どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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幼馴染は終わりにしよう

 そんな関係が普通に続いて、高校。

 自転車でも通える距離に位置する総武高校に入学。

 危なげもなく余裕を持って入学したこともあり、俺達は随分と安定した学力を身に着けられていた。

 もちろん体力も日々の努力が実を結び、ミトコンドリア先生が頑張ってくれたお蔭か随分と。

 

『はぁっ……』

「ん?」

「え?」

 

 で───とある日。

 高校一年も早くも中盤、二年の今頃はなにやってんだろーなー、なんて考えつつ帰路を歩んでいた俺と同時に、溜め息を吐く……女子ひとり。ウチのガッコの制服だ。髪はポニー。あら綺麗。

 なんか通帳と履歴書持って溜め息吐いてる。……もしや困り事? 困り事だったらなにがどうなるってわけでもないが。

 これで、隣に結衣と雪乃が居たら、確実にこの女子のお悩み相談室が即席で作られたんだろうが、生憎とこの比企谷八幡! そんなに親切な性格ではなぁーーーーい!

 このままさっさと歩き去って…………

 

「………」

「………」

 

 歩き去って…………!

 

「………」

「…………《きゅるぐー!》……っ!?《かあっ……!》」

「………」

 

 無理っ……! なんかもう無理っ……! 履歴書持ってお腹鳴らすとか事情ありすぎっぽくて見てて辛い! そしてそんな人を無視して帰った日には、幼馴染からいろいろ言われそうだから即行動!

 とりあえず真っ赤になっている彼女の手を強引に引いて、学生の聖地、サイゼへと赴いた。

 

……。

 

 ご飯を奢ったら、訊いてもないのに説明された。

 きっと取り引き的ななにかか、それとも礼として渡せるのはこれだけだと言いたかったのか。

 なんにせよ重大な話っぽい雰囲気だったので真面目に聞くと、弟と自分の学費のことで困っているとかなんとか。

 さすがに金の問題はどうにもできないよな……どうしましょ。

 オススメのバイトでも探す? はたまたバイトの給料のいくらかを貸して、出世払いで~とか? いやいや、金を借りる癖をつけるのは大変怖いことだと聞いた。これはだめだ。

 じゃあ……うーん。学費、学費かー……。

 

「話を聞いてくれただけでもすっきりしたから。ありがとう、えぇっと」

「あ、比企谷。比企谷八幡だ」

「ん、比企谷。あたしは沙希。川崎沙希」

「そっか。力になれなくて悪い、川崎」

「いいよ。なんか少し安心もしたしさ。妹とか弟のために頑張ろうって思うの、悪いことじゃ……ないでしょ?」

「当たり前だ」

「……ん。あたし、もう少し頑張ってみるよ。……ほんとはさ、誰になにを言われてももういいかなって……そう思い始めてたんだよね。お金さえあればって」

「お、おいおい、まさか」

「おかしな想像しない。……ただちょっと、年齢とか偽って、給料のいいバイトとか探そうかなって思ってただけだから」

 

 全然“だけ”じゃないんだが。

 

「睡眠だけはちゃんととれよ? 総武だよな? 学年同じ───だな。ノートなら取っておくし、貸せるからきちんと休息は取ること。これ、仕事馬鹿の親の名言」

「…………ん。ありがと」

 

 高1の時にそんな出会いがあり、ノートを貸したりメシを奢ったり、俺がメシ当番の時は結衣や雪乃のついでで川崎の弁当を作ることもあった。

 大変らしいが頑張っているらしく、俺もなんとか出来ないかなと首を傾げながらも……明確な案を出せないまま、時間は過ぎていった。

 

……。

 

 で、成長と肉体鍛錬の高校一年を過ぎ、高校二年。

 

