どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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幾度も結ぶ僕らの恋⑥

 その後、一色いろはからの依頼があったり生徒会選挙があったり、賑やかな日々が続いた。

 一色いろはが恥ずかしい思いをせずに生徒会長にならずに済む方法を、なんて話の先で、「じゃああたしたちで生徒会作っちゃうとか!」などと爆弾発言をしなすった結衣の言葉から、状況は急変。

 面倒事を押し付けられるって意味では奉仕部も生徒会も大して変わらねーだろと後押しをしてみれば、なんでか雪ノ下は嬉々として立候補。

 彩加と翔も案外ノリ気で、材木座も「よもやこの我が生徒会に……!」とまんざらでもない顔でニヤついていた。

 

  生徒会長には雪ノ下が就任。

 

 結衣が副会長で、その他の役職は奉仕部男子勢が受け負うこととなり、新しい生徒会の始まりだ。

 勉強会も運動の集いも相変わらずで、最初は体力が少なすぎた雪ノ下も、随分とスタミナが増えてきたように思える。

 そうなると作業効率も上がって、体力が無くて続かなかったものもこなせるようになり、生徒会執行部……もとい、生徒会奉仕部は随分と人に頼られるようになってきた。

 翔と海老名さんの関係も良好。最近デートをOKされたとかで、「これも八幡のお陰だわー! 俺これから鳩見る度に拝むようにするわ! マジサンキュー!」と元気に言っていた。……いや、俺と鳩とか超無関係だからやめて?

 ああそれと、どこにデートに行くんだー? なんて訊くと、

 

「あー……なんか戦場だとか言ってたわー」

 

 とか少し戸惑い気味に返された。

 

「…………《ビッ》」

「…………《ビッ》」

「? ? ……~……? ……《ビッ?》」

 

 俺と材木座は静かに彼の無事を祈り、敬礼した。きょとんとしつつも、真似て敬礼する彩加が可愛かった。

 そんな平凡も混ぜつつ、日々は進む。

 生徒会の初仕事に他校との合同クリパとかアホですかと思いつつも、交流という経験は悪いものではないと雪ノ下が了承。

 早速開始した海浜との会議であろうことか折本と再会。

 会議が終わったあとに、しなくてもいいのに接触してきて、アホなことに告白の話をしてきて、“アカン、それ地雷や”と言う間も無く結衣が激怒。

 

「自分への告白を他人に言い触らしたりなんかして! 人の気持ちとか考えたことあるの!?」

 

 ……以降、折本の接触は一切無くなりました。

 まあその、病室で話しちゃったりしてたから、ね。

 二度と会うこともないと思ったから話したのに、会っちゃうとかどうなっての世の中。

 折本も“あ~……話したんだ、へー”みたいな顔だったし。

 というか、どうして話されないって思ってるんだろうか。あいつは黙ってるのが当たり前、そうして当然、とでも思われてたんだろうか。

 ……まあ、余計なこと言わないようにって黙ってたしな。あいつの中の俺の印象が変わってなけりゃ、そりゃそうなるか。

 

  そんな悶着はどうあれ、話は進む。

 

 ルー玉縄氏のブレインストーミングがおかしな方向に行き始めた辺りに、雪ノ下から問答無用で却下が下され、話は時間がある内に纏めに向かった。

 小学生を巻き込むという状況に流れつつも、まだ余裕を持って準備できただけマシだろう。雪ノ下さんマジリスペクトだわ~とは翔の台詞だ。というかこいついっつも誰かリスペクトしてるな。いや、自分に出来ないことをやる人を尊敬するのはいいことだが。嫉妬深いと尊敬どころか舌打ちしかしなくなるからね。バイトの先輩とかマジそれ。

 ディスティニィーランドでデートしたりとかもしたな。提供は平塚先生。クリスマスのなんたるかを学んでこいとばかりに、チケット四枚もくれたよ。太っ腹だ。たまには顧問っぽいことしてくれるんですね、とか言ったら殴られかけた。え? あれ? おかしいこと言った?

 いやでもほらねぇあれですよ。

 ディスティニィーランドに来るカップルは別れる、なんて噂があった所為か、結衣に声かけたら……

 

「うす」

「あら比企谷くん、随分遅かったわね」

「ちょっと平塚先生に捕まってた。それでなんだが、あー……こういうのは誤解を生みそうだから、まずは結衣」

「ヒッキー?」

「これを受け取ってくれ」

「? え…………これ、ディスティニィーランドの……」

「明日行けるか? 予定があるならすまん」

「………………《ぽろぽろぽろぽろ》」

「ほうゎあああーーーーーっ!?」

 

 泣かれた。

 いや、チケット自体俺だけが平塚先生に呼ばれて渡されたんだが、それを渡したら泣かれた。

 冗談抜きで“ほうわー”とかおかしな悲鳴出たわ。

 もちろんきちんと説明して、貰った経緯も先に渡した理由も説明。

 すると納得できたのか、笑ってくれた。

 いや、なんでもな、一年の頃の友人……まあ今は別のクラスらしいのだが、その女子が先週、恋人である男子に“別れたいから”という理由でディスティニィーチケットを手渡され、お別れデートをしてきたんだそうな。

 なもんで、俺からチケットを渡された瞬間にそれを想像してしまい、泣いてしまったと。やだ、好かれすぎでしょ俺。

 ていうか誰その友達タイミング悪いにもほどがある。

 けどまあその実デートはデートということで、別れなければ問題なしと臨み、クリスマスを知るどころか普通にデートした。

 部員全員でってことになったけど、まあそこは金を出し合って。部活の一環ってこともあって、平塚先生からの援助もあったし。

 そうしてデートして楽しんで、戻ってからもクリスマスパーテーの準備で忙しくて、けどまあ楽しくやれた。

 一色もなにかと葉山にアタックしてるから、関係のあるグループとして巻き込まれたり相談されたりもして、まあ多少話す程度の関係ではある。

 高校に入ってから、人との交流は数倍になったな。あ、いや、0をいくら倍にしても0か、てへり。つまりプラスされたんだな。はっはっは……彩りがない。

 ともあれ、クリパも問題なく終了。

 あえて述べる問題といえば、ルミルミと再会して「あ……ゾンビの人」って言われた時、雪ノ下と翔がツボって苦しんでたくらいかね。

 

「あけましてやっはろー!」

 

 クリスマスが過ぎれば正月。

 いやさ待たれい年越しがまだだ。

 いやまあ今さらジャンプして地球上に居なかったとかそんなことはしないが、言ってしまえば地球の上でジャンプしてんだから地球上だアホとかガキみたいなことを言ったいつかも忘れたい。

 年越しは、何故か結衣の家でだった。なんで? いやほんとなんで?

