どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
修学旅行後、奉仕部には戸部からの感謝と、グループからの謝罪があった。
一緒に結衣も謝っていたのは、勝手に燥いで依頼を受けたことへの謝罪だったらしい。
ここで女王からの独断命令が下り、結衣が葉山グループから外されることになったんだが……理由を訊いたら、なんというかああそりゃそうだって理由だった。
「あーしらのグループに居たんじゃ、ヒキオと満足に付き合えねっしょ」
それに結衣も頷きを返して、結衣はグループを抜けたわけだ。
え? そんで今どうしているかって?
……俺と結衣、戸塚ってグループを結成、楽しくやってるよ。
「えっとさ、八幡」
「おう、なんだ戸塚」
「最近の由比ヶ浜さんさ」
「おう」
「距離…………遠くない?」
「…………おう」
変わったことといえばひとつ。
結衣が、遠い。
嫌われているわけじゃなく、呼べば来るし話しかければ返事もする。
でも、遠い。
“こうなってしまった原因は恋愛成就にある”、というのは雪ノ下の推測。
今までは俺が逃げていたから追いかけるだけで良かったのが、気づけばデレデレな俺に迫られ、追うことしか考えていなかった結衣にしてみれば、不意打ちもいいところ。
お蔭で真っ赤っかだし突然のデレに心が対処できずに硬直したり、というわけだ。
ああ、あとヒッキー呼びをやめたっぽい。
八幡、と呼ぼうと努力して、呼んでしまえば真っ赤になって固まってしまい、停止してしまう。
「結衣? 結衣ー?」
「~~……《もじもじ》」
「ゆーいー?」
「~~……《かぁああもじもじ……》」
呼ばれて尻尾は振りまくるのに、もじもじうろうろして、なかなか寄ってこない犬って……居るよな。
なんかそんなビジョンが見えた。
「自分から行くんじゃなかったのかー? おーいー? ……やだ可愛い、戸塚、結衣が可愛い」
「あはは……八幡、ほんと変わったね。あ、でも……そっか、自分から……か。ねぇ八幡? もしかしたらさ、由比ヶ浜さんは行く必要が無くなっちゃったから、どうしたらいいかわからないんじゃないかな」
「行く必要って……あー……」
まじか。じゃあこれからは俺から行くべきなのか? ……べきだな。
椅子から立ち上がって近づこうとすると、顔をボムと赤らめ、すぐに距離を取ろうとする。
すぐに距離を詰めて抱き締めると、ひゃう、と鳴いてからは大人しい。
今度は逃げるどころか、ぎゅーっと抱き締めてきた。
距離が無くなれば、素直に甘えてきてくれるんだが。
(………甘える、か)
あの修学旅行の一件から、傍から見ても……海老名さんは一歩を踏み出した、ように見える。
悩むようには見えないだとか、悩んでも誰かに打ち明けるようには見えないだとか、そんな先入観はあの修学旅行の一件で吹き飛び、誰かが思うよりもよっぽど、本当は誰かに頼りたいんだろうなってのは感じた。
そういう部分は主に三浦が、オカン力を発揮して受け止めているわけだが……結局はそういうことなのだろう。空気は読まない。合わせるだけの器用さがあっただけで、ひどく危なげだったバランスが、あの一件で一気に崩れた。
弱さは笑顔で隠し、無くすくらいなら自分から離れるタイプだとは思っていたが、そこに戸部って楔が刺さった。
裏も表もなく、いい意味で馬鹿である戸部は、純粋に人の心に入っていける珍しいタイプだろう。
チャラい野郎なんて内心ではなに考えているかわからないもんだが、そういう意味では戸部は本当に、いい意味で馬鹿だった。
“今のグループ”を更新したことで崩れたものはいろいろあれど、まあその……なに? よかったんじゃねぇの? いい方向に崩れたと思うよ? いやマジで。
嫌味無しで、葉山とかいい顔で笑うようになったし、なにより“みんなの葉山”をやめた。戸部や大岡、大和と深く付き合うようになり、急に仲良くなったことで彼女の腐りが加速したのもまた事実だが……おう、いいと思うぞ?
