どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
訪れる沈黙。
困った、だからどうしたって言えない。これはちょっと気まずい側の空気だ。
……まあ、ぼっちを極めんとした俺にしてみれば、堪えられない空気ではないが……相手はそうじゃねーだろ。ほれ、なにか言うんだ。……なにそれ俺からなの? レベル高くね?
真面目な話だからって離れてくれたのはありがたいが、この種の沈黙は……なんかちょっと苦手だ。なんだこれ。
「………」
「…………な、なんだよ」
「だって……あのあと、あたしが段差で足滑らせて、頭から落っこちそうになって……」
「……そっちのことも覚えてたのかよ。忘れたほうが気も楽だろうに」
「お、覚えてるよ! そりゃ、だって…………だって……あれが、あたしの初恋だし……」
「う、お………そ、そか……」
「うん……」
「………《ぽりぽり》」
「…………《かぁあ……》」
ガキの頃。そこで遊んじゃいけませんって注意されていた高い段差の傍で、結衣が足を滑らせて、頭から真っ逆さまに落下したことがある。当然、そんなことが実際起これば最悪死ぬわな。
で、当時まだ純粋に自分を省みず弱きを助けるヒーローに憧れていた俺は……ああもちろんそれは嘘だが、それっぽい理由なんて並べなくても助ける理由はそこにあったんだ。手を握られてにっこり笑顔。あ? 理由? それだけだよ。惚れた女は守るもんだ。たとえ始まりが誤解だろーとな。
結局俺は大怪我。意地でも守った結衣の体重をプラスして地面に落下した俺は、頭を打ったりはしなかったけど足を骨折。思えばなにこの骨折率。こいつ救うと足折る呪いでもあるの? 当時は俺もやんちゃなガキだったが、膝に矢を、どころか骨折してしまってな……。で、完成したのがぼっちだ。
危ない場所で遊ぶんじゃないとアレほど言ったでしょォォォォとお決まりの大人の説教を前に、俺が無理矢理連れていったってことで問題解消。骨折した子供に強く説教なんざ出来ないだろうと理解した上での解決方法だった。あ、もちろん母親様からは容赦ナシのゲンコツが降ってきました。普段から大して顔合わせもないんだから、ああいう時くらい心配してくれたっていいじゃないの。やさぐれるなってほうが無理だろ。
「あれから、だよね。ヒッキーがあたしに近づくなって言ったの」
「小町にもな」
「……入院してた時に、パパからなにか言われたの?」
「べつに。教師に吐いた嘘がそのまま親父さんに伝わっただけだろ。お前みたいな危険なヤツと結衣は遊ばせんってか? 実際丁度良かったんだよ。クラスの連中の目も俺を敵としてしか見てなかったし。お前が近づけば俺への嫉妬もあったが、逆に俺だけが悪いって状況が完成していれば、お前は“こんなヤツと幼馴染で可哀想なヤツ”って同情されるだろうからな」
「……うん。なんかおかしなくらいみんながやさしい頃があって……」
「よかったじゃねーか。ま、中学もそんな理由だ。小学が同じやつは中学も大体同じだからな。……ママさんには落下事故の骨折の時点で全部バレてて、散々っぱら頭撫でられたが」
「なにそれ! 初耳だし! ずるい! ママずるい!」
「そんだけ信頼度が違ったってだけだろ……母親に嫉妬すんなよ……ってこらっ、だだだから抱きつくなっ……!」
話の途中で腕に抱きつかれて狼狽える、少し前まではエリートぼっちを気取っていた男……俺である。恥ずかしながら、誰かの胸の中で泣いたのもママさんが初めてだったりします、俺である。
黒歴史だあんなの……初恋の相手の母親の胸で泣くって、想像してみてくださいよ。なんかもうヘンな汁を吐き散らかして死にたいくらい恥ずかしいだろ。
でも……ガキの強がりを見抜いてくれた上で、やさしく包んでくれた。正直、ママさんには頭が上がらない。なにかしら頼まれれば無条件で頷けるほどに信頼している。
まあ、それも───
「《なでなでなで》だ、だからなに!? なんで急に頭撫でるの!?」
強引に線を乗り越えてきたこいつほどじゃないんだから、なんか複雑。
ああくそ、頭の撫で心地がいいなちくしょう。気安く頭を触られて嫌じゃないのん? こうすりゃ離れると思ったのに全然じゃないですか。
