どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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“男の子”をやった日

 仲良くなって、内緒話も増えたいつかの日。

 雪乃は小学でイジメ、というアレに苦しめられているらしいことを知った。

 ぽしょぽしょと語る雪乃は平気そうにしているが、手がぎゅううと握り締められているのを、俺も結衣も見逃さなかった。

 場所は俺の部屋の大きなベッド。

 成長しても使えるようにって、無駄に大きなそれをそのまま買ったその上で、俺と結衣と雪乃は寝転がりながら話していた。

 

「原因は?」

「……その子の好きな男の子が、私のことを好きだったから、……みたい」

「うわー……俺だったらそんな女子、ぜったい好きになれないぞ……? 好きって言ってくれるのは嬉しいかもだけど、それってべつに、だから嫌がらせをしていいってことじゃねーだろ……。俺、そういうのなんかやだ」

「あたしも……。ゆきのん、あたしにできることがあったら言ってね」

「……ゆきのん?」

「うん、友達になったから、あだ名」

「ゆきのん………………うん、ゆきのん…………あだ名かぁ…………私のあだ名……えへへ」

 

 嬉しそうに、くすぐったそうに笑う姿に、夢で見ている俺こそがドッキンコ。やだ可愛い。

 雪乃もなー、こうして昔みたいにいっつも笑ってりゃいいのに。

 

「じゃ、じゃあ、えっと、結衣ちゃん、は……」

「え? あたしにつけてくれるのっ!? なになにっ!?」

「えと…………ゆいゆい?」

「………」

「ご、ごめんなさいっ、すぐに考えるからっ……! えと、ええと……!」

 

 ゆいゆいと言われてぴしりと笑顔が凍り付いた結衣の反応に、慌てて別のを考える少女ゆきのん。

 しかし名前が二文字っていうのは、これでなかなかあだ名が難しい。

 苗字でいってもガハマさんだし。

 

「ゆ、ゆい……えと、いがはま、ええっと……ゆ、ゆー…………イガーハ!《どーーーん!》」

 

 フバーハとかイダーサちゃんっぽかった。

 夢を見ている俺、抱腹絶倒中。

 

「じゃっ……じゃあ、これっ、ゆーちゃん! は、八幡くんがはーくんなら、ゆーちゃん!」

「ゆーちゃん…………ど、どうかなはーくん! あたしに似合ってるかな!」

「よろしくイガーハ」

「はーくん!?《がーーーん!》」

 

 あだ名ひとつで必死になれる。

 そんな関係が、ここから始まった。

 “雪ノ下”に関わるっていうのは案外大変なものらしかったんだが、俺と結衣にしてみればただの友人の話だ。

 土日には遊ぶようになって、毎週車で送られてくる雪乃とへとへとになるまで遊んで、風呂に入って(一緒ではない)、一緒の布団で寝る。土曜に遊びに来たら確定だ。

 むしろそれ以外の曜日はほぼ遊べず、3人が揃う日は思っていたよりも多くはなかった。

 まあ、だからこそ来た日には、全力で楽しませるわけだが。

 たまたま土日に縁日が来た時とか、結衣と雪乃を連れ出して騒いだもんだ。

 来たのは初めてだったのか、雪乃のはしゃぎっぷりはすごかった。もちろん結衣のはしゃぎっぷりも。

 

「わぁあ……! すごい、ね……! すごい……!」

 

 並ぶ出店と俺とを何度も交互に見ては、すごいすごいと言う雪乃は新鮮だった。

 もちろんワテクシも男のはしくれ。

 新しい光景にわくわくする少女をきちんとエスコートして、祭りの楽しさを存分に思い知らせてやった。

 

「よぅし! それじゃあ宣誓! 手ぇ出せー! ……俺達は今日という縁日を全力で楽しむことを、ここに誓いまーす! ふぁいとーーーっ!?」

『おーーーっ!!』

 

 言葉の意味なんて考えない合言葉も、大分馴染んだと思う。

 意味よりも、楽しめることが重要だった。

 妙な一体感を感じると、俺も結衣も雪乃も笑えたから。

 そうして、夜だってのに提灯や店の灯りで彩られた道を歩く。

 俺と結衣は慣れたもんだけど、雪乃は初めてってことや珍しさも手伝って、本当にキョロキョロとあっちこっちを見渡していた。

 