「……なぁ、葉山」

「うん? どうした?」

「……幼馴染が可愛すぎてつらい」

「爆発してしまえ」

「普段からモテまくりのお前に言われたくねぇよ……お前だから言ってんだろ、こんなこと……」

「“幼馴染が可愛い”からって、じゃあきみはどうしたいんだよ」

「いや……好きな相手は決まってるんだよ。むしろずっとだ。ハッピーバースデー歌ってくれた頃から。けどさ、なんかほら……距離が……あれだろ?」

「女子に言い寄られることはなくても、あの二人が居れば十分だろう、きみは」

「そういうこと言いたいんじゃなくてだな……あー……」

「告白とか、しないのか? 言っておくが、今の関係を壊したくないからとか言い出したら、俺はきみを殴るぞ」

「わーってるよ。子供の頃、それでも幼馴染かーってお前に言ったのは俺だ。人にそれまでの関係を捨てさせておいて、自分は嫌だとか言うつもりはねぇよ」

「そうか」

「……で、なんだけどな。お前から見てどうだ? 結衣ってさ、俺のこと……」

「だから言ってるだろ、爆発してしまえ」

「なんでだよ! ……って、つまりそういうことでいいのか?」

「人の言葉を自信にするのはやめてくれ。お前の気持ちでぶつからなきゃ意味がないだろ。俺が言ったから絶対OKとか、相手にも失礼だ。人の気持ちはきちんと考えろよ?」

「……なんか、お前ほんと変わったよな。昔見た時、第一印象が究極八方美人野郎だったのに」

「傍で雪乃ちゃんと由比ヶ浜さんときみを見ていたら、馬鹿らしくなってね。以降は好きに生きてるさ」

「三浦とのうわさは?」

「ノーコメント。助言とかされたら俺の気持ちが薄まる」

「……そっか。頑張れよ、イケメン」

「人に言ってる暇があるなら、きちんと男の子してから言え。そしたら俺だってイケメンって返すから」

 

 イケてるメンズの道は高く険しい。

 八方美人してりゃあイケメンだってんなら、世の中イケメンだらけだ。

 

「………」

 

 しかしまあ。

 

「………」

 

 可愛いよな、結衣も、雪乃も。

 なんで俺の幼馴染してらっしゃるのアータ、とか言いたくなる。

 葉山と並べば十人中十人が葉山の方がカッコイイと言い、お似合いだと言うだろう。

 気も利くし真面目で優秀だし。あいつの幼馴染してた方が、世間一般から見ても十人中十人、頷くんじゃないかしら。

 俺はといえば………………やべぇ、特に目立った特徴とかねぇ。

 強いて挙げるならこのアホ毛くらいか? やだ寂しい。

 

(あぁいかんなぁこんな……いかんいかん)

 

 少し冷静になろう。

 ほら、過去のこととか思い出してみれば、冷静にもなれるだろう。

 

……。

 

 雪乃の海外行きを阻止する前のこと。

 雪乃の前の学校でのいじめのことが黙っていられなくなった俺と結衣は、小遣いを出し合って電車に乗って、雪乃の学校まで突撃。

 道に迷ったりしなけりゃもっと格好よかったんだが、それでもそこで、上履きを焼却炉に放り込む女子を発見できたから、結果オーライ。

 そのことについて全力でぶつかって、いろいろなものを巻き込む大騒動を巻き起こした。うん、巻き起こしたんだから巻き込むの、ほぼ当たり前だった。

 で、その時に会ったのが葉山だ。どのクラスかは……覚えてない。

 焼却炉に上履き放り込んで、醜い笑みを浮かべていた女子を取っ捕まえて、案内させただけだ。

 その教室には雪乃も居て、俺と結衣を見てそりゃあもう驚いていた。

 幸いにも授業前だったからよかった。え? うちの学校? ……創・立・記念日! 我が学校の創立記念日は俺達の都合で365日いつだって変動する。のちに母ナックルを頭頂にいただいたが、満足だ。M的な意味じゃなくて。

 で、事情を聞いた雪乃は強がろうとしたが、俺達の前だったから気が緩んだんだろう。涙を流して泣いてしまい、それには教室中が驚いた。

 いじめで泣いたことなんてない、と言っていた。本当にそうだったんだろう。けど、傷つかないわけがないんだ。それを、お前らは集団で寄ってたかって……!

