どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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猫の声が聞こえない

【*注:「結衣が言った“ゆきのんの不知池(しのばずいけ)!”についてなにがあったかは書かないの?」とツッコミがありましたが、たまに後書きでショート劇場があるので、閲覧設定で後書き表示をONにするとわかるかもです】

 

 

 文化祭の準備が本格的に始まった。

 相模は相当つっかえながらなんとか委員長を務めているらしいが、そのほぼが城廻先輩の助けあってのものらしい。

 だが、つっかえようが下は動く。

 良い文化祭を作ってくださいましね、とばかりに書割を作ったり、看板を作ったり暗幕を回収するために駆けたりと、なんともまあ文化祭の準備らしい日々が続いた。

 途中、よだれ垂らした海老名さんに真剣にホモォなお願いされたこともあったが、全力で拒否した。

 ていうか登場人物のほぼが男性で、その男キャラのほぼがホモとかってなんなのちょっと。

 来場してくれた子供とかに“ウホッ”なドラマを見せて、混乱させたいのか。

 関係ないが衣装係は川崎が請け負ったそうだ。

 

……。

 

 委員会で相模が城廻先輩に権限やらなにやら丸投げしようとした、という噂が流れ始めた。何事?

 平塚先生に説得されて、戻ったらしいのだが……うーむ。

 先生いわく、そもそも相模自身にやる気がないらしい。成長云々はその場の見栄や格好つけだったのだろう。

 わかってはいたが、他人の口から聞くとキッツイなこれ。

 未来への“こうなりたい”を知り合いの前で言ってしまうのは、早まった自爆と言えるだろう。本人にそれを叶えるだけの実力があれば話は別だが、多くの場合はそうじゃない。

 そもそも最初から奉仕部に寄りかかる気満々だったわけだし、そりゃあ無理ってもんだろう。

 ここでやめればいろんな人に迷惑がかかるし、口にした成長は歩を進めるどころか後退にしかならず、自分を苦しめる結果にしかならない。

 そういった説得で促したらしいんだが、こういう状況になってしまえば、そういう人の心なんてヤケクソ以外になにも浮かばないわけだ。なにを質問されても“じゃあそれで”としか言わなくなる。つつかれても同じ挙動しかしない起き上がり小法師状態だ。

 平塚先生には手伝うことは出来ないかと言われたが、今さら手伝ったって、それこそ“どうして今さら!”とか逆切れするだけだ。先生もそれがわかっていたのか、溜め息を吐くばかり。

 

  そんな相模だったんだが。

 

 ある日、隼人が様子を見に行って声をかけたら、なんかめっちゃやる気になったとか。

 やだ、超単純。

 仕方ないので平塚先生と城廻先輩から願われて、しばらく隼人が副委員長ポジを担うことになり……

 

「あの、先生? あえて、あえて一言言っていいっすか?」

「奇遇だな。私も言いたいことがあった」

「………《ふぅ……》」

「………《はぁ……》」

『まるで成長していない……』

 

 相模は相模だった。

 

……。

 

 やがて文化祭は始まり、俺達は実に充実した文化の祭りを堪能することが出来た。

 自分のクラスの出し物ではなく、他クラスの出し物に突撃する楽しみ。

 ここでもリンゴ飴を食べる結衣。どれだけ好きなのか。

 

「……八幡よ。相模といったか? 彼奴のこと、監視しておいた方がよいぞ。ああいった手合いは土壇場で逃げ出し、“可哀相なワタシを見つけて~”的な行動に出るものだ」

「財津くん……いつから人のこと名前で呼ぶようになった」

「もう何度も小説を読んでもらっているであろう!? ほ、ほら、ちょっと前は一次選考通ったって連絡もメールで送ったではないか! ……二次であっさり落ちたが。そんな我の厄介事を判別する目が疼いているのだ……! やつはしでかす! 監視を怠るでないぞ八幡よ!」

 

 メール。思った以上に奉仕部への依頼や相談事が多かったため、平塚先生が用意してくれたノーパソとメールを使ったものだ。

 そういえば最近は見てなかった。こんなんじゃいかん。

 

「そっか。じゃあちと知り合いにメールでも飛ばしておこう」

「え? スマホで? あの、我ともメール……」

「小説ご意見用に、ノーパソのアドレス教えてあるだろ」

「あれいっつも見られずにソッ閉じされてるとイケメンに教えられたことがあるのだが!?」

 

 ぬう隼人め、裏切りおったか……!

