どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
さて、そんなわけで指定されたカラオBOXまで来て、一息ついたわけだが───
「ハッピーバースデー、お前~♪」
「ハッピーバースデー、うぬ~♪」
「ハッピーバースデー、親愛なる~はーくん~♪」
『ハッピーバースデーだ! あんた!!』
「ここで俺にやるのかよ!!」
結衣の時に出来なかったからって、俺の誕生日に“ハッピーバースデーうぬ”が来た。
あ、小町も呼ばれたようで、ちゃっかり居た。あの両親たちから逃げおおせるとは……。
「いやいやついに八幡も旦那さんかぁ~、一足先に家庭を持った気分とかどーよぉ!」
「さっきの今で実感湧いたらすごいだろ」
「おー! その通りだわー! あ、まあまあまずは一杯やるべ! あー、じゃあ今日の音頭はー……おっ、なんか結婚式とかするなら仲人とかマジ雪ノ下さんになりそうだから、雪ノ下さん頼むわー!」
「わ、私っ……!? いえ、その……そういうことはやったことが……というか、仲人というのは通常、“友人だから”などで頼むわけではないのよ? 家庭を持っていて、その家族仲も円満で、且つ両家の新郎新婦やその両親ともそれなりの仲であるという条件が───」
「いやいやぁ、なにも本気でやってほしいとかそういうんじゃなくて、思ったこと言ってキリのいいとこでカンパイ言やいーんだってばさぁ! さっ、軽い挨拶とかおめでとうとかオナシャスッ!」
「……、そういうことなら。……こほん。……ええと、暑さも染み入るこの夏、誕生日という忘れようのない日に結婚という───」
『カンッパァーーーイ!!』
長くなりそうなのでカンパイした。誤解の無いように言っておくが、翔の提案である。
そして雪ノ下は、カンパイの音頭を軽く無視された近藤真茶彦のように、影のある顔で遠くを見つめた。
「《ゾスゾスゾスゾス》いたっ! ちょっ! いった! 痛い! やめっ! 悪かったわぁマジめんご!」
そして翔は、真っ赤になった雪ノ下を見て、それはないだろって顔の隼人と小町に、左右から脇腹をゾスゾスつつかれまくっていた。
「今のは忘れてちょうだい……。けれど、二人とも、おめでとう」
「ありがとう、ゆきのんっ!」
「もう由比ヶ浜さん、とは呼べないわね。その……
「やめてゆきのん!? それ言われてみるとわかるけど、全然笑えないよっ!?」
いろいろな場所から笑みがこぼれる。
「18になった途端に結婚とか、先を越されたってレベルの話じゃねぇっしょー! っかぁー! もうほんっと……幸せにだべ! 結婚式、絶対呼んでくれよー!?」と翔に言われ、首に腕を引っかけられて引き寄せられ、何度もジュースでの乾杯を強要された。
ジュースで酔いでもしてるんだろうかってテンションだが、それだけ喜んでくれているんだろうかって思ったら、もう感謝しか浮かばない。
結衣は結衣で女性陣に囲まれて、結婚ってどんな感じかとか、やっぱり式はしなくちゃですよねー、とか言われまくっている。
「八幡の結婚式かぁ……タキシードとか似合うんだろうなー。絶対呼んでね? 僕、絶対にお祝いしに行くからっ」
「おう。頼むな、彩加」
「式はやっぱり教会式でいくのか?」
「それはやっぱり女性の夢だろうから、結衣がしたい方向で決めるよ。……十中八九、というか確実に教会式になるだろうけど」
隼人もそうだろ? と訊き返すと、苦笑を返された。
けど、その苦笑も随分と慣れたって感じのものだったから、我が儘も譲り合いも、結構言い合ってるんだろうなぁとか想像できた。
「おー、やっぱ女の子っつったら教会式だべ! ってーかガハマっちゃんにはそっちが似合ってそうだわ! あ、逆に雪ノ下さんとか和式とか似合ってそうじゃね?」
