どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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大切が消えたいつか。大切に出会えたいつか。

 /お題:こもれびさんと“結衣が居なかったらそもそもラブコメってタイトルが成り立たないよね、ラブコメしてるの結衣だけだもの”と話し合った末に二人していろいろ書いてみたこもれびさんの【彼女のいない世界で……】の別次元なお話。ラブコメなのに、ラブで踏み込む人……あんまり居ないと思うんだ。

 

 

 

 他人を大事にする。

 やろうと思っても簡単に出来るものじゃないよね。

 出来るとしたら、相手は誰かな。

 それを考えてみると、頭に浮かぶのは彼の姿ばっかりだった。

 ばっかりっていうか、彼だけっていうか。

 自分の中の何かが、自分がそうしたいって思ったわけでもないのに爆発する瞬間を、あたしは知ってる。

 我慢できないくらいに怒ったりだとか、我慢できないくらいに悲しくて泣いちゃう時だってそうだ。

 でもそれ以上に、あたしはまず、この“人に惹かれる”っていうものこそが爆発して、きっとそれに夢中だった。

 

  たとえば入学式の日に、大切な家族を命懸けで助けてくれるとか。

 

 人は時間をかけて誰かを好きになるんだろうなーって思ってた。うん、思ってた。

 だって出会ったばっかの人をいきなり好きになるとか、無理だ。

 相手のことも知らないのに、好きです付き合ってくださいとか、ほんと無理。

 中学で何回か言われたことのある言葉には、結構うんざりしてるんだ。

 だって、ろくに話してないのに呼び出されて、俺と付き合え~って。

 

  ……そうじゃないよ。

 

 人を好きになるって、もっと大事なものだよ。

 見た目がいいからーとか、みんながやってダメで、残ってるの俺くらいだろ、とかそんな遊び半分でやっていいことじゃない。

 少なくともあたしは、人を好きになるって……もっと綺麗なものだって思ってた。

 少女漫画を読んだからとか、ドラマでやってたからとか、そんな理由だけじゃない。

 あたし自身の憧れだってもちろんあったんだと思う。綺麗なものであってほしい、って。

 友達同士だったのに、同じ男の子を好きになった所為で喧嘩別れしちゃうとか、そんなものは作り物の仲だけであってほしい。

 

  あたしはどうだろう。

 

 目の前で、見知らぬ人がサブレを庇ってくれた。

 すごい音が鳴って、男の子が倒れて、男の人が車から降りて、電話をかけて。

 サブレがきゅうきゅう鳴きながら男の子のほっぺたを舐めて、それで、それで、あたしは…………───あたしは。

 

  ただ、呆然としていた。

 

 なにも出来ない無力感だとかそんなのを噛みしめてたわけじゃないんだ。

 思い返しても薄情だなって思う。そもそもまだ、この頃のヒッキーに対して、あたしはなんの情も抱けてなかったんだ、はくじょー……薄情、だよね? って言われたって、仕方ない。

 でも、少しずつ状況が解ってくると、ありがとうとごめんなさいばっかりが沸き出したんだ。

 着てる制服が同じ学校のものだったとか、じゃあこの人はそんな大事な日にとか。

 思うことはきっといっぱいあった。

 後悔ばっかりが頭の中にこびりつくみたいに。

 でも。

 でもだ。

 

  お見舞いにも行く勇気が出なくて、時間だけが過ぎた。

 

 考えるのは彼のことばっかり。

 ありがとうもごめんなさいも言えなくて、お見舞いにもいけない。

 足元でサブレがひゃんひゃんって鳴くたびに、頭の中で彼にありがとうって言った。

 何度も、何度も。

 それは彼が入院中も、退院したあともずっと続いて、きっとあたしの中じゃあヒッキーはすっごい美化されてて。

 あたしはそんな彼に、恋をした。

 思えば馬鹿だなぁって思うんだけどね。ほら、性格アレだしすっごい捻くれてるし、ヒッキーだし。

 なのに……彼を知れば知るほど、幻滅するところもあったのに、好きの方が大きかったんだ。

 だってしょうがない。

 結局はやさしいし、言ってくれる言葉に遠慮はないけど、だからって人を傷つけたいわけじゃない。空気を読んで当たり障りのないことを、なんて手段もとらないし、彼自身は否定するけど、“誰かのため”に動ける人だ。……その手段が問題なんだけど。