「!? ひ……ひよこ……? ひよこがうってる……」

「あー……あれ、たまぁにあるんだよな」

 

 まず育たないから買わないこと。お袋に言われたことを思い出して、雪乃がそういう行動に出ないかを見守ったんだけど、雪乃はひよこに目もくれず、近くの屋台をちらちらと見るようになった。

 

「……どうした? 探し物か?」

「……猫は?」

「エ?」

 

 ペットショップの出店だと信じて疑わなかったらしい。

 きっちり説明すると、真っ赤になって俯いたのが印象に残っている。

 そんな雪乃がお花を摘みに行っている最中、結衣がとある出店前に座り込んでいるのを発見。

 声をかけようとして、その視線が……あるものに注がれていることを知った。

 

(…………指輪?)

 

 なんのことはない、おもちゃの指輪。だと思う。

 けど、なにやら随分と作り込まれているようで、おもちゃにしては綺麗だった。

 

「じょーちゃん熱心に見てるねぇ。見てるのは……この指輪かい? これはな、俺の兄貴が指輪とか作ってんだけど、その中でもイイカンジのものをたまにこうしておもちゃに紛れさせて売ってんのさ。会心の出来のものをきちんとした店で売ってるんだけどな、これは腕磨きの一環で作られた、完成品とは違うのさ」

「……かんぺきじゃないんだ」

「おぉよ。だが綺麗だろぅ? こりゃ完璧とは言えねぇな~なんて、作りながら思ってもな? そこで手ぇ抜かなけりゃ、その過程は経験値になるんだよ。だから、手抜きはしねぇ。けど完璧ではねぇもんは完璧じゃねぇ。だからこうして、“これでも喜んでくれる相手”に売るのさ」

「うん…………」

「まあ、さすがに他のおもちゃと一緒の値段ってのは無理だけどな。じょーちゃん、金あるかい? 気に入ったなら買ってみりゃいい」

「…………《ふるふる》……もうお金ないから、いい」

「……そっかい。悪いなぁじょーちゃん。こっちも商売だから、タダでいいってわけにやあいかねぇのよ」

「うん」

 

 ……あー、あったわー、こんなのあったわー。

 物語の主人公ならたまたまお金持ってた! なんてことになるんだろうが、そこは安定の俺。当然、小遣いなんて縁日の買い食いに消えた。

 だから、そっからは男の事情。

 少しあとに戻ってきた雪乃と、結衣を連れて縁日をあとにしたあと、自分ひとりで縁日に向かったっていう、なんとも懐かしい頃のことだ。

 

「おっちゃん!」

「おっ? ボウズ、なんか買ってくか?」

「う、ううんっ、買うんじゃなくて……」

 

 もご、と呟いて、背負っていたリュックを開ける。

 そこには誕生日プレゼントとかそういうの以外の、俺の宝物がぎっしり。

 

「おいおいおい、これをどうしろってんだ?」

「そのっ……そう、そこの指輪とこれ、交換できないかなって……!」

「……なんでぇボウズ、一丁前にアクセでもしてぇってか。あー、やめとけやめとけ。これは無理だ。少なくとも縁日が終わるまで、誰にも渡すつもりはねーよ。さっきここに可愛い嬢ちゃんが来てな。欲しそうだったから今日くれぇは取っておいてやるのさ。滑り込みで来るかもしれねぇだろ?」

「そいつにあげたいからっ……だ、だから……! 幼馴染で、そいつのこと、ずっと好きで……! だ、だから……」

「…………」

「~……」

「まじか」

「まじじゃなかったらこんなこと言えるもんかっ!」

 

 顔を真っ赤にした少年ヒキガヤーが叫んでいた。聞いてるこっちも恥ずかしい。

 少年らしい真っ直ぐさって大事ね、ほんと大事。

 

「しかしなぁ、こっちも商売だから……っつかおい、これって結構いい値段するやつじゃねぇか……!? 確か初期のやつで、生産数が少なくて……これも限定もので……!」

「………」

「……ボウズ。お前さん、ほんとにこれ、手放していいのか?」

「思い入れ、ないんだ。宝物っていったけどさ、選んで買ってきたわけじゃない。父さんが“どうせ俺にだから”って適当に詰め込んだものだから。妹のついでで、ほれ、なんて渡されたやつなんだ」