「戸部……結婚式のことで和式洋式って言い方はやめておいたほうがいい。教会式、神前式、人前式で分けるんだ」
「へ? 隼人く───あっ……そ、そーな。まじそれな。っべー……言われてみりゃ、俺の言い方だとアレみたいだったわー……どれとは言わないけど」
ていうか女性陣の目が怖い。翔がじとーと睨まれている。
翔は声が大きいから、ついぽろりとこぼした言葉でも拾われやすいしなぁ。
「るふぅん……知り合いがリア充で、既に結婚済みとか……まさか現実で有り得ようとは。いや、世にある妄想がどうとか言われているものも、そもそも前例があってのものだと考えれば。つまり我もラノベ作家に! そしてゆくゆくは声優さんと!」
「はい、材木座くん。八幡がケーキ切り分けてくれたよ?」
「《ポッ》……戸塚氏」
「よっちゃん、その叫びからそのときめきはやべーわ」
「言われなくても解ってるであります!? おぉおお落ち着け、落ち着くのだ我が心よ! それ以上気を高めるんじゃない……!」
「けど、いいっすよね結婚。女の子じゃなくても憧れるっす」
うん、それな。現在進行形で憧れてる俺がいる。
思わず頷く俺をよそに、隼人が川崎に訊ねる。
「川崎は結婚式とか、憧れてるのか?」
「あ、俺がっていうか……姉ちゃんがそういうことになったら、っていうのを想像しちゃいます。……そういう葉山先輩は、三浦先輩とはどうなんすか……?」
「……順調、とだけ。優美子に由比ヶ浜さんの子供と同い年の子供が欲しい、とか言われないか、ハラハラしてる」
「ちょ、隼人くん……それシャレにならんやつだべ……」
女性コワイ。
でも、気持ちはわかるから、全員で応援しておいた。あくまで女性陣に聞こえないように。
「それは、俺もいずれはとは思ってるけどな……」
「まあ、がんばっしょ、隼人くん。で、八幡はどうなん? やっぱ欲しい?」
「結衣が欲しいって言ったら……かな。俺と同じ目で産まれやしないか心配だ」
「おー、そら平気だべ? 八幡のは生まれつきってわけでもねーし、むしろ人生の理解者が親に居るって、子供にとっちゃあ嬉しいもんだろ」
「そっか。そうなるといいなぁ……」
「八幡はきっとあれだね、親ばかみたいになると思うな」
「おー! それよくわかるわぁ戸塚ちゃ~ん!」
「親馬鹿っていうと……ぐっ、親父を思い出して嫌だな……! い、いや、俺は親馬鹿にはならないぞ。なるなら結衣馬鹿だ」
「うわぁお、説得力ヤバすぎだべそれ……」
と、そんな感じで。
夫婦になったことをつつかれまくり、もちろん祝福され、感謝して。
カンパイとばかりに注文したジュースで喉を潤して、思い思いに歌った。
デュエットもしたし全員で歌ったりもしたし、雪ノ下が本気の歌声で祝福の歌を歌ってくれた時は素直に拍手したりして、そしたら「あなたたちが拍手してどうするのよ……」と呆れられもして。『あ、そっか、これ祝福の歌だった』と、夫婦そろって声を重ねて、笑われた。
思うことはいろいろある。
時は8月。もう8月だ。
いずれみんなと別れ、それぞれの道をゆく。
俺と結衣は同じ大学だけど、方向性は違うのだ。
いつか離れたみんなが、同じ方向を向けるような場所で集まれるといいね、なんて夢物語をどれだけ語っても、きっとそれが叶えられることはない。
それぞれが新しい環境で新しい人と出会い、新しい関係を築き、やがて“親友”だった人も“友達”になり、“知り合い”にまで下がっていくのだろう。
(それでも───)
それでも、って思う。
どれだけ思ったところで叶うことはないのかもしれない。
想像してみれば簡単なことで、どれだけ仲が良くても思いが離れるのなんてあっという間だ。
