どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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奉仕していると言えるかはわからない部活

 第五依頼、川崎さんの弟とやらから。

 川崎……川崎。しかもバイト。髪型はポニーらしい。まさか、だよなぁ?

 

「バイトかぁ……お金は大事だよなぁ」

「そーなんすけど、姉ちゃん無理してるんじゃないかって……あのさ、比企谷さん。比企谷さんの知り合いって美人揃いだね……って指輪!? 既婚者!? って、アクセですよね、そっすよね、ははっ、焦ったー……!」

「え? うん。婚約ならしてるよ?」

「まじすか誰っすかどこぞのパパ!? こんな美人さんをひっかけるとか!」

「帰れぇえっ!!」

「ヒィイごめんなさい!」

 

 中間試験一週間とちょっと前。善良なる高校生男児たる者、ファミレスに寄って勉強する、なんてことはなく、俺は自宅で勉強するつもりだった。

 しかし結衣と雪乃に誘われ、途中で隼人まで合流したこともあり、学校帰りにファミレスに。

 それがそもそもの始まりだったわけだが……ファミレスってこともあって周囲はうるさいし気が散るしで、座ってドリンクバー頼んで準備万端、となった途端に耳にイヤホンつけた雪乃を止めた俺たちは悪くない。むしろまちがっていない。

 なんか最近、雪乃の目が腐りそうで怖いです。うるさいけどさ、周り。外の音を消したい気持ち、わかるけど。

 ほら、店に来ると泣く子供って絶対居るだろ? 例に漏れず今日も居るんだよ。しかも何故かすぐ隣のグループ席に。

 ああっ、早くも目を伏せ耐える雪乃のコメカミがバルバルと躍動を……!

 おっ……奥さん!? おくさーーーん! こういう時は外か化粧室に連れていって、泣き止ませるかなにかしてくださーい!? 無視して談笑とかなにやってんのいやマジで! 面倒見る気がないなら連れてこないで!? それはそれでムカツくだろうけど、俺はそうして育てられましたが!? ほら、隼人も「子供が可哀相だ」って拳握り締めてるから! ね!?

 

「はーくん、出ましょう。ドリンクバーは残念だけれど、これは許容できる騒音のレベルを超えているわ。母親への不快指数も含めて」

「そだな。けど何処に行く?」

「はいっ《バッ》」

「はい結衣」

「はーくん・ごーほーむ!《どーーーん!》」

『………』

 

 俺の家に行きましょうと言いたいらしかった。直接“お前帰れよ……”とか、よりにもよって結衣に言われたと思って泣きそうになったよ。ソッと肩を叩いてくれる隼人のやさしさが沁みる。

 しかし誤解だとわかればじゃあ帰ろうと、店から出ようとしたところで小町と密会する小僧を発見。

 頭の頂にある比企谷レーダーは伊達ではない。

 で、せっかくなので席を移動したわけだ。こっちは静かで実にいい。あと貴様は誰だ。

 

「───ン、コホッ」

 

 あ。雪乃が定型文を頭の中に作った。

 わかりやすい咳払いは“喋るから邪魔しないでほしい”って合図だ。何故って? 途切れたり邪魔されると、どもったり、言うつもりで用意した言葉とかが霧散するからだ。コミュ障ナメんな。

 材木座の時は、“ひと目で、尋常でない中二病と見抜いたよ”状態だったからいけたらしい。ああ言えばこう返すことが見抜きやすかったんだそうな。まあそうでなくとも、結構ガトリングトークで一方的な感想だった気がするし。

 え? テニス部の連中? あれこそ自分を正当化したい若者の典型だから、なにを言っても返ってくるのはお決まりの文句、って想像しやすい。どの会話も定型文で済ませられるくらいだろう。

 

「川崎くん、といったかしら。小町さんとはどういった関係で? 住まわせてもらっているとはいえ、小町さんは妹も同然。そんな彼女と密会をするとは、よほどの事情があるのでしょう?」

「え、えーその……実は、相談があって……」

「関係は? とまず訊いたのよ。答えなさい」

「ひぃ!? あ、あの……ククククラスメイトっす!」

「雪乃さんもお兄ちゃんも睨むのやめてくださいってば。だいじょーぶですって、小町、大志くんのことどうとも思ってないですからっ。友達ですね。霊長類ヒト科オトモダチ」

「《ぐさぁっ!》トゥハッ……」

 