 仕方ないでしょ由比ヶ浜マに勅令受けたんだから。俺にとってママさんとかもう天皇だから。なんか逆らえる気しないの。たぶん結衣に似てるから。ほら、俺とか結衣のお願いなんでも聞いてあげたい病だし。

 そんなわけで年を越し、「仲がいいところを見せ続けないと、認めないわよー?」なんて言い出す由比ヶ浜マ……もうママさんでいーだろ。ママさんに言われるがまま、というのも癪なので、自然にラヴることにした。

 パパさんが泣いてたけどもう気にしない。いつか酒に付き合えって言われたから、それまでは我慢してもらおう。

 

「あけましてやっはろー!」

 

 というわけで、目が覚めたら言われた。

 0時になった時にも言われたんだけどな。なんなのこれ、やっはろーって時間を選ばない全く新しい挨拶なの? なにそれすげぇ便利じゃん。いや多分、ヤッホーとハローを混ぜたまったく新しい挨拶なんだろうけど。

 ……てか、俺の口調も随分砕けたよな……十分変わってるじゃん、俺。

 

「あの……ど、どうかな」

「…………好きです、付き合ってください」

「あ、あはっ、あはは……あぅう……! 何度告白されても嬉しくて恥ずかしくて……あたし、もうほんと、ヒッキーが大好きだ……」

「あらあら~」

 

 同じ家で目覚め、既に挨拶もした。

 けれど、初詣に行こう! という提案を飲んでから着替えをしてきた結衣は、なんというか……こう、ほら、ヘンテコな思考に逃げて、落ち着く時間を稼ぎたくなるほど……可愛かったのだ。

 縦編みニットにベージュのコート~、とかすらすらと服の名前出てくる小説の主人公の頭の中、一度見てみたい。いやまあこれくらいなら俺でも解るが。専門的な名前とかスラスラ出てくる主人公とかほんとなんなの? もうその道でプロ目指せよって感じじゃないの。

 と。照れ隠しに他人に文句を飛ばすのはこれくらいにして。

 

「よっ……よ、よく……似合ってる。可愛い……惚れ直した、っつーか……さらに惚れた」

「う、うん……」

 

 惚れ直したってなんか言葉的に好きじゃない。

 直しちゃだめだろ、もっと好きになれよ。プラスしなきゃもったいないだろ。

 

「それじゃ……えと。行コっか」

「だな」

「はーい、いってらっしゃーい♪」

 

 ママさんに見送られ、外へ出て腕を組んで、数駅越して俺的世界遺産、浅間神社へ。

 そこで待っていた奉仕部と合流、あけましてやっはろーが繰り出され、初詣の時間は動き出した。

 

「彩加」

「あ、八幡っ、あけましてやっはろー!」

「お前もするのかよ……あー、その……や、やっはろー?」

「あははっ、うん、じゃあ行こっか」

「おう」

「おー! 八幡あけおめやっはろー! いんやー朝からこの賑わいとかマジテンション上がりまくりんぐでしょー! なんかこう、今すぐ祭りとかしちゃいたい気分っつーかぁ!」

「その気持ちは解る。なにせ世界遺産になったかもしれんこの神社だ。ここを祀り上げるとか超解ってる。お前最高」

「ゴラムゴラム! ならばこの初詣にて……盛大に祝ってやらねばならんなっ!《ンバッ!》」

「わっ、材木座くん、500円!?」

「5円や二重の円などで果たして天は喜ぶか否か! 答えは否! ならば我は108の煩悩を500の縁で打ち砕き───」

「長いわ。行きましょう」

「ちょ、雪ノ下嬢!? 雪ノ下嬢ーーーーっ!!」

「……ゆきのん、もう随分慣れたよね……木材くん、あっさり流されちゃった」

「最初のそわそわしてた頃とは大違いだな……あと木材じゃないからな? あいつ」

 

 思い返せば懐かしい。もう一年以上前になるのか。

 告白劇でたまたま入った場所で出会った部長様は、随分とご成長なされた。

 

「ヒッキーはなにをお願いするの?」

「ん……とりあえず眼の濁りと腐りをなんとかしてください? 大事な伊達眼鏡だけど、つけてないと引かれるってのはお前に悪いしな」

「ヒッキー……」

 

 幸せにするのは俺の役目だ。神にも仏にも譲らん。

 なのでなかなかどうして、思うようには出来ないことは神頼み。それでいいじゃないの。

 

「おーっしゃ大吉ぃいっ! 幸先ばっちりでしょおこれってばー!」

「わっ、僕も大吉っ! 見て見て八幡っ!」

 

 やだ可愛い……! 俺将来彩加のパパになりたい……!

 いや冗談だが。

 

「もはははは見よ八幡! 我はブルーアイズを引いたぞ!」

「大凶じゃねぇか。っと、俺は……まじかよ、ブルーアイズだ」

「……せめて大げさに言っておかねば、テンションが保ってられんのだ……」

「だな……なんか悪かった……」

 

 二人して大凶。

 対して結衣は大吉であり、雪ノ下は吉であった。あ、なんかぐぬぬってしてる。我らが部長がぐぬぬってしてる。

 

「……雪ノ下。課金はな、社に住まう者を豊かにするんだ」

「然り然り然り! そして祀り上げられるは神! ならば現状より上を目指せば目指すほど、神は潤うのである!」

「悪いことじゃあ……ないんだぜ?」

「ともに目指そうではないか……頂きの先を」

「なんかヒッキーと木材くんがふたりしてゆきのんのこと誘惑してる!?」

「うわー、なんかいろいろ最低でしょぉそれー」

「八幡……おみくじは何度も引くものじゃないよ……」

「いや、というか我は木材ではないのだが……」

「……私、引くわ」

「ゆきのん!?」

「だからそれをやめなさいと言っているでしょうガハマさん」

「まだ認めてくれてなかったの!?」

 

