どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
物語がありました。
それはとても楽しげなお話です。
独りぼっちの狐の周りに、少しずつですが動物が集まるお話。
あるところに、やさしさに焦がれていた狐がおりました。
大きくなる過程、狐は嘘を知り、やがて動物を嫌います。
それからは狐の傍には狸だけ。
けれどある日、狼が牙を見せながら狐を脅します。
狐は仕方なく猫が居る小さな縄張りに身を置き、面倒がやってくるのを待つことになりました。
それをきっかけに、狐の周りには少しずつですが動物が集まります。
最初は犬がやってきました。
犬は警戒するでもなく狐と猫に懐き、狼の許可を得て居つくようになりました。
うさぎがやってきて、熊がやってきて、隼がやってきて。
次々と動物がやってくる内に、気づけば動物と接することにそれほど嫌悪を抱かなくなっていました。
それからも、狐は様々な動物と出会い、面倒事に巻き込まれます。
なんだかんだと面倒事は解決出来て、気づけば縄張りに居ることが当たり前になる頃には、猫にも犬にもそれなりに心を許していたのかもしれません。
こんなのも悪くない。
そう思い始めた頃、動物たちは全員で旅に出ました。
計画を立てて、仲間とともに。
犬は羊を想うオウムの恋路を叶えようと張り切ります。
猫も、直接ではありませんが手伝います。
狐は手伝いません。
そういった話で、自分が手伝っても良い結果は生まれないと思っていたからです。
それでも犬は頑張ります。
猫は犬らしいと微笑み、多少ですが手伝います。
狐は眺めるだけです。
……やがて、旅行が終わります。
お土産話に盛り上がる動物、お土産そのものを持つ動物、諦められないと張り切るオウムに、それを応援する動物。
ひとまず安堵する隼に、表情も変えずに日常に戻ってゆく羊。
狐のやり方では犬が傷つき、狐も救われないと気づいていた猫は、それを嫌いと口にしてその場を去って。
狐は自分はまちがっていないと鼻を鳴らし。
犬だけが、賑やかで楽しく、いい思い出になるはずの旅行で泣いていました。
依頼なんて受けなければよかったのでしょうか。
ちがう
受けてしまったから泣くことになってしまったのでしょうか。
オウムの依頼がなくても羊は来たんだ
自業自得と笑いますか?
傍観してりゃあよかったんだ
ざまぁみろと笑いますか?
自分なら出来るなんて自惚れて、出来ていたから止まれなかった
彼女が憧れたシチュエーションを考えたことがありますか?
やめろ
夢の中の彼女は、屋上で幸せそうでしたね
やめろ……
自分のやり方は止められるとわかっていたから、土壇場で提案して、説明もしなかったのですね?
やめろ……!
早くに相談していれば、解決策が浮かんだとは思いませんか?
っ……やめろ!
あなたより頭の回る彼女と、あなたより空気の読める彼女と……なにより彼女たちとともに考えようと思えるあなたが居たのなら、別の結末があったと考えられませんか?
やめろよ……やめてくれ……!
自分一人で解消できれば。俺なら出来る。そんな考えは本当にありませんでしたか?
やめ……っ……!
……ああ、本当に独り善がりだ。今も、自分が逃げることしか考えてない。
───、……
自分が“あまり言いたくなかった”なんて理由で言葉にすることを躊躇して、“まあ、あなたに任せるわ”と言ってくれた、舌足らずで不器用な、ようやく生まれ始めた信頼を台無しにした。
……。
楽なもんさ。土壇場で言って、時間がない状況を利用して黙って、相手から“任せる”って言わせたなら、もう言い訳出来る状況の完成だ。あとは“任せるって言ったくせに。なにもしなかったくせに一方的に嫌いと言ったのはあいつ”って言い訳をすればいい。なにもしなかったのに、最後の最後で余計なことをしたのは自分なのにな。
……。
……目、ちゃんと開いて、知っていけよ。もう間違うな。解消するななんて言わない。他をどれだけまちがったって構わない。
え?
