どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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少女たちが踏み出した一歩のこと①

 ぴちゃり、ぴちゃりと暗い世界に水音が響く。

 動かす舌は濡れた指を舐め、再び大きなソレへと伸ばされる舌は、またぴちゃりぴちゃりと音を鳴らす。

 今、この時をどれだけ待ちわびただろう。

 胸は興奮でおかしなくらい高鳴っている。

 こくり、と鳴らす喉は妙に息苦しく、暗くて見えないだろうが、顔はきっと真っ赤だ。

 比企谷絆、今こそ願望を叶える時。

 いざ、大きく口をあけて───

 

「……な~にやっとんのだお前は」

「ほきゃあ!?《びびくぅっ!!》」

 

 パッ、パパッと蛍光灯が光を放つ。

 どうやら電気をつけられたらしく、見ればパパが呆れた目で私を見ていた。

 

「うわやややや違いますこれは違うんです! ただ暑かったから冷たいなにかが欲しいなぁと!」

「……チューベット?」

 

 そう、チューベット。

 冷凍庫で凍らせることをCMでもオススメしていたアレだ。

 冷えて固まるまでが地味に長いことから、わたしはこの時を今か今かと待ち続け、気づけば夜に……!

 

「また懐かしいものを……つか、これ今普通に売ってるもんなの? アニメ・ドラゴンボールZがフリーザ編やってるあたりでCMしてた筈なんだが(たった一人の最終決戦を録画したビデオテープに嫌というほどチューベットのCMが。あとサラスパも。今日は~、サラダの日~♪)」

「類似品らしいです。2009年にチューベットの生産は終了してます」

「マジか……あ、いや、それはそれとしてだ。なんだって電気もつけずに妖怪アカナメまがいなことしてたんだよお前は」

「だから冷たいものが欲しかったんですってば。美酒を熟成させるが如く、冷凍庫で凍るのを待つアイスというのはわくわくするものじゃないですかー。待ってたら夜になってしまったので、誰かを起こしてしまうのもアレですし。大体最近の異常気象が悪いんですよ。なんですか、もう12月だっていうのにこの温度。なんとかしてくださいよー、せんぱ~いぃ~」

「一色の真似はやめなさい」

「比企谷くん。なんとかしてちょうだい」

「雪ノ下の真似もやめい」

 

 そんなわけなので奉仕部の冷凍庫に忍び寄って、ワチャリと開けて物色していたわけで。冷蔵庫等を開けた時のあの音、独特ですよね。

 夜の奉仕部の長机の上のクッションには、我が家のペット・ヒキタニくんがよく眠っているから、そこは気をつかってひっそりと。まあ気づかれましたけど。

 

「というわけで他の人には内緒です。さあパパ、一本受け取ってください。これは賄賂です。食べた時点で協力関係が結ばれます」

「いらん」

「即答!? 馬鹿な……! パパともあろう者が、チューベットの良さがわからんとは……!」

「もうとっくに歯ぁ磨いたんだよ……アイスのためにまた磨くのなんてめんどいだろが」

「あ、納得。んもうパパったら、実はチューベットが好きでしょうがないんですね?」

「いや、べつに磨いてなくてもいらん」

「なんでですか!? いいじゃないですかチューベット! ほら! 最近の類似品じゃあ、先端に妙な丸い突起があって、そこに紐とか結べば……ヌンチャク!《ドーーーン!!》」

「………」

 

 うわぁ……“なにをしたいんだこいつは”って顔で見られてる……!

 なにをやりたいか? うん、ノリで楽しみたい。あとチューベットは良きアイスである。

 

「青い空の下でー!《ピュフォンピュフォン!》」

「中華一番のヌンチャク包丁野郎の真似をするのはやめなさい」

「《ガドォ!》おぴょっ!? ~~~……くおお……!!」

 

 そして振り回し損ねて後頭部に激突。ヌンチャクあるあるであった。

 まあでもさ、包丁でヌンチャクって、普通にバランスどうなってるんだって感じだよね。

 だって包丁ってどうしても、刀背に重心いくから、振り回したところで殴ることは出来ても切れないと思うんだよね。

 そこでこの絆は考える。

 包丁の刀身よりも、刃の部分を重くすればいいんじゃないかな!

