どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
重要なのは原作を見ながら文字打ちペーストするのではなく、どうすれば自分っぽく俺ガイルを書けるか、なんてことを考えながら書いておりました。もとい打ち込んでおりました。
原作そのままなら原作があるので要りませんしね。
じゃけんども原作っぽさを残したまま自分っぽく、というのはなかなか難しく、いきすぎればアンチヘイトですし、同じすぎてもよろしくない。再構成ものだと余計ですよね。
なので……難しく考えることなく、まずは思いつくまま書いてみよう、と書きました。
そもそもキャラを掴むために書き始めたものですし、チラシの裏気分で好き勝手やっていくちょー! って感じで。
うん……自由すぎたと思います。
そして、どうせ書き溜まったんだからとUPするとなると、そりゃあもう恥ずかしいわけですよ。だって、“キャラを掴み切れていないところ”とか満載なわけじゃないですか。
そんな意味も込めてのタイトルの【習作】です。
戸塚とよく行動をするようになってから、既に一週間が経っていた。
「八幡!」
日にして7日。俺は既に名前で呼ばれるほど気安い関係となっていた。
「クククッ……ついに見つけたぞ八幡。ここが貴様の聖域たる場か。───なるほど、時折に吹くこの風……ただの風ではないな……?」
……材木座と。
いや言っとくけど相手が勝手に呼び捨てにしてるだけだからね?
俺、戸塚にしか許可出してないからね? その現場にたまたまこいつが居合わせただけだから。
「お前なんでここ居んの? 天使の舞いが穢れるから消滅してくんない?」
「ぶひっ!? いやちょっ……やめて? 真顔で消滅とかほんと傷つくから」
現在は昼。
ぼっちとして既に独りで校舎を歩きまわった俺は、これぞというぼっちに最適な場所───そう、いわゆるベストプレイスを手に入れていた。それがここ、テニスコートが見える、小さな人影のない校舎の一角。
だったのだが、のんびりぼっちメシを楽しんでいると、後ろから暑苦しい男参上。名を材木座義輝。自分を剣豪将軍と言って譲らない……まあいわゆる中二病患者だ。
戸塚と友達になって以降、体育でよくある“ペアを組んで”地獄から解放されていた俺なのだが、ある日に戸塚が他の男の誘いを断り切れず、あぶれてしまう事件が発生。
なので今まで通り調子が悪いので壁打ちしてますと体育教師に告げて、いざぼっち壁打ちだと移動しようとしたところ、コレと引き合わされた。
「ククク……よもや我以外に自ら孤独を選び、己の壁と向かい合わんとする選ばれし者が居るとは……!」などとのたまう、太い顔に眼鏡を無理矢理くっつけたような中二さんがそこに居た。
直後に教師に「なんだそのグローブは!」と怒られ、「ひゃ、ひゃいっ!」と急に素に戻って自前であろう指貫きグローブを外していた。……オープンフィンガーグローブ……中学までの俺だったら、ちょっと惹かれてたかも。ちょっとだけ。ま、惹かれただけで、どっぷり浸かるほどの興味を持てる状況じゃなかったが。
……と、まあ。ともかくそんなたった一回の邂逅から、こいつはやたらと俺の傍に居たがったわけで。
「もははははは! 選ばれし者の傍には選ばれし者が集うもの……! ともにゆこうぞ比企谷八幡! 邪眼を備えた貴様とこの剣豪将軍が組めば、世に蔓延るリア充などには負けはせん!」
「アホか。選ばれるやつがぼっちなわけないだろが。選ばれないからぼっちなんだよ」
「ゴラムゴラムっ! ゴラッ……ごラァっほほげっほごほっ! ……それは言わない約束であろう、相棒よ……泣くよ? 我、泣くよ?」
咳払いのつもりなのか、ゴラムゴラム言って咽る巨体。なにがやりたいんだこいつは。
まあ、それもどうでもいい。
「メシ食うなら静かにしてくれ。教室でも居場所が無くて、ようやっと見つけたベストプレイスまで潰されたんじゃ、心が休まらん」
「……ふむ」
材木座が顎に曲げた指を当てて俯く。
丁度その時、ザア……ッ……と風が吹き、次いで向きを変えた風が吹く。
「……お前もぼっちなら解るだろ? 邪魔されたくねーんだ」
「うむ。たしかにこれは、正直たまらん」
臨海部に位置するこの学校は、お昼を境に風向きが変わる。
朝方は海から吹き抜ける風が、昼の今頃になると、まるで元の位置に帰るかのように陸側から海へと戻ってゆく。