ぼっちのくせに、自分がする行動で他人がどう影響を受けるか。それを考えないなんてぼっちの風上にも置けない愚の極みだろうが。
なにを───
幸せな夢は見れたな? 出会いが違えばあんなにまで幸せになれる。あんなにまで素直に笑える。
……、……おう
これは夢であり、夢だ。誰かさんの“こうだったらよかったのに”を集めて、その人に近い人の夢も希望も集めて、都合のいいように作られた夢だ。
……おう
目ぇ開けて抱く夢と、目ぇ閉じて見る夢。そのどっちもを合わせた先にアレがあった。たとえば……子供の頃からやさしい人が居たなら。自分のことを受け入れてくれる人が居たなら。自分を救ってくれる人が居たなら。あの時、幼馴染の少女を助けられたなら。もっと深い意識で小説を書けていたなら。頼りきりにならないで、テニスをもっと自分で頑張れたなら。挙げたらキリがない。
それが……
誰もが都合のいい夢を見たがる。これはその結果だよ。んで、俺はそんな想いの元が願ったとーりの姿をしている。俺の大切な人、傷つけっぱなしのお前を助けるなんて、俺は嫌だったんだ。
……俺だって、べつに好きでそうなったわけじゃ……
はいはいもう条件反射で言い訳すんなよめんどっちい。……とにかく、見せられるものはもう見せたんだ。あとはお前がどう動くかだ。これでまた泣かすようなことしたら、お前ほんと夢の中で呪い殺すぞこの野郎。
怖いよ、いや怖い
失敗は活かすべきだ。別のお前はもうまちがっちまったから、今度はあんただ。……まちがった先で必ず幸せになれなんて言わないが、まちがわなければもっと早くに幸せになれた筈、とは言うぞ。絆は深まった? 馬鹿言え、まちがわなかった先でも深められる絆はあるだろ。
いや、俺なんも言ってねぇだろ……
いーから、もう目ぇ覚ませ。“あの時こうだったら”を見られる時間は終わったんだ。あんたは少なくとも、この世界にあった笑顔の分だけ頑張るべきだ。それが嫌なら泣かせた分だけ動けよ愚図野郎。
やだ、この俺怖い。っつーかマジなんなのお前。外見俺なのに声高くてキモい。
どこぞの猫っぽい女を真似して、芝居がかった声を出してただけだ。鳴いてないと夢が保てねぇんだよ。ああ、ん、ほれ。ローーーレーーーーンス!!
俺の顔でやめろくださいいやマジで。
……いーからもう目覚めろよ。もうこの夢も保たない。俺自身は泣かせた分だけ後悔させたかっただけだけどな。なんかお前、まだ旅行する前みたいだし。猫の意識ってこういう時に不便なのか便利なのか。……どうせ消えるんだから、記憶も経験も全部お前にやる。だからもうまちがうなよ。……これでまだ人の気持ちも考えないなら、本気で怒るからな。
…………
ああ、あと……すまん。専業主夫は諦めてくれ。お前はその夢は叶えられない。他でもない、お前自身がその夢を捨てるから。
……いーよ。最初から叶うなんて思っちゃいないから。
そか。んじゃ……良い現実を。立派な夢を抱いて、夢みたいな現実を歩いてくれ。
お前は? どうなるんだ?
