どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

150 / 214
少女たちが踏み出した一歩のこと③

 ……夢の中で誰かを通して大失恋をする、なんていう経験をしてから随分経った。

 あれから不思議とヒキタニくんがゆたんぽになってくれることはなく、抱き上げて持っていこうものなら激しく抵抗する。なにが不服なのか……解せぬ。

 けれど身の振り方も大分安定してくると、家族を愛しながらも失恋の痛みを癒していく日々にも慣れていった。

 やー……最初は大変だったさ。

 パパのこと見てると涙が出てきて、ふとした瞬間に泣きたくなる。

 それでも人間ってやつぁ~順応できる生き物でねぇ、今回ばっかりはね、あたしゃあそれがちょっぴり悲しかったよ。なんて老婆風に語ってみる。

 しばらくは恋なんていいかなぁって……いやいや、素晴らしい体験だったけどね。“恋なんて”って言えちゃうくらいには大ダメージだったわけですよ。

 なにせただの失恋じゃなくて、ママの大号泣付きです。

 あんな悲しい声がママの口から、なんてさ。……ほんと、親不孝なんて絶対にするもんじゃないって思える。

 ママを泣かせるなら喜びの涙。これ、我ら姉妹の鉄の掟。

 

「はー、結構買ったねぇ」

「まさか材料の買い出しで余計なものまで買っていい許可が出るとは……」

「やっぱりいろいろ心配されてるのかなぁ」

「Si.それは絶対。ここ最近のパパのおろおろ具合は凄まじい」

「……そだね。っと、おお?」

 

 ある日の買い出しの途中。

 途中って言ったってその帰り道だったんだけど、近道として通った道の途中。

 建物に囲まれた公園みたいな広場で、一人の男が大勢の男に囲まれておりました。

 あらやだ喧嘩? やめて? ここらで喧嘩なんて。

 ここらへんは平和が売りだって勝手に思い込んでいた絆の理想が、自分勝手に幻滅に変わってしまうじゃあないですか。

 

「どうしよっか。定番の“ポリスさんこっち”でも使う?」

「証拠としてまず激写《パシャリ》……すかさず静ママンに送信。位置も提供して……《ぴろりんっ♪》Si、すぐに向かうって」

「救出劇としてはちょ~っと情けないけど、まあか弱い女の子ですけぇのう」

「大丈夫、問題ない」

「そだね。冒険冒険。じゃあいきますかぁっ!」

 

 そうして、一歩。

 我らのシマで喧嘩たぁいい度胸じゃワリャアって気分で、まずはポリスさんたっけてー! と絶叫。

 びくぅと肩を弾かせた男どもが一気に散り散りに逃げ出すも、ボスっぽい男は相変わらず一人の男の腕を踏み、なんと指を折ろうとしていたので美鳩と二人で突貫。

 坂本流“甘い反抗期”(ガムシロ・レジスタンス)から始まる無力化行動を実行、まずは視界をガムシロップで封印したら、もがく相手を地面に倒してから結束バンドを使って封印した。

 あとはまあ、相手の想像力に任せた恐怖という名の恐怖……いやそれ恐怖でしかないから。でも恐怖を植え付け思い知らせることで、気絶へと導いた。

 まさかママーンとか叫んで失禁するとは思わなんだ。

 

『成敗!《どーーーん!》』

 

 美鳩と二人、勝利のポーズを決める中、ふと見た少年……指を折られそうになってた同年代っぽい男が、なんか顔赤くしてボーゼンとこっちを見ていることに気づいた。

 これは……あれだろうか。いわゆるメンチきられてるってやつだろうか。

 ここで“オウコラテメェなにガンくれてんだオゥ?”とか言ったら超絶マズイよね。うん。見知った人相手になら笑いで済ませるけど、初対面の人相手にソレはまずい。

 くぅ、しかしノりたい、ふざけたい……! こんな切ない想い……!

 とか思ってたら、静ママン参上。

 タバコなぞとっくにやめた彼女はシガレットチョコを銜えながら参上。

 どこぞのケンシロウのように拳をコロキキキと鳴らしながら、救ったばかりの少年に教師がしていいはずもないほどの眼光で“睨みつける”を発動!