 ほら、刃の部分だけ鋼にするのってよくあるし!

 

「フン《コキャス》」

 

 チューベットの両端を片手ずつで掴んで、振り降ろすのと同時に膝蹴りをかます。

 見事に折れた片方をちゅぱちゅぱと味わい、片方をパパへ。

 

「いや、いらんと───」

「溢れるから! 早く!」

「え、あ、おう───あ」

 

 ひょいと咄嗟に受け取ったパパ。そして、途端に溢れ出す煮汁……ではなくチューベット汁。

 さらに咄嗟に、口をつけてしまった刹那、パパは共犯者となった。

 

「ともに、ゆきましょう……?」

「………」

「《ごすごすごすごす》いたっ! いった! いたい! パパやめて! 陣内流鉄菱で頭殴るのはやめて! 加減されてても地味に痛い!」

「大丈夫だ、これ、グラップラー刃牙時代に紐斬り鎬さんがやってた一本拳だから」

「答えは確かに違うのに痛みはまったく同じじゃ意味がないよ!?」

「言うほど痛くしてねぇだろ。ごすごす鳴ってはいるが、こっちの指も痛くねぇし」

「パパに殴られてるって事実が痛いんだよぅ!」

 

 ああでもパパから強く抱き締められてる(ヘッドロックである)と考えると、少し嬉しいと感じてしまうあたり、わたしもいろいろアレですね、はい。

 こうしていればパパを独り占めできるわけでして、たまには悪さをするのも悪くないです。いえ、べつに悪さと呼べるほど悪いことをした覚えはありません。夜中にチューベット食べただけですし。

 ……共犯者を作ったのはアレですけど。

 

「つか、お前は大丈夫なのか? 手。べたべたしたりは───」

「フフフ、ぬかりなし。見てくださいこのゴム手袋を。べたつかぬよう、きっちり装着済みで《ごすごすごす》いたたたた愛が痛い!」

「お前のそういうところ、ほんと俺の娘だな……。自分だけはちゃっかりしてるっつーか……いや、その場合は小町的ではあるのか?」

「総じて比企谷の血だよ!《どーーーん!》」

「あーはいはい、もう食い終わったんならゴム手袋もきちんと捨てるか洗うかしとけ」

「うん。……ねぇパパ? ゴム手袋に限らずさ、手袋系をつける時と外す時って、なんか格好よくしたくならない?」

「いやそういうのいいから。寝かせて? 俺の中にまだ眠気が残ってる内に」

「《スッ》……宇宙天地與我力量、降伏群魔迎来曙光……! 我が左手に封じられし鬼よ! 今こそその力を───示せぇ!《クワッ!》」

 

 言いつつゴム手袋を取りにかかる。

 けど取れない。ゴム手袋あるあるである。

 これってちょっとでも内部に水分入ると、途端に取れなくなるよね。

 

「………」

「え、あ、やーその……ちょっとしたお茶目というか。ほら、やりたくなりますよね? パパならやりたくなりますよね? 平塚先生が見せてくれたぬ~べ~が思いのほか面白かったのでつい───《グッ》あ、あのっ!? なんでコメカミに拳をセットするんでしょうか!? あのせめて片方にまかりませんか!? 絆、オラオラじゃないほうが好きだなぁ! ……ちょっ、今こそ示して!? 無抵抗なままウメボシなんてやだー! 鬼の手じゃないのはわかってるからせめて外れて! しめっ……示してぇえええっ!!《ゴリゴリゴリゴリ》ギャーーーーッ!!」

 

 ナムサン。

 その夜、わたしは眠気が飛んだらしいパパの拳に包まれながら絶叫した。

 こういう時、どうせなら腕に包まれたいものだね、うん。

 