 結局、何度か引いてブルーアイズが出た瞬間、雪ノ下が敗北を認めた。

 大吉が出る可能性が異様に低かった。

 俺も材木座もとことんブルーアイズ引いたし。

 ちなみに去年は小吉。二日後に部長様の誕生日会をやって、随分と賑わった。

 当然今年も祝って、何故かあった射的で手に入れたパンさんのぬいぐるみをプレゼントしたら、大層喜んでおった。なんか昔話みたいになったな。

 パンさんは部員からのプレゼントってことで、俺と結衣はプレゼント選びと称してデートなんぞもしたのだが。

 

  そんな調子で、日々順調。

 

 起こることは相談して、独りで出来ることでも相談して、確認が必要だと思えば相談して。

 相談してばっかりだが、これが案外大事で、忘れがちなことだ。

 部って組織に居るなら、勝手な行動は控えるべき、というか……まあその、勝手でもなんでも、一応相談しておくべきだ。

 どうせ断られるに決まってるって決め切っていつつも何気なく相談してみたら、あっさり了承が得られたとかそういう経験、あるだろ?

 それに期待して次もって行くと大体却下されるけど。

 それでもまあ、必要なことなのだ。

 

「だっは……! はぁっ、はぁっ……!」

「ふぅーーーぃ……上位に入るとか、八幡やっぱ運動とか向いてんじゃねー!? 今度の休みにサッカーとか……やらね? キラーン♪」

「歯、輝いてねぇから。自分で言うのやめろ……」

「戸塚ちゃんも上位だし、奉仕部マジ優秀だわー。あ、それで……葉山くんの進路とか、どうだったん?」

「意地でも言わないらしいぞ。なんていうかあいつ、相当頑固な」

「俺の依頼の時もいろいろあったとかだったっけー? そういや」

「ああ……お、材木座も来たな」

「よっちゃんももうちょい絞ればいけると思うのにねぇ」

「最初全力でトップ走ってたからな。あっという間に追い抜かれてたけど」

 

 三浦さんからの依頼……まあ、恋愛関係っぽかったからお断りしようとしたんだが、泣く女王には勝てんかった。

 依頼として受けるのではなく、聞ければ聞くというかたちで請け負って、今回結局聞けなかった。

 葉山隼人は進路をどうするのか。そういう依頼は余所でやってちょうだいと部長様に言われ、口論が起きて、結局泣かされた女王さまったらマジ不憫。

 うちの部長様強すぎでしょ……。

 

「よっ、彩加……いや、負けたわ」

「うん、僕も昔から運動はしてたから、走るのはわりと。テニス好きは伊達じゃないよ?」

「……ほんとよかったのか? テニス部」

「うん、それは全然。今まで友達付き合いとか出来なかったし、それに僕、奉仕部好きだよ?」

「彩加……俺も好きだ」

「八幡……」

「彩加……」

 

<トツハチ! トツハチキマシ《ブシュウッ!》

<エビナー! ダカラギタイシロシ!

 

「…………まあ、あっちはほっとこう」

「え、っと……それにさ、テニス部員……真面目にテニスしてないみたいなんだ」

「そうなのか……」

「うん。だから、これでよかったんだよ」

「そか。彩加がそれでいいならもう言わない」

「あははっ……ありがとう、八幡っ」

「お、おう……」

 

 彩加は嬉しそうににっこり笑って、それじゃあと駆けていった。

 まだ走れるのか、元気だ。いやまあ俺も走るくらいなら出来るけど。

 

「………」

 

 女子のスタートは男子の三十分後だったか、もう出たんだろうか。出たか。結衣のスタートを見送りたかったな。…………ん? あれ? じゃあなんであの二人、鼻血出したり拭いたり……ああ、体調とか優れなかっただけか。三浦さんとか、精神的に不安定っぽかったし。海老名さんは……まあ、血液とか鉄分が足りなかったんじゃないの?

 

「結衣か……」

 

 翔の所為で“上位に入ったらご褒美”が約束されているので、たぶん相当頑張ると思うが。

 やることもないし、ゴール付近で待ってるか。

 と、とことこと歩いて楽に出来そうな場所を確保、女子の到着を待った。

 待って、待って───人影が見えた。ようやくか、と見てみれば、運動部の連中がやっぱり先頭だ。

 うん、それはいい。いいんだけど……なんであんなに必死に走ってるんだ?

 と、その後続を見てみれば。

 

「っ! っはっ! はぁっ! くぅううっ……!!」

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」

「ゆいっ……がはまさっ……! いい加減っ……あきらめっ……!」

「やだっ、よっ……! 出せるっ……全力、ださないでっ……ご褒美、なんてっ! ほしく、ないもんっ!」

「はっ、はっ、はぁっ! はぁあっ! ん、ぐっ……! 私、もっ……! 出せる、力を残したままっ……負けるなんて……! ごめ、んっ……だわっ!!」

 

 運動部の後ろを必死の形相で全力疾走する見慣れたお方たちが。

 あ、あー……なるほど、そりゃあ運動部としては負けられないわ。

 でもなんていうかあの二人、もう虫の息っぽいんですが。どれほどの全力出せばあんなに……。

 ああほら、前を走る運動部の子達、泣きそうじゃない。

 なんかもう今にも“ママー! 助けてぇえ!”とか叫び出しそうだよ。どんな距離をずっと追われてたの?

 

「なにやってんだか───あ」

「……!! ヒッキー!《ぱああ……っ!》」

 

 見つかった。途端、結衣が加速する。おいやめろ、心臓とか肺が死んじゃう、とかツッコミたいけどたぶん聞こえなさそう。

 そして結衣が前に出るならばと雪ノ下も全力。

 優雅さもなにもない、人間の戦いが……そこにはあった。

 あの、これ、ゴールで待ってないとやばいよね? なんかこう、結衣のきらきら輝く瞳と目が合った瞬間、“ゴールと同時に抱きつきたいっ!”ってお願いが頭に届いた気がしたよ。

 なのでゴールまで移動して、姿が見えてから腕を広げて待ってみる。

 ああ、周囲の目が痛い。痛いけど……早い! ガハマさん早い! なんかもうあとのことなんて知らないって感じのダッシュだ!

