どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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素晴らしい汗を掻こう!

 翌日。

 

「……起きないね」

「起きないわね」

 

 どんだけ安心したのか、二人に囲まれたまま眠る俺は、揺すっても声をかけても起きなかったらしい。

 そんな中、女性教員さんたちも面白がっていろいろやったらしいのだが、なんの効果もなし。

 ここで平塚先生がお姫さまのくちづけで起きるかもなぁ、なんて言い出したのがそもそも。

 教師として不純異性交遊が~、とかいう以前に女性であり人間なのだ。

 後押しをしないだけ、まだ教員としての立場が勝っていたのかもしれない。

 しかし結衣がその気になってしまい、口を近づけ……

 

「やめなさいゆーちゃん。大事なファーストキスを、相手が覚えていなくてもいいの?」

「やだっ!」

 

 一瞬で離れた。そして瞬時に覚醒する俺。

 

「どうした結衣! なにがあった!?」

『………』

「………」

 

 結衣の“やだっ!”という言葉に素直に反応してしまったらしい。

 拍子を置いて爆笑の渦に巻き込まれるこのコテージは、俺を困惑の海に叩き落とすことに特化していた。

 

……。

 

 ……。

 

「その……はーくん、いい加減機嫌を直してちょうだい……。わ、私はむしろ、止めようとしたのであって……」

「いや、だから怒ってないって。ただ、心配から起きた途端に笑われる人の気持ちを考えろって言ってんだ。考えてくれたら、もう怒る理由なんてねぇんだよ」

「……ごめんなさい」

「だからやめなさいっつの。……その。俺だってな、寝てる間にそういうことされたら後悔するだろうから」

「だよね……うん、やめといて正解だった。ありがと、ゆきのん」

 

 朝からなんつぅ話をしてんでしょうね。

 ともあれコテージから出ると顔を洗ったり歯を磨いたり、朝の身だしなみを整えて、それから朝食となる。

 白米、味噌汁、焼き魚、サラダ、オムレツ、納豆、味海苔、香の物、デザートのオレンジ。

 ……やろうと思えば一品一品おかずに出来るから困る。

 子供の頃って味噌汁が美味いとそれだけでご飯一杯いけたよね。いや、今もだけどさ。

 焼き魚だけでも一杯いけるし、オムレツでもいける、納豆でも、味海苔でも。

 香の物なんて、たまにある食事処のめっちゃ美味しいお新香とかだったら、余裕で一杯いけるだろう。

 よくぞ日本に産まれけり。ご飯が美味いって、いいことだ。

 

「っべー! 比企谷くんめっちゃご飯がススムくんじゃねー!?」

「八幡、よく噛んで食べないともったいないぞ」

「隼人だって相当早く食ってるだろが」

 

 俺も隼人も朝はしっかり食う方だ。

 空腹で動いた方がミトコンドリア先生は活性するんだが、朝は食べないとどうにもやる気が出ない。

 おまけに俺も隼人も体を鍛えているから、朝のエネルギー、大事。そんな隼人へ、やんちゃで大喰らいな子供へ語り掛けるように、小町が声をかけた。

 その横で、結衣がハッとして目を輝かせたり。

 

「隼人さんもよく食べますよねー。あ、おかわりはどうですか?」

「すまない、頼んでいいかい?」

「あっ……は、はーくんっ、はーくんはっ? おかわりっ」

「おう結衣、頼む」

「うんっ、まっかせて!」

 

 結衣が超ご機嫌。

 小町が隼人の分のおかわりをよそうと、なんでか三浦が「あぁああ……!」と切ない声を出して、そのあとに俺の分をよそってくれた結衣が、「はいっ、はーくんっ」と渡してくれる。

 

「………」

 

 なんか、でぇ~んでぇ~んげでってぇ~~~~ん、でぇ~んででっげってぇ~~~ん♪とかジャイアンのBGMが鳴りそうな山盛り具合だった。

 ……食えと? いや食うけど。

 

「ありがとうな、結衣。でも次よそう時はもうちょい少な目で頼む」

「もうちょい少な目……んっ、覚えた! まかせてはーくん!」

「ああ。ありがとうな」

 

 結衣は注意されたことは、細かなことでも覚えようとしてくれる。

 俺のことだと特に。

 代わりに、言わないのに後になってあーでもないこーでもないっていうのは好かない。何故って、先に言ってくれてたなら失敗を減らせたのに、という……まあようするに、俺に対してしてくれることを、出来るだけ完璧にこなしたいという欲求なのだ。