 まあ冗談だが。千葉県横断お悩み相談メールはいつでも誰かの相談をお待ちしております。読むかどうかは別として。

 しつこく訊いてくる財津くんを躱し、文化祭を回り、そんな調子で一日は過ぎ……二日目。

 順調に進んでいる筈の文化祭であったが、財津くんの言った通り最後の最後で相模が逃走。監視していた平塚先生の手でお縄につき、舞台上できちんと挨拶を済ませ、生徒から「少し失敗あったけどよく頑張ったー!」とか「楽しかったよー!」とか声援を送られ、逆に罪悪感に襲われて泣いてしまった。失敗続きでも逃げなければ、まだ胸を張れたろうに、とは平塚先生の言葉だ。

 そうして文化祭は終わりを告げ、少しもしない内に体育祭への準備が始まった。

 ……速ぇえよ。

 

「三浦さんから相模さんがウザいって相談メールが来てる……」

「まあ、あの落ち込みようはな。もういっそトラウマ克服として相模に任せていいんじゃないか?」

「心が折れないかしら。いえ、もう折れているのかもしれないわね」

「あ、平塚先生からも来てる。えーとなになに? ……生徒の一部から奉仕部へ苦情がきてる? 委員会に助けを求められても手伝わなかった、って……な、なにこれ!」

「あー……まあ、やるヤツ出てくるとは思ったけどな」

「ええ。きっと出てくると思っていたわ。でははーくん」

「おう雪乃」

『証明すればいいわけね』

 

 意見の一致をここに。

 とりあえずアレな、体育祭だろうがなんだろうが成功させてみせれば文句はないだろう。

 成功させた上で、成長したいと挙手したのはあいつだと堂々と言ってやろう。なんなら成長したいと言った翌日に奉仕部を頼る程度の成長率だったことも公言……は、性質が悪いな。

 まああれな。成功させるだけでいいだろ。関わること自体めんどいし、たぶんその対策も適当に考えてあるんだろうし。

 

……。

 

 そんなわけで体育祭実行委員立候補。

 どんな競技で盛り上がらせるかで意見が割れたが、体育祭ってのはようするに体を張った競い合いだ。最初から競い合うくらいが丁度いいだろう。

 使える人は先輩でも容赦なく手伝ってもらい、案を固めていった。

 

  案が固まれば準備開始。

 

 準備にかこつけていちいち結衣や雪乃に言い寄ってくる、サボり男子とか現場班とかとてもウザいです。ガーディアンとして立ってくれた平塚先生が「暇そうだなぁ」とコキャペキャ拳を鳴らしてくれると、すぐに作業に戻ってくれるだけマシなのかもだが。

 

「改めて、お前らモテるな」

「嬉しくない」

「嬉しくないわね」

「つーか結衣、正面にしゃがむな、いろいろ見える」

「ひうっ!? ぁ……~……は、ぁくん、に、なら……いいよ……?」

「ばっ……! お、おれに見えるってこちょはだにゃ!? ほほほ他のやつらにも見えるってことでぃぇっ……! だぁあもう! いーからジャージとか履け!」

「今舌打ちした男子ー。あとで職員室に来るように」

『すんませんっしたぁーーーっ!!』

 

 作業効率がUPした。

 ああもう本当に、金槌とかすっぽぬけそうだったわ。作業頑張りすぎて、金槌すっぽ抜けるところだったわ。

 

「大事な人が恋人だと、あなたも大変ね」

「恋人は普通、大事なものだろ」

「そう? あなたほど大事にしている人は、そう居ないと思うけれど。ねぇ? ゆーちゃん」

「えへへ……」

「最近独占欲とかすげぇんだよ……。他の男子が近づくだけでイラってくるっつーか」

「………《きゅんっ》」

「いやおい、なんでそこで目ぇ潤ませて頬染めるんだよ」

「はーくん。女の子というものはね、時には独占されたくなるものなのよ」

「まじか」

「あら。アイドルなんてまさしくその集まりでしょう? “自分こそが”を思う人が集まるからこそ競うようにお金を投資する。純粋に応援だけをする人は、果たして何人いるのかしら」