 職場見学の時とか誕生日の時は、もうほんっと、すっごくアレだったっけ。

 なんでああいう言い方しか出来ないかなぁ。ほんとヒッキーってアレだ。

 もっと簡単に考えればいいのに。

 

  ……うん。

 

 簡単に。

 そう出来たら、とっても楽だったんだろうなって。

 職場見学の時も、あたしが気を使ってた~なんて思われず、もっと近づけてたんじゃないかなって。

 もっと早くに打ち明けて……ううん、すぐにお見舞いに行けてたら、あたしたちの関係ってどうだったのかな。

 たまに、そんなことを思うんだ。

 一年間、話しかけることが出来なくて。それでも気にはしてたから、他の男子とは違ってあたしの中にぴょんって入ってきた、特別な人。

 怒られるか注意されるのは当たり前なのに、それを届けるのが怖くて、踏み出せなくて。

 そういうことがきっかけで、せっかく新しい場所に来てこれから始められたのに、中学の時みたくいろんな人から突き放されたらどうしよう、って。

 

  話題についていくのは難しい。

 

 みんないっつもころころ話を変えて、それに追いつこうとするのに、知らないことばっかが話題になる。

 したくないって思ってるのに、わかりもしない話題に「そうだよねー」って頷く自分が大嫌いだ。

 知らない人ばっかりなここでなら、きっと……って。

 だから言えない。

 言って、もし“あいつの所為で三週間も”とかいろんな人に知られちゃったらって。

 自業自得なのはわかってるんだ。

 あたしが悪いってわかってる。

 でも、したくてしたんじゃないことを、あたしだって誰かにわかってほしかった。

 目標を決めて、別のものに向ける時間の全部を勉強に向けて。

 それが認められて、やっと“自分”が前に進めた気がして。

 

  ……がんばったんだ、ほんとうに。

 

  ……うれしかったんだ、ほんとうに。

 

 “助けてくれてありがとう”だって、本当の気持ちなのに。

 ……どうしてあたしは踏み出せなかったんだろう。

 踏み出してたら、職場見学で泣くこともなかったのかなって、やっぱり考えちゃうんだ。

 時間をかけたから想いが胸に固まった。

 時間をかけたから、その付き合いが同情と罪悪感からくるものだって誤解された。

 

  そうじゃないよ

 

    そうじゃないのに

 

 彼はいつだって、状況は読んでも人の心を知ろうとしない。

 歩んでも歩み寄っても理屈だけで片付けられて、その度に突き放されて。

 ……振り返ると泣いてばっかだ、あたし。

 

  好きな人が傷つくのを見て平気な人なんて、居るわけないのにね。

 

   好きな人が自分の友達に告白するのを見て平気な人なんて、居るわけないのにね。

 

 なんでいろんなことがわかるのに、そんなことがわからないんだろう。

 わかってもらいたいから歩み寄るのに突き放されて。

 知る努力さえしてもらえなくて、傷つけられて、泣いて。

 それでも、言っちゃったから。

 自分から行くって、自分でこうするんだって決めたから。

 だから傷ついても傷つけられても行くんだ。

 怖いものが待ってたって、嫌われたって構わないって、そう心に誓って。

 

  守りたいものがあった

 

 好きな場所。好きな関係。

 それを守るためなら、誤解されたっていい、擦れ違ったってあとでいっぱい泣く覚悟をして、“そう言ってくれる”と信じた大好きな人を信じて、踏み込んだいつか。

 観覧車が回り終わる頃には、静かな時間と三人分の依頼だけが残されて。

 