本人も気づいてないのかもしれないが、笑みが自然になってきてる。
雪ノ下さんの強化外骨格も疑える俺の目から見ても、笑みにこう……なんつーのか……あー……温かさ? が、乗っかってきたと思う。
今ならどこで写真撮っても表情が同じ~とかもないんじゃねぇの?
いや、今までの顔とか知らんけど、なんとなく。
「八幡はさ、教室でも堂々とするようになったよね。前まではずーっとイヤホンつけて眠ってたのに」
「あー……なんて言えばいいんだかな……。こう、ほら……あれだ。自分の気持ちを…………あぁ、おう。自分の気持ちを押し込めてまでよ、カーストなんてものに従ってる意味がわからなくなった」
最初から底辺だトップだ言っていたのは俺だけだ。
そりゃ、そういう上下を感じていたのが俺だけとは言わない。
体育祭の準備中に、三浦の名前を出された所為で踏み込めなかった男子なんて、その典型だろう。
が、結局はそれだけの理由だ。
嫌われるのには慣れているなら、嫉妬くらいリア充税として甘んじて受ければいい。
敵を作ってブツブツ言われるようになることと、結衣が隣に居られることを天秤にかけるなら、迷わず後者を選ぶ。だって嫌われ者って部分は、文化祭でやらかしたことを考えれば今さら変わらんし。
それを結衣にどれだけ言おうが、現状の距離が多少遠くても、離れるということはしないだろうから。
以前なら結衣まで嫌われるから、とかぶつくさ自分理論を振りかざしたんだろうが、周囲がどんだけ何を言おうが、自分の好きを信じている人も居るって……夢の中で納得しちまったからなぁ。
「戸塚はやめといたほうがいいって思うか?」
「ううん。前から思ってたけど、八幡はもっと自分に素直に行動したほうがいいと思うよ? 僕も、そっちの方が嬉しい、かな」
「……そか」
訊いておいて、とっくに心は決まっていた。
周囲が認めないなら認めるまでバカップル状態だろうがなんだろうが、見せつけてやればいい。言っとくがお前らあれよ? ぼっちが本気で人を好きになると、凄いものですよ?
「……戸塚は」
「え? なに? 八幡」
「戸塚は……やられたらやり返すって言葉、好きか?」
「うん。嬉しいことだったらね」
無邪気な笑顔で頷かれた。
まあ、そうな。そういうもんだと思う。
「うし、じゃあ俺も結衣に仕返しするな?《ぎゅう……っ》……いや、そんな、泣きそうな顔で見上げてくるほど心配が必要なことはしねぇよ」
「じゃあ……?」
ちょっとな、と耳に口をよせて、ぽしょり。
“自分から行く”ってのを、好きなだけ仕返しさせてもらう、と。
「都合ついたらいつでも言ってくれな。パセラはまず絶対行くとして、あ、見たい映画とかあるか? 行きたい場所があったら───」
と。いっそ小町に対する過保護モードそのものといった接し方をしてみれば、結衣は顔を真っ赤にした。
やがて静かにゆっくりと、俺の胸にぽふんと顔を預けてくると……ふにゃあ、とそのまま脱力してしまう。
……苦労ってのは報われるべきだ。
そう思うから、俺は「ありがとな」と言葉で届けて、やさしく彼女を抱き締めた。
え? クラスからの視線? もう吹っ切れたよ。ヤケとは違うが、本気を出したぼっちってのは実際スゴイ。なにせ今までがぼっちだったから、相手側もどう接していいのかわからんのだ。孤独はお好き? 結構。ではますます身を護れますよ。余裕のぼっちだ。経験が違いますよ。
もちろん理由はぼっちってだけじゃないんだが。ほら、あれだ。幼馴染だった夢のお蔭で、近くに居ることの方が当然、みたく感じてるところがある。
あの夢の続きは恐らくもう見れないが、どうか幸せになってほしい。
どうしてあんな夢を見たのかも、予知夢みたいなものを見たのかも全部が全部謎のままだが、夢っていうのはそういうものだろう。
ほら。俺、べつに専門医じゃないし?