あ? …………この状況でこっちの心配とか。車から犬を助けるのもそうか。お前ってほんっと…………あぁ心配すんな。お前が心配するようなことにはならねーよ。
……そか。
おう。……じゃーな。
おう。……じゃーな。
───……
……。
……ま。俺はお前の考えなんざこれっぽっちもわからんけど。さぁて、時間を忘れた猫の旅もこれにておしまいか。ちっとは恩返し出来たのかね、これで。
猫は死期が迫ると姿を消す……かぁ。しまったなぁ、あいつに誤解くらい解いてもらえばよかった。
苦手って思われたままで恩返しとか、報われねぇよなぁ……。
あー……もうだめ、無理。喉動かねぇ。
なんで俺、あいつの姿になんてなっちゃったかね。余計なことまでぶつぶつ喋ってキモいったらない
あぁほら、最後。なんて言うかくらい選ぼう。おし、うん。
…………。
はぁ。
やっはろー……、───
───……
……
× × ×
目を開けると、涙が溢れた。
静かに起きて、隣を確認したところで誰も居ない。
“いつもの場所”を見たところで、大事だった砂時計さえそこにはなかった。
「……くっそ……なんつー夢だよ……」
涙が止まらず、拭っても拭ってもこぼれ、情けなさを噛みしめた。
高校生にもなって夢で泣くとか。
「………」
時間を見れば、まだ随分と早い。
とりあえずはベッドから降りて部屋を出て階下へ。
洗面所で顔を洗うと、現状を思い出す。
修学旅行前。
戸部が依頼に来た。
今日はその修学旅行当日で…………
「───!」
何を馬鹿な、どうせ夢だ、と切り捨てるのは簡単だった。
夢の中で見た夢をどう理解して現実の未来だと言えというのか。
けど、胸騒ぎは本物で、こみ上げてくる気持ち悪さや、あの居心地の悪い奉仕部の空気だって本物なのだ。
幸せな夢の他に、もう一つ存在する夢の内容。見たものが真実ならば、おそらくは俺に説教をくれた俺が持っていた記憶と経験とやら。
「……由比ヶ浜」
泣いた。泣かせた。また俺がだ。
女を泣かせる主人公とかカッコイー、ニクイねー、なんて気持ちは、悪いがこれっぽっちも沸き出さない。
無理だ。無理だろ、あれ。
客観的に見てしまったら、もう無理だった。
告白されるならここがいいって場所で、自分から言わなくても告白された、嬉し涙の夢の話。
そんな場所で、好きな人が友人に告白してしまった辛い夢の話。
それでも関係を壊したくないからと、辛さを飲んで、身を軋ませるような苦しさを飲んで、これっきりにしようとした。
それを効率云々でぶち壊しにして、泣かせたのが俺だ。
無理だ、ああ無理だ。
たとえただの夢だと断言出来ても、そんな未来はないって言えたとしても、可能性があるなら絶対に辿り着きたくなんてない。
だから。
「っ───小町! 小町ぃいいっ!!」
夢の中の俺がしなかったことを。“今”の過去の俺でもしたことを、やろう。
人間関係に失敗する前の自分はまだ積極的だった。
やさしさを勘違いして、そんな歴史を黒く塗りつぶす前の自分なら、自分から人に手を伸ばした。
だったらそれも俺だって認めなくちゃ、相模に言った言葉も、その前に固めた気持ちも全部が全部嘘になる。
相談しよう。どうすればいいか、俺の気持ちは二の次に───……ああいや、それじゃあダメなんだ、いい加減学べよちくしょう、我ながら面倒くさい性格してんなもう……!
あんな夢を見たせいだぞちくしょう!
俺は俺が好きだったのに! 今じゃこんな自分が大嫌いだよ!