  ずっとずうっと好きでした

 

 踏み込んじゃえば、まちがっちゃえば全部終わるんだって怯えてた。

 中学の頃に見てた景色は、きっとそんな危なっかしいもので。

 

  欲しいって思えるなにかをようやく見つけた

 

 新しい環境を目指した先で、事故がその喜びとかなんもかも、全部台無しにした気がして。

 

  最初はきっと罪悪感だけで

 

 それがきっかけで踏み込める関係があるってことを知って。

 

  元気に尻尾を振る姿に安堵を続けてたら ありがとうが浮かんできて

 

 上手くいかないことばっかで、泣いて、傷ついて、仲直りとかじゃなく、解消ばっかして。

 

  ありがとうを言いたくて ごめんなさいを言いたくて

 

 遠慮のない姿に憧れて、流されない自分を目指すようになって。

 

  言えなくて もっともっと想うようになって

 

 自分の周りも変わっていって、大事なものが増えていって。

 

  見つめるようになって 探すようになって でも言えなくて

 

 増えるたび、守りたいものも増えていって。

 

  やっと知り合って 最低な言葉を言われて 売り言葉に買い言葉

 

 大事なものが二つぼっちだったら、眺める世界はきっともっと単純だったと思うんだ。

 

  知るたびに 踏み込むたびに 小さな部室がとても大切な世界になっていった

 

 大切なものは、自分から歩み寄らないとすぐに離れちゃうものだって知った。

 

  自分から行かなきゃ中学の頃の二の舞だから

 

 壊さないように、崩れないように。

 

  知る努力がこんなにもわくわくすることだなんて初めて知って

 

 淹れてくれた紅茶が美味しくて、嬉しくて。

 

  踏み込めば踏み込むだけ彼もあたしを知ってくれて

 

 強引だったかもだけど親友になれたって思えて。

 

  少しずつ少しずつ

 

 ちょっとずつちょっとずつ。

 

  あたしは───

 

 あたしは───

 

  ……知る努力をしてきたからこそ。

 

 諦めなきゃいけないものもあるのかもしれないって、知っちゃったんだ。

 

 ……。

 きっと彼は。

 そう思った雪の降った日のこと。

 全部を見なかったことにして、ふわふわで安定しない関係を続けていくのはきっと楽だ。

 でも大事だからこそ踏み込まなきゃいけないって、二人にこそ教えてもらったから。

 “わからない”で終わらせたらダメなんだ。

 答え合わせをしなくちゃいけないんだ。

 なにを本物って呼べばいいのかなんて、あたしたちにもわからない。

 部室で、空中廊下で、ゆきのんがわからないって言ったみたいに、やっぱりあたしにだってわからない。

 ただ、この関係の中でわかっていることもちゃんとある。

 それは本物だとかそういうのとは違くて。

 でも、あたしにとっては大切なこと。

 ───恋だけが青春じゃない。

 ───楽しむことだけが思い出になるんじゃない。

 いつか大人になった時、“あんなのはもう出来やしない”って言えるようなくすぐったい思い出の全部が青春になるんだー、なんて、パパが言ってたのを思い出す。

 

  ……あたしは恋をした。

 

 罪悪感から始まって、ありがとうに繋がって。

 探して、見つめて、同じクラスになれて嬉しくて、でも言えなくて。

 ずっとずうっと温めて、想って、気づけば頭の中はその人のことばかりになっていて。

 一目惚れなんかじゃないんだと思う。

 知る努力から始めて、知るたびに一人で居ようとする人だって知った。

 どうやって声とかかけたらいいかわかんなくて、見つめてたら優美子に注意されたのだって覚えてる。

 

  あたしは恋をした。

 

 とても大事になった人。

 たぶん、いろんな約束とかあっても……誘われたらすっごく嬉しくて全部キャンセルして頷きたくなるくらい、好きな人。

 実際そんなことあったら、約束のほうとかをやっぱり優先するかもだけど。や、やー……約束とか守らないと、嫌われちゃうかもだしさ。ね?