 想われ過ぎててやばい。嬉しいって意味で。

 

「あ、お、俺もおかわり───」

「自分でよそりなさい《ギロリ》」

「《ビビクゥ!》ヒィ!?」

 

 そして結衣を見ながら茶碗を差し出した大岡、撃沈。

 さらに隼人が「諦めろって言っただろう」と釘を刺す。さらに刺す。刺しまくる。

 大岡はその余波をくらった大和と一緒に朝からしょんぼりしつつ、俺はそれを無視して結衣と一緒にご飯を食べた。

 ウマい! カツ丼! ……カツ無いけど。

 やっぱ納豆最強ね。

 ねぇ知ってる? 納豆って混ぜまくって糸出した方が美味しいのよ?

 で、糸をいっぱい出してから醤油を差すのさ。糸が旨味成分の素らしいので、まずはこれをたっぷり出すこと。

 市販の納豆には納豆のたれがついているが、それにプラスして出汁の入っためんつゆをちょいと入れると、い~い味になったりする。

 薬味として、長ネギ、かつお節などをいれると風味もよくなる。

 食感よりも風味優先にするなら、長ネギは薄く切って微塵切りに、かつお節少々。多少の歯ごたえが欲しい時は揚げ玉を入れるのも案外アリだ。これが微量に入れためんつゆがよくなじむ。

 なお。

 炊きたてのアツアツのご飯で納豆を食うなど言語道断である。

 糸が切れる。熱で切れる。あれでは納豆の味わいが殺されてしまう。

 まあそういった納豆のほうが好きって人はもちろん居るのだろうが、俺的にはない。

 炊きたてのご飯よりも、数十分置いて蒸らしたご飯のほうが美味いと思うのだ。

 

  さて、次にオムレツだが。

 

 ───うん、なんというかお手本みたいなオムレツだ。

 オムレツというのはひどく好みが分かれる食べ物だろう。

 焼き加減、中のトロトロさ、外側は多少は焼き目があるべきだ、などいろいろ。

 ダドリー・プリーチャーの教えを知る者としては、ミルクを入れるのは素人のやることだが、好みであれば仕方がない。

 卵は二つ、下味はきちんとつけて、かき混ぜすぎないのもコツ。

 ボウルかなんかに卵を二つ割り落とし、ニラを刻んだもの、長ネギ、オホーツクを細かく切ったものなどを入れ、出汁入りのめんつゆを好みの量と、みりんを少々。

 フライパンは油を少々。斜めにしてみて、そこに多少油が多めに溜まるくらいがいい。

 熱しておいたフライパンに卵を流し入れ、手早くかき混ぜながら丸めてゆき、あとは恒例のトントン。上手く丸まり、形が整ったら皿に盛りつけ完成だ。

 あつあつ半熟なのと、デロリと卵がこぼれる半熟は明らかに違うから、焼く時間は何回かやって勘で覚えよう。

 ……まあ、頭の中でどんだけ考えようが、目の前にあるオムレツはプレーンオムレツなわけだが。

 

(うん、ウマイ)

 

 味海苔っていいよな。なんというか、子供っぽい味っていうのかな。

 市販のものを買うと、大抵1、2枚残るんだよな。

 そしてこの香の物は正解だった。

 朝食の主役級のおかずだらけの中で、すごく爽やかな味を出している。

 目立ち過ぎず、けれどどのおかずの後に食べても実に穏やかだ。

 

(ああ……終わってしまった)

 

 ゴローちゃんのように大事に大事に食べ、やがてそれも終わると後片付け。

 それも俺達幼馴染組がさっさと済ませると、平塚先生より本日の予定を言い渡される。

 小学生は一日自由行動。夜には肝試しとキャンプファイヤーだそうだ。

 俺達にはその準備をしてもらいたいのだと。それが終わったら君達も自由にしてよし、とのこと。

 

「じゃあ、そうな。さっさと終わらせて───」

「うん」

「ええ」

『涼もう』

 

 そうと決まれば早かった。

 

『うぃーきゃーーーん! ドゥーイッ!!』

 

 宣誓をしてエイオーと張り切ると、すぐに行動開始。

 隼人が手伝おうとしてくれたが、三浦を始めとするグループ連中に捕まり、身動きが取れない様子。むしろ別行動で、肝試し側の準備をするからと、ずるずると連れていかれてしまった。

 だが心配無用、俺達には出来る。なんというかこう、ノリ良くいくなら“どーんとやったるでーい!”って感じでWe can do it!

