どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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友達の青春

 -_-/由比ヶ浜結衣

 

 ぽー……って、ちょっとふわふわしてたと思う。

 ゆきのんの前でわんわん泣いて、嬉し涙が止まんなくて、あたしも好きって伝えたいのに胸がいっぱいで。

 自分から行けるように頑張って、ひっどいこと言われたりして傷ついたこともあったけど、どうしてこの人なのかなぁって自分の気持ちを確かめ直したこともあったけど。

 もう、だめだ。

 告白されるならここがいいなぁ……って。けど、そんな自分のとびっきりに立つ人はあたしじゃないって言い聞かせて、ここがいい、って言うために振り返った瞬間。

 

「………《ぽー……》」

 

 ……顔が熱い。夢見てるみたい。夢じゃないよね? ……うん、いたい。

 胸も、さっきからうるさいくらいドキドキしてる。

 夕飯食べるために戻った旅館は、出る前とあまり変わらず賑やかだ。そりゃそうだよね、そこに居る人は変わんないんだもん。

 変わったのはあたしだ。

 想いが叶って、まさか、って思ったけど……ヒッキーから言ってもらえて。

 それも、ここで告白してもらえたらなって心が弾んだ瞬間、そのとびっきりの場所で。

 

  嬉しかった。

 

 言われた言葉の意味がゆっくりと胸に染み込む時間が、幸せで幸せでたまらなかった。

 信じられないって疑いが湧くよりも早く、幸せに満たされたんだ。

 うそ、なんて言葉が漏れたところで、そんな言葉をあたし自身が信じてなかった。

 言ってくれたから。

 その言葉に、真っ直ぐにあたしを見つめる目に、嘘なんてなかったから。

 嬉しかった。

 幸せだ。

 まさか泣いちゃうなんて思ってもみなかった。

 あんなにわんわん泣くなんて、どれくらいぶりだったっけ。

 思い返してみても、記憶はあの竹林ばかりを映し出す。

 腰に力が入らない。

 嬉しいと腰砕けになるとか、ほんとだったんだ。

 

「結衣ー? ちょっと、結衣ー?」

 

 優美子がなんか言ってる。でもごめん、今は誰とも話したくない。

 幸せすぎて、幸せで、ずっとこんな気持ちに溺れていたい。

 だって、相手がヒッキーだ。

 実は嘘だ、とか、本気で嘘をついてみました、とか言ってあたしを泣かすかもしんない。

 嘘だ、ほんとはそんなことなんてこれっぽっちも考えてない。

 ただ幸福すぎて、少し悪い考えを混ぜないと、すぐにそれが消えちゃいそうで怖いんだ。

 

「ちょ、結衣? あんた顔真っ赤じゃん。熱でも出た? うわ、目もこんな潤んじゃって……風邪? 結衣? ……海老名、どしたんこれ」

「さあ。雪ノ下さんとヒキタニくんと出てからなんかあったんじゃないかな」

「そ。海老名……は、知らないか」

「うん。戻ってからその調子だった」

「ふーん」

 

 ま、いいけど。そう言って、優美子は部屋を出た。

 部屋にはあたしと姫菜だけ。

 そう考えると顔の熱は少しだけ下がって、冷静になれた。

 

「……姫菜」

「んー? なになに? 優美子が居たら話しづらいことだった? ハッ!? もしかしてヒキタニくんと隼人くんがっ……!」

「……真面目な話。いいかな」

「…………ん。いいよ」

 

 無表情を無理矢理笑わせた、みたいな顔で、姫菜は笑った。

 笑って、正面じゃなくてあたしの隣に座る。

 

「それで、話って?」

「依頼のこと。ヒッキーに、聞いた」

「そっか。ヒキタニくんは言わないって思ってたんだけどな」

「それ言うなら姫菜もだよ。どうしてグループの中だけで解決しよう、って思わなかったか訊いていい?」

「今のグループが好きだから、じゃ、だめかな」

「ダメだよ。……それは、だめだ。だって、とべっちが告白したいのはグループじゃないよ?」

「……うん」

「あたしもさ、グループ内で恋愛なんてすごいな、なんて安請け合いしちゃったけどさ。……すっごく後悔しちゃってるけどさ。……あのね、姫菜。あたしね、さっき……ヒッキーに告白された」

