どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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それを青春って呼んだ日

 肝試しは好評だった。あくまで俺達側で言えば。

 子供たちは怯え、奥の方に出た霧と悲鳴は本物だと言う子たちで溢れていた。

 平塚先生になにをやったんだ君たちは……と呆れられるほどに。

 いえ、どうせあとで捨てるであろう保存用ドライアイスを有効利用しただけです。

 そういった子供に紛れて、なにやら肩を落とす教師が居たから、腹でも壊してしまえと呪いをかけておいた。人の恋人と幼馴染なんつーもん着せようとしてんだ。下痢になってしまえ。

 

「じゃ、あとはキャンプファイヤーですか」

「そういうことだな。さて、それ自体はもう向こうの教師連中がやってくれている。あとは自由時間でいいだろう。楽しみたまえ。一緒に踊るもよし、眺めるもよしだ」

「ほーん……?」

 

 あ、じゃあひとつ。

 昔っから気になってたことをやってみよう。

 

「それではお嬢様。一曲踊っていただけますか?」

「大人をからかうな、悪ガキめ」

 

 くつくつと笑って、平塚先生は歩いていってしまった。

 普通よりちょっとおかしな子供時代を送った身としては、あぶれて先生と踊る、なんて経験もしてみたいと思ったことがあった。

 そもそも結衣たちが傍に居たから、そんなことも起こらなかったが。

 

「ふふっ……フラレてしまったわね」

「大人の人と踊ってみたいって、子供の頃言ってたもんね。……ね、はーくん。今のあたしは……あの頃よりも大人かな?」

「……フラレて可哀相な男の子を拾ってくださいますか? ステキなレディ」

「キザなポーズが似合わないわね」

「ほっとけ」

 

 たはっと笑い合って、キザなポーズのまま結衣を見る。

 結衣は、俺の服(風呂上がりに別の着替えを取られた。解せぬ。でも可愛い)を着て、「これじゃあスカートをちょんと抓む、お姫様みたいなポーズ、できないね」と笑った。

 けれど、差し出した俺の手をやさしく掴んでくれた。

 

「はい、よろこんで」

 

 そうして、三人で笑う。

 大きく燃え盛り出したキャンプファイヤーの火を眺め、それじゃあと……もう詳しく覚えてもいないうろ覚えなステップで。

 

「足、踏んじゃったらごめんね」

「キミ、ドラムを想像したまえ。シンバルだ、シンバルを叩きたまえ」

「今ドラムとか関係ないよね!?」

 

 言いながら踊って、曲調が変わると片手を離し、傍に来ていた雪乃の手を取って踊り出す。

 

「割と覚えてるもんだな」

「うんっ、三人でわけのわかんないダンス、作ったよねー」

「そうね。たしか次は……ここで、お互い引っ張り合って、ぐるっと回って……」

「おぉおおお離すなよ離すなよ!?」

「こわっ! 昔よく平気でこんなんできたねあたしたち!」

「ふふふふふっ……けれど……ええ、楽しいわ。……とても」

 

 ぐるぐる回る。動きは自由だし、こうしなきゃいけないってものはないのに、片手に伝わる挙動が、次はこう動くんだっていうものを教えてくれる気がして、その通りに動けば転ぶこともない。

 昔から、なんというか自由だったなと。そのくせ、お互いのことは何気にわかるのだから、本当に自由だ。

 子供たちもわいわいと楽しそうにやっている。

 しかし、高校生にもなってこんだけ燥いでるのは俺達くらいだろう。

 視線を巡らせてみれば、そこまで張り切ってるやつらも───

 

「え、海老名さんっ! そのっ……おぉお俺と踊ってくんねーかなっ!」

 

 居たァアーーーッ!?

 いっ……行ったぁーーーっ! 戸部が行ったぁあーーーっ!!

 

「ごめんねとべっち、そういうのだめなんだ、私」

 

 そしてダメだった……!! なんという痛恨……!!