───……。
……。
心の整理もろくに出来ないまま始まった修学旅行中、由比ヶ浜がめっちゃ戸惑ってた。
そりゃそうだろう、自分が言った言葉に捻くれたことも言わずに頷くし、座る場所ないなら隣座れ~とか言うしで、戸惑うなってのは無理だ。
俺は正直助かってる。
あんな夢の所為で、とか思っていたが、その夢のお蔭で言いたいことも言える。
躊躇はもちろん生まれるが、前ほどじゃない。
「由比ヶ浜、戸部と海老名さんのことが気になるのはわかるけどよ、俺達も楽しまないともったいねぇだろ」
「あ、うんっ……え? ……い、いいのかな、楽しんで」
「いーだろ。それに……今朝電話で話した通りだと思う。海老名さんは……」
「……うん。今さらだけど、あたしもそう思う。で、でもさ、可能性はゼロじゃないよね? いい状況とかい~っぱい作ったら、もしかして姫菜もさっ!」
「ぼっちの経験からして、それは無理だ。戸部がどうしようもないくらい海老名さんが好きで、趣味の全部も受け止められて、海老名さんが求めているものをあげられるってんなら話はべつかもしれねぇけど、海老名さん自身にまず断る気しかねぇだろ」
変わる気がないのだ。前の自分と同じように。だからわかる。
彼女が“今を大事にしすぎる前”なら、それもなんとかなったのかもしれないが、人間関係を前に、このままがいいって思い始めた人間はテコでも動かない。
だから……戸部はフラレるのだろう。
「あくまで俺の予想だが、確率は高い。受けちまったあとに気づいて悪い。同じグループのお前が一番辛いだろ」
「ヒッキー……」
「あ、あー……ほれ、いろいろ見て回るんだろ? 行こうぜ」
「……うんっ、楽しまなきゃだもんねっ! …………うん」
由比ヶ浜は……やさしい奴だ。
こんな状況で、予想とはいえそんな未来を口にされて、楽しむなんてことは無理だろう。けど、言わないことが罪だと理解したあの夢の結末は、正直見ていられない。
だから言った。伝えた。あの依頼は最初から結果が決まっているんじゃないかと。
張り切っていた由比ヶ浜は落ち込んでしまった。
てっきりそんなことはないと言うのかと思ったが、自分でも想像出来てしまったんだろう。
……ああ、嫌になる。
見た夢が現実になるんじゃないかって勝手に思って、それを押し付ける自分も。
ただの夢だと鼻で笑って、結果そうなって、知っていたのに動かなかった自分を後悔で埋め尽くす自分も。
……。
頭の中で夢のことを思い出しながら行動した。
気味が悪いくらい同じように過ぎていく時間に、ますます気持ち悪くなっていく。
それでもあんなことは起こらないのでは、なんて思っていられる自分はつくづく幸せだろう。
“自分に限って”と笑い、後悔する物語を何度も見てきた。
作り物の知識を手に、何を言っているのかと呆れるだけなら誰にでも出来る。
重要なのは、得た知識からどういったものが危険なのかを、きちんと受け取れる自分であれること。
ただ、夢の延長なんだろう。結衣……いや、由比ヶ浜の傍からは離れたくなくて、傍から見れば葉山グループと一緒に行動している、みたいな状況になっていた。
由比ヶ浜も「ヒッキーが部活に積極的だ……珍しいね?」なんてきょとんとしていたが……「理由なら話したろうが」とぽしょると、慌てて「そ、そだよね!」と手をぱたぱた。
「………」
近くに居たい。
夢の中で、泣いてしまった彼女を見て以来、胸が苦しくて仕方ない。
あんなに笑顔だったのに、俺が泣かせてしまった。
動かなければいずれそうなってしまうのだと考えると、何もしないなんてことは出来そうになかったんだ。
「はぁ……よし」
清水寺、仁王門で写真、その他いろいろ、写真撮影を任されたので撮った。
ぐるりと回って音羽の滝に行けば、結衣が張り切って恋愛成就の滝へ柄杓を伸ばし、ちらちらと俺を見てからこくこくと飲んでいた。
綻ぶ赤い顔と、その素直な行動が眩しい。
夢とはいえ泣かせてしまった罪悪感は募るばかりだった。
……。