 

───……。

 

 

 翌日。

 今朝も早よから店内の掃除である。終了時にかるーく掃除はするものの、やっぱり客が入る前の朝にきっちりやった方が見栄えがいいのだ。

 仕込み等はパパやママたちがしてくれているから、わたしや美鳩は掃除に回される。

 美鳩は眠そうな半眼で黙々と窓拭きをしていて、それが終われば卓の砂糖などの補充をする予定。それはわたしもだけど。

 湿気が出る日ってヤだよねー、砂糖とか固まっちゃうしさ。

 雨が降った翌日なんて特にだ。昨日が暑かった所為で妙にじとっとしてるし。

 

「FUUUUM……」

 

 MORIMOTO風に息を漏らして、床のモップ掛けを中断する。

 なんかこう、彩が足りないというか。

 あ、店内じゃなくて状況にね?

 歌でも一曲ろうじてみせようか。なんて考えるも、こんな時に歌う歌が思い浮かばない。

 

「どうせなら突拍子もないものがいいんだけど……グムムー……」

 

 キン肉チックに唸っても解決はしない。うん、そりゃそうだ。

 こう、朝から活力が湧いてくるような歌とかないかな?

 

「好きです川崎ヴァ~ンプのっまっち~♪」

 

 川崎市民に怒られそうだからやめよう。

 でもヴァンプ将軍大好き。

 不思議と声真似とかしたくなるよね。え? ならない? むう、わたしだけだろうか。

 

「あ、レッドさぁん」

「……?」

 

 美鳩に眠そうな顔で見られてしまった。済まぬ、掃除を続行してくれぃ。

 などと脳内で反省しつつ、モップ掛け再開。

 

「~……♪」

「ハッ!?」

 

 その時、窓拭きをしている美鳩から、聞き覚えのあるメロディーが……!

 わたしに電流は走らなかったけど、なんらかの信号が脳から痺れを促した。

 唐突になに言いやがるんだこの小娘と思うかもだが、“ザイモクザン先生って、いろいろ考えずにとりあえず良曲とかだと誰にでも訊かせたがるから、たまに困りもの”だ。

 しかしこの比企谷絆、どんな経験も知識として蓄えんとする意欲がある。

 聴かされたのがたとえギャルゲーとかエロゲーの歌だろうと、良い曲は良い曲なのだ。悪いのはそういった配慮もなく聴かせたザイモクザン先生であって曲じゃあない。

 出所を知って、ドン引きしていた雪乃ママといろはママはたいへんよろしい。

 え? わたしと美鳩? はっはっは、曲に罪無し! 大体、ギャルゲーだろうとエロゲーだろうと、そこに愛があるのならいいじゃないですか。

 愛が無いのとか無理矢理はさすがにドン引きというか有り得ませんけど。

 素人が作った歌だろうと良い歌ならばお金を払いたいって思う。

 本職さんだろうとヘンテコな曲だったらお金を払いたくない。この絆はそういった人間であるのです。

 ほら、よくあるじゃあないですか。一曲をたまたま聴いて、体が痺れるくらいに良い曲だったからファンになって、過去に出したCDとか揃えてみたのに良曲はほんのちょっと~とか。

 それと同じです。良い曲ならば人も仕事も関係ない。

 というわけで。

 

「美鳩~」

「?」

 

 眠そうな半眼がこちらへと向けられる。

 嫌がるでも面倒臭がるでもなく、普通にてくてく歩いてくる美鳩にわたしも近寄って、話を始めた。

 

「…………替え歌?」

「そう、それなのだよワンタンくん」

「No、ワトソン」

「まーまー。替え歌じゃなくてもさ、鼻歌やらなにやらで朝からやる気が出るような、ちょっぴりおかしい歌とかないかな」

「モッコスキッス」

「なんでよりにもよってそれかな!! やる気でないよ! ちっともでないよ!」

「人に訊くなら、まず自分の思いつくものを挙げるべき。絆は少し我が儘」

「む。確かにこれはよろしくない。えーっとじゃあ……ターちゃんのOPを振りつけ有りで?」

「出来るものが最初のポージングしかない」

「………」

 

