どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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前を向いたあの日から②

 それからの話をしようか。

 あれからの俺達は、互いに思うことをぶちまけるようになった。

 いや、本当になんでもかんでもってわけでもないが、ちょっと気になったなら黙らずに口にする、みたいな関係。

 雪ノ下も巻き込んで、おろおろ慌てる雪ノ下の前で隠し事なんてせず。

 すると案外心が軽くなるもので、気付けば引かれるように、雪ノ下も遠慮をなくしていった。

 そうして過ごす、自身の成長を求めて踏み出した日々の先で、やがて俺も自然と頬を緩めるようになって、ニタリ、とではなく普通に笑っていることを雪ノ下に言われ、初めて気づく。

 そこに由比ヶ浜が「せっかく内緒にしてたのに」と頬を膨らませて……っておい、なんで黙ってるの、いいでしょべつに普通に笑えてんなら。

 え? “ヒッキーが自覚したら、またニタリに戻ると思った?” ばばばっかお前、成長を目指した俺の笑顔にもはや隙はねぇよ。ほれ、こうだろ?《ニタリ》「ヒッキーきもい!」……今までで一番傷ついた。

 慌てて謝る由比ヶ浜の隣で、耐えきれず笑う雪ノ下も随分と変わった。

 くすくすどころか声を出して笑うようになり、いつからか表情を覆っていた影も、すっかりとその明るさに覆われるように、なくなっていた。

 

「あー、えっと。ほれ、あ、あーん……」

「ふわっ!? ヒ、ヒヒヒッ……あ、ぅ…………ぁ、あーん……」

 

 俺から誘い、デートをすることもあった。

 そう、デートだ。

 “それでいいのだろうか”はもう残さない。

 水族園に行ったことでチャラとか、そんな面倒臭がりな男子が勝手に決めつける、アンケートの集計結果のような答えは置いていこう。

 あの電車の中で思ったことを、置き去りにしたままじゃ進めない。

 だから、全部を試すのだ。知りたい全てを知るために。

 切り分けたハニトーを由比ヶ浜に差し出すのは……ほらアレだよあれ。オプションみたいな?

 ……いや、誤魔化しはいらないよな。

 知る努力ってやつだ。

 知りたい、知って安心したいなら、自分からも踏み出さなければその願いの全てが欺瞞だ。

 自分からは動かないのにその全てを欲するなんてまちがっている。

 

「えと……ハニトー……終わっちゃったね。あのっ……えと」

「おう。腹も膨れたし、少し休みながら次に行く場所でも決めるか」

「───っ……~~~うんっ! え、えっとねヒッキー、えっとねっ?」

 

 今までの俺なら、目的さえ果たせば“じゃあ帰るか”だった。

 由比ヶ浜もそれを思い、言葉を選ぼうとしていたのだろう。

 大丈夫だ、もう、知るための努力は始まっている。

 そう、知りたいんだ。だから、歩み寄る。それが勘違いじゃないかを確認するだけ、では……ないのだろうけど。

 そこにある自分の答えも一緒に、俺はきっと探しているんだと思う。

 

 

───……。

 

 

 約束を、思いを、ひとつずつ清算してゆく。

 その度に沸き出したなにかと、消えてゆくなにかは平等じゃない。

 

「ふわー…………おっきいねー……!」

「ランドもそうだったが、シーってのはこんなに……」

 

 ディスティニィーシーにも行った。

 ガラにもなく……という言葉は今更使わないが、それでも妙に燥ぎ、楽しんだのを覚えている。

 どうせランドと大して変わらねぇだろと思っていたら、とんでもなかった。

 

「ヒッキーヒッキーあれいこあれ! あ、でもあれもいいし! 絶叫は外せないよねっ! あっ、クレープ売ってる! ヒッキーヒッキー!」

「おうっ! 片っ端からだ!」

「わっ、ヒッキーがノリがいい! あははっ、よーしっ、片っ端からだー!」

 

 誰が見ているわけでもない。

 見てくれるやつだけが見ていてくれたら、それで俺は満足だから。

 だから、もう恥ずかしいとかそんな思いなんて横に投げ捨てて、理想を押し付けた先の大切ななにかと馬鹿みたいに燥げる今を、謳歌することにした。

 

「ふわー……楽しかったねー……」

「今まで無意識に仕舞っていた自分を全力で暴れさせた気分だ……こりゃ明日筋肉痛だな」

「そこまでなんだ!?」

 

 すっかり疲れた足を、電車の座席に座りながらぶらつかせる。

 由比ヶ浜も苦笑しながら同じようにしていて、そりゃあの燥ぎようじゃな……と自分のことを棚にあげつつ苦笑した。

 

「ああそのー……ああもう、いい加減慣れろよこの口も……! その、だな。お世辞抜きに、楽しかった」

「あ…………うん。あたしもだ。えへへ、ありがとね、ヒッキー」

「……おう」

 