一日目は、夢で見た通りほぼ寺めぐりだった。このままこうして旅館の土産物屋の前で待っていれば、平塚先生がラーメンを食いに出るところに遭遇するのだろう。
せっかくだからと結……由比ヶ浜をメールで呼び出す。
やがて、階段から降りて来た真っ赤な顔でそわそわおろおろしている由比ヶ浜が、「や、やっはろー……」と、緊張で震える声で言う。
夢の中の結衣は言わなかったな、なんて……少し楽しくなって、珍しくも「やっはろー」と返した。
「ふえっ!? え、どしたのヒッキー! え、や、嬉しいけど……!」
え? 嬉しいの? なにその喜びの呪文。やっはろーってハピルマとかそれっぽい効果があるの? いやそれだと混乱してるじゃねぇかよ。
「まあその、なに? 旅行だからちょっとテンション高いんだろ。キモいならもう言わねぇよ」
「そんなこと言ってないじゃん! もう、ほんとすぐにそうやってヒッキーは……」
ぶちぶちこぼす由比ヶ浜は、そうしながらも俺の隣にやってきて、ちょこんとソファに座る。
「そ、そんで……さ? 急に呼び出すからびっくりしちゃったけど……えと、なんか用だったのかなーって…………」
「───」
あ。やべぇ。これめっちゃ期待されてる。
いや、目の腐った夢の中では結衣だけ置いてけぼりだったから、せめてって気持ちで呼んだだけだったんだ。
だがしかし、考えてみれば修学旅行なんてよく聞く男女が張り切るイベントじゃねぇか。そうじゃなけりゃ戸部だって張り切ったりしなかったんだから。そんな中で男が女を呼んだらそりゃあ……なぁ?
あ? UNO? しないで逃げてきましたが?
ともかくここはあまりがっかりさせないようになにか……!
「そ、その、よ。こまっ…………小町用の土産とか、よ。選ぶの手伝ってもらえねぇか、って……」
「……、そだよね、ヒッキーだもんね。はぁ……」
あ、ダメだわ。気になる相手と居るのに、妹とはいえ他の女の名前出したらその時点でアウトだったわ。こうなったらどうしようもねーわ。
「あと、その……よ。なんか俺、あんま役に立ててねぇし、頑張ってるお前に、なんかプレゼントさせてくれ」
「え───…………ヒ、ヒッキーが!? あたしに!?」
「……すまん嫌ならいいんだキモかったよな悪い」
「やっ、ちょ、違う違う違う! そういう意味じゃなくて! 欲しい欲しい! いるから! 超いるから!」
「お、お……おう」
めっちゃ捲し立てられ、さらに引っ張られ、土産コーナーまで連れてこられた。やだ、すっごい行動力。
……元々俺がもっと前向きに受け止めてやれてりゃ、こいつもこんな……わくわくっつーか、どきどきした顔で過ごせてたんかね。
……言うまでもねぇだろ。
出会いが違っただけで、あんなにも笑顔だったのがこいつだ。
あいつの…………こいつの笑顔が、俺は好きだったんだから。
「小町ちゃんのお土産かー。なにがいいかなー……《……、……ちらちら》」
「? これか?」
「あっ、だ、ダメ! ……あ」
「…………んじゃ、これは由比ヶ浜用のプレゼントな」
「あぅぅう~~~……《ふしゅぅう……!!》」
ちゃんと見てやれば、こんなにもいろんな顔を見せてくれる。
もっともっと見ていてやれてたなら、もっと笑えていたんだろう。
そうすることが出来たのに、しなかった自分が……腹立たしかった。
そうして……お土産も決定し、しかし今買っても荷物になるだけだからと買うのは見送り、丁度その時、平塚先生と遭遇。
今回はなにがどう動いたのか雪乃……いや、雪ノ下は土産コーナーまでは来ず、俺と由比ヶ浜だけで平塚先生とともにラーメンを食べに出た。
……。
二日目、グループ行動。
といっても律儀に守るやつはおらず、ある程度動けば各自が好き勝手に行動。集合時間させ合わせりゃいいだろ作戦だ。
由比ヶ浜もそのつもりだったのか合流し、早速楽しみつつも戸部のサポートを続けた。
「えへへぇ……昨日のラーメン、美味しかったね《ぽしょり》」
「だな。もしまた来ることがあったら、チェックが必要だ。別の味とか食べてみてぇし」