 そして負けず嫌いな部長様も、譲る気などさらさらないわとばかりに猛然ダッシュ。

 結局、1位から5位あたりまでは運動部系部員が手にしたが、6・7位は同着で結衣と雪ノ下。

 どかーんと遠慮なく飛びついてきた結衣を抱き留め、ともかく呼吸を安定させることを奨めた。あとスポーツドリンクな。

 

「おめでとうな、結衣。ご褒美はな《んちゅうっ!》ふぐっ!?」

『おぉおおおおおおおおっ!!』

 

 ご褒美は、チッスだった。こんなん俺の方がご褒美だっての。

 ええまあ他の生徒の前でなにしとんのだとばかりにセカンドブリットくらったが。

 

「あーもう、ほら、足とかがくがくじゃないか……」

「あぅううう……で、でもさ、はぁ、はぁ……上位でも、結構前のほうじゃ、ないと……はぁ、はぁ……キスしても、格好悪いかな、って……はぁ、はぁ……」

「……ありがとな、結衣」

「えへへぇ……うん」

「……っと、あとは……おーい部長ー? 起きられるかー?」

「けひゅー……けひゅー……」

「ああすまん、喋らなくていい。ほれ、スポドリ」

「……、……《こくこく》」

 

 同着なのに片方の体力の方が底をついていた。

 まあ、彩加の体力作りのための運動に参加するのが遅かったからな、雪ノ下。

 結衣と同時期だったら、今回は確実に雪ノ下が勝ってただろう。

 元々の運動センスとか異常なんじゃないの、この部長さん。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 依頼は失敗ってかたちで終了した。

 回復を待ってから出向いた打ち上げで、三浦さんも予想はしていたのか、特に文句は言わなかった。

 結果がどうあれ、依頼は終わったのだ。

 

「ヒッキー! 見てこの鳥! すごいよ! 超丸焼いてある!」

「どんな言葉だよそれ……ていうか、打ち上げってアレだよな。ズラーっと料理が並んでも、自分が食べたいものほど置いてないもんだよな」

「頼めばいいんじゃないかな」

「え? いいの? “なにお前勝手に頼んでんの? てかなにあれキモい”、とか言われない?」

「言わないよ!?」

「中学時代に打ち上げに誘われて、行くって言ったら“あ、行くんだ……”なんて言われてなー……。それ以来、誘われても絶対行ってない」

「うー……! あたしとヒッキーが幼馴染だったらよかったのに」

「やめてくれ。結衣にまでキモいとか言われたら死ぬわ俺」

「言わないったら、もう……」

「解らないぞ? 小中とすごかったからな、俺の周り。その空気に流されない強い意思がないと、大体のヤツがノリだけでキモいとか言ったぞ?」

「………」

「《ぎゅっ……》ごめんなさい自虐はもうやめるんで悲しそうな顔とかしないでください」

 

 服の袖を掴まれて、悲しそうな顔で見上げられたらもうなにも言えません。

 ただ実際、幼馴染になったところで俺がどうなるわけでもないし、それらがきっかけでうちもどう変わるかとかのほうが心配だ。

 うちは親父が小町大好きだし、結衣の親父さんも結衣大好きだろ?

 お袋は小町大好きで俺のことはかなりほったらかし。

 ママさんだって幼馴染って結果になったら、果たして俺をどんな眼で見るのか。

 ほら、なんか俺、育つ過程で味方が居なさそうじゃん。

 小町はどうか? ……なんかこうなるとダメっぽい。結衣に懐いて俺は嫌う世界が簡単に想像出来た。だめじゃん。

 さて、そこで肝心の幼馴染ガハマさんだが。

 幼い頃から俺のキモさとか見て、好いてくれる要素とかあんの? ……ないだろ。サブレ関連でなにかある、とか無さそうだ。

 詰んでるわ。これ今の人生よりよっぽどひでぇよ。

 そんな世界じゃ俺、本気でエリートぼっちになって世界そのものを憎む以上に“世界はこうだからしゃーない”って完全に見限ってるよきっと。

 

「まあ、なんだ。鳥、食おうぜ? パリパリの内に食わないともったいない」

「…………うん」

「……コホッ。……その、さ。落ち着いて考えてみれば解るよ。幼馴染として産まれてもさ、きみが俺を好きになる要素がまるでない。俺達みたいにきっかけがあるわけでもない。俺は小学中学といろいろな経験があったからこの俺になったんだ。その経験がない馬鹿な俺を、好きになる人なんて居やしないよ」

 

 わざと口調を戻して言う。

 改めてこの口調で喋ると、中学三年の六月を思い出す。

 暑さの話題で話を振ってきた、と思っていた女子に「むしろ蒸し暑いよね」と返したあの日。

 そうだ、以前はあんな口調だった。強気に出ることもできなくて、波風立てない無難な言葉を選び、ただ平凡を望んでいた。

 以降、結衣と話すまで、女子とまともな会話もなかった。

 いつしか自分はそういう存在なんだって受け入れ始めて、そうじゃないって信じたくてもがいてみても、結局結果は変わらなかった。

 結衣から伊達眼鏡をプレゼントされて、そこから変わり始めた周囲。

 それに合わせて、最後の勇気ってのを振り絞ったお陰で、俺は今こんなところに立てて居るのかもしれない。

 信じてよかった、と思う。

 思った途端、翔が首に腕をひっかけるようにして絡んできて、「うぇーい八幡ー! うぇーい!」と、まるで酔っ払いのテンションで絡んできた。

 次いで彩加も「八幡っ、これ美味しいよっ、食べてみてよっ」と料理が乗った小皿を差し出してきて、「おおっ! では我が……」とそれを取ろうとする材木座の魔の手から、パッと料理を掻っ攫って……もぐもぐと食べる俺。

 

「はっ……はちまーーーん! ええいおのれぇ……! 貴様は由比ヶ浜嬢にあーんでもされておればよいものを……!」

「いや、それ以前に人に差し出されたもの横取りするなよ……」

「まあまあ、材木座くんの分もあるからっ、はいっ」

「《ポッ》とっ……戸塚氏……! 謹んで頂戴するでありますっ!?」

「あっはっはっはっは、いんやーそれにしても、なんっつーか奉仕部ってある意味色の濃い連中の集まりって感じ、しちゃう系じゃねー?」

「まあ、部長からしてある意味濃いな」

 