 感謝したいのはこっちのほうだと何度思っただろうか。

 自分の高校生活が大切なものだと思えるようになったきっかけのひとつに、間違い無く存在している彼女を前に。

 でも、まだなんだろうな。

 せめて俺が、こいつにしてもらった分を返せたって思えるまでは───俺は。

 

「あの……ヒッキー。えっとさ」

「? なんだ?」

「最近さ、よくあたしのこと……誘ってくれるよね? それってさ、水族園のことがあったから、とか……約束があるからってことで……いいのかな」

「───」

 

 間違っちゃいねぇよ。おう、それで合ってる。

 出てきた言葉をぐっと飲みこんで、噛み砕く。

 そうしてから並べ替えて、そうであるかの解を探すが、このことへの答えはもうとっくに出来ていた。

 

「今までありがとうってのが正直なところの答えだな。けど、“ただのお礼”じゃない」

 

 “今までありがとう”って言葉に、由比ヶ浜の顔が一瞬だが悲しく歪んだ。

 そうなると思っていたから、すぐに言葉を繋げる。

 そうだ、これはただのお礼じゃない。

 

「ん、んんっ……その、だな。貰ったものを返していって、きちんと隣に立ちたいっつーか……」

「え……?」

「お礼だとか約束だとか、そういう理由だからじゃなくて……あぁ、なんつーのか……なんて言えばいいんだよこれ……えっとだな……。自分の……そう、自分の気持ちが、な?」

「うん……」

「自分の気持ちが……そうだな。そっちに……お前に向いてるから、そっちを向きたいって気持ち……解るか?」

「───…………」

「わ、解らねぇよな。俺もなに言ってんだかって感じなんだから。ただな、ほんと、自分の気持ちをきっかけにして、向き合って知り合って、そんな関係の先で安心したいって思ったんだよ。解らないことは……怖ぇからな。今更勘違いでどうのこうの言うつもりはねぇけど……俺が勘違いするだけならいいけどよ……それで奉仕部が壊れるのは、怖かった」

「ヒッキー……」

「ああいや、奉仕部がとかそういうのとも違って、だな……すまん、なかなか纏まらなくて」

「ううん、ゆっくりでいいよ。……ちゃんと、聞くから」

 

 言って、由比ヶ浜はケータイの電源を切った。

 思い返されるのは夏祭り。

 つまり、最後まで聞く姿勢を取ってくれたってことで───……ほんと、情けないな、あの時の俺。

 どうして人の精一杯を聞くことさえしなかったのか。

 こうして一つ一つを組み立てている今だからよく解る。

 本心を───“たくさん用意された言葉の奥にある自分”を伝えるのは、とても怖い。

 “拒絶されたらどうしよう”が常にへばりついている気分で、それと戦いながら口にしなけりゃならない。

 今まで散々と自分のエゴを押し付けて、それでも離れなかった人が居るとして、だからといってこれからもずっとそうだなんて約束してくれる人は居ない。

 そんな不確かな事実よりも、やさしくて嘘が混ざっていても、目の前にあるなにかに手を伸ばしたくなる時なんて誰にだってあるだろう。

 嘘が混ざっているからといって、その全てが嫌いだなんて言いはしない。

 何度後悔したって結局は人の隣に立っていた自分がそれを否定するのは、呆れるしかないほどにくだらない回答だからだ。

 本当に人を拒絶してぼっちを選びたかったなら、そんな希望が自分にあったなら、戸塚さえも押しのけて独りを選ぶことなんて簡単に出来た筈なのだから。

 結局、自分は中途半端だったのだ。集団においても、孤独においても。

 ただ俺は……それでも俺は。

 選ばないを選ぶことだけは……しないと決めたから。

 その道の先の安穏は、葉山に任せよう。

 俺は俺の計算式の先を目指していく。

 雪ノ下雪乃はどんな将来を考え、自分で答えを出すのか。

 比企谷八幡はどんな理想を願うのか。

 由比ヶ浜結衣はどんな答えを見つめ続け、いつまで隣に居てくれるのか。

 ……今は、解らないのが当然だし、まだ解らなくてもいいのだろう。その答えがどんな人にだって計算し尽くせなくても、そこに“感情”は残る筈だから。

 

「そもそも……お礼から始まったみたいな出会いだったよな」

「うん……サブレを助けてくれてありがとうって、クッキーを作ってお礼言いたくて」

「俺はそれを受け取って、最初は不味くて不味くて」

「うぅう……」

「でもな、全部食った。お礼なら、あの時にきちんと俺の中に納まったんだ。だから」

「……うん」

「俺は、あれをただのお礼として受け取らない。お前が頑張った結果として、俺がそう受け取りたいから、そうであってほしいから……そう受け取る。それでいいか?」

「…………」

 