 

  あたしは……恋を……

 

 ……。

 恋をしてさ。

 とってもとってもドキドキして、わくわくして。

 相手の言葉ひとつで馬鹿みたいに浮かれてさ、そんな世界を眩しい楽しいって思ってた分だけ───たとえば、その想いの全てが叶わないものだって知ったら、どうする?

 毎日がとっても楽しいんだ。

 いつものなんでもない道とかをさ、手を繋いで歩いてみたい。

 休みの日には渋るその人を連れ出して、デートとかしちゃってさ。

 恥ずかしいけど腕とか組んで、ふたりでくっだらないこと言って、笑うんだ。

 でもさ。

 いつか、そんな幸せが、夢だったって気づくんだ。

 隣にはその人が居なくて。

 その人は、いつからかいろんなものに怯えながら歩いてたあたしの親友の隣に居て。

 あたしはそんな二人のやりとりを、扉一枚って壁の外で、ただ聞いてるだけなんだ。

 頑張って、知ってもらおうとして、知る努力もして。

 なのに、気づくとなにも残ってない。

 夢の中のあたしは、どこでまちがっちゃったのかなって……誰も来ない奉仕部の部室で、紅茶を淹れる練習なんてしててさ。

 やってみるんだけど上手くいかなくて。

 上手くいったら帰ってきてくるかなぁなんて、いつまでも夢見てて。

 結局……美味しく淹れられないまま、茶葉が無くなっちゃって。

 

  ねぇ。それは、恋?

 

 そこには来なくなった二人に訊いてみたかった言葉。

 呟いたら、いつから居たのか陽乃さんが笑った。

 

  恋をしてたのはガハマちゃんだけだよ。ずっと、ずーーーっと。だってさ、他の人がしてたのはただの傷の舐め合いでしょ? 比企谷くんのも雪乃ちゃんのも、ガハマちゃんにとってはただただ残酷でしかないものだったかな。

 

 一目惚れなんてないんだと。

 好きになるのに時間をかけて、強く長く想うからこそその想いは温かかいんだと。

 

  欲しかったんだ。ぜんぶ、全部。本物も、親友も、恋人も……友達も。

 

 なのに世界はそんなことも許してくれない。

 いつからこんなに難しくなっちゃったのかな。

 ただ───たださ。

 あたしたちは、ただ……。

 

───……。

 

……。

 

「…………ぃっ! 結衣っ!」

「っ! …………、ぁ……」

 

 揺すられて、起こされた。

 目を開けると、目に映る全部は滲んでて。

 眠りながら泣いてたんだって……嫌でも気づいた。

 

(……ヤな夢見ちゃったな……)

 

 涙を拭うと、起こしてくれた人を見る。

 ママだ。それはそうだ、自分の部屋に知らない人が入り込んできたらキモい。てゆーか怖い。

 だからって知ってたら誰でもいいわけじゃなくて。

 ……うん。隼人くんでも大岡くんでも大和くんでもキモいし怖い。

 

(ヒッキーなら…………ぁぅ)

 

 想像してみて、そりゃ、最初は驚くんだけど…………追い出さず、居てもらいたい気持ちのほうが勝っちゃった。

 ママにありがとうを言いながら、深呼吸。

 心配させちゃった。ごめんなさい。

 

「………」

 

 もう一度、目を拭う。

 だいじょぶ、不安に思うことなんてない。

 あたしはちゃんと───決めたから。

 

「あ、ママ。今日あたし、ちょっと出掛けるね」

「遊びにいくの? あまり遅くならないように帰ってくるのよ?」

「だいじょぶだってば。あんまり遅くなるようなら、ゆきのんが送ってくれるって言ってたから」

 

 …………決めたのに。

 