 

「おぉおりゃぁあああああっ!! せいっ!《カンッ!》」

「はいっ!《サッ》」

「せいっ!《ザコッ!》」

「はいっ!《サッ!》」

「せいっ!《カァンッ!》」

「はいっ!《サッ!》」

 

 広場に着いてからは早かった。

 まずは蒔き割り。割って、小町が次の薪を立てて、割って、をリズム良く繰り返す。

 その息の合った千葉の兄妹タッグパワーに、結衣が羨ましそうな顔して人差し指を口に当ててこちらをじーーーっと見ていた。作業しなさい。

 

「いやー、こういう時こそ兄妹のパワーが問われる感じするよね。小町的にとってもポイント高い」

「そだなー。決めておいたわけでもねーのにリズムがわかる時とかな」

「合いの手とかてきとーにつけてみる? あんまヘンなのは小町、さすがに勘弁だけど」

「合いの手……ふむ。んじゃあ無難なところで───よいしょおっ!《ザコンッ!》」

「どっこいしょおっ《サッ》」

 

 割ってみれば、次が置かれる。

 

「はいっ!《スコンッ》」

「ほいっ!《サッ》」

「オイサー!《カコンッ》」

「トリャサー!《サッ》」

「チェストー!《ゾゴォッ!》」

「はタンスのこと~♪《サッ》」

「たーまやー!《ザコッ》」

「かーぎやー!《サッ》」

「カイヤ!《ゴスンッ!》」

「カイヤ!《サッ》」

「ツー!《スコンッ!》」

「カー!《サッ》」

「いくぞバルバス!《ざこんっ》」

「レェエエドンンン!!《サッ》」

「………《すこんっ》」

「………《さっ》」

「イヤーーーッ!!《カコォンッ!》」

「グワーーーッ!!《サッ!》」

「イヤーーーッ!!《ッコォンッ!》」

「グワーーーッ!!《サッ!》」

「イヤーーーッ!!《ザコォッ!》」

「グワーーーッ!!《サッ!》」

「イヤーーーッ!!《スコォンッ!》」

「グワーーーッ!!《サッ!》」

 

 途中から特に思いつかなくなって、ついニンジャっぽくなった。

 ドーモ、ユイガハマ・ユイ=サン。ニンジャヒキガヤーです。

 で、割り終わったら運んで、井の字に組み立ててゆく。

 

「総武高校も端がハミ出てりゃ、こんな形だったんかね」

「ロのままでいいよぅ」

 

 なにげなく言った言葉を結衣に拾われた。忘れてください。

 そんな結衣はフォークダンス用に白線を引いてるようで、雪乃の指示に合わせて綺麗な円を描いている。

 

「ね、はーくん、フォークダンスって、なんでフォークダンスっていうんだっけ」

「ん……そうな。ここでいうフォークダンスのフォークってのは、ナイフとセットのあのフォークじゃなくて、こう……folkって書く。人々とかみんなって意味のな。まあ簡単にいえばさ、みんなでやるダンス、みたいな意味なんだよ。ただしフォークダンス、って繋げていうなら、民俗的な舞踊って言葉が近いらしい。この場合、こう……民族でも民俗でもどっちでもいいっぽいな。どちらにしろ深い意味はないぞ」

「へー……! そうなんだ! じゃあオクラホマミキサーは?」

「“フォークダンスってオクラホマミキサーのことだよね?”と言うヤツも居るが、さっき言った通りフォークダンスはみんなで踊れる踊りを大雑把に言ったものだ。じゃんけんだったらグーチョキパー合わせてジャンケンだって言ってるようなものな? よく使うのがグーなら、フォークダンスの中のグーはオクラホマミキサーだ。つまりこれが一番知られているダンスな。ミキサーってのは外国で、男女が交互にペアを換えながらするダンスのこと……だった筈だ」

「うそっ!? ……ぐるぐる回るからミキサーかと思ってた……!」

 

