どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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そして、比企谷八幡は無意識に正しくあろうとする②

 お前はなにが気に入らないんだ。

 そいつらはそう言った。

 責めてしかいない語調で、ねちねちと“どうして泣かせた”だの言う姿が鬱陶しくて仕方ない。

 “妹を守るべき兄が妹を泣かせるな”、という雑音を放つ口が気持ち悪くて仕方ない。

 

「じゃあもう俺に一切近づくなってルールでも作ってくださいよ。俺はもう独りで構いませんから」

 

 完全に腐っているであろう目で二人を見つめ、へらりと笑った。

 返ってきた言葉は「言っても聞かない」だった。

 じゃあそんなもんは自業自得だ。俺にどうこう言ったところで何も変わらない。

 そう言ったところで、この二人は聞く耳を持たない。だから言うのだ。ひどく当たり前のことを。

 

「大人なら、人に出来ることを命令してくださいよ。むしろもう来るなって言いましたから、これで二度と来なくなるんじゃないですか? よかったですね、自分の評価は下げずにコトが上手く運んで。娘さん方、今頃俺の悪口しか言ってませんよ」

「娘、方……? 八幡、お前」

「仕事帰りに会う必要もない、会いたくもないゴミと会うのも面倒でしょう? 世間体があるからって来ていただかなくても結構ですよ。娘さん方のことだけ考えて生きてください。じゃあ、娘さんをお大事に。……見舞いとか必要ないんで、もう来ないでくださいね」

「───!《ゾクッ》」

 

 笑顔で言ってみせると、親父は息を飲んだ。

 親父さん……由比ヶ浜の父親も顔を青ざめさせて数歩後退り……やがて、なにも言い残さずに病室から出て行った。

 

「……ほら。これで誰も傷つかない世界の出来上がりだ」

 

 以降、由比ヶ浜や小町がこの病室を訪れることはなかった。ああ、これでいい。これがいい。

 足が治ったら早速バイトでも探そう。人間関係に苦労しようが、金は必要だ。

 もっと成績を上げて、もっと親の目から離れられる完璧な自分を創って行く。“こいつは見ていなくても大丈夫だ”と認識されるまで自分を高め、やがて親の目からもフェードアウト。そこに俺の理想がある。

 

「ああ、嫌になる」

 

 嘘の自分が自分になっていく。

 いつだったかつけた仮面が取れなくなって、独りの自分が完成してゆく。

 けど、それも間違いなく自分であり、強制されたものではなく自分で選んだ道なのだから、きっと後悔なんてものはしてはいけない。する必要もない。

 俺に関してはそれでいい。幼馴染の涙を流す姿が頭に浮かんで、それだけをただ後悔する。それだけでいい。

 

「………」

 

 ずっと昔、嘘が嫌いなガキが居た。

 世界は“本当”に溢れていて、教えられるもの全てが輝かしい宝物だった筈だった。

 いつしかガキは嘘を教えられ、それを信じ、笑われ、傷つくことで虚構を知った。

 愚直なまでに欺瞞を信じ、道化のように笑われて、それでも信じることは美しいものだと……信じることを信じ、やがて裏切られた。

 残ったものはなんだ? 腐った目をした独りの捻くれたガキだけだ。

 もう一度言おう。腐った目が気持ち悪い? どの口が言う。人を信じ続けた結果がこれなのに、どうして俺が笑われる側に立っているのだろう。

 いくら自問自答を続けたって解は出ない。

 無難な言葉で諦めればいいのに、俺はいつまでもその問いに答えを当て嵌めなかった。

 いつかなにかしらの美しさがそれを埋めることを願っている、なんて美談を求めているんじゃない。

 この世界には汚いものばかりが溢れているって知っているし、そんな中で自分にとっての正しさを必死にもがいて掴み取らなきゃいけない世界だって、もっとガキの頃に気づいていた。

 それでも俺は───

 

「俺は……」

 

 誰に欺瞞だ傲慢だと指を指されようと笑われようと、自分の全てを投げ打ってでも貫きたいなにか───それを、いつだって求めていた。

 それをなんと呼べばいいのか。

 俺は、それの名前を……まだ知らないでいる。

 

   ×   ×   ×

 

 エリートぼっちの朝は早い。

 退院してからの日々はそうする前と大して変わらず、変わったことといえば……愛用していた自転車が、青春を楽しむ愚かなリア充どもの代わりに爆発し、砕け散ったくらいと言える。