 なんか外国人が無理にグハッてうめいたような声が聞こえ、川崎が蹲った。隼人が合掌、「強く生きろ……」とこぼした。強くても痛ぇよ。

 まあ、ともあれだ。

 T氏(たいし)の姉が不良になった、とかそういう話らしかった。不良ねぇ。じゃあ同じクラスの川崎沙希は、前と同じ格好をしてるし、不良って感じはない。

 ともかく話を聞いてみれば、どうやら夜に外に出ている=不良って考えをしていたらしく、“それただ夜からのバイトをしてるだけじゃね?”ってツッコミが入った。

 もし相手があの川崎なら、前にそれっぽいことを言ってた。辻褄は合う、と思う。

 で、元の会話に戻るわけで。

 結衣の相手がどこぞのパパとか喧嘩売っとんのかこの野郎。

 

「婚約って比企谷先輩とだったんすか……。それなら先に言ってくださいよ、学生結婚とか想像の上すぎて、思いつかなかったっす」

「普通、ここまでいちゃいちゃしていれば、気づきそうなものよ」

「……それもそっすね。ちょっと余裕なかったっす」

 

 ほっとけ、たまのお出かけでもデートって思わなきゃ、そんな時間さえねぇんだよ。

 隣の結衣の肩を抱き寄せながらつくづく思う。

 男の子よ、恥ずかしくても想いは伝えよう。“一度言ったからいいや”は絶対にやっちゃいけないことだ!

 “付き合い長いし、言わなくてももうわかってるだろ”にも、ドアホウめと言って差し上げますわ!

 ふと感謝したくなった時、“いきなりどうしたの?”とポカンとされようが、想いは伝えるのです。

 あ、ただし余計なことは言わんでよろしい。感謝と好意とねぎらいを。嫌味は一切いりません。

 それはさておき。

 小さな話題も解決したところで、いよいよ核心へGOってことになったんだが……まあ、バイトってことは金だよな。

 学生が急に金を欲する理由ってなんだろうか。

 まずそこから意見を出し合って、なにより弟である川崎の話を中心に、答えを絞ってゆく。

 で、結局は。

 

「えと……無理っすよ。最近姉ちゃん帰ってくるの遅いし、風呂入ってすぐ寝ちゃうし」

「まじか。じゃあアレか、学校で言うしかないのか」

「提案しておいてなんだけれど、面識が特にない相手に、急に“スカラシップって知ってるか?”などと言われたら、相当警戒されるでしょうね」

 

 どこで知ったかは知らんが、雪乃がスカラシップの案をくれた。

 そもそも姉とやらがあの川崎なら、通帳と履歴書を持ちながら溜め息を吐いていたあの日に、自分と弟の分の学費がどうのと言っていたから、少しでもその助けになればってやつだ。

 しかし人間、急な甘い話には警戒するものである。いきなり“なんとかなるよー!”とか言われたら、当然警戒するだろう。

 

「ん……でもさ、結局は弟さんの依頼だったんだし、ある程度はしょうがないよね」

「それな。まじそれ。で、問題は誰が言うか、なんだが」

「私は嫌よ」

「即答なんだ!? ゆきのん、もうちょっと話すこととか前向きに考えようよ……」

「嫌よ。私は将来、専業主婦になるんだもの、そこに会話スキルなんて必要じゃないわ」

「……はーくん……」

「え、えー……? これ俺が悪いの? ……っつか隼人、笑いすぎだ」

 

 空港で専業主婦になれって言ったの、俺だけど、まさかだろ。子供心に引き離されないための言葉が、まさか幼馴染の夢になっていたなんて。

 ……普通こういう流れだと、歌手とかアイドル目指すってパターンなのに、なんだよ専業主婦って。夢も希望もありゃしない。

 

「俺じゃなくて結衣はどうだ? 俺よりよっぽど元気に突っ込める気がするんだが」

「ふえっ……むむ無理、じゃないかなぁ……。前に話しかけようとしたら、睨まれちゃったし……」

「睨まれた? 何故かしら」

「あ、ううん、ただ単に話しかけるなってポーズだったみたい。話すより勉強させろ、みたいな」

「学生然とした在り方ね」

「ん……なぁ、八幡はどうなんだ?」

「なんの接点もないのになんで俺なんだよ。お前でいいだろ、隼人」

「弟さんが妹さんと一緒の学校。接点、あるじゃないか」

「俺は断然隼人を推すが」

「そうね。あなたなら人と話し慣れているでしょう?」

「そだね! やっくんならいけるかも!」

「いけるかも……か。ゆーちゃん、やるのが八幡なら、どう思う?」

「絶対できる!《クワッ!》」

「ははっ……いけるかも、とはすごい差だ。……だ、そうだけど?」

 

 隼人が結衣を煽り、結衣は絶対の自信を持ってそう答えた。

 いや、信頼してくれるのは嬉しいんですけどね? 俺だってそうそう高いコミュ力とか持ってるわけじゃねーのよ?

