どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
こほんと咳払い、独占欲チェックの続きだ。
「じゃあ……もし、仮に女子の知り合いが居て、仲良くしてたら?」
「え? あたしも友達になるよ?」
「ウマが合わないから俺とだけでいいって言ったら?」
「頑張って友達になる!」
「いや、合わないこと前提で話させろよ……」
「ぜんてー?」
「首傾げるなよ可愛いだろ……お前とは仲良くなれないって条件がある話ってことだよ」
「い、意味くらい知ってるし! えと、じゃあ……ヒッキー連れて帰る」
「話し合ってる途中だっての」
「だってヒッキーが人と好んで話すなんて有り得ないもん。きっとその人、ヒッキーのこと騙そうとしてるんじゃないかな……って。その、そういうの何度も見てきたし……やめてって言っても、“なんで庇うんだよ、もしかして好きなのか”とか言ってきて……」
「いや、そりゃ好んで話そうとはしないけど……えー……? 有り得ないまで言っちゃうのー……?」
すいません相談させてください、婚約者(仮)に泣かされそうなんですが……とか、ヤッホゥ知恵袋先生で相談したら解決してくれるかしら……。
そもそも仲良さそうにって言ってんだろが……まあいい、結衣だし。
「はぁ。で、お前はそれに“べつに好きじゃないし!”とか返したんだろ?」
「ううん。陰湿なことしか出来ない上に、人の気持ちを盾に話の流れを自分に持っていこうとする人なんかよりよっぽど好きだって言った。……えと、ところどころ、噛み噛みだったけど……」
「なにやってんのお前」
わりとマジな声が出た。え? やだこの娘、すっごくアグレッシヴ。
「あー……そういや一度、じゃないか。何度か顔真っ赤にして涙目の男が、俺のこと罵倒しまくってたりしたな。“由比ヶ浜さんがー! 由比ヶ浜さんがー! なんでお前なんかにぃい! ヴォォオェアアア!”って。なにかっつーとお前の苗字を出してた」
「なにその、ぼ、ぼーえあー? って」
「俺が知るかよ……そうやって叫んでたんだよ、いやほんと」
「庇ってない?」
「なんで俺がそいつを庇う必要があるんだよ。ねぇよ。むしろ知り合いとも思われたくねぇよ。なんか会見とか開いたら号泣しそうじゃねぇか」
「……うん。そか。うん……なら、いいかな」
いいのかよ。……いや、俺もべつにいいけど。頭に“どうでも”がつくけど。
「ヒッキー。ほんとに……もう自分を悪者にするとか、やめてね」
あ、そこに繋がるわけね。べつに自己犠牲のつもりは……ああ、犠牲とは言ってねぇなこいつ。ちゃんと考えて話を振ってやがる。
「善処はする。状況によっては仕方ない時だってあるだろ」
「ダメ。絶対やめて。じゃないと、えとその、あ、あたしにも考えとかあるし」
「ほーん? 例えば?」
「え? 例えば?」
「……すまん、“例えば”ってのは───」
「意味くらい知ってるし! 馬鹿にしすぎだから! ……だ、だから、ね? たとえば……そ、そだ!」
おい。目の前で“そだ”とか言っちゃったよ。今思いついちゃったよこの子。
「今度はあたしが自分を犠牲に───」
「やめろ」
「え? あ、でも」
「や・め・ろ」
「……う、うん」
「………」
「……………あのさ。ヒッキー」
「なんだよ」
「……どんな気分だった、かな。その……自分のためとか自惚れじゃなくても、大切な人が自分を犠牲にするかもしれないとか思ったら。……あたしは、やだったよ。すっごくすっごく、やだった」