 まあべつに歩くことは嫌いじゃない。むしろ早くに家を出ることが出来る状況に感謝するまである。

 家に俺の居場所なんぞは大してないのだ。両親が社畜してなけりゃ、それこそ部屋に居る以外に逃げ道などありはしなかったに違いない。

 ダイニングで食事を取ることはおろか、こうしてキッチンで料理をすることすらなかった筈だ。

 そんな社畜根性丸出しの両親の所為で、一度幸福に包まれていた筈の妹が家出をしたことがあるのだが……ああ、なんともメンタルの弱いこと。なに? ガッコ終わって家に戻ったら家族が居ない程度で家出しちゃうの? こちとら家族全員集まっている状態で帰ってもぼっちだっつの。

 溜め息を吐きながら妹を探したのは俺だ。両親はそのこと自体を知らん。あんなに愛しているのに、娘の涙の意味も知らずに俺を殴りやがった。やっぱ他人は他人の気持ちなぞ解るわけもない。

 妹はしゃくりあげながら“ちあう、ちあうの”と言っていたが、どうやらそれを脅されたと受け取ったらしい親父はやはり怒る。ああはい、俺の事情なんぞ聞くつもりもないことくらい知ってるから、さっさと殴って終わらせろよ。勉強したいんだよこちとら。

 

 まあ、そんな覚悟で挑んだ総武高も、合格してみれば幼馴染がついてきているとくる。

 実に迂闊だったな。ここなら受ける筈がないとか、信じて疑わなかった。悔しいがこれはぼっちがもたらした情報収集能力の欠落の結果と言える。もっと周囲に耳を傾けるべきだった。

 

 ともかくだ。

 三週間の遅れを以って教室に入った自分へ向けられる視線は、当然の如く“誰あいつ?”だった。

 突然の転入生の登場に驚くどころじゃない。むしろ“なんで居るの?”と皆の目が語っていた。“みんな”は“みんな”だ。大人が使う“みんな待ってるよ”の“みんな”ではない。

 しかしそんな視線も、特に目立つ行動をしなければ続くものでもない。

 幸いにして席が最後尾で隅っこということもあり、日を追うごとに俺へ向けられる視線も少なくなり、ひと月を越える頃には完全に無くなっていった。それは存在感の消滅に近いほどであり、俺の席がある列だけ、毎度俺の席までプリントが来ないほどだった。いや言っとくけど泣いてないから。後ろから回収してくれって言うから立ち上がろうとしたら、俺の前の席の佐藤くんがガタッと立ち上がって回収を始めて、びっくりして変な声が出たことなんてちっとも気にしてない。

 

  ……ごほん。そう、ともかくだ。

 

 そうして確実にぼっちとしての完成を目指し、自分を薄めていくことに成功した。

 気づけば俺に話しかけるような馬鹿は居なくなり、俺はついにエリートぼっちへとクラスチェンジを「ひ、比企谷くんっ!」───……おーい、比企谷くーん、呼ばれてるぞー。返事してやれよー。誰だよ比企谷。無視とかひでぇな───俺だった。肩叩かれたし、俺だよね?

 

「……あ?」

 

 会話に巻き込まれた時はひどく面倒そうに振り向きましょう。

 そして心底興味ない&これからも係わり合いたくないと感じる声で迎えてあげれば、これであなたもぼっちです。ソースは俺。

 ……と、振り向いて見た先に───えらい美人がそこに居た。

 キョンくん、俺……ハルヒのことを別にえらい美人とは感じなかったけど、今はその言葉だけを信じられるよ。美人は居た。女神は居たんだ。

 

「あ、あの……比企谷くん、で合ってるよね? あの、僕、戸塚彩加っていうんだけど───」

 

 教室の中なのにジャージを着た、銀髪の……綺麗というより可愛い系の女神。

 思わず腐った目を見開かせ、まじまじと見つめてしまったが───動揺するな、比企谷八幡。これはお決まりの罰ゲームだ。俺に話しかける女なんて居るわけがない。居たとして、それは罰ゲームの結果であり、勝手に話しかけておいて泣いて戻るまである。なんで話しかけられた俺が戸惑って、しかも泣かれて悪者にされなきゃなんねーんだ。涙は女の武器って言うけど、あれどう考えても“矛盾”でしょ。盾と矛を兼ね備えてるよ。

 そんな思考にまで到ったら、自然と目が周囲を見渡した。

 隠れてクスクス笑っているやつは……居ないな。代わりに心配そうに見ている女子を発見。はい罰ゲーム確定。一気に心が冷えていくのを感じた。なんで信じようだなんて思った。目か? 目だな。今まで見てきた中で、二番目くらいに純粋に見えたから。悪意がなかったから、疑うより先に信じようとしてしまった。……そんな勝手な信頼、裏切られるに決まっているのに。