 

「そ、そっか……でもさ、俺、ハンパな気持ちで声かけたんじゃないっつーかさ! ……だから、その……す、好きでいて、いいかな! 海老名さんがそういう目で見れなかったとしても、友達としてでもいーからさ! 一歩ずつ始めさせてくんねーかなっ!」

「とべっち……」

 

 やだ……! 知らぬ間にドラマが始まってた……!

 俺と結衣と雪乃、踊りながらも固唾を飲む。

 

「……えっとさ。誰に言われても、誰が来ても、答えは変わらないし気持ちも変わらないと思う。言うよりもきっと辛いよ? ……私も、とべっちも。それでもそうしたいって思う?」

「腐っててもバッチシオッケーっしょぉ! それ含めた海老名さんだから気になったんだからさぁ! 重要でしょおこれぇ!」

「…………そっか。じゃあ───」

 

 海老名さんが手を伸ばす。

 戸部は戸惑うが、手をごしごしと服で拭うと、

 

「ッシャス! 友達からお願いします!!」

 

 そう言って、差し出された手を握ったのだった。綺麗にお辞儀して。

 これには海老名さんも笑うしかなく、そんな笑い声が届いたのか、顔をあげた戸部も笑っていた。

 

「……不覚にもねるとんを思い出してしまった」

「いや、そんなこと言うために戻ってこないでくださいよ」

 

 平塚先生が戻ってきた。

 その目は、何処か……遥か遠くを見つめているように悲しげだった。

 

……。

 

 合宿という名の奉仕部強制奉仕活動も終わり、暇な時間を作ってはバイトしまくり、休もうと決めた日には三人一緒にベッドの上でぐでーっと伸びていた頃。

 気分転換がしたいっ、と結衣が言い出したのをきっかけに、んじゃあ映画でも行きましょう、ということになった。気まぐれなのだ。だが、それがいい。

 そうして外に出て移動するその途中、なんか英語の塾とか見かけた。

 そういや川崎さん家の沙希さんは上手くやれているだろうか。まあ、奉仕部なんてのは変則的一期一会、会った時は仕事だからとご意見伺いをするが、終わってしまえば関係も終わるのだろう。

 というわけで……映画館近くまでやってきてからというもの、視界の隅でうろちょろと蠢くオープンフィンガーグローブを付けた太いのは幻覚だ。やだなにあれ怖い! 太いのに割と素早いし!

 

「映画を見に来たはいいけど、情報くらい調べておくんだったな……見たいものとかあるか?」

「えっと、そだねー……あっ、あたしこの“家族の絆”っての見たいかも!」

「私はこの“幼馴染の、近くて遠い”が気になるわ。愛や恋ではなく、幼馴染としての距離を描いたもの、というのがいいわね」

「じゃあ間をとって、この“Dogs&Cats3”で」

『却下』

 

 却下された。

 犬と猫が戦うものは、俺達の間では鬼門だったりする。

 どっちも犬が好きだったり猫が好きだったりするから仕方ない。

 結衣はサブレを溺愛して、雪乃はカマクラを溺愛している。

 二人がお互いのペットのどこが可愛いのかを語り始めたら、本当に夜が明けるから笑えない。

 

「まあ、とりあえず幼馴染としては押さえておきたくはあるこれを見るか」

「うん。あたしもそれは気になってたから」

「家族の絆も気にはなるのだけれど、私の場合は姉があれで親があれだから……ごめんなさい、ゆーちゃん」

「いいよいいよ、見よ?」

 

 そんなわけで幼馴染物語を三枚。

 コーラとポップコーンも手に入れて、席に座ればあとはのんびりだ。

 

……。

 

 映画が終わるといい時間になってたんで昼食タイム。

 ポップコーンも一つ買って三人で分けたから、地味に腹が減っている。

 ちょっと食ったら逆に腹が活性化した、みたいな状況だ。結合崩壊を確認! アラガミが活性化します! すまん嘘だ。

 