「え……ヒキタニくんが?」

「うん。……嬉しかった。嬉しくて泣いちゃうなんて、思わなかった。嬉しくて嬉しくて、幸せで。……この想いはあたしから行かなきゃ、絶対だめなんだろうなって思ってたのに……ヒッキーから来てくれて」

「………」

「……姫菜はさ。グループが、とか言うけど……最初からフるって決めてて、断るって決めててこうやって一緒に行動してさ。……とべっちの気持ち、考えたこと……ある?」

「……、」

「“好き”ってすごいんだ。泣いちゃうくらい嬉しくて、言葉に詰まるくらい必死で、一緒に居ると顔が綻ぶくらい楽しくてさ。でも……さ、今の姫菜ととべっちを見てるの……辛いかな。一緒に笑った瞬間とか嬉しいって思った喜びとか、そういう気持ち全部、最初からフるための計画みたいで。決まってるならさ、どうして言ってあげないの? とべっち、もしフられても諦められないって言ってるって、ヒッキーが言ってた。そういう期待も勇気も全部、全部…………」

「ユイ……」

「……姫菜が大事なグループってさ、どんななのかな……。あたし、わかんないや……」

 

 息を飲む音がした。

 隣に座る姫菜は俯いてて、きっといろんなことを考えてるんだと思う。

 あたしも同じだ。

 ここでこうして、自分の思ってることばっかり押し付けてよかったのかな、空気を読んで黙って見守っておけばよかったのかなって。

 でも……今のこの空気は違うって思ったから。

 留美ちゃんの時と同じだ。

 友達だって思ったコだから話した秘密をその友達に言い触らされて、笑われたいつかと同じ空気。

 最初からなにかが決まってるみたいな、あの嫌な重さ。

 それが嫌で、耐えられなくて。

 関係が壊れるかもって心が震えたけど、でも、きっと、踏み込まなきゃ後悔するって思ったから。

 

「……とべっちに……」

「……姫菜?」

「とべっちに限ったことじゃないんだ。誰に言われてもさ、誰に告白されても……受ける気なんてないの。腐ってるから……っていうのは理由にならないかな。ごめんね。でも……私にだって事情はあって、受けられなくても告白してくるのはとべっちの事情。だよね?」

「うん」

「本気になれないのに“はいわかりました”って言って受けたら、それこそとべっちに失礼だよね。だから───」

「……ううん、それはそうだけど、それ……違う」

「ユイ?」

「姫菜、それまちがってるよ。告白するのはとべっちなんだよ? 断るにしても受けるにしても、とべっちがいっぱい想いを込めて告白するんだ。……姫菜はさ、それを“誰が来ても同じ言葉”で返すの? あたしも、さ、そういうの、言われたことあるけどさ。言わせないようにって……遮っちゃったこともあったけどさ。告白されるってわかってて、言葉だけ用意して、想いをぶつけられればそれを投げ渡して、って……姫菜はそれでいいの?」

「言ってることめちゃくちゃだよ」

「わかってる……わかってるよ。でも、違うって思う。どうでもいい人が何人もくるならわかるよ。中身なんて見ないで、外見だけでとりあえず告ろう、なんて人なんて知んない」

「……うん」

「姫菜が嫌ならフるのは当たり前だし、仕方ないなって思って友達から、ってするのもいいなって思う。でも、今のままがいいから今は無理、って……そんな断り方、あんまりだよ」

「どうして? だって───」

「姫菜はとべっちが嫌い? 好き? 嫌いじゃない? 好きでもない? どういうところが断る理由? どんなところがないなぁって思う?」

「……それは」

「……近くに居て、グループで、好きも嫌いもわからない。……そうだね、姫菜はフるって決めてる。でもさ、そこに姫菜自身がとべっちに感じるフる理由って……あるの?」

「!! っ……あ……」

「諦めないって言ってた。諦められないって。ちゃんとした理由も言わず、ただダメだからダメって言われて、諦められなくて。……それさ、辛いよ? すっごく辛い。どうすれば気にかけてもらえるかわからないんだ。どう近づいていいかわかんなくて、それでも諦めらんなくてさ。頑張るんだけど……空回りばっかでさ……あはは」

「ユイ……」

 

 ツンとした鼻をぐすって鳴らして、横じゃなく真っ直ぐに姫菜に向き直る。

 ちゃんと伝えるんだ。そうして欲しいって。あたしの我が儘だけど、想いを伝えたい気持ち、わかるから。

 