「………」
自分を犠牲にした、なんて意識はなかった。が、周囲がどう思うかを念頭に置いたことなんてない。
何故なら俺の物語は俺という個人だけで完結しているもんだと思っていたからだ。
なのに実際はどうだ。こうして自分を思っている人が居て、恐らくはずっと、この胸糞悪い感情を抱きながらも、ずっと好きでいてくれたのだ。
ほんと、どんな気分だ? 好きな人が悪意の集中砲火を受けているってのに、本人に関わるなと言われる気分は。
「………」
「《なで……なでなで》んぅ……」
黙ってしまった俺を見上げる結衣の頭を、無言のままに撫でる。
恐らくは、こんなもんじゃなかったのだ。ずっと好きでいてくれた人が、そいつが目に見える悪意の中に立たされているのに、関わることさえ禁じられている気分の悪さは。
それでも俺はその過去に後悔を向けない。
お陰で“俺”になったのなら文句はない。だが俺に後悔は向けなくても、結衣にそんな思いをさせてしまったことには後悔を向けよう。
ただしその分はこれからのことに向ける。お釣りがくるくらい甘やかしてやろう、なんて。アホなことを考えた。
「……その、なんだ。…………喧嘩しても、仲直りできる程度の喧嘩しかしないようにしような」
「……へへっ、えへへっ……ふふーん♪ 伊達にヒッキーのこと十年以上見てないよ? 浮気と暴力以外なら、あたし絶対頑張れるしっ」
「んなもん頑張るな。不満は口にしろ。俺は人の流れにゃ敏感なつもりだが、たぶんそれはマイナスの方向でだ。だから、……だ、から……だな。アレ、アレだ…………アレってなんだよ……、……ちょっと待て、整理する《くいっ》……へ? お、おう?」
「……やだ、かな。あのね、ヒッキー? 整えた言葉じゃなくてさ、つっかえてもいいから、浮かんだこと全部、言ってほしいな。あたしね、ヒッキーのこと好きだよ? ほんとに、ほんとに好き。ヒッキーがさ、頭の中で整えないとつっかえちゃうことも、人と話すのは苦手だから、そうしなきゃ流れを作れないことも知ってる」
「……だったら」
「うん。でもね、だから。……そんなヒッキーが好きなんだ。だから……作っちゃ、やだよ」
「───……」
ばっ───…………ば……、……ばか、おま…………。
言葉を用意しようとして、やめた。
自分にとって唱えやすい方向へ持って行くための流れも、もう作る必要がなくなった。
あくまでこいつの前だけでだが、望まれちゃ仕方ない。
「お前の中の俺、どんだけ美化されてんだよ……」
「ずっとずっと王子様、かな。ヒッキーはね、あたしが危ない時に、絶対に見ていてくれる人だから」
「DHAが豊富そうな目の王子様って……お前、俺がカボチャパンツ履いてる姿想像してみろよ」
「ヒッキーの王子様像古い! キモい!」
「俺はキモくねぇ。キモいのはお前の中の王子さまだ」
「そ、そんなことないんじゃないかなぁ。だってあたしの中の王子様はヒッキーで、ほら、あれだし。……ヒッキーのままだし」
「……は? …………は?」
「だ、だからぁ! あたしの中のヒッキーはヒッキーなの! かぼちゃのぱんつなんて履いてないし、白馬なんかにも乗ってないし!」
「な、ばっ……」
えー……? そんなのもし俺の親が王様とかだったら、即座に警察に「城でゾンビが徘徊してます」とか言っちゃうレベルじゃない?