 赤かった少年が青く竦みあがった! こうかはばつぐんだ!

 

「平塚先生、その人、助けた人」

「なに? そうなのか。ということは、そこで泡噴いてる男が首謀者か」

「Si」

「ではこの男については出る埃が無くなるまで叩くとしようか。陽乃傘下の会社にもガラの悪い連中関連で苦情が届いている。こいつがそれ関連の頭だったら、実にやりやすいんだがな」

「世の中そんなにうまくはいきませんよ、ビッグマム」

「ビッグマムはやめろ。歳が離れていようが、君たちの親とは書類上では姉なんだからな」

「というか、本当に静ママンは外見年齢が変わらない。……波紋使いでもここまでは難しいと思う」

「充実した日々と、努力の結果だな。君達も肌にハリを出したいのなら、適度な筋力トレーニングはすることだ」

 

 それだけの問題じゃない気もするんだけどね。

 さてさてともかく一件落着。

 これで大手を振ってぬるま湯に帰れるというものさ。

 っていうか遅くなるとパパに心配されるね。

 心配してもらいたい欲求があるけど、わざとそれをするのは本意じゃないので却下。

 家族を愛するこの絆は、無用な心配などはさせぬと決めているのです。

 

「………」

 

 愛……愛かぁ。

 パパ以降、やっぱり心が弾むような感情は湧かないな。

 それは美鳩も同じようで、結局はまだ、家族愛となってからもパパをつついては笑ってる。

 恋愛感情は……正直、まだ引きずってる。

 それでもまぁ、あの時ほどじゃあきっとない。

 そこに居るべきはママなんだって……強く思うことで、それもいつしか当たり前のものだって受け入れていけるのだろう。

 人間ってめんどいなぁ。

 

……。

 

 ……で。

 

「なんでキミは人ん家までくっついてきたのかな」

「男として礼を返したいって散々言っただろうが! 無視してズカズカ歩いていくとかどうなってんのお前らの良識! 俺泣きそうになったぞマジで!」

 

 喫茶ぬるま湯にて、恋心を振り返りつつも歩いて帰っていたら、なんか後ろからくっついてきていたらしい同年代っぽい不良少年クン。

 あ、名前は都築槻侍というらしい。都築、というのでもしやと思い、

 

「都築……ふむ。家族に雪ノ下関連の運転手とか居る?」

「───……な、なんで知ってんだよ」

「や、このぬるま湯の建設、営業、そして我ら姉妹の誕生から成長までに深く関わってくれたのがママのん、つまり雪ノ下の社長夫人様だから」

「───」

 

 あ。びしりって固まった。

 

「おっ……お前、名前……なんだっけ?」

「おっとっとぉ、お客さぁん……ここは喫茶店だぜ? なんにも注文しないで情報を聞き出そうなんて、ムシが良すぎやしないかい?」

「どこの酒場のマスターだよお前は! ~~っ……じゃ、じゃあこのバスターとかなんとかいうのだ! いいだろそれで!」

「ようがす。食い切ったならどんな情報をもくれてやろうじゃあないか。食えなかったら帰れ!」

「ひっで!? 用意もされねぇうちからここまで言われたの初めてだぞオイ! 悪だくみしてるヤツだって普通は食い途中に言うだろうが!」

「No.慈悲深い。自分で呼び出しておいて、ロボット兵器に乗らないなら帰れって我が子に言うゲンドウさんより数倍マシ」

「うむ。そしてそんな寂しい心境の子供に容赦なく行動することを促すミサトさんたら鬼畜」

「ちょっと待てなんの話だ」

「理解なさい! 男の子でしょう!」

「無茶すぎるわ! どんな無茶振りだよ! 性別云々の次元を軽く超越してるだろ!」

「んむ。それがわからんお方も居るって話。わたしゃあの第一話で心の底からシンジくんに同情したよ。というわけでパパー! こちらバスターMAXセットチャレンジャー!」

 

 パパに向けてサムズアップ。

 くるりと振り返ってのそれはしかし、パパの鋭い眼光によって迎えられた。

 パパったら目がワイルド! おおうなんか大絶賛腐ってやがる! ハッ!? もしやわたしが男とお話なんぞに洒落込んでたから?