猫が夢を見せてくれましたー、とか言ったって誰も信じねぇって。だから、あれは謎のまま、でいいのだ。
ただまあ。
これでも幼馴染をしたわけですから? こいつの好みとか全部把握していたりします。
(これからどうなるかか)
修学旅行のあとのことなんてわからん。いや、厳密に言えば水族園までのことは知ってる。というより見せられた。が、もう今立っている場所は、あの夢の世界とは違うのだ。これから起こることなんて、さっぱりだ。
それが普通なんだから当然だが、こいつを泣かせてしまうことは避けられたのだから、ひとまずはそれでいい。
……しかし、あれ。ほんとあれ。俺も緩くなりましたわねぇ奥さん。誰だよ奥さん。
夢の中で17年分近く経験を重ねたとはいえ、性格とか一夜にして変貌しすぎたんじゃないかしら。旅行前に小町に相談した時、“突然なに言い出してるんだろうこの兄は”って顔で心配されたし。
いや、うん。わかるよ? 急に身近な人が変わるのは不安なことだ。おうわかってる。でも地味に傷ついた。いいんだけど。ほんといいんだけど。
「ひっきー……?」
赤い顔の結衣が、ためらいがちに見上げてくると、顔が一気に緩む。
慌てて引き締めるが、見つめている結衣からしてみればバレバレだろう。
やっ……やめろー! これ以上ぼっちの仮面を壊さないでくれー、とか手遅れな抵抗をしてみるも、結衣はあははっと笑って、また頭を胸に預けてくる。
喉からヘンな声が出た。ぼっちだった俺が、ま~だ“いやいやありえないから”とか抵抗しているが、「……大好き」とぽしょられただけで昇天した。ナムサン。
しかしこの八幡とて結衣の弱点や喜ぶことを知り尽くした猛者よ。
なのでどう接されるのが弱いのかを反復して記憶するつもりで、抱き締めたままに頭を撫でたり頬に触れたり、今までならば絶対にやらなかったことをしてみた。
「───……きゅう」
「おわーーーっ!?」
……彼女は気絶した。
───……。
……。
それからの話をしよう。
やっぱりというべきか、二度とあの夢の続きを見ることはなかった。
どうしてか幸せだったあの夢を崩してしまったことに、奇妙な罪悪感を覚えたりもしたが……いやほら、俺が目覚めなきゃずっと幸せだったわけだろ? それはもう吹っ切れたからいいんだけど。まあその、すまん、とだけは言いたい。
経緯はどうあれ、現実の俺と結衣は出来る限りを一緒に過ごし、デートもしたし勉強もした。
夢の内容がそのまま頭の中に記憶されていて、体力はやっぱりつけないとだが、勉強には相当自信があった。夢、すげぇ。
そんな、円満な恋人らしい日常に心がヒャッホイしていた俺だが、もちろんヒャッホイだけしているわけにもいかなかった。修学旅行明けから、早速依頼が来ていたりしたのだ。
あれな。ほら、一言で言うなら女って怖いよ。みたいな案件。
一色いろはという後輩が来襲した。
勝手に生徒会長に推薦されて迷惑しているが、どうせなら相手が悪かったね、仕方ないね、って感じで終わりたいらしい。
「………はぁ」
雪ノ下がものすごーく面倒臭そうな顔をしていたのは印象的だった。
まあ、修学旅行が明けてから、ほぼいきなりだ。つーか平塚先生、こういうのも奉仕部がやるべきことなの? 八幡わかんない。
ともあれ依頼となれば受け……るしかなかった。連れてきた平塚先生自身が俺達に任せる気満々だったからどうしようもない。
「ようするに最強の対抗馬が居れば済むわけだが……」
「それなら俺がそこに納まるよ」
「へ?」