「……あ、あのね、あたしさ、ヒッキーほどじゃないけど……女の子からハブられたこととかあったしさ。現実だって知ってるよ? 人って思ってるほどやさしくないし、自分が大事だから自分のためならすぐに……なんてのかな……絆、っていうの? 簡単に捨てちゃうし」
「………」
「見てて辛いことがあってもさ、みんな笑ってるんだ。でね、笑うことが当然の空気が出来てきて、それに合わせないと狙われる。あ、あたしさ、ほら、ばかだからさ、いっかいそういうのに飛び込んじゃったことがあって。……気づいたらハブられてて、イジメられて」
あったな、んなこと。
あぁ覚えてる。悪いのはいつでも“みんな”だ。そんなもんに付き合うのが当然って決まっちまっている常識だ。
人はその、見えない“みんな”と歩くことで、いつだって守られてる。はみ出すのはいつも、その“みんな”を信じないやつで、そのルールに従えない存在だ。
「……ヒッキー、覚えてるよね」
「さあな」
「ううん、覚えてるよ。ヒッキー、嘘つく時には癖があるから」
「……まじか」
「うん。……覚えてるよね?」
「~~……何度も言うが、あれはべつに───」
「小学の時も、中学の時も、何度も助けてくれた。その度に距離が出来て、避けられちゃって、病院でぐらいしか話せなくなっちゃって……」
「必要最低限は話しただろ。親父と親父さんが勘ぐらない程度には」
「……あんなの話した内に入らないし」
「いーや話したね。俺の中3の平均会話量の数倍は話した。ちなみに一年まるごと計算な」
「…………ひっきぃ……《じわ……》」
「ぅぁっ……ま、待て、お前を責めてるとかそういうのは断じてない、つかそーゆー話じゃなかったろ。べつにぼっちな俺がどれだけ痛かろうが、嫌われ者は嫌われ者だって話だろ」
泣く幼馴染には勝てない? 違う、女の涙は兵器だ。こぼすだけで近くに居た男が吊るし上げをくらう。
なにあれ、ただ席替えで隣に座っただけで、なんで泣くんだよ。
ほんと女ってアレな。アレすぎてこっちが泣ける。悲劇のヒロイン気取り? 寒いわ。怒る時にハンカチの端っこ噛んでキーとか言う練習してから出直してこい。
「……そうだとしてもだよ。助けてくれたのはヒッキーで、白馬に乗った王子様なんかじゃなかった」
「…………《ガリガリ》」
「だからさ……白馬なんて要らないんだ。普通の女の子が……“みんな”が憧れる王子様みたいな格好もいらない。そんな人を待つのなんかヤだし、それまであたしになにかしてくれたわけでもないのに、王子様ってだけでそんな人を好きになるもの絶対に嫌だって思う」
「……お、おう」
「思うから……あたしはね、ヒッキーがいい。ヒッキーでいい、じゃないよ? ヒッキーじゃなきゃヤなんだ」
「ぅ…………はぁ。お前、ほんと変わった趣味してんのな。白馬の王子様選んでりゃ、お前を助けたのは白馬に跨った王子様で、まちがっても自転車に乗った目の腐った男じゃなかったろうに」
「あたしは白馬のほうがヤだな。……あのね、ヒッキー。あたしね、ヒッキーがあたしを助けてくれるたびにね、そのたんびに……ヒッキーのこと好きになったよ? 小学校でも中学校でも。だから、近づけないのがすごく辛かった」
「だ、だから俺はべちゅに、たしゅけたつもりゅは」
やだ噛みまくり! だから想定外のこと言いまくって、用意してる言葉を潰すのやめて!? これでも一生懸命頑張って用意してるんだから!
予定通りにいかないと、ぼっちってすぐに噛むんだからやめて!?
お前がいくら噛んでもいいからまっすぐな言葉がいいって言ってくれたところで、シリアス空間くらいシャッキリ喋りたいんだよこっちは!
「サブレが轢かれそうになった時、助けてくれたのは白馬に乗った王子様なんかじゃなかったよ。自転車に乗った、捻くれてるけどすっごくやさしい……あたしの好きな人だった」
「あ、の、だかりゃ、おれっ……」