「………」

「おっちゃん、それで……指輪と交換は出来そう? 出来ない? どっち?」

「……もってけ。箱もあった方が女の子に喜ばれるだろうって、箱もあるから。いつか嬢ちゃんに渡してやれ」

「あっ…………~~……ありがとう、おっちゃん!」

「よせ、ちくしょう……そんな話されて、交換しなかったら俺、嫌なヤツじゃねぇかよ…………はぁ。兄貴になんて言おうかねぇ、まったく」

 

 指輪を取る際にきちんと手袋をして、箱に丁寧に差し込んで、品物が置かれている台へ置く。てっきり渡してくれるのかと思ったから、ちょっときょとんとしている俺。やめろ、男のきょとんとか見ても嬉しくない。

 

「“渡す”のはボウズ、お前さんであって俺じゃねぇだろ。指輪にだって意味はある。俺はよく知らねぇが、こだわる野郎ってのはそういうものでも気に食わないだろうからな。……バッチリ決めるんだぜ、ボウズ」

「……おうっ!」

 

 指輪が納まった箱を手に何度も感謝を届けてから走った。

 ふてくされて捨てたりしなくてよかった。

 親父がついでに買ったものが、俺に喜びをくれるなんて。

 ……え? 罪悪感?

 たしかこの時、少したりとも浮かんでなかったはずだぞ。

 ああ、もちろん結衣との思い出の砂時計は部屋にきちんとあるから安心だ。

 あれは別の意味で宝物だから。

 

……。

 

 それから、まあまあの時が流れた。

 が、指輪は渡せていなかったりする。

 状態が悪くならないようにって、おっちゃんの提案で指輪を持って行っては磨いてもらっていたりする。

 ちなみに俺が交換してもらったおもちゃは、予想以上の高値で売れたそうで。

 

「わりぃな、ボウズ。このメンテはその礼だ」

「べつにいいよ。プレゼントだったらきっとなんでも嬉しかったんだ。でも、あれは妹にプレゼントするためのおまけでしかなかったから。……妹にだけ渡すと、母さんがうるさいから、仕方なく買ったものだったから」

「……そか。うし、出来たぞ。っつーかいつ渡すんだ、あん?」

「えっと。け、けっこんまえには」

「かっ! その歳で結婚前提とはやるなぁボウズ! おっしゃ、んじゃあいつかサイズが合わないってことになるかもしれねぇから、その時は俺に言え! 兄貴を脅してでも調整してもらってやらぁ!」

「サ、サイズ? よくわかんねぇけどあんがとな、おっちゃん!」

「おうよ! がっはっはっはっは!」

 

 祭りだの七夕だのクリスマスだの正月だの。

 そんなイベントに一喜一憂して、楽しんではしゃいでいる内、一度雪乃が海外へ留学する、なんて話が出たりもしたんだが、雪乃、これを全力で拒否。

 しかしチケットをもう買ってしまったから、なんて言われて、学校にも話を通していたという。

 

「雪ノ下さん……あんたぁ……なんでそこまで」

「おや比企谷さん。……いやね、私は娘に……陽乃にもだが、父らしく接してやれなかった。八幡くんや結衣ちゃんを見て、つくづく思ったよ。なにより、その二人と楽しそうに笑い、遊ぶ雪乃を見て。……空港行きは絶対だ。あの娘は泣いてしまうかもしれないが、これも成長のためだ」

「男親、というのは辛いものですね」

「由比ヶ浜さん…………はは、そうですなぁ」

「嫌われるだろうな。それでも、やるんですか?」

「ええ。きっとわかってくれると思いますよ」

 

 問答無用だった。

 連れていかないでくれとどれだけ頼んでもだめで、見送りというかたちで俺たちは空港まで連れてこられて。

 何度母さんになんとかならないの、と訊いただろう。

 何度、雪乃のお父さんに頼んだだろう。

 けれど結果は変わらなくて、雪乃は自分の父親に手を引かれて、やがて……

 

「ほら、雪乃。お友達に挨拶するんだ」

「………」

「雪乃」

「~~……」

 