どうしたものかと頭を悩ませていると、開けっ放しにされた奉仕部の引き戸をノックするイケメン。
葉山隼人がそこに居て、「ははは葉山先輩!?」なんて、一色がたいへんおどろきました。
「葉山くん? これは奉仕部へ出された案件で───」
「いや、ごめん。その奉仕部に、また依頼をするつもりで来たんだ。……俺を生徒会長にするのを、手伝ってほしい」
「えっ……は、葉山先輩が生徒会長……あ、じゃあわたし、副会長します!」
『オイ』
変わり身の早かった一色に、俺と平塚先生のツッコミが入った。
起こった話はそんなところから。
どうやら葉山は本気らしく、サッカーもやめてきたとか。戸部もやめて、グループ全員で青春しようぜっ☆みたいな感じで決意したらしい。
「随分と思い切ったことをしたな。顧問には止められたんじゃないか?」
「はは、ええ、それはもう。でも……決めたことです。今まで受け身だった分、もっと無茶なことに踏み出してみたくなったんです。今までの自分を見つめ直すきっかけがあって、振り返ってみたら……なにもないことに気づいて。そしたら、戸部が“そんじゃあ今から思いっきり青春しちゃえばいいじゃないのさぁ!”って言ってくれたんです。……そうしたら、体に電流が走ったみたいな……はは、なんかじっとしていられなくなって」
「……そうかね。大事な青春だ、止める理由もたった今なくなった。謳歌したまえ、葉山少年」
「はいっ!」
青春ってスゲーのな。
目の前で眩しいものをイケメンに見せつけられた気分だ。ユウジョウ!!
「というわけで……一色さん。悩む必要もなく、最強の対抗馬が出来たわけだけれど」
「はいっ」
「あ、やー……うん。いろはちゃん? この流れだとさ、副会長……優美子が取りにくると思うよ?」
「え゙っ……」
「んで、そうなれば戸部も海老名さんもなにかの役に収まるだろうし、大岡も大和も来るだろうな。……あー、その。よ、よかったな? 相手にもならずに終われると……思うぞ?」
「………」
その後。
対抗馬らしい対抗馬もなく、葉山グループは生徒会役員に治まった。
一色を生徒会長に推薦した女子は、嫌味を言うでもなく、むしろ同情するかのように「あ、相手が葉山先輩と三浦先輩じゃしょうがないって……その……うん……なんかごめん」って謝ることさえしたらしく、一色が下りることを決意しても、むしろ温かく迎えてくれたらしい。
で、現在。
「だいたいですねー! そもそもあれ、わたし悪くないじゃないですかー! そりゃあ波風立たないように収められたらなー、とは思ってましたよ!? でも虚しいっていうか、あれってあんまりじゃないですかー!」
なんでか、一色は奉仕部に入り浸っていた。
いやほんと、なんでだよ。
不安は取り除かれたんだから、新しく出来た友人とやらと遊んでなさいよ。
「葉山先輩、本当にサッカー部やめちゃうし……わたしもやめようとしたらやっぱり葉山目当てだったのかーなんて陰口言われるし……もう最悪ですよ……。私がなにしたっていうんですかー……」
それな、ほんとそれ。
なにもしてないのに迷惑ばかりがやってくること、あるよな。
ぼっちだとよくわかるわ。
自分をよく思ってない級友に推薦されて、迷惑しながらも波風立たずになんとか……とか思ってたら最強の対抗馬。
気になる相手だから副会長にでもなれば……と思ったら女王降臨。
他の役員枠は他のメンバーで埋まって、いまさらそこに適当な役で入ってもひとりだけ一年で肩身が狭い思いをするだけ。ていうか女王怖い。
で、辞退すれば、勝手に推薦した女子に憐れまれる始末って。