 俺がお前ら意外とどんだけ付き合いあったと思ってんの。ほぼないよ? だって四六時中一緒だったし。

 

 ……あ。ちなみに本人確認のためにケータイで撮った姉の写真を見せてもらったが、普通に川崎沙希だった。

 

……。

 

 それは、翌日の11時頃……学校でのことでした。

 

「川崎!」

 

 重役出勤をしてきた川崎。訪れた休み時間に、教室から出ようとするその後ろ姿へと声をかけ、

 

「キミは───スカラシップを知っているか!?」

 

 ド直球で答えを提示した。回りくどいのとかめんどいじゃん? ほら、早く話とか終わらせたかったし。

 

「スカラ……?」

 

 そして訊ね返される俺氏。

 やべぇ想定外だ。一年の頃と違って互いに時間もなく、話もろくすっぽ出来てなかった俺達だから、挨拶返してすぐに去ってしまうのでは、とか思ってたのに。

 で、スカラシップのことは個人で勝手に調べるとか思ってたのに……!

 

「あ、いやそのっ、スカラシップってのはな? あー……それを説明するにはまず、塾の構成などから説明しなければいけないわけでして……!」

 

 スカラシップについては雪乃が教えてくれた。どこで知ったのかはわからんが。

 つっかえながらもなんとか教え切ってみれば、川崎はこくこく頷いて、メモに走り書きを残して感謝をくれた。迷いが晴れたような、いい笑顔だ。感謝も素直に出たものだろう。

 ……が、ここでハタと正気に戻る。

 

「ちょっと待った。なんで比企谷が弟のこと知ってるの? 話はしたけど、会わせたことはないでしょ」

「イッ……妹から、妹のクラスメイトの姉が不良になった、って話がありまして……」

「不良って……そりゃ、前に言ってた年齢をごまかしたバイト、始めちゃったけどさ。不良っぽくした方が年齢とかバレにくいかなーって、バイト先のホテルの近くで髪型とか変えて、頑張ってこう、目つきとか変えてさ。……まあ、それはわかった。けど、比企谷にそれを解決する理由はないでしょ?」

「兄とはな、川崎。可愛い妹の頼みなら、どんな願いでも可能な限り叶えてやる神龍的存在なんだよ。川崎だって、弟の学費のためなんだから、気持ちはわかる。へとへとになるまで働いたわけでもないから、あくまで気持ちだけな」

「……格好つかないね……はぁ。気遣い、ありがと。正直もう危なくてさ。へとへとになっちゃうし、家族とは険悪になりそうになるし、なんとかしたいのに疲れてるから明るくも振る舞えないし……いっそほんとの不良になっちゃって、理解されなくてもあたしだけが頑張ってればいいかなって…………うん。ありがと、たすかった」

「そういうのは解決してから言ってくれ。ぬか喜びとか切なすぎるから」

「はは……ん。でも、人の学力、あまりナメないでよね。伊達に頑張ってるわけじゃないから」

「そっか」

 

 溜め息ひとつ、川崎は去っていった───直後にチャイムが鳴って戻ってきた。

 うん……話長かったよね……。なんかごめん。

 ともあれ後日、川崎は深夜バイトをやめて普通のバイトに戻っていた。

 のちにきちんとスカラシップも取ることになり、その時は随分と気を許した顔で“ありがとう”を言ってくれた。面と向かって言われるのは恥ずかしいもんだ。

 え? 中間試験? 余裕だったってさ。笑顔でVサイン見せつけられたよ。

 俺は無難なところ。もちろん結衣も。つーか雪乃。お前国際教養科いきなさい。

 

……。

 

 職場見学を騒がしく過ごし、現在東京わんにゃんショー。

 

「はーくんはーくん犬! 犬!」

「はーくん、猫よ。はしゃぐでもなくのんびりと、いっそねそべりながら愛でましょう」

「俺、オウム見たいんd」

『あとで!』

「押忍……」

 