 タタンタタンと揺れる電車の中。

 由比ヶ浜は息を吸って、そして吐いた。

 言った言葉はとても短かった。“はい”でも“いいえ”でもない。

 

「まだだよ」

 

 だった。

 

「ヒッキーがさ、あたしのクッキーをお礼として受け取って……あ、えと。不味いほうのを、さ。受け取ってくれて。それで、あの時のクッキーを美味しいって受け取ってくれても……まだなんだ」

「まだって。なにがだ?」

「あたしの気持ち。あたし、あの時……無理矢理やっちゃったから。自分の気持ち、押し込めて……大切にしてきたもの、傷つけて。なかったことにしちゃったから」

「いや……あれはお前、きちんと受け止めてる。あれは俺がやってた“解消”みたいなもんだろ」

「ううん、それでも……一度でも傷つけちゃったら、それまでのあたしじゃないから。そんなのはあたしが嫌だし、だから……」

 

 だから、と。

 由比ヶ浜はいつかの夕暮れに見せたような儚げな笑顔を見せて、俺に言った。

 

「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」

 

 ……。

 ずきんと。

 “今まで”の比じゃないくらいに胸が痛んだ。

 でも、まだだ。

 そう、彼女が“まだだ”って言ったなら、続きがある。

 だから、無様にも涙なんて見せるなよ。

 

「あ……っ……~~~……ごめんね、ごめんねヒッキー……っ……! 今、いっぱい傷つけてるの、解ってるけど……!」

「……いや、続けてくれ。俺も、お前からなら痛みを受け取らなきゃいけない理由、すげぇいっぱいある」

「…………うん。うん…………それ、で…………それで、ね……ヒッキー……。これからの気持ちは───あたしの、今の気持ちは……」

 

 これからは、と。

 あの日に解消した気持ちの続きを、彼女は語る。

 つまりこれは清算なのだ。俺がそうしてきたように、彼女もそうして清算して……全部を済ませて、今の自分で向き合おうとしてくれている。

 

「……いっぱい話して、いっぱい一緒に居て……ヒッキーから声かけてくれて、嬉しくて、楽しくて……。デートにも誘ってくれて、約束だからかな、とか思ってたのに、ヒッキーが一緒に楽しんでくれるだけですごくすっごく楽しくて……。あたし、あたしは……~~……あたしね? ヒッキー……」

 

 ふわりと微笑む彼女。

 その笑みがすっと俺に近づき、座席で支えにしていた左手に、自分の手を重ねてくる。

 

「やっぱりね……あたし、ヒッキーのことが好きなんだ。はっきり言っちゃえばさ、なんでこんな捻くれた人を好きになったのかなーって思ったことだってあるんだけどね?」

 

 ぐさりと胸に刺さる言葉もあった。

 けど、それだけじゃない。

 

「でもね、そうやって、とにかく“相手を思うこと”から始めなきゃ、きっと何も始まらないから。知ろうとしなきゃ、ヒッキーのいいところなんてきっと誰にも見つけられないから。……始まった先に、なんかとっても素直なヒッキーが居て驚いたけど……ヒッキーらしくないって思ったけど……。でも、きっとヒッキーもあたしやゆきのんを見て、そう思ったんだよね?」

「あ……」

 

 唐突に、いつかの水族園での会話が浮かぶ。

 

  あたし、ヒッキーが思ってるほど優しくないんだけどな

 

 それは、そうだろう。

 人が、他人が思う通りの理想として生きていることなんて絶対にない。

 こうであってほしい、こうじゃなきゃ嫌だなんて言葉は、意思を持って生きる人にとっては足枷でしかない。

 親が子供にこう生きなさいと躾ける世界を生きるのとは違う。

 言われた通りに生きる人にだって、自分の理想は当然存在しているだろう。

 じゃあ、由比ヶ浜結衣の理想とはなんだろう。

 そして、俺が相手に押し付けたい理想というのはなんだろう。

 押し付けたとして、その理想は叶うのか?

 ……そうだな、それは、いつかきっと。

 それが叶うのはきっと今じゃない。

 今しかできないことを散々やって、そのまま幾度もそれを繰り返し、積み重ねて、大人になった時あたりにようやく理想として叶うのだろう。

 互いが互いに、“誰かが思っているほど○○○じゃない”という相手を知り、自分でも知らなかった自分を相手に知られたあたりにでも。

 だから、まずは知ろうと思わなければ何も始まらない。俺のように、知ろうとしないくせに分析して人種として理解したつもりで、結果として傷つけてしまうようなやつだっているのだから。

 

「だからね? あたしはちゃんと、“始まり”をやり直したい。誕生日の日にさ、ああやって雰囲気で仲直り、みたいな始め方じゃなくてさ。知らなかったヒッキーのことを知って、ヒッキーにも……あたしのずるい部分とか、思ってたことを知ってもらって……それで、それから……もっともっと。あたしはね? ヒッキー……あたし……あたしは───……うん。ヒッキー」