 父親に促されて、雪乃が目にいっぱいの涙を溜めて、てこ、てこ、と……弱弱しく歩いてくる。

 そして、途中で足を止めて……俯かせた顔を持ち上げて、言うのだ。

 さようなら、と……きっと。

 あんなに笑顔が可愛かったこいつが、泣きながら……さようならって。

 だから───俺は。

 

「小町! 結衣! 葉山!」

『うんっ!!』

 

 腹に力を入れて、叫んだ。

 びくって雪乃が肩を弾かせ涙を散らした瞬間、俺と小町と結衣と葉山は駆けだして、俺が雪乃の腕を引き、小町が親父の足にしがみつき、結衣がパパさんの背中をドンと押してこちらへ走り、葉山が雪乃の親父さんを止めに入る。

 ほんと、傍から見れば実にガキっぽい。

 イジメのことで仲良くなった葉山と一緒に立てた計画は、飛行機が行ってしまうまで雪乃を連れて逃げること、なんて考え無しと言ってもいいくらいのものだった。

 けど、子供心にそうしなきゃ、雪乃が連れていかれるからって……必死だったんだ。

 

「えっ!? わっ! きゃっ……は、はーくん!?」

「おうはーくんだ! やっぱり海外とかだめだ! どんだけそっちに居るかもわからないとか嫌だ! 友達が居なくなるとか嫌だ! 親の都合でとかっ……ぜぇええったいに嫌だ!!」

「でっ……でもっ……でもっ……」

「学校なら俺と結衣のところに通え! 家ならウチとか部屋空いてる……と思うし! な、なんだったら俺が物置に寝てもいいから! ややや屋根裏とか超憧れたね! だからきっと物置だってだいじょぶだ! 男だからな! つえーんだ!」

「~~……はっ、はっ……はっ……!」

「せんぎょーしゅふとかって楽でいいらしいぞ! お前それになれ!」

「え……えぇええっ!?」

「そしたら俺と結衣がえーとえーとなんだっけ!? や、やー……やしなってやる! お前料理うまいから、俺達が疲れて帰ってくるとごちそうい~っぱい作って待ってんだ! そんでえーとえーと……と、とにかく今は逃げるぞ! 飛行機行くまで逃げれば俺達の勝ちだ!」

「…………でもっ……! またチケット取っちゃったら、同じっ───!」

「そんときゃまた逃げる! 何度だって逃げる!」

「それじゃあはーくんもゆーちゃんも家に帰れない!」

「馬鹿なことやってるって思うよ! わかってんだそんなこと! でも嫌なんだよ! 諦めるのは楽だろうけど、それで周りが笑えないならそんなのちっとも楽しくねぇ! 俺はお前らに会って、楽しいこといっぱい知ったんだ! 俺のわがままなんだよこんなの! 俺が楽しみたいからお前の親父さんの邪魔をする! だから、ぜ~~んぶ俺が悪い! お前はちっとも悪くねぇ! だから笑え笑え!」

「っ……はーくん……!」

「だいじょぶだよゆきのん! ぜったい守るから! そーだよね! はーくん!」

「おうっ! 意地でも逃げてやる! 宣誓っ! 俺達は飛行機が飛んでっちまうまで、雪乃と一緒に逃げ切ることをここに誓いまーーす! うぃーーーきゃぁーーーんっ!?」

『どぅーいっと!!』

 

 逃げた。途中ですぐにバレないようにって髪を隠す帽子をかぶせて、逃げた。

 子供の足じゃ、速度なんてたかが知れている。

 だから人の波に紛れるようにして走って、結衣たちに言ってあった合流地点まで来ると、そこからまた散会。

 走って走って走りまくって、息切れ起こして足を止めて、少ししたらまた走って。

 けど。まあ。捕まるよな。相手、大人だもん。捕まる。

 子供が行きそうな場所を予測して待っていたのは陽乃さんで、雪乃の姉である彼女は、随分と冷静に妹をよこせと言う。

 妹なのに、海外に行かせることに賛成なんだって思うと、悔しさが湧く。

 このまま話し合って時間を……と思ったのに相手は容赦なんてしないで、強引に彼女の腕を掴んで引っ張った。

 当然止めに入った───のに、景色が急に回転して、冷たい床に叩きつけられた。

 

「力もないのに騒ぐだけの子供は嫌いだよ」

 