俺だったら泣くわ。やだ、いろはす強い子。
しかしさすがに不憫に思ったのか、雪ノ下もわりとやさしく接している。
「はぁあ……紅茶おいしいです雪ノ下先輩……」
「そう」
紅茶ごちそうするくらいだが。
いやお前、これやさしい方よ? お菓子付きなんて特にだよ。
しかしここに、他の女子に雪ノ下と親しくされるとちょっぴり不機嫌、由比ヶ浜さんがおる。
一色が楽しげに雪ノ下に話しかけると、うー、と唸る。
相模の件で聞いたけど、お前どんだけ雪ノ下のこと好きなの。八幡ちょっと妬いちゃいそう。
気を紛らわせるつもりで頭を撫でたり、服を抓んでる手をほどいて引き寄せ、腕を組んでみたりして。
しばらくそうして、傍から見るといちゃついているようにしか見えないやりとりをしていると、
「えへー……♪」
上機嫌で腕に抱き着くガハマさん、完成。
一色が「部室でいちゃつかないでくださいよー……」とどん引きし、雪ノ下は溜め息を吐く。そうすると二人の会話も中断されるわけで、結衣ごきげん。
不思議なもので、この奇妙な嫉妬は俺と雪ノ下が誰かと会話していると現れるらしく、たとえば三浦が誰かと親しくしていようと沸いてこないっぽい。
そう思うと、なんだかきちんと俺自身を思ってくれてるんだなー、とかぼっち特有の喜びが湧いてきて、嬉しいっちゃ嬉しいんだが、それも押し込める。
勘違いだ、などといまさら言うつもりはないが、ぼっち特有って考え方はいい加減封印していこうと思うのだ。
夢の中の幼馴染な俺たちほどはっちゃけろ、と言わないし言えるわけもないが、あんな関係には正直憧れた。
だから……まあ。
今はこうして、真っ赤になる相手の傍まで歩いて、何度だって手を差し出そう。
夢の中だろうと、ぼっちだった俺を救ってくれたのはこいつで。
この現実でも、こいつが来てくれてから変わったことがたくさんあった。
その感謝の分と、俺がとっくにこいつのことが好きだからって理由の分だけ、呆れるくらいに俺から行こう。
実の妹さえ、時々気持ち悪いと言えるほどの過保護と構いテクで、これからも。
案外早くに“そんな構ってくれなくていーから! ヒッキーキモい!”とか言い出すかもなーなんて、小さく笑いながら───
「な、結衣。ちょっと手、出してくれ」
「? いーけど……なに?」
「…………」
出された手に、手を重ねた。
ただそれだけ。……それだけが、酷く悲しい。
ふぁいとー! おー!
もうきっと、二人には届かない合言葉を口の中で唱えて、目を閉じた。
泣きそうになった。ほんと、情けない。
それでも、首を傾げる結衣を促して、俺達の日常は続いていく。
夢の中で夢を見る、なんて奇妙な体験はもう、きっと起こらない。
けれど、もしもう一度見ることがあったなら……せめてそれは、幸福な未来であってほしい。
俺達じゃあ、もう築けない関係の先を、幸せって結果で埋めてほしい。
結衣を泣かせた俺の未来も、きっとこいつが頑張ってなんとかしちまうんだろうから、諦めずに信じてみやがれ。
……代わりに、こっちの未来は任せとけ。
「結衣」
「う、うん? なに? ヒッキー」
「絶対、幸せになろうな」
「……………」
「………」
「……ホエッ!? えっ!? それって───《ボッ!》……ひゃああああ……!!」
物語は続く。
青春ってものを過ぎてもまだ、青春のあとには後日談が付き物だ。
それはとっても長いお話でもあり……必ずしも幸せってわけじゃあないのだろう。
「なぁ、結衣。俺の家から結構離れた場所にな、雑貨屋があるんだ」