「あ、そうだよね。でも、うーん……いつ行けるかなぁ」
「いつでもいいんじゃねぇの? 暇で金あったら声かけるけど」
「えぇっ!? …………ぁ………………ほんと?」
「おう。お前の時間が合えばだけど」
「ふゎ…………う、うん……うん、ヒッキーに合わせるから……ぜったいぜったい合わせるから、……や、約束。いい……?」
「? おお、約束な」
指切りげんまん。
きっちり小指を絡ませ上下に振るうと、結衣はなにか大切なものを見つめるように、上下に揺れる指と指を見つめていた。
で、ここまでして、夢の気持ちのままに結衣……由比ヶ浜に接していたことに気づく。
……今さら訂正もなにもないもんだ。
嬉しそうなんだ、結衣が。由比ヶ浜が。俺はそれが嬉しい。
だから……おう、それでいい。
「パセラのことは戻ってからでいいか? 別の何かで返すとは言ったけど───」
「…………《ぽー……》」
「結衣……がはま?」
「あ、やっ……なななんでもないからっ! うんっ! ……~~……恋愛成就……効いたのかな……えへへ……。修学旅行、ここでよかったぁ……」
ほにゃりと柔らかい笑みをこぼす由比ヶ浜。
隠しているつもりだろうが、そんな笑顔を見てしまったら、心もあたたかくなるもんだろう。
抱き締めて頭を撫でたくなるが、今それをやれば変態だ。
出会いが違った夢の中の俺が、今は心底羨ましい。可愛いな、ちくしょう。
……。
雪ノ下に名所マップを貰って、さらなるサポートの時間は続く。
もちろんサポートだけじゃなく、由比ヶ浜を楽しませることも忘れない。
せっかくの旅行なのだ、それがフラレること前提の告白劇のサポートで終わってしまうのは寂しすぎるだろう。
笑っていてほしい。楽しんでほしい。
自分の中の罪悪感から逃れたいとか、そんなことはとっくに忘れていた。
自分が起こした行動で、こいつが笑ってくれることがこんなにも嬉しい。
つまり、だから、ようするに、俺はとっくにこいつに───
……。
三日目。
昨夜も相談と称して結衣を呼び出し、話をした。
サポートのことなんて二の次になりそうなくらい、結衣との会話が温かいが……それはだめだ。結衣も戸部も“そうなってほしい未来”を諦めてなんかいない。
知ってるから諦める、なんてのは簡単だが、そんな理由で手放せば、こいつはきっと泣いてしまうのだろう。
考え、積み重ね、成功するように確率をあげる。
ただ、サポートだけを考えるのはやっぱりあんまりだと思うから、自分達も楽しむべきだは何度も伝えた。
結衣も、何度も頷いてくれた。
頷きながら、どこか期待を込めた目で……俺を見た。
「………」
そう、だよな。
応援だけで、サポートだけで、それを眺めるだけで終わりにする理由、ないよな。
夢の中の俺は、そんな青春に自分って登場人物を捩じ込むことで、自分も舞台に立っているのだと陶酔していたのだろう。
けど、傍から見ればあんなもんは土壇場で応援するべき人を裏切って、寝取りにも近い方法で告白した最低野郎だ。
格好良くなんてねぇし、無様だし、人を泣かせるわ傷つけるわ。
やり方なんて他にあっただろう。なんで告白なんて方法を取った。
あの場に葉山が居たんなら、なんとかするって言葉を信じてやればよかったんだ。
いや、もっと言えば───……
「…………ぁ」
もっと言えば。信じるだけでよかったのだ。
そんなことにさえ気づけなかった。友達が居ないぼっちってのはこれだから。
けど、お前はそうじゃねぇだろ、葉山……。
「よし……やること、決まった」
無様に、自分に自信もないくせにお姫様を横取りする脇役じゃない。
どうせ青春ってものを味わう舞台に立ちたいなら、主役になってみせやがれ、だ。
「三日目の今日……だったよな。よし…………よし、よ、よし……」
緊張はしても、胸は高鳴っていた。
まるで以前、好きって気持ちを好いていたあの日のように。
決定的に違うのは、気持ちが固まっていくこの充実感だろうか。
夢を思い出せば思い出すほど、心が強く固まってゆく。それが嬉しい。