「お願い、姫菜。頷いてっていうんじゃないんだ。嫌ならフっちゃうべきだし、それは姫菜の気持ち次第だってわかってる。でも……ちゃんと、とべっちの気持ち、考えてあげてほしいんだ。依頼になんかしなくても、断ることだって出来たのに……そうしなかった分、さ……。時間が空いちゃって、期待を持っちゃった分くらい……とべっちの気持ちに向き合ってほしいな」

「………」

 

 姫菜はなにも言わなかった。

 なにも言わないで、ただ……訪れるだろう時間を待ってた。

 

 

 

 

-_-/比企谷八幡

 

 舞台に竹林は選ばれなかった。

 「ここはあなたと由比ヶ浜さんの舞台よ。そこを選ぶなんて、別の意味で由比ヶ浜さんを泣かせる気? そう、あなた自殺志願者だったのね」とマジの目で言った雪ノ下が怖かったので、急遽別の場所を探すことになった。

 舞台は竹林ほどじゃないが、竹林道と同じくパンフにも載ってるような綺麗な場所だ。

 そこに俺、結衣、雪ノ下、戸部に葉山に大和に大岡、そして女王様。……あれ? ホワイ!? アイエエエエ!? 女王!? 女王ナンデ!?

 

「えと、それがさ、姫菜が急に……」

「海老名さんが?」

 

 なんでも、旅館で海老名さんと話し合っていたら三浦が戻ってきて、そんな三浦に海老名さんから“一緒に来てくれ”と頼んだそうな。

 で……俺と結……由比ヶ浜は、既に雪ノ下に依頼のことを話し、三人で解決策を……とは思ったものの、そもそもサポートが目的だったわけだから、戸部がこれでいけると判断して、告白しようと決意した時点で達成はしていると言える。

 ただ、そんな戸部へも覚悟の程を問うた。雪ノ下が。どこまで受け取れたかはわからんけど。

 海老名さんに告白することで生まれる、グループへのデメリット。

 諦めないのは勝手だが、グループを大事にする彼らの気持ちも考えなさいと。

 そこに、俺も由比ヶ浜も付け足した言葉があって、それは───まあ、青臭いなにかだ。

 葉山も海老名さんも、グループをグループとして見過ぎだって……そんなところだ。

 それを土壇場でもわかろうとしないようなら、青春劇場の登場人物としてでなく、脇役としてちょいと背中をつついてやるつもりだ。押す気はまったくない。

 

「しっ。来たわ」

「あ……姫菜」

 

 海老名さんが来た。

 隠れちゃいるが、ようするに海老名さんはここに俺達が居ることを知っているってことか。

 そんな状態でどうするんだ? 三浦は……三浦とは、ここに来る前にコンビニで軽い悶着はあったものの、概ね夢の通りだ。結衣に告白して付き合うことになったって言ったら本気で驚いていたが。

 ああ、ちなみに泣かしたら泣かすと言われた。あんたらどんだけ結衣のこと大事なの。俺もだけどさ。

 

「あの……あのさっ、海老名さんっ、俺、俺……さ」

「待って、とべっち」

「へ? あ、え? 海老名さん?」

「ごめん。用意してくれた言葉とか気持ち、いっぱいあるかもしれないけど、ちょっとだけ時間、ちょうだい」

「え、えー……あ、うん、まあ……はい」

 

 弱っ!? そこで頷いちゃうのかよ!

 いきなり主導権握られるってパターンはまずいぞ……? 頭弱い子は説明口調に弱いから、言葉巧みに誘導されて、気づけば“わかってくれた?”“ハイ”の流れで断られることもある。ソースは俺。……俺なのかよ。

 

「まずは……ごめんなさい。謝らせて」

「えっ……そんなっ、俺まだ告白もしてねぇのに!」

「ううん、そういう意味じゃなくて。とべっちが告白してくるってことは、知ってたから」

「……え……ま、マジで? 俺そんなあからさまだった? バレバレすぎた系?」

「あからさま、っていうのは……あったかもね。ふふっ……でも、違うんだ。告白されるって知ってて、私は……それを最初から断るつもりだった」

「……、え……?」

 

 戸部が、呆然とした顔で葉山を見る。

 その顔は次第に驚愕に染まっていくが、

 