「ふえっ、はひゃ……!? ざ、雑貨屋……? あ、えと、……うん、たぶんそこ、知ってるかも……」
「そこに、ちょっと買い物にでも行くか。都合のいい日、あるか?」
「きょっ……今日! 今日行こう! だいじょぶ! めっちゃ空いてる!」
「……近ければ積極的で、離れれば恥ずかしいってなんなんだよ可愛いなちくしょう」
「うん、う、うん、だいじょぶ、だいじょぶー……はー、ふー……うん。そ、そんでさ? なに買うの? そこじゃなきゃだめな理由とか、あるの?」
「おー。ちょっと、欲しかった砂時計があるかもしれんから」
「砂時計!? なんで!?」
でも……まあ、そだな。
ちゃんとそうなりたい想いがあって、そうなりたくない可能性を知っていて、幸せな関係を知っているんなら。
……頑張れるだろ、いくらでも。
ああ、幸せになろう。絶対に。
理想から離れた現実に泣こうが泣かされようが、いつか絶対に、大事な人と一緒に。
───あの時こうだったら。
きっと誰もが、いつだって思うことだ。
そうであったなら、自分はきっとこうだったと。
あの時こう出来ていたなら、自分は絶対にこんな自分じゃなかったと。
けれどそれが叶うことは絶対になくて、仕方ないから今の自分を受け入れる。
でも、そんな中で……気づく時があって、気づく人が居る。
“こんな自分”の中にも嫌いになれない部分もあって、もし生まれ変わるんだとしても、マシだと思える部分は残しておきたいと思うのだ。
自分の全てが嫌い、という人は見たことがない。
口では好きなだけ自分を嫌えても、じゃあ死んでと言われて自分を殺せる人は滅多に居ない。
なりたい自分になれるなら、そもそもこんな自分になっていない。
それでも、そんな自分が好きだという考えが、少なくとも俺にはあったのだ。
なりたい自分があるのなら、本気でそんな自分になりたいなら、恥も外聞も全部捨てて、ひたすらそんな自分を目指せばいい。
そうして目指すことが出来ないのなら、そんなもんは自分の努力不足なだけなのだから。
ああ、そうだな。……いつか、たとえば、って思った。
夢を見たんだ。夢の中で、夢を見た。
誰がどんな後悔を背負って、どんな“あの時こうだったら”を願った結果なのかはわからない。
何処の誰がそれを受け止め、誰の夢を叶えた結果があの夢だったのかも知らない。
でも。俺達は笑っていて、幼馴染たちも笑っていて、夢の世界でも夢の夢の中ででも、あの日───あいつだけが、竹林で泣いていた。
きっかけがあって、思ってしまうことがあって、もしそれを叶えてくれるなにかが居たなら。
別の俺がやっちまった夢の世界のように、まだ修学旅行前の俺が居る平行世界にも似たような夢を見せる猫が居るなんて……そんなこともあるのかね。
遠い遠いいつかの日。
寝て起きて、また眠り。今日も夢を見て、目覚めれば夢のために努力する。
目が覚めて、目の前に人の顔をつんつんつつく好きな人の顔があって、勝手に顔が緩んだ遠い未来。
ただ……ふと。
もう覚えてもいない夢の内容の中で、小さく……喉を嗄らしたような、猫の鳴き声を聞いた気がした。
娘が笑う。
夢の中に、目が腐った猫が居たと。
どんな夢見せてんのか知らんけど、ほどほどにな、なんて呟いて……今日もまた、夢のために歩き出す。
仕事が終わった夜。
大きなベッドで妻と娘と寝転がる中、娘が夢のことを自慢するように語った。
それは、四人の幼馴染が眩しい青春を過ごし、幸せになったあたたかな夢だったそうだ。
じゃかじゃんっ! クロマティ……!
はい、そんなわけで最終回です。
皆さまお疲れさまでしたー!