 運動は自信に繋がるってどこぞの誰かの言葉があるけど、ストレッチ&筋トレを始めた雪ノ下って妙にこう……雰囲気からして前向きになった気がするし。

 以前はなにかというと押し切られる姿があったのに、今ではキリッとした感じだ。

 葉山と幼馴染って話は聞いたけど、その葉山ですら時々呆然として驚いてるくらいだしな。

 

「んー……それ考えるとあれじゃね? 八幡は結構普通系だべ?」

「そうか? ぼっちとしては相当希少生命体だと認識していた時期があったくらいなんだが。むしろこう……最底辺?」

 

 まあそれも、あの事故があって、結衣と会わなければ……ああいや、起きなかったことをどうこう言っても今は変わらない、か。

 ただまあ考えることは脳の運動になるのでじゃんじゃんやろう。ノイローゼにならん程度に。

 

「しかしまあ、濃いか薄いかはともかく、レアであるという意味でなら、彩加以外は居ないと思っている」

「それ同感。戸塚ちゃんてば、べーわぁ」

 

 俺を好きになってくれたって意味では、俺個人としては結衣がレアすぎるわけだが。

 今はちょっとしょんぼりしているけど、なんていうかもう天使です。いや、しょんぼりさせたの俺だけどさ。

 

「その……結衣。俺の幼馴染、なんて想像はやめておいたほうがいいよ。性格悪いから家族旅行にも置いていかれるし、事故るまでは心配らしい心配もされず、小町が産まれりゃ親父に突き放されるようなどうしようもないガキだったんだ。……その。俺、お前に嫌われるために幼馴染をするとか……そんな人生、無理だ」

「ヒッキー……でもさ、それでもあたしは───」

「お前はさ、“答え”にはまっすぐなやつだよ。興味がない相手には“興味を示さない”。文化祭とか体育祭の準備とかで見たまんまなら、出会い方が違えば俺もあっち側だったんだなって思った。……俺はさ、たぶん、それに耐えられなくて自分から拒絶すると思う。結衣を傷つけて、周囲を敵だらけにしてでも」

「ヒッキー……」

「悪い。情けないこと言ってるのは解ってる。けどさ、世界に一人でもそんな人が居て、変わりたいって思って変われたなら……俺、たぶんあんな自分にはなってなかった。もっと上手くやれてたって思う」

「……うん」

 

 俺の言葉に悲しげに俯く結衣。

 そんな彼女の頭に手を伸ばす。言い回しが卑怯だな、と思いつつ。

 

「まあ、後悔はあっても否定はしないんだけどな」

「───え?《ぽむぽむ》ひゃうっ!?」

「ありがとな、結衣。たぶん、小さい頃の俺を認めてくれた人って、小町を除けば結衣だけだ。その小町も最近じゃ俺のことごみぃちゃんとか呼ぶしな……。だから、まあその、なに? 暗い話とかはせっかくの場が盛り上がるどころか抉れ下がるから、ここまでにしよう。や、暗くしたのは俺かもだけど」

「…………ヒッキー」

「ん?《ぺちんっ》おっ……え?」

 

 呼ばれて、真っ直ぐに見れば、少し膨れた顔。

 そんな彼女が、俺の頬を軽くぺちんと叩いた。

 

「あたしさ。勉強も頑張ってるし、運動も結構出来るようになった。でもまだ解らないことだらけで、ヒッキーに頼っちゃうことばっかりだ。でもね、ヒッキー。どんな始まり方をしたあたしでも、あたしはきっと、同じような恋をして、同じ人を好きになるんだ。だから、ヒッキーがそれを否定するのは……嫌だし、悲しいな」

「…………い、や…………けど」

「“もしも”……なんだよ? 夢くらい見ようよ、ヒッキー。……大丈夫。あたしはちゃんと───どんな場所でもさ、ヒッキーのことが大好きだから」

「……、……っ……~~~《かぁ、ぁああ……!!》ぁ……ぅ……」

 

 頬を叩いた手で頬を包まれ、やわらかな笑みで迎えられて。

 心が温かくて、やさしくて、嬉しくて。

 照れ隠しになにかを言おうとしてみても、この喉は上手く動いてくれやしない。

 顔ばっかりが熱くなって、目の前の好きな人から目が離せなくて。

 やがて、そんな感情が爆発する頃、

 

『好きです。(あたし)と付き合ってください』

 

 声が重なり、照明に照らされた影が重なり、唇が重なった。

 周囲から、近くの友人から、“ウヒョーウ!?”とか“っべー!”なんて声が聞こえる。

 ここが打ち上げの会場だってことも忘れてキスをして、幸福を分け合うみたいに額をくっつけて、上目遣いで見つめ合いながら、くすくすと笑みを零した。

 

「あ、の……な? その……本心を言うとさ、結衣が唯一信じてくれていても、俺は結衣を遠ざけると思う。大事だから、遠ざけると思う。本音じゃない暴言なんて平気で吐いてまで、きっと遠ざける」

「大丈夫だってば。あたし、これでも我慢強いから。絶対にヒッキーが閉じこもってる場所まで行って、好きって伝えるよ? えへへ、じゃなきゃあたしじゃないもん。小町ちゃんに背中押されなきゃ届かなかったあの時とは違うんだ。きっと、違うあたしもいつかは踏み出して、馬鹿なことしながらさ、ほんと、いつか……ヒッキーの“大切”の中に入るんだ」

「そりゃ……ははっ……心強いのか怖いのか」

「そこは心強いって言おうよ……」

「お、おう……悪い……」

 

 もしもを熱く語っている内に、段々と恥ずかしくなって二人して俯く。

 そこへ雪ノ下が溜め息を吐きながら訪れ、じろりと睨んできた。

 

「あなたたち……仮にも生徒会の役員が、公共の場でキ、キスなんて……」

「学校離れて打ち上げに出れば、役員だってただの人の子だろ」

「比企谷くん、それは屁理屈と呼べるものよ。大体───」

「あっ! あとね、ヒッキー。別の世界だときっとね? ゆきのんとべったべたにくっつけるくらいの親友に」

「ごめんなさいそれは無理」

「ゆきのんひどい!?《がーーーん!》」

「っつーかガハマっちゃんも八幡もぉ、年々マジ大胆になりまくりってゆーかぁ、もうラブラブちゅっちゅしすぎでしょぉ……。傍から見てて羨ましいわぁ……」

 