 

「ああ、罰ゲームおつかれさん。話しかけるだけでよかったんだろ? もう戻っていいぞ」

「え? あ、あの、罰ゲームってなんの───」

「ああそれともドッキリのほうだったか? どっちにしても俺に話しかける理由にゃならんだろ。もうさ、ほっといてくれないか」

「───……それって」

「いーよ、こっちはもう慣れっこだ。嘘の告白してとっとと戻って“お友達”に泣きつくのもいいし、話しかけたから比企谷菌が伝染るーとか言って笑ってくれてもいい。……だから、もう関わらないでくれ。そういうの、迷惑だ」

「───!」

 

 言った途端だった。戸塚が───ああ、ぼっちは名前を覚えるのは得意なんだよ。聞き直すのとか恥ずかしいし面倒だからな。ただし文字がどれなのかまでは知らん。覚える気もない。だから他人が俺の苗字を見て“ヒキタニ”と言ったところで責めもしないし訂正もしない。わざわざそんなことのために人と話すほど、ぼっちは他人にやさしくないのだ。───で、だ。その戸塚が悲しそうな顔をしたあと、急に俺の手を両手で掴んできやがった。

 え? なに!? まさかの女神からの接触!? やだ八幡どきどきしちゃう! いや落ち着け、クールになれ、騙されるな。こんな行為はどうせ俺を騙すための───

 

「比企谷くん! ぼ、僕とっ……友達になってくださいっ!!」

「───…………は?」

 

 ぽかんと開口。ズバッと解決はしてくれない。

 え? なに? それが罰ゲームの内容なの? ああそういうことですかそうですか。

 

「はっ、なんだ? それで俺がハイって言うと周りのやつらがプークスクスって笑って、お前なんかと友達になるヤツ、居るわけねーだろって全員で笑いものにするのか?」

「ち、違うよ! 僕は本当に───」

「あ、そう。だとしたら余計にだ。……“同情で友達に”なんてものはお断りだ。そんなものは、いらない」

 

 そう。そんなものはいらない。

 ぼっちたち孤独者にとって、長年こじらせ暖めた“友情像”ってものはとても純粋なものだ。

 友人だと思った存在は無条件で信じたくなるし、自分はそいつを裏切らない存在でいたいと思う。“友達”に向ける信頼の量がそもそも違うのだ。

 信じたなら、心から信じ続けたいと思う。だから、友達って言葉を軽々しく使う存在が許せない。

 だから……そんな、相手を信じることも知ろうとすることもせず、遊びのために友達になろうだなんて軽々と言える存在は……嫌いだし、いらないと言える。

 俺はいっそ睨むくらいに戸塚の目を見て敵意を露にする。

 戸塚はそんな俺を前に、一瞬息を飲むが……ふわりとやさしい笑顔を浮かべると、一度頷いた。

 

「…………───うん。そっか。じゃあ───」

 

 頷いて───

 

「ああ、そういうことだ。もう俺に構わ───」

「僕と友達になってください」

 

 今度は真っ直ぐ、嘘の一切もない綺麗な瞳で、そう言った。

 当然こっちに走るのは困惑ばかりだ。なに言ってんだこいつ、人の話聞いてたのか、と……まあ、思いつく限りの困惑に繋がる言葉を頭が占めていたな。落ち着けよ俺、ぼっちはうろたえても心で冷静であれだ。……落ち着け。落ち着いてください。

 

「いや……なに? お前俺の話聞いてた? 家で比企谷くんの言うことは無視しましょうとか教えられてんの? なにその俺限定に厳しい規律。泣いちゃうよ? 俺」

「ふふっ……うん、安心して? そんな家訓はないし、ちゃんと比企谷くんの言葉は聞いてたよ? だから同情とかなしにして、友達になってくれないかな」

「やだよ。お前みたいな可愛いヤツと一緒に居たら悪目立ちするだろ。むしろいつか俺がお前のやさしさを勘違いしてお前に惚れて、告白して振られるまである」

「こ、告白!? や、やめてよ……僕、男の子だよ……?」

「───」

「?」

 

 いつか、ある男はニーチェった。違った。ニーチェは言った。神は死んだと。でも天使は居た。それだけの話だったらしい。現人神って呼び名、あるよな。神がそれなら天使はなんて呼べばいいんだろか。大天使トツカエル? ……だな。

 いや、だから落ち着けよ俺。動揺するな。俺はエリートだろ? 状況に踊らされるな。表面で驚こうが、内面では常に冷静であれ。次に喋ることを常に先に用意して、冷静に対処しろ。

 ぼっちはその場のノリで話すことなどしない。相手の一言、相手の態度、言動や行動パターンから次の言葉を常に予測して、次はこうくるだろうと、返事のパターンを構築、さらにはそれらの会話を長引かせずに殺す言葉を用意する。

 話を広げる必要性なぞぼっちにはない。だから冷静に───れ、冷静に……!