 結衣が犬を、雪乃が猫を愛でまくり、俺は一人、女性の買い物に付き合わされた荷物持ちの男の気分でその場に立っていた。

 毎年のことながら……これ、俺が居なくてもよかったんじゃ? とか思わなくもない。

 それが、こんな夢を見ている俺の場合でもまだ続いているんだから……まあ、笑えないってことはないものの、ちょっと切ない。

 楽しんでるんだからいいんだけどな、ほんと。

 ともあれ、そこに小町を足した騒がしさはそれはもう……男って辛いとか言いたくなるほどだった。

 一人が恋人じゃなきゃ、本気で“なんで俺ここに居るんだろ”とか思ってたことだろう。

 いやべつに、幼馴染って名目でも全然いいんだけどな。結衣が居なけりゃ、恋人も居たかどうか知らんし。

 え? 川崎? ……いや、なんとなく似てるって想像出来るだけ、俺と同じく家族を優先させそうだし、付き合っても長続きしなかったんじゃねぇかなぁって。主に俺がフラレる方向で。自虐がどうとかそういうんじゃなくて、なんつーかこう……頭がまだ子供なんだ。

 幼馴染のリーダー気取って騒いでるだけって言っちまえば、それだけのこと。

 だから、誰と付き合ってもこうだったんじゃないのかねと、そう思うのだ。

 ……大人、目指さないとなぁ。

 まあそれはそれとして。

 

「ハッピーバースデー! 結衣ー!」

『ハッピーバースデェーーーイ!!』

 

 ぱぱんっ、ぱんっぱんっ、とクラッカーが鳴った。

 東京わんにゃんショーから二日後の結衣の誕生日に、ここ、比企谷家で執り行われた誕生日会は、実に賑やか。

 幼馴染が集まっての、俺と雪乃が二人で作───ろうとして、自分のだからってのけ者にされるのってヤダ! と言った結衣が混ざって結局三人で作った特製ケーキを食べ、祝い、燥ぐ一日。

 

「ケーキっていいよねー、なんかさ、特別って感じがして」

「だな。スペシャルって感じがするよな」

「どちらにしろ特別であると言いたいのね……けど、ええ、わかるわ」

「よかったのかな、俺まで……」

「隼人はこういう時、気ぃ使いすぎだ《さくさくさく……ほれ、ケーキ》」

「えっと……お兄ちゃん? 小町、もうそんなに大きくケーキ切り分けなくても……」

「気にすんな。俺には結衣がくれたクッキーがある」

「自分の誕生日に好きな人にクッキー焼いたの!? 結衣さんとお兄ちゃんって、ほんとなんでもいいから好きって言える口実探してるバカップルだよね……」

「うっせ、いーじゃねぇか。仲が睦まじいって、それだけで幸福なことだぞ。むしろ祝福してくれ」

「祝福……───らぶらぶですな」

「わかるかね」

 

 兄妹、ヘンテコな会話をしてウェーイと手を叩き合わせた。

 妹が羨ましいと感じたいつかも遠く、兄に申し訳なかったと自覚したいつかももう遠い。

 

「はい、から揚げの追加ねー。雪乃ちゃん、ちゃんと食べてるー?」

「姉さん、そこはゆーちゃんに言うべきでしょう。今日の主役は彼女よ」

「やーやー、もう言ったからいーのいーの。けど、こうしてると妹が二人出来たみたいで、お姉ちゃん幸せ。むしろママ大好き」

「本当の母さんが泣くわよ」

「それはそれで見てみたいでしょ?」

「……確かに」

「あっはははは、あぁ楽し。私はあれだねー、世界の楽しみ方なんてものをわかってなかった。ずっと雪ノ下に生きてたんじゃ、こんな世界なんて知れるわけないもん。猫をおっかけて道に迷った雪乃ちゃんにかんぱーい!」

「ちょっ……やめて、姉さん……!」

「かんぱーい!」

「ゆーちゃん!?」

「かんぱーーい!」

「はーくんまで……!」

 

 けどまあ実際、ああいうことがなければ出会うこともなかったのかもしれない。

 出会うことがあったとして、こんな関係になれたかどうか。

 

「……俺はなにに感謝するべきなんだろうな。雪乃ちゃんへのイジメを感謝するわけにはいかないし」

「結局出会いは猫だから、猫をおっかけて道に迷った雪乃にでいいだろ」

「そっか。じゃあ、かんぱいっ!」

「……はぁ。もう勝手にやっていなさい……」

「おお許しが出た! おめでとう雪乃!」

「おめでとうゆきのん!」

「おめでとうは違うでしょう!?」

 