この瞬間を肌で感じる時間が、俺はたまらなく好ましいと思っている。
……ま、その日の天候にもよりますが。
「やれやれまったく。風にも帰る場所があるというのに、我らときたら……」
「おいやめろ、さりげなく自虐に俺を混ぜるんじゃねぇ、泣いちゃうだろが」
俺にだって帰る場所くらいある。何処って? …………ほら、その。アレだ。戸塚の隣とか。
……やめよう、視界が滲んできた。
「しかし我と貴様が肩を並べるようになってから、はや一月か───」
「盛るんじゃねーよ。まだ五日も経ってねーだろ」
「戸塚氏とはどうなのだ? こうして聖棍ラケンティウスを振るう姿を見守るだけの関係か?」
「普通にラケットって言え。……まあ、知り合いとしてぼちぼちやってんじゃねーの? そもそも友達も知り合いも居たことねーから基準とか知らねぇし」
居たのは幼馴染だけな。カテゴリ:幼馴染。
カテゴリ:妹は居ない。待っては居るのだろうが、興味は向けない。
「ほぷん? 友ではないのか。まあそれを言えば我も友など居たためしもないが……なにせ我は孤高の狼───友を作り、ぼっちを卒業した貴様とは一線を画す存在! そう、つまり我こそが真の孤高者となり───」
「あ、八幡ー!」
「おう戸塚、おつかれ」
「はぽんっ!?」
なにやら材木座が騒いでいたが、どうでもいいからどうでもいい。それより練習を終えた戸塚がタオルで汗を拭きながら近づいてきて、上気した顔のままに八幡……八幡って……!
「くぅっ……これが大天使の放つ輝きっ……! 存在だけでここまでの物理的な力を放つとはっ……! さては貴様も選ばれし者っ……!? なんにせよ男の娘とか現実に存在することが証明されたでござるww 我感激ww コポォ」
「? よく解らないけど───八幡のお友達なのかな。こんにちは、僕、戸塚彩加っていいます。八幡と友達なら、よかったら僕とも友達になってください《にこっ》」
「───《パパァー》」
大天使スマイルの輝きが、材木座を照らした。
材木座はそんな輝きを前にボーッと硬直したあと、差し出された手にハッと気づき、指抜きグローブを外してぐっしょりの手汗を一生懸命服で拭ってから、その手を取った。
「おい孤高の狼」
「───ぶひ? …………ハァアーーーーーッ!?《ガーーーン!!》」
うわ、本気の絶叫だ。まじかよ。こいつグローブ外しから握手までの一連の行動、全部無意識でやってやがった。
しかもorz状態になってヘコみ出したし。
「馬鹿な……っ! 他の誰であろうが知らぬが、この我が友情などという不確かなものの前に屈するとは……!」
「……いつから、相手が人であると認識していた?」
「───! なん……だと……!?」
落ち込む材木座に、低い声で言ってやる。
と、案の定あっさりとノってきた。まあ、気持ちは解る。こんな言葉遊び、ネタを知ってるヤツ相手じゃないと一生言えないもんな。
「お前は戸塚をなんだと思ってるんだ。天使だぞ? 天使に俺達のぼっち常識が通用するわけねぇだろうが」
「ハッ───……い、言われてみれば……!」
「も、もう! 八幡!? また天使とか言って! 僕は男だってば!」
「お、おう悪い。でもな、戸塚。天使にだって男は居るんだぞ? それになにより戸塚は戸塚だからな……(性別的に)」
「あ、ところで戸塚氏? 戸塚氏は八幡のことを八幡と呼んでいるのに、八幡には戸塚と呼ばせておるの?」
「え? あ、えと……僕は名前でもいいって言ったんだけど……」
「材木座……俺なんかに名前を呼ばれて、戸塚の天使性が腐ったらどうするんだ」
「八幡……貴様、まっこと従者の鑑よな……!」
「は、八幡は従者なんかじゃないよ! 僕の友達だよ! ……ねぇ八幡? 僕だって怒るんだよ? 僕の友達のこと、“俺なんか”なんて言うなら、本気で怒るよ?」
あ、やばい。怒った戸塚も見てみたい。じゃなくて。
「ぐ……す、すまん。けど、俺なんかってのは見逃してくれ……。今さら自分に自信なんざ持てやしない。持てたとして、それを自慢するような自分になんて絶対になりたくない」
ただし自分の失敗談は除く。自虐ネタは人を遠ざけるのに丁度いい。ぼっちには必須スキルだ。……べ、べつに好かれようとして、ネタのつもりで話してみたらドン引きされて失敗した過去があるとかじゃないヨ? ほんとだヨ?