「うーん……サイゼの主役ってさ、やっぱりドリンクバーになるのかな」

「駄弁る場合はそうだろうな。だがミラドリは譲りがたい」

「そのお店の顔って、やっぱりあるもんね」

「ドリンクバーの主役って、なんだかんだメロンソーダな気がするよな。ドリンクバー頼んだら、なんというか飲まなきゃいけない気がする」

「それは言いすぎだと思うけれど」

「ミラドリもさ、どのへんがミラノ風なんだかわからないところってあるよね。ミラドリ~って書かれてるからミラノ風って信じてるけど……ドリアの違いってよくわかんない」

「とりあえずバターライスかなんかの上にホワイトソース乗っけてチーズ乗っけて焼けばいいんじゃねぇの?」

「ペシャメルソースよ、はーくん」

 

 真面目にツッコまれた。べつに今ここで作ってるわけじゃないんだから、ホワイトでもペシャメルでもどっちでもいいんだが。

 ペシャメルソースに譲れないなにかでも抱いているのだろうか。

 

「それでさ、これからどうしよっか。カラオケとかいく? それとも服とか見る? ラノベの新刊はまだだし……」

 

 自分の趣味を出しながらも、きちんとラノベなども忘れないところは流石である。

 いいお嫁さんになれるよ。むしろしたいです。

 

「歌う、という気分ではないわね……。映画があれだったから」

「あー……カラオケ中に仲がこじれちゃったもんね。じゃあ服は?」

「そうね。見て回るのもいいわね。はーくんはなにか、行きたい場所のリクエストはあるのかしら」

「寝具とかどうだ? 新しい枕が欲しいとか言ってただろ」

「あっ、そうだった! それ行こうっ!」

「案外忘れてしまうものね……ありがとう、はーくん。枕は三人お揃いにしましょう」

「おいやめろ。男のベッドにハート形の枕が三つとか想像しちまったじゃねぇか」

「タオルケットとかも欲しいよねー。まだ八月だし、暑さ長引くとか言ってたから」

 

 物心ついた頃から、既に諦めが入っている三人で寝る日々。

 完全に諦めたのはいつだったか……と思い返すと、お互いの両親からの贈り物として、デカいベッドが進呈されてからだと思う。

 あ、ダメだわ、もうこうなったらどうしようもねーわ、突っ返してどうにかなる問題じゃねーわ、と諦めが入ってしまったのだ。

 それからはもう普通に寝てる。抗えないものには無理に抗わない。これ、人間の知恵。実際、二人と一緒の方が安眠出来る体質にとっくになってしまっているのだ、ほんとどうしようもねぇ。

 

「あ、でも男一人と女二人で寝具とか」

「じゃあ行こっかはーくんっ」

「ええ行きましょう。……あなたから誘ったのだから、やめようなんて言わないわよね?」

「……言うだけならタダじゃないか?」

「ええ。言うだけなら。当然却下させてもらいます」

「うん、わかってた。八幡わかってた。……結衣、別に嫌がったりしないからそんな顔すんなって。ほれ、行こう」

 

 諦めたのならもっと諦めよう。

 押してだめなら諦めろ、とまでは言わんから、自分以外と付き合う場合は諦めを織り込むのは大事だと覚えておこう。

 べつに、嫌な空気を作ってまで拒みたい理由なんて、大抵の意見の中には存在していないのだから。断る前にまず考えてみような。これ、平和に生きるための小さなコツ。

 

……。

 

 合宿が終わってからは、まあいろいろあった。

 たとえばバイトはもちろん、勉強も終わらせたし、デートもした。

 小町が遊びに行くと言って出て行ってしまった時は、三人並んで食事を作ってみたり、刺激欲しさに行ったことのない店に行ってみたり。

 そうしてたまたま出た先で教会の鐘の音を聞き、頬を染めて俺の手を握ってくる恋人が可愛くて抱き締めたり、その隣で雪乃が「あ、平塚先生……」とこぼしたあたりで、つい目を向けた綺麗な蒼空の下にある教会、その鳩が飛び立つ世界から、真っ黒な混沌の塊がズドドドドと走ってくるのだからたまらない。

