どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
七夕。
7月7日を意味し、知る中では雪ノ下さんの誕生日である。
「さっさーのーはーさーらさらー!」
「……軒端を揺らす」
「揺れるのは笹の葉だシスター! ていうか軒端がさらさら揺れたら怖いでしょーが!」
「大丈夫。某ペットな彼女のEDでも家がうにょうにょ動いていた」
「ええいOPEDのある意味なんでも許される表現が仇となった……!」
で、七夕だから竹もらってきたんだが、ていうか問答無用で都筑さんが運んできたんだが、ほんとあの人休みとか大丈夫かしら。
人知れずドシャアと倒れて病院送りにされてそうなイメージ。
そして……おおう、都筑さんが居ないと誰も移動できなさそうなイメージまである雪ノ下家よ、大丈夫か本当。
「でもさでもさー、ねぇパパ? ある程度の大きさの竹ってさ? こう両手で持って、フレーフレー桃ーとか言いたくならない?」
「ならんわ。なるわけないでしょちょっと、もうちょい問いかける年齢層とか考えなさい」
「平塚先生は無言でサムズアップをくれたよ?」
「あの人もある意味いろんな年代フォローしてるからなぁ……」
……現状と言えば、ぬるま湯メンバーで七夕を祝おうぜッ☆ という状況。
家族でひらすらに穏やかに、なんて不可能である我らがぬるま湯勢は、今回も今回とて先手を打たれ、こうして竹を届けられてしまったわけで。
「はー……こう、軒下でお茶をすするって……やってみると落ち着きますよねー……。あ、先輩? ここでじじくさいとかばばくさいとか言うの、偏見もいいところですからね? 落ち着く状況に年齢なんて関係ないんです。そういうの、よくないと思いますよ?」
「なんで真っ先に俺に言うんだよ。言わないから。お兄さんそんな余計なこと言わないから」
「はいママ質問!」
「え? あ、あたし?」
竹をどかんと設置、バランスを取り、しっかり固定していた俺の横。
いつもあなたの隣に寄り添う最愛、ガハマさんが、娘からの挙手に恐怖した。
あー、解るわー、子供からの質問って答えられないと無力感とかすごいもんなー。
まあ、今さらなわけだが。
「では質問です。ねぇママ? 七夕って、なんで曇りの確率がこんなに高いの?」
「あー……そだよねー。今年なんかは梅雨はもう明けた筈なのに、狙ったみたいに曇りになるんだもん。意地悪だよね」
「まあ雲の上ではしっかりと天の川が出来てるから、俺達の残念っぷりは横に捨て置いても二人は普通に会ってるんだけどな」
「うーわー、出ましたよ先輩節。こういうのってわたしたちが見えてるかどうかが重要だっていうのに、この先輩ときたら雲の上は変わらないとか星は普通にそこにあるとか」
「いやだって実際そーだろ。俺達が勝手に今年は会えないねー、なんて残念がってる上で、やつらは再会してキャッキャウフフしてるって思ってやらなきゃ、一年に一回が台無しになるとかひどすぎない?」
「その理屈は解りますけど、その先輩の言い方がなんか嫌です」
「ようするにわざわざ口に出して言うほどのことでもない、ということよ」
「……さいで」
一色の隣で静かに茶を飲んでいた雪ノ下が、補足するように言う。
いや、でもさ、誰かが言ってやらなきゃ残念だったねとしか思われないなんて嫌じゃない?