「……ねぇ。八幡はどうして、そんなに自分を隠すの?」
「隠してなんかいないだろ。むしろ出しすぎなくらいだ。俺が自分を隠すとしたら、断り切れない状況の中で集団行動を強制された時、何も言わない目立たないを貫かんとした時くらいだ」
「うむ。我らぼっちは常に他人を思い、和を乱さぬように、集団の中で孤独を魁る。知ってる話題が出たからとウキウキ声で話に乗ろうものなら一瞬で絶対零度の空間の出来上がりだ……我はこれを孤高凍結空間───アブソリュートフリィイザぁーーーっ! と呼んでいるゥウウ!!」
「うるさい暑苦しい。あとうるさい」
「あれ? 今うるさい二回言った? ねぇ二回言った? 我の聞き違い? ねぇ」
「八幡……」
「悪いな戸塚。材木座はどうか知らないが、俺はもう自分の完成を目指してんだわ。今さら愛されたいとも思わないし、愛されてそれが純粋な愛だとしても、俺はそれを……もう真っ直ぐには受け止められない。疑わないと自分を保っていられないんだよ」
「然り然り然り! 友達という言葉に一喜する心は確かに残っているが、だからといって愚直に信じられるほど優しい世界を見続けたわけではない! ……ていうかそんなやさしい世界だったら我、もうとっくに声優さんと婚約してるし」
「いや、いきなりなに言ってんのお前」
いきなり声優とか何事? あ、そういやこいつ、小説書いてるんだっけ。ライトなノベルのアレ。
「人生楽しからずや。これからどう転ぶかなど闇の中で煮詰めた暗黒の中から光を探すようなもの。だが我は諦めぬ! あ、でももっといい仕事とかあったらそっちに転かも」
「だからお前、いちいち切り替え速いっつの。ようするになんなのお前。何が言いたいの」
「大人になりたくないでござる!」
「ああアレな。子供でいた~いずっとトイザらスキ~ッズ♪」
「うむ! 大好きなおもちゃに囲まれて~♪」
『大人になんてなりたくな~~~い♪ 僕らはトイザらスキッズ♪』
……悲しい歌だった。いろんなやつらが思うことだろうさ。
「最初はアレな。早く大人になりたいって思うのな」
「然り。しかしなってみればなにも変わらぬ。無力な雛鳥が体だけ大きくしただけよ。これでは意味などなぁああい!!」
「大人ってめんどいよなー……」
まあ、大人になれば逃げられるっつーなら、さっさとあの家から出るために大人の条件が欲しくはある。
「大人かぁ……八幡はさ、どんな自分の完成を目指してるの?」
「あ? そりゃお前、ぼっちのだろ。なんでも自分で出来て、人に頼らず独りで生きていられる存在だ。事故って三週間も休んだお陰でグループなんてものには入らなかったし、スクールカーストなんてものの目から見ても最底辺だろ。いっそ話しかけたらそいつまで底辺に見られる。そんなヤツにわざわざ話しかけるお人好しなんざ───……」
「…………」
「…………居た、んだよな。ああそうだな、それが一番の誤算だったんだろうさ」
幼馴染の由比ヶ浜結衣は、あの容姿に空気を読むのに長けた性格だ。別クラスでとっくに最上位カーストに君臨していることだろう。
加えて、捻くれた俺の問答にも付いてこようとしたプラチナメンタルだ。多少の陰険な言葉なんかでは揺れないに違いない。なにそれ無敵じゃねーか。ま、そうであればあるだけ、俺とは係わり合いにならないってこった。良かったじゃねーか、予想に反して俺の生活は安泰視出来るかもしれない。
「八幡にはさ……八幡を見てくれる人は居なかったの……?」
「居るわけないだろ。見たとしても見下した目以外の何物でもなかったな。妹にゴミ呼ばわりされるようなお兄ちゃんだぞ? まともであるわけがないだろ」
「い、妹さんじゃなくてもさ……誰か……」
「居ない。最初は仲が良かった幼馴染だって、そいつの親が娘には近づくなって言って暴言の嵐。どころか、実の親にさえ妹に近づくなと言われてる始末だ。その妹が慕ってくれてるならまだしも、ごみぃちゃん呼ばわりだ。救えないだろ、そんなの」