「だからね? あたしの中には好きな王子様なんていないんだ。もし居ても、それはそのままヒッキーだから」
「あ、ぅ……」
「だ、だから……ヒッキーもさ、作らないでほしいな、って。整えた言葉じゃなくて、ヒッキーの言葉で」
「……言った途端にキモいとか言うんだろーが」
「い、言わないってば! ばか! ……こんな時に茶化すとか、ほんと信じらんないっ! ……自虐の時だけ噛まずにすらすら喋るし」
「当たり前だ。お前あれだぞ? ぼっちが常にどんだけ自分を評価してると思ってんだ。会話の輪に入るためとかそんな贅沢は目指さずとも、せめて熱は冷まさないようにと笑いネタとか考えてるっつーの。……ただそれが“ぼっちあるある”すぎてリア充には解んねーだけだし? べべべつに“それあるわー!”とか言われたかったわけじゃねーし?」
「……言われたかったんだ」
「ばっかちげーし! そんなんじゃねーし!」
「“し”とかつけないの」
「えー? お前が言うのそれ」
「ヒッキーが言い出したんじゃん。……それで?」
「あ?」
「……さっきの話っ! ほら、整えようとしたじゃん!」
「あー……お前がアホなこと言い出すから、話逸らしてんのかと思ってた」
「アホっていうなし!」
「“し”とかつけないの」
「ヒッキー!!」
「あー、わーった、わーったから」
ほんと犬ね、こいつ。でも犬ってやつは……広く言えば動物ってやつは“可愛い”と思ったらもうだめだ。
盲目的とまでは言わないが、ダメな部分まで可愛く見えてしまう。
つかね、こいつほんとなに考えてんだろ。俺が言うのもなんだが、俺に惚れたままで十年以上って、そうとうメンタル強くないと無理だろ。
俺だったらあっさり捨ててるよ? だって面倒だろ、俺の相手。自覚出来るし。
協調性ないし、話振っても長引かせる気が最初からないし、むしろ終わらせる方向を自然と意識している所為で、意識し直しながら会話をしなければ一回の返事で会話が終わるまである。
……やっぱめんどいだろ、俺。俺は俺のこと好きだが、周囲は絶対に違う。
対する由比ヶ浜結衣って女は、可愛いしスタイルもいいし、明るいし元気だし性格も良ければ空気も読める。ちとアホの子な部分もあるが、んーなもんは見る人によっちゃあただのステイタスだ。
多くの男子がアプローチをしてきた。お陰で起きた面倒ごとだって相当あった。あったかもしれないじゃない、あった。実際俺のところに叫びにきたヤツ居たし。罵倒しながら泣いてウヒーハハハハーンとか叫んでたけど、なんだったんだろなほんと。
「……んなもん頑張るなって話だったよな。浮気と暴力以外なら耐えてみせるって」
「うん」
話をきちんと戻したことが嬉しかったのか、一層に抱き付いてくる。
そんな結衣の頭を、頬を撫でる。
「我慢するより、相談してくれ。こじらせた“ぼっち”ってのは基本的にわがままだ。……まあ、けど、考え方が固定されかかってるだけで、解らないわけじゃない。むしろ相手に我慢されてたら無力を感じて、それをこじらせて悩みすぎて自閉症になる」
「それヒッキーこそ相談しなきゃだよ!?」
「プロぼっちナメんな。他のぼっちと比べて俺はそんなもんに負けたりしねぇよ」
「じゃあ関係ないじゃん!」
「あ? なにが」
「だ、だから! 今してるの、あたしとヒッキーの話だし……他の人の話なんて、関係ないじゃん」
「………」
「………」
「……いや、つか。お前ほんとそれでいいの? 相手俺だよ?」
「言ってるじゃん。浮気と暴力以外なら我慢できるって。あ、でもひとつ追加」
「いきなり我が儘じゃねぇかよ」
「ま、まだヒッキー頷いてないからセーフだよせーふ! ……えと、ヒッキーが自己犠牲であたしを幸せにするとかいったら、泣くからね」
「なんで俺が犠牲になんだよ。嫌だよ。むしろ俺が幸せになりたいっての」
「うん。それはあたしが絶対にするからっ!《ぺかー!》」
「………」
「……あれ? なんで無言なの!?」