「なんか悲しくなるからやめろ」

 

 作業は続く。

 作業効率にかこつけて結衣のメアドを聞きに来る男子を捌きながら、作業は続く。

 といってもそれらを捌いているのは平塚先生であり、メアドの交換は生徒会役員が役員専用アドレスで担っている。

 え? 雪乃? メアド訊かれても「嫌よ」としか言わない。取り着く島も摺り合う袖もねぇよ。つまり多生の縁なぞないわけだ。よかった。

 

……。

 

 問題なく体育祭は始まった。

 種目に関しては財津くんと海老名さんの案が採用され、なかなか盛り上がっている。

 

「もははははは! 剣豪将軍材木座義輝が! この一戦にて覇権を問う!!」

 

 昨年、人気が残念だったコスプレースも考慮に含め、女子はどこぞの騎士王のコスプレで騎馬戦。男子はヒューハドソン校のラグビーなコスプレで、まるで重機関車のごとく敵地へと疾駆する。

 

「蹂躙せよぉおおおおおおっ!!」

『うおぉおおおおおおおおおおおおっ!!』

「AAAALaLaLaLaLaLaieeee!!」

 

 赤組、完全に王の軍勢である。

 進学校の割にノリの良い皆様が揃いも揃って気迫MAX、絶対の自信と気迫を以て敵地へと突撃した。

 

「突撃なんて無茶苦茶だ! 守りはどうするつもりだ!」

「笑止! 王たる道に後退の二文字はない!! 後退とは逃げの型! 我が覇道にあるのはただ制圧前進のみよ!!」

「くっ……誰か一人でも抜けるんだ! 抜ければ俺達の勝ちだ!」

「抜けられる前に勝負をつける───!」

「! 八幡! 君もか!」

「悪いが押さえ付けさせてもらうぜ隼人っ!」

 

 雪崩のようにただ突撃する赤の中、司令塔を見つけた俺は隼人にタックルをかます。

 離れた位置で鼻血を噴き出たようだが気にしない。きっと腐ってる。

 

「っ……サッカー部ほどじゃないにしろ、奉仕部の君がこんなに……!」

「走り込みはしてるからな……! 足腰には自信があるさ……!」

『ムッハァもうたまりません! 望んでいたH×Hが! 今まさに目の前で!』

「隼人早く負けてくれ!」

「馬鹿を言うな! 君こそ負けろ!」

 

 まるでライバル同士の戦いのような緊張感が、腐ったお方のお蔭で台無しであった。

 マイク握ってそんなこと実況してんじゃねぇですよ海老名さん。

 

「そぉれ押し込めうぬらぁ!!」

『おぉおおおおおおおっ!!』

「どわぁ無理だ無理無理! 前衛戻さないと耐えられなっ───お、ぅおわぁああっ!!」

 

 一人が押し込まれ、転倒。

 そうなれば崩れるのは早く、白組は雪崩に飲まれるように崩れて行った。

 ……が、崩れた場所が悪かった。相手が一気に倒れたため、棒までの距離に足の踏み場もないのだ。まさか白組を踏みつけていくわけにもいかず───

 

「よぉおし獲ったぁああーーーーっ!!」

 

 白組が赤組の棒に力強いタックルをぶちかまし───あっさりと、……赤組の勝利で終わった。

 

『男子種目、棒倒し! 勝者、赤組ぃーーーっ!!』

『なっ……なんだってぇーーーっ!?』

 

 ほんの僅かな差だった。

 先に倒れた端から駆けていた一人が、遠回りとはいえ棒にタックルをかまし、倒すだけでなく自分の体重も乗っけて最後まで倒し尽くしてくれたおかげで、白より早く倒れてくれた。

 

「はぽっ!? お…………うおぉおおーーーっ!!