「はぽん? それは我々の業界ではご褒美───」
「いやそっちのほのぼのとした方向性一切ねーから。無情なリアル話だから」
「ぬぐっ……! 千葉の兄妹は仲が良いというのは都市伝説であったというのかっ……!」
「そりゃそうだろ。現実なんてクソゲーって名セリフを知らないのかよ」
「同意と言いたいところだが、生憎と落とし神には物申したいことが多々あってな。現実はクソゲー……確かに名言ではあろうな……。だが現実が無ければゲームは生まれぬ! そしてクソゲーの中にも輝きがあることを忘れ、遊び尽くしもせん内から投げ出す者の何が神!! クソゲー……現実をゲームとして認めているというのに遊び尽くさぬのであれば、それはもはやゲーマーにあらず! そうであろう相棒よ!」
「材木座…………で、それ、誰のパクリ?」
「ふはははは! 生憎だが我の名言録である! ……え? もしかして我、ちゃんとイイこと言えてた? 格好よかった?」
「……お前、たまにマジで割りといいこと言うよな」
「ふっ……クフフハハハ! なにせ我であるからな!」
「で、お前ってなに、神にーさまに物申せるほど現実味わい尽くしたの?」
「げふぅうううっ!!?」
何気ない質問に、目の前の巨体は謎の汁を吐き出してどちゃりと崩れ落ちた。
しかも胸を押さえながら、びくんびくんと痙攣している。
「……そっか。八幡にはちゃんと、見てくれる人は居たんだね」
「へ? いや……戸塚? 俺の話───」
「居たんでしょ? 幼馴染さん」
「だから、親が───」
「その親の人がどれだけ言おうと、幼馴染さんには関係ないよね?」
「………」
言われるまでもない。現実から目を背け、親父さんを言い訳に逃げていたのは俺だ。
あいつを悪く思うことで、俺の意識にあいつが嫌いだと思い込ませ、距離を置いた。
……そうしないと、俺なんかと一緒に居る所為であいつまでイジメられると思ったから。
そういった意味では親父さんはいい隠れ蓑だった。……怒られたのも、娘はやらんと言われたのも事実だが。
普通に考えて有り得んでしょ。なんであいつ……由比ヶ───結衣が、俺のものになるだなんてことを考えられるんだ、あの人は。
などと思考の中を腐らせていると、眼鏡を光らせた材木座が起き上がり、会話に混ぜて欲しそうにこちらを見た。
「けぷこんけぷこんっ! ……むう。いかん、いかんぞ八幡。我らぼっちは友情を暖め、仲良しになることなぞせぬが、それでも一本の信念を支柱にしているからこそ立っていられる。次に繋がる厚意なんぞには距離を置き、しかし己をしっかり意識し認識する者にはきょどりながらも対応する。波風立てぬぼっちライフはぼっちとしてのパッシブスキルであろう」
「いちいちゲームで喩えんなよ……戸塚が首傾げてるだろ(……可愛い)」
「あ、ううん、僕には解らなくても、今は八幡が解ればいいことだから。……それで、八幡?」
「《ガリ……》……ああ、解ってる。独りで出来ることは独りでって、磨いてきた自分だ。その過程で間違ったことは俺の責任だし───」
それに。
泣かせたくなかったから距離を取った筈なのに、俺が泣かせてどうする。
間違った俺が言うのもなんだが───それでもだ。
「ねぇ八幡。八幡の様子からして、今はきっとあまりいい仲じゃないのかもしれないけど……もし仲直り出来たら、僕にも紹介してくれるかなっ」
「紹介か……」
思い出したことが後悔として溢れ出る。が、なんとか飲み込んで表に出さないように話を続けた。
「……て言っても、案外知ってるかもだが。由比ヶ浜結衣って名前なんだが」
「───え? 由比ヶ浜さん?」
エ? ……いや……え? なに? なんかいきなり空気が沈んだんだけど? 重くなったっつーか。
え? もしかしてなにかしらの修羅場みたいな感じなのん?