……イヤ。べべべつに嬉しかったとかじゃ……嬉しいよちくしょう。
あーもーいーだろこの話題。またクイズとかそっちの方に戻ろう。
そもそも俺、例えばの話とかしてたんだから。
なんかもう独占欲チェックとかするまでもなく、独占されてる気分なんですが。
「んじゃ話戻すぞ。むしろ戻させて」
「……? なんか話してたっけ」
「独占欲の話だ」
「あ、まだ続いてたんだ」
「勝手に切るなよ……小学の頃の帰り前に先生の提案でクイズ大会した時、俺の出題の時だけ静かになったのを思い出すだろが……」
「どんな問題だったの?」
「千葉に対する愛を問題として出しただけだ。全員解らなかったがな。じゃ、独占欲チェックな」
「《なでり》うん」
ちょっとめんどそうだったけど、頭を撫でてやるとあっさり上機嫌。
元気なやつだ。
今の笑顔を真正面から見たら、果たしてどれほどの男性が告白をするのか。少なくとも俺は……まあほら、あれだから、あれなんだよ。
「じゃ、いくぞ。ん…………そうだな。役員とかの仕事で、何故か俺が手伝わされるハメになって、お前が一人で帰ることになっ───」
「あたしも手伝う!」
「いや帰れよ……帰ること前提で話をさせろよ……」
「え? あ、ぜ、ぜんてーね! ぜんてー! うん! じゃあ……あれ? あたしとヒッキー、一緒に帰れるの?」
「……《ぽりぽり》……そ、そりゃ、こういう関係になったんだから一人で帰すわけねーだろ《ぷいっ》」
「ヒッキー……!《ぱああっ……》あ、えと……ふふつかものですが……《かぁあ……》」
「いやこれそーゆー話じゃねぇから……あと不束者な。ていうかなにお前、隙あれば話逸らしたい病なの?」
「え? あっ……わ、忘れたわけじゃないよ? ぜんてーの話だよね! うん!」
「ああ。で、どーすんだ?」
「? 役員の前にヒッキーはあたしと帰る約束してたんだよね? じゃあ一緒に帰るだけだよ?」
「……どうしてもやっておかなきゃいけない役員の仕事なんだが?」
「ヒッキー? お仕事はやっておかずに残しておくから大変になるんだってママがパパに言ってたよ?」
「役員にだって急な仕事くらいあんだろ……そっちの方向で頼む」
「じゃああたしも手伝うよ!」
「いや……だから……緊急で、俺だけ必要になったとかなんだよ。そういう方向で頼む」
「むー……じゃあ終わるまで待ってる」
「今日中には帰れない上に、相手の家に泊まるって話になったら?」
「……ヒッキー」
「お、おう? どうした?」
「………」
「《きゅっ》お……結衣?」
寂しそうな顔で俺を見上げ、何故か袖の端を掴んできた。
なにを言うでもなく、ヒッキー、とだけ言って。
やだ、なにこの罪悪感。信じてくれてる妻のすぐ傍で不倫まがいのことやっちゃって気まずいみたいなこの空気。
「……やだな……やだよ、そういうの……」
「あくまで仮定の話だろ。お前、ドラマとか見てるとヒロインとかに感情移入しすぎて泣くタイプ?」
「……ひっきぃ……あ、相手の人……女の人じゃ……ない、よね……?」
「おいちょっと待て、仮定の相手に嫉妬でもしてんのかお前は。じゃあなに? 仮に女だったら───」
「~~~……!!《じわぁああ……!》」
「まま待てっ、泣くなっ、なんか解らんが社会が悪かったっ!」
俺は悪くねぇ! いやこればっかりはほんと俺悪くないよな? ファブレくんだってきっと認めてくれる。
敢えて悪い点を出すとするなら、……こいつに独占欲の話を出す時点でいろいろ悪かった。
だがだ。どうせならその先を知ってみたい気もする。これ以降、訊こうにも訊けない雰囲気になるだろうから。
「……それでも聞かせてくれ。相手が女子だったらお前、どーすんの?」
「───……、……」
「《ぎゅうっ……》……おい」
「……えへへ……ヒッキーを信じる、かな……」
「袖思いっきり掴んで、それかよ……」