「あ……口に出して言うほどのことでもない、で思い出しましたけど。ねぇママ? そういえばそもそも、どうして織姫と彦星って七夕にしか会えないんでしたっけ」
「ふえっ!? え、えぁえ……えとー……ほ、ほら、あのー……」
その時、その場に居た全員が思いました。
ああ……こりゃ知らないな、と。
「由比ヶ浜さん、大丈夫よ。あなたがもし比企谷くんと結婚したとして、親が怒るような状況を想定してみればいいの」
「ゆきのん……ん、ぁ───あっ!? ややや違うよ!? 知らないとかじゃなくてド忘れしただけっていうか! とにかくほらっ! えとー……うん。一緒に居るのが幸せすぎて、働かなくなっちゃったー…………だよね? とか? ……だよね!?」
「先輩どうしましょう、結衣先輩の脳内がまんま織姫ですよ? 二人とももしわたしたちが居なかったら、ずうっと働かなかったんじゃ───」
「おいやめろ、なんか今素直にそれ受け取りそうになったじゃねぇか」
「ええ、そう。その通りで、織姫と彦星は互いが好きすぎて、その……」
「いちゃつくのに忙しすぎて、働かなくなったんだとさ。んで、親が激怒して一年に一回しか会わせん! それ以外はずっと働いてろ! ってことになったんだとか」
「休暇が年に一度だけって、随分ブラックだねパパ」
「だろ? 俺だったら結衣連れて駆け落ちしてるわ」
「その前に、そんなことをする度胸がないでしょう、あなたには」
「お前それ言ったら話とか続かないだろが……」
「へえ? 意外ね。話を続けようとする気持ちが、あなたの中に存在するだなんて」
「はいちょっと待とうね雪ノ下。俺何処で何を学んできたと思ってんの? バリスタよ? コミュ障克服する勢いでめっちゃ頑張って会話の勉強とか練習して、バリスタとして認められたからここに居るんだぞ?」
「それが一番信じられないんですよねー……あ、もしかしてはるさん先輩が一緒だったのを良いことに、山吹色の菓子を握らせたとか───」
「一色。お前、今度の結衣の新作お菓子毒見キャンペーン、味見係な」
「えぇえええええっ!?」
「…………えへー……♪」
短冊を用意しながらのんびりと。
こんな話をしているのに、隣の結衣は幸せそうだ。
度胸がどうのの前に、駆け落ちを選んでくれたのが嬉しかったそうな。
え? ええ、もちろん味見係り云々のと気は耳を塞いだり抱き締めたりして誤魔化しましたとも。
「いえいえ結衣先輩? そこはきちんと一緒に働いてですね」
「んー……でもさ、一日しか休みがなくて、それ以外はずうっと監視されて仕事してるんだよね? あたしだったらやだな、そんな場所。いろはちゃんは?」
「えっ!? ここでわたしに振りますか!? いやっ……そりゃ、わたしもそんな場所はごめんですけど」
「Sì、働かなかったからと罰にするにしても、やりすぎと断言できるまである。まずは働かないなら離婚させるぞと脅すべきだった。とても短気。まったく短気」
織姫のパパりんがとてもひどいヤツ扱いされ、しかも頷かれている中、家の前に車が留まった。
店側ではなく、裏手の自宅側だ。
「はぁ、やぁっと終わったー! あ、ひゃっはろーみんなー!」
はるねぇである。
面倒な仕事でもあったのか、その鬱憤を晴らすようにヴァタームと叩きつけられたドアが少々不憫。そして運転手の都筑さん、マジお疲れ様です。
「? なんか話してたりした? 弟くんが随分とげんなりしてるけど」
「ああいえ、その、なんつーか。織姫と彦星が一緒に居られない理由のことを話してたんですけどね」
「ああ、あれ? あれは二人が悪いよね? もっと自分が立っている位置を把握して、上手く立ち回るべきだった。引き裂かれるまで注意が無かったとも思えないし、自業自得。それに、何年経っても許されるお話が追加されないってことはだよ? 人の誕生の日にいったいどれだけ爛れた逢瀬を繰り広げてるのかって話にならないかな」
おおう、とってもシビア。解るけど。解るけどシビア。
専業主婦志望とか抱き続けないでよかったわ。俺この道歩けて心底ホッとしてる。
しっかし伝承にある物語の男ってろくな存在が居ないな。
彦星も働き者だったのに堕落したし、男どもならまず知っているであろうスサノオも、いたずらで馬と女性を殺してしまうようなクズだったし、その他にも……あ、だめ、誰々のようになりたいとか、物語の人物を思って考えちゃいけない。ほんとメ。メーなの。
「はるのんはるのん、もしはるのんが織姫だったら、彦星とどう付き合った?」
「まずは観察。どういう人かを調べて、とりあえずつついて、からかって、本性むき出しにさせて、いろいろ知ってから離れるかな」
「No……! 付き合う以前の問題だった……!」
「ではここは王道、ママに訊いてみよっか。ママママ、ママが織姫だったらどうする?」
「え? えとー……織姫やめてヒッキーに会いに行く……けど……?」
……その時、その場に居た誰もが思った。
“ええいこの恋人馬鹿はっ……!!”と。ええもちろん、この比企谷八幡めも思いました。直後にはるねぇに「顔真っ赤にしてしかめっ面しても、バレバレだよー?」なんてつつかれたけど。
ほっ……ほっといてくださいっ!? 今ほんとほっといてください!?