「……~♪」
完全自由な今日という日。
となりを歩き、鼻歌を歌う結衣に届くよう、素直な気持ちを伝えよう。
男は大事な時だけ詩人になれ。詩人で届かないなら熱血な。
ただ、誤魔化すのだけはアウトだ。伝えたいなら、きちんと、自分の口で、だ。
夢の中の俺みたいな馬鹿はやらない。
たとえ海老名さんが念を押してきたところで、俺はそれを受け取らないだろう。
今が大事なら、周囲なんて巻き込まずに二人で解決すりゃよかったのだ。
そういうふうに動かなかった分だけ、人に言葉を届ける権利なんて潰れるって、海老名さんならわかってただろうに。
……いや、暗い過去がどれだけあろうが、完全なぼっちを経験していなければわからないことも……あるのかもしれないな。
……。
そうして歩き、やがて……辿り着いた場所で、夢と同じ景色を見た。
灯籠が灯らずとも明るい場所。
竹の並ぶ景色。
笹の葉の隙間からこぼれる陽の光と……それに照らされ、目を潤ませる少女。
なにを想像しているのか頬を染め、目を閉じて……ほぅ、と熱い吐息をこぼした。
「……由比ヶ浜」
「《びくぅっ!!》ひゃわぁっ!? やっ、なっ……ななななに!? いきなり声とかかけるとか! ほんとヒッキーって───」
「……お前が好きだ。俺と付き合ってほしい───」
「でり、か……し……、…………ぇ……───?」
振り向けばきっと、“ここがいいよ! ……告られるなら”って言ったであろうその姿に、想いを届けた。
この気持ちが夢の中の俺の延長でも構わない。
困ったことに、そう思えるほど、こいつを見ていると想いが溢れてくる。
笑顔にしたい、幸せにしたいと。
だから、自分の恥ずかしさなんてものはそのへんに捨てられるし、真っ直ぐに言葉を届けられる。
「……、……~~……あっ…………あ、ご、ごめんねっ、今ちょっと叫んじゃった所為で聞こえ───あやぁああやややうそ聞こえたよ!? 冗談だとか言わないでね!? ってかもうだめ! あたし聞いたから! 聞いた! から………………っ………ぇと……~……うそ……」
慌てて言葉を繋げようとする由比ヶ浜を前に、真っ直ぐ立ち、目を見開いて呆然と固まっている雪ノ下には、心の中でいきなりすまんと謝りながら。
「由比ヶ浜結衣さん。俺は、あなたのことが好きです。俺と付き合ってください」
きちんと届くように、想いを告げた。
思っているほどきっと冷静じゃないし、言葉だってつっかえつっかえだったかもしれない。
けど、告白されるならここがいい、なんて言える場所での告白を、まさか照れ隠しで聞き流したりハッキリと受け止められなかった、なんてひどい話はないだろう。
だからこそきちんと届けて、返事を待った。
「……~~……!」
由比ヶ浜は俺の目を真っ直ぐに見つめ続けたあと、潤ませていた目から涙をこぼし、口を隠すように力の入らない両手を持ち上げ、やがて……泣きながら、何度も何度も頷いてくれた。
葛藤はあったんだと思う。
俺からいきなり“戸部はフラレるのが確定しているかも”、みたいな電話を受けて、なのに自分は告白されて、なんて。依頼者はフラレるかもなのに、自分はそれを受け入れていいのか、と。
言ってしまえば、それは自分の幸せを放棄する理由には繋がらない。
フるのも状況を治めるのも、海老名さんと葉山の事情だ。告白するのだって戸部の事情。
俺達はあくまで、戸部が告白しやすい状況を作るだけだ。
その中で、自分は幸せになっちゃいけないなんて言われたら、それはもちろんふざけんなって返すだろう。
涙をこぼし、雪ノ下に抱き締められ、わんわん泣く人を愛しいと思える。
自分ってものを客観的に見ることが出来て、ようやく俺も自分を固められそうだから。
謳歌してみよう。青春ってものを。
依頼は達成させる。
告白のサポートな。成功が達成条件じゃねぇから。そこんとこ、間違えないように。
……。
あーその。今はそれより喜んでいいか? いいよな。
恋人が出来ました。
…………ヒィイイイヤアアッホォオオオオオオオッ!!