 気持ちはわかる。物凄く。

 しかし懐かしいな。

 小学の頃にやった時、俺と結衣と雪乃だけで同じところ延々とぐるぐる回って、先生に怒られたなぁ。

 で、他の男子といざ手を繋ぐって時になると、結衣が泣くし男子はいじけるしで。

 結局は俺と結衣と雪乃でぐるぐる回ってた。それこそベントラーベントラー言いそうだったよ。

 三人で手を繋いで、それっぽい姿勢でぐぅるぐる、だったから。

 

「っと、おわったー! ねね、はーくんはーくんっ」

「次にお前は───」

『一緒に水遊びでもしよっ!?』

「───と言う」

「……はっ!?」

 

 水遊び出来ることは平塚先生から既に伝えられている。

 水着だってしっかりと装備しているのだ。俺が冒険者ならステータス画面にEとかついてるね。

 ……関係ないけど、言葉をピッタリ予想されたのが嬉しかったのか、結衣が腕に抱き着いてきてはーくんはーくんと上機嫌である。

 普通言い当てられると悔しがるもんじゃないかね。いや、俺も結衣になら嬉しいかもだが。

 

「おし、んじゃあ行くか。……っつっても、平塚先生が言ってた川遊びができる場所ってのは何処だろうな」

「あちら側よ。涼しい場所を探している時に見つけたの」

「おおう……」

「さすがゆきのん……」

 

 猫って涼しい場所を探すのが上手っていうよね。なにこの娘、猫なの? 猫か。

 なんか妙に納得してしまった。ほら、結衣も俺と目を合わせるなり、コクリと頷いている。

 

「お前ら水着は?」

「えとー……えへへぇ。汗掻くだろうなーって思ったから、そのまま……」

「ええ、私も。案の定、迷惑な暑さで、下着でなくてよかったと思っていたところよ」

「一応男が居るんだから、そういう言い方やめなさい」

 

 さっさと終わった準備に息を吐きながら、いざいざと川を目指して歩く。

 大した手伝いもしてないのに、こういう時だけしっかりとついてくる小町のなんと図々しいことよ。

 

「……ところでだな」

「うん、なに? はーくん」

「水着を下に着てるのはいいんだが……着替えは?」

「こっ……コテージに戻ってから着替えるってば! 誰が来るかもわかんないところで着替えるわけないじゃん! はーくんのばか! えっち!」

「おまっ……こっちは心配してだなっ……!」

「いやいやお兄ちゃん、今のはないわー。いくらなんでもそれはないわー。せめてなにも言わず、川から上がったら服をかけてあげるくらいのやさしさがないと、それじゃ全然だめだよー?」

「やーかーまーしい。んなことくらい最初からするつもりだったわ。じゃなくて、きちんとコテージにもそういうものがあるのかって訊きたかったんだよ。昨日今日の二日分しかなかったとしたら、水浴びのあとの分とか考えてねぇかもって思うだろうが」

「あ、なるほど。で……どうですか結衣さん、雪乃さん」

「だだだから持ってきてるってば! ~……好きな人とのちっちゃな旅行みたいなので、そんなミスとかするわけないじゃん……。何度も確認したもん。ばか。はーくんのばか」

 

 ひどい言われようだった。

 雪乃にも文句を言ってほしいのか、雪乃を巻き込むようなことを言い出すが、そこはさすがは元お嬢様。「十分じゃないかしら」とあっさりとした返事で返すと、少し眠そうに“くぁ……”と欠伸をもらした。ああすまん、そこはお嬢様じゃなかった。

 

「ほーらっ、味方がつくれなかったからっていじけんなって。そもそも俺は最初から心配しかしてねぇし、いつだってお前の味方だから」

「うー…………うん、ごめん」

「俺も、ごめん。もうちょっと言い方とか考えればよかった」

 

 謝り合って、手を繋いで、笑い合って仲直り。

 子供の頃から俺達の関係はこんなもんだ。

 最初に手を繋いだ時は緊張したもんだ。

 ずうっと仲が良い人間関係なんてそりゃあもちろん無理だし、俺達も当然のように喧嘩をした。

 雪乃と会う前からしょっちゅうだ。なにより壁だったのが、男と女ってことだったわけだし。

 でもまあ、そんな男女の壁を知らないままに喧嘩をしようが、仲直りの仕方は一緒だったのだ。

 謝って、自分の悪いところを認め合って、自分がされたら確かに嫌だってわかり合って、握手。

 そうして理解を深めていく中で、結衣は…………ああ、そっか、そうなのかもしれないな。

 俺も、そういうのに惹かれたんだろう、きっと。

 わかってくれて、許してくれて、笑ってくれる誰かが居るって、素晴らしいことだ。

 俺はそうして結衣に惹かれていったし、結衣もきっと……そうやって。

 