 ちょ、やめなさい翔、改めて呆れるみたいに言われると恥ずかしい。

 

「ぬ? いやしかし、戸部氏も以前、某祭典で海老名嬢とともにラブっていた気が……?」

「え、や、ちょ、よっちゃんアレ見てたーん……!? ないわぁマジないわぁ。あ、いや、んー……ゆーても……あれ? 俺と海老名さん……お似合いに見えたり……した系?」

「然り。相手の趣味を受け入れ、傍に居ることに喜びを得て、ともに騒ぐことを是としたお主の生き様……まさに“貴腐人と充者”であったぞ!」

「……マジで? 貴婦人と従者とかマジでー!? ちょぉ、よっちゃん嬉しいこと言いすぎだっつぅのー!」

 

 ……ああ、なんか文字としての伝達の齟齬を見た気がする。

 戸部よ、多分それ、文字が違う。

 腐ったお方に付き従う充実した者と、貴婦人に従う者とは違うと思うんだ……。

 まあ、本人がいいっていうならいいかもだけどさ。

 

「恋かぁ……ねぇ八幡、恋をするって、どんな感じなの?」

「あ、あー……その。とりあえずな、彩加」

「うんっ」

「…………《ポッ》」

 

 可愛い。あ、いや、ええと。

 …………いやいや、彩加に恋人だなんてパパ許しませんじゃなくて!

 落ち着け、彩加は“性別:戸塚”だろう。

 きちんと戸塚として扱ってあげなきゃ失礼…………あれ? なんか失礼の意味が曖昧になってる。男子として扱うのも女子として扱うのも難しいってすごいなおい。

 と、ごちゃごちゃ考えつつも、ふいっ、と結衣を見る。

 途端、湧いてくるのは暖かな気持ちだ。

 

「まずな、テンションが上がる」

「うん」

「その人と目が合うだけで嬉しいし、会話して、楽しそうに笑ってもらえたら、それだけで一日テンション上がりっぱなしで妹に“どしたのお兄ちゃん、今日キモいよ?”ってツッコまれる」

「えぇえっ!? そうなのっ……!?」

「あ、いや、これは俺という特殊な例の場合のみだった。すまん」

「……あ、あはは……八幡も結構苦労してるんだね……。でも、そっか。嬉しくて、一日のテンションが……《ちらっ》」

「? どした? 彩加」

「あ、ううんっ、えっと…………八幡」

「? おう?」

「僕達、ずっと友達だよね?」

「え……いいのかっ!?《ぱああっ……!》」

「えぇっ!? き、訊き返されるなんて思ってなかったかな……も、もちろんだよ八幡、僕、八幡のこと好きだもん」

「彩加……」

「八幡……」

 

<キキキキキマッ、キマシタワァーーーッ!!《ブシャアア!!》

<エビナー!?

<オキャクサマコマリマス!!

<エェエ!? コレ、アーシガワルイン!?

 

「……戸塚くん。恋の話をしたあとに好きとか、あちらの人間が出血多量で死んでしまうからやめてちょうだい……」

「翔、あっちのこと頼む……」

「あ、おう……わり、ちょっと行ってくるわー……」

 

 幸せ顔で鼻血を流す海老名さんのもとへ小走りする翔を見送り、彩加と目を合わせて、たはっと笑った。

 ……そうだ。ずっと、こんな友達が欲しかった。

 くだらない時間に身を費やし、くだらないって言えるくせにちっとも時間の無駄だって思えなくて、楽しくて。

 本当に、心の底から欲しかったものはきっと、裏切らないし裏切りたくない大切な人。

 でも、たとえ多少の妥協をしようと、これが偽物だなんて言えないのだ。

 どんな道を選んで、どういう選択肢を選んで、今まででは想像が出来ない世界に立って、誰かと笑える。そんな、普通の人ならガキの頃から出来ていたことが、高校に入ってからようやく出来た俺にとって……こんな関係こそが、きっと───

 

(………)

 

 きっと、なんなんだろな。名前が思いつかない。

 でもきっと、名前なんてつけてしまったらもったいないものなんだろう。

 

(はぁ……)

 

 伊達眼鏡越しに見る世界は随分と眩しい。

 何かを通してしか見えない眩しい世界を、少し残念に思う。

 腐った眼は生まれつきだと言う自分と、昔は腐ってなかったと言う小町と写真。

 昔の自分は綺麗な目で、素直な笑顔のまま写真の中に居た。

 どこでどうまちがえて目を腐らせたのかなんて、きっと子供特有のほんの擦れ違いだったのだろう。

 今ではまるで思い出せないそんなきっかけも、全てがあって今に繋がってくれているのなら、否定する理由なんてなくて……まちがってしまっても、肯定してくれる恋人が居てくれるから、過去も今も大事に思える。

 どころか、今じゃ未来でさえもが楽しみだ。

 こんな自分になれるだなんて思わなかった。

 それでも、いつかはなにかで失敗して、かけがえのないものを壊し、全てを失うんじゃないかって恐怖はあった。

 なにかが壊れるきっかけは、きっといつだって自分だったから。

 家族旅行も、行かないなんて一度でも言わなければ……今でも行けてたんじゃないかって。

 クラスでも、もっと空気が読めていれば……まだ“友達”とは呼べなくても、知り合い程度の存在は何人か出来ていたんじゃないかって。

 

「……なぁ雪ノ下」

「なにかしら」

「俺と友達にな───」

「ごめんなさいそれは無理」

「ゆ、ゆきのん! あた───」

「ごめんなさいそれも無理」

「まだなんも言ってないよ!?」

「ごめんなさい。私にも理想というものがあるのよ」

「理想? 理想……───ああ、そっか、なるほど」

「ヒッキー?」

「……いや。なんでもないよ」

 