「奉仕部は関係ないよ。そうしようとしたのは私で、理由も……今のグループが好きだからって理由」

「えっグループ? なんっ……え? べっ、べつに付き合ってもフられても、グループでいればよくね?」

「言葉で言うのは簡単でも、それってすごく難しいよ。それを知ってたから、そうするつもりだったんだ。私も、隼人くんも……優美子も」

「……は? え? ちょっ……」

 

 結衣が「姫菜!?」と驚きの声を漏らすが、それを雪ノ下が抑える。

 

「隼人くんはきっと、とべっちに諦めるように言ったんだよね。優美子は……隼人くんがなんとかするからそれを信じるだけ。大岡くんと大和くんはそもそも知らなかったと思う。それで……ユイは、そうってわかっててもとべっちを応援した」

 

 三浦が結衣を見る。結衣は素直に頷いた。

 今がいい、と唱える葉山と三浦と海老名さんにとっては、余計なことだったんだろう。

 

「ね、優美子。そこに居るよね? ちゃんと来てる?」

「……ん」

「うん。一つさ、聞かせてほしいんだ」

「なに?」

「うん。率直に訊くけどさ。……今のままがいいって、それってずっと続けていける? 隼人くんのことが好きな気持ち、卒業まで持っていける? それとも溢れ出したらその時点で“今のまま”なんて捨てちゃうのかな」

「───! 海老名、あんた───!」

「私さ、考えたよ。言われて当然だった。とべっちの気持ちとか考えないで、誰が来たって同じ言葉を用意して、断るだけ。それで元の日常に戻っていつも通り過ごしましょう、って……無理だよね。構わずほうっておいてほしい、なんて願ったって、とっくに無理だったんだ。みんながみんな嘘ついて、だましだましで付き合って。でも……そこにあった笑顔まで嘘だった、なんて……それだけは認めたくなかった」

「う、うん……」

 

 戸部は、すぐにでもフられるんじゃないかと怯え、返事も自信のないものになっていた。

 近づこうとした三浦が葉山に腕を掴まれ、葉山は黙って海老名さんの言葉を待っている。

 

「でも、だからって親しいって思う人の告白に、ハイって返すのは違うよね。そういう意味では、本当に私は誰に言われたって断る」

「《びくっ》……~~……」

 

 戸部は肩を弾かせ、顔を青くさせてゆく。

 期待と不安に満ちた、ここまでの道中の顔なんて見る影もない。

 

「戸部翔くん」

「っ! は、はいっ!」

「私さ、結構ひどいこと、平気で言えるよ?」

「ぁ……で、出来ればお手柔らかにお願いしたいところな、そういうの……!! 特に今は……! で、でもおっけ! そういうところも含めて、もっと好きになってけるべ!」

「感情よりも計算とか、打算的なことで行動すると思う」

「あン……えっと、俺の場合そのー……なんっつーのかな。そういうところで決めてるわけじゃねぇっつーか……ま、まあだいじょぶ! バッチリっしょ!」

「腐ってるし」

「それはオッケ。そんな海老名さんをまるっと好きになったから問題ナッシングってやつ!」

「それだけ言われても友達以上に全然みえないの。それでも?」

「んーじゃあもっと俺のこと知ってもらえるよう努力すっから! 俺チャラく見えっけど一途よ!? マジで! っつーか別のことに気をかけるとかそんな器用なことできねーっつーかぁ、……自分! 不器用っすから!」

「ふふっ……じゃあ───」

「あ、ああっ! じゃあ───」

「……とべっちの言葉を、聞かせてください。私が事務みたいに聞くだけじゃなくて、とべっちの言葉で。……なにも動かないようなら、きっと知り合いのままのほうが……お互いに幸せだと思うから」

「───! そんなっ……あ、いやっ! おっし任せといてちょーだいよぉ! 言葉ねー……! 言葉ー……! あ、あれ? 緊張と驚きで、なに言おうとしてたか忘れちまった……?」

 

 これは海老名さんの狙いだろう。

 結衣も頷いて、“これだからいいんだ”ってわかってる。

 用意した言葉では、海老名さんは動かない。

 それを言わせないためにまずは期待を持たせ、質問を投げ、それが終われば付き合える、みたいな流れを作った。

 あとはそれらをあっさり壊して、自分の言葉で、と告げてやればいい。

 特に制限時間なんて設けられていないのに、言葉を待たれるという状況だけで、妙に急かされる気持ちになる。

 戸部が純粋であればあるほど、それは効果的だ。

 