「えへー……♪」

 

 俺の右手をぎゅうっと握って、子供の頃から見せてくれる人懐こい顔で笑ってくれる。

 仲直りの時だけに見せてくれる、俺の好きな笑顔だ。

 

(…………)

 

 やさしい女は……嫌いじゃない。

 けど、誰でもいいってわけじゃなくて、それは近しい人だからこそ受け入れたいって思う気持ちだ。

 誰でもよかったのならきっと、俺は今頃いろんな上辺だけのやさしい人に告白しまくり、その悉くを失敗し、世界を嫌っていただろう。

 最初に出会えたやさしい女の子が、結衣でよかった。

 

「……出会いってわからないよなー……」

「はーくん、あなたまさか、噂の出会い系とかいうものに手を───!?」

「だっ……だめだめはーくん! そんなのやだ! やだよぅ!」

「だーーーっ! しねぇから! おかしな心配すんな! 結衣って恋人が居るのに、なんでそんなもんに手を出さなきゃならん!」

「いえ……だって。なにか思いつめたような表情をしていたから……」

「俺はなにか、思いつめた顔して出会いがどーのと言ったら、それに手ぇ出さにゃならんのか」

 

 やだ、八幡怖い。

 そもそもそんなもんに興味なぞ微塵もないわ。

 俺は今が好きだし、変わっていくんだとしても前提ってものを大事にしたい。

 だから、余計なものに手を伸ばして今しか感じられないものを食いつぶす気なんて、これっぽっちもないのだ。

 

「ほれ、川見えてきたからヘンテコな話題は───」

「ウェミだァーーーッ!!」

「川だっての! って、あ、あー…………もう……」

 

 川が見えた途端にハイテンションな小町が、きゃっほーうと駆けだしていった。

 そのくせ、川の前に辿り着くと水の冷たさの確認、準備運動などをして、冷たさに慣れるところから始めた。

 うーん律儀だ。

 いや、やっておいたほうがいいのは確かなんだが。

 

「ところで小町は考えたのです。こういう場合って、運動するよりもロングブレスやって、インナーマッスルとアウターマッスル刺激したほうが早いんじゃないかなーって」

「あー……まあ理屈はわかるが、関節とか筋肉ほぐす意味も含めて、悪いことは言わないから準備運動しとけ」

「べつに潜るわけじゃないのに?」

「軽くでいいから」

 

 服を着たまま準備運動を済ませると、今度こそ服を脱いで水着になる妹。

 そのまま、なんつーかこう、よくわからんポーズみたいなのを見せてくるので、俺も服を脱いで水着になると、マッスルポージングなどをしてみた。サイドトライセップス!《ムキーン!》

 

「………ぷっ」

「……ぷはっ!」

 

 で、遠慮することなく笑う。

 千葉の兄妹は今日も仲が良い。いいことだ。

 そんな俺達へとバシャーリと水がかけられ、振り向いてみれば……水着の天使。

 鮮やかなブルー、スカートのついたビキニタイプの水着と、それを身に着けても美しいと断言できる、整ったプロポーション。

 冷たさに慣れるために体に水でも掛けたのか、川に反射する光が肌についた水滴を照らし、曲線となる部分を白く輝かせ、出るところは出て引き締まるところは引き締まった肢体を一層に強調させた。

 さらに水を掬おうと、前かがみになると同時に強調される谷間に顔が灼熱し、そんな顔を水が強襲する。

 楽しそうな笑顔が、ぽたぽたと前髪から落ちる水滴の先にあって、ああ、なんというか。幸せ。出会えたことに、好きになれたことに心の底から感謝した。誰に感謝すればいいのか知らんけど。

 あとその前かがみポーズは、先ほど小町もやっていたわけだが……うんすまん、レベルが違った。

 背後の小町も「これが圧倒的な戦闘能力の差というものか……!」って言ってる。

 