 思わずヒィイとか叫びそうになった俺を誰が責められよう。

 え? それからどうしたって? ……結衣を庇った。「お、おのれ妖怪!」とか言ったら腹殴られた。すげぇこの人容赦ねぇ。

 あとはまあ、あれだ。服屋に直行、少しラフな感じの服を買って早速着た先生とともに、ラーメンを食いに行くハメに。

 服を買いに行った間がよかったのか、ラーメン屋にはスムーズに入れた。普段なら行列があって、ウヒャアメンドーイとかなりそうなものだが……まあ、べつに嫌いじゃないけどね、行列。

 俺だけならいいけど、結衣や雪乃を待たせるのが嫌なだけだ。

 

  ラーメンは美味かった。

 

 やっぱりとんこつならストレートで細麺だなと語る女性ってどうなのだろう。モテるの? モテてたらこんなところでラーメンすすってないか? ……だな。

 粉落としってどうなんだろうな。噛んでる最中にモッチャモッチャならない? いや、ハリガネもあんま変わらんかもだけどさ。

 そんな調子で好き嫌いも語ったりした。平塚先生、トマト嫌いだってよ。

 あとはキュウリ談義とか。

 漬物は美味いのに、なんでかそれ以外だと無駄に自己主張するくせに栄養価はない。ほぼ水である。なんなのあれ。

 ああでもキンキンに冷えた水に入れておいて、カリョッと食らうあの新鮮な味は好きだな。おう、単体ならいいんだよ、ほんと。

 ポテサラとかサンドイッチにしゃしゃり出るあの図々しさはダメだ。

 

「あー……そういうのわかるかも。あたしもチャーハンに入ってるグリーンピースとか嫌いだし。あ、や、グリーンピース自体はいいんだけどさ、チャーハンに入ってるとさ、ほら……」

「わかる。わかるぞー由比ヶ浜。別に嫌いじゃないのに、好物の中に入ってるだけで味を邪魔するのとかあるよなぁキュウリとかキュウリとか」

「平塚先生、どれだけキュウリが嫌いなんですか……」

「いや、お前だってマカロニサラダに干しぶどう入ると渋い顔するだろ」

「マカロニサラダはあれで完成しているのに、みかんと干しぶどうを入れる意味が見いだせないのよ……」

「ふむ。パン屋でもやたらと干しぶどうを推す場所があったな……」

「先生やめて。それ以上、いけない」

「マカロニサラダは意見が分かれるよねー。うちのママはみかんとリンゴ入れてたし」

「お前はやたらと桃入れたがったけどな……」

「姉さんはやたらと鳥のささみを入れたがったわね……」

「小町は魚肉ソーセージだったな」

 

 食事も談義も終えると、どうせなら、と平塚先生を連れて遊び回った。

 最初は戸惑っていた先生だったが、雪乃が「ここは学校ではありませんよ」と言うとあっさり吹っ切れた。

 いや、パワフルね、この人。

 散々振り回された。まあ、こちらも体力には自信があるから、最後まで付き合ったが。

 そうした一日が過ぎてからは、またバイトしたり遊んだり、部屋でごろごろしたり。

 寝転がって小説を読んでいる俺の腹に雪乃が組んだ両足をぽすんと乗せてきて、結衣は結衣で俺の腕枕ですいよすいよと眠っている。

 人の腹の上に足のっけるとか、なにお前プッチ神父なの? ……あれは違うか。

 

「……。怒らないのね」

「どこまで自分が許されるのか、試したい気持ちはわかるしな。俺自身も、はしたないとか言って怒るような自分が想像できない」

「そう? ゆーちゃん相手ならしそうだけれど」

「やかまし。いーから足はやめとけ。結衣が怒るぞ」

「そうね。頭にしておくわ」

 

 寝転がったままで体を回転させて、ぽすんと頭を置いてくる。

 