それを知ってか、時折結衣はカレンダーを見ると、寂しそうな顔で溜め息を吐く。
仲良くしていた子が居て、けれど“離れてもずっと”なんて思っていたのは自分だけだったと……いつか、そう語ってくれた。
俺だって願いたい。でも、現実はそうじゃない。
かといって、じゃあ諦めるのかって言ったら違うのだ。
最後に信じると言って伸ばした手で掴んだものは、なにも結衣の手だけじゃなかったのだから。
(……だからって、なにが出来るかって言ったら……)
なにも出来やしない。なにもだ。
だから、俺達は自分の道を真っ直ぐに進むしかない。
ずっと友達だぜ、なんて言い合ったって、いつかは離れるものがある。
思い出だけが美しく残っていて、いつか道端で出会っても、共通の話題なんて出せずに気まずい空気だけを味わい、やがて苦笑いを浮かべたまま別れるのだ。
そして、もう二度と───
「あ、なぁみんなさぁ、ちぃ~っと提案があんだけどさぁ」
「? 翔?」
「こうしてめでたい日に結婚した友人が居るわけじゃん? 誕生日に結婚とかもうすんげーっしょ! まず忘れらんねーってばさぁ! んで、そんな日をもっと忘れねぇためにもさ、なんかひとつ、約束事でも決めとかね?」
「約束事って……戸部先輩~? もしかしてま~たへんなこと考えてるんじゃないですかー?」
「ちょ、ひっで! いろはすひっで! 俺今超真面目だってばさぁ! あーほら、俺らさ、こうして集まれんの、もう一年もねーべ? これからそういう機会をもっと増やすっつーてもさ、八幡にもガハマっちゃんにも夫婦生活があるわけよ。言っちまえば今めっちゃ大事な時ね? それを俺達と会う時間を作ることで邪魔して、ストレスにするわけにゃいかねーべ?」
「え、ちょ、翔? 俺はっ……」
「ちょーっち八幡は黙っててくれな。こーゆーの、案外デリケートなもんだと思う。お前が思ってるよりも、そーゆーのマジ大事だから」
「翔……」
翔が俺の肩に手を置いて、真面目な顔で言う。すぅ、と息を吸って、長く息を吐いて……もう一度、口を開いた。
「俺達が原因で夫婦仲が壊れるとか、俺ゃごめんだわ。いや、もちろん二人が来てくれるなら俺もめっちゃ嬉しいけどさ。今まで通り、っていうのとはちょっと違うっての、二人ともに自覚してもらえりゃーなって思う」
「……えっと、質問っすけど。今まで通りがダメって、具体的にはどんな感じでっすか?」
「Tちゃん、そりゃな? 本気で幸せになってほしいって意味だわ。俺もなにが幸せに繋がるか~ってのはわかんねーけどさ、俺達と遊ぶのに時間を割き続けてたら、ただそれが遠のくだけだと思うんだわ」
「……八幡」
隼人が俺を見る。
その目が、“俺達と遊んでいなければ、もっといい指輪が買えたんじゃないか”と言っているようで、少しだけ、心を抉った。
「だからさ、ちゃんとそれらを踏まえて、空いてる時に遊んでくれっと嬉しいっつーか……んー……あー、頭回転しねーわー! ちゃんと言わなきゃいけねぇってわかってんのに! あ、あのな、八幡!」
「お、おう?」
「俺! お前のこと嫌いになったとかそういうんじゃねーから! お前のことマジでダチだと思ってっし、ガハマっちゃんだって長い付き合いだ! 本音言っちまえばこのままこうやって、卒業まで馬鹿やっててぇよ! けどさ! ~……それでお前らが躓いて、それが思い出になるっていうなら……俺、耐えられねぇよ……!」
「翔……」
「この歳で結婚して、じゃあなにが幸せだ~とかやっぱわかんねぇけどさ!」
「翔」
「どうすればいいのかわかんねーから自分の考えばっか押し付けてっけどさ! 俺、竹林でお前が叫んでくれた時から、どうすりゃいいのかとかずっと考えてた! だから、俺っ!」
「翔!」
「《どすっ》おごぉ!?」
「人の話を聞けっての!」