 

 聞き漏らすことのないよう、真っ直ぐに見つめ、意識を集中する。

 由比ヶ浜は一度深呼吸をしてから、やがて続きを口にする。

 

「あの時、サブレを助けてくれてありがとう。一年も遅れちゃって、ごめんなさい。……ずっと、あなたを……一年間、ずうっとあなたを見てました。奉仕部で再会してから、ずっとあなたを知ろうと頑張ってました。いきなりビッチ呼ばわりされてショックでした。でも……あれから遠慮なく喋れるようになって、嬉しいって感じたのも本当の感情です」

「由比ヶ浜……」

「何度も、何度も繰り返して思い返してみても、楽しいことばっかじゃなくて、泣いちゃいそうなことも何度もあって……何度か泣いちゃって。……でも、それでもあたしは───……」

「……ん」

「……うん。それでもあたしは、比企谷八幡くん。あなたが大好きです。クッキー……頑張って、作りました……。ぐすっ……美味しいって、言って、くれてっ…………あ、あり……ありがとうっ……!」

 

 言葉と感情が溢れる。

 それが届くと、嬉しさと幸福とが自身を包み、心が安心に包まれていくのを感じた。

 ……俺は、人を知りたいとは思っても、知る努力なんてしてこなかった。

 目で見て耳で聞いたものだけを信じ、こいつならこうに違いないと決めつけていた。

 由比ヶ浜結衣はやさしいと。

 雪ノ下雪乃は強いと。

 けど、当然ながらそれだけで計れるほど人間ってのは単純じゃない。

 それほど単純なら、葉山じゃなく俺が人気者になる未来だって簡単に描けるだろうし、人が傷つかない世界なんて簡単に作れてしまえるのかもしれない。

 

  ……人は、俺を捻くれているという。

 

 最初からそうであったかといえばそうじゃない。

 知る努力を、好かれる努力をした頃が確かにあって、それが受け入れられず、拒否され、笑われた先に今の自分に到った。

 それを“誰かの所為だ”と言うつもりは、今となってはまったくない。

 笑われようと、知ろうとする努力は続けられた筈だし、努力をおかしな方向に向けなければ、自然と消滅するような関係であっても、上辺だけの“やさしい関係”は続いていたのだろう。

 

  ……それが欺瞞であり、それを嫌ってなどいなければ。

 

 他人に合わせて生きていくのは気楽なのだろう。

 “そうかもね”と、返事ではあるけど答えにはなっていない言葉で返し、ヘラリと笑えば、薄くてもそこに調和は生まれるのだろう。

 けど、俺はそれを選ばなかった。

 押し付けたい理想があって、押し付けた先で離れる人しか居なかったから、自分の理想は理解されないものだと“諦めること”を武器にした。

 引かれ、気持ち悪がられ、避けられて。

 そうされるくらいなら自分からと、孤独にされることから孤独になることを選ぶようになり、自分に到った。

 他人の理想に沿うのなら、こんな在り方はまちがっているのだろう。

 それでもいつか、自分の歩き方を知ってくれる人が居て、その先の、捻くれる前の自分さえも知ろうとしてくれる人が居たとして。そんな誰かが自分の理想の押し付けさえ解ってくれるなら……俺は。

 

「俺、は……」

「ぐしゅっ……うん……」

「……俺は」

 

 今はあなたを知っていると言ってくれた人が居た。

 結構なすれ違いの先に俺のやり方が嫌いだと言った、自分で自分を可愛いとか言ってしまう少女。

 あの時のことを、今でも随分と思い出す。

 結局は俺も、由比ヶ浜も、雪ノ下も、知っているつもりで……お互いをまるで知らなかったのだと。

 きっとここでもう一度“今は知っている”と口にしても、知らないことの方が多いのだろう。

 そんな何気ない事実に、いつか呆然と立ち尽くし、傷つくこともあるのだろう。

 

  ……知らないなんて、そんなことは当たり前なのに。

 

 当然のことで傷ついて、知った気になっていた自分が悔しくて、だから知らなかった相手の一面に自分は悪くないと当たる。

 そのくせ、全てを知ってもらおうと踏み込めば、その人は身を引き、やがて姿を消す。

 残るのは自分への悪口と、周囲からの攻撃だけ。

 離れる自分は悪くないのだと、離れるそいつは精一杯相手が悪いのだと主張する。

 そんな世界を見てきて、受け止めて、したことと言えば精々で社会が悪いという悪口だけ。

 ……そうだ。そんな社会に順応も適応もできない自分が悪い。

 だからいつしか知ることの努力を忘れた。努力したって離れていくだけだからだ。

 関わらなければ知ることなんてないのだからと孤独を選び、やがて社会に埋没してゆく。

 そんな人生で終わるだけだと、考えなかったわけがない。

 