「……はーくん、呼吸をしないでちょうだい。頭が揺れるわ」

「それは怒る」

「《ぺしっ》いたっ。……ふふっ、ええ、ふふふ……ツッコミをされてしまったわね、ふふふ」

 

 雪乃もたまに、構ってオーラ全開でぐいぐい来る時がある。

 その時は決まって、いつもより悪戯のケが多いのだが……叱ったり怒ったり注意したり軽く叩いたりすると、こうして嬉しそうにくすくす笑うのだ。

 気まぐれっていうかなんていうか。ほんと猫である。

 

「……お。今年の夏まつり、そろそろだったか」

「そうね。今年はどうするのかしら」

「人込みは苦手だし、屋台で食いたいもん食ったら遠くから見る、くらいでいいだろ。隼人……ってよりは葉山の家が場所取ってるかもだけど、それに任せるのもな」

「それを言うなら雪ノ下もね。まあそのあたりはきっと姉さん側へ行くわね」

 

 もしくは母親様がなんとかするか、か。

 どちらにしろ遭遇しないほうがよさそうだ。特に陽乃さん。捕まったら単独行動とか封殺されそう。主に道連れって方向で。

 

「………」

「よく寝ているわね。そんなに気持ちのいいものなのかしら、腕枕、というのは」

「お揃いの枕買わせておいて、人の腕を枕にするとかないわー……」

「けれど、可愛いから許す、でしょう?」

「恥ずかしいのでやめてください死んでしまいます」

 

 ふざけながら、雪乃が結衣とは反対側へと移動する。

 そして、仰向けで小説を持ちながら読んでいる俺の二の腕へ、結衣のように頭を置こうとして……ってちょっと待ちなさいっ、それやられると小説伸びきっちゃうでしょ! ゴムとかじゃないんだぞこれ! ゴムゴムの小説とか無理だから!

 そんな訴えも虚しく、雪乃は俺の右腕に治まった。

 

「……べつにこんなの、いつもの寝方で枕を使ってるかいないかの違いだろ? ほれ、わかったら退いて───」

「……すぅ…………すぅ……」

「………」

「……くぅ……すぅ……」

「………」

「…………すぅ……」

「…………マジか」

 

 寝てた。

 はい、腕の麻痺は確定なようです。

 仕方ないので俺も寝ることにした。

 まあどうせ腕が痺れてすぐに起きることになるんだろうが。

 

 ……三人とも翌日までぐっすりだった。マジか。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 夏祭り。

 今年も三人で繰り出した。小町は陽乃さんと行動なので、傍には居ない。

 焼きそば食ったりリンゴ飴食ったりかき氷で舌を変色させたり射的やったり水風船釣りしたり金魚すくいをやってみたり、それはもう堪能した。

 射的ではのび太くんばりの射撃術を披露して、結衣と雪乃にそれぞれ犬と猫のぬいぐるみをプレゼントして、顔で笑って内心で安堵しまくった。取れてよかった……! 神様ありがとう心臓潰れるかと思った……! 恋人や幼馴染の期待に応えるのってマジ大変な……!

 

「ワタアメってなんでか毎年食べたくなるよね。味、ただの砂糖なのに」

「情緒のじょの字も元も子もないわね」

「おまけに風情もねぇよ」

「えぇっ!? あたしへんなこと言った!?」

 

 祭りに来てるのに、その場の出し物に文句言ってたら始まらないって話だ。

 まあそんな情緒は人の気分次第でどうとでもなる。なるが、まあ、風情はねぇよな。

 しかしあれね。

 結衣はこういう祭りにくると、いっつも顔が綻ぶ。

 で、左手薬指の指輪を撫でると、えへー、と笑うのだ。

 