 

「~~……おいっ! お前ぇっ……!!」

「ひっ……!?」

「やめろ! その子、おびえてるじゃないか!」

「なんだよお前! そいつが雪乃の上履き、焼却炉に捨てたんだぞ!? 庇うのかよ!」

「なっ……ほんとなのか!?」

「ち、違う! わたしそんなことしてない! そいつが嘘ついてるの! 信じて葉山くん!」

「そ、そーよそーよ! 大体なによよそ者が勝手に学校に入ってきて! 先生呼ぶわよ!?」

「……なぁきみ。雪乃ちゃんは俺の幼馴染だ。なにかあったのかはうすうす気づいてたけど、いきなり怒鳴るのは違うだろ。もっと話し合えば───」

「馬鹿かお前! 今あいつが泣いてんだぞ!? 一人で泣いてるやつと、やってる場面を見られて違う違う言って、誰かの背中に隠れるやつと! お前、どっちの味方すんだよ!」

「だからっ……話し合えば───」

「泣いてるやつほっといて笑ってるやつの手なんか握ってんじゃねぇよ! お前それでも幼馴染か! ふざけんな!!」

「───!!」

 

 出会いも始まりもそんなもの。

 葉山は以降、“みんな”の輪から外れて雪乃の味方になった。

 いきなり知らない男が来て、いきなり幼馴染のことで説教される。そりゃ屈辱だ。

 お前なんかより俺の方が知ってるんだよボケェ! って、まさにそれだろう。

 

……。

 

 思い出してみて、落ち着けたかといったらそうでもない。

 ただ、雰囲気やシチュエーションは大事だってのは確かだ。

 だってあいつ、そういうのに憧れてるし。

 なんで知ってるのかといえば、少女漫画然りアニメ然りドラマ然り、そういう場面になるとこっちちらちら見ながら“こういうの、憧れるなー……”とか言うのだ。そりゃわかるだろ。…………いやわかれよ! あからさますぎるアッピルだったじゃねぇか! アッピルじゃなくてアピールな! いーから落ち着け! 

 

(あれ催促だったのか……! 気づけよ俺……!)

 

 じゃあ……じゃあとにかくシチュエーションな……!

 えーとえーと、あいつが学園もので好きな告白シチュっていったら……

 

……。

 

 昼休み。

 告白云々を先に葉山に説明して、雪乃を押さえておいてもらい、俺は結衣を手紙で呼び出して屋上へ。

 中学だと屋上は封鎖されてるってパターンが多いが、ウチのガッコは普通に解放している。

 屋上で遊んでいるやつ、話しているやつも居る場合もあるが、今日は居ない。

 何故って、今日は冬ってわけでもないのに、妙に寒いからである。

 

「………」

 

 しかし寒くない。

 さっきから鼓動バックンバックン、顔面灼熱状態なもんだから、現状といえば“冷気などでこの俺を止めることは出来ぬゥゥゥ!!”ってなものだ。

 

  ゴチャッ……キィイイ……

 

 やがて。

 屋上の扉が開かれ、そこから……確かに、結衣が出てくるのを見た。

 

「あっ……は、はーくん……!《ぱああっ……》」

「───」

 

 笑顔が眩しい。やだ可愛い。

 なんで俺を見るなり明るい表情になったのかは知らんが。

 いや、最初はひどく暗い面持ちだったんだ。なのに──────あ。俺差出人、つまり俺の名前書いてなかった。

 ……そりゃ、迷惑そうな顔するわ。

 ん? じゃあ表情を明るくしたってことは───…………いやいやいやそういう期待はこの際置いておけ。

 俺は俺の気持ちをぶつければいい。

 