 日々コレ平穏。俺達は、心からこんな関係を楽しんでいた。

 

……。

 

 7月。

 7日といえば陽乃さんの誕生日。

 前日からめっちゃくちゃそわそわしていた陽乃さんは、まるで子供のようだった。

 親の知り合いにおめでとうと淡々と言われ続ける集まりよりも、子供っぽくても誰かと騒げる誕生日が夢だったんだと。

 そんなことをママさんから聞くに至り、そりゃもう騒がなければでしょう。ということで激しく騒いだ。

 もちろんもう、一度や二度目の誕生日ではないが、それでも毎年楽しみにしている陽乃さんだ、今年も嬉しすぎてえびす顔になるくらい、喜ばせよう。

 

「リアル2コマ劇場~」

「さっさーのーはー───コットン100《ズビシィ》」

「さらサーティね」

「え───なんなのそれ!? え!? お姉ちゃんちょっと意味わからない!」

 

 1コマ目で短冊いじりながら“さっさーのーはー”まで歌い、振り向きざまにサムズアップでコットン100。すかさず相手ががサラサーティねとツッコむ。うん、言われたとおり、意味はない。わからなくて当然だ。

 いや、べつに演目としてやったとかじゃない。たまにある誰も喋らない空白を有効利用しているだけだ。

 

「でも、なんていうか……落ち着いたっすよね、陽乃さん?」

「ん~? んふふー、そりゃーね。人の裏を掻くとか先手を取るとか探り合いをするだとか、こっちじゃ無駄でしかなくて。だってみ~んな素直な感情ぶつけてくれるんだもん、身構えてるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃって」

「あー……陽乃さん、ママさん大好きっすもんね」

「うん大好き。私、ママのためならなんでもするわよ」

「あの……陽乃さん? ママのこと、取らないでくださいね?」

「あーもー、結衣ったら可愛いなー! どう!? どうだね比企谷くん! これ私のかわいー妹二号! かわいーでしょー!」

「違います、俺の恋人です。これ扱いしないでください」

「むっ……なぁにー? 比企谷くん。この私とやろうっての?」

「やらいでか、っすよ。……ベット! 俺は掛け金として、雪乃の専業主婦の夢を賭ける!」

「はーくん、全力で叩き潰すわよ」

「おう! 雪乃が居れば百人力…………あの、雪乃さん? なんで俺のこと睨んで構えてるんでせう」

「叩き潰すわよ?」

「え? ……え? なに? 俺に言ったの? 力を合わせて陽乃さんを全力で叩き潰すって意味じゃなくて」

「なぜ私がそんな面倒なことをしなければならないのかしら。そもそも理由が───」

「ゆきのん助けて!」

「任せなさい全力で叩き潰すわ」

「お前ほんと結衣にはやさしいな!?」

「気の所為でしょう? 同じ程度にはあなたを愛しているわよ。幼馴染の域は永久に出ないでしょうけれど、ね。ふふっ」

「あーそりゃあんがとさん」

「ええ。いつまでも友達でいましょう? 幼馴染という称号は、切っても切れないものだから度外視するとして」

「友達なのに専業主婦志望って、もうわけわからん」

「べつに、家に居たって出来る仕事はあるわ。……ああそういえば、中途半端になっている依頼がひとつ残っていたわね。それを煮詰めてみるのもいいかもしれないわ」

 

 中途半端? なんのこっちゃ。

 首を傾げつつ、こうして俺達のやかましい七夕は過ぎて行った。

 さすがに喧嘩はまずいので、やった勝負事はゲームだ。

 ……陽乃さん、この人ほんとなんでもアリな。まさかゲームで負けるとは思わなかった。

 

……。

 

 7月も後半になれば夏休みも目前……の前に、何故か柔道部が奉仕部に来訪。

 OBの先輩さんをなんとかしてくれという依頼を受け、柔道で勝負するハメに。

 っつーかなんで相手の土俵で戦わなきゃならんのか。

 いやまあやれっつーなら頑張るが。

 日々、陽乃さんに、笑いながら投げ技掛けられてきた俺達の本気、見せてやろう……!

 ここで安らかに眠るのは貴様らじゃーーーっ!!

 

  ドカバキギャーーーーッ!!

 

 ……というわけで負けた。

 にわか仕込みじゃそりゃそうなる。

 しかし平塚先生に用があったとかで学校に来てた陽乃さんが参戦、先輩さんを瞬殺した。強いよあの人……強すぎるよ……! 雪ノ下建設ってただの建設業じゃないの……? なんで娘をあんなミス・パーフェクトにしてんのほんともう……!