 んもうそういうことはあと数年早くわたしの恋が灼熱していた時に面と向かって伝えて下さいよそうじゃないと今のわたしには逆にもったいないですごめんなさい。

 というわけで、不良少年との会話は未来のバリスタ・美鳩に任せよう。

 わたしはわたしで準備を、と。

 

「……けど、その。あの人が父親、って……マジか? すげぇ眼光で俺のこと睨んできてっけど……」

「Siマジ。ちなみにあそこで、久しぶりの腐った目のパパにぽぽーと頬を赤らめているのがママ」

「マッ!? ……姉、とかじゃねぇのか……! すげぇ、どうなってんだよこの喫茶店の従業員……! あ、あれか! 13で出産したとか!」

「……美鳩がバリスタだからといって、必ず客の言葉を拾うなどと思わないほうが賢明。下世話な話は武力を以て制する」

「っ……と、悪ぃ……! どう育とうが産まれようが、他人の勝手だよな、マジ悪かった……!」

「ん、きちんと謝れるのはとても良いこと。ではお客様、料理が届くまで、不肖、この比企谷美鳩が話し相手を務めさせていただきます」

「美鳩ー、一色からちょっと手伝ってくれコールが来てるぞー」

「───話し相手を務めると言ったな。あれは嘘だ」

「うぉおおおいぃ!?」

 

 言うや美鳩は、龍の球の物語ならばギャオッとか鳴りそうな勢いで素っ飛んでいってしまった。

 そういえば最近、バスター作りを教えてもらってるとか言ってたっけ。

 ちらりと見れば、振り回されっぱなしの不良くんがカウンターに肘をついて頭を抱えていた。

 おうおう、悩めよ悩めだ青少年。原因が我らであろうと、きっとそれは新鮮味に関しては一級品に違いない。

 

「はっはっは、ウチは自由だからねー、まあ“ぱぱどおる”でもかじって待っていたまへ」

「……ままどおるじゃねぇのかよ」

「ままどおるじゃないね」

 

 ささ、と差し出すは小さなお菓子。

 いろはママと案を出し合って完成させた、ささやかなお菓子だ。

 ままどおるとは似ても似つかぬその捻じれた姿と、黒と黄が混ざった色。

 捻くれ具合とマッカン色のコラボレーションが織りなす、シヴみと甘みが絶妙なお菓子である。

 

「《さくり》ぉぁっ……!《さくっ、さくさく……!》なんだこれ、ンまいな……!」

「ほほう、その味がわかるとは。さては貴公、マッカン好きだな?」

「なんだよその貴公っての……まあ、好きだけど。ってか自分は話さないのに俺の情報ばっか聞き出してんじゃねぇよ! 不公平だろが! そのっ……な、なんか聞かせろ!」

「女である《どーーーん!!》」

「見ればわかるんだが!?」

 

 そんなやりとりをしつつ、バスターセットの完成を待った。

 おうおう、からかい甲斐のあるオノコじゃて、からかっていた頃のリーフマウンテンさんくらい元気だ。

 てゆゥか目が合うと顔を赤らめて視線逸らすんだけど……ははははァ~~~ん? こやつめ、危険なところを救われて、世に言う伝説の吊り橋効果ってやつに陥ってしまったんだなァ~~~ッ?

 

「…………」

 

 いやいやないない、この比企谷絆、いきなり呼び出されて告白されたことはあれど、こげなウヴな反応なんぞ見たことも無し。

 ふぅ、危なかった……! わたしがプロの呼び出され告白ウーメンじゃなければ勘違いして大恥掻いてたところだよ……!

 そうそう、こんな反応なんてないない。これきっとあれだから。わたしがきっと変な顔して応対してたから、それを見て笑いをこらえたとかそんなもんだよきっと。

 

「誰がヘン顔だコノヤロー!!」

「いきなりなんだよ!?」

 

 おっといけない落ち着こう。

 淑女たれとは言わんけど、看板娘としては礼節くらいはね。

 

「いらっしゃいませイカ野郎!」

「……礼節がどうとかぶつくさ呟いといて、まさかそう来るとは思わなかったわ」

「まあまあ。お詫びに菓子でも食いなされ。えっと……生憎と自分用のチョコしかないけど、食べる?」

「へ? チョ、チョコっ───要る! くれ!」

「おおうなんか食い付きいいね。まあいいや、元気なのはいいことだ。はい」

 