『オォオオオオオオオオッ!!』

『イスカンダル! イスカンダル! イスカンダル! イスカンダル!!』

 

 完全にノリが王の軍勢であった。

 

……。

 

 その。なに? 棒倒しで勝ててもさ、騎馬戦……もとい、チバセンで負けてりゃ意味ないよね。

 これで雪乃が柔術マスターとかだったら千切っては投げとか出来たんだろうけど、生憎とこいつが習い事をしていたのは小さい頃だけだ。

 今は基礎体力があって頭が切れるくらいの、元お嬢様ってだけである。

 結衣とともにその余りある体力を用いて果敢に突っ込んだんだが、惜しいところで三浦に負けた。

 女王強いよ女王。

 

「ごめんねはーくん、頑張ってくれたのに」

「気にすんな。むしろ例年より盛り上がったって喜んでたじゃねぇか。三年なんて全員笑い合ってたぞ」

「そうだけど……」

「負けた理由の全部がチバセンに向かうわけじゃねぇよ。ましてや結衣の所為ってわけじゃあ断じてねぇ。だから、気にすんな」

「……ん。ありがと、はーくん」

「おう」

 

 体育祭は大変白熱し、大好評で終わった。

 気づけば奉仕部への悪口めいた評価も消えていて、どうやら誰かが動いてくれたらしく……人の噂もなんとやら。きっとぽやぽやしてめぐめぐしてそうな人が地道に動いてくれたんだろう。そもそもの信用がなければ、言葉を重ねても届かないものは届かない。それを喜んでおこう。

 

……。

 

 修学旅行ってわくわくするよな。

 高校では京都に行くらしい。今から楽しみである。眠れるかが一番の困ったちゃんな問題だ。

 雪乃とか隠すこともせずめっちゃわくわくしてて、名所巡り用にパンフや雑誌を集めたりしてた。

 旅行を潰すような依頼人もこなかったし、心をぴょんぴょんさせたまま、旅行は始まったのでした。

 

  そして帰還。

 

 これといったことはなかった。あったにはあったけど、恥ずかしいっつーか。

 京都は美しかったでいいだろ。

 特に灯籠が並んだ竹林の道はヤバかった。

 腕を絡めて歩いていた結衣が、ふとなにを思ったのか離れて、タトトッと数歩先まで小走りすると立ち止まり、笹の葉の間からこぼれる光を浴びながら深呼吸して……振り向いた。

 潤んだ瞳で、期待を込めた……なにかに憧れるような目で、真っ直ぐに俺を見て。

 答えを知っていたわけじゃない。

 目を見たから全てを察した、なんてことはなくて、でも───どうしてだろうか、きっと待っていると感じたのだ。

 そんな衝動に動かされるまま、抗いもせず……口にしていた。

 

「子供の頃から今まで、ずっとあなたのことを好きでいます。これからも、俺と一緒にいてください」

 

 結衣は、どうしてわかったの? とでも言いたげな驚いた顔のあと、潤ませた目からぽろぽろと涙をこぼし、それでも笑顔で「喜んで」と言ってくれた。

 短いを距離を走り、飛びついてきた体を受け止めても、嗚咽は止まらない。

 なにが彼女の琴線に触れたのかもわからないが……彼女が嬉しくて泣いていることくらいはわかったから。

 だからきっと。

 するなら今だ、と。

 

「……結衣」

「え……あ───!」

 

 顔を近づけた。それだけでわかってくれたのか、せっかく治まっていた涙を再びぽろぽろこぼし、けれど拒まず、俺達は初めて同士を相手の唇に捧げた。

 長く長く、初めてを大切にするように。

 やがて離れ、呼吸を乱し、互いの存在を強く抱き締め合っていると、結衣がぽしょぽしょと話しだした。

 

「“こんなところで、好きな人に告白されてみたい”、って……思ってたの……っ……~~……はーくん……!」

 

 そんな彼女に気づけてよかったと。いつもの軽口で台無しにしなくてよかったと、心から思った。

 

「結衣……初めて会った日に、ハッピーバースデーって歌ってくれたよな……。あの時から、ずっとお前に惹かれてた。……ありがとう。俺、お前には救われてばっかだった」

「はーくん……うん。あたしはさ、あたしの歌なんかで、泣きながらありがとうって言ってくれたのが嬉しくて……喜んでもらいたいなって思うようになって、それから、ずっと……」

「結衣……」

「はーくん……~……!」

 