「もー、びっくりしたよー。あたしてっきり知らない人からの手紙かと思って……。えと、これくれたの、はーくんだよ……ね? 伝えたいことが、ある……って……その…………えと」

「───」

 

 やばい喉が渇く。

 ごくりと唾を飲み込みながら頷く。

 

「あ、あーえと。もしかして帰りにどっか行くーとかいう話かなっ。それとも料理当番変わってー、とか?」

「………」

 

 空気を読もうと、無理に騒がしくする結衣が、少し気の毒に思えた。気の毒っていうか、俺の所為なんだろうが。

 結衣は、期待している。

 けど、その期待が落胆であり、自分の勘違いになってしまうことを恐れている。

 だから、その期待から目を逸らそうと無駄に騒ぎ、それでも俺をちらちらと見ては、そのたびに目を潤ませて…………やがて、声がどんどんと小さくなって、なにも言わなくなった。

 

「………」

「………」

 

 気まずい空気。

 けど、恐怖はもうない。

 結衣が、わざとなのかそうでないのか騒いでくれたお蔭で、逆に冷静になれた。

 咳払いはしない。余計なことは、言いたいけど言わない。

 届けたい言葉だけを、きっちりと、相手に届くように。

 

「結衣」

「は、はいっ」

 

 ハイって言われた。

 俺よりよっぽど緊張してるよこの娘ったら。

 けど、この際その緊張をそのまま利用させてもらおう。

 ちょっとズルいが、気持ちは本物だ。だから───俺は。

 

「その……な」

「うん……」

「今まで……いろいろあったよな。出会いは公園だった」

「うん」

「散々な日だったよ。誕生日……だったのはその前の日だったけど、祝ってくれたらきっとそれでよかったのに……封筒に金だけって」

「うん……毎年はーくんの誕生日に、封筒渡すおじさん……あたし大嫌いだった」

「ん……」

「最初はさ、小町ちゃんのことも……好きじゃなかったんだ。ケーキが用意されれば自分が祝われる~みたいな態度とか、ケーキの大きさとかさ。でもおじさんと小町ちゃんはそれが普通って感じでやっててさ。おばさんだけがはーくんにおめでとう、って言って」

「お前も言ってくれた」

「はーくん……でも」

「言ってくれた。歌ってくれた。……嬉しかった。…………ありがとう」

「~……うん……はーくん」

「お前に自覚はねぇだろうけど、俺はお前に救われてばっかだった」

「そ、そんなことないよ、むしろあたしとかゆきのんのほうが……」

 

 戸惑い口を開く結衣のくちびるに、漫画のようにソッと人差し指を当てて黙らす。成功するわけがないと思っていたのに、結衣はぴたりと言葉を出すのをやめた。

 

「自覚ないだろうけど、って言ったろ? ……本当に。どれだけ心を助けられたことか」

「はーくん………………うん。あたしもだ。はーくんに、とっても助けられて……今だって、傍に居てくれるだけで助けられてて、幸せで」

「………」

「………」

「結衣」

「うん」

 

 いい天気ですね。

 ───出そうになった言葉を危ういタイミングで飲み込む。

 待て待て待て、恋愛初心者でもいくらなんでもこれはだめだってわかるぞ!?

 だからその、つまりだな、あー、えー、うー、……告白ってどうやるんだっけ?

 緊張を利用するとか考えておきながら、その緊張に飲まれちゃってるよ俺。

 思い出せ、やろうとしていた行動を。まずポケットに手を突っ込んで、アレを取り出して……そう、そうだ。思い出した。

 

「まだ、よ。学生だし……高いものなんてとても用意してやれねぇけど」

「……? え?」

 