顔が赤くなっていることを自覚しつつ、ヒートした翔にツッコミボディブロー。
当然、近くに居た彩加にツッコまれた。
「八幡、顔真っ赤……」
「ぐっ……彩加~……!? 今はそれほっといてくれな……!?」
「わっ……う、うん……! ~……凄まれちゃった……あはは《てれてれ》」
「そこで何故テレテレ出来るのかが我には……ハッ!? もしやこれが普段自分がされないことをされて喜んだ瞬間というものか!?」
けどさ、大事な友達だって思ってる人からここまで言われりゃ、こうなるって。
それも中学までぼっちだった俺がですよ? 泣くだろ。
「言われなきゃ、たぶん自覚しなかったのに。なんでわざわざ言うかね、お前」
「八幡ならそうだろうって思ったからに決まってんべ……付き合い2年以上よ? 俺ら」
「……最初から比べると、口調も随分砕けたよ、ほんと」
「そりゃ、そんだけ近いって思ってくれてる証拠だべ? けど、それとこれとは別なわけよ、俺的にはさぁ。自分のために叫んでくれたヤツなんて初めて見た。自分の想いを考えてくれって、そんなこと言ってくれたヤツも初めてだ。ノリで馬鹿ばっかやる俺と、嫌な顔せず付き合ってくれたし、料理とか勉強とか、興味なかったことの面白さもさ、全部全部八幡がきっかけだったんだわ。……なんか返さなくちゃ、真っ直ぐ顔見れねーべ」
「………《じー》」
「いや現状って意味じゃねーよ!? 俺マジなんだけど!? これ俺から目ぇ逸らさねぇと嘘みたいなのに、目ぇ逸らしたら逸らしたで真面目に聞いてねぇみてぇんじゃんかさぁ!」
「あー……あの、戸部さん? お兄ちゃんに友達との青春とか、察しろっていうのはなかなか難しいんじゃないかなーと小町は思うんですが」
「いやいやこまっちゃん? 俺べつに青春がどうとか言いたいんじゃなくってさ……」
「じゃあお兄ちゃん、どうぞ」
「どうぞってお前……」
「なんにも考えず、お兄ちゃんが思ってること、どどーんと言えばいいの。戸部さんはお兄ちゃんとお義姉ちゃんが幸せになりますよーにって思ってる。それには、この集まりに参加しすぎてたら出来ないこともきっとあるから、付き合いを減らしたほうがいいんじゃないかなーって思ってる。はい、お兄ちゃんは?」
「悪い。家庭優先にする」
『!』
「ヒッキー!?」
「んで、時間取れて、時間が合うなら全力で遊ぼう」
『………』
「ヒ……はーくん」
いや、普通そうだろ? え? 違うの? そうだよね? ちょっと? ねぇ?
「あのですね、戸部さん。うちの両親にも言えることですけど、忙しいからって、それを投げることが幸せに繋がるわけじゃないんですよ? 欲張りでいいじゃないですか、小町たち、まだまだ子供なんですから。確かにお兄ちゃんもお義姉ちゃんも家庭を持ちました。家族です。18です。でも、じゃあ今日から全て正しく完璧に、なんて言われて、昨日まで17で結婚出来なかった人が完璧になんでもこなせて幸せになれると?」
「いや……そりゃ無茶だけどさぁ……」
「少しずつ自覚していけばいーんです。我が家には、それに関してはうるさい両親とやさしいけどやさしいだけじゃないお義母さん、見守ることに関しては完璧なお義父さんが居ますから。だいじょぶです、うちの兄はそういう、人を寂しがらせるような行為は大嫌いですから。特に身内や親しい人に対しては」
「そんなもん?」
「はい、そんなもんです。というわけでお兄ちゃん?」
「へ? な、なんだ?」
「幸せにならないと、ここにいる全員が許さないから」
あ、だめ、なんか無意味なプレッシャーが俺を襲う。
頭の中でガイコツな怪人が太陽なヒーローに蹴られてるシーンが浮かぶ。
ほーらー、リギーくぅ~ん、落ち着いてぇ~? 落ち着けねぇよ!