「けどまあ……」

「? どったのはーくん」

「今さら猫を返せと言われても返さないわよ?《キッ!》」

「言わねぇから睨むなよ……ただその、まあ、あれな。あー……その、なに? …………浴衣も、纏めた髪も、似合ってる。きっ…………綺麗だ」

「あ…………もー、はーく~ん……♪」

「ようやく言ったわね。家を出てからここまで、ずうっとそわそわしていて、いつ言うつもりなのかと待ってみれば……まったく、仕方のない幼馴染ね」

「いや、俺だって言わなくても伝わる、なんて思っちゃいないぞ? これでもどう言えば伝わりやすいかとか考えてたんだ。回りくどいのは却下したし、じゃあつまりあとは俺の心の準備と勇気の問題だって。……てか、結衣の浴衣ってころころ変わってるイメージあるよな」

「ぁぅ…………! あ、の……えと…………! 胸が……さ? あぅうう……!《かぁああ……!!》」

「あ、や、その………………すまん」

「……そう。へえ、そう。まあ、いいのではないかしら。私は姉さんによく似合うと何度も言われているわけだし。身長に合わせる以外に買い替えることもないのだから、ええ、それは悪くないことよね」

「お前の場合、陽乃さんがあれだし、まだこれからなんじゃねぇの?」

「適度な大きさがあればそれでいいというのに……なにが足りないのかしら」

「俺に訊くな」

 

 72がどうしてこうなった、とは言わない。

 気にしてはいるくせに、男の俺にも堂々と話して聞かせるあたり、本当に俺のことは幼馴染としてしか意識してないことがわかる。今さら確認するまでもねぇんだけど。

 

「あっれー? 由比ヶ浜さんじゃーん!?」

 

 と、そんな時。

 人ごみに紛れて、どっかで見たような顔を発見。

 なんつったっけ。さ、さー……サンサーラナーガさん? あ、いや違う、サガット=サウスさんだ! タイガーアッパーカットとか出来そうだなおい。そしてどう見ても日本人です。

 じゃあ、ええと……相楽? 左之助か! だから違う。

 さが、までは覚えてるんだ。さが、さが……魔界塔士Saga? 関係ねぇよ。

 さが……み? ああ、さがみだ相模! 相撲って読み間違えて一度雪乃に笑われたことがあったな、そういえば。サガミとスモウはよく似ている。気を付けよう。

 

「…………誰?」

「ひっど!?」

 

 そして結衣には顔すら覚えられていなかった。アワレ!

 

「相模! 相模南! クラスメイトの名前と顔くらい覚えてらんないの!? ……あぁ~、無理かぁ。由比ヶ浜さんっていっつも比企谷くんといちゃいちゃしてるもんねぇ~?」

「まあな。羨ましいかこの野郎」

「このやっ……!? ちょっ……あたし、比企谷くんに嫌われるようなこと、したっけ……?」

「ハナっから喧嘩腰で相手ナメてる言い方で近づいてきて、嫌われないとでも思ってんのかお前。名前も顔も覚えてなかったのは覚える必要もないほど関わり合いがなかったからで、いちゃいちゃしようがお前にゃ関係がないだろ。ほれ、なんか言われる筋合いとかあるか?」

「っ……! ちょ」

「まあ言葉での攻撃は、言われた分は返したか。んじゃこれはお詫びだ。名前、憶えてやれてなくて悪い」

「へっ!? あ……え」

 

 散々言って、怒鳴りそうになったところで持ちきれない食べ物をどさりと渡してやる。

 どうせ隣に居る二人と一緒に回ってたんだろうし、タダで食えるならスペシャルサンクスだろう。

 余計なところで敵を作る理由はないし、これでチャラに出来れば十分だ。

 

「悪かった。俺達は俺達で自由にやるから、そっちも楽しんでくれ。じゃあな」

「え、あ、ちょっ───」

 

 言うだけ言って、空いた手で結衣の背中を押した。

 その後ろを雪乃がてくてくとついてきて、わたあめ……とぽしょりと呟いた。買ってあげるから我慢なさい。

 

「うー……」

「納得出来ないことなんていろいろあるだろうけど、こういうのは仕切ったもん勝ちなんだよ、結衣。ほれ、また買うから食いたいもん片っ端から行こう」

「りんご飴」

「ブレねぇなおい」

 

 このあとめちゃくちゃりんご飴食った。

 