「……ヒッキー」

「え…………あ、ああ、すまん、今言うから───」

「……ヒッキーはさ、さっき……自分の気持ちが向いてる方を向いただけって……言ったよね? ……あたしね、それ……解るんだ。あたしはもうずっと……気持ちが“そっち”を向いてたから」

「………由比ヶ浜」

「急がなくていいよ、うん。ヒッキーはいっつもマイペースだからね。大丈夫、あたし待てるよ? 気持ちを押し込めちゃっても……ヒッキーみたく“効率”を選んでみても、やっぱりさ、捨てたくなんかないんだ。諦めたくなんかないから」

「………」

「でもね、もう……遠慮しないよ? 言ってくれるまでは待つけど、じっとなんてしてないから。ヒッキーの気持ちがあたしに向いてくれてるなら、あたしはそれを、もっと自分のところに向くようにって引っ張っちゃうから」

「……、待っててもどうしようもないやつは、ってやつか」

「うん。前は……上手く頑張れなかったから。相手がヒッキーだってこと考えたら、普通の頑張りなんかじゃ届かないんだーって、もう解ったから」

「あ、いや、まて、俺は───」

「ハニトーも、シーのことも、全部終わった。ヒッキーがだ~いすきな効率のいい“あのままで居る”ってお誘いも、ヒッキーもゆきのんも断っちゃったし。ゆきのんもあたしも、いろいろ弱いところ見せちゃったし……ヒッキーの変わった部分も見れた。だから……」

 

 だから、ここからだよね、と。

 まだだよ、と言った少女はそう言った。

 

「ヒッキー」

「……おう」

「ヒッキーはずるくて……素直じゃないし、意地悪だ。でも……あたしにとってはやさしい人」

「……俺のずるさがやさしいなら、そのずるさを真似したお前はやさしさの塊だな」

 

 ただやさしいだけじゃねーんだろうけど。

 相変わらずやさしい女は苦手だ。それはずっと変わらない。

 やさしさだけでは怖いから。そこにメリットデメリットが含まれていたほうがよっぽど安心出来る。

 けど、そうだな。やさしい女は苦手だし怖いし嫌いだ。

 だから……優しくない女の子は、嫌いではないのだろう。

 震えながらクッキー渡して、ただのお礼だなんて。

 あんなものはやさしさじゃない。

 相手の気持ちは置き去りにしているし、そのくせ自分の望みは叶えたいという。

 他人のエゴを嫌い、自分のエゴを押し付ける……そう、まるで、俺だった。

 あんなこと、二度と……させちゃいけないよな。

 そんな決意と言えばいいのか、覚悟と呼べばいいのか。まだまだ曖昧ななにかが、自分の中で固まっていくのを感じた。

 効率で人の感情は語れないから、そうなればもう、計算するしかないのだろう。

 計算のあとに残るものが自分の感情なら、その感情をぶつけていけばいい。

 

「……じゃあ、ヒッキーはやっぱりやさしいんだ?」

「ぐっ……いやお前、これそういう話じゃねぇから」

 

 ほらみろちっともやさしくねぇ。

 だから───……まあその、な。だから、なんだろうな。

 

「えへへっ……ねぇヒッキー。あたし、もっとヒッキーのこと……知りたい。知って、安心したい。あたしが好きな人はこの人なんだなって。知らないことの多さに怯えて、嫌いになりたくなんか……ないんだ」

「───……」

 

 ふざけんな。そんなものは、俺の台詞だ。

 隣に立とうともがけばもがくほど、人は俺から離れていった。

 言葉なんてなんでもいい、とりあえず俺が悪いということにして、人はただ離れるだけ。

 そんな冷たい世界をどれだけ味わってもまだ、人ってのは誰かの隣をちゃっかりと望んでいやがるのだ。

 傷ついても期待せずにはいられないなんて、どれだけ弱いのか。

 ……そう。そんなものは弱さだと思っていたのに。

 そんな弱さの先で、誰かを知ることが出来るのなら、それはけっして無駄ではないのだと、今なら思えた。

 ……俺達はまだまだガキだ。

 振り返って自分の歩いた道をなぞってみれば、恥ずかしい青春劇の一部を語ることにしかならないのだろう。

 だが恥ずかしいからといって、ここまでの人間関係を否定してしまっては、黒歴史の全てを後悔する以上に…………俺は、きっと。

 

  後悔が出来る内が人生だと誰かが言っていた気がする。

 

 大人になったら、後悔をしたら首が飛ぶだけだから。

 傍に居るのは信頼ではなく責任だけだからと、誰かが。

 大人にだって大人の生き方が当然あって、自分がそんな生き方はごめんだと思っている生き方にも、生き甲斐ってものを見い出している人は当然居るのだ。

 

「………」

 

 青春とは嘘であり悪なのだろう。

 じゃあ質問だ、比企谷八幡。

 お前は、いつからそんなに正義が好きになった。

 お前は大嘘つきだ。人が正しいと思っていることの裏ばかりを見つめる悪だろう。

 元からそうだと理解していて、なぜそれを否定する。

 俺自身が嘘であり悪であるなら、じゃあ俺が生きている今はなんだ?