「結婚したんだからお兄ちゃん一人の問題じゃなくなったのも当たり前。今まで通り遊ぼうとしたって、きっとお父さんとかお義父さんはいい顔しないよね? じゃあいい顔させながら遊ぶ方向に進むしかないでしょ」
「そうね。親御さんが安心しつつ、あなたたちが幸せで楽しいと思える新婚生活を送ること。私たちの願いの大元は大体そこにあるわ」
「そうだな。八幡も由比ヶ浜さんも、きちんと笑顔でいてくれた方が、俺達も安心できるし嬉しいよ」
「そうそう隼人くんそれだわ~! それ言いたかったんだわぁ俺もさぁ!」
「っつーかそれ簡単しょ? ヒキオが結衣を幸せにして、結衣がヒキオを。子供が幸せなら親もいい顔すんでしょ。んで、あーしたちとも遊ぶ。簡単じゃん」
「いえあの三浦先輩? その過程が難しいって話をしてるんですけどー……」
「いや、一理あるかもっすよ一色先輩。ようするにそれを実行できるほどに二人が……好き合ってたっすねすんませんっす」
「はぽん? つまりはどういうことだってばよ? 戸塚氏」
「えっと、つまり……ねぇ、小町ちゃん。これってようするに、八幡と由比ヶ浜さんがいちゃいちゃする時間を増やすだけで、僕らにしてみればいつもとあまり変わらないってことかな」
「ええまあざっくり言ってしまえば。あ、もちろんそれと一緒に、うちに来るのも簡単じゃなくなるわけですけど」
「あっ……そっかー、それがあったわー……新婚さんの家に頻繁にお邪魔するとか、自分でもないって思うわー……」
「え? それじゃあべつの場所を使えばいいだけの話じゃないですかー」
「そうね、べつに私の部屋でもいいということよ。もちろん、そちらの二人の時間が合えば、の話だけれど」
「あ、それでも断り続ける状況っていうのも罪悪感を覚えると思うので、誘うのは時々でいいかもですけど」
「ん? っちゅーか、そこはべつに生徒会奉仕部の集まりだけでもよくね? どうせ時間いっぱいまで部室にゃ居るんだし。なんならその時間に家庭科室借りて、そこで料理教室開いたっていいわけだしさぁ」
「ん、それでいーっしょ? 結衣、なんか言っときたいことある?」
「え? やー……べつにない、かな。あたしもこの集まり、大事だって思ってるし」
「由比ヶ浜さん、そういう言葉は迂闊に口にするものではないわ。家庭を優先したくなった時、そういった言葉が重荷になることだって有り得るのだからに」
「ん……うん、気を付ける。でも、嘘を言ったつもりとか、ないからね?」
「ふふ、ええ、ありがとう、由比ヶ浜さん」
言ってることは、まだまだ子供の域なんだろう。
それでも、恵まれてるって思う。
真剣に相手の先を心配して、叫んでくれる人が居るだけでありがたい。
もちろん、これがきっかけでぎくしゃくすることだってあったのかもしれない。
これが原因で、亀裂だって入ったかもしれない。
けれどもそんなことはなく、ようするに、まあ、あれなんだ。
遊べる時が来たら遊びましょ、なんて……普段から忙しい友人を遊びに誘おうって状況と似ていると思えば、べつに首を傾げる状況でもなんでもないのだ。
確かに責任は圧し掛かる。互いに幸せにしたい相手が居て、お互いにそれを目指している。
遊んでいる暇があるのなら、さっさとその一歩を踏み出すべきなんじゃないか? なんて言う人だって居るだろう。
けど、そんな人脈に助けられる人だって居るし、人脈なんて打算が無くても、俺には友人ってだけでも有り難い存在であり、捨てたいとは思えない大事なものなのだ。
「………《ちょいちょい》」
「!」
ちょいちょいと手招きをすると、すぐに隣に並ぶ結衣。
そんな彼女……あぁその、もとい……も、もとい。
つ、つつっつっつ……妻、と……一緒に、みんなへ。