 言って、チョコを渡す。

 と、なんでかまーた顔を赤くする少年。

 

「誰の顔が恥ずかしいくらいおかしいんだ言ってみれコノヤロー!!」

「だからなんの話だよ!!」

 

 よーしわかった、この不良は失礼なヤツだ。

 でもお客はお客なので、お客から失礼無礼を働かん限りは追い出すことはしない。

 と、そうこうしているうちに美鳩がバスターを、パパがMAXを用意してくれた。

 そしてそれがカウンターに座る少年の前にコチャリと置かれると、わたしはストップウォッチを用意。

 

「お覚悟、よろしいか?」

「……へ? なにこれ、タイムアタックとか出来んの?」

「そのとーり! 現在までのクリア回数たったの一回! 普通に食べることも出来るけど、その場合はべつに時間も計らないし特典もなし。あ、完食を示すため、食い終わったらガッツポーズを取ることね? 前に飲み込みはしたんだけど、ストップウォッチ止めようとしたら吐き出しちゃった人が居てね、ガッツポーズまでキメなきゃだめってことになったんだ」

「うわーお……へへっ、んーじゃあ俺が勝者二人目になってやンよ。言っとっけど俺、そんじょそこらのヘタレたぁワケが違ェよ?」

「へらず口を……ならばその口! バスターを以て黙らせてくれよう!」

「なんでいきなりバトル漫画風になってんだよ! 普通にやらせろ頼むから!」

「ノリ悪いなぁ不良クン。まあいいや、ほいじゃあいくよー?」

「あ、待った。その……よ。これ成功したら、俺に、その、あの、よ? ななな名前……教えてくれねぇか? そそそそんで俺のことは名前で呼んでくれるとか……」

「お前には出来ないかもしれない《キリッ》」

「自信満々なのか不安なのかどっちなんだよその言葉!」

 

 失礼な。今は昔のダブルハードという漫画の名言だぞぅ?

 

「とにかく! 俺が願うのはそれだ! いいな!? いいよな!?」

「じゃあ貴様が負けたら料金二倍ね」

「鬼ひでぇ!? い、やっ……ちょっ……高校生にこの料金の二倍っておまっ……!」

「ではスタートー《カチッ》」

「うおぉおおおおてめぇえええええええっ!!」

 

 さあ不良クン! 叫びつつバスターワッフルを手に、豪快にいったーーーっ!!

 

「《サクずきぃーーーん!!》ほんぎゃああああああああああっ!!!!」

 

 そして一口目で悶絶した。

 

「おわぁあああごごごあがああああっ!! あごっ! いてっ! うわがぁああああっ!!」

「食うなら早くしろ。でなければ帰れ!」

「改めて言うなよちくしょう!! ああもう食ったらぁあっ!! うおぉおおおおおっ!!《ざくざくざくざくズキィーーーン!!》ギャアアアアアアア!!!!」

 

 豪快に食う! しかし悶絶! 咄嗟に飲み物に手を出すも、ぐびりと飲んだ途端にやはり悶絶。

 うん、ほんと唯一の成功者であるゴロちゃんは猛者である。

 

「こ、根性だ……! 今まで根性がありゃなんだって出来たんだ……! ののののの飲み込んじまえばどうってこと……ぐっ、ん、んぐっ………………うぉぼばうべぶべべぇ!!(訳:喉がうけつけねぇ!!)」

「ちく、たく、ちく、たく、ちく、たく……」

「ウェヴァブバァアアーーーーーッ!!(訳:急かすなァアーーーーッ!!)」

 

 彼は食った。

 あまりの甘さに怖気というか寒気にでも襲われたのか、頭を掻きむしるように震え出し、しかしそれでもなお。

 だがしかし、明らかに食べる速度は落ちてゆき、やがてごとりとカウンターに倒れた。

 

「お前は強かったよ」

「しかし間違った強さだった……」

 

 そして、今日も挑戦者が敗れ去った。

 わたしと美鳩はタシーンとハイタッチをして、出入り口の阿門と吽門になった。

 説明せねばなるまい! 阿門と吽門とは、門を守護する阿吽の存在であり、まあようするに食い逃げをする輩の逃げ道を塞ぐ修羅のことである!