「んぁ、えっと……あのっ……! お、俺っ……」

 

 戸部の視線が泳ぐ。心の準備はしてきた。それは俺も知っている。

 けど、必要なかったんだな、と安心したところにそれらを全部破壊され、さあ自分を見せてみろ、なんて言われたって出せるわけがない。

 おそらく今、戸部はとても心細い位置に立っている。

 サポートされ、応援され、一人じゃないんだって挑んだのに、気づけば一人でラスボスを前にしているような心境だ。

 しかも“いい言葉”で納得させなきゃフられる、なんて、言われてもいない強迫観念に襲われている。

 心細いだろう。その気持ちが、手に取るようにわかる。

 結衣もそれがわかるからか、俺の服をぎゅうって握ったまま、唇を噛んでいた。

 過去に裏切られた経験があるなら、誰でもわかる。

 信じていたものを言い触らされて、裏切られたと気づいたあの孤独感は、本当につらいのだ。

 だから届かない。

 たとえ今ここで、葉山が言葉を投げようとも、戸部は怒るか殴るだろう。

 ここで言葉を投げていいのは“みんなの味方”でも“ただのグループ”でもない。

 

「お、俺っ……俺……えっと……俺っ……!」

 

 不安と恐怖で涙が浮かぶ。それを、誰が情けないと言えるだろう。

 こういう状況では気持ちを知る者は胸を痛め、なにも知らないイジメ好きだけが笑えるのだ。

 なのに誰も何も言わない。

 戸部の告白するべき舞台だから? 戸部が主人公の場面だから?

 そうだな、そうかもしれない。

 けど、馬鹿め、と言ってやろう。

 

「……葉山。なんも言ってやんねぇのかよ」

「……何度も言った。無理だったんだ。だから諦めろって───」

「いやお前……まだわかんねぇの? ぼっちな俺でもわかるのに」

「え……?」

「隼人くん、それってさ───」

 

 葉山を睨んだ俺と結衣が言葉を届けようとした時、その横から飛び出す影があった。

 その影は叫び、声を荒げ、けど……きちんと、言葉を届けた。

 

「戸部ぇええっ!! 頑張れぇええええっ!!」

「男だろっ! ばっちり決めろぉおおっ!!」

 

 大岡と大和だ。

 拳を思い切り握り締め、一気にガラガラ声になるくらいの声量で、臆病って言えるくらい不安に満ちた背中に向けて。

 その声に本気でびっくりして、ビックゥウウと跳ねた戸部は、けれど相当戸惑ったのちに、笑った。

 そんな姿に二人も笑って返し、馬鹿にするような言葉を重ね、それでも応援を続けた。

 

「二人とも、なにを……」

「お前さ。傍にみんなは居ても、友達なんて一人も居なかったんだろうな」

「なっ……! なんで、いきなりそんなことを」

「最初から違和感があったんだよ。俺でもおかしいって思うことだ。そりゃな、無難をひた歩くぼっちならそっちを当然選ぶんだけどな。……ひとつ訊くけどお前、たとえばサッカー部の部員が一生懸命練習してたとして、まず一言目が“諦めろ”なの?」

「───!! それは……」

「……ね、隼人くん。友達なら、さ……。リスクとか無茶とか、そういう面倒なのがあるってわかっててもさ、その友達が必死で叶えようとしてるものの前でくらい、背中を押してあげるものじゃないかな。最初から決まってたことにみんなを巻き込んで…………あ、奉仕部はあたしが受けちゃったからだけどさ。……二人の問題をみんなの問題にして、言われなきゃきっと最後まで気づかなかったことに、あたしもとべっちも張り切って……さ。……隼人くんは、そんなグループの今の、なにを守りたかったの?」

「…………っ……」

 

 視線の先では大岡と大和が叫んでいる。

 職場体験の一件から、恐らくは葉山よりもこの三人の方がよっぽど友達と呼べる仲だったんだろう。

 けど、葉山は違う。

 常に“みんなの葉山くん”であったために、一人は見ずにみんなしか見れていなかった。

 

「~~~っ……戸部ぇえええっ!!」

「───!」

 

