつもりだったん?」

「ゔっ……」

 

 三浦さんの質問に対して、結衣はおずおずと俺を見た。

 おうとも、黙って全部を聞くとも。言いたいことも知ってほしいことも、ぜんぶ。

 そう言ってみせると、三浦さんは「あんたらほんと、妙なところで似てんのね」なんて呆れ混じりの声で言って笑った。

 

「大丈夫っす! 俺も聞くっす《ゾス》いたっ!? ちょ、なにすんすか戸部先輩!」

「はいはい~、そういう気の利いたセリフ、ガハマっちゃんには禁止なー。っつーか彼氏持ちの女子にやさしくするとか、ないわー、大ちゃんないわー」

「そうだよ大志くん。絶対に由比ヶ浜さんにやさしくするなっていうんじゃなくて、たとえばほら、もし大志くんが小町ちゃんと付き合うことになったとして、調子のいい後輩が小町ちゃんにやさしく、し、しまくりんぐだったりしてたらどう? 小町ちゃんだって後輩だから無下にできないって状況が出来てたら」

「んぐっ……い、いやっすね、それはいやっす」

「ごめんなー……俺とか戸塚ちゃん、一年の頃から八幡とガハマっちゃんのこと見てきたから、あの二人にはマジ幸せになってほしいんだわー……」

「いえ、謝らないでくださいっす。俺、なんかそういうのいいなって思うっすよ! 感動っす! お兄さんっ、俺、お兄さんのこと応援するっす!」

「それでもお前にお兄さん言われる筋合いはない」

「お兄さんひどいっす!」

 

 もはや慣れたようなやり取りに、細かな笑いが飛ぶ。

 “周囲に親しい人が居る世界”に慣れる日が来るなんて、これっぽっちも思わなかった。

 ……中学卒業したばかりの俺なら呆れたんだろうか。こんな、本来ならリア充どもがやるような日々の楽しみ方をする俺を見て。

 まあ、いろいろ思うところはあっても、心の奥底じゃあ……羨むんだろうな、とは思う。

 そんな気持ちが少しでもなければ、あの中学からの受験者が居なさそうな総武を受けたりはしなかった。

 心機一転したかった心なんて、もうとっくに過去のことだ。

 初日から車と衝突して、全部台無しになるはずだったあの日も過去。

 撥ねられなかったとしても、想像出来る未来はぼっちでしかなかったんだから笑えない。

 ……もしもはもしも。今は今だ。

 こんな賑やかさが当然の世界に辿り着けた自分を、今は手放しで喜んでおこう。

 

……。

 

 日々は怒涛の如し。

 七夕を終えて、賑やかさは保ったまま、俺達の日常は続く。

 勉強したり学校行事したり運動したりバイトしたり、お料理教室開いたりカラオケしたり勉強会したり。

 土日には結衣が泊まりに来るのが普通になっていて、少しずつ関係の歩を進めて。

 

「夏休み前に纏められるものは纏めておきましょう」

「えーとえーと去年どうしてたっけ!? 定期テスト終わったら、えーとえーとー……!」

「……そういや悩んでたのもあの頃の今あたりか。一年通して、悩み始めの周期とかあるのかね、俺って」

 

 原因は、七夕の時にも自覚した、一種の防衛本能のようなものなんだろうけど。

 結衣が居なかったら、を定期的に考えることで、彼女を失うような阿呆な行動は取らないように。

 

「……ヒッキー? 悩みがあるなら相談して?」

「あ、いや、今のはひとり言みたいなものんで……」

「………」

「あの…………」

「………」

「……ハイ」

「うん」

 

 去年の今頃を思い出すと、変わりはしたけど目覚ましい成長なんてしてないなーと思う。

 やっぱりそこは安易な変化が~とは思ってしまうものの、他人から言わせてもらえば随分とまあ変わっているらしい。

 あぁ、言ってくれた翔は、順調に海老名さんとの関係を〝っべーっべー”言いながら楽しんでいるらしい。……今年も戦場には赴くそうで、苦笑してた。「まだわかんねーこととかいっぱいだけど、それ含めて好きなんだからしゃーねーべ! いやー、惚れた弱みって文字通り弱いわー!」とは翔の言葉だ。

 弱いとか言ってるくせに、すっげぇ笑顔で話すんだから、もう早く幸せになりなさいよって感じだな。……逆か。幸せだから笑顔なのか。なるほど。

 

「………《ちらっ》」

「………《ちらっ》」

『…………《にこり》』

 

 そうした日々の中で、変わったものもいくつか。

 俺と結衣の関係は……なんというか一目見て“あ、こいつら絶対好き合ってるわ”ってわかるくらいにヤバいらしい。

 普段は仲の良い恋人同士って感じなのに、っていうかもうここで十分なのに、ふと目を合わせて微笑み合う顔が、それはもう見た者がホゥと溜め息を吐いてしまうほど、お互いを許し合っているような笑みなんだそうで。

 言われたってわからん。どんな顔だそれ。

 隼人曰く、“ああいうのって、よっぽど好き合ってなきゃ無理だと思う”、だとか。

 だから、言われたってわからん。ちょっと? ねぇ? どんな顔なのそれマジで。

 

『……! ……!』

 

 そうした日々。

 変化に微笑み、歩みを進める歩が、心をほぐし、溶かしてゆく。

 俺の部屋で関係の歩を進ませ、少しずつの歩みがとうとう幸福の絶頂に辿り着いた時、俺達は手を絡ませ、汗だくになりながらキスをした。

 もちろん繋がってはおらず、未だゆっくりと関係を深めている最中。

 脳を支配する甘いくせに強烈な痺れと興奮、震える結衣の体がかちかちと歯を鳴らし、そんな震えに耐えながらキスをする喜び。

 無防備な状態だからこそ近くに居てほしくて、結衣はそれこそ痺れや震えなど知らないと言うかのように、きつく強く抱き締めてきた。

 ……あ、無理、なんか感動。

 自分の腕の中で無防備に震えてくれる姿が愛しくて、保護欲から始まる感情が浮かびまくってきて、我慢もせずに、絶頂の所為かその前からか、とっくに涙で濡れっぱなしの瞳を見つめながら顔を近づけ、やがて目を閉じ、何度も何度もキスをした。

 離すたびに“好きだ”と伝えながら。




 /次回……元々一話のものを分割しているので、予告はなしです。

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