 お、男な、男。ははっ、男…………まじかよ。

 

「いやいやいやっ……おまっ、男っ……え? …………マジ?」

「う、うん…………その。証拠、見る……?」

 

 頬をスッと赤らませ、小さくふるりと震えた戸塚の手が、戸塚のジャージの下へと伸びる。

 証拠? 証拠って……いやいや想像するな、天使は穢れてはいけません。他の駄天使もとい堕天使がどうなろうと構わん、だが俺なんぞにこんな純粋な目を向ける天使を穢すなど有り得な───ああ、なんかもう冷静な自分が心のどこにも居てくれない。残念だ、ああ残念だよ俺のぼっち性よ。

 こういう場合……心にどうしても余裕が持てない場合は、小さくていい、妥協点をひとつ作ってやる。

 そうすれば焦りも解消、“仕方ない”の免罪符が出現して、冷静に考えられる俺が浮上する。

 だから言おう。もう……いいんじゃないかな、“性別:戸塚”で───と。免罪符を作成。

 馬鹿とテストが入り乱れる召喚獣物語でも、性別:秀吉とかあるし、それでいいのだと頭に理解させる。

 ああ、その問題はそれでいい。横にずらしておけば、解決するか捨てるかはあとでいくらでも出来る。

 心を一旦落ち着かせられればあとは楽だ。“けど、じゃあ、だからなんだ?”って話になる。

 俺はこの一年で真のエリートぼっちとして完成する予定だ。それをこんなところで潰されるわけには───

 

「ダメ……かな?《ウルッ……》」

「結婚しよう(結婚しよ)」

「えぇっ!?」

 

 涙目の上目遣い一発でこの有様だよ。なにこれ反則でしょ。自分が作り上げてきた壁が、大型巨人のタックルもびっくりな速度で破壊されちゃったよ。

 仮面には自信があったのになにこれ。チ、チートや! こんなんチートやチーターや!

 

「あ、いや、すまん冗談だ」

「だ、だよね。もう、急に変なこと言うからびっくりしたよ……」

「す、すまん」

「ふふっ……でも、なんだかいいね。男の子同士ならではの冗談って感じで。今まで僕にそんな冗談言ってくれる友達、居なかったから……《ニコッ》」

「毎朝俺のために味噌汁を作ってくれ」

「ふえぅっ!? も、もももう! なに言ってるの比企谷くん! あんまりからかうと怒るよ!?」

「……すまん」

 

 いやほんとごめんなさいこの口が、この口が勝手に……! なに? なんなのこの衝動。

 心のときめきが消えてくれない。もしかして……これが恋? ……え? 俺の初恋の相手、戸塚? 性別:戸塚とか言った矢先に惚れちゃったの? ……まあ、初恋の相手はきちんと居るけどな。大丈夫、冷静だよ。

 でもアレだよな、うん。周りのやつら見る目ないよね。俺が最初から戸塚の友達だったら、もうその存在を守るために勇者になる覚悟だ。そして魔王と戦って世界を救って告白して振られる。……やっぱり振られるのかよ。

 

「……ん。なぁ戸塚。戸塚はなんで急に俺に話しかけてきたんだ? ぼっちに同情してってのは、まあ置いておくとしてもだ」

「う、うん……同情っていうのは、正直に言っちゃうとちょっとはあったかもしれないね。ごめん」

「い、いや…………うん。正直に言ってくれると助かる。俺も割り切れるからな」

「でも、今は本当に友達になりたいって思ってるよ? 比企谷くんと話してると楽しいし」

「───!」

 

 楽しいし……楽しいし……たの……たの……!