花騎士やりながら俺ガイル原作を読んで、ホフゥと溜め息を吐いている麺類です。
いやこの花騎士、マウスオート連打ツールがあると楽で楽で。あ、どうでもいいですね。
えー……次回予告やキャプションで燥ぎすぎた所為で、特に言うことが残ってません。
えーとそのー……どこにでもあるような普通なお話でしたよね? んああ仰らないで。
長引かせてだるんだるんになるのもアレなので、さっくり終わらせます。
あれですね、うだうだ言うのはもーやめだ! ってアレです。
この小説は、楽しい時は大事だと思う奇妙、凍傷と。
ごらんのスポンサーの提供で……他に提供者なんて居るわけがないので、よくあるアンドユーとか書きたい気分です。
ネタを拾ってくれた皆さま、感想をくださった皆様、ありがとうございましたー!
-おまけ-
とある少女が見た夢の続き(夢と現実の僕らの距離のネタ)
「おーい雪乃ちゃーん、結衣にはーちゃーん」
「あら姉さん、なにかしら。今ロミオの青い空がとても良いところなのだけれど」
「うんうんそーでしょー! 静ちゃんに借りた甲斐があったねー! じゃなくて。ちょっと高校でめんどい課題が出てきちゃってさ」
「めんどい課題……? 陽乃さん、それってなんですか?」
「もー、結衣ってばいい加減、私のことお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのに」
「マ、ママは渡しませんからね!?」
「じゃあはーちゃん取った!」
「もっとダメ!!」
「あの、陽乃さん? 課題ってどんなんですか? 俺達に用があるって……」
「そうそうそれなんだけどさ、聞いてよはーちゃん。静ちゃん……ああ、担任が平塚静って女の先生なんだけどね? その人がさー、家族に好きな物を訊いてきて、家庭科で作るなんていうめんどいのを出してきたわけなのよ」
「そうね。私はストームブリンガーが」
「はいストップ雪乃ちゃん、好きって、そういう方向のじゃないから」
「魔法なら融合魔法が好きね。光と闇が合わさって最強に見えるものとか」
「雪乃、それ魔法っていうかブロントさんとグラットンソードだから」
「えっと、陽乃さん? つまりゆきのんに好きな料理を聞いて、それを作るってことですか?」
「違う違う、言ったでしょ? 家族の好きなものって。べつに一人って言われてないし、私にとっては雪乃ちゃんも結衣もはーちゃんも家族だから。まあ? 一番好きなのはママだけどね~♪」
「だからママはあげませんてば!」
「まーまー、それよりさ、ほら。好きな物好きな物。はい雪乃ちゃん」
「FF5ではとある場所の骨からゾンビメイルが───」
「だから好物の話だって言ってんでしょーが! いつからそんなコになっちゃったのもー! ……あー、じゃあ結衣から。はい」
「ふえっ!? え、えと…………はーくんが作ったカレー……かな」
「どうやって作れっての! はーちゃんが作らなきゃ意味ないじゃない! ~~……次、はーちゃん」
「なんかヤケになってません?」
「誰の所為よ!」
「少なくとも俺の所為じゃないですよ!」
「言っとくけど、結衣が作った料理とか言ったらグーで殴るから」
「俺にだけ厳しすぎません? まあいいですけど……そうですね、チャーハンとか普通に好きです」
「おっ、普通の答え。しかもチャーハンなんて、男の子だね~♪」
「性別関係ないでしょが。で? 雪乃ー? お前の好きな物は?」
「ここで一発お姉ちゃんが好き~、とかボケてくれたらお姉ちゃん的にポイント高いんだけどなぁ」
「どこのシスコンですか」
「んー? 違う違う、私のはファミリーに向けての愛情だから、ファミコンファミコン」
「ゲーム機しか思い出しませんね……俺もシスコンではありますが」
「じゃあほら、雪乃ちゃん? 雪乃ちゃんはなにコンかなー?」