「だって、ヒッキーが“手伝いに行く”って言ってるなら……そうだって信じなきゃ、あたし嫌な子じゃん……───ううん、きっともう嫌な子なんだよね……ヒッキーの言う通りだよ。喩えの話なのに、あたし嫉妬してるし……不安だし」
「………」
「《わしわし》んゆっ……ヒッキー……?」
訊くんじゃなかった。なんですかこのカウンター。嫉妬されて嬉しいとかクズじゃないですかやだー。
思わず熱くて仕方ない顔を逸らしながら、結衣の頭をわしわしと撫でてしまう。
質問が悪かったな。ああ、つまり“俺は悪かった”のだ。大事な人を自分関連で泣かせたなら、そりゃそいつが悪い。
「そーだな、じゃあ俺はそいつに、結衣も連れていけないなら手伝わないって言ってやる」
「ふえ……? でもそれじゃぜんてーが」
「いーんだよ……どうしても手伝わせたい状況で、他の助力を拒む方がどうかしてんだ。いいだろそれで」
「……ヒッキー……!《ぱああ……!》」
「~……そろそろ授業終わるだろうし、行くぞ。それともあれか、このまま帰《だきっ!》ひゃいっ!?」
「えへへぇ、ヒッキ~……♪」
「い、いきなりだきゅっ……抱きつかないでくれまひゅ……? ぼっちの心は繊細なんだぞ……? 急に話しかけられると反応出来なくて変な声が出たりとかだな……」
「《なでなで》えへへぇ」
それでも撫でる。ああ顔熱い。地球温暖化とか滅びろよ、このままじゃ俺の顔だけ噴火して死んじゃうだろ……? OK解った意味解らん。……なにも解ってなかったよ。
「んー……《すりすり……》……あ、ねぇヒッキー? なんできょどったりするの? “ぼっちだから”、って理由なの?」
「ばっかお前、ぼっちってのは基本、誰とも関わらずに頭ばっか回転させてんだよ。だから頭の回転は早くても、対人スキルとか0なんだ」
「えっと……?」
「ようするにだ。頭の中で組み立てた会話のバリエーションで対応することは出来ても、予想外のこととかにゃ滅法弱い。めっちゃキョドる。“はい”って言おうものなら“ひゃい”になるな。だから考える。一般人が考えうる最悪なんてもののその先の最悪の部分までな。最善? なにそれ美味しいの? ぼっちってのは基本がネガティブ思考だから基本の思考回路からしてまちがってんだよ。だから“普通”から考えりゃまったく斜めな答えを簡単に出せて、難しい問題も難しい方向からしか考えねぇから、面倒な段階を超越した部分から思考できる。お前たちが考える不安なんてものは、俺達ぼっちが何年も前に到達してんだ。むしろ日常茶飯事レベルに不安すぎて草生えるまである」
「ヒッキーキモい……」
「訊いといてそりゃねぇだろ……。あとお前さっきからヒッキーとキモいしか言ってねぇから。なにお前、ヒッキー村のキモイさんなの? ファインディングなニモさんだってまだマシな名前だろ」
「ふぁいてぃんぐ仁王?」
「仁王像めっちゃ強そうだなおい。ちげーから」
いや、強いのか。強いよね? 知らんけど。テニスとかめっちゃ強そう。テニスする仁王像とか何者だよ。
「………」
「《なでなで》わぷっ……ん……ヒッキー? さっきからなんだかよく撫でられてる気がするんだけど……あっ、嫌とかそーゆーんじゃなくて、なんでかなーって、えへへ」
「べっ……べつに、なんでもねーよ。そりゃ丁度いい場所に頭がありゃ、男なら撫でるだろ。妹が兄をゴミ扱いせずにもっと大事に出来てたら、そらもうシスコンになってアホ毛が強靭になるまで撫でてただろうな。行き場が無かったやさしさを捨ててしまうくらいなら全て妹に向けていただろうな。俺脳内では気になる相手の頭とか撫でる妄想とかよくしてたし。現実は非情だけどなー。つまり相手が誰だろうと頭を撫でたらキモがられて泣かれていつの間にか全女子が敵に回ってる」
「回ってるんだ!?」
人が人の頭を撫でることに意味はあるか? そりゃ相手が子供とかだったらよく出来ました~だのかわいいだの理由はあるんだろうさ。
んじゃあ15歳の少年が15歳の少女の頭を撫でる理由はなんだ?