「悪い……いや、ごめん、みんな。言った通り、今まで通りに、ってのはなかなか難しいと思う。今まで通り十分遊べるぞーなんて軽く言って、さっき雪ノ下が言ったみたいなことになって、みんなの期待を裏切るよりも、先にそうだって言っておきたい」
「期待してくれたのにだめだったー、っていうの、なんかヤだよね……。ああいう思い、してほしくないからさ……。その、あたしとヒ……はーくんは……」
「あら、寿退部でもするつもりなのかしら、副会長さん?」
「ゆきのん……だっ……だってさ……!」
「バイトをするなとは言わないし、むしろ好きなだけしなさい。休みたい時には休めばいいの。けれど、転校するわけでもないのなら、請け負った仕事は任期を終えるまで務めなさい。勉強も花嫁修業も続ければいい。遊びの時は息抜きをしたい時だけ参加しなさい。すぐに家に帰って、べつにやりたいことがあるのなら別だけれど」
「《ハッ!?》結衣? まさかあんた、結婚したからって早速」
「ちがっ!? 違うよなに言ってるの優美子!!」
「あっ……その、ごめんなさい由比ヶ浜さん……! わ、私、配慮が……! そうよね、新婚で、初夜で……!《かぁああ……!》」
「ちちち違うったらぁ! もう! そういうこと言ったら意識しちゃって出来ないじゃっ───……あ」
『あ』
「~~~……もーーーっ!!」
本日は晴天。
しかし、とあるカラオケBOXには雷が落っこちた。
まあ、結局はどーのこーの言いつつ、こんな日々が続いたり途切れたり、また繋がったりするんだろう。
そういうのを纏めて懐かしむものが青春っていうなら……まあ、ほら。あれだ。
悪くない……いや、いいもんだよな、青春っていうのも。
子供の頃に憧れたような景色を、そのまま張り付けたような光景が、目の前で賑やかさとなって存在していた。
自然と笑える今に感謝しつつ、それをくれた“みんな”にも感謝する。
“みんな”って誰だろうな、なんて思っていた過去にはささやかな言葉を投げようか。それは、自分で決めればいいって。
問題はまだまだあるんだろうが、悩み、相談できる相手が居るうちは、甘えてみたりするのも悪くない。
安易じゃない変化が目の前に存在しても、“じゃあ変われますか?”って言われたって変われやしない。
そのくせ、世界に存在するハードルなんて、想像よりも軽く越えられるものばかりなんだ。
だから───安易だの劇的だの、変化ってものに名前を付けたがらずに、きちんと一歩を踏みしめて変化していけばいいのだ。
さしあたり、こんな状況もなんとか出来る夫でいられるように。
おぉわガハマっちゃんっ、ちょ、たんまたんまーーーっ!!
ごごごごめんなさい由比ヶ浜さんっ、私が煽るようなことを……!
もー! もーーーっ!!
ゆ、結衣ー? そのへんで……
八幡っ、がんばってっ!
せんぱーいー! 引け腰になってないでなんとかしてくださいよー!
そうっすよお兄さん! 旦那さんの意地、見せてくださいっす!
意地とかそういう問題なのかよこれ……。
ここぞとばかりに八幡にヘイトを押し付けるとか鬼畜の所業……! 八幡よ、これは試練というものだ……! 過去に打ち勝てという試練と我は受け取った!
君が受け取ってどうするんだ!
あふぅん!? イケメンから鋭いツッコミ! ……我、かつてないほど青春してる……!
ゆっ……結衣っ! ちょちょちょちょっと落ち着けし……! べべ、べつに新婚なんだし? ほら、その、はずっ、恥ずかしいことじゃ───ってか、して当然のことだし? だから胸張って───
言い出したのは優美子でしょー!? じゃあ優美子、葉山くんの前でみんなにそういうこと、今夜しますってこと話しちゃったって想像してみてよ!