 言って、おしえておしえてと雪ノ下のもとから近寄ってくる結衣。その頭を撫でまくりつつ笑う。

 理想。

 ぼっちの理想とする友情とはなんだろう。

 そう考えてみて、なるほどな、なんて納得した。

 それが答えかは訊いてみなければ解らないだろうけど、言ったところで答えないだろう。

 その理想は口にしてはいけない。大事なものだから、“言わなくても解る関係”を望むのだ。

 気づいてみれば面白いもので、俺も結衣も雪ノ下も、そういう“大切なもの”を求めていた。

 追い続けてみれば辿り着く場所は同じなんだろうに、そこまでの過程が違うから譲れない。

 自分の理想だから譲れないし、譲った先で答えに到れても、どうしても悔いが残るのだ。

 それら全部を手に入れるにはどうすればいいのだろうと考えて、たぶん今の俺じゃ、その答えは見つけられないんだろうなって思った。

 

「結衣、鳥食おう鳥。オラ腹へったぞ」

「食べないで騒ぎすぎなんだってば、もう。はいヒッキー、取り皿」

「ん、ありがとな」

「……なんだか、長年連れ添った夫婦みたいね」

「ふっっ……!?《ボッ》……あ、えぅう……ふうふ……ヒッキーと……」

「ふ、夫婦か……だったら俺ももっといろいろしてやれないと、いつか愛想つかされそうだ……ゆ、結衣? なにかしてほしいこととかあるか?」

「露骨なポイント稼ぎが始まったわね」

「えっ……なんでもいいのっ!?《ぱああっ……》」

「……露骨でもなんでも、嬉しければいいのね」

「嬉しいなら嬉しがらなきゃ損だろ。“それをされて嬉しい”って見せ付けないと、人ってほんと二度とそれをやってくれなくなるぞ。家族旅行で俺だけ置いていかれるとか」

「さすがの寂しい人生ね、放置谷くん」

「だから谷しか合ってねぇって……で、結衣。してほしいことがあるなら───」

「え、あ、うん。えとー…………ヒ、ヒッキーから……キス、してほしいかな」

『!?』

 

 だから、まあ。

 その答えが見つけられない今の俺じゃなく、そんなもしもはどっかの比企谷八幡に任せよう。

 もしくはこれからの自分にか。

 問題の先送りなのかもしれなくても、今はまだ……こんな賑やかさに馬鹿みたいに笑える瞬間に、自分の青春ってものを預けてみたいから。

 

  ああ……楽しいな───

 

 心が弾むのが解る。

 食べてみた超丸焼いてある鳥は美味しくて、自然と笑みがこぼれた。

 視線を移せば海老名さんの鼻血騒動でわたわたしている翔と三浦さん。

 彩加と材木座は恋愛についてを語っていて、そこに雪ノ下が参加してあーでもないこーでもないと盛り上がっている。

 一色は葉山に言い寄って、それに気づいた三浦さんが海老名さんを翔に任せて参戦。表面上はとぉっても仲の良い先輩後輩のように見えるお話が始まり、それを見た翔が呆然としたまま「……べーわ……」とこぼしていた。

 

  そんな賑やかさに自分が混ざれていることに、笑みがこぼれる。

 

 ずっと前に諦めた筈の世界。

 自分には絶対にそんな未来はこないのだと思っていたのに。

 

(…………ああ)

「《ぎゅっ》ふわっ!? わ、わ……ひ、ひっきぃ?」

 

 自分が浮かべた笑みの温かさが心に染み入り、どうしてか泣きそうになった。

 気づけば傍に居てくれた結衣を引き寄せ、向きを変え、後ろから抱き締めて。目を閉じて、そこにある幸せを思った。

 

  ───時々、全てを諦めたくなる。

 

 自分は何をやっても認められないから、やるだけ無駄なのだと……いい加減自分で自分を認めてやりたくなる。

 小学中学と散々味わってきたのだから、もういい加減諦めてもいいだろうに……それでも高校ではと気力を振り絞ってみれば、高校生活どころか入学する前にぶち壊しだ。

 世界は腐っている。

 きっと、ほんの些細な失敗に目を濁らせ、腐らせたであろう記憶にない過去を思う。

 なにが原因だったのか、なんて、思うだけ無駄なんだ。

 俺は自分の所為にしかしないし、口でどれだけ何を喋ろうと、自分の行動の責任は自分にあると認識しているから。

 だから、世界を自分で勝手に見限って、濁らせ腐らせた自分が悪い。

 それでも言い訳を。言いたいことを、口にさせてくれるのなら。

 

  ああ……もっと早くに、こんな温かさに触れたかった。

 

 嘘をつかれて、それが本当だと信じて、馬鹿みたいに信じ続けて泣いた日を思い出した。

 気づけば自分が嘘をついたことにされて、信じていた誰かは“みんな”と一緒になって俺を笑っていたいつか。

 それさえも自業自得で、自分だけが悪かったんだとしたら、俺の目は濁っていて、人を見る目がないくらいに腐っていたのだろうと。

 悪いのは全部自分で、“みんな”のように上手くやれないから独りなのだと。

 それが解って、納得して、受け入れて。

 それでも、そんな自分を笑わず、肯定してくれる人が居たのなら。

 

「……好きだ」

「……うん」

「……ずっと、傍に居て欲しい」

「……うん」

「俺も……」

「……んー……?」

「俺も、さ。好きになるから…………絶対、好きになるから。だから───」

「……うん。えへへ……だったら、どんなあたしたちでも、絶対幸せだ」

「……うん」

 

 後ろから抱き締めた腕に、結衣の手が重ねられた。

 温かくて、ガキの頃から我慢し続け、いつだって泣きそうだった自分が救われた気がした。

 出会い方が違えば、きっと別のところで涙していたであろうそれも、今は静かに俺の中で今を見守ってくれている。

 ただ、やっぱり思い返す時がある。

 ガキの頃、嘘の先にある本当の先の何を欲して、あんなにもつかれた嘘を“嘘じゃない”と信じたかったのか。

 

  ○○が欲しい

 

 知るための歯車が噛み合わないそれは、気づけば見えなくなっていた。

 でも……そうだな。

 見えなくても信じたいものがある。見えないからって信じられないわけじゃない。

 それがなんなのかなんて、解る時に解ればいい。

 