 

「………」

 

 友達作りに失敗した事実を青春として認めるならそれもいい。

 大多数は認めないが、かつての俺はそれを青春として認めたがっていた。

 許されたかったのだろうか。

 違うか。

 一瞬でも大多数に触れることで、自分も眩しい世界に居るのだと思いたかったのだ。

 “みんな”は嫌いだ。でも、そこに憧れがなかったわけじゃない。

 みんなは笑って日々を過ごしているから、そんな常に楽しそうな世界に憧れたことは確かにあった。

 でも、現実なんて冷めたものだ。

 笑顔だと思っていたものは、とっくに作り慣れてしまった笑顔でしかない。

 集団で居るということは、自分の意見がほぼ通らない世界であると語ったほうが早いのだ。

 それでも人は“みんな”で居ることを望む。

 孤独が怖いからだ。

 さて、では孤独を生きて孤独を愛し、ぼっちのエリートを自負していた俺よ。

 お前は今を、自分の今を青春と認めるか?

 

「《きゅっ……》わっ……あ……ヒッキー……?」

「………」

 

 重ねられていた手を握り返す。

 出せばいいのはちっぽけな勇気。

 きっと受け入れられるその世界へと、一歩を踏み出すだけでいい。

 “そこに俺の理想はあるか?”と臆病な自分が訊いてくるが───ハッ、そうだな。

 あるんじゃねぇの? ただ、探しもしないで足踏みしてる俺じゃあ、生憎だがそんなもんは一生かかったって見つからねぇよ。

 他人の理想の中で自分の理想を見つけようなんて無茶な考えだ。

 だから俺は理想を押し付け、知ることを欲し、解り合うことを願い、疑うことを嫌った。

 

「……そういや……手、ずっと握ってたよな、シーで」

「え? あ、うん。ヒッキーからだったから驚いたし、ずっとどきどきしてた」

「……そだな。俺はたぶん、そういうところからじゃないと出せない勇気ばっかりだろうけど……“欲しいものを欲しい”って言える自分に戻るにはまだちょっと時間がかかるだろうけど……引っ張ってくれるか? 俺も、歩くから」

 

 欲しいものを欲しいと言える自分。

 それは本物が欲しいとかそういう意味じゃなくて、もっと簡単なこと。

 たとえば楽しいと思っている時に心から笑顔でいられるとか、怒ったときには素直に怒れる自分とか。

 ニヒルな顔してなんでもないって受け流すのではなく、もっと自分の感情を垂れ流しにしていたいつかの自分へ。

 そこまで行かなきゃ、俺はきっと傍に居てくれる人を無自覚に傷つけるから。

 傍に居てくれる人に、こいつなら解ってくれると勝手に決めつけ、思い込み、いつかの修学旅行の時のようにまちがってしまうだろうから。

 

「ヒッキーは変わりたいの?」

「変化じゃなくて成長な。無理に自分を変えるつもりはねぇよ。だが成長ならルール違反じゃねぇ」

「ルールなんてあったんだ!? ……んー……ヒッキー? べつにさ、そんなルール、なくてもいいんじゃないかな」

「ぼっちは自分をルールで縛って忍耐力ってものを身に着けるもんなんだよ。じゃねぇと欲張りになって突っ走った先で自滅する。ソースは俺」

「……じゃあ。成長しようと思ったヒッキーはさ、今日までで……なにか失敗、した?」

「───…………いや、それは」

「ヒッキー、格好よくなったよ? 前よりももっともっと。猫背もなくなってきたし、目も前を見てる感じ。話をする時も目を見てくれるし、なによりね、ちょっとだけ……目が綺麗になった気がするんだ」

「……いい話しだったのに谷底に突き落とされた気分だよ」

「え? ……えー!? なんでー!?」

「お前さ、本気で俺が格好いいとか思ってるのか? そうじゃ───」

「? 思ってるよ?」

「ねぇ、だ……ろ…………って……」

「?」

 

 まて。まてまてまて。組み立ててた計算が吹き飛んだ。やめて、ぼっちから考える時間を奪わないで。

 やだ、すっげぇきょとんとしてる。この子ったら自分が言ったこと理解してない。

 理解しながら言ってるならむしろすげぇけど。

 

「いろんな人は目が腐ってるーとかキショイとか言うし、あたしもキモいって言っちゃうけどさ。あたしのは格好良さとかよりも行動にかな。ヒッキー、げんどーとか行動とか、ほんとキモい時あるし」

「好きって言った相手によくそれを言えるなお前……」

「好きって言った女の子に返事もしないで悪態つける人に、そんなこと言われたくありません~だ」

「ぐっ……」

 

 やだ正論。ド正論。言霊にしてお湯に混ぜればセイロンティー出来ちゃうよ。いやそんなくっだらねぇことはどうでもいいんだが。

 返事な。返事。返事……。

 

「………」

 

 なぁ、もういいだろ、俺。

 今までどんだけこいつの言葉を受け取って、それを濁してきたんだ。

 御託を並べず、真っ直ぐに言ってやればいい。

 今はもう計算式を組み立てる必要も、計算し尽くす理由もねぇだろ。

 スタートラインに立ち直して、じゃあこれからどうするか?