 気持ちが抑えきれなくなって、もう一度強く強く抱き締めた。大切にしたいって気持ちと大好きって気持ちが溢れ出し過ぎて、いっそ苦しいくらい。

 壊したいわけじゃないから、傷つけないように、それでも籠ってしまう力がぎゅうっと彼女を抱き締めた。

 今はそんな力強さが嬉しのか、きゅう、と喉を鳴らした結衣は、きつく抱き締めれば抱き締めるほど、俺の首や頬をぺろぺろと慈しむように舐めてきた。

 ……何も言わず、空気読んで黙っててくれる幼馴染に、あんがとさん。

 黙っててくれるのはいいけど、その“ようやくなのね、まったく”っていう顔、やめてください。

 

 そういうこともあって、昼の内に訪れた竹林道で、より近づくことが出来た俺と結衣だったが、気恥ずかしさを味わいながらようやく離れた俺達に、「そういえばここ、夜はとてもいい景色になるそうよ?」なんて言い出す雪乃。

 俺と結衣は顔を見合わせて、照れ笑いしながら……またここに来ることにして、その時間までを恋人らしく過ごした。

 いつもより近い距離に、自分ってものをコントロールしきれずにポカをやらかし、けど顔を見合わせては笑った。ようするに幸せなのだ。目が合うだけで顔が緩む。

 雪乃はそんな俺達を見て、幸せそうに笑っている。

 「親しい人、大切な人が幸せそうなのだから、自分も嬉しいに決まっているでしょう?」と胸を張って言われた。

 時間を潰したあとは竹林に戻って、灯籠が灯った、木漏れ日が差す道とは違った景色に心奪われ、今度は俺から動き、肩を抱いて……足元からぼんやりと照らされる彼女にこそ心を奪われ、気づけば告白し、涙を浮かべた彼女に想いを受け止めてもらった。

 

「………」

 

 これらが修学旅行中に起こった主な出来事ではあるんだが……細かくいえば、平塚先生のおごりで結衣と雪乃と一緒にラーメン屋に行ったり、お土産コーナーで小町用のものを用意したり、あとは食べ歩きをしまくったことくらい……か? いや、雪乃の案内で名所を回ったか。基本すぎて忘れてた。

 

「………」

 

 思いふけるのをやめると、小さく息を吐く。

 既に三人とも風呂に入り、あとは寝るだけ、といったところ。

 いつも通り俺の部屋の俺のベッドの上で寝転がり、お揃いの枕を並べて寝る……はずなのだが、なんでか二人とも俺の腕を掴むと、テキパキとすごい漢だのポーズを取らせ、その二の腕にぽすんと自分の頭を乗せた。

 ……おおあなたひどい人、私に枕になれといいますか。

 

「ちょっ……待て待て待て、修学旅行の時は頑張っただろ……つーか今日は隣に居るんだから、べつに腕枕とか関係ないだろ……!」

「あるわよ。安眠度がまるで違うのだもの」

「いや……それ俺には関係が」

「すぅ……すぅ……」

「……なんでこいつはいつもこんな早く眠れるかな……」

「安心できるからでしょう? 無防備でも構わないと思えると、人って案外脱力出来るものなのよ」

 

 そりゃ羨ましい。俺もそんな聖域が欲し───……あるな、とっくに。

 

「……な、雪乃。いつまでこんなこと出来るのかって……思わないか?」

「いつまででも出来るでしょう? その気になれば」

「その気になればな。けど、お前に好きな相手とかが出来たらそうも言ってられないだろ」

「はーくん? それはその時に考えるべきことよ。今考えたって答えなんて出るわけがないわ」

「まあ、そりゃそうだ」

「それよりも……くぁ…………んんぅ……もう、いいかしら。腕を貸してちょうだい」

「枕の意味ねぇな、ほんと……」

 

 言ってるうちに、すぅすぅと聞こえる寝息。

 人の腕を枕にすると、そんなに眠りやすいもんかね。

 やってみたくてもしてくれる人がそもそも居ないか。

 ……今度結衣に頼んでみるか? いやいや、結衣の腕が痺れるのとか勘弁だ。

 

「………」

 