 なんかいろいろ先が不安になるようなことを聞かされたけど、聞き流した。

 八つ当たりとかほんとアレな、勘弁だ。

 

……。

 

 夏休みに入ると、日々は絶好のデート日和になったりした。

 自由に出来るお金を使って遊びに行ったり、金は使わず遊びに行ったり、サブレの散歩したりサブレ用のリードとか首輪とか見繕ってみたり。

 騒がしい日々の中、ようやく恋人らしいことが出来ている気がする。

 体力作りは今も続けていて、朝練とばかりにランニングをしているテニス部と時々擦れ違う。……戸塚くんはまだ可愛いままだった。あれがいつか筒井あかねくんのようになるのかも、と考えるととても怖い。

 

  俺の誕生日は“静かに”がお約束。

 

 8月8日になると、俺と結衣と雪乃と隼人だけで軽いパーティー。

 自作のお菓子や飲み物を持ち寄って、おめでとーとやるだけ。実にいい。

 毎年恒例、茶封筒を受け取って、それを貯金して懐を温める。

 あとはあれな。曜日を決めてのバイトとか。

 

「最近のコンビニって寒いよな……夏場バイトしてると、外に出ると死にそうになる」

「だよねー……あ、でもママがスーパーのパートをやってた時とか、それよりはマシだって言ってたよ?」

「なにそのスーパー。店全体が冷凍庫だったりしたの?」

「よく知らないけど、窓はいっつも結露が出来てたって。元気に入ってきた半袖の女の子が、数分後にはカタカタ震えてたくらいだ~って聞いたよ?」

「やだ、なにそれ怖い」

「商品の保存環境としてはとても良いのでしょうけれど、そこで働くのだけは勘弁願いたいものね」

「同感……」

 

 幼馴染としても相変わらず。

 恋人同士なのだからと気を利かせることも多いが、基本的に結衣が雪乃を連れ出したがり、俺もそれに乗る。

 突然小説を書き出したりした時はどうしたのかと思ったが、それが中途半端な依頼、とやらのことらしい。

 

「財津のことか?」

「ええ、そう。財津……でよかったかしら」

「えとー……ごめん、あたしもよく覚えてないや。で、そのざいづ? がどしたの?」

「小説を読んで感想を、という依頼を受けたでしょう? また持ってくると言って、何度か持ってこられて。何度も来るようならいっそ、新人賞に出すあたりまで付き合ってみたらどうかと思ったのよ。……ああ、言っておくけれど、付き合うというのはそういう方向ではないわよ」

「そりゃわかってる。むしろ雪乃。お前の場合、あいつ見てると瞳が疼くだろ」

「うぐぅっ! ~~……やめっ……やめてちょうだいぃい……!! やめてぇえ……!!《かぁああ……!!》」

 

 黒歴史は誰にだってある。

 たとえば雪乃のラーニングとか、中学時代を知る者にしてみれば、結構有名だ。

 折本とかめっちゃ笑ってたし。でも成績は優秀だったから、ぐぅの音も出なかったわけだが。

 人のベッドの上でばたんばたんと悶える幼馴染に、落ち着きなさいとデシンと手刀。

 「死にたい……」と真っ赤な顔で言う雪乃は、自力で復活するまで待つことにした。

 しかし専業主婦態勢で小説家か……まあ、アリかもしれない。

 





 /アテにならない次回予告


   「ローーーレーーーーンス!!」



「すごいねゆきのん! なんか実感こもってる!」



  「《ぞぶしゃあ!!》……カハッ……!」



                        でんわ、でろ




        「大丈夫、ただの青大将だよ」




          「全身青タイツの兄貴か。槍とか使いそうですね」




     『…………おかん』




「否定された瞬間に、“いや”だの“でも”だのを反射的に使うのはやめなさい」




    「比企谷。今度きみの家でカレーを作る時、家庭訪問───」




            「勇気、出してみよ?」




次回、夢と現実の僕らの距離/第七話:『ゆきのん死す!』

 デュエルスタンバイ!

Q:マジですか

A:うそです

第七話:『学校外の仕事は部活じゃねーだろ』

 ちなみに最寄りの“ふじや”は本当に結露だらけで、真夏日でもくしゃみが出まくるほど寒いぞ!
 子供が震えていたのは実話です。

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