 

「まだ……まだだ……あ、ぐ……! んぐっ……ぐっ……!」

「なに!? 貴様まだ意識が!?」

「必死こいて……挑戦してるやつを……貴様呼ばわりとか、やめろ……!」

 

 ぬう! 言われてみればまだ時間は残っている! ギヴアップも聞いていないとくれば、挑戦権は残ってるということ……!

 

「ふふっ……やられたよ少年。貴様の根性は本物だ。だが食えなければ同じことよー! ほらジョー! 食えー! 食うんだジョー!!」

「ふんぎんがぁああーーーーーっ!!《ガヴォオッ!! ぐびぐびぐびぐびっ!!》」

「なっ……なにィイィイーーーッ!?」

「……!? 食べた……!? 信じられない……!」

 

 不良クン、口に無理矢理ワッフルを押し込め、ろくに噛まずにMAXで流し込むの図! ていうか美鳩! そういう発言はやめなさい! ちゃんとゴロちゃんという前例があるんだから!

 と、それはそれとして、流し込む不良クン。

 しかしやはり強烈な甘さに悶絶! 体をビビクビクビクビクンビクンと痙攣させ、しかし勝利のポーズを今───!

 

「……、」

 

 今…………?

 

「……、…………~~~~……」

 

 あ。これやばい。

 なんか鷹村さんと戦ったブライアン・ホークみたいに顔が震えて、みるみる頬が膨らんでいく!

 ス、スタンディングダウンだ! カウント! カウントを───ハッ!?

 

「───ん、ぐももぉおおっ!!《ごっ……くんっ!!》うぉっしゃあーーーい!!」

『食ったぁああーーーーーーっ!!』

 

 お、おお! おおおお!!

 食った! 食いおったわあのバスターを!! あ、でもやっぱり震えてる!

 けれどしっかりと制限時間に完食、吐き出す様子もなく勝利のポーズまで決めたからにはあんたが勝者!

 わたしと美鳩はすかさずサングラスをスチャーンとかけて、顔色を悪くさせながら拍手を贈った。

 

congratulations(コングラッチュレーション)!」

congratulations(コングラッチュレーション)!」

「おめでとう…………!」

「おめでとう…………!」

「おめでとう…………!」

『完食おめでとう…………!』

 

 完食はしたけどダメージは大きかったようで、カウンター傍に蹲る不良クンの傍らに立ち、パチパチと拍手を贈った。

 するとパパまでやってきて、パパも来ればママも、ママがくれば雪乃ママも来て、パパが呼んだのかいろはママまで驚きの顔で慌てて駆けこんできて……

 

congratulations(コングラッチュレーション)!」

congratulations(コングラッチュレーション)!」

「おめでとう…………!」

「おめでとう…………!」

「おめでとう…………!」

『完食おめでとう…………!』

 

 拍手はやがて大きなものへと到った。

 不良少年は目尻に涙を溜めながらサムズアップをしてみせ、謙遜するでもなくその偉業への賛美を受け取ったのだった。

 

 

───……。

 

 

 で。拍手も終わって従業員一同が定位置に戻った現在。

 

「いや強いキミはレスラーだ」

「誰がレスラーだよ!」

「はっはっは、いやいやぁ、パパがその昔、淫夢語を習得していたということをザイモクザン先生経由で知ってしまってね? なのでこちらはレスリング語でもと」

「……そのパパがorzして大ダメージ受けてるが」

「話題になってたから使ってみたら元ネタがホモビデオとか、痛恨だよね」

「しかもそれを妻と娘に知られる大打撃。まさに痛恨」

「うんまさに。えーとところで、あー……つくしクン、だっけ? 大儀である! キミの勝ちだ!」

「槻侍だ! つ・き・じ! 都築槻侍!」

「おおそっか、では盟約に従い、今日からキミのことを名前で呼ぼう。や、本当におめでとう、まさかこの目で完食を見ることが出来るとは思わなかった」

「へ、へへっ? おぉお~~おぉおお俺にかかればここここんなのどってことねぇし?」

「見るからに気持ちワルそうだから無理しない」

「お、押忍」

 