 いつか、おっちゃんにおもちゃと交換してもらった指輪の箱を、今こそ取り出した。

 同じベッドで眠る結衣の指のサイズを調べて、おっちゃんに言ってみればきっちりと仕立て直してくれて。

 っつーかむしろ兄貴さんとやらが十何年越しの恋を応援してくれるとかで、指輪自体を作り直してくれまして。

 ……金額聞いたら、ちょっと気が遠くなったのは真実。

 さすがにもらえないって言ったら、んじゃあその悪いって思ったぶんだけ、恋人さんを大事にしてやれって言われたわけで。

 ……頑張るしか、ねーだろ、こんなの。

 

「結衣。覚えてるか? いつかの縁日。露店の前にしゃがみこんで、お前は指輪を見てたよな」

「ぁ……」

 

 箱を取り出し、結衣に見せる。

 結衣の表情にあるのは困惑ばかり。

 指輪の話、箱、という状況の点と点が、線にならない状況だ。整理できていないのだろう。

 けどそんな結衣に一歩近づいて、箱(リングケースっていうらしい)の蓋を開ける。

 手触りのいいリングケースが開くと、そこには昼の太陽に照らされ、綺麗に輝く宝石付きの指輪が───……宝石? …………ほうせ宝石!?

 いやちょ、えぇえええええっ!!?

 値段しか訊かないで中身怖くて見なかったけど、宝石ってアータ!

 いや、そりゃ、小さなもんだけどさ! それでもここまで綺麗に並べられたら……!

 砕けて使えなくなったものを綺麗に研磨して“一つの宝石みたいに並べた”とは聞いたよ!? けどそれが本当に宝石だなんて誰が想像できましょう! 俺てっきり、綺麗な身近な綺麗な石を研磨した、子供なら宝石って言えなくもない“透明っぽくて綺麗ななにか”程度かと思ったよ! 宝石だってそりゃ石なのかもだけど!

 いやでも……陽を当てる角度によって、輝きの色が変わるってすごいなこれ……!

 さすがにダイヤとか混ざってない……よな? わからない。わからないけど、

 

「………」

 

 ここまでお膳立てされたなら、突っ走るところまで突っ走るべきだ。

 昔から心は決まっているし、俺達もあと数年で結婚出来る歳だ。

 だったら。

 

「由比ヶ浜結衣さん。……俺と、結婚を前提に付き合ってください」

 

 ……言った直後に“重すぎないか!?”と、自分の言葉を振り返る。

 しかしもはや、吐いた唾はなんとやら。

 断られるにしても受け入れてくれるにしても、結衣の返事を待つ以外に俺に出来ることはない。

 ああ、心臓うるさい、頸動脈とかゴドンゴドン脈打ってる気がする。頭がぼーっとしてきて、ああ、もう、怖い。少し気になった、程度の相手に言うんだったらこんなに緊張したりはしない。

 大事だから、ずっと一緒に居た相手だからこそ、こうすることで“関係を壊してしまうんじゃ”って怖かった。

 ……けど。もう好きを隠せない。

 今までと同じじゃ、嫌だった。

 だから───……だから。

 目の前の女の子の目から涙がこぼれた時、ああ、終わった、って思った。

 泣かせるつもりなんてなかった。

 いっそ笑いながら“友達でいよう”って言ってくれた方が救われた。

 でも、もうそれも出来ない。

 自分は失敗したんだ。

 

  なんてなっ、冗談だっ!

 

 そう言えたら、こんな悲しみも消えてくれるだろうか。

 言えたらまた、ぎこちなくても幼馴染でいられるだろうか。

 そう思うのに、届けた言葉を冗談になんかしたくなくて。

 それをしてしまったら、俺はもうこいつに本当に自分で向き合えないって思ってしまって。

 ならせめて、関係を壊してしまったことくらいは謝ろう。

 そう決めて近づいて、結衣の頭を撫でた。

 ああ……終わったんだな。本当に、終わってしまった。

 心地よかったな。楽しかったな。

 

「………」

 

 ……そうだ。

 これで終わりなら、こんな自分にごめんなさいを送れるよう、全てを吐き出そう。

 俺はあなたが本当に好きだと。

 