 その通りだった。

 

「ならあのえーっと、動画サイトにあった“すーぱーあふぇくしょん”とか」

「あれは実に不思議。OPでアニメキャラがきちんと踊っているのに、振りつけ動画にはてんで反映されていない」

「ザイモクザン先生が怒ってたやつだね。リスペクトが足りぃいいいん! って」

「Da.それに振りつけも覚えてない」

「……却下だね。じゃあアレだ、声を合わせてココロビーダマでも歌う?」

「…………やる気、出る?」

「言わないで……。言ってからちょっと“出るかなぁ”って思ったから」

「キミだけの~、やる気スイッチ~♪」

「おおやる気スイッチ。わたしたちのやる気スイッチといえばパパだけど、その前にもうちょっと考えよう。なにかこう、今すぐ! って思いを前に出した歌とかない?」

「い~ますぐお~~~んどりゃ~~~っ♪」

「進研ゼミに謝れ」

「……? 聞いたままを歌ってみただけ」

「正しくはボンボヤージュだから。今すぐよい旅を、って。たぶんそんなところ」

「なるほど納得。今すぐおんどりゃあって、進研ゼミはなにがしたいのかずっとずうっと謎だった……」

「うん……この絆も我が双子の妹の感性が時々謎だよ……」

 

 でもたしかに聞こえるかも。

 実を言えばわたしも、歌詞を探して知ったクチだし。そこで知らなければ、耳で聞いた通りに認識していたと思う。

 日本人として産まれたなら、言葉を聞いてイメージするのはまず日本語。

 そこから考えるに……ああうん、おんどりゃあかもやっぱり。

 

「やっぱり埒が明かないし、パパにでもちょっかい出してみましょうか。さすれば道が拓けるかも……!」

 

 そうと決まればレッツハバナーウ!

 奉仕部側へと走って、途中で雪乃ママに走るなと怒られ、その先でパパに「いーから仕事しろ」と言われて戻ってきた。

 

「40秒で支度が出来てしまった……」

「40秒で二人に怒られることの出来る絆がおかしい」

「まあまあ、ヒントは得た。大丈夫だよ美鳩、これからわたしも頑張っていくから。というわけで歌おう友よ!」

「? なんの歌?」

「……みずいろ、って知ってる?」

「知ってる。ザイモクザン先生厳選音楽CDに入ってた。きっと気になるあの子にプレゼントしたら、校内放送で流されて黒歴史になるレベル」

「パパが実際経験してるらしいからね。渡されても困るだろうけど、その人、ちゃんと聴いてみたのかなぁ。ちっとも良曲がなかったんなら考え物だけど、なにも校内放送で曝すことはなかったと思うんだよね」

「ジャッジメント。どうせ○○○だからやってもいい、は理由にならない」

「だね。じゃあ歌いますか」

「? みずいろ?」

「ううん、替え歌。まじょいろ」

「…………この美鳩をして、嫌な予感しかしない……!」

「しっ……失礼な!」

 

 そんなわけで、適当に考えた歌詞を美鳩に伝えた。

 ……嫌な予感通りだった、と言われたけど歌うことに異論はなさそうだ。

 

……。

 

 で。

 

「っし、豆はこれでよし、と。茶葉の方は城廻先輩がやってくれてるからいいとして……絆ー? 美鳩ー? 掃除の方は───」

 

 あらかたの準備が終わったらしいパパがこちらへとやってくるのと同時に、わたしと美鳩はモップをマイクに見立てるようにして歌った。

 いや、狙ったわけじゃなくて偶然だったんだけどね。だが構わん! 気まずそうに口を閉ざすくらいなら、最初からやりません! 真っ直ぐGO!