 おお、結構素直だ。

 そんなわけで、食後。

 ようやく落ち着いてきたらしい槻侍クンを前に、素直におめでとうを届けている。

 

「ところで写真撮りたいんだけど、いい?」

「へっ!? しゃっ……しゃしゃ!? ンやっ……どっ……どうしてもっつーんならっ……いいけどっ、よっ!? なななななんだよ待ち受けにでもすんのかよまだそういうの気が早ェエエんじゃねぇの……!?」

「なにを言っとるんだこの男は……」

「そこで心底呆れたって顔すんのマジやめて!? 俺が不良でもそうじゃなくても泣きたくなるから!」

「ほらほらあそこ。あそこにね、バスター完食者の写真を飾ることになってるの。その写真をって」

「あ…………そ、そっか。なんだ……あ、いや、それまた今度でいいか?」

「ホ? いいならいいで、今の方が手間にならないよ? なんだね少年、一丁前にカッチョつけたいってかゴハハハハ」

「お前はもう少し女らしい笑い方しような!? そ、そーじゃなけどそうっつーか……! あ、あー……ほらその、あれだ。不良から足洗おうかな、っつーか……髪、黒に戻そうと思って、よ? だからどうせ残すなら、黒のほうが……その」

「おお! その意気や良し!」

「Si……! 人は自然体がステキ……! 髪を染めるなどビッチの証……!」

「……なぁ。なんか向こうでパパとやらが胸押さえてうずくまってるんだが」

「こればっかりはいくらパパでも退けない」

「うんうん、呆れるくらいに一途なママに対してビッチはね……」

「……パパとやらがママとやらに謝りまくってるんだが」

「大丈夫! ほっとけばその内にいちゃつくから!」

「たくましいなおい……」

 

 そしてちらりと見れば、既に抱き締め合ってる二人。

 うん、良き愛である。

 ……うん、うん。胸も前ほど締め付けられるようなことはない。

 人間って残酷だなぁ。いっそずっと悲しんでいられたらーとか思うのに、そんなことは絶対にないのだ。

 それこそ病的にまでその感情が達しない限り、いずれは涙も止まってしまう。

 ただ、やっぱりと言うのか、突然涙が溢れるようなことはある。

 そんな時はヒキタニくんを抱き締めて、気を紛らわす。

 ヒキタニくんが居ない場合は美鳩である。

 あれからというもの、ヒキタニくんてばどうしてかわたしたち姉妹にやさしいからね。ただし一緒に寝ようとは絶対にしないけど。

 

「うーん、でも……あれだねぇ。この絆がよもや、おのこを名前で呼ぶ日が来ようとは……」

「? 前にリーフマウンテン様を名前で呼んでたって聞いた。“っべー”ってつけて」

「意識的な問題っていうのかね。まあいいけどさ。喜べ少年! 貴様はこの比企谷絆が初めて名前で呼んだボーイである! たぶん!」

「たぶんなのかよ! で、でも……まあその、おう。じゃあ俺もその、名前で呼んで……いいか?」

「フン断る」

「そこは素直に頷こうな!? そういう約束だったろーがよ!」

「わたしの名前を教えて、貴様を名前で呼ぶだけの約束だったよね? お? なんなら録音してた音声聞かせたろか? ン?」

「オォオオオオオオこいつほんっといい性格してんなぁもう!! わかったよ! だったら親しくなってから呼ぶ! それでいいだろ!?」

「お前には出来ないかもしれない《キリッ》」

「だから改めて言うなっつの!!」

 

 こんなのもきっと、出会いや縁ってもののひとつなんだろね。

 今はこやつをつついて、心を癒していこうか。

 うん、性格悪いねわたし。

 しかしまた会うかもわからないし、そもそももう一度来るかもわからない。

 人と人との縁なんて、会いたいって思ってもなかなか思い通りにはいかないものだしね。

 

「比企谷絆。よろしく、槻侍クン」

「比企谷美鳩。ナイスな根性は認められるべきジャスティス。よく頑張った」

「比企谷八幡。こいつらの父親だ」

「うおっ!?《びくっ》」

「えと、比企谷結衣。ヒッ……、この人の……つ、つつつ……妻……《かぁああ……!》」

「……今時これほど連れ添って、妻発言で照れる女性も珍しい。ママはほんと稀少で、パパのことが好きすぎ」

「み、美鳩がわかってないだけなの! そういうのは! ~~……改まってこの人の妻です、とか……やってみると結構恥ずかしいんだからね? もう……」

「その割には幸せですって感じで顔がニヤケっぱなしなこの人がママです」

 

