どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
/お題:こもれびさんの“結衣の居ない俺ガイル”にて、八幡らしくない、といった意見が多かったので、じゃああれだ、急に周囲が“自分だけが覚えている人”を忘れた場合、なにもせずさっさと忘れるのが吉なのか、必死にならずに諦めるのが“らしい”のかどうか、書き出してみようと書いてみたSS
ある日、日常は変わった。
安易な変化などとは呼べないその事態に息を飲み、混乱したいつか。
なにかしらの強制力は働いていたのか、奉仕部はあるくせに、そこに雪ノ下が居なかった。
奉仕部部長は俺。
副部長として由比ヶ浜がそこに居て、出会いはやはりサブレを助けたことによるもの。
しかしその車を運転していた者が雪ノ下の関係者ではなく、ただの酔っ払いだったという始末。
どうなってるんだ、と一時は取り乱したものの、結局は……俺にはどうすることも出来ないのだと悟った。
そもそも忘れたとかではなく、最初から居ないことになっている相手をどう思い出させろというのか。
写真もなければメールもない。
そりゃそうだ、俺と雪ノ下は写真を撮るほど親しくもねぇし、アドレス交換などしていなかったのだから。
「ヒッキー?」
「ん、いや。なんでもねーよ」
無駄なことはしない。無駄でしかないことはしない。
それでいいだろ? 俺らしくってそういうことだ。
流れに逆らったところで、ここでは覚えていることが異常なのだ。
夢でも見たのだと諦めて、忘れてしまえばいい。
丁度よかったじゃねーか。これで罵倒してくるやつもいない。雪ノ下って存在が無いから、その姉も居ない。
事あるごとにちょっかいかけてきたあの姉は居ないのだ。のんびりと、俺らしくやっていけばいい。
ただ───
覚えていられている内は、醜かろうが無様だろうが、覚えているべきだと思うのだ。
忘れられるのは悲しいことだ。
この世界には最初から居なかったのだとどれだけ言われようが、覚えている人のことを知らないと断言して捨てる薄情さは俺にはない。
いずれ、この部長って位置に自分が定着しきった時、忘れてしまうのだとしても。
ここには、猫が好きな女の子が確かに居たのだと……それを覚えておくことくらい、いいんじゃねぇか?
「あ、ノック。誰かな。依頼かなぁ」
「おう、追い返しちまえ」
「だめだったら! あと勝手な行動禁止だかんね!? テニスの時のあの土下座、あたしほんと悲しかったんだから!」
「へいへい……べつにいーだろ、俺の土下座のひとつやふたつ。減るもんじゃなし」
「減るの! ……減るんだよ、すっごく。もうあんなことしないで。お願い、ヒッキー」
「…………ゼンショシマス」
「ヒッキー!」
「わかった、わるかった」
日常は続いてゆく。
本当の部長が欠けた、長机が広く感じる部室の物語が。
やってきた依頼っぽくもない依頼をこなして、溜め息を吐いて、小説を読む行動に戻る。
高校生活を振り返って、がきっかけで放り込まれ、部長にされたこの部活。
最初の依頼者が素直に俺にってクッキーを渡してきて、同時に部員になったこの日常。
力不足でテニス勝負で土下座した俺を見て、力になれなくてごめんねって泣いてしまった由比ヶ浜。
結局、なにかが欠ければ、奉仕部ってものの在り方なんて簡単に変わってしまうのだ。
どれを取れば正解だったのかなんて、誰にもわかりやしない。
部長をやってみて痛感したのだ。
俺の解決方法じゃあ解消は出来ても人のためになんてなりはしない。
由比ヶ浜と案を出し合って、悩んで、平塚先生に助言をもらって、小町に相談して、由比ヶ浜と纏めて、ようやく正解に辿り着ける程度の器用さで、誰かに奉仕しようなんて思い上がりもいいところだ。
「でもさ、がんばろ? そりゃ出来ないことのほうが多いけどさ。……嬉しいじゃん? あたしたちの助言とか行動で、笑ってくれる人が居るかもしれないんだ。それってすっごいことだよっ?」
……それでも。
足りない消えたものを追い縋ることが俺らしくないのなら、消えてしまったなにかを早々に忘れ、あるものだけで答えを出していくしかないのだろう。
諦めも敗北もお手のもの。
それこそが俺、なんて消えた人を覚えているくせに言い続けられる俺であれというのなら。
……俺はそんな薄情なヤツでよかったんだと、目をどんどんと腐らせていこう。
あぁほれ、小さな悪の前に大きな悪をぶらさげて、問題自体を無かったことにする~、なんて面倒なこともする必要はないわけだ。薄情でいいんならな。