 腕を枕に、穏やかな顔で眠る、恋人であり幼馴染であり婚約者を見つめる。

 腕を曲げて、指先でさらさらと頭を撫でるが、さすがに体勢が悪い。抱きしめたいのに両腕が塞がってて無理だ。

 仕方ないので、顔を近づけて、その耳元でささやく。

 

「……結衣。好きだ」

 

 ぽしょりと。

 すると、ふるるっ……と体を震わせた彼女が、俺の寝間着をぎうーと握ってきて、胸にぐりぐりと頭をこすり付けてくる。

 やだ可愛い、俺の恋人超可愛い。

 

(……いつまでも、か)

 

 いつまでもとは思えても、状況がどんどんとそれを難しくさせていくのだろう。

 結衣と結婚して、たとえば子供が出来て、雪乃お姉ちゃんはどんな関係なのー、とか訊かれたら、専業主婦よ、とでも応えるのだろうか。……半端なウソよりよっぽど言いそうだなおい。

 溜め息ひとつ、もう片方の手で雪乃の頭も撫でてみる。

 するとこちらはフンッとばかりに、不機嫌そうな顔で手から逃れる。そのくせ片手は服を掴んだままで、もう片方では爪研ぎの真似なのか、ざしーざしーと俺の肋骨部分をひっかいてくる。爪じゃないのが救いだ。肋骨いたい。

 

(寝るか)

 

 こうして俺の学園生活は、程よい波とともに流れていくわけだが……これから出会う人も出会ってきた人も、出会い方一つでどんだけ変わったんだろうかを考えると、案外面白いものだった。

 子供の頃にああいった出会いがなかったなら、俺はきっと……

 

「……やめよ」

 

 目を閉じる前、いつものように砂時計を目にしてから呼吸を整えた。

 すぐにすとんと夢の中へ意識が落ちる。

 

  もしもを語ったところで、現在はきっと変わらない。

 

 もしもはとても眩しいが、それが悩みや現実を助けてくれることはひどく少ない。

 絶望だけはしたくないから、せめてそんなもしもから、自分が救われるもしもを探す。

 大体が失敗で終わって、勘違いで終わって、仲が良かったと勝手に勘違いしていた相手に馬鹿にされ、終わるのだろう。

 子供の頃にそういう経験をすると、期待するのをやめるか、それでも期待するかに分かれるんだと思う。

 俺は早くからやさしい人に出会えたからよかったが、そうでなかったらを考えると今でも怖い。

 

  そんなことを考えたからだろうか。

 

 俺が見た夢の中の俺はひどく捻くれていて、何度も結衣を悲しませたり泣かせたりした。

 そりゃしょうがない、と思いながらも呆れる姿や、この馬鹿野郎と怒鳴ってしまいそうになるほどの行動を前に、本気で自殺でもして行動の全てを止めてくれようかとか考えてしまった。自分なのに。

 

(………)

 

 目が覚めたら結衣にやさしくしよう。

 厳しくしたつもりなんてないけど、やさしくしよう。

 夢の中の自分が、面倒だからとか人間関係がアレだからとか言ったり思ったりしてやらなかったことを、出来るだけやっていこう。

 夢の中のこの娘の頑張りが、少しでも同じ人の笑顔に繋がるように。

 夢の中の俺は随分と面倒な性格なのに、それでも離れない理由を考えれば、がんばれ、としか言えない。

 好きでいてくれてありがとう。

 傍から、というか同じ視点で見ていても、“なにやってるんだ”って怒鳴りたくなるくらいに情けない男だけど。好きになってくれてありがとう。

 心からそう想い、やがて、より深い夢の中へと埋没してゆく。

 いろいろな想いに触れられる夢だった。

 “擦れ違って仲直りして”なんて、実に青春ってものだろう。

 

  強いな、って思った。

 