ならば遠慮無く撫でよう。…………髪、サラッサラだなおい……どうなってんのこれ。
「うー……こ、こんなんじゃ騙されないんだからね……?」
言う割りに顔が緩みまくっていた。しかも腕に頬をすりすり擦りつけながら上目遣いで言ってくる。なにこれ可愛い。そして説得力がまるでねぇ。説得力スカウターとかあったらたったの5でゴミ扱いだよ。
「で、話を戻すが」
「ほえ? なんの話だっけ」
「親父さんの相手が苦労するって話だ。苦労しようが俺はそうなりたいって……あー、その、思ってるっつーか」
自分で話を戻しておいて滅茶苦茶恥ずかしい。
だが確認しないことには進めないわけで。
「その……嫌ならよ、押し退けたりしてくれな。人の反応には敏感なつもりだが、舞い上がってる時まで反応を探っていられる自信がない」
「……な、なにそれ。あたし、相手がヒッキーなら……その、べべべつに、……なんでも……」
え? いいの? またキモいとか言われて距離とられてそれを丁度別の女子に目撃されて陰口叩かれまくるまで想像してたのに。あだ名とかつけられて。ファインディングキモイとか。……やべぇ泣ける。人のキモさを見つけ出すあだ名として最強すぎる。
しかし確認が取れたのならと体を動かそうとした時、フヒッと妙な声が喉から漏れた。……うおおう、我ながら今のはキモい。
ほれ見ろ、結衣だって引いて…………なかった。なんだかおかしそうに笑ってる。
…………あー、なんだろ。まずいな、ほんと。まずくてやばい。やめろよ、そんな顔すんな。いっそ引いてくれたらまだ自分を制御できるっつーのに。
くそっ、負けることに関しちゃ最強とか自負してたけど、惚れたら負けってのを味わうなんて思わなかった。“好きだー!”とか心の中で何回も叫んでるよ。恥ずかしいから叫ばないけど。
そんな満たされた心のまま、ぎこちなく結衣の体を抱き締めた。すぽりと腕に納まるその小ささに、心臓が高鳴る。
うわ、なにこれちっちゃ。女の子っつーより人間って意識の方が高かったから、背丈以外は別に変わらないだろとか思ってた俺が滅びていく。
肩幅の差ってほんとにあんのな……。あと、背丈以外はとか言ったけど背丈の差もすごい。
普段からこんなに人と密着する機会なんてなかったから気づけなかった。
そっか……こいつ、こんなにちっちゃかったのか。
こんな小さな体で、俺のわがままに散々付き合わせて……不安もあったし怖い思いもしただろうに───……あ、だめだわこれ。胸がきゅんきゅんしよる。なにこれ恋? ……恋だった。もはや愛と断言できるまである。
「……ひとつ、お前に謝ってなかったことがあったよな」
「んぅ……? なに?」
「中学の時。男紹介しただろ」
「あ…………あれ、もうやめてね……? 目の前が真っ暗になって、泣いちゃうくらい悲しかったんだからね……?」
「……すまん。俺が幼馴染だって知って、それだけでしつこく何度も紹介しろってうるさかったんだ。紹介すりゃ満足だって言うからそれだけでよかったと思ったんだけどな」
「久しぶりにヒッキーから声かけられて、放課後に屋上にって……行ってみたら知らない男の子が居て、ヒッキーに紹介されたって…………ぅ……っ……」
「え、えー……? 思い出して泣くくらい嫌だったの……?」
「あ、あの中学で、放課後の屋上に女の子呼び出すのって“告白の合図”っていうくらい有名だったんだよ!? あ、あたし、すっごくどきどきして、子供の頃からの夢が叶うって、すごく幸せだったのに……!」
「ごめんなさい。いやもうなんかもうほんとごめんなさい」
好きな女の夢ぶちこわして笑ってられるほど外道じゃございません。
むしろそんな期待を込めた瞬間に自分以外を向かわせたことへの罪悪感がひどい。
「いやほんと……ひどいついでに訊くけど。お前どうして俺なんか好きでいられたの? お前にとっての俺ってキモいしひでぇしキモいしキモいんだろ?」
「キモい言いすぎだから!」
「全部お前から受けた正当な評価だろ」
「あたしの方が最低だった!? ……う、うぅうう~~……そういうヒッキーは、どうしてあたしのこと好きでいてくれたの……? 勘違いだったんじゃないの……?」