「あ……そっか、それで……。あのね、八幡。僕ね、由比ヶ浜さんに相談を受けてたんだ」
「相談?」
「ふむ! 察するに、幼馴染と喧嘩をしたから取り持って欲しい的なものであろう! ……人との仲ってほんとちっさいことで崩れるからね……いや、ほんと……」
「勢いよく言っておいていきなり素に戻るなよ……キャラ作りしたいなら最後まで続けろよ、うざいけど」
「八幡!? 最後のうざい、いらないよね!? 我うざくないよね!?」
材木座の叫びはどうあれ、相談というのはやはりというべきか、俺との話らしい。
……そりゃそうだ。あいつが総武高であると病室で知ってからの俺と、その前の俺とは明らかに対応が違った。
高校では別れると思ってた俺は、多少なりとも壁を薄くしていたのだ。そこにきて、急にあの態度だ……不安に思わないわけがない。
だが、それを女友達に相談するのも難しい。なにせ相手は捻くれた、目を腐らせた幼馴染だ。
普通の感性を持った女だったら“目が腐ってて面倒くさい男”って認識を得た途端、“付き合う意味あるの? 捨てりゃいいじゃん”で終わらせるだろう。
だからこその戸塚だったのだ。
戸塚なら相手が誰だろうと親身に聞いてくれるだろうし、信じられないことに俺達と同姓ではあるのだ。認識の中では性別:戸塚だが。
「───ね、八幡」
「ぉあ?」
思考を広げていると、どこかくすりと笑うような感じに戸塚が語りかけてくる。
その表情は、どこまでもやさしい。
“やさしい女は嫌いだ”
そんな、自分の中で戒めた言葉が飛び出そうになるのを抑えた。
いつからかそんな感情は女相手どころじゃなくなっていたのを自覚している。
やさしさの全てが怖かった。
信じたあとに、信じきっていたところに訪れる裏切りほど怖いものはない。
だから俺は親父が嫌いだ。
子供からの信頼を切り捨てて、その愛情の全てを小町へ向けた。
取り残された俺と信頼はどこへ行けばよかったのか。
誰かにすがりたくて、助けて欲しくて、たったひとつの何気ない、軽いやさしさだけでもいいから欲しくて、伸ばした手は……お前に娘はやらんという拒絶によって、届く前に捨てられた。
違う。欲しかったのは結衣じゃない。ただ俺は、やさしさが欲しかったのに。同年代のものじゃない、大人からの安心出来るやさしさが欲しかっただけなのに。
“じゃあ、もういいや”
孤独になるのは簡単だ。舞台は親父と親父さんが用意してくれた。
だから選んで、独りになって、自分のことは自分でしてきた。
俺の中で解が出ていることなど、きっとこれくらいのことで───
「この相談。僕は受けるべきかな。それとも、八幡が受けるべきかな」
「───」
───小さく、吐き捨てるように笑う。
そして言う。頭を掻きながら。
拒絶の言葉ではなく、任せてくれといった意味を込めて。
「俺が受けるよ。生憎と答えはずぅっと前から出てるらしい。俺がただただ引き伸ばしにしていただけなんだろうしな《がりがり》」
「えへへ、そっか。残念だなぁ、友情のキューピッドになれると思ったのに」
「……いいや、戸塚。キューピッドってのは天使の仕事だが、お前にキューピッドは向かない」
「え? そ、そうかな。相談に乗ることくらい、僕にも……」
「キューピッドってのはな、残酷じゃなきゃ勤まらないんだよ。誰かを応援するってことは、誰かを切り捨てるってことだ。友達と、友達の友達をくっつけるのは難しい」
「……そっか。じゃあ僕が由比ヶ浜さんと友達になれば、八幡はキューピッドだね」
「悪いな。いくら戸塚でも、男にあいつを紹介するのは二度とやらんって決めてるんだ」