「……結衣。あの日、誕生日の翌日に救われて今日まで、ずっと好きだった。家族の中で、俺だけいらないやつなんじゃないかって思えて、苦しくて、寂しくて。そんな気持ちをどうすればいいのかも知らなかった俺に、お前はやさしさを教えてくれた」

「……ひっく……っく……ぇぅ……」

「やさしさってものに初めて触れた気がして、やさしさってものを好きになって、でも……誰からのやさしさでもよかったわけじゃなくてさ」

「………ぐすっ……うん……」

「いっつも傍に居て、楽しくて、自分はこんなにはしゃげたんだなって驚くことばっかりで。そんな自分に驚くのに、それが妙に嬉しくて。……たぶん、お前の前じゃ飾ることなく素直な自分で居られたんだと思う」

「ん………あた、あたし……も……あたしも……っ……《こくこく》」

「……ありがとう。お前に会えて、本当によかった。お前を好きになれて、本当によかった」

 

 もう、そんな夢ともさよならだけど……本当に、夢みたいな日常だった。

 さあ、現実に帰ろう。

 きっと俺は、これからぼっちとしての道を歩むのだ。

 結衣以外からのやさしさなど要らないと意地になって、やさしい女は嫌いだとか言って。

 だから───

 

「っ……ぐすっ……、……んっ! はーくんっ……!」

「………」

 

 きた。

 これで、終わり。

 つんと鼻の奥が苦しくなって、グスッとすする。

 涙は流さないつもりだ。

 男なら、背中で泣け。

 

「あたし……あたしね? あたし…………ぐすっ…………~~……はぁくぅうん……!!」

「えっ……!? あ、おいっ、ちょ……な、なんで泣くんだよっ、ここは───」

 

 ここは俺が泣かされるところだろう。

 俺が泣くところだろう。

 ……ああ、そうか、やっぱりこいつも悲しいんだ。

 これであの穏やかな幼馴染としての関係は終わりに《ぎゅうっ!》……オヤ?

 

「……結衣?」

 

 頭の中が自己完結するための答えを出し続ける中、俺の胸にぽすんっと……結衣が飛び込んできた。

 

「あ、たし……あたしっ………、……やだ……ふえっ……! ずっと、ずぅっと、憧れて、てっ……! こんな日が来たら、ぜったい……ぜったいかっこよく……きれいに、返そうって、そう思ってた…………ふ、うぇっ……うゎあああああん!!」

「あ、あぁ、ぅあっ……ゆ、結衣、結衣っ……? 俺、お前に泣かれると、弱い……! でもごめんは違くて……あ、ああもうっ……!」

 

 わんわん泣く結衣の体を、ぎゅっと抱き締めた。

 きっとこれで最後だからと。

 おちつけ、おちつけと……ひどくやさしい心のままで。

 大丈夫だ、結衣。

 俺、もうなんでも受け入れられる。

 お前はこれから新しい自分になっていくんだろうけど、それはきっと俺もで…………もう、子供のままじゃいられないんだろうな。

 ありがとう。

 本当に、いい夢だった。

 出会い方ひとつが違うだけで、きっとまるで変わっていたであろう俺達の関係。

 その中でも、こんな道を歩けたことに、本当に感謝したい。

 結衣や雪乃に出会えなければ、俺はきっと……独りでうじうじと考え込むような、寂しいやつになっていたと思うから。

 

「……結衣。好きだ。お前が本当に大好きだ。……だからもう、幼馴染ってだけだった関係からは、卒業しよう」

 

 そして、お互い成長していこう。

 俺、きっといい男になってみせる。

 お前を好きになった男は、こんなにもすごい男だったんだぞって、いつか後悔させてやる。

 だから、涙は見せない。強い俺のままで別れるんだ。

 だから───

 

「うん……! はい……! あたしも……あたしも、大好き……! はーくんのこと、ずっとずっと好きだった……! ぐすっ……あたしでよければ……はーくんのお嫁さんにしてくださいっ!」

 

 …………。

 うん。

 …………あれ?