はっ? そほっそそそんくらい余裕じゃん? よよよ余裕よよゆよ《かぁああ……!!》
優美子!? 優美子ーーーっ!!
あの、あーのー? あんまり歌とかに関係なく騒ぐとお店にも迷惑ですし、静かにしたほうが───
《だんだんっ》あーのー? すいませーん、隣の個室を借りてる者ですけど、騒ぐならせめて歌で───
あっ、すいませーん! 今ちょっとたてこんじゃってまして《がちゃっ》……あれっ!? 平塚先生!?
うん? なんだ、小町くんじゃないか。隣は君達だったか。今日は───ああそうか、比企谷の誕生祝いの集いかなにかか?
そっ、そーなんすよー! いんやーめでたい! って!
そうか……うむ。友のために騒げるのは悪いことじゃないな。こういう時くらいは羽目を外すべきか。すまなかった、私のことは気にせず、大いに騒いで───
それと八幡と由比ヶ浜さんの結婚祝いも兼ねてるんですよっ!
げはぁっ!?《ゴプシャアッ!!》
彩加ぁあーーーーっ!?
さいちゃぁあーーーーーんっ!?
け、けっこん……!? 今っ……結婚、といったのか、戸塚……!
え? あ、はいっ、今日、二人で届け出を出して来た、って───
がっはぁあっ!!《げぷしゃあ!》
ぃやぁああちょちょちょ戸塚っちゃんたんまたんまぁあ!!
おお見える!? 平塚女史がダメージを負う度、見えない血が吐かれている様が我にはしかと……!
あのー小町ちゃん? わたし、今すぐ逃げてもいいかなー……
いいですけど、たぶん大魔王からは逃げられないって結果にしかならないと思いますよ?
わたし関係ないのにー!
いろは、大丈夫だ。俺達は……仲間だっ《キラーン♪》
葉山先輩のそんな真っ青で汗だくなサワヤカ笑顔なんて見たくなかったです! ていうかもう道連れのための呪言にしか聞こえませんよー!!
お、俺、姉ちゃんから電話がーとか言って今すぐ逃げたいっす……
大志くーん? ここで逃げたら小町的にポイントひっくいよー?
あれ? なんだろ……! 俺の脳内で、人間っていいなが流れ続けるっすお兄さん……! 涙が、涙が止まらないんす……!
おう。なんか俺も……いや。誤魔化そうとするから悪いんだよな。よし。
待ちなさい比企谷くん……! それは───!
ちょぉお待った八幡それなんかやばい系のあれでしょおっ!?
いや、けど、あれだろ、内緒にしようとするからこじれるあれだろ、これ。きちんとこう、なに? 結衣と結婚しました。男として、恥ずかしいことはしてないつもりっす。だから、誤魔化さず真っ直ぐ言います。って言えば……
…………
あ
あ
学生結婚……か。───比企谷、由比ヶ浜。
は、はいっ
うす
楽なこと、楽しいことばかりじゃないぞ。そんなことはわかっていて歩み出した一歩かもしれないが、年長者として言わせてほしい。……けっして挫けてくれるな。若いからと、取り戻せるに違いないと手元にある幸福を捨て、次を見るようなことはしないでほしい。
平塚先生……
……はい。
今、そこにある幸せも大切に出来ない者が、次を大切に出来るわけがないんだ。伸ばした手を下ろすのは簡単だ。繋ぐことも、きっと簡単なのだろう。繋ぎ止めることだけが、ただひたすらに難しい。だが……難しいからと、それを簡単に手放しちゃあいけない。大切にしたまえ。
~……はいっ!