 でも、そんな強さも俺が軽く言えるような気持ちから出される強さじゃない。

 やさしさだって、人の辛さを知っているからこそ出せるもの。

 アホと一言で切って捨てるのは楽で。けど……それじゃあこの結衣のなにもかもをわかってやれやしない。

 だから強い。

 そうすることで向けられる辛さも身を切るような思いを知ってもなお、“わからない”で捨てて背を向けるんじゃなく、知ろうと手を伸ばす強さがある。

 だからか、自分を敵にして、他の多数に手を繋がせるやり方しか出来ない、そんな夢の中の自分を、ひどく弱いと感じた。

 自分が出来ないことを出来る、ってのは尊敬に値するものだろう。

 けどこれは───……いや。

 言っても届かないのだろう。

 なにを言っても、夢の中とはいえ自分なのに届かないのだ。

 自分の世界を第一に、自分の理屈を第一に。

 そのくせ、自分の中にあるルールも理屈もろくに守れていない。

 たった一人で問題を解決し、たった一人で多数を敵に回しても余裕に振る舞う。

 並べた理屈だけを見れば格好いいのだろう。

 が、傍に行こうとする人を泣かせてまでやることじゃない。

 そうしていろいろな関係を崩して壊して、結局は多くの人に相談して、言葉をかけられ救われるんじゃ、“誰かに教えてもらわないと自分の世界を見いだせない”でいるのと、きっとなにも変わらないのだ。

 




/次回予告


 物語がありました。

 それはとても楽しげなお話でした。

 小さな縄張りに猫が一匹。

 そこに狼が狐を連れてきて、犬がお話を持ってきます。

 考え方も行動もバラバラな猫と狐と犬は縄張りで過ごし、やってくる動物のお話を聞くのです。

 熊がやってきたりうさぎがやってきたり、隼がやってきたり狼が面倒事に巻き込んできたり。

 狐は家族の狸と一緒に今までになかった経験を積んでいきます。

 元々バラバラな三匹だったから、様々な面で衝突してしまいます。

 けれど三匹だったからこそバランスが保てたことも事実で、いつしか少しずつ理解を深めていきました。

 知っていることが増えると、信頼も生まれてきます。

 そんな芽生え途中の小さなものを、壊してしまう瞬間がありました。



 猫と犬は狐の行動に呆然として、言葉を無くします。

 隼は振り返り、羊は諦めたように笑いました。

 猫が鳴きます。猫と犬は歩き、狐がうそぶく道から外れ、オウムは気持ちを新たに笑います。

 猫が鳴きます。猫は歩き、後悔を抱きながら過去を振り返りました。

 猫が鳴きます。狐は空を見上げ、夢を見せられている狐は、そんな狐を見下ろしました。

 ……猫が鳴きます。

 様々な動物が笑顔や安心を抱き、諦めない心や希望を、時には後悔や意味がわからない胸の痛みを抱く中、犬だけが、涙を流して泣いていました。

 ……猫が鳴きます。

 起きて見る夢も、眠って見る夢も、閉じた目も、開いた目も、もう覚めようとしていました。


  夢を見せるため、鳴き続けていた猫は、もう喉を嗄らしていたのです。





 ◆pixivキャプション劇場

 *部活内アンケート
 男女平等についてどう思われますか?

 *比企谷八幡の答え
 守られることはないだろう言葉だけのもの。ただまあその、あれですよ。平等だと守れないんで、べつになくてもいいんじゃないでしょうか。あ、いえ、べつに先生に自慢したいとかではなくて、むしろ平等だと先生は男側で

 *顧問のコメント
 喧嘩を売っているのですかあなたは。あとで校舎裏に来てください。


 *由比ヶ浜結衣の答え
 恋人同士ならありだと思う、かな。女の子ばっかがいい思いをするとかじゃなくて、えっと、つまり、あたしもはーくんにもっと、なにかしてあげたいなーとか。

 *顧問のコメント
 誰がいつ惚気ろと言いましたか。……あとで校舎裏に行くように。


 *雪ノ下雪乃の答え
 そうね。とりあえず戦場では確実に謳うべき言葉であり、色気で男性を誘惑しようとする女性の顔面には拳を進呈出来るくらい朝飯前であるべきね。当然男性だろうと対応は変えず、お顔自慢のナルシストなら鼻っ柱を折りなさい。どのような状況であっても男だから女だからを理由に対応を変える者が男女平等を語るなど笑止。男女平等パンチ? 素晴らしい名前だと思うわ。そんなに顔が大事なら戦場になど出てこないでちょうだい。戦場で女性を攻撃して「女だぞ」と問われれば、「見れば分かる」と返す以外、どう答えろというのよ。

 *顧問のコメント
 あなたにいったい何が起こったのですか

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