 雪ノ下と由比ヶ浜と三人で話し合って、これからどうしようか~なんて言う理由もない。何故って、もうとっくに気持ちがそっちを向いているからだ。自分で言っただろうが。

 それともなにか、雪ノ下が自分の先を自分で決めて、心を落ち着かせて、強くなるまで待てと?

 ……逆に失礼だろそれ。いや、そもそも、俺はあいつが俺に対してそういう意識を抱いていないことくらい知ってる。

 依存に近く、そうでないにしたって雪ノ下さんの言う通りそれに近いおぞましいなにかだろう。雪ノ下自身がおぞましいと言うのではなく、どのみち俺はあれを受け入れるわけにはいかない。

 たとえいずれ、奇跡的にその、なんだ。雪ノ下が俺にそういった感情を抱くとして、それで由比ヶ浜を待たせるのはおかしいだろう。

 雪ノ下が俺を好きになるまで待て、なんて言ってるのと同じだ。アホか。いやマジでアホか。

 それよりなにより第一に、

 

「ヒッキー?」

 

 ……もう、俺の中で結論が出ている。

 青春を信じては砕かれ、がらくたみたいなぼろぼろの気持ちを拾い集めて、組み立てた先にこいつが居た。

 それは偶然か? 俺から見れば偶然だとして、こいつは一年っていう長い時間、俺を見ていてくれたという。奉仕部にやってきてからも見ていてくれた。

 その先でどんだけ傷ついても泣いても、だ。

 それは偶然か? 傍に居てくれたから、組み立てられた今も目の前に居るんだろ。

 

  だったらそれは、こいつの努力の結果だ。

 

 努力なんてものはいつだって報われない。

 頑張っても頑張っても、少し努力した誰かに横から掻っ攫われるのが、この世の常だ。

 そんな世の中が嫌いだったし、底辺だって努力すれば、なんて希望を抱いたこともある。まあ、その頃は自分が底辺だなんて信じようともしなかったが。若かったな、俺。

 いや、そんなことは今はいい。

 努力は報われてほしいと思う。それは、その努力の数だけ。

 解り合いたいのに相手が“いらない”と言ったから泣いたいつか。

 解ってもらいたいのに相手が捻くれている所為で、空回りしてばかりのいつか。

 告られるならここがいいと憧れたのに、目の前で別の女子に捻くれ者が告白したいつか。

 悲しさを押し込めて、“いつも通り”を努めて、それでも「人の気持ち、もっと考えてよ」と泣いてしまったいつか。

 あの言葉に込められた意味は、きっと俺が簡単に考えるよりももっと重く……だからこそ、あの時に引っ張られたブレザーは重かったのだろう。

 ただの否定で、彼女は泣きはしないだろう。

 多少のすれ違いで、彼女は泣きはしないだろう。

 ただ、本当に悲しかったから、彼女はきっと、泣いたのだ。

 泣かせてるの、俺だけだしな。

 だからさ、もう……笑わせてやろう。

 辛いことのあとには楽しいことが待っていてほしい。誰だって思うことだ。

 それを今なら俺が与えてやれるなら、自分の所為で散々傷ついた人に笑顔くらいは与えてやれよ。

 俺ともっと話し合えば解り合えると泣いてくれたのも彼女だ。

 

「お前は、本当に……」

「《くしゃり……》わっ……ヒッキー?」

 

 左手で由比ヶ浜の右手を握り、右手で由比ヶ浜の髪をくしゃりと撫でた。

 お前は本当に、の続きなんて出てこない。

 

  話し合ってみればいい。

 

 こうして自分から声をかけて、誘う日々を増やしてみて解ったことだってあったんだ。

 話せば解るってのは傲慢、という考えは……大変鬱陶しいことに、未だに自分の中には存在している。

 けどまあ、それでいいんだろうな。

 空中廊下で出せなかった答えは、きっとこれからも……由比ヶ浜が言ったように解らないままなのだろう。

 解らないまま、俺達はそんななにかを解っていく。それが俺達の依頼であり答えだ。

 考えて理解して答えを出し続けて、じゃあ最後まで答えが見つからないものはなにか? ほら、やっぱりそんなもん、その時になっても“これだ”なんて答えられない。

 俺達はそんな、不確かなくせに本物なんて名前のものを、ずっと問い続けていくのだ。

 

  “感情”に答えはない。

 