「え?」
「ぶひっ!?」
たはっと笑って歩き出す。さて、とりあえず携帯であいつを呼び出して……まあ、登録なんざしてなくても番号は覚えてる。なんならメールのアドレスだって完璧に記憶しているまである。
なんだおい、無関心どころじゃねーじゃねぇか。仕方ないでしょ、ママさんがしつこく見せてきたんだから。見せられたのかよ。見せられたんだよ。見せられなくても覚えてたけどな。……どんだけ気にしてんだよ俺。
あーそうですよ、好きの反対は無関心? あいつ相手にそりゃ無理だ。あいつは忘れてるかもしれないが、俺にとっては“子供のノリ”だろうと、ママさんの前で婚約した相手だからだ。
(まあ)
弱み、握られてるもんなぁ。
弱みと思わなきゃ弱みでもなんでもないものでも、あれはあの人が持っている。
黒歴史……とは、今さら言えないものだ。
(婚姻届ね)
ママさん、なんであんなもん持ってたんだろ。アレ本物だよな? なに? ゼクシィの付録にでもついてたの? ゼクシィ買ってたの? 平塚先生の机にこれ見よがしに置いてあって、はみ出していたそれが婚姻届であると知った時の衝撃は凄かったな……もう、誰か貰ってあげて。あと先生、その結婚したいアピール、男相手だと普通に引きますからね? 逆効果ですからね? お互い本気で好き合ってる相手ならまだしも、いきなり見せられたらコロリと結婚どころか引いて距離を取るまである。
とまあそんなわけで……その時まで俺はその緑色の紙が婚姻届である、なんて知りもしなかった。知らないまま、子供の頃の俺と結衣で、緑色のソレに名前をそれぞれ自分たちで書いたのだ。で、それはママさんが管理している。だからママさんは俺のことを息子のように扱ってくれて、だから俺もあの人と平塚先生なら警戒しない。
そして俺は───……内側に入れた相手には基本、やさしいのだ。内側の人物、居ないけど。え? ママさんと平塚先生? ……ギリギリ内側じゃねーよ。線引きくらいしっかりしてあるわ。
「……すぅ……はぁ」
結衣の感情に親父さんの言動が関係しないって確信が欲しかった俺にとって、戸塚や材木座からの背中押しは、正直ありがたかった。
……これで、俺も遠慮なく動ける。
(さて、結衣の番号はっと《ピポパポプポポペ》)
『《prブツッ》はーくん!?』
「いや速いよ。あと速い。なにお前、携帯持って待ってたの? エスパー?」
『あ、えと……えへへぇ……で、電話かけようかどうしようか悩んでて……そしたらさ、はーくんが……』
「……そか」
『うん……』
「…………」
『………』
「なぁ結衣」
『ふえっ!? ゆ、ゆい!?』
「ああ解った悪かった由比ヶ浜名前で呼んですまんキモかったよなごめんなさい」
『わ、悪くなんかないよ! むしろどんどん呼んでほしいっていうか、はーくん専用で呼んでほしいまであるよ!』
「照れ隠しに人の口調真似るのやめなさい」
『だ、だってはーくんが!』
「……用件を言う。その……あー、あれだ。……病院では、その……悪かった。せっかく見舞いに来てくれたのに。それから、今までのことも。空気悪かったよな。すまん」
『……! ……はーくん……!』
「いや、なんでそこで感激したような声出すんだよ。相当嫌なやつだっただろ、俺」
『だ、だってママが言った通りになったし……。はーくんは悪いことをしたって本気で思ったら、ちゃんと謝る子よーって……』
「ぐっは……!?」
あの人どこまで人のこと読んでらっしゃるの!? なに!? スタンド使いなの!? 俺の周囲にNONONONOとか出ちゃってるの!? ……NOしかねぇのかよ!