……、そ、そりゃお前、アレだよ。アレがアレで、宇宙の法則がアレだから? ほら、そんなんだからこう? 撫でんじゃねーの? 知らんけど。
……正直自分にもよく解んねーんだよ。悪かったな。
まああれなんじゃない? ラノベとかの設定でよくあるだろ。やさぐれてた敵キャラとかがさ、なんか唯一真っ直ぐに向かい合ってくれた相手に心を許して味方になるみたいな。なにそれどこのツンデレさん? ……俺だよ。仲間になる際にスミスとか名前ついてそうだ。やったね、外国では親しまれてる名前だよ! 目が腐ってるってだけの理由でドラクエ5とかで仲間になる腐ったスミスさんを連想したやつ。砕け散れ。
「……まあなんだ。よーするにゲームとかの中だけの話じゃなかったってわけだろ……」
「げーむ? なんでいきなりゲーム?」
「うるせ。今俺はココナッツな気分なんだよ。線の内側に入ってきたなら覚悟しやがれキモいさん」
「キモい言うなし! 女の子にキモいとかヒッキーまじ最低!」
「いやお前が言うなよ」
コヨーテって家族にゃやさしーらしい。俺に家族って居る? ああ、養ってくれる他人様が居るな。家族度ってものが世界にあるなら、両親よりもママさんのほうがよっぽど家族だと俺は思ってるよ。
あ? 妹? ああ、好かれてるようでなによりじゃねーの。俺は嫌われてるけどな。
親に好かれてて、嫌われてる兄はゴミ扱いですよ。最ッ高の妹じゃねーか。好きになる要素、どこにあんの? それでも我慢して妹を守るのが兄の務めだってんなら、俺は兄には産まれたくなかったよ、死神代行さん。
「………」
「《わしわし、なでなで》ひゃうっ!? ちょ、ヒッキー、くすぐったい!」
そんな兄失格、家族失格野郎でも、一人だけ内側でもいいって思えるヤツに出会いました。出会っちゃったよ。既に出会っちゃっててとっくの昔に好きでしたまである。
出会っちゃったなら仕方ないよな。心底信じて心底守ってみよう。まあいつかウザがられてまた独りに戻るんだろうね。なにせ俺だし。
ただまあ、ほら、なんだ、アレだよ、ほら。
……大事すぎてやばいです。
かつて俺は戸塚を天使と言ったな。そう認識して一週間。材木座も混ざっていろいろあったが、そんな一週間の間に感じていた心地良さよりもヤバイ。
驚きだ。自分より大事にしたいなんて思う人が出来ることなんて、ほんとにあるんだな。優先順位が完全に変わっちゃったよ。特に俺の中では俺が最強だと思っていたのに。時々戸塚になったけど。
「しょ、ひゅっ……ごへんっ! あ、あー……結衣?」
「また噛んだ?」
「ツッコむなよそこを……。その、な。親父さんのことで面倒が起こるのは目に見えてるわけだが……」
「パパが嫌がったら親子の縁切る」
「さすがに泣くと思うが、同情の気持ちがちっとも沸かないのも我ながらすごいな……あ、いや、そうじゃなくてだな。ほら……お前は喜んでくれたみたいだけど、俺はこういうヤツだから……ま、まだ返事ももらってねぇし……あーその。あれだ。いろいろ───」
「…………ぶー」
「あの、結衣さん? なんでそこで頬膨らませるのん?」
「……ヒッキーのばか。あたし、プロポーズされて断った男の人に抱き付いたままでいられるほど、ひどい女の子じゃないよ……?」
「あーそうなー。返事もくれない女だけどな」
「ヒッキーキモい!」
「おい! もうキモい言わないんじゃなかったのかよ!」
「言っとくけどあたしの方がヒッキーのことずっとずぅっと好きだし! そうじゃなきゃヒッキーみたいな捻くれ者とずっと一緒に居たいとか思うわけないじゃん!」
「そこまで言うかよおい…………はぁ、アホか。俺なんかすっげぇガキの頃、お前に手ぇ握られてにっこりされて高台に連れられていった時点で誤解して惚れてたわ」
「うわっ……それ覚えてる……」
「人の初恋をうわっ……とか言って引くなよ……お前ほんとアレな……」
「アレってなんだし!」
なんでか顔を真っ赤にしてわたわた慌てる結衣。それでも腕を離さないもんだから主張の強い柔らかさが……ら、らめぇ! それ以上は八幡の八幡が起立しちゃうぅう!!
などとアホな脳内騒動を起こしていると、結衣が急にしゅんと俯いてしまった。