「ばっかお前、勘違いぼっちは告白してフラれるまで勘違いしてるもんなんだよ。相手が彼氏とか作らなけりゃ、そりゃもうひょっとして俺のことが好きだからじゃね? とかアホなこと考えて生きてんだ。そんで“やさしいだけの女子”に声をかけられて勘違いして、それがただの“ぼっちな男子に声かけるあたしやさしい♪”なクズビッチであることを理解して、少しずつぼっちとして成長していくんだよ」
「うわあ……なんかあまり嬉しくない理由だー……、……あれ? でもヒッキー、あたしに告白なんてしてないよね? なんで?」
「したとして、親父さんに潰されるだけだろ。ぼっちは負けるのは得意だが、べつに理由もなく負けたいわけじゃねぇんだよ」
「ふーん……よく解んない」
「おー、いーんだよそれで」
わざわざ理由なんて言えるかよ。惚れたままの方が行動しやすいとか、アホでしょそれ。ま、そこらへんのことは“自分で無関心のつもりでやってたら惚れたままでした☆”なんて手痛い黒歴史級のオチが待っていたわけだが」
「ふええっ!? ヒッキー!?」
「あ? ……なんだよ」
「な、なにって……その、あの……ほ、惚れたままのほうが、なにをしやすかったの……?」
「……へ? あ……なに? お前エスパー? コトゥーラさんなの? やだ怖い、覗くのは真鍋くんのエロスだけにしてくれよ……」
「エスパーってゆーか、あの……口に出てたし……」
「………」
「…………《かぁああ……くしくし》」
まじでか。口を半開きにしたまま硬直。
目の前でお団子状態で結わっている髪をくしくしといじる結衣は、さっきよりも真っ赤である。真っ赤っていいよね。“ん”を足すだけでマッカンになる。ああでも今MAXコーヒー飲むと糖尿病になりそ。セルフで糖分いっぱい摂取できた気分だからもうこの空気なんとかしてラブコメの神様。
「そ、そっか……そっか……えへへ。ほんとに好きなままで居てくれたんだ……。も、もう……ヒッキーのばか……あたし、断らなかったよ……? そしたら、うんと子供の頃から恋人同士だったのに……」
「あーそーな。奇しくも同じ日に惚れた同士、告白もその日にしてたらモノスゲーベストカップルの誕生だったんだろうさ。ただしそれじゃあ“俺”は出来上がらなかった。……べつに後悔してねーんだよ。どんな“ああだったら”があろうが、俺は過去を後悔しない。全部あっての俺だからな《ドヤァアア……!!》」
「……あたしは、それでもしてほしかったな……。それでね? もっとヒッキーと一緒に居て、いろんなことを二人でやって、二人で笑うの。……ヒッキーはなんでも独りでって、いろんなこと出来ちゃうけどさ……」
「《ギュッ》……おう」
「《ギュッ》……うん。それでも……二人で頑張ることだって、出来たと思うんだ……。独りのほうが意見のぶつかり合いもなくて、思う通りに出来たとしても……あたしは、一緒になって、なにかをしたかったなー……って」
「………」
ベストプレイスで二人、再びぎゅっと抱き締め合う。
二人で、なんて考えたこともない。俺はリア充や大人が使う“みんな”が嫌いだ。誰だよみんなって。ぼっちの目には見えない不思議色の誰かか? 四色型色覚持ってなきゃ見えない誰かなのかよ。いっそ怖いよ。あと怖い。
ぼっちは独りを好み、グループに混ぜようとするニヤケ顔の“良い人”を嫌う。みんなと一緒の方が楽しいよ? だから誰だよみんなって。お前の後ろで迷惑そうな顔でこっちを見てるやつらのこと? よく見ろよそいつらのこと。お前が振り向いた途端に笑顔じゃねーか。お前現実見えてる? もっと周りを見ろよ。なに? それで引き合わせたらお前は別の場所行くのかよ。最後まで付き合えないやさしさほど迷惑なものはないって、そんなことさえ知らない馬鹿がやさしさなんて持つな。そんなものはやさしさじゃない、ただの迷惑行為だ。“厚意”と“厚かましい意志”を吐き違えるな。
……なのになんで結衣に言われただけで納得しそうになってるんだよ俺。
ねぇ知ってる? 天使ってやさしそうに見えるけど、恋のキューピッドよろしく、自分が気に入ったヤツ同士を互いの意志を無視してくっつける外道なんだよ? 豆しばも頷く外道知識だね。