「……とにかく。あ、いや、とにかくって言い方はよくねぇな……その。悪かった。すまん」
『ううん、あたしの方こそ、サブレを助けてくれてありがとう』
「いや……だから。あれはべつにお前やサブレだから助けたわけじゃ───」
『うん、解ってるよ。はーくんは誰が危険になっても飛び出しちゃうほどやさしいんだ。あたし、もう解っちゃったから』
「いや待てそれは誤解だとはっきり言う。俺は自分が一番可愛いから、誰が危険な目に遭おうが知ったことじゃ───」
『じゃああたしだから助けてくれたんだ?』
「…………お前結構汚ぇのな」
『なっ! き、汚くないし! 綺麗だし! はーくんキモい! まじキモい!』
「キモいとか言うなこの馬鹿。つーか明らかに使い慣れてない覚えたての言葉を言いましたって反応やめろ、死ぬほど似合わない」
『え? そ、そっかな。なんか周りがよく使ってるから、言ったほうがいいのかなって』
「お前……コレでお前が髪の毛染めてチャラチャラしだしたら俺泣くぞ? むしろ絶交する。そして親父さんが自殺する」
『そんなになんだ!?』
「……まあ、ほら、あれだよ。お前がしっかり決めて、そうしたいから染めるなら別に構わねーよ。ただ周りがそうだからそれに合わせるって理由なら、この電話を最後に二度と電話もかけないしメールも飛ばさない。返信の全てをメーラーデーモンさんに頼むことになる」
『え? あ、そだ……そうだよ……。はーくん、あたしの番号もアドレスも消してたのに、今どうして……?』
「あ? なんで消したこと知ってんのお前」
『ふえっ? それはだって、小町ちゃんが───あ』
「………」
我が家にスパイが居た。
しかもあろうことか、ぼっちの兄に内緒で兄の携帯電話を盗み見ていたのだ……!
「なぁ……やっぱり俺、お前のことを信じるの、やめていい?」
『え、や、やだ! ダメ! ごめんなさい謝るから! でも、だって! 小町ちゃんが泣いて相談してきて、はーくんの携帯から消されてたって聞いて! それで……あ、あたしも泣いちゃって……』
「………」
なに、そんなことで泣くの? 俺なんて登録してもらってもその後別れて5秒あたりで消されてた自信あるぞ? なんかこっちちらちら見ながらこそこそいじってたから間違い無く消してたよあれ。泣くならそんな事実に泣きなさいよ。消すくらいなら登録するなよ。だからやさしい女なんて嫌いなんだ。……あれ? 最初から全然やさしくなかった。
「……べつに。消したところで覚えてただけの話だろ。あんま深く考えんな」
『え? 覚えて…………そ、そうなんだ。そうなん、だ……えへへ……───うん………………ねぇ、はーくん……。その……電話してきてくれたってことは……さ。結衣、って……呼んでくれたってことは……さ。いいのかな……。あたし、またはーくんのところ行っても……いいのかな』
「いやよくはねぇだろ」
『えぇええ!? なんで!?』
「うるさい叫ぶな耳が痛い。……あのな、お前、カースト最上位。俺、最下位。そんなお前が」
『そんなのどうだっていいよ!』
「いや、俺が構───」
『そんなのの所為で一緒に居たい人と一緒に居られないなら、そんなのはーくんの嫌いな“嘘”の生活じゃん! そんな、ぎ、ぎー……』
「欺瞞?」
『そう! ぎまん! そんなものより、あたしはっ……!』
「結衣?」
『あ、あたしは……! はーくんとの本物が欲しい!』
「───!」
本物。結衣はそう言った。
その言葉が、どうしてか……病室で呆然と考え、求めた答えに……届いた気がした。
嘘だらけの世界、嘘だらけの自分……仮面をつけて粋がっていた自分。全部にせもの。
じゃあ俺が求めた“本当”が溢れる世界とはなんだったのか。
何故、俺はソレの名前を欲しがったのか。
「お前、それがどういうことだか───」
『うん! 昔みたいに嘘なんて全部なくして、もっともっとはーくんのこと知って、一緒にいろんなことして、それで、それで……!』
「……───ちょっと待て。今後ろで声がし───アノ、ユイガハマサン? ソコ、ドコデセウカ」