 

「脳が~震~える~♪」

「指が~砕~ける~♪」

『染まるこ~~のそ~ら~まじょ~い~ろ~♪』

「今も~今~でも~♪」

「黒~く~、あ~か~く~♪」

 

 間奏部分は口でズンチャカ。

 なかなかうまく出来ているのではなかろうか。

 

「あまお~~~と~~~……♪ 赤い~、あ~~~め~~~♪」

「濡れて~は~…………♪ 嗤った~~……♪」

「けんの~う~~♪ 無数~に~伸ばし~た手~♪」

「気づか~ぬ~よう~♪」

「見られぬ~よ~ぅ♪」

『ぎゅ~う~~っとつ~~ぶ~し~た~~♪』

「脳が~震~える~♪」

「勤勉なあ~いに~♪」

「丸まり~、飛翔~し~た距~離~も~♪」

「怠惰~せぬ~よう~♪」

「報わ~れる~よう~♪」

『ずっと~~~♪』

「名乗れ~ばか~しぐ~♪」

「ムキ歯~と笑~顔♪」

「求めた~、愛~の~旅~路~も~♪」

「魔女に~弾~かれ~♪ 淡~く~消~え~た~~~~♪」

 

 テーン、と最後まで歌いきってキメポーズを取ると、パパが“うわぁ……”と拍手をくれた。うん、当然パチ……パチ……って感じで。

 そしてわたしと美鳩は、きちんと聞いてくれていたパパに仕事しろとツッコまれた。

 

「つか、なんでみずいろなんだよ……」

「歌詞に“震える”とかついてたら思い出さずにおられようか! いやない! ……反語」

「はいはい、キザーロフはいいから。あんまり俺に仕事しろとか言わせないでくれ頼むから。過去の自分にやいばのブーメラン投げてるみたいで突き刺さる」

「おお、おとさんも説教するの嫌いなんだってやつだねっ!」

「いんや、純粋に自分が恥ずかしいだけだ」

「お、押忍」

「さすがパパ……妙なところでブレない……」

「俺が言わんでも、あとで雪ノ下あたりがチェックするだろうから、二度手間になりたくなかったら、あー……その、なんだ。頑張れ、な?」

「おお……! パパったらぶっきらぼう……!」

「二度手間はするのもさせるのも嫌だし申し訳ない。そもそも絆、掃除しながら歌えるもの探しだったはずなのに、どうしてこうなった……?」

「うぐっ……や、やーそれはほら、ちょっとした気分というかー……ネッ♪《べしべしべしべし》いたいいたい! しっぺいたい! やめて美鳩ー!」

「クラスに一人はしっぺが上手いヤツとかデコピンが上手いヤツ、居たよなー……。そんなやつらの騒ぎをチラチラ目に入れてたかつての自分が蘇る気分だわ……軽く死にたい」

「まーまーパパ、暗い話は無し! あれ? ところでママは?」

「もう来るだろ」

「……また顔が真っ赤になるようなこと、してたとか?」

「やかましい」

 

 図星っぽかった。プイスと横向いちゃったし。

 さてさて、どおれ今日も頑張るとするか~~~~~~~~っ!!

 

 

───……。

 

 

 時は加速して夜。

 見知った顔が客として来て……ああいや、予約があったらしくて貸し切り状態らしい。今教えてもらった。

 

「明日のあたしはもぉっとずーっとー! じーしんを持ぉって歩ぅーきぃーたいっ!!」

 

 現在、簡易カラオケマッスィーンを出してきて、みんなでわいわい飲んで歌ってな状況。

 今はママが万能文化猫娘歌ってる。こう言うのも言葉として合ってるのかは知らないけど、うん、元気な歌だ。ママによく似合ってる。

 歌い終われば誰々にリクエストー、とか言って、歌い終わった人が次の人を指名したりとか。

 