そしてヒッキー知ってるよ? “良い人”が僕と“みんな”を引き合わせて去ったあと、ドヤ顔して“俺ってやさしぃいい!”とか思ってるって。結論を言おう。やさしさってのは状況に応じた方向性を用いらなければ毒にしかならない。そんなことを知らない“良い人”はただの道化である。
己の武器の限りを知らず、やさしければいいとだけ思っている者どもよ。……砕け散れ。
そう思える俺だから言うのだ。
「一緒にね。理想的だな。だが理想は理想だ。“俺”はその頃は“俺”じゃなかったし、度重なる嫉妬に心を折っていただろーさ。ぼっちレベル1のガキに、人一人を守る力を持てってのは、ちと荷が重過ぎるだろ」
「あたしと小町ちゃん、二人も守ってたくせに?」
「一緒に居て堪えるのとぼっちで堪えるのとでは違うんだよ。孤独ってのは強さの一種だ。無くすものがない強さをなめんな。世界に名を轟かすヒーローがこぞってダメージを受ける瞬間を知ってるか? みんな守るものを庇ってやがるんだよ。つまりぼっちこそ最強。誰かを庇って勝機を逃す馬鹿を、俺は英雄だなんて呼ばねーよ」
「じゃあヒッキーは英雄だね。誰かを庇って負けることばっか選んでるし」
「あ? なに言ってんの? 英雄になれるのは主人公であって、日陰者のモブじゃねーよ。俺が物語の登場人物なら、部屋の隅で姑息なことばっか考えてて、敵襲に戸惑ってる内に爆発に巻き込まれて一番に死んでるね」
「そんな一番に死んじゃうんだ!? え、えー……でもヒッキーなら実は生きてましたーとか言って、裏でいろいろ動いてそう……」
「あー、実はスパイで敵の情報探ってましたーとか言って、なんか実は生きてましたって出てくるアレね……はいはいアレアレ。で、一番最初の壁になって戦いの最中に謎の溢れ出す勇気のパワーでパワーアップした英雄に一番に殺されるのね」
「なんかまた一番に死んだ!? ち、違うよ、ほら、……ていうかなんで全部戦うことになってんの!? もっと平和に行こうよ、ほらっ」
むしろなんで物語方面で話を続けることになってるのか。
やっぱりこいつ、昔から頭のネジずれててほっとけない。その所為か? その所為か。ほっとけないならしゃーない。
つか、いつの間にか好きなままでいてくれた理由とか流れてない? 訊き直すの恥ずかしいからいーけど。
「俺が登場する時点で殺伐としたものになるって想像くらいつくだろ。なに? 青春ラブコメに俺みたいなの出せって? そんなもん、どうせ美少女が邂逅一番に俺をゾンビ扱いして終わるだろ。……最初からラブもないしコメディもないぞ? 物語として完結してるじゃねーか、どうすんだよおい」
「じゃ、じゃあヒロインを、ほらえと……あ、あたしにしてみるとか……」
「タイトルは“キモい男子とアホの女子”か。……誰が見るんだよそんな物語」
「ア、アホじゃないし! あたしだってこの高校ちゃんと合格出来たんだからね!? 馬鹿にしすぎだから!」
「それが一番解んねぇ……結衣のだけ問題間違えたんじゃねぇかって疑問に思うレベルだぞ」
「どーゆー意味だ!?」
「まんまだろ」
「? ごはん?」
「その“まんま”じゃねぇよ……何歳だよお前」
などとアホな会話を続けていると、キンコンという音。
話してる内に5限が終わった。
「……戻るか」
「なんか、いっぱい喋っちゃったね」
「それもしょーもない内容でな……」
「いいじゃん。今まではそれもさせてくれなかったんだし~ぃ」
「語尾を延ばすな、アホっぽく見える」
「比率だよーだ」
「………」
「?」
「あー……ああ、うん。皮肉のことか」
「? ……、……!?《ボッ!!》ヒッキーキモい! キ、キモい! あとキモい! キモッ……~~~うー! うー!!」
「だから照れ隠しと誤魔化しで人をキモいとか言うなよ……《でしんでしんっ》あと叩くな、痛い、地味に痛い」
なにこれ、初めてやられたけど漫画とかの擬音間違ってるでしょ。女子からぽかぽか胸を叩かれるとかちょっと憧れてたけど、これもうポカポカじゃないよ。あっはっはっは、こいつぅとか言えないって。
なのに可愛くて仕方ない。どうなってんの俺の目。腐りを通り越して壊れた?