「……ネクロノミコンとか、どうかしら───!?《クワッ》」
「………」
「………」
「とりあえずお菓子で本みたいなのでも作るよ」
「……そっすね。それがいいと思います」
「え? あ、あの、姉さん? はーくん? 今のは○○コンとネクロノミコンをかけた高度な……あの、えっと……ゆ、ゆーちゃん!? ゆーちゃんならわかって───え? 居ない……?」
「結衣ならさっき、そこのベランダから自分の部屋に走ってったぞ」
「んふふ、“ママー! 炒飯の作り方教えてー!”だって。かわいいわよねー♪」
「………」
「………」
「………」
「と、ところで今のは」
『言わなくていいから』
───……。
……。
「……ってことがあったなぁ」
「あったねー。てゆーか、あたしがママのところに行ったあと、そんなことがあったんだ」
「そうそう、あの頃の雪乃ちゃんってばほんと……ぷふっ! くふふふふ……!」
「あのー……お兄ちゃん? 結衣さんに陽乃さん? ……雪乃さん、悶絶してますんでそのへんで……」
「嫌ぁあああ……!! 忘れてちょうだい、忘れさせてぇええ……!!」
「まあ雪乃ちゃんは断続的につつくとして。今ならどう? 好きなものとか」
「あー……そうですね。あれです。夜が明ける空の色?」
「あ。じゃああたし、懐かしいフランス映画!」
「~……それなら私は、濃いめのミルクティーが……」
「じゃあ小町は喫茶店のナポリタン!」
「……これ、私はクッキーの罐のぷちぷちって言わなきゃだめ? ていうか静ちゃん怒りそう」
「わかった時点であれですって。俺達はまあ、親父やお袋、パパさんママさんが持ってるCDとかも聴くから、たまたまでしたけど」
「うん、それ言うなら私もだし」
「ちなみに雪乃は前にヘビメタに手を出して大後悔しました」
「はーくん!?《がーーーん!!》ななななぜそれを姉さんに言うの!?」
「いや、だって俺のCDラックに毎度押し付けられてたら、仕返しもしたくなるだろ。何度返しても置いていくし」
「あーうん、あの頃のゆきのん、周囲から外れたものを聞けば覚醒出来るって言ってたよね」
「あー、ありましたねー。そういえば雪乃さん、覚醒って……できたんでしたっけ?」
「《ぐさっ》……っ……い、いえ、かくっ……覚醒、というのは……ね? 小町さん……!《カタカタカタカタ……!》」
「小町ちゃん? かくせーってのは難しいらしくて、それを乗り越えた者じゃなくちゃラーニング……だっけ? を使えないんだよ?」
「《ゾブシャア!!》ウヴォァ!! …………《ぽてり》」
「ばっ……結衣……! 雪乃の前でラーニングはっ……!」
「え? あっ!」
「ゆ、雪乃? 雪乃ー? ベッドは一人で占領するなって言ってるだろー? ゆ…………おい、どーすんのアレ。布団にくるまってしくしく泣き始めたぞ……?」
「ゆ、ゆきのんごめんね!? だいじょぶ! かくせーできるよきっと! あたしも手伝うから! ほらっ、前に作ってたえーとぐりもあ? あれがあればなんとかなるよ!」
「《ザゾゾスザスゾスゾブシャシャシャア!!》…………───」
「……あれ? ゆきのん? あれ? ……はーくん、ゆきのん動かなくなっちゃった……」
「トドメ刺してやるなよ……」
「じゃあ雪乃ちゃんも動かなくなっちゃったことだし、晩御飯はラザニアでいい?」
「通しでいくなら彼女のラザニアですね。結衣、頼んでいいか?」
「え? ラザニア? ……あ、そっか。うん、わかった」
「たまには親が持ってる音楽を聴くのもいいもんですよねー。お父さんも喜ぶし。あ、これ小町的にポイント高い」
「三人の卒業の時に、静ちゃんでも呼んで“一番偉い人へ”でも歌ってあげれば? きっと喜ぶよ?」
「逆に殴られませんかね」
「うん、実は殴られた」
「ダメじゃないっすか!」
ちゃんちゃん。