「えとー……じゃあ次、優美子で“素直でいたい”」

「え゙っ……ちょ、結衣? せめて最近の歌にしない?」

「やーほら、葉山くんサッカー部だったし、じゅーすてぃんぐ? しながらとか」

「由比ヶ浜さん、リフティングよ。馬上試合をしてどうするの」

「あぅ……」

 

 エネルギー全開しそうな感じだ。でもそっか、ジュースティングってそういう意味だったんだ。スラッシャーな名前だけじゃなかったんだ。

 

「つかあーし、そんな歌知らね……こほん、知らないんだけど」

「フフッ、任せるがいい三浦。CDと歌詞カードならここにある」

「平塚先生、なんでンなもん持ってんの……」

 

 というわけでやった。優美子ママの前に別の人が一人歌って、その間に優美子ママは歌を試聴、歌詞を覚えて歌ってみせた。

 しっかりと隣でリーフマウンテンさんがリフティングやってた。

 ボール? むふふ、この絆にぬかりはありません、こんなこともあろうかと用意しておきました。サッカーボールではありませんけど。

 

「おー! やっべーわ隼人くん! まだまだ現役でいけんじゃねー!?」

「それな!」

「確かに!」

「おっし歌い切った! んじゃ次、平塚先生ではじめてのチュウ」

「《ゾブシャア!!》ぐわああああああっ!!」

「ゆっ、優美子! いくら仕返しとはいえそれやりすぎだから!」

「つーかー! それやったらお葬式ムードみたくなるからやめんべ!? な!?」

「戸部っ! それトドメ……!」

「へ? トドメってなに隼人く……あ」

「…………《コーーーン……》」

 

 ちらりと見れば、平塚先生が椅子に座りながら真っ白に燃え尽きていた。

 ブツブツなにか呟いていて、耳を近づけてみれば「どうせ私は……」とか「ファーストキスの話題ですら葬式ムード……」とかって……うわあああ……!!

 こうなると流石に黙っていない女性陣。筆頭として腰に手を当てぷんぷんなめぐりっしゅさんが、戸部さんにお叱りの言葉を届けた。

 

「戸部くん!? 女性にそういうこと言っちゃだめでしょー!? 罰として戸部くんが歌うこと!」

「お、俺ェ……!? いんやぁ、っちゅーかそれさぁ、あんま罰になってなくね? 城廻先輩」

「歌が罰になるようなの選ぶから! ……えーと…………あのー、はるさんはるさん、罰になりそうな歌ってありますかね」

 

 いきなりはるのんに投げっぱなした! すごいや、さっすが天下のめぐりんさんだ!

 

「んー……よくわかんないけど、とりあえずキューティーハニーあたりでいいんじゃない?」

「ちょ、マジかー!? ないわぁ、マジないわぁ!」

「あ、ちょっといじられて嬉しいって感じだ」

「おし、ナイス密告海老名。つーわけで戸部、別のな」

「いやちょっ……厳選する必要なくね!? ハ、ハニーでいいってばさぁ!」

「というわけで傷つけられた恨みを、静ちゃん、どどんと」

「…………おっぱいがいっぱい」

『───戸部……いいやつだったのに』

「いやぁああああああああああっ!?」

 

 その夜。

 戸部さんは大人の階段を段飛ばし上り、踏み外して転げ落ちた。

 

……。

 