「見事に見蕩れているわね、はーくん」

「お、おう……得体の知れないなにかに、あいつと出会えたことを感謝してたところだ。好きになってよかった。よくわからんのだが、急になにかに感謝したくなってさ」

「……そうね。私も、あなたたちに会えたことを、見えないなにかに感謝しているわ。もし、なんて言っても仕方のないことだとはわかっているのだけれど」

「………」

「………というかこちらを見なさい。どこまで恋人に釘づけなのあなたは」

「いや、俺に見られたってべつに嬉しくねぇだろ……」

「ゆーちゃんには感想を聞いたわ。あとはあなたじゃない」

「お、おう……まあ、そうな《バシャー!》グワーーーッ!!」

 

 雪乃に急かされて振り向いた途端、顔の横を水に襲われた。

 思わず顔を庇うようにして背を盾に構えると、ハッと気づいて顔をあげる。

 そこに、白い肌の女の子。

 

「……なんつーか、それこそ雪の化身って感じだな」

「まあ、肌が白いのは認めるわ。それとも、雪の結晶を拡大してみればこんな面積だ、とでも言いたいのかしら」

「人の一言から無理に意味を拾わんでいい。怖いよ。逆に怖い」

「ふふっ……ええ、冗談よ」

 

 パレオ付きの水着なんて、どうやって服の下に仕舞い込んだのちょっと。

 え? 別に持ってきてた? あ、そういえばバッグ持ってたっけ。用意いいのねほんと。いや、そりゃあ準備中はバッグなんてそこらに置いておけばいいだけの話だが。

 つまり俺達の準備が足りなかっただけか。

 

「それでその。どうかしら。雪の化身とは聞いたけれど、肝心の水着の感想がまだよ?」

「白ってのがいいな。似合ってる。俺の中のイメージにぴったりだ。《バシャー!》グワーーーッ!!」

 

 雪乃を褒めたらミニマムタイダルウェイヴが俺を襲った。

 慌てて振り向こうとすると腕を引っ張られ、振り向かされ……俺の腕をぎゅうっと抱き締めて片方の頬をぷくーと膨らませてジト目で見上げてくる恋人さんが。

 

「ゆーちゃん、水着の感想の一番目を取られたからってそう怒らないでちょうだい」

「ち、ちがうもん! えとえとっ、これはただえっととにかくあのそのっ」

「結衣、似合ってる。先に言ってやれなくてごめんな。綺麗だって思ってたらそのまま見蕩れちまってたんだ。あー……だからその、水もかけられっぱなしだったっつーか」

「ふわっ……………………えへー……♪《にこー♪》」

 

 ふくれっ面は滅んだ。短い膨張時間であった。

 そしてものすげー上機嫌で腕に抱き着くもんだから、ビキニという布があるとはいえ、素肌というか胸がモニムニと腕に当たっているわけでして。

 しかも水滴がついているからその感触が腕に吸い付くみたいにムニュピタと……!

 

「………」

「?」

 

 見下ろしてみると、邪気のない純粋な、人をまったく疑ってない、信頼しきった無防備な顔で見つめられてしまった。

 こいつ今、胸がどうとかって意識、確実にない。

 指摘したら真っ赤になるだろうし……うん、そういうヨコシマなアレは置いておいて、愛でようか。

 お返しにぎゅーっと抱き締めたら、「ひゃわー!」と悲鳴を上げて真っ赤になってあわあわ言い出した。

 ……いやなんなのお前。自分で肌押し付けるのは良くて、半裸な俺に抱き締められるのはアウトなの? 基準がいまいちわからんのだが。まあどの道、そう簡単に離す気はない。恋人が可愛いです。幸せ。

 しかし半裸とか考えると、どこぞの忍んでない半裸頭巾の師範を思い出すな。すごい漢だ。

 ……うん、雪乃の前では言えないことだ。

 




 /アテにならない次回予告



            「ローーーレーーーンス!!」



  「マッスルウォッシャー!!」



               「うおおおおおマリーーーン!!」



      『バスターバリエーション・パート5ーーーっ!!』



           「わふっ!?《ボッ!》…………はーくんのばか」



  「大岡が佐藤はるおくん、大和が鈴木ジンコツくんだな」



            「召喚士は通す……」


 
   「ガードも通す……」



         『キマリは通さない!』



     「え? っきゃあああっ!? 白い手がぁっ!!」



        「ああいうの……本物、っていうのかな」




次回、夢と現実の僕らの距離/第十話:『それが本物でありますように』

「緑谷少年がムキムキになるぞ!」
「それはもういいですってばオールマイト! ……あの、ところでオールマイト?」
「うん? なんだい緑谷少年」
「ヒロアカでは敵のことを、“敵”と書いて“ヴィラン”って読みますよね? 発音的にはビラン」
「そうだね。名づけの時点で敵としてひとくくりだ……寂しいものさ」
「じゃあ、キマリに対して特別厳しかったりするんでしょうか!」
「ごめん緑谷少年、きみが何を言ってるのかまるでわからない」