 

(……天使だ…………天使は……居た…………居たんだ……)

 

 俺との会話を楽しいと。

 ぼっちで卑屈で捻じ曲がっていて、いつも相手の揚げ足を取るようなものの言い方しか出来なかった俺との会話が……。

 

「───」

 

 いつか……ああ。いつか───僕はなんのために産まれてきたんだろうって悩んだことがあった。

 次に産まれてきた妹を守るため? 違う。妹は俺なんかが居なくても親たちが守ってくれる。

 世界に溢れるリア充どもの笑いのタネになるため? ……違う。そんなもののために人生を捨てようと思えるほど、自分は他人に対して自分を安売りした覚えはない。

 じゃあ何故だ? …………この天使と友達になるた───

 

「あ、えと、話しかけた理由だったよね。ほら、この間の体育でやったテニス、覚えてるかな」

「え? お、おう」

 

 危ねぇ。無意識に跪いて傅き、手を取って誓いのキスをして悲鳴を上げられてクラス全員に吊るし上げされるところだった……!

 

「ずっと壁打ちしてたけど、フォームが凄く綺麗で……」

「───」

 

 ジャージ。テニス上手。声をかける。

 ああ、なんだ、また勘違いするところだった。最近の“勘違いぼっちキラー”は天使まで派遣するのかよ。

 ようするに戸塚が興味を抱いたのは俺ではなく、俺が持つテニススキルだったわけだ。

 ……そりゃそーだ。そうでもなけりゃ、こんな大天使が俺なんかに声をかけるわけがない。

 

「あっ、待って待って、誤解だよっ! テニス部に勧誘したいとかそういうのじゃなくてっ! ただ純粋に綺麗だったなって! ……それが、話のきっかけになればって思っただけなんだ……気分を悪くさせたなら謝るから……そんな目、しないでほしい、な……」

「───《きゅん》」

 

 え? やだなに今の音。恋に落ちる音がしたの? メルトなの?

 つか、何も言ってないのに察しちゃったの? どれだけ人のこと見てるの? え? もしかして……こいつ俺に惚れてんじゃね? ───…………うおおおお違う! 落ち着け! もうその勘違いは卒業したろうが!

 ぼっちは同じ間違いは犯さない。俺を好きになるやつなんて居ない。ラブレターを受けようが告白されようが、直後にゲラゲラ笑う悪意たちに囲まれて泣くだけだ。

 受けるつもりもなかったのに、断るために指定された場所に行っただけで笑われた過去に誓って、あんなものは二度と信じない。

 それに……信じないっていうなら、それは自分以外の全てと誓った筈だ。

 ママさんと平塚先生はまだいい。あの人たちは大人の中で珍しいくらい信じられる人達だ。

 故に俺は、他の人など信じな───

 

「…………《じっ……》」

(信じない、信じな───)

「…………《じぃい……っ》」

「……《ポッ》」

 

 天使は例外でもいいかなっ! 人類を超越したなにかだしっ!

 あと上目遣いのトツカエル可愛い! とつかわいい! 濁った心が浄化されていくようだ……! 俺が15年もの間熟成させ、この一年できっと完成するであろうエリートぼっちへの心が洗われてゆく……!

 

「───」

 

 でも。

 そんな天使であろうと、きっと“そういう時”が来てしまえば、自分はきっと切り捨てるのだろう

 そんな未来があっさり見えて、急激に俺の心は凍てついた。

 どんなに大切に思っても、いつかきっと“じゃあ、もういいや”と心が冷える時が来る。

 ぼっちにとって、切り捨てることは恐怖じゃない。何故なら戻るだけだからだ。あ、俺捨てられる側だった。……捨てられてもなかった。だって友達居ないもん。

 

「戸塚。友達の件だけどな」

「う、うん。なってくれる……かな《ち、ちらっ?》」

「まずは友達からお願いします」

「ほ、ほんとっ!? ……え? 友達から? 友達のあとになにになるのかな」

「───ハッ!?」

 

 あ、ありのまま……今起こった(略)気づけば友達からお願いしますとお願いしていた!

 な、なにを言ってるのか《略》味わったぜ……!

 断るつもりだったのに、いったい何故……!?

 

「………」

 

 もう……いいんじゃないかな。相手、天使だし。人を信じるのはやめた俺だけど、天使くらいは信じていいんじゃないかな。カテゴリ:天使。断じて、カテゴリ:友達ではない。

 そんでさ、天使にさえ裏切られるようなら、もうなにも望むものはないじゃないか。

 むしろ天使に裏切られてこそ、エリートを越えた超ぼっち人神とかになれるんじゃね? 2とか3とか4とかあっさり超越して、なんかもう神になれるよ。

 OKメリットしかない。喜んで。

 こうして俺は傅いて、そっと手に取った天使の手の甲にそっと口付けをするのだった。……心の中で。

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