はい……必ず。
……うん。いい顔だ。遅くなったが……結婚おめでとう、比企谷、由比ヶ浜。君たちの未来が幸福であることを願っている。《チャッ……バタン》
…………。
……。
なんか……やばいです、心に響きました。なんですかあれ、反則ですよー……。
ちっと……マジで失礼な話だけどさ、平塚先生のこと、軽く見てたとこあったんだわ……いやほんと、失礼な話だけどさ。……でも……やべ、すっげぇじぃ~んってきたわ……。
そうね……人を導く仕事をしているのだもの、私情なんて挟むわけがないわ。
我としたことが、不覚にも涙腺が緩みかけるところであったというかなんというか……ぐすんっ。
平塚先生、格好いいよね……。ああいう立ち方っていうのかな……憧れちゃうよね……。
いや、戸塚先輩? 戸塚先輩が憧れたら、きっと先生ショック受けるっすよ……。でも、気持ちはわかるっす
大人の女性……か。カッコイーじゃん。あーしもふらふらしてないで、もっとしっかり前を……
優美子……
あ、いや、べつに感化されたとかそーゆーんじゃなくてさ。……ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ憧れただけ? っつーの? ~……いいっしょ、べつに。それよりほら、結衣とヒキオ、なんとかしろし!
え? 八幡と由比ヶ浜さ───あー……
あっちゃー……見事に二人の世界作っちゃってますね……。お兄ちゃん? おーいお兄ちゃーん? あ、だめですねこれ、相当深いです。
んじゃあ誰かが八幡のこと好きって言えば戻ってくるべ! えー……ゆ、雪ノ下さん?
いやよ
いろはす?
やですよなんでですか絶対いやですあきらめてくださいごめんなさい
あれ? なんか俺いきなりフられた? じゃあ……み
あ?《ギンッ!》
おわぁんっ!? ちょ、見ただけで睨むとかないわぁ……!
はーくん……
結衣……
あ、この流れやばいです絶対キス来ますって! こうなったら大志くんGO!
好きな人の前で男に告白ってどんな拷問!? 泣いていいっすか!? 泣いていいっすよね!?
うむ……? というか……夫婦が愛を確認し合う行為に今さら野次を入れても仕方ないのではないか?
うんうんっ、そうだよ、ていうかそんなにまじまじと見たら、二人に失礼だと思うんだ、僕っ
え? あのー……ざ、財津せんぱい、でしたっけ? 先輩たちがキスとかしても、爆発しろーとか思わないんですか?
うむ。ご近所に年若い夫婦が仲睦まじく暮らしていても、いいなと思うだけで腹が立たないのと同じである。
……そう。ようするに、とっくに結ばれている相手に嫉妬するだけ無駄、ということね。
あ、それわかるわー。熟年夫婦とか老夫婦って、見てると穏やかな気持ちになるもんなー。
あ、小町にもそれわかります。仲が良いと余計ですよね。
そこんとこ考えっとー……この二人はあれだべ? 死が二人を分かつまでー……なー?
でぇすよねー!? 小町もそこは全然心配してないっていいますかー!
あの。ところで隣の部屋からヤケクソで歌ってますみたいな絶叫ボイスが聞こえてくるんすけど……これって
幻聴だべ?
ええ、幻聴ね
───……
……婚約まで、何回言ってもらえたかな
百は越えてるよな……うん
そっか……ほんとに何回でも言ってくれて、ありがとね、はーくん
いや……俺としては、伝えたいから伝えただけであって……回数とか、実際は数えてないっていうか……だな、その
えへへー……うん、それが嬉しいんだ。自然に言ってくれたから、それが嬉しいんだよ
そ、そか。でも……もう、違うよな
うん……もう、違うね
結衣
うん、はーくん
あなたが好きです。ずっと、俺の隣を歩いてください。
───はい。こんなあたしでよければ、喜んで。
どうもです、凍傷です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これにてこのSSは終わりとさせていただきます。
結婚って難しいですよね。
自分の知り合いで若い内に結婚した人は何人か居ましたが、18で結婚して今も続いているのは一組くらいです。
お嫁さんがパワフルらしいです。元気で挫けず、励まし合って頑張れた、とか……話だけ聞いてるとただのノロケですよもう。これからもお幸せに。
さてさて、あとがきが充実しててもあれですし、これにて。
さよなら、さよなら、……さよなら。