 でも。

 今ここで、そいつは叫んだ。

 涙を散らし、罪悪感を噛みしめて。

 冷静でニコニコしてて、何でも解決なんでもござれのイケメンはそこにはおらず、ただ一人の友人として。

 

「戸部っ……俺っ……! ごめんっ……俺は……!」

「…………」

 

 用意された言葉はない。

 “すまない”ではなく“ごめん”と言ったそいつの純粋な謝罪とその涙に、戸部はぽかんとしたあとに……やたらと人懐こい笑みを見せ、サムズアップした。

 勇気もらったって顔をして、海老名さんに向き直って……

 

「海老名姫菜さん! お、俺っ……俺は、あなたのことが、好きですっ! ずっと、好きでしたっ! お、俺と付き合ってください!」

 

 やがて、つっかえながらの告白。

 よせばいいのに“最初はちょっといいな程度でした”とか“清楚な感じとかよくね? とか思ってた”とか言い出して、いっそ止めてやりたくもなったが───……まあ、無理だわな。

 大岡と大和は声援を送りっぱなしで、葉山も吹っ切れたのか青春物語の友人Aばりに叫んでる。Aくんが誰かなんて俺にはわからんが。なんか居そうな熱血友人。そんな感じ。

 そんな応援があっちゃ、割って入るなんて無理だ。

 むしろ俺も結衣も応援した。応援なんて嫌いだったが、今の戸部は応援したかった。あとで恥ずかしさを抱くことになろうが、気分が乗る、というのはそういうものなんだから仕方ない。

 もう、戸惑っているのは三浦だけだった。

 そんな三浦でさえ、雪ノ下にそっとなにかを囁かれると、キッと雪ノ下を睨んだのちに叫んだ。

 それは戸部への激励ではなくて……葉山の目の前へと歩き、真っ直ぐに届ける……海老名さんの質問への答えだった。

 葉山への告白。

 大きな声で届けられた言葉に、海老名さんはふわりと笑顔を見せて……顔を和らげ、戸部へと手を伸ばした。

 

「俺マジで海老名さんのこと好きでっ……! …………え?」

「あの、ね……とべっち。気持ちはわかったから、細かすぎる告白とかされすぎると、さすがに照れるっていうか。……私さ、本当に面倒だって自覚してるよ? その上で我が儘押し付けていいなら……友達からで、いいかな」

「え? え? ……友っ……おゎよっしゃぁああああっ!!」

 

 戸惑いと喜びが一緒に来たらしい。オワヨッシャーってなんだろうな。わからんが、まあ。ここは拳を握る場面だろ。だよな?

 ……海老名姫菜という人間は自分が“ひどく面倒だ”と思わない限り、身内は大切にするタイプだと思う。

 もちろん自身の中にルールはあって、踏み込み過ぎる相手には壁を作り、それを無理に越そうとすれば“じゃあ、もういいや”と関係を捨てられる。

 常に一歩引いた位置から全体を見渡し、それとなく立ち位置を換えてみては、それが崩れないようにバランスを保つ。

 集団の中にあってもぼっちのようなヤツ、居るよな。

 振り返ってみればあいつが居たからあの時……とか思えるような、その時は居ても居なくても同じなのに、思い返せば重要なやつ。

 そういう立ち位置に居る人だ。

 頼まれたわけでもなくバランサーになる人は案外居る。

 結衣なんて特にだろう。

 だが、海老名さんの場合は……

 

「更新、ね」

「……わかったか?」

「ええ。現状の更新をしただけであって、深い心変りがあったわけではないわ。グループの皆が一歩を踏み出したから、それに合わせて自分を更新しただけ」

「……ゆきのん、それって“今が好き”の“今”を、新しい今に変えただけってこと……?」

「そういうことよ。ただ……言葉がまったく届かなかったのかといえば、そうではないのでしょうね。真っ赤なのは紛れもない事実なのだし」

「まあ、そうな。どうなっていくかは、これからの戸部の頑張り次第だろ。現状は“友達で居ましょ”ってやつだ。戸部もそれはわかってるっぽい。……後悔するのか驚くのか。あんだけ真っ直ぐ気持ちをぶつけるヤツが相手じゃ、更新した“今”がどんだけ保ってくれるか」

「一年半もあれば十分なんじゃないかしら。どこぞの捻くれ者も、あっさりと落とされたようだし」

「おいやめろ」

 