「ゆき……のん? あらなに? また新しい友達が出来たの? 結衣も大人になったわねー♪」

「もー、なに言ってんのママ。ゆきのんだってば。ヒッキーも居るし」

「……? ごめんね結衣。ママ、そのゆきのんっていう子と……ひっきー? くん? っていう子も知らないわ。初めて聞いたわよー?」

「…………え?」

 

 ……何かが、ゆっくりと世界を変えていった。

 

「もしかして犬のお友達? 犬っていえば、大変だったわねー、入学式の朝。結衣がサブレ逃がしちゃって、捕まえるのに時間かかっちゃって。結局結衣ったらあんなに速く起きたのに遅刻しちゃってねー」

「………マ…………マ……? …………え……?」

 

 掠れるような声だけが出た。

 慌ててケータイを調べてみると、昨日ゆきのんとヒッキーに送った、大事な話があるからってメール。

 文章は残ってるのに、宛先だけが文字化けしてて、送ってもどこにも届いたりはしなかった。

 ……ママがあたしを心配する声が、ずっと遠くに聞こえて。

 あたしは、静かにその場で気を失った。

 

 

  やっとここからだって思ったのに。

 

  大事にしようって思ったのに。

 

  あたしが大好きだった眩しかった世界は、頑張って踏み込んだ分だけを削り取ったみたいに、無くなってしまっていた。

 

 

 

──────────────────────────────────

 

 

 

 ───過程は吹き飛んだ。

 

 こもれびさんのところのイケボーン様がいろいろやったために次元がああなって、けれどなんとかなった。

 

 そんな過程があった。あったの。とにかく。

 

 

 

──────────────────────────────────

 

 

 

-_-/ヒッキー

 

 奉仕部部室。

 放課後の、学校行事が今こそ終わるって時、目の前の女の体が光に包まれていった。

 

「あ……の……ゆ、雪乃さん、八幡くん、あの、あ、あり、がと……~~……ありがとうっ! 二人が居たから、あたし、あたし……!」

「いいのよ、結衣さん。あなたにとってのこれが夢だとしても、あちらで強く生きなさい。睡眠学習という言葉もあることだし。……下を向いている暇は、ないわよ」

「だな。向こうでもまあそのほら、あれだ。もっと踏み込んでいけ。んーで、誰かの手を引っ張れるお前になれ。じゃねぇと調子狂うわ。ああ、あくまで俺のためな、俺のため」

「……ふっ……ふふっ……あははははっ……」

「おう、その調子。お前は笑ってりゃいいさ。そのほうが“らしい”」

「うん。……ありがとう、八幡くん。この世界のあたしが、なんで八幡くんのこと好きになったのか……解った気がする」

「お世辞あんがとさん。俺よりいいヤツなんざ、お前が知らねぇだけで両手じゃ足らんほど居るだろ」

「……八幡くんは、馬鹿だなぁ」

「なっ……いやおい、お前にだけは言われたく───」

「じゃあねっ、お人よしさんっ! あたしさ、探してみようって思うんだ! 総武には居なかったけど! でもきっと他のところには居るかもだから! それで、それで───あたしも恋してみる! だから、だから……向こうで、またね!」

 

 ……胸の前でぱたぱたと手を振る。

 こっちの由比ヶ浜もよくやる仕草をして、笑顔のまま……空気を読むことばかりに必死だったからつけたあだ名の、エアガハマは消えた。

 

「…………行ってしまったわね」

「おう。……なんだったんだろうなぁ、今回の」

「解明されていない“未知”というものが、たまたま目の前で起こった。それだけの話でしょう? 深く考えたところで答えなどでないのだから、とりあえずは納得しておけばいいのよ」

「……だな。それよりも、こっちの由比ヶ浜が何処に」

 

 呟いた途端、エアガハマが消えた中空に散っていた光が、どうしてか天井付近に集ってゆく。

 そしてその光が渦を作るように回転すると───俺は、確かな予感とともに駆け、椅子を踏み台に長机に駆けのぼると、光から落下したなにかへ向けて、飛びついていた。

 