 ……エッ!?

 

「………………《ぽろぽろぽろぽろ》」

「……はーくん……泣いてるの……?」

「……ばっ……! やっ、おまっ……! …………~~……結衣ぃいい~~~っ……!!」

「《がばぎゅー!!》ふきゃあっ!? わ、わわわちょっ、はーく…………~……ふえぇええ……!」

 

 泣かされた。

 二人して泣いて、わんわん泣き叫びながら、お互いを抱き締め続けた。

 なんのことはなく、ただの俺の早とちり。

 きっと、返事がこなかった時間はほんの短い時間で、俺だけがそれをとても長く感じていただけ。

 泣いてしまって、返事をしようにも嗚咽に邪魔されたところへ、俺からの“これが最後だから”とありったけを込めた好き好き攻撃に、小さい頃からの夢だったらしい想いが叶い、嬉しいのはいいけど返事が出来ない。

 なので抱き着いたんだが、ぎゅってしてくれるもんだから余計に嬉しくて泣けてしまって、と……まあ、そういうことらしい。

 結論を言おう。俺のアホ。

 けどまあそのー……しっ……仕方ないでしょ! 告白とか初めてだったんだから!

 

(あー、うんうん、覚えてる覚えてる)

 

 そんなやりとりを夢として見ていた俺は、懐かしいなぁと笑う。

 結衣と俺は散々泣いた後に軽く離れて、改めて俺は指輪を贈り、結衣は左手薬指にそれを嵌めてもらって、幼馴染としてでは見ることの出来なかった、幸せそうな女の子の顔を見せてくれて……俺は、そんな彼女にさらに心を持っていかれた。

 

 ただ。懐かしいと思えば思うほど、これは夢でしかないんだなと考え始める自分に、違和感と恐怖を抱いていた。




 /アテにならない次回予告

「ローーーレーーーーンス!!」



   「生徒に生徒の悩みを解決しろとか馬鹿なのですか先生は」



 「失礼するぞ奉仕部とやらぁ! ……我、参上!」



「黙りなさい下郎」



     『Sir! YesSir!!』



      「むしろゆーちゃんはもっと怒るかと思っていたわ」



 あなたを殺しにうかがいますゆえ。





次回、夢と現実の僕らの距離/第五話:『奉仕部活動日誌』

 ハートに届けっ! プラクティス!

 ◆pixivキャプション劇場

「なぁ材木座」
「はぽん? なんだ八幡、改まってこの我に声をかけるとは」
「焼肉のたれでよォ~……モランボンのアレ……あるよなぁ」
「え? なにそのちょっぴりジョジョチックな喋り方。もったいぶった言い回しとか我が言うのもなんだがキモい」
「うっせ。とにかくあるよな」
「うむ、あるな。肉に絡みやすくていい感じだ」
「そんなわけでよ、モランボンって四回連続で、ちょっぴり早口っぽく言ったあと、最後にボ~ンボボ、って言ってみてくれ」
「? よくわからんが」

 財津発声中……

「ぐわぁあああーーーーーーっ!!」

 そして落ち込みだした。

「ちょっと似てるよな……」
「う、うむ……ほんのちょっとだというのにこの威力……凄まじいな……!」
「まあ聴く人によって、音も違うだろうからな。中にはなんだこりゃって首傾げるやつも居るだろ。むしろ俺達ぼっち以外とは感覚からして違うまであるまである」

 fin

 ◆あとがき
 地獄のような大晦日を乗り越えました。
 朝の7:30に出発、完全決着が23時47分。
 僕……仕事が終わったら続きをUPするんだ……! とか思ってた時期が、僕にもありました。
 仕事は選べるなら選ぼうね! 鬼胃酸との口約束だ! 盛大に破るがよいわ!
 ストレスが溜まると胃酸が鬼のように出ますよね。さ、ギャフターの続きを書こう。

 ではではー!

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