 倒れ、痛みに震える俺を見下ろし、キッパリと。

 俺は歯を食いしばって彼女を見上げ、痛みに耐えながら立ち上がると、ラスボスであろうその人を睨みつつ、内心でニヤリと笑っていた。

 

「ほら雪乃ちゃん。今向かえば余裕で間に合うから。もうこんな面倒なことやっちゃ───」

「………」

「…………? 雪乃ちゃん? ゆき───、……!?」

「《ばさぁっ!》……!」

「───!? あなた───……っ!?」

 

 掴み、引いていた腕に違和感を覚えたのか、陽乃さんが彼女の帽子をばさっと乱暴に取る。

 するとそこには、作り物の髪の毛がついた帽子を外された結衣の姿が。

 

「変わり身!? っ……ひ、ひきがやく《っぱぁんっ!》きゃああっ!?」

 

 驚き、慌てて俺へと向き直ったその目前で、大きな新聞で作った紙鉄砲を炸裂させる。

 尻もちをつく陽乃さんをそのままに結衣の手を引いて駆けた。

 やってみせたことはひどく簡単なものだ。

 合流した時点でトイレに入り、結衣と雪乃の着ている服を交換して帽子を被らせた。あとは逃げて囮になれば、それで全て解決。

 まさか陽乃さんが引っかかってくれるとは思わなかった。

 あとは雪乃と合流して、あと少しを逃げ切れば───!

 走って走って、落ち合う約束のトイレにまで着くと、そこから彼女が出てきて───……そこを、取り押さえられた。

 

「はぁっ、はぁっ……! まっ…………たく……! お姉さんのこと出し抜くなんて、やってくれるじゃない、比企谷くん……!」

「陽乃……さん……!」

 

 まじか、あの距離、あの人込みの中で、見失わずに追いつくって……!

 夢の中でも呆れるほどの身体能力だ。ミスパーフェクトとか心の中で思っていた時代を思い出した気分だ。

 俺の手をきつくきつく握る陽乃さんは、俺を逃がすつもりなんてこれっぽっちもない。

 結衣の服を着た彼女を一瞥して、勝ち誇った顔で「ほら雪乃ちゃん、もう行くよ」と言う。

 彼女は項垂れて、ゆっくりとした動作で帽子を取ると───

 

「答えは───」

「“馬鹿め”、だ!」

「───!? え、あ、へぇっ!?」

 

 彼女は、小町であった。

 はっはっは、子供の体形なんてそんな変わらんよ!

 兄弟、声を揃えて馬鹿めを届けた。

 驚いた隙を突いて、俺の腕をしっかりと掴んでいる側、陽乃さんの右脇腹を人差し指でゾスと突く。

 当然、急な痛みとくすぐったさとが混ざった衝撃にさらに驚いた陽乃さんの手は緩み、その隙に振り払って全力で逃走。

 それからも姑息と言われようと、真正面から出し抜く方向で抗い続けた。

 ……の、だが。

 

「まったく……てこずらせてくれちゃって」

「雪乃っ!?」

「ゆきのんっ!?」

「雪乃ちゃん!」

 

 そろそろ時間だと油断した……いや、油断しなくても捕まっていただろう。

 考えてみればわかりそうなものなのだ。

 人が下手に手を出せない場所で時間まで待機してもらうって方法は、案外鬼ごっこなどでは有効な時があったりする。

 人ごみに紛れて逃げ続けるのももちろんアリだが、それだと自分だって相手がどこに居るのか、いつ誰と遭遇するのかが予測できない。

 だったらそもそも性別の時点で追手の半分を削げて、その上鍵まで閉められるトイレはとても安全で安心だった。個室を取れたならほぼ無敵。

 しかしあろうことか陽乃さんはそれを、わざわざ締まっている個室全部をノックしてみせ、返事がない個室は上から覗いてみたらしく。

 早い段階で見つかってしまってからはもう早い。

 合流地点に引きずり降ろされた気分で、出入り口の先にある電光掲示板前に立ち尽くし、俺と結衣と葉山は陽乃さんに捕まった雪乃を見ていた。

 

「私もまだまだ人の先を読み切れてないなって驚いちゃった。比企谷くん、キミ結構やるねー。それとも隼人の入れ知恵かな? ……それはないか。隼人は人の裏を掻くとか、考えてもやれないだろうし」