「ちょぉ、八幡! 海老名さんの鼻血止まんないんだけどこれヤバくね!? っべーわぁ! って言ってる場合じゃないっしょー!」

「あ、八幡っ、これ材木座くんと見つけてきたんだけど、すっごく美味しいから食べてみてっ? ───戸部くん、海老名さん大丈夫なの!? あ、八幡と由比ヶ浜さんはえっと、た、楽しんでてねっ?《ポッ》」

「ゴラムゴラムゥ! ……あげずに食してしまいたいところではあるが、やはり同じ部の者として、共有できるものはそのー……きょ、共有してあげなくもないんだからねっ!?《ポッ》 とツンデレ怒りをしつつも、仲間の一大事ならば我も動こう! 代わりにうぬらはそこでいちゃいちゃしているがよいィ! さあ、我にしてほしいことはあるか!」

「ないわよ財津くん」

「ぶひぃ!?」

「ブッハ! ヒヒヒヒヒキタニくんをめぐって三人の男子がっ……! こ、これは誘い受け? それともヘタレ受け……うぶっしゅ!《ブシャア!》」

「おぉわ海老名さぁーーーん!? ぇええ!? ちょ、これやばいんじゃねぇのー!?」

「ちょ、海老名!? ちょっとうっさいの、なにやってるし!」

「え、えっ!? うっさいのって俺ェ!? お、俺戸部翔って……」

「んなことどうでもいいってーの! それよか海老名だし!」

「ひどくね!? けど同感っしょ!」

 

 ……そう、それがどんな名前でもいい。

 俺はそれを、名前が解らなくても大事にしたいと思う。

 

「………」

 

 賑やかで眩しい伊達眼鏡越しの世界を見つめ、それを与えてくれた大切な人の顔を見る。

 抱き締めた肩越しに見るその顔が俺を見て、にこりと笑って……俺もまた、自然と笑えた。

 彼女の手が伸びて、大切な伊達眼鏡をすっと取ると、世界は変わらずそこにあっても……濁っているのだろうと思う俺の心はいつかのまま。

 なのに、そんな目を見てもやさしく微笑んでくれる人が目の前にいて、はやくはやくと催促してくる。

 眼鏡を取った俺でもいいのか、なんて今さら訊かない。

 その代わり、俺は静かに、ゆっくりと目を閉じながら……眩しい世界を眼に焼きつけながら、大切な人にキスをした。

 

 病室に送り込まれる前じゃ想像がつかないくらいガラにもなく、こんな日々がずっと続きますようにと願いながら。

 

 

 

 

 

 

 えへへ、ヒッキー、今年の誕生日、楽しみだねっ。

 

  まじか。なんだかんだで好きでいてくれたのか。

 

 なんだかんだって……あたし、普通に好きだよ……? 好きじゃなきゃ、楽しみに出来ないし。

 

  そ、そうだったのか。悪い。じゃあ俺も練習しとく。

 

 練習? あ、そっか……えへへぇ……なんかくすぐったいね……。

 

  おう任せとけ。ママさんや親父さんを巻き込んで、盛大に祝ってやる。

 

 う、うん……! 楽しみに、してるね……?《かぁあ……》

 

  おう。こほん、あー、あー……ハッピーバースデー、うぬー。

 

 練習ってそっち!?

 

  え? 違うの?

 

 ヒッキーの誕生日だってば! そ、それにママならちゃんとトゥーユーって言ってくれるもん!

 

  任せとけ。ちゃんと説得しとく。

 

 やめてったらぁ!

 

  けど、俺の誕生日? なんだかんだで祝ってもらってるから、楽しみではあるけど……。

 

 ……ママ、すっごく張り切ってるからね? 判子忘れたら、たぶん怒るよ?

 

  判子……18歳……ママさん……? ……ぅ、ぉぉぁ……!!《かぁああ……!》

 

 う、うー……!《かぁあ……!》

 

  いや、その……悪い。正直想像がつかなかったっつーか……そ、そか。結衣は、それでいいんだな?

 

 …………うん。絶対、幸せになろうね?

 

  ……解った。……よし、うん。解った。幸せになろう。幸せにする。俺じゃなきゃ嫌だ。

 

 うん、あたしも。幸せになろ? 幸せにするよ? あたしじゃなきゃやだ。

 

  ……ぷふっ。

 

 あははっ……。

 

  ああ、まあそれはそれとして、その二ヶ月前には結衣の誕生日も祝わないとな。

 

 ……ぜったいトゥーユーにしてね?

 

  ……すまん。俺、ママさんには逆らえないから……。

 

 説得する気満々だっ!? や、やめてよぅ! あたし普通に祝われたいよぅ!

 

  おーい部長、翔、彩加、材木座ー、次の結衣の誕生日なんだけどー。

 

 ヒッキー!

 

  高校最後だし、普通に祝ってやろうってことになった。いいかー?

 

 あ……ヒッキー……!《ぱああっ!》

 

   だめよ。盛大に祝うわ。

 

 ゆきのんひどい!?

 

  ……お前、ほんとツンデレな。

 

   黙りなさいキス谷くん。

 

  ほら結衣、盛大に祝うって言ってるんだから、いいだろ。

 

 ひっきぃいい……。

 

  ……その。誰もトゥーユーで歌わない、とは言ってねぇんだから。

 

 ……え?

 

  おし、鳥食おう鳥。俺もう鳥とかめっちゃ大好き。

 

 ヒッキー? ねぇヒッキー、今なんて───

 

  誕生日、楽しみだなって言ったんだよ。ほれ行くぞ。

 

 《グイッ》ひゃあっ!? ま、待ってよヒッキー……!

 

  ぐっは……! 自分から行くぞとか言って腕引っ張るとか青春しすぎてて辛い……!《かぁああ……!》

 

 ひ、引っ張っておいて恥ずかしがらないでよぅ! …………はぁ、もう、ヒッキーは……。でも……うん、そんなヒッキーだから……ふふっ、あたし、ヒッキーのこと好きだなー♪

 

  ……~~~……俺、婚約までに何回お前に好きですって言えばいいんだよもう。

 

 えっ!? あ、う……な、何回でも、嬉しいよ……? 何回でも……してほしい、かな……えへへ。だから───

 

  そ、そか。じゃあ───

 

 うん……

 

 

 

  ……好きです、俺と付き合ってください。

 

 

 ───はい。こんなあたしでよければ……喜んで。

 


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