……まあでも、その……なに? こんなアホの子、疑って見るほうがおかしいまである……よな。こんなアホなやりとりを小一時間も続けていたからだろうか、頭が随分と柔らかくなっていることを自覚しつつ、俺は結衣を連れて教室への道を歩いた。
教室違うから、途中で別れるのは当然だけどな。
× × ×
それからの日々は、随分と賑やかだった。
あの日、教室に戻ってステルスで居ようとすれば、とっくに広まっていた噂のことを訊かれ、話したこともねーのに馴れ馴れしいなこの野郎と思いつつ適当に返事。
もちろん結衣のことに関しては嘘は一切ない。
「お前あいつとどういう関係なんだよ……恋人か!?」
「恋人じゃねーな(婚約者だし。まぁまだ書類だしてねーけど)」
「んじゃフったのかよ。由比ヶ浜さん大告白したって聞いたぞてめぇ」
「初めての会話でてめぇとかなんなのお前。会話する気ないなら話しかけてくんなよ」
「あぁ!? いいから答えろよ! どうせ一緒に居るのだって幼馴染だーとかだろこら!」
「あーそうなー、幼馴染だなー。実際そうだし」
「へっ、だろうよ。じゃなきゃお前みたいなヤツと由比ヶ浜さんが一緒に居るわけねぇし」
「解決してよかったな。んじゃもう戻れよ」
「うるせぇ。あ、おい、俺に由比ヶ浜さん紹介し」
「礼儀を知ってから出直せ」
「あぁ!? 目立たねぇ日陰野郎が誰に向かって口を───」
「あー、せんせー、進学校で不良にからまれたんですけど助けてくださーいぃ」
「ホアァッ!? ……ゲッ! 国語の平塚っ……!」
「ほおう? 貴様に苗字を呼び捨てにされるほど、私たちは親しかったかな?」
「あぁ、ちなみにさっきの会話録音しといたから。ねえどんな気分? 今どんな気分?」
「て、てんめっ……! 消せ! 今すぐ消せよ! 消せってんだよ!」
「《バゴォッ!》ぶっ! ……はぁ、お疲れさん。教師の前で暴力とか、最高な、お前」
「えっ……あ───」
「ちなみに録音も嘘だ。だから言ったろ、会話する気ないなら話しかけんなって」
「て、てめ……!《がしっ》ひぃっ!?」
「そこまでだ。生徒指導室まで来てもらうぞ」
「ま、待てよ! 全部そいつが仕組んだことでっ……そうだろみんな!」
「みんなって誰だよ。上から目線で馬鹿にしてきて、都合悪けりゃ怒鳴る。教室中も嫌な空気だ。お前、こんなことしたかったのか?」
「く、くそっ……くそ! なんでてめぇみたいな日陰ぼっち野郎に、俺がっ……! 離せよ! こいつぶん殴って……!」
「比企谷。こいつの話ではどうにもお前が悪いようだが?」
「あー、走り書きですけどこのノートに会話を簡単に書いてありますんで、誰かに確認とってください。あ、この場じゃないほうがいいですよ。そこの暴れん坊が、今みたいにそいつの所為で俺は~って暴れるんで」
「……いいだろう、これは預かってお───お、おいっ!」
「な、なにが確認だ! こんなもの! こんなものっ!!《ビリビリビリ!》」
「ちなみにそれ、別のノートな。はい先生、こっちが本物です。あと人の所有物勝手に破いた責任くらいとってくれな。で、お前名前なんだっけ」
「~~~~~っ!!」
先生が最初のノートを受け取ろうとした瞬間、男はノートを手にびりびりに破いたわけだが……まあ、嫌がらせの大半をやられりゃ、ダミーくらいは用意する。お陰で国語用ノートがおじゃんなわけだが……だ、誰か貸してくれないかしら。無理だな。俺ぼっちだし。
そんな心配を余所に話を進めていると、そういえば相手の名前すら知らないことを思い出した。しょうがないよね、休んでたんだもの。なので正直に名前を訊いてみたら、思いっきり殴られた。
いや、純粋に訊ねただけだったんだが……会話の流れを読もうとしなかった、これは失敗だ。
男は進学校だったら頭でっかちのもやししかいねーだろうと、頑張って入ってきた目立ちたがりの馬鹿だったらしい。いや、進学校ってそういう意味じゃないからね? ただ有名大学に進む人が多いってだけで、スポーツとか普通にするヤツも居るし、頭がいい奴は運動出来ないとか喧嘩は無理とかそんなことねーから。