「ヒッキー? …………また、ゆきのしたさん、のこと考えてた?」
「ん……まあ」
「そっか。居たのに忘れられちゃうなんて、怖いよね。あたしは“ゆきのん”って呼んでて、仲が良かったんだよね?」
「ああ」
「……なんか、羨ましいな、そのあたし。あ、や、やーほら、あたしさ、こういう性格だから、こう……心から話せる友達~っていうの、居なかったから。……ゆきのん、ゆきのんかぁ」
「………」
「……思い出したいなぁ」
「───!」
「そんでさ? あたしのこともあだ名とかで呼んでもらって、家に遊びに行ったりとか泊まっちゃったりとかしちゃってさ。きっと楽しいんだろうな……」
「……そだな。遊びに行ったこともあったし、泊まったこともあったぞ」
「そうなんだ!? それってもう、なんかっ……し、親友って感じじゃん!? あ、あー……いいなぁあたし! いいなぁ……!」
由比ヶ浜は、俺しか知らない言葉を真っ直ぐに信じてくれた。
ここには居ない雪ノ下の存在を信じて、どんな人物だったのかを訊いてきたり。
「………」
探してくれてるぞ、部長さん。
見つかってやれよ。
溜め息とともにそんな呟きをこぼして、立ち上がる。
完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴ると、由比ヶ浜も立ち上がって「……いこっか」と言った。
「ね、ヒッキー。ヒッキーってさ、“ゆきのん”、のこと……その、えと、好き……だったりしたの?」
「お前は馬鹿なのか。日々顔を合わせりゃ罵倒、言葉を交わせば罵倒、提案すれば罵倒の相手をどうやって好きになれってんだ」
「思った以上にゆきのんひどい!? え、で、でも部長さんだったんだよね!? もしかして、ヒッキーがひどいことしちゃったとか!?」
「……始まりが、俺とお前と雪ノ下だったんだ。車を運転してたのが雪ノ下んところの運転手。雪ノ下はその車に乗ってた。俺は轢かれて、サブレは助かって、お前は驚いて、雪ノ下は乗ってただけ。そういう感じだ」
「そうなんだ!? すっごい出会い方だったんだね……。でも、なんかいいなぁ。そんな三人で部活しちゃってたんだよね?」
「おう。主に俺が罵倒される部活だった」
「だからヒッキーゆきのんになにしたの!?」
「目が腐ってただけだ。他にはなんにもねぇよ」
「…………。かっこいいのに《ぽしょり》」
由比ヶ浜の呟きをしっかり耳にしつつ、廊下に出て由比ヶ浜を促した。
鍵を閉めて、鍵を返して、あとは帰るだけ。
こんな生活にもいずれ慣れるんだろう。もしかしたら明日にでもころっと忘れているのかもしれない。
鍵を平塚先生に返却して昇降口まで来ると、なんでか下駄箱に背を預けながら片足をぷらぷらさせている由比ヶ浜を発見。俺を見ると、「あっ」と口を開いてぱたぱたと近寄ってくる。
「帰ろっか」
「いや……なんで居るのお前。べつに一緒じゃなくてもいいだろ」
「クッキー。ただのお礼じゃないって……言ったよね?」
「………」
本当に、つくづく。
慣れようとしているのに慣れさせてくれない日常だ。
でも……どうしてだろうな。
こいつがゆきのんゆきのん言ってくれている間は、少なくとも忘れない気がした。
だから……まあ。
もし現れるなら、覚えているうちにしてくれな。
俺から探すのはもうやめるよ。
居ない相手にこう言うのもなんだけど───元気でな。悪くねぇ、って……少なくとも思えてはいた。あんがとな。
「ねぇヒッキー? 歩きながらさ、ゆきのんのこと、教えて?」
「やだよめんどい」
「だって思い出すかもしんないじゃん! そのゆきのんが帰ってきた時、なにも知らないとかあたし親友失格だよ!? あ、あたしがもしその立場だったら泣いちゃうと思うから……だから」
「…………お前、ほんとへんなヤツな」
「見ず知らずの女の子のペットを命懸けで助ける人に、そんなこと言われたくないってば」
「…………それもそうだな」
「ん、そだ」
下校する。
学校以外での接点なんてそれほどなかったあの日から、自ら遠ざかるように。
それでも知ろうとしてくれる人が居るだけ、忘れようとする自分の中の罪悪感が薄れた気がした。
唯一知っているだろうに、忘れることを選択する放棄。
あいつが知ったらどんな反応をするんだろう。
……今さらだ。
もうあの部室に、黒髪の猫っぽい女の子は来ないのだから。
こののち、結局はガハマさんにゆきのんのことを訊かれまくり、話して聞かせるうちに忘れることも出来なくなり、会いたいと願う気持ちが奇跡を……! とか。
きっとゆきのんったら永遠の世界に飲み込まれそうになっていたのよ。