「っ……」

「そっちのコは真っ直ぐって感じだし、そういう考え自体が苦手でしょ。ほら、こうなると比企谷くんだけ。それとも親に吹き込まれた? ……それもないでしょ。雪ノ下に喧嘩を売るなんて面倒ごと、普通の大人なら考えられないもんね」

「ゆっ……ゆきのんを離してくださいっ」

「んー……? んふふー、だ~め。そろそろ時間もないし。あと一歩ってところで全部がダメになる気分ってどうかな~って、それだけを確認したかっただけだもん。じゃ、行こっか雪乃ちゃん」

「《ぐいっ》やっ……!」

「ま~ったくー。前まではい~っつもお姉ちゃんの真似をしてて可愛い子だったのに。いつからこんな、反抗的になっちゃったのかなー。…………お姉ちゃん、ちょっと嬉しいじゃない《ぽしょり》」

「……?」

 

 引っ張られていく。

 陽乃さんが喋るたびに、引っ張るたびに雪乃の抵抗は弱まって、次第に引かれるがまま歩いていくように───

 

「タックルは腰から下ぁーーーっ!!」

「《どかぁっ!》ちょわっ!? ったっ───ととっ……! 」

 

 しかしここで伏兵出現。

 奥側から合流する筈だった小町が駆け付け、陽乃さんにタックルをかましたのだ。

 人間、倒れそうになれば当然両手でなんとかしようとする。

 その結果、雪乃の腕は解放され───

 

「結衣! 男らしくわかりやすく伝わりやすくだ! あと出来れば格好良さも!」

「うんわかってる!」

 

 解放され、同じくたたらを踏んだ雪乃。

 すぐに小町に駆け寄ろうとするが、

 

「雪乃!」

「ゆきのんっ!!」

 

 こっちを見ろとばかりに叫んで、二人同時に手を伸ばし。

 

『───来い!!』

 

 わかりやすく格好良く。

 叫んでみれば即座に行動。

 

「~~~───うんっ!!」

 

 雪乃は床を蹴り、駆け出し、俺達の手を片手ずつで握ると、一緒に、というよりは俺達に引っ張られるかたちで駆けだした。

 

「きゃああっ!? ちょっ、まって、まってまって倒れちゃ《ずべしゃあ!》へぷっ!?」

 

 むしろコケた。

 しかし痛がっている暇はないと立ち上がり、今度こそ三人一緒に逃げ出した。

 

「あっ、ちょっ……待ちなさっ……あー! もー!!」

 

 空港出入り口には陽乃さんの悔しそうな声が響いた。

 青春だな。うん青春だ。うーん青春だ。

 




 /アテにならない次回予告

「ローーーレーーーーンス!!」


 「……お前に俺の妻の怖さは一生わからんよ」


「はーくん、どうしよ、はーくん……! うち……引っ越すって……!」


   『絶対やめて』


  「……なぁ比企谷。お前、いつもこんなことを……?」


「……本当にごめんなさい」


   「自業自得だお嬢様」


 「即答なのね」


    「そ、そっか……あの陽乃さんが……」


 「私……なにをやっていたのかしら……。ありもしない力に憧れ、見えないものに寄り掛かって……」


「離れ離れなんて、やだよぅ……!」



次回、夢と現実の僕らの距離/第三話:『そして彼女は』

 平成枯れ葉にマロンの嵐! ……いえ、この言葉にはなんの意味もありませんよ?

 ◆pixivキャプション劇場
 Sir! YesSir!(ウォートラントルーパーズ)

 上手いこと一万文字にならないように調整できないかしらといじくっても、なかなか難しいものです。

 それはそれとして、いなげやの歌ってMP3とかで売り出してくれないもんですかね。あれ大好きなんです。
 ハローマイライフ!
 僕のヒーローアカデミアのインゲニウムの肩を見ると、いなげやのカードを思い出すのは僕だけじゃないと思うんだ。

 追記:ハイ、タイトルでエロォスなこと考えた人ー、自室を出て8秒だけ廊下で反省しなさい。

 追記:前回が奇妙な画像だったので、今回はきちんと自分で描いたものをUP。
 
【挿絵表示】

 もっと速く描けるようになりたいです。
 フィクションとはいえ、岸辺露伴には憧れますよね。
 ドシュドシュで終わりですもん。

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