 紹介するたび驚かれるが、ママは本当に若い。

 ママのママもまだまだ若い。

 由比ヶ浜の血は実に不思議でございます。

 槻侍クンも「マジで姉じゃないのか……!」って驚いてるし。

 

「《たしたしたし……》あー、陽乃さんですか? ええ、はい、絆が不良を助けたらしくて、はい、ええ。今、絆の名前を聞いて自分を名前で呼ばせることを条件にバスターをクリアしまして」

「……なぁ。パパとやらが誰かに報告してるっぽいんだが」

「ああ、はるのんだよ? ほら、都築さんが運転手を務めて送り迎えとかやってる人のうちの一人」

「うおぉおおおおおおおいぃい!? それヤバいやつじゃねぇか! 俺、家族からはひでぇ言われ様してんだぞ!?」

「コココ……ならば人として一皮むけてみせれ? 努力がわからん人じゃないんだし、持たれてる不満とかとことんまで払拭しちゃえばよろしい」

「簡単に言ってくれんなよ!」

「そりゃキミ、人が変わるなんて安易な変化を指すもんじゃないんだから、簡単なわけがないじゃん」

「ん、ぐ……」

「Si.安易じゃないから認められる努力と達成感がある。美鳩は早くにそれに踏み出して、外国でバリスタの修行をした」

「───、ちょっと待て。そういや前に、家族が話してた言葉の中に、バリスタだとか、あと、あー……ずびりっぱ……? がどうとか───」

「んん、それは美鳩。ズビリッパはコーヒーを使った奥義の名前」

「んなぁああっ!? じゃあ父親恋しさに二年くらいでコーヒーの修行を修めた知り合いの娘って!」

「……!《ドヤァアアアアア……!!》」

 

 おお! 美鳩がコロンビアポーズ!

 どうです? よいドヤ顔でしょう? 余裕の顔だ! 得てきた経験が違いますよ!

 ……うん、ほんと、その経験は凄いと本気で思う。

 そういった意味で、わたしも冒険をしてみたほうがいいのかもしれない。

 ただしばらくは……恋とか愛は勘弁だ。

 そういうのは、気づいた時にはもうしてた、くらいの自然さでしていきたい。

 

「ねぇ美鳩」

「ん……なに? 絆」

 

 ぽしょる。

 ちょいちょいと手招きして。

 

「愛だ恋だの話だけど……遠距離で溜めてた分、って意味では……美鳩の方が辛かったりする?」

「それもある。でも、一緒に居た分だけって意味では、絆の方が辛いって考え方もある」

「……どっちもどっちなんだろね、わたしたち」

「それは当然。姉妹で、双子だから」

「そっか」

「ん、そだ」

 

 ママみたいな返事で、わたしと美鳩はパパとママがそうするみたいに額と額を当てて、溜め息を吐いた。

 急にそんなことをしたわたしたちに、槻侍クンは首を傾げてたけど、カウンター越しに仁王立ちするパパを前に、質問責めにされてあわあわしてた。

 周りはほんと、騒がしい。

 特に注文もなく暇だったのか、一色工房も軽く片づけてきたいろはママもやってきて、いつものメンバーでわいわいがやがや。

 わたしと美鳩はそれを眺めて、眩しいなぁ、なんて……思うのだ。

 前までだったら無遠慮にあの中に突貫した自分も、今では落ち着いたものだ。

 恋ってすごい原動力になるんだなぁと、ようやく自覚したわたしです。

 そんなわたしたちを、雪乃ママといろはママが見つめて、やさしい顔を見せたあと、苦笑みたいな笑顔を見せてくれる。

 気持ちがわかる人にしか出来ないような、そんな笑顔だった。

 わかっても、だめでも、それでも……わたしたちは全部を選び、日常に手を伸ばしたのだから。

 憎しみもなく、祝福が浮かび、一緒に居たいって思えるなら、無い憎しみを無理矢理浮かばせて“ママさえ居なければ”なんて叫ぶ必要もないのだ。

 きっと、あの二人が同じように飲み込んだなにかがそこにある。

 友達だから、先輩だからだけが理由じゃなく、嫌悪も浮かばず祝福したいって思えたなら…………そっか。それだけのことなんだ。

 