 出した次の瞬間にはべつのものに変わっているし、誰かがこれだと叫んでみても、その叫びは他の誰かにとっては“似たようななにか”にまでしか到れない。

 だからこそ、みんながみんな、嘘であり悪であり、それでも大人になったいつかに、眩しいと思えるそれに名前をつけたがる。

 自分が歩んだ“それ”が、“ああ”でよかった、なんて振り返られるやつなんて滅多に居ないから。だからこそ皆、振り返るたびにそれがまちがいであったと、出来ることならやり直したいと後悔する。

 

「お前は」

「え?」

「お前は……このまま、帰るか?」

「あ……うん、そりゃ、帰るけど」

「……そか。んじゃ、送る。送るから……そのぎりぎりまで、話……しねぇか」

「…………ヒッキー」

「成長するって決めたから。もう、はぐらかすのもやり過ごすのも、濁すのも……やめにする。だから、ここからまたスタート出来るなら……よ。俺が欺瞞だって否定したいろんなこと……お前とちゃんと、話し合いたい」

「……うん。……うんっ、ヒッキー……!」

 

 人間ってのは臆病だ。

 そのくせ、自分のことを知ってもらいたいと無茶を言う。

 知って嫌われれば後悔するし、解らないあいつが悪いと悪態もつく。

 ほんと、つくづく面倒臭い。

 なのに、やっぱり人恋しくて、醜くて、卑しくて。

 面倒臭いくせに、ほうっておけなくて、ふとした拍子に手を伸ばしてみたくなる。

 

「………」

「………」

 

 伸ばした手を握ってくれる人が居て、繋いでいたい時間が出来て。

 俺は変わったんだろうかと考えると、ひたすらにこれは成長だって言い訳をする自分が居て、いい加減成長しろよと笑ってしまう自分が居て。

 

「あー……まずは後悔してることを片っ端から謝らせてくれ」

「え……片っ端って言えるくらいあるの? そっちの方がちょっとショックかも」

「ビッチって言ってすまん」

「思ってたよりひどいのだった! う、うー、うー……! あ、あの、あのね? あたし、ほんと、ヒッキーが初恋で、髪の毛だってあの頃の服装だって、全部空気なんか読んじゃった結果だからね?」

「いや……ほんと、まじですまん」

「……う……うん。もう、解ったから。あたしもほら、死ねば、なんて言っちゃったし……」

「うぐっ……俺、ぶっ殺すぞとか返してたな……悪い」

「うぅう……なんか……思い返せば、ひどい再会の仕方だったよね……」

「いや、まあ……お前の言う通り、あれがあったお陰で、妙に壁を感じることなく言いたいこと言えるようになったんじゃねぇかとは思うが」

「あ…………うん。ありがと、ヒッキー」

「なにがだ……ょ……ぁぃゃ、~~……おう」

 

 つい出てしまう悪態のようなものを無理矢理押し込めて、感謝を受け取る。

 そんなもん、こっちこそありがとうだと返しながら。

 それから話の流れを読んだのか、由比ヶ浜は「いろいろあったよねー」と笑顔で語る。

 俺もその流れに乗るように、成長するつもりである自分のままに、自然と頬を緩め、笑った。

 

「あと、あれな。お前が三浦にいろいろ言われてた時。ちゃんと助けてやれなくて悪い」

「あ~……あったねー。あの時のヒッキー、優美子に本気でビビってて」

「おい、そりゃお前もだろが」

「や、やー……だってほら……怖かったし」

「ああ……ありゃ怖かったな」

 

 話は続く。

 電車に揺られながら、のんびりとした時間のまま。

 

「林間学校も結構……アレだったよね。ヒッキー、胸ばっか見てきてたし」

「《ギクッ》ふへっひぇっ!? …………じょ、女性は男性の視線に敏感……といふ都市伝説って……」

「ん……結構解る、かな。あたしはさ、ほら。ヒッキーばっか見てたから、余計」

「んぐっ……そ、そうか」

 

 そんなこと言われて、なんて返せばいいの。やめて、八幡困っちゃう。

 ていうか、繋がってた手がいつの間にか肘まで登ってきてて、それだけ由比ヶ浜との距離も縮まってて、近っ、近い、近い近い近い!

 

「あ……そろそろだ」

「っと、じゃあそろそろ」

 

 目的の駅が近づくと、お互いの密着度にハッとする。のだが、由比ヶ浜は顔を赤くするだけで、既に組んでいた腕を離そうとはしない。

 

「い、いこっか」

「お、おう」

 

 腕を組んだまま立ち上がり、言葉のわりに俺が先に立ったことで引っ張られた由比ヶ浜が、慌てて立ち上がる。

 で、腕を振り払うこともせず、自分を見つめる俺に対し、俺の顔と腕とを交互に見つめると……花が咲いたようなやわらかい表情で、ふわっと笑ったのだった。

 


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