「えっ? わっ、───きゃああああああああっ!?」

 

 どういった状態で向こう?で消え、こっちに飛んだのかは知らんが、いきなり落下はそりゃ叫ぶ。

 だから俺は飛びついた体勢のままに由比ヶ浜をしっかりとお姫様抱っこの状態で抱き留めr

 

「やだぁあああああっ!! ひっきぃいいいいいいいっ!!」

 

 急な落下→高いところからの落下→死

 そんな連想でもしたんだろうか。

 落下する由比ヶ浜は何故か俺の名前を絶叫。その絶叫のさなかに俺が空中で抱き留めたことにも気づかず、耳がキーンとするほど絶叫。涙を散らしながら、やがて俺がどずんっと床に着地して…………全ては終わった。

 OH強烈。足、めっちゃ痺れてる。

 だがいい、ここに居る。居てくれている。

 足のシビレなんて忘れてしまうほどに、こいつに会いたかった。

 雪ノ下もふらふらとこちらへ近寄り、由比ヶ浜の顔を覗き込むと、言葉らしい言葉ではないなにかを口を震わせながら呟き、やがてその震える口を震える手で覆うと、涙をこぼし始めた。

 

「~~……由比ヶ浜っ……!」

「やだ……やだよぅ……目開けたらきっと、あたし死んじゃってて……! 戻れるっておもったのに……こんなのってないよ……!」

「おい。おーい? ガハマさーん? ガハマー?」

「ひっく……うっく……」

「………」

「うえぇええん……!」

「……結衣《ぽしょり》」

「《びくり》ふえっ!? ……え…………ひ、っき……?」

 

 おい。ちょっと? 名前でいいのかよ。それでほんといいのかよ。いや無視されるよかいいけどさ。

 

「ヒッキー……ヒッキー、ヒッキー……! ヒほやぁわわヒッキー!?」

 

 掌から零れ落ちてしまった大切なものを慈しむように、結衣は泣いて俺の名前を連呼……したんだが、途中でいろいろな事情に気づいたようで絶叫。

 直後に雪ノ下に抱き付かれ泣きつかれ、おろおろしたまま動きを封じられた。

 俺もまた我慢出来ず、お姫様抱っこの状態のまま抱き寄せるようにして、安心から勝手にこぼれる涙を拭うこともせず───にいたら、その涙を由比ヶ浜に舐められた。

 

「ゆ、い……がはま……?」

「……えへへ、やっと会えた。ぐすっ……~~………あたしの大好きな……っ……二人だぁあ……っ!」

「~……結衣!」

「ゆい、がはまさん……! 由比ヶ浜さん、由比ヶ浜さん……!」

「《ギュギィイイギギギ》いたぁああたたたたたちょ、ゆきのん、ヒッキー、締めすぎっ、くるし、い……を過ぎて痛い痛い痛いぃいいっ!!」

 

 ……と。

 こんな感じで、ある日に起こった不思議な出来事は幕を閉じた。

 どうしてこんなことが起こったのか、結局は解らないままだが……こんなことでさえわからないままじゃだめなんだっていうなら、まあ、そうな。雪ノ下の言う通りってことでいいんだろう。

 ……二度とごめんだけどな。

 だから、これもきっとその場の勢い。

 勢いだろうと、ちっとでも考えてなけりゃ言えないんだろうが。

 

「結衣……ずっと、俺の傍に居てほしい……! もう、居なくならないでくれ……!」

「由比ヶ浜さん……! ずっと……ずっと傍に……!」

「ヒッキー……ゆきのん………………うん。ずっと、ずっと一緒───あれ? ずっと…………ふえぇっ!? ひひひひっきー!?」

 