 召喚士は通す。


   ガードも通す。


     キマリは通さない!!

              by,ビラン



「こぉのこじつけオタクめぇっ!! そういうの、嫌いじゃないよ!?」
「嫌いじゃないんですか!?」
「あ、本物って言葉は比企谷少年の“本物が欲しい”発言でよく知られているが、原作ではこの時点で既に出ているから気をつけようね!」
「この時の由比ヶ浜さんの“でもさ、本物だと、いいよね”ってなんかいいですよね!」
「青春だなっ! では行こうか!」
「ハイッ! 更に向こうへぇっ!」
『Plus・Ultra!!』

 ◆pixivキャプション劇場

 *中学生日記

 比企谷家、八幡の部屋。そこに、一人の男と二人の女の子が居た。
 ……結衣と雪乃なわけだが。
 今日も今日とて、自分用に用意されている部屋には戻らず、俺の部屋で過ごすらしい。
 ベッドも机も使いたい放題だ。

「なんかさ、最近過去に存在した人とかをキャラクターにするの、増えたよね」
「そうね。けど、悪くないのではないかしら。架空のものでも人物でも、そういったものが栄える世界観というのは悪くないものよ。ふふっ……ところで私は武器の中ではストームブリンガーが実にお気に入りなのだけれど───」
「ハイデルンだな」
「違うわはーくん」

 うん知ってる。
 話し始めると長いから逸らしただけだ。
 なんで発現しちゃったかなぁ……中二病。

「けど、そうだな。過去の人が現代で絵とかで格好良かったり可愛かったりで描かれると、浮世絵みたいなタッチで描かれた人物像も吹き飛ぶよな」
「ふっ……そうね。あそこはアレクサンダー大王が駆け抜けたとか、ここでは宮本武蔵が、とか。とても、とても瞳が疼くわ……!」
「お、おう。……けど、そういうのが身近にあっても現実味っていうのか? そういうのってあんまりないよな」
「あ、うん。それわかるかも。名前は知ってても、なにをやったのか~とか詳しくしらないし、伝記が残っててもほんとかどうかもわかんないしね」
「信じればそれが真実よ。それに、架空の人物だろうと祀っている場所もあるでしょう? 信じること。それを体現しているようで、とても素晴らしいじゃない」
「架空の人物で……祀られてる? ……○○タン、ハァハァとかそういう方向じゃねぇよな?」
「違うわよ、そういう方向のものではないわ。ある意味で神聖味はあるのかもしれないけれど。あくまで人によっては」
「んー……ごめんねゆきのん、あたしわかんないや」
「すまん、俺もわからん」

 架空の人物で祀られてる? 誰?
 言ってしまえば、過去の有名人だって伝記が残っていようが、過去の人が捏造したって可能性がゼロなわけじゃないんだから、誰が本当はどんなやつなのか、なんてのはわかりっこない。
 そんな中、雪乃はフッと自信を込めた笑みを浮かべ、言ったのだ。

「居るじゃない。忍として己を高めながらもまるで忍ばず、忍び袴と頭巾だけという、いわゆる半裸頭巾のみで戦う忍が」
「……。待て雪乃。それが某師範のことを言っているのはよーくわかるが、彼を祀る場所なんて本当に───」
「あるじゃない。その名の通り、彼のためだけにあるような場所が。その場所の名前こそ───」
「ど、どこなの? ゆきのん」
「───不忍池(しのばずいけ)よ!《ドヤァアアアアアア!!》」
「………」
「………」

……。

 ……その日、俺と結衣の腹筋は崩壊し。まともに呼吸できるようになるまで、長い時間がかかった。
 このことを彼女は漆黒の歴史として脳の奥底に刻み込んでしまい、彼女の前で“すごい漢だ”と口にすると、顔を真っ赤にして襲い掛かってくる。
 ちなみに攻撃を躱すと泣かれる。理不尽である。
 そんな、中学時代の思い出。

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