……。

 

 夏休みも終わり。

 学校が始まると、日々はまた少し忙しくなる。

 やり残したことはそうなかったから、心残りもなく素直に学業復帰は為され、そこから数日で文実に向けた準備が始まる。

 なにを張り切ったのか文実長には相模が立候補し、成長したいとか言い出した。

 おお、成長ね。まずその人を見下した態度を改めるところから始めてみようか。

 え? 無理? お前それ嫌な方向にしか成長できねぇよ。

 

「で?」

「え……で、って」

「いや、成長目指しておいてなんで人に物事頼んでんのって」

「だっ……だってここ、生徒のお願いとか聞いてくれるんでしょ!?」

「奉仕部はなんでも屋じゃねぇよ。平塚先生に部活内容聞いて、それでも同じこと言えるならもう一度来い」

「~~~……!!」

 

 顔を真っ赤にしたサガット=サンは部室を出ていき、二度と奉仕部の引き戸を叩くことはなかった。

 

「いよいよここも、ただの便利屋と思われてきているわね」

「平塚先生が相談事とくればこっちに回すからだよ……」

「あーでもどうしよっか。文実、うちのクラスからあと一人出さなきゃだよね?」

「戸部あたりが張り切ってたし、なんとかなるんじゃないか?」

「う、うーん……戸部くんと相模さんかぁ……だいじょぶかなぁ」

「成長したいって言ってんだから、任せりゃいいだろ。俺達は俺達に出来ることを、だ」

「ん、そだね。じゃあゆきのんっ、舞台がんばろー!」

「……はぁ。どうしてこうなってしまったのかしら」

 

 俺、結衣、雪乃は舞台演劇を任された。といっても、あくまで隼人と戸塚くんのホモォな舞台を彩る脇役としてだが。

 戸塚くん、部活を頑張ってるようで、今じゃ部長としての貫禄っぽいのも出てきているっぽい。

 その立ち向かう眼差しにトゥンクしちゃった女子や、一部男子も少なくないとか。おいちょっと男子、なにやってんの。

 




 /アテにならない次回予告



     「ロー………………ーーンス……!!」



  『まるで成長していない……』



              「なんか悲しくなるからやめろ」



     「剣豪将軍材木座義輝が! この一戦にて覇権を問う!!」



『ムッハァもうたまりません! 望んでいたH×Hが! 今まさに目の前で!』



    「……もう、いいかしら。腕を貸してちょうだい」



       もしもを語ったところで、現在はきっと変わらない。



次回、夢と現実の僕らの距離/第十二話:『猫の声が聞こえない』

 それは誰の夢だったんだろうな、と。

 最後に、少年は思ったそうな。

 ◆pixivキャプション劇場
 ラム酒はおあずけ~♪【ヤイサホー!!】

 ひぐらしのなく頃に解の一挙放送を見ながらした編集。
 さてさて、あと数話でこの物語も終わりになります。

 皆様は覚えておいでですか? このお話は、一話目のキャプションで言った通り奇妙なお話です。奇妙というか、不思議寄りなお話。
 腕がぴょんとなーるー、ではなくて、団地の猫が鳴き続ける楽しく賑やかなお話も、恐らく次でおしまい。
 長い長い夢のあとに、彼はどんな現実を歩くのやら。
 これはそんなお話です。

 凍傷の書く“猫”のお話はご存知? 結構。
 知っていてもいなくても難しく考えず、そういうものだって軽く見て、楽しめるところだけを楽しむ気楽さでGOですよ。
 謎解きとかそんな難しいことは考える必要はござんせん。気楽に気楽に。
 ていうか謎とか謎解き苦手ですし。
 むしろここはこれこれこういうことなんじゃー! って暴露するのが大好きです。

 さぁて今週のザサエさんはー?

  ついにセプテントリオンに突入し(略)

 式神の城、結構好きでした。
 でもギガウィング2も大好きでした。
 リフレクトレーザーがリフレクト姉さんに聞こえるところとか特に。

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