そんなわけで、男は平塚先生に連行されたあと、すっかり勢いを無くし、どんどんと肩身を狭くして、やがて目立たなくなっていった。
同時に俺と結衣のこともただの幼馴染ってことで解決しそうになったんだが───放課後になるや結衣が教室に突撃を仕掛けてきて、恋する、というかもう愛する主人を見つけた犬のように抱き付いてすりすりしてきた時点で、教室内での俺の立ち位置はいろいろと決まってしまった。
もちろん最初は事情があるっぽく振る舞い、目立つ自分からは逃げようとした。ああしたさ。だって俺だもの。
しかしその度に抱きつかれ、甘えられ、それこそ甘い声で出た「ひっきぃい……♪」なんてものを耳にし、振り向いてみれば、腐った目をした男に抱き付いて幸せそうなとろける笑顔の女の子。そんなものを見れば、誰でも状況を察するってもんだ。
俺の言い訳は開始から5秒と保たずに死んだ。
爆発しろとか砕け散れとか、初めて言われた。リア充どもが言われるべき言葉を、まさかの俺が言われる日がきた…………来て、しまったのだ。
噂は瞬く間に真実として知れ渡り、最初は「どうやってオトしたんだよあの由比ヶ浜さんを!」と殺到していた質問が、「ゾンビでも出来る最強ナンパ術ってなんだ!? 教えてくれ!」なんて曲解まで生まれた時は、さすがに開いた口が塞がらなかった。
誰情報で何処情報だよそれ。発生源教えろ。そしたらそいつを堂々と噂の仕返しで封殺するから。今の俺なら“仏の顔を三度まで”を実行出来るほど、穏やかさを捨てられる。そいつに対して、あくまで噂で。
ブロントさんの言葉は不思議だね、奇妙な勇気をぼっちにくれる。
噂が真実となって幾日。
一人の女が我がクラスまでやってきて、「ヒッキーっての、どれ?」なんて失礼な物言いで俺を探した。
訊ねられた男子が「ああ、そこの」なんて言って俺を指差すものだから、俺はその時“底野さん”と化した。やだ、カースト底辺を欲しいままにしちゃいそうな名前。いるかもしれない底野さんに早くあやまっテ! 謝りなさいよッッ!! ……なんで女って叫び始めると命令口調が強くなんだろな。
「ふーん……? あんたが。……はんっ」……で、そいつは俺を見るだけ見たら出ていった。
その直後に「お前なにやったんだよ! 相模さんとまで知り合いなのか!?」なんて言ってきた佐藤くんのお陰で、ヤツの名前が解ったわけだが……なに? なんなのきみ。ぼっちに平然と話しかけるとかやめて? こんなこともなきゃ話しかけもしないくせに、正直迷惑だわ。そのくせ用紙回収の時は俺無視して立ち上がるじゃない。
……その放課後、何故か頬を膨らませた結衣と遭遇。今では当然のことになった“一緒に帰宅”を普通にして帰路を歩むのだが……フグの真似なんですかね。やだやめて、ほっぺた突きたくなっちゃう。
「なに、どしたのお前。ついに俺と居ることに不快感を───」
「それはないったら! なんで今か今かって感じで毎日訊いてくるし!」
「最近のお前がつまらなそ~~~にしてるからだろが。つまらない=一緒に居る俺の所為ってのは当然の方程式だ。式がそのまま答えになっているなんて親切だろ。ぼっちは結論を迷ったりはしないからな。なにせ独りだから他人に答えを求めない。他人に混ざっても気づけば集団の輪から孤立して、輪の空気を乱さないやさしさまで搭載だ。俺ってやっさしー、ぼっちの鑑だろ」
「………」
「《きゅむ》……ゴメンナサイ」
だから泣きそうな顔で袖引っ張って上目遣いはやめて。じ、自虐ネタってそんなにつまらない? 頭の中ではドッカンドッカンウケてるんだけどな。おかしいな。
だってリア充どもにとって、相手の不幸なんて笑いのタネなんだろ? イジメるやつは決まって笑ってる。苦労しているヤツが報われれば舌打ちをして、足引っ掛けては笑ってるじゃねーか。
なのに自虐ネタで笑わないっておかしくね? ああ、なるほど。ようするに目の前で起こらなきゃ楽しくもないわけか。そりゃそうだ、苦悶の表情が見たいのに、ウケを狙って話されて嬉しいわけがない。いやー、清々しいほどのクズっぷりだわー」