 さて。

 しくしく泣いている戸部さんが、海老名さんに慰められている状況の中でも歌や騒ぎは続いている。

 よもやしっかり全てを歌い切るとは……さすがノリだけは良いとされる戸部さん。むしろノリだけで基本なんでもこなしていると言っても過言じゃない。

 そんな彼も、おっぱいがいっぱいを熱唱して途中で泣いちゃった。

 何故って、海老名さんがずーっと冷たい笑顔で見続けるもんだから。泣いたけど歌い切った。お見事。

 まあ途中でパパとリーフマウンテンさん見てグ腐グ腐って笑ってたらから、嫌った~とかではないんだろう。

 ただもうちょっと言動には気を付けようねって、そういう笑顔だったんじゃないかな、うん。

 それからはわたしや美鳩にも歌の指定は飛んだ。

 わたしは無難な歌を指定されて、ちょっぴり“ぬう、もう少し面白い歌がよかった”と残念がりつつ、ママとパパに“決意の朝に”を歌ってもらった。

 なにやら思うところがあったのか、二人とも真っ赤になりながら歌ってた。うん、一度二人にこそ歌ってもらいたかったのだ。

 歌い終わったあと拍手が鳴る中、ドヤ顔コロンビアやってたら「青春時代を抉られたようで恥ずかしかったわ! 公開処刑か!」とか言われてコメカミぐりぐりされた。フフフ、この絆に悔いは無し。痛みはありましたが。

 で、最後は全員でなにか歌おうってことになって、平塚先生がGreat Daysを指定。一度歌を聴いたのちに全員で歌いました。

 

『そーれーはー果てーしーなーーい!』

「《ドヤァアアアアアン!!》」

『きーーずーーなーーー!』

 

 絆、って部分でドヤ顔コロンビアやったら、パパに歌いながらアイアンクローされました。い、いいじゃないですかそれくらい! ほらほら、美鳩も「次は鳩にちなんだ歌が……!」とか言ってますし! え? そういう問題じゃない?

 

「じゃあ、今回の親睦会はここまでだな」

 

 ともあれ。

 平塚先生が締めて、本日の営業も終わり。

 といっても、途中からは予約者である知人の集まりでしかなかったんだけど。

 後片付けを始める者、いそいそと帰る者、それぞれに分かれれば行動も早い。

 ぬるま湯組が残って、他の人はお帰りだ。

 海老名さんとか手伝おうとしてくれたけど、知人だろうと親睦会だろうとお客はお客。この比企谷絆、客に手伝わせるほど衰えてはおらぬ! なので断った。

 

「じゃあ、ごめんねユイ。また来るから」

「うん、じゃあねー姫菜ー!」

 

 海老名さんと一緒に戸部さんも帰って、ザイモクザン先生と戸塚さんが帰って、リーフマウンテンさんと三浦さんが帰るとえーと……誰だっけ。やばい、本気で思い出せない。二人。えーとあの二人……お、おー……大、なんたら。なんだったっけ。あー、ンー、その、なんだ、えー…………だめだ、考えるのやめよう。や、言っとくけどこれカーズ様リスペクトだから。薄情とかじゃあないんだからね?

 そうして作業に戻ると、片付けを終えてから“成敗!”とばかりに決めポーズを取る。

 

「決めポーズって、なんかジョジョ立ちがよく似合うよね」

 

 ひとり呟いて別のところの手伝いへ向かう。

 と、丁度片付け終えたらしい美鳩と合流、パパの場所の手伝いに向かっては終わらせ、次へと向かった。

 

『成敗!!《どーーーん!》』

 

 そして終われば決めポーズ。

 これにはパパもノってくれて、まじょいろの時とは大違いだった。

 わたしと美鳩とパパの親娘で、柱の男のポーズを真似ていたのは気にしちゃいけない。

 どうせキメポーズをとるなら、三人で出来るものをやりたいと思うのは、当然のことなんだから。

 平塚先生あたりなら、勝利のポーズ、決めっ、じゃないのか、とか言いそうだけど、残念ながらそうじゃない。

 まあ、ノリが良ければなんだっていいのはあるかもだけど。

 

「さて、じゃああとは───」

「勉強してお風呂入ってホットミルク飲んでご就寝」

「ソレダ」

 

 美鳩と言い合い、パパを促し、パパの手を二人で引っぱり勉強会。

 この比企谷絆、伊達や酔狂で生徒会長に選ばれそうになったわけじゃあない! 勉強も料理も運動も得意! でも店があるから生徒会なんざやってられん。それだけである!

 や、いろはママもやってたらしいから、興味はあったんだけどね。

 お店があるんだもの、仕方ないじゃないの。

 

 


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