「いえ、由比ヶ浜さん、そうではないわ。この場合、彦星が比企谷くんであるとして考えてちょうだい」
「パパに大嫌いって言って、家出る」
((((パパさぁああーーーん!!))))
「ぃぇっ……そ、そうではなくてっ……! この場合、働かなかった二人が悪いのだとして、その場合のあなたは……」
「ががが頑張ってください雪乃ママ……!」
「Sì……! このままではおじいちゃんがあまりに不憫……!」
「……んっと。二人は結婚してさ、大好きな人と一緒になれたんだよね。それからの生活なんて二人の自己責任の問題だし……大丈夫だよ、ゆきのん。あたし、八幡が不幸になるような生き方なんて、絶対にしないから」
「………」
雪ノ下、ええいそうではないのというのに……! という言葉を、口をぱくぱくさせたまま言葉に出来ないの巻。
まあ、そうな。そんな眩しい笑顔で真っ直ぐに言われたら、どんな言葉も野暮に思えてくるよな……。
でもまあ、気持ちが解っちゃうから困ったもんで。
横からはるねぇに「ほらほら」ってつつかれたら、言わずにはいられないってもんで。
「求めた答えとは違っていても、まあ、いいんじゃねーの? 俺だってそうなったらこいつを不幸にしようだなんて思わないし、なんなら新婚ラブラブの時間を仕事仕事で潰させないでくださいってお客に土下座してでも時間を取るまである」
「うわー……先輩だったらほんとやりそうですね。まあやろうとした時点で結衣先輩と雪ノ下先輩に止められてそうですけど。あ、もちろんわたしも止めますよ? そこに居たらですけど」
「いちいち一言多いよお前……」
「まあまあ、オチがついたと書いて落着ってことでいいじゃないですか。あ、はるさん先輩、既にきーちゃんみーちゃんと一緒にケーキ用意しちゃってるんで、このまま誕生日会やっちゃいましょう! 今すぐこのぽやぽやした空気を吹き飛ばすつもりで!」
「人の誕生日を空気破壊に利用するなんて、強くなったねー後輩ちゃん。まあいいや、ほらほら弟くんー? もてなしてもてなして」
「へいへい……」
いつものことだと溜め息を吐きながら、相手からじゃなく……俺から、結衣の服をくいと引いて、一緒行くぞと促した。
結衣は、「あっ……」なんて驚いていたが、まあその、ようするにあれだ。
働いてりゃあ、一緒に居ようが文句ないんでしょ? そのパパさんたら。
だったら精々思い切り働きつつ、思い切り一緒に居てやろうじゃないの。
「はぁ……。半端な話題では二人に場を利用されるだけだと、何故わからないのかしら……」
「? 雪乃ママ、どういうこと?」
「美鳩さん、コーヒーのブラックを用意してちょうだい。答えはすぐに解るから」
「?」
そういうことよと返して、雪ノ下はお茶の底にたまった濃い部分までもを飲み干して、立ち上がったのだった。
え? その後のブラックコーヒー? なんだか異様にみんなが飲みたがったらしいよ?