「《がばっ! ぎゅううっ!!》うひゃうっ!? え? お? オアア!?」
「~~~~~っ……あっ……あたしがっ……今度はあたしがヒッキーを守るからっ!」
「え? なに? いきなりなんのこと?」
いきなり背中に腕を回され抱きつかれ、しかも思いっきり抱き締められた。
口からこぼれる言葉の全てが困惑として広がって、試しにぱしぱしとタップをしてみても降参は認められない。……突然のプロレスルールではないらしい。そりゃそうだ。俺も相当混乱している。
「…………また、声に出てた」
「……まじか」
「あたし、ヒッキーにそんな風に思われるくらいなら、りあじゅーとかいうのじゃなくてもいいよ……。あたし、そんな人の不幸で笑うような人になりたくない……。そ、それにね、もう決めたしっ! ヒッキーはね、あたしが幸せにするって!」
「……今さらイジメに屈するようなやわいメンタル持ってねぇよ。もし今のお前との関係の所為でイジメが始まるようなら、お前は俺に───」
「関わるなって言ったら怒るよ?」
「いや……けどな、お前」
「結・衣!」
「……結衣サン」
「さんはいらないから!」
「なんなのお前、人のことははーくんからヒッキーに変えたくせに、自分だけこだわるの? なに? 俺がユッイーとか呼んだら満足なの? ……自分で言っててなんだけど滅茶苦茶呼びづらいなこのあだ名」
「…………《ぽぽぽぽぽ……》」
「いやお前も……こんなんで頬染めるなよ目ぇ潤ませるなよ。ユッイーでときめけるなんてこっちが驚きだよ。ケースとして希少すぎだから。あれなの? ガハマさん希少種なの?」
「だ、だってヒッキーがあだ名で呼んでくれて……。なぁんか……近くなったのかなぁ~って思ったら……えへへぇ」
「~~~……《がしがしがし》」
もうなんなのこの娘。いちいち可愛いったらない。
今までと仕草なんて同じなはずなのに、なんでいちいち可愛いって感じるんだよ俺。
これがほんとの好きって気持ちなのん? 恋って怖いのんなぁ。思わず頭をがしがしと掻いてしまう。将来ハゲそう。ハゲねーけど。
「で、どうすんの? 離れるの? ユッイーが巻き込まれるくらいなら俺は進んで距離を取るまである」
「ユッイー言うなし! 結衣でいいってば! ……うわっ、ほんと呼びづらい……」
「え~……? さっきまで喜んでたくせに呼ばれるのは嫌なの……?」
「いーじゃん。ほら、とにかくこんな話は無し! ……あたしがヒッキーの傍を離れるなんて、絶対にないんだから。婚姻届だって金庫とか買っちゃって、ママに預かっててもらうし。ほ、ほらっ、これで離婚もできないし」
「……うおー、そーかー……。ちなみになぁガハマさん。婚姻届は出さなきゃ夫婦として認められないし、夫婦にならなきゃ離婚なんて出来ないんですよ?」
「うえっ……!? あ、そ、そんなの知ってるし! 出したままにするから! ね!?」
「いや、金庫から出さなきゃって意味じゃねーよ。それだけだったら偽造されて、イケメンが重婚罪で捕まるだろが」
「………………《ぷしゅー》あ、そ、それならっ……」
「いーからまずは落ち着こうな。それ以上恥の上塗りするんじゃありません。ヒッキー、婚約者として恥ずかしいから」
「…………《こくこく》」
真っ赤なままに首肯した。OKこれでいい。
それでだ。
「んで? 結局なんで頬を膨らませてたんだよ。俺関連でいろいろ言われたのは間違いないんだろ?」
「なんでそうなんの……? ……そうだけど」
あ、そうなんだ。誰? 誰なの結衣にこんな顔させたのは。噂流してじわじわ追い詰めてあげるから仰いなさい! ……広めるための友達がいねぇけどな。いいよそこはなんとかするから。
「え、っと……さがみんが」
「さがみん!? ……なにそいつ、引っこ抜かれるとあなただけについていく腰ギンチャク的ななにかなの?」
引っこ抜か~れて~、あなただけに~ついて~ゆく~って。あ、それピクミンだわ。
「違くて……えっと。相模南っていう、同じクラスの子なんだけど」
「ほーん? で、そいつが結衣の大告白を目敏く耳にしてて、───相模?」