「……、……」

 

 思ったことがあったから、口だけ動かしてみた。

 すると二人はきょとんとしたあと、“大きなお世話”と口を動かした。……その表情は、憑き物なんてとっくの昔に砕け散った、眩しい笑顔だった。

 

  じゃあ。

 

 わたしも、新しい一歩を踏み出していこうか。

 ひょいと美鳩を見ると、美鳩も眠たそうな目じゃなくて、ちゃんと目を開いて笑っていた。

 初恋は終わった。実らないのは、大体が憧れと勘違いするから。

 それでもその時に抱いた気持ちは本物で、わたしたちは確かに恋をして、失恋した。

 じゃあ次だ次だと言えるほどの元気も振り絞れなくて、っていうかあんな大号泣級の失恋のあとに“はい次ね”は絶対に無理だししたくない。

 なので、カウンターに座る男が我ら姉妹を、たとえば勘違いではなくもしかして、なんてパターンであっても、今はまだ無理だ。

 この先どうなるかは知らんけれど。

 なので、まあ。

 

「よし」

「……ん」

 

 はるのんが都築さんに車をかっ飛ばしてもらってやってきて、一緒にママのんまできて、場は混沌と混乱の渦中に。

 けど、わたしと美鳩は顔を見合わせたまま笑った。

 

 ───さて、まずはなにをしてやろうか。

 

 恋愛結婚は……今のままじゃちょっと無理。

 けどまあ、知るところからでもいいんだろう。知る努力、大事だし。

 だからこの不良クンが優良になるっていうなら、知るところから始めてみよう。や、こやつとそういう関係になるのかはまた別の話だけど……うん。

 そして、また恋ってものを知ることが出来たなら───そだね。

 今度こそ、臨終の時まで、馬鹿みたいに一途でいてみようと。

 ……そう、思うのだ。

 

 




 一応IFものということで、ぬるま湯側じゃなくこちらに置きました。
 実は元々クリスマス用に……と書き始めましたが、メ~ルィ~クリスマースとかいう状況に合ってないのでやめました。なので完全新作。

 叶わない恋って見ていて辛いです。
 そしてゲーム・俺ガイル続の結衣以外のルートをやるのにどれほど苦労したか……! いえ、他キャラが嫌いとか全然ないんですよ? むしろ好きなキャラばかりです。苦手キャラは居るけど、嫌いとまではいきません。

 プレイするたびに手が止まって、少し進めてはまた今度、みたいなこと繰り返してました。
 他キャラルートだとどうなるんだろうなって不安でしたが、まさかの一切描写なしとは。
 いえ、その方が重いって思われなくていいかもですが、想像するだけでこう、胸の中にモヤモヤがギャアアアアなわけですよ。
 でもね、ほんとね、笑顔でゆきのん抱き締めて頑張ってとか……うう、ガハマさん、ガハマさんよぅ……!

 あ、でもあーしさんがねばって隼人クンと結婚したENDはほんとよっしゃあああでした。
 結衣に限らず、一途に相手を想ってるコの願いが叶う瞬間とかって大好きです。
 ……既に相手に想い人が居て、相思相愛の場合は……なんか悲しい。

 以下雑談。
 買い物連れてってくれーと言われたから車出した。帰る頃には4時間が軽く吹き飛んでいた。キングクリムゾンだとかそういうのとは断じて違う恐怖の片鱗を味わいました。休日が……!

 あ、GreatDaysをAmazonで買ってからGreat Days Units Ver.なるものが限定的に配信されていることを知りました。
 仕方ないのでいろいろ登録して買いましたさ! くそう、この歌をこんなに好きになるとは思いませんでした。
 これ、気の許せるジョジョ好きの友人たちと大勢で好き勝手に合唱とかしたら相当気持ちいいと思うんですよね。
 仗助たちと一緒に、死んだ重ちーたちも指差してるOPのあのシーン、ほんと好きです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。