 世界には物語が腐るほどある。

 冒険だってただの序章だ、物語は序章が終わってようやく“これから”に入る。

 だから……な、おう。

 どう続くんだとしても、胸に刻んで忘れなけりゃいい。

 どんな未来だろうとお互いを離さず、大切に生きていこう。

 その結末を、どう振り返ろうがおとぎ話みたいな言葉で締めくくれるように。

 

 それからずっと、みんなしあわせにくらしましたとさ。

 めでたしめでたし。




◆補足的ななにか

 エアガハマさんがぼっち寄りで、趣味が絵本だったとかそんなお話。
 おしまいはいつも、めでたしめでたし。

 過程とか超キングクリムゾンです。
 考えるのも楽しそうですが、やっぱり突端と終端をしっかりしておけばそこまで曲がらないかなぁと。

 ◆エアガハマさん
 雪乃と八幡が総武に居ない世界のガハマさん。
 空気を読むくらいしか取り柄がない上、その空気読みも思ったより上手く出来ていない。
 少々子供っぽく、絵本や童話に憧れ、王子様とか居たらなって思ってた。
 元の世界に戻ってからは雪乃さんと八幡くんを探してみた。
 雪ノ下建設を辿れば雪乃発見、八幡は総武ではなく海浜に居た。
 それから勇気を出して、友達になって遊び、やがて恋になるまでがそっちの世界の青春ラブコメ。

 ◆由比ヶ浜さん
 元の世界の由比ヶ浜結衣。
 奉仕部の無い世界でエアガハマさんの位置に降り立ち、エアガハマワールドを宥めてゆく。
 元の世界に戻ったエアガハマさんは、なにより自分に話しかけてくる“友人?”の数に驚いたそうな。
 のちに全部を手に入れ、幸せに暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。

 ◆イケボーン←犯人
 フェルズさん。こもれびさんのところのダンまちクロスに登場するイケてるカルボーン、略してイケボーンな賢者様。
 のちのちとんでもない事実が発覚すると思われるが、果たして原作のダンまちもそうなるのか否か……!


◆小さなやり取りとか妄想とか

 エアガハマさんは別次元に飛ばされ、おどおどびくびくしているところをヒッキーに助けられて、面倒臭がりながらも世話を焼いてくれるところに心を許して、子犬のように懐いたといったところ。

「あ、ぁぅ……あの、あの……」
(なんか今日のこいつほっとけねぇ)

 あーしさんを始めとするグループに心配されるも、こんなにやさしい筈がない、裏があるんだともごもご(エアガハマさん世界では取り巻きAとしてしか見てもらえてなかった)しているところに、約束があるんだわと嘘をついてエアガハマさんを連れ出すヒッキー。
 あーしさん、約束があることを言い出しづらかっただけかと納得。
 ……その裏で、ヒッキー、このガハマさんがいつものガハマさんではないことに気づく。
 確信はなかったものの、隠れて話を聞いていた材木座のラノベ知識でとりあえず別次元ガハマさんであることを納得。つーかなんで居るのお前。やだストーカー? 「そんな言い方はないであろう!?」

 そうして放課後になるまでは、休み時間のたびにヒッキーの席へ来るエアガハマさん。懐かれた。でも可愛い。
 戸惑いつつも、さすがに怯えるガハマさんをほうってはおけず、甘やかしてしまい、完全に懐かれた。そして可愛い。
 放課後になって奉仕部に行く頃にはとっくに“由比ヶ浜さんがヒキタニとデキてる”という噂がTBの口から漏れ、ゆきのんでさえ知るところになって~……おった~……そうじゃあ……。
 このガハマさん、ぼっちの思想がよく解り、ヒッキーと打ち解けるのも無駄に速かったらしい。
 なのでヒッキーとゆきのんと、無駄に馴染んで共感できて、けれどやっぱり微妙にコミュ症で、踏み込んでもらえないゆきのんとしましては結構会話が難しかったそうな。
 そんな、お話。

 これまた即興。
 即興だから練ったものなどなにもなし。

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