『結衣! ちゃんと名前で呼んで!』
「ソ、ソウジャナクテ、ソコ……」
『うー……きょ、教室だよ?』
「───《サアッ……》」
ア、コレオワタ。オ、オカシイナー、呼び出していろいろ言う筈だったのに、なんかもういろいろ終わっちゃったー。
『あ、大丈夫だよはーくん! 昨日、小町ちゃんと一緒にパパとおじさんを問い詰めて、はーくんがあたしたちに冷たくなった理由、全部聞いたから!』
「いやいやお前なにやってんの!? むしろなんでそんなことすることになったの!?」
『え? ママがね、そろそろはーくんが、えと……破裂しちゃいそー……だから? とか言ってきて』
「………」
隠せていたつもりだった。
いつも通りの自分で、ただそのまま腐っていって、それでも自分で出来ることは自分でやってきたつもりだったのに。
……所詮ガキの背伸びだったってことか。まだまだ大人にゃ敵わない。
『ママすごい怒ってたよ? あんなに怒ったママ、初めてかも。パパが震えて謝って、隣でサブレが震えながら伏せしてた』
「サブレ完全にとばっちりじゃねーか……やさしくしてやれよ……」
『あたしが怒ったんじゃないし! あたしサブレにすっごく優しいし!』
「ああそうだな。やさしすぎて序列が下回ってて、ナメられてるしな」
『はーくんキモい!』
「反論の全てを“キモい”にするな。ぼっちはそういうのを間に受けるって言ってんだろが。そんなに嫌いなら前以上に距離取るだけだぞ」
「うぅっ……それは、嫌いなんかじゃないけど……っ……だったらまずはーくんが優しくしてよ! いっつもいっつも、最初にあたしのこと馬鹿にしてるのはーくんじゃん!」
「解った悪かっただから教室で叫ぶなお願いやめて」
『ぶー……!』
なにその唸り声。魔人なの? ブウなの? 俺をキャンディにしてもマッ缶の味しかしねぇよ? ……やだ、なにそれすごい美味しそう。
ともあれ頬を膨らませている姿が簡単に想像出来るあたり、なんというか子供の頃から精神が成長してないんじゃないかと心配になる。なのに今、俺の今後のぼっちライフの命運を握っているのがこの魔人ブウだというのだから、世界って不思議ッ☆ ……いや語尾に☆つけてきゃぴるんやってる場合じゃねーよ。あとキモい。我ながらキモいよ。
「……最後の抵抗を試みる。……結衣。俺と仲良くなってヘンな噂されるより、カースト上位のキープを選ぶよな?」
『……ね、はーくん』
「あ? なんだよ」
『……えへへぇ。───はーくん?』
「だから……なんだよ」
『あのね? ───女の子の想い、ナメすぎ』
「──────や、やめろ結衣! やめてお願い! やめっ───」
『み、みんな聞いてっ! あたしはっ───すぅっ───比企谷八幡くんのことがっ! 大好きですっっ!! かーすととかいうものの所為で好きな人の傍に居られないなら、あたしはそんなのいらない! そんなのよりも、好きな人との本物を選びます!!』
「」
心の中で、だぁああーーーっ!! 終わったぁああーーーっ!! と叫んだ。むしろ叫んだつもりが、言葉にならなかった。
その日。俺は伝説となった。
「ハッハッハァ、ヘイボブ!」
「なんだいマイコー!」
「まーたシリーズものが始まったわけだが、今度のはいったい何文字あるんだい!?」
「おっほっほ~、それが聞いてくれよマイコー! これの前にUPしたのが30万3千字のガハマティックアフターズ(17歳の俺達へ)だったわけだが、それの感想で次は何万文字書くんですか? とか言われてしまってね!」
「おいおいまさかマジに書いたのかい!? っていってもどうせ30万4千字くらいなんだろう!?」
「40万」
「アホか!!」
そんなわけでゆづたまさん、今回のシリーズで総合150万文字は越えると思いますです。
果たしてこのシリーズが楽しめるかどうか……うん、謎ですね。
ただあくまでガハマさんとヒッキーが好き合っていく物語しか書かないので、そこはご安心を。
次回へ~、続く。
早ければ今日の夜にでも。