そういえば佐藤くんがあの時の女のことを相模とかなんとか。
ああなるほど、いろいろやりそうな見下した目だったな。なるほど。
「よし、それは解った。さがみんってやつの顔も思い出せた」
「知り合いだったの!? え? うそ、ヒッキーに女の子の知り合い……!?」
「本気で驚くとこそこなのかよ……じゃなくて、今日のことな。相模ってやつがうちの教室まで“ヒッキー”を探しにきて、俺を見て鼻で笑って去っていったって、それだけのことだ」
「…………」
「……結衣?」
「……ヒッキー。あたし、やっぱりひどい子だ。さがみんのこと友達だと思ってたのに、もう許せないんだ……」
「悪ふざけでもないのに、友達相手に見下した態度に出るやつのどこが友達だ。よーするにあれだ。友達だって思ってたのはお前だけだってパターンだろ。世の中にゃ呆れるほどあることのひとつだ」
「ヒッキーも、そんなことされたこと、あるの?」
「友達がまず居ねぇよ。どころか、友達になりましょうなんて手紙をもらってノコノコと校舎裏いったら、囲まれて笑い者にされたこともある。逃げ出すことも出来ず、延々と飽きるまで笑われるのな。ほれ、日陰者以外の感性なんざこんなもんだろ。他人の青春の失敗は全部笑いのタネだ。いつだったか泣きながら思ったね。17歳になったらそれをネタに替え歌作って“青春17
ボサボサ頭~、コミュ障で~、上手に話も出来なくて~♪
人生の中身の妄想と~、意味不な自信だけあって~♪(アグリアグリ~)
やがて気になる人に出会って、勇気を出して告ったら~♪
キモがられ引かれたその後に~♪ 言い触らされてて泣いた~♪
笑い話にされたまま、ミジメの日々は続いて、濁ってしまった目とともに、信じることをやめましょう。
……そんな感じのな。ひでぇ縮図だ。
こんなもんを実際実行するやつらが居るんだから、そいつらにとっての俺らの青春なんて、それこそコメディだ。俺達は笑えない。あいつらは笑う。そんな歌が、頭の中で完成した。
「んで、どうすんの。さがみんに下克上? 言っておくが、やめてって言ったところでそいつは付け上がるだけだぞ? ……つか、俺はそいつが、お前に対してなにをしたのかも知らないんだが。俺を見下した目で見て鼻で笑ったりはしたが、それだけだしな」
「……目の前で、“あんなのが大好きなんだ、せっかく可愛いのに趣味は酷いんだね”って……笑われた」
まあ、目が腐ってますもの。パッと見の印象は、そりゃあひどいもんだろうよ。
じゃなきゃゾンビ谷くんとかひでぇあだ名つかねぇよ。生きてる人間に対して、あれはねーだろ。
「そーかい。んじゃあ精々そいつに嫌われるか」
「え……どうするの? あ、言っとくけどヒッキーが泥かぶるみたいなの、絶対やんないかんね?」
「なんで俺があんなやつのために泥かぶんだよ……やだよ面倒くせぇ。俺はただあいつに嫌われるだけだ。ようするにあいつは俺の外見だけ見て鼻で笑ったわけだろ? だったら精々中身で勝負して、笑い返してやればいい」
「あ、そっか。中身……───外見…………」
「? 結衣?《きゅむっ》あ、おいっ」
急に手を握るとかやめて!? ヒッキー勘違いしちゃう!
「ヒッキー! 服見に行コ!」
「あぁ? なんで。やだよ。俺このあと家でゴロゴロする予定があってだな。そのあとバイトが」
「ヒッキーは外見だっていいしっ! 目が腐ってるだけだって教えてあげればいいんだよっ! あたしナイスアイデア!」
「いやおまっ……! 目が腐ってるだけって……! ……なんかもうこのまんまでよくない? そして家に帰して? ベッドで泣くから」
「だめ!」
「……わ~ったよ……」
バイトに間に合う時間までを条件に、制服のままに行動は開始された。
……まあ、金は持ってるからいいんだけどな。
*プロトネタ
青春17wwwの替え歌アイデアは初期の頃からありました。
17歳の俺達へ、の主題みたいになる前は完全なる自虐ネタ。
暗いままにしなくてよかったーと今では思っております。
追記:書く場所間違えて、編集中の次の話の後書きにこれ書いちゃいました(^^;
修正修正。