……。
喜びも束の間、「喜び以外の涙を流させたら殺すわよ」って言われた。怖い、怖いよ。部長怖い。
/アテにならない次回予告
「だって、とべっちが告白したいのはグループじゃないよ?」
「えっ……そんなっ、俺まだ告白もしてねぇのに!」
「───! 海老名、あんた───!」
「いやお前……まだわかんねぇの? ぼっちな俺でもわかるのに」
「ただ……言葉がまったく届かなかったのかといえば、そうではないのでしょうね」
「一年半もあれば十分なんじゃないかしら」
「夜な夜な由比ヶ浜さんの名前を呼ぶ練習でも……!」
「おいちょっと!? 雪ノ下!? どうすんのこれヤバイよこれ!」
次回、夢と現実の僕らの距離/第十四話:『友達の青春』
◆おさらいイメージアニマル
狐=ヒッキー
犬=ゆいゆい
猫=ユキペディアさん
兎=さいちゃん
熊=中二
狸=マッチ
隼=イケメン八方美人
羊=エビ
虎=ジュビコ……もとい女王
狼=結婚したい
山猫=川なんとかさん
ライオン=はるのん
オウム=座右の銘が“ウェーイwwwwwwww”な人
イタチ=いろはす
◆pixivキャプション劇場
*とある部室でのやりとり
「あ、ところでさー、昨日晩ご飯がうどんだったんだけどさ、さぬきうどんって美味しいよねー」
「あー……そだなー。ところで由比ヶ浜、日本には三大うどんってのがあって、一つはその讃岐うどんだが、他はなんだか知ってるか?」
「え? 三大うどん? さぬき……」
「あぁ悪いな、ハードル高すぎたか。気にすんな」
「し、しってるし! ちょっとド忘れしただけだから! ねっ!? ゆきのんっ! ねっ!?」
「そうね、由比ヶ浜さん。あなたがどう答えるのか、楽しみだわ」
「ゆきのん!? ……えぅっ……え、えと……あっ、きしめん!」
「由比ヶ浜さん……」
「違った!? や、やー! ってのは冗談でー! えっと…………! さぬき……さ、さぬ……、……? さ? さ……左? ……あ。うぬきうどん!!《どーーーん!》」
「いやないから。うぬき、ないから。むしろ讃岐は漢字の時点でそうじゃねぇよ」
「由比ヶ浜さん……」
「うわーーーん! 美味しければいーじゃん! 大体なんで美味しかったって話から問題が出てくんの!? キモい! ヒッキーキモい!」
「問題出したらキモいなら、教師全員キモいだろーが」
「そうね、たしかに得意げに問題を口にする比企谷くんの顔は、ニヤリと引きつり気持ちが悪かったわね」
「おいやめろ。自分の知識から問題が出せるかもって、ちょっぴりわくわくしちゃったぼっちを傷つける権利なんて誰にもないだろーが」
「美味しかったうどんの思い出を、問題で台無しにする権利だってないじゃん……じゃあヒッキー? 他にどんなうどんがあるのか言ってみてよ」
「あー……そうな。《カリカリ……》……ほれ」
「? い……イナバ? イナバうどん?」
「いなにわ、と読むのよ、由比ヶ浜さん」
「……ヒッキーのばか……。言ってって言ったのに……」
「……なんか悪い」