 あっさりとか言うな。正直、あんな長ったらしい夢を見なけりゃ俺はこの場でこいつを泣かせていたんだから。

 ああでも、そっか。そうだな。依頼は終わったんだから、これでなにに遠慮することもなく、恋人関係ってものを───……と、結衣を見ると、きょとんとした顔。

 しかしすぐに「あ、そっか」と頷くと、これからのことに想いを馳せ……灼熱した。

 

「もう依頼は達成したんだから…………遠慮、しなく、て……も……はぅ《ボッ!》」

「へ? お、おい結衣? がはま? おい?」

「あなた、明らかに呼び慣れた口調で名前で呼んでおいて、思い出したように付け足すのはやめなさい。……というか、呼び慣れている……? 比企谷くん、あなたまさか、由比ヶ浜さんと付き合うことを妄想し、夜な夜な由比ヶ浜さんの名前を呼ぶ練習でも……!」

「してねぇから!! お前の中の俺、どんだけキモいんだよ! っつーかこいつの前で冗談でもそういうこと言ったら───!」

「ヒッキー……練習…………な、名前…………ゆいって…………ふゎあ《かぁあああああ!!》」

「おぅわ赤っ!? おいちょっと!? 雪ノ下!? どうすんのこれヤバイよこれ!」

 

 どうすんのコレお前の所為だよコレェェェェ!! とどこぞの髭が茶色なサンタクロースの真似をしたくなるのを抑えつつ、現状に混乱した。

 けれど、まあ。偽の告白で結衣が泣く、なんてこともなく。

 葉山グループも纏まりを見せ、喜ぶ戸部を大岡と大和がヘッドロック等でとっつかまえて騒ぎ、喜び、燥いでいる。

 三浦は海老名さんのもとへと歩き、なにかを話し合い、女王ゲンコツが海老名さんを襲った。葉山とは上手くいったのか、そうでないのか。それはわからないが……それは、俺が気にしてもしょうがないこと……なんだろうか。

 幼馴染やってた自分が、“気になるから行け”なんてせっついているところもあるんだが……いや、いいだろ。

 最初から、依頼だけの関係だ、これ以上は無理に関わる必要もない。

 そうやって、修学旅行の夜は過ぎて行った。

 ああ、遅れた所為で風呂には入れなかったよ。三浦にめっちゃ文句言われた。俺だけの所為じゃないのに。

 




 /アテにならない次回予告


     「八幡はもっと自分に素直に行動したほうがいいと思うよ?」


「あ、やー……うん。いろはちゃん? この流れだとさ、副会長……優美子が取りにくると思うよ?」


     「そもそもあれ、わたし悪くないじゃないですかー!」


                     「えへー……♪」


「きょっ……今日! 今日行こう! だいじょぶ! めっちゃ空いてる!」


   「砂時計!? なんで!?」



           ふぁいとー! おー!



次回、夢と現実の僕らの距離/最終話:『そして、長く続く夢を抱く』


 やさしさ~のす~べ~て~に~♪ 気づける~、わけ~じゃぁなく~♪
 あの日の~、ほほ~え~みの意味が、今は~、わかるよ~♪

 夢へのrunner、大好きです。

 さてさて次回でラストです。
 お疲れ様を言うのは早いですが、お疲れさまでした。
 むしろお付き合いいただきありがとうございます。
 ではではもう少々ですがお付き合いください。


 ◆pixivキャプション劇場

 *牛乳に相談だ!

「牛乳さん! 俺っ……どうすりゃ海老名さんと仲良くなれっかな!」
『とりあえず僕をお飲みよ! 話はそれからさ』
「の、飲めばいーん!? んっ……っぐっ……くふっ……~……はぁっ! これでおーけーね!?」
『グブブブブひっかかったなマヌケがァーーーッ! 貴様の体を内側から侵しつくしてくれるわーーーっ!』
「だ、騙したんか!? う、げっ、げぇええっ!」
『無駄、無駄無駄無駄無無駄ァー!! これから貴様の腸内環境を良くして健康にして、意欲が向かう方向の修正もして、海老名嬢好みの男に変えてくれる……!!』
「やっ……やめろぉおおおおっ!!」

……。

 その後彼は立派な理解ある腐男子となり、海老名さんの良き理解者兼友達から始め、永い年月